ONE PIECE “IF” RED 【完結】   作:巨象先輩

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“歌姫の旅立ち”

 

 空が白み始めるころ。島にあるいくつかの海岸のうちの一つに向かい、左右を切り立ったガケに挟まれた道を歩いている影があった。両手にスーツケースを持ち、羽織ったジャンパーを潮風になびかせながら歩く少女――ウタが浜辺に近づくにつれ、沿岸に浮かぶ目的地が段々と大きく見えてきた。

「おおー……」

 目指していたのは、海賊船ゴーイング・メリー号。

 羊の頭を象った船首が特徴的なその船は、ウタの記憶にあるイカツい海賊船のイメージとは違い可愛らしささえ感じるものだったが、メインマストに描かれた麦わら帽子のドクロマークがルフィたちの立場を誇示しているようであった。

 さて、久方ぶりに目の当たりにする海賊船にウタが感嘆の声を漏らしていると、船の上から彼女に声がかかった。

「おおーーーーい、ウ~~~~タ~~~~‼」

 聞き慣れたその声がする方をウタが見やると、先ほど目に入ったメインマストより上、見張り台と思しき場所から、こちらに手を振っているルフィが小さく見えた。

「ルフィ!」

 片方の荷物を足元に置きウタも大きく手を振り返すと、見張り台にいるルフィが右腕を前方に突き出した。すると彼のゴムの腕は一息に何メートルもの長さにまで伸び、海岸を挟むガケの一方、そこからわずかに尖り出た岩を手でつかむ。そしてその手を支点に、見張り台から飛び出したルフィは自身の身体を空中ブランコのように勢いよくスイングさせながら大きくジャンプ、そのままウタの目の前へと着地を決めた。

「待ってたぞ~‼」

「あたしも!」

 満面の笑みのルフィと抱き合うウタ。そんな二人の様子を、船の上から覗き見る者たちがいた。

「ほんっと仲良いのね、あいつら」

「昨日までは険悪だったんだよな……?」

「仲直りしたから来てるんだろ」

 訝しげな顔をしているナミとウソップに、壁にもたれながらあくびをしてゾロが言う。まあ確かにと同意する二人は、昨晩メリー号に戻ってきたルフィの様子を思い出していた。

 

―おうお前ら! 明日ウタが来たら出航だぞ!―

―は⁉―

―ちょっと待て一つずつ説明しなさいよ‼―

 

「……」

 思えばあの夜はルフィのおかげで随分とバタついた。振り回されたナミ達はため息をついて、再び浜辺にいるウタたちの方へ視線を戻す。

「うし! ウタ、行くか!」

「え、ね、ねえルフィ、昨日の今日だけどちゃんとみんなに説明できたの?

 みんな納得して――」

「心配すんな、お前とも話せばみんなわかる!」

「ああ、説明してないのね……」

 予想はしていたことだ。しかし今後ともに生活するのだから、後の三人に受け入れてもらえなければ困る。緊張と不安で胸の鼓動が早くなるのを感じながらも、ウタはきゅっと口を結んでルフィに言う。

「……よし! あたし、ちゃんとみんなと話すよ。ルフィ!」

「そうじゃなきゃな!」

 そう言ってニッと笑ったルフィが左手をウタの腰に回すとともに、右腕を伸ばしてメリー号の甲板の手すりをつかんだ。

「え?」

「え?」

 甲板のナミ・ウソップ、そして抱き寄せられたウタが困惑していると、ルフィが着地地点を目で定めながらウタに言った。

「しっかりつかまっとけよ~!」

「ま、まさ――」

 ウタが言い終わらないうちに、彼女と彼女を抱えたルフィの足が地面を離れる。

 ああ、〝ゴムゴムの実〟の力ってこういう時便利なんだなあ、とか、でもせっかくの初乗船なんだからちゃんとした乗り方したかったなあ、とか。

 猛スピードで自分たちがメリー号に向かって突っ込んでいくのを風圧で感じ取りながらそんなことを考えるウタは、

「イ~~~~~~~ヤ~~~~~~~‼⁉」

 なんとも情けない悲鳴を空に響かせるのであった。

 

    †

 

 ルフィがつかんだのが手すりであった時点で分かり切っていたことだが、メリー号に到着した彼とウタの背後には壊れた手すりの破片が散らばっていた。着地は問題なかったのだが、そこに至るまでに手すりの部分を突っ切ることになったので、ルフィが頭から激突した手すりはスナック菓子のごとく砕け散ったのである。

「す、すびばせんでひた……」

 殴られた顔を腫らしながら謝るルフィをよそに、ウタはナミ・ウソップ・ゾロの三人を前に立っていた。

「えっと、ごめんなさい……」

「いえ、ウチの船長がすいませんでした……」

 頭を下げるウタに対して同じく頭を下げるウソップ。すると腰に手を当ててじっとウタの方を見ていたナミが、ウタに話しかけてきた。

「わたしとは一昨日の酒場以来よね、ウタちゃん」

「あっ、うん……じゃなくて、はい」

 初手からフレンドリーすぎるのは悪手だった、とウタが訂正するとナミはいいのよと手で制しながら続ける。

「昨日ルフィからは、あなたが仲間になるって聞いたわ。それは間違いない?」

「うん。あたしからルフィの仲間になりたいって頼んだの」

 ナミの言葉に甘えて砕けた物言いに戻ったウタ。彼女が肯定すると、ナミは少し考える素振りを見せてからこう聞いた。

「そう。ならあなた、自分が嫌ってたはずの海賊になるってことでいいのかしら?」

「!」

 周囲の空気がピリッと張り詰める。

 驚いたような、ショックを受けたような表情になったウタをみながら、ナミはじっと相手を見据える。

 別に、これは意地悪で言っているわけではない。何せナミにとっては誰がルフィの仲間になろうが関係ないからだ。いずれ見切りをつけて捨てていく海賊団に誰が入ろうが知ったことではない。が、ウタの場合は別だ。エレジアでの一件を経て海賊に憎しみを抱いていたウタ。彼女の境遇を考えると、どうしてもナミは無視をすることができなかったのだ。

「ルフィにどんなことを言われたかは知らないけど、海賊の一員になれば海軍に追われ続けるし、それこそ今までのあなたみたいに人から憎まれるようにもなる。それでもいいの?」

 もしルフィに無理に説得されたりだとか、気の迷いか何かで仲間になろうとしているのなら、今ここで食い止めなければならないだろう。そう判断したが故の、敢えての質問である。

 壁にもたれて目をつむっていたゾロが片目を開けてナミの方をちらりと見るが、何も言わない。修理のために工具を手に持っていたルフィとウソップも、向かい合うウタたちの方をみて唾を呑んでいた。

 そこから少しの間をおいて、ウタが口を開いた。

「……全部、分かったうえであたしはルフィの、みんなの仲間になりたいと思ってここにいる。

 もちろん、みんなにひどいこと言っちゃったあたしが仲間になることにすんなり納得してもらえるなんて思ってないけど、それでも、あたしはルフィのことを信じたいと思ってるの」

 無法者であることに違いはないけれど、ルフィは今まで自分が見てきたような、無暗に人を傷つけない、貶めない人間(かいぞく)だとウタは感じた。だからこそ彼の仲間になるということを受け入れられたのだ。

 そう話すウタの答えを受けて、ナミが目を閉じる。

 彼女の言っていることに強く反論するつもりはない。それはナミ自身もこれまで彼らと共に旅をしてきた中で感じたことのある思いだから。

 だがまだだ。まだ確かめなければなるまい。そう考えてナミは続けてウタに問う。

「世界一の歌姫になるって夢も叶わなくなるわよ?」

 彼女の言葉にウタは首を横に振る。

「あたしはそうは思わない。というか諦めないよ。

 海賊船に乗ってても、あたしは世界中の人を幸せにする歌い手を目指すの」

 手段とかはおいおい考えるということで!と付け加えてからグッと親指を立て、今度はウタが問いかけるように話し出した。

「みんなは? みんなはどんな夢を持ってこの船にいるの?」

 周りを見渡しながら聞くウタに、まずウソップが答えた。

「お、おれは〝勇敢なる海の戦士〟になることだ!

 親父の……おれの憧れた親父みたいに!」

 自身と父・ヤソップの関係はウソップからは話す機会がなかったのでウタは知らないだろう。それでもウソップは彼女に向かってそう叫んだ。背後にいたウソップが叫んだことに少し驚いた様子だったウタは、彼の言ったことを聞いて微笑みを返す。

 すると今度はナミの後方で眠っていたゾロが目を閉じたまま口を開いた。

「おれァ〝世界一の大剣豪〟だ」

 そう言って両目を開けたゾロはウタの方へ顔を向け、不敵に笑ってみせる。

 そして次はルフィが、

「おれは〝海賊お〟――」

「それは知ってる」

 言い切る前にウタに止められた。頬を膨らませるルフィを見てウタとウソップ、そしてゾロが一緒になって笑う。

 どうも自分以外の者はウタを迎え入れることに賛成であることに気づいて、ナミはため息をついた。と、そんな彼女に気づいたウタがナミの方へ近寄ってきて、こっそりと耳打ちする。

「ありがとうね」

「え?」

 突然の感謝の言葉に困惑した様子のナミに、にこりと笑ってウタが言う。

「だって、あたしのこと心配して言ってくれたんでしょ?」

「は……っ」

 何か言い返そうとしたナミが言葉に詰まってたじろぐ。そんな彼女をみてクスクスと笑ったウタが、先ほどまで立っていた場所までぴょいと跳ねるように戻り、周りの者たちに向かって大きな声で言う。

「音楽家ウタ! 得意なことは歌うこと! 楽器はピアノが少し弾けるくらい。

 みんなの旅を盛り上げてみせるから、よろしくね‼」

 ルフィを筆頭に、ニッと笑ってそれを受け入れる男衆。そしてナミもついに観念した様子でウタの方へ近づき、手を差し出した。

「ナミよ。いまはここで航海士をやってるわ。……よろしく」

 そう言ってナミが苦笑交じりに微笑んでみせると、ウタはパッと顔を輝かせて思い切りナミへと抱き着いた。

「よろしくっ、ナミちゃん!」

「〝ちゃん〟って――わぷっ! こら、離れなさいよ!」

 引っ付いてくるウタを引き離そうとするナミ。女同士でじゃれ合っていると、室内に続く扉がガチャリと開き、そこからヌッと何者かが顔を出した。彼らを目にしたウタがあっと声を上げる。

「ヨサク、ジョニー‼」

 ウタに名を呼ばれた二人の男は、目から滝のように流れる涙をハンカチで拭いながら、嗚咽交じりに話す。

「ウダのアネギ、ご立派になられで……!」

「感激のあばり、ナミダがどばりやぜん……!」

「ど、どうも……」

 困惑しながらも、なぜ彼らがここにいるのかを問うと、

「実は、ゴードンの親っさんから頼まれまして……」

 ジョニーによれば、ルフィたちの次の目的地になるであろう〝コックの居所〟までの案内と共に、そこまでのウタの護衛をゴードンから頼まれたらしい。そのため彼らもルフィたちに無理を言って一時的に同行させてもらうことになったそうだ。

「そっか、ゴードンが……」

 寂しそうに微笑んで村のある方角を眺めるウタに、ヨサクが聞く。

「姉貴、ゴードンの旦那とはきちんとお別れできやしたかい……?」

 ヨサクに背を向けるかたちの姿勢のまま、ウタは答えた。

「……うん。ちゃんとできたよ」

「……なら、おれたちから言うことはありませんや」

 表情こそ見えないが、彼女の言葉に嘘は感じられない。これ以上の問答は野暮だと察したヨサク達が頷いて引き下がる。そんな彼らの後方、二人が出てきた扉の陰からウタたちのことをじっと見つめる影があった。

「おれたちも紹介される流れかと思ったのによ」

「こういうのは当事者同士でしんみりやらせるのが一番やで、エボシさん」

「さっさと出航してほしいんだが……」

 部屋の入り口の陰から一味の様子を覗き見ていたのは、〝クラゲ海賊団〟の幹部連中三人であった。

 本来ならウタが合流するこのタイミングで海岸に縛られたまま放り出されるはずだったのだが、それはあくまでナミの考えていた計画。船に戻ってきたルフィの、「いや、こいつら置いていくのはあぶねえだろ」というひと声によってどこか別の無人島にでも運ぶことになったのだ。戦いで受けた傷はある程度癒えてきたが、未だに彼らはケガ人の身。この島で確実に海軍に捕まるよりかは、ここからルフィたちに連れられる中で逃げ出すチャンスを探るのが賢明だろうと、この状況を甘んじて受け入れたのだ。

 さて、そんな実質捕虜となった彼らが覗いていることは近くで寝ていたゾロ以外は気づくことなく、いつの間にか太陽が東の方角からその全容をすっかり露わにしていた。

そして、そろそろ頃合いだろうと遂にルフィが仲間たちに向かって号令をかける。

「よおぉーっし! 野郎ども、出航だーっ‼‼」

「おおーっ‼」

 海岸の空に、一味の声が高らかに響いた。

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、隣のベッドにはすでに誰も眠ってはいなかった。

 代わりに枕元には一枚のメモ。拾ってみると、そこにはただ一文。

『行ってきます。吉報を待て‼ ウタ』

 「ウタ」の部分は、何やら花のような形をした「UTA」の綴り。その隣には矢印と共に〝サイン考えてみたよ〟と小さく書き込まれていた。

 何も言わずに行ってしまうだなんて全く仕方のない子だ、と思わず笑いがこぼれる。だがすぐそばまで見送りに行ったとしたら寂しくてこちらが泣いてしまったかもしれないと考えると、これで良かったかもしれないとも思う。

 語るべきことは語り尽くした。思いがない言葉までもらえた。これ以上を望むのは贅沢というものだろう。

 メモを丁寧に畳んでから上着の胸ポケットに仕舞い込み、陽の光を受けて白く輝いている絹のカーテンを引くと外に見えるのは雲ひとつない快晴の空。窓を開けてみれば風が心地よく頬を撫でた。船を出すには、絶好の日和だろう。

「……よし」

 小さく、けれども力強い調子で呟いて、ゴードンは部屋の扉を開けた。

 いま自分が為すべきことを為すために。

 

    †

 

「ねえウソップ君、刺繍とかって得意?」

 甲板に広げた風呂敷の上で作業をしているウソップの後ろからウタが声をかける。話しかけられたウソップはというと、くん付けで呼ばれることに慣れないようでどことなく気まずそうな顔をしながら振り返った。

 ウソップにとっては、彼の父がウタに極悪人だと思われているだろうことも気まずさの原因の一つではある。しかし彼女にも事情があって〝赤髪海賊団〟を疑っていることは理解しているし、ヤソップのことを悪し様に語ろうともしない以上わざわざトラブルになるような話をすることもない、というのが自身の考えだ。そういうわけで若干の固さは残りつつも彼はウタに平常心をもって接する。

「シシュウ? なんてまたそんなこと聞くんだ?」

「ルフィがね、一味のマークを旗に描いたのがウソップ君だって言っててさ。

 絵を描くのが得意なら刺繍はどうなのかな~って」

 つまり何か刺繍で飾り付けて欲しいものがあるということかとウソップが更に聞くと、ウタは頷いて懐から一つ、空色のリストバンドを取り出した。

「これにね、マークを付けて欲しいんだ」

「ほぉ~、どんなマークだ?」

「えっとね……」

 これまたどこから取り出したのか、紙にペンでサラサラと何か描き始めるウタと、両腕を組んでその様子をじっと眺めるウソップ。しばらく見ているとウタが描き上げたのは上下二つの丸と、それを繋げるような細い線。首輪をつけた雪だるまとも、紐で締め付けられた風船とも言い表せそうな絵だった。雪だるまというには頭に当たる部分の丸の方が大きいことが妙ではあったが。

「なんだコレ?」

 首を傾げるウソップに、ウタが自慢げに話す。

「これはね、〝新時代のマーク〟なの」

「しん、じだい??」

 ウタの言葉で更にワケがわからなくなったのか、ウソップの首がほぼ九十度にまで曲がる。そんな彼にウタは続けて言った。

「昔ね、友だちがこのマークをあたしにくれたんだ。〝これが二人の新時代のマークだ〟ってね。

 ほんとヘッタクソな絵だけどさ、これから夢を叶えにいくからにはこのマークがないとって思ったんだ」

 そう語るウタの目線は、いつの間にか自分たちの後方でヨサクたちと楽しそうに語らっている麦わら帽子の船長の背中へと向いていた。

 その様子から何かを察したらしいウソップはしばらく考え込んだのち、絵の描かれた紙をウタから受け取りながら彼女に言った。

「わかった。やってみるからどこがどんな色なのかだけ教えてくれよ。

 材料もなんとか見繕って仕上げてやる!」

 それを聞いたウタはパッと顔を輝かせて、

「ほんとっ⁉ うわぁーうれしいっ! ありがとう‼」

 そう言ってウソップの手をガッシリと握った。

 全くこっちは必死で気を遣っているのに、とため息をつきそうになるが、喜ぶ相手の顔を見ていると仕方がないと思ってしまうウソップなのであった。

 さて、ウソップとの約束を取り付け、ご機嫌な様子でクルクルと踊るように回っていたウタが突然言い出した。

「はぁ~、いますっごくいい気分だから歌っちゃおっかな‼」

 と、それを聞きつけたルフィがウタの方へ振り返った。

(ふぁ)に! (うふぁ)うのかウ(ファ)‼」

 そう叫ぶように言ったルフィの顔には、両方の鼻の穴から下唇まで割り箸が橋のように架けられていた。どうやらヨサクから宴会芸の類の指導を受けていたらしい。それを見たウタがウソップと共にブッと勢いよく吹き出す。笑いを堪えながらも、ウタはルフィへ頷き返した。

「そ、そう……っ! この船での初仕事ってことで――」

 そう言ってからウタがパチンと指を鳴らすと、彼女の目の前の空中にいくつもの音符が泡のように浮かび上がり、それが弾けたかと思えば白と黒の二色で構成された物体が列をなして現れた。よくよく見れば、どうやらそれはピアノの鍵盤らしかった。

 周囲の視線が自分に集まっているのを感じながら、ウタが言う。

「ピアノを丸々出さなくても、あたしの能力なら鍵盤だけ出せば音は奏でられるの。

 楽器は大得意ってワケじゃないけど、この曲ならソラで弾けるよ!」

 そう言ってウタが指先で鍵盤を叩き始め、曲のイントロ部分が響き始めるとルフィがあっと声を上げた。

「この曲――!」

 彼の言葉に、ウタは無言の笑みで応えた。

 

    †

 

 マース村郊外の酒場「TOP HAM」。

 先日の海賊騒ぎで空けられた大穴を塞いだ跡が真新しいその店は、主人の帰りを静寂をもって待っているかのようだった。

 そんな酒場の入り口を開け、一人の男――ゴードンが入ってきた。普段着ではなく、いつも夜のパフォーマンスの際に着ている一張羅を着た彼は、真っ直ぐにカウンター席の横、店の奥まった隅に鎮座しているグランドピアノへと向かって歩く。

 酒場の中の掃除も行ったはずだが、ピアノの屋根や鍵盤蓋の上にはホコリと共にまだ微かに木屑が乗っている。それらを手で払うと、窓から差し込む光を反射して小さな煌めきを放っていた。

 元々このピアノは、かつての酒場の店主であったキョウコの夫のものだったらしい。音楽好きだった彼は毎夜仕事の合間にこのピアノで音を奏で、店内を盛り上げていたそうだ。だが、そんな店主も数年前に病に倒れ世を去った。キョウコが女将となってからはピアノを弾くものもおらず、ゴードンたちがこの村に来るまでは布で覆われた状態で置かれていたのだ。

 ゴードンは自分たちがこの酒場で初めて歌のステージを開いたときのキョウコの言葉を覚えている。

―久々にコイツの音色を聞いて、あいつのことを思い出しちまったよ―

 そう言っていたキョウコが、懐かしそうにピアノを撫でていたのが今でもゴードンは忘れられない。

 椅子に座って屋根と鍵盤蓋を開く。数日ぶりに目にした鍵盤が、今日はやけに艶々と光って見えた。それから持ってきた楽譜を開いて譜面台にセットする。曲は市販の楽譜には載っていなかったので、幼いころのウタが演奏していたのをこっそりと聞いて自分で譜に起こした。バレたら怒るかもしれないが、本人がいないので無問題だろう。

「ウタ」

 本人の耳には届かないが、せめてもの(はなむけ)として。軽やかなテンポのイントロから続いて、ゴードンの弾き歌いが始まった。

 

 ヨホホホ ヨホホホ

 ヨホホホ ヨホホホ

 ヨホホホ ヨホホホ

 ヨホホホ ヨホホホ

 

 それは、〝大海賊時代〟が始まる以前から歌われていたという、船乗りたちの歌。

 ゴードンがこの歌を聞いたとき、歌い手だったウタは周りにバレないよう部屋の中で呟くようにしか歌っていなかったものだから、自身の歌い方が正しいのかどうか定かではない。だが長年の経験から培われた彼の音楽家としての勘は〝この曲調ならこうだろう〟と確信に近い判断を下していた。

 今でもウタはこの曲を覚えているだろうか。どうあれゴードンは自身の娘の船出にはこの曲がふさわしいと感じた。だから彼は声高らかに歌う。ウタと、彼女の仲間たちの旅路に祝福あれと。

 

 ビンクスの酒を 届けにゆくよ

 海風 気まかせ 波まかせ

 潮の向こうで 夕日も騒ぐ

 空にゃ 輪をかく鳥の唄

 

 奇しくも、ゴーイング・メリー号の甲板で歌われているのもこの歌だった。

 ピアノの演奏と共にウタとルフィが歌い、それに仲間たちが合の手を入れる。

 ピアノの腕はそれほどでもないと言っていたウタだが、この曲を弾いている彼女の手つきは慣れたもの。淀みを感じさせない滑らかな演奏で場を盛り上げていた。

 楽しそうに歌っている幼馴染二人以外では手拍子を打つナミに、ジョッキに注いだ酒を美味そうに煽るゾロ、肩を組んで踊っているウソップ・ヨサク・ジョニーの三人に、縛られたままリズムに合わせて体を揺らすエボシたち。

 その場の誰もが笑顔であった。

 そんな彼らが目指すのは、海上レストラン〝バラティエ〟。海の上で働くコックたちの居場所だ。

「行くぞ! 海上レストラン~~~‼‼」

 叫ぶルフィの声は、ピアノの音色と共に海を渡っていくのであった。

 

 

 

 

 営業していないはずの酒場から、ピアノの音と共に歌声が聞こえてくるのを聞きつけた数人の村人たちが、何事かと向かっていく。

 きっとそこで彼らは知るだろう。歌姫が去ってしまったことを。

 日々心を癒してくれた彼女の声がもう聞けないことを知り、村人たちは悲しむことだろう。

 けれどそんな、泡のように消えてしまった彼女のことを人々が忘れることはない。

 

 

 風は東。波は穏やか。

 今日もどこかで、彼女は歌う。

 

 

                                完

 





 くぅ~疲れました!!!(言いたかっただけ)

 改めまして、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

 私の文章力・構成力諸々の不足から読みづらい点・納得できない点などあったかもしれません。それでも読んでくださったことに只々感謝いたします。

 書き始めの頃はこの先の麦わらの一味の冒険の内容もうっすらと考えてはいましたが、完全にこのエピソードでそれらを書く気力と自信がすり減ってしまいました(白目)。
 ですがこうやって一つのエピソードを書き切ることができたというのはとても喜ばしい(二年弱かかりましたが)。それもこれも読んでくださった方々のおかげです。やっぱりワンピースは最高なんだってはっきり分かんだね(媚売り)。

 では、また何かの機会で。お疲れナス!!!       巨象先輩
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