ONE PIECE “IF” RED 【完結】 作:巨象先輩
そこからは、店主やヨサクの尽力もあり、なんとか事態は落ち着きを見せた。
ルフィたちのいたテーブル席にはウタが加わり、ゴードンは再びピアノで酒場内に音を響かせている。とはいえ、おとなしく席につきなおした客たちからは、好奇や警戒の念を込めた視線が一味に向けられていた。
「あいつら、ウタちゃんと同じ席になるとは羨ましい……」
「変なことしやがったら袋叩きにしてやろうぜ……」
――なかには何やら別の理由でルフィたちに敵意を向けている者もいるようだったが。ナミとウソップは肩身の狭い思いで飲み物の入ったジョッキを煽る。
海賊〝赤髪のシャンクス〟。
ナミはルフィと初めて出会った町で、彼の口からその名が出たのを聞いている。
ウソップは、父親がその男が率いる海賊団に所属しているらしいことを、ルフィから聞いている。
世間から見れば、シャンクスというのは大海賊の名だ。当然悪名は世界に轟いている。そんな男の娘だというのなら、警戒されて当然ではあるのだが――。
「やっぱ言わねえほうが良かったかなあ」
「へーきへーき! あたしもゴードンも悪いことしてないもん」
ウタは自分とゴードンを指しながらルフィに笑いかけたのち、店主の方へ向き直る。
「でもキョウコさん、ごめんね。ずっと黙ってて」
「気に病むんじゃないよ。人間隠し事の一つや二つあるもんさね」
申し訳なさそうに、ぎこちない笑顔を見せるウタに、女将は続ける。
「それにね。アンタとそこの兄ちゃんが勝手に言ってるだけで、アンタがあの〝赤髪〝の娘だって証拠は何もないんだから、あたしたちには責めようがないさね」
確かに、証拠がない。女将の気遣いも十二分に含まれた言葉ではあるが、ルフィの一言だけで彼女が危険人物であると結論付けることなどできない。
「いやおばちゃん! おれウソは言ってねえぞ! そういうのはウソップが得意なんだから」
「いや察しろ気遣いを‼ あとおれに振るんじゃねえよそういうの‼」
すっかり元の雰囲気に戻って騒ぎ出す一味を見て、ウタが表情をほころばせた。
「ルフィの友達って、これで全部なの?」
「ああ、この村にはコックを探しに来てたんだよ」
ルフィの答えにウタはコックかあ、と考え込むが、どうやら彼女の知っている人間にもコックになってくれそうな人物に心当たりはないようだ。
「ウタの仲間はどうなんだ? あのピアノのおっさんと二人だけなのか?」
「うん、最初はね。今はジョニーやヨサクもいてくれるから」
ウタが視線を向けると、ヨサクが照れ臭そうに頭を掻きながら経緯を話し出す。
聞けば、賞金稼ぎとして旅をしていた途中でヨサクが体調を崩してしまい、海原にぽつんと立つ岩山の上でジョニーと共に休んでいたのだという。しかし停泊させていた二人の船が流され、見事に漂流してしまったのだとか。
それから助けを求め、岩山の上で声を上げ続けていたところ、ある日その声を聞きつけたウタたちが助け出してくれ、その後彼女たちの護衛として行動を共にしているのだとか。
「何やってんだよお前らは……」
「ええ、ほんと面目ない話で……」
呆れるゾロに、今度は恥じ入るように頭を掻くヨサク。
そんな様子に笑いつつ、ウタがルフィに近づき耳元で囁くように言った。
「ねえルフィ、その帽子ってやっぱり……」
「ああ。シャンクスの帽子、預かってるんだ」
ウタがピクリと肩を揺らす。
「最近まで……一緒にいたの?」
「いや、ずっと前にフーシャ村からも行っちまった。どこにいるんだろうなあ今……」
それを聞いてほっと息をついたかと思えば、ウタがニッと笑ってルフィに話を持ちかける。
「ねえルフィ。ひさしぶりに勝負しようよ!」
「! いいな、久しぶりにやるか‼」
ウタからの挑戦を受け、ルフィが望むところだとばかりに強気な表情をみせる。
と、そこへナミが質問を挟んだ。
「勝負って?」
「子どもの頃、ルフィとはいろんなゲームで勝負してたんだ。腕相撲とか、ナイフ投げとか」
子どもの頃のゲームとだけあって、なんとも可愛らしい勝負内容だ。
ウタの話を聞きながら、ナミがそんなことを考えていると、
「つっても、今のおれにお前が敵うとは思わねえけどな」
意地の悪い顔でルフィがウタに挑発をかけると、彼女もむっとした顔で言い返す。
「なあに言ってんの。あたしが183連勝だってのに!」
「違う! おれが183連勝中だ‼」
「認識に違いがありすぎるでしょアンタたち‼」
違いがあるどころか真逆である。
呆れと困惑の様子の一味をよそに、ウタとルフィが女将に注文を出した。
†
少し待って二人の前にそれぞれ出されたのは、皿に盛られた骨付きチキンの山。そしてコップ一杯のジュースだった。
「チキンレース! 定番だったわよね」
「ああ、おれの得意競技だっ」
「早く食べ終えた方が勝ち! 準備はいい?」
「いつでもっ」
両手をあげた状態で、二人が息を合わせて号令を出す。
「よぉーい……三、二、一‼」
息ピッタリの号令と共に勝負が始まった。負けた方はナミの持つハリセンで引っぱたかれるらしい。なんで私が、と不満げなナミの目の前で、壮絶な早食い対決が巻き起こっていた。
開始から優勢なのはルフィ。一口目で一気に二本のチキンを平らげている。
ウタも負けじと追いすがるが、彼女の口の大きさでは早くて一口に一本というのが限界である。
頬にチキンを詰め込みながら無邪気に笑うルフィを見て、ウタは険しい表情をしながらチキンに嚙り付く。
時間が経ち、お互いの皿に残ったチキンがあと数本というところで、ウタがルフィに自分の飲み物を差し出した。
「ジュースあげる!」
「おっ、ありがとう‼」
何の疑いもなくカップを受け取ったルフィは、チキンを食べる手を止めぐいぐいとジュースを喉に流し込んでいく。その隙にウタが一気にスパートをかけ、最後の一本を食べ終えた。
「お先っ」
「とうっ」
「ぶほぉっ⁉」
ウタが机を叩く合図とともに、ナミの渾身の一発がルフィの脳天に振るわれた。
衝撃で飲んでいたジュースを吹き出すルフィ。その間の抜けた様に大笑いする一味たち。いつの間にか周りに集まっていた見物客たちの歓声も加わって、酒場の空気が震えるのだった。
「大丈夫?」
「ぐ…ず、ずりぃぞウタ……!」
「ズルじゃありませ~ん。これもセンリャクってやつだよ」
「まだだ……まだ勝負はついてねえぞ‼」
「出た! 負け惜しみぃ~!」
物申すルフィに対し、両手を顔の横でワキワキと動かしながら笑うウタ。
ああ、おそらく子どもの頃からこんな風にやり込まれてきたんだろうな、と。一味の誰もが何となく納得したのだった。
†
夜も更けてきて酒場の中の客数も段々と減ってきていた。
周りと同じく宴もたけなわといった様子の一味とウタ。そんな中、ルフィが不意にウタへ、
「なあウタ、おれたちの仲間にならねえか?」
「‼‼」
突然の船長の発言に、ぎょっとした表情をみせるナミ達。
「ちょ、ルフィ⁉」
「唐突すぎるだろ!」
ウタも目をぱちくりと瞬かせながら、ルフィの顔を見る。
「……冗談?」
「なわけあるか! おれは本気だぞ!」
「でもコックを探してるって言ってたよね? あたし料理は……」
「ちがうちがう! 〝音楽家〟だよ」
「!」
〝音楽家〟。そういえば船に欲しいメンバーだなんてことも言ってたか、とルフィの仲間になってすぐのころ話していたことをぼんやりと思い出しながら、ゾロが船長に問う。
「でもウタはまだ旅をしてるんだろ? それを邪魔しちまっていいのかよ」
「あっそうか! ウタは今なんで旅してんだ?」
「あ、あたしは……」
詰め寄ってくるルフィにたじろぎながら、ウタが答える。
「……昔、アンタにも話したよね。あたしの夢」
「! おう」
「あたしの夢を叶えるには、もっともっと有名にならなきゃなの」
そこまで言ったウタが、急に席から立ち上がって両腕を大きく広げ、
「今のあたしの目標は、〝世界一の歌い手になること〟!
そのために世界中をめぐって、あたしの歌をみんなに届けるの‼」
そう、高らかに己の目指す先を語った。
そんな幼馴染の言葉を聞き、ルフィが目を輝かせながらウタの目の前に滑り込む。
「いいなァ世界一‼ なろう、一緒に‼」
ルフィにつられ、一緒になって笑うウタが、思い出したかのように彼に問い返す。
「あれ、そういえばルフィたちは船出したばかりみたいだけど、どこに向かって旅してるの?」
「ああ、〝偉大なる航路〟だよ。〝海賊王〟になるんだ、おれ」
「‼」
その瞬間、ピアノの音色が乱れて止まった。
音のした方向を見ると、演奏をしながら話を聞いていたらしいゴードンが額に汗をにじませながらこちらを振り返っていた。
只ならぬ様子に覚えのあるゾロが、ヨサクに小さな声で聞いた。
「おいヨサク、お前らが護衛してるやつってどんなやつなんだったっけか?」
「え? あぁはい、ウタの姉貴は〝海賊ぎら〟――ああっ⁉」
ヨサクの悲鳴のような叫びと共に空気が張り詰める。
ウソップがウタの表情を窺おうと恐る恐る横目に見るが、ルフィの身体に隠れて見えない。
そして数秒の沈黙ののち、ウタが口を開くと、
「海賊?」
これまでとは違う、明らかに敵意を持った冷たい声色。それを聞いたルフィを除く一同に悪寒が走る。
「ああ、おれたちは――」
ルフィが改めて言おうとしたその時、
「海賊だーっ‼‼」
酒場に、賞金稼ぎコンビの一人、ジョニーが飛び込んできた。