ONE PIECE “IF” RED 【完結】 作:巨象先輩
酒場に突然響いた大声に、近くにいた者すべての視線が、入口に立つ声の主に向けられた。
「誰だ?」
ルフィの言葉に、ヨサクが答える。
「相方のジョニーでさァ。
今日はステージの前にウタの姉貴を呼びに行ってたはずなんですが……」
ジョニーがウタを呼びに行ったのは、ステージが始まるおおよそ三十分ほど前のこと。いつもはステージが始まる前には彼も酒場にやってきていたはずだが、今晩はそれよりかなり遅い。
しかも開口一番の彼の言葉。ルフィたちとウタの剣呑な雰囲気も相まって、辺りがより緊迫した雰囲気へと変わった。
肩で息をしながらも、呼吸を整えたジョニーが酒場全体に響く大声で叫ぶ。
「全員、今すぐ酒場から出てくれ! もうすぐここに海賊が大勢来る!」
「‼‼」
「特にウタの姉貴! あいつらのねらいは多分あんただ! すぐどこかに隠れ――」
ジョニーが言い終わらんとした寸前、彼の身体が何かの衝撃で酒場の中まで吹き飛んできた。
カウンターに叩きつけられ、床に崩れ落ちるジョニー。その姿を見て客たちの中から悲鳴が上がる。
「大人しくしろォ!」
混乱した客たちが騒ぎ出したその瞬間、一発の銃声と共に怒号が飛んだ。
ピタリと静かになった客たちの視線が入口の方へと向かう。
開け放たれた扉から入ってきたのは、何やら触手のようなヒラヒラとした飾りがついた三角帽を被った男。右手にはまだ口から煙が上がっている銃が握られている。
「夜分遅くに失礼するぜぇ……」
静まり返った店内を見渡してニヤリと笑みを浮かべる男。
彼が合図を出すと、入口から気の荒そうな男たちが酒場の中へゾロゾロと入り込んでくる。
入口付近を固められ、退路を失った客たちの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「心配すんな、おれたちの目的は一人だけ。用が済めばすぐに帰るさ……」
そう言って後ろに大勢の部下を従えながら、男が向かった先には――
「よう……前はウチのもんが世話になったな、嬢ちゃん」
ウタがいた。
ルフィが男との間に割って入ろうとするのを手で制しながら、ウタは自分よりも背の高い相手の顔を見上げながら応える。
「ああ、前の人たちのお仲間? 確か……」
考えて数秒。
「〝くたびれ海賊団〟」
ウタの出した名にがくりと姿勢を崩す海賊一同。そして彼女の目の前にいた三角帽の男が叫んだ。
「〝ク・ラ・ゲ・海賊団〟だ‼ そしておれは副船長エボシ! 覚えとけ‼」
「ごめんごめん、海賊の名前なんて覚えててもしょうがないからさ」
「な、何だとお前……」
エボシと名乗った男は、謝意が全く感じられない様子のウタに困惑する。
つい勢いで名乗ったせいか威厳やらが薄れた印象ではあるが、彼の背後に控えている部下は三十人は下らない。しかも標的は自分一人。どれだけ屈強な者でも同じ状況ならわずかでも恐怖を感じるはずである。
しかし今エボシが前にしているウタにはそんな様子が微塵もみられない。無関心か、軽蔑か。ただただ冷たい瞳が、エボシのことを見据えている。
二人がそんなやり取りをしている隙に、ヨサクと協力して床に転がっていたジョニーを抱えて席まで戻ってきたウソップがナミに耳打ちする。
「〝クラゲ海賊団〟……お前知ってるか?」
「ううん。わたし、行きずりの海賊からお宝を盗んでくることのほうが多かったから」
「それはそれでスゲェな……」
そんなコソコソと話し込む二人をジロリと睨むエボシだったが、すぐにウタに視線を戻す。
「なに、今回は穏便に話し合いをしに来たのよ」
「手下を大勢引き連れておいて穏便にだなんて、面白いこと言うんだね」
「そう言うなよ。これでもこっちは被害者なんだぜ?」
「被害者だと⁉ そっちの下っ端が先に因縁つけてきたんじゃねえか!」
食って掛かるヨサクに銃を向けながらエボシが牽制する。
「黙りな。何度も言わせるな、いま用があるのは嬢ちゃんだけだ。
邪魔するんなら適当な誰かに一発ぶっ放してやってもいいんだぜ」
そう言って室内の隅に追いやられた客たちの方へ銃口を向けようとするエボシに、ウタがぴしりと言い放った。
「やめて。……で、用って何なの?」
「おお、話が早いやつは好きだぜ」
下卑た笑いを浮かべながらエボシがウタにぐいと顔を近づける。
「おれたちゃお前の持ってる〝宝の地図〟が欲しいのよ」
「‼」
〝宝の地図〟という言葉に、ルフィたちも反応を示す。
「……最初に絡んできた人たちも言ってたねソレ。けど、そんなもの持ってないよ」
「嘘つけ! おれは確かに見たぞ!」
ウタがエボシの言葉をすぐに否定すると、彼の後ろに控えていた部下たちの中から数名の船員が前へと出てくる。
「ああ、おれも見た」
「おめぇが古びた紙きれを持ってそこのピアノの親父と話してるのを見たんだぜ!」
「親父は随分と慌ててたなあ~。人前でそれを出しちゃいかん、とかも言ってたか!」
船員に指差されたゴードンは険しい顔をしながら俯いている。そしてお宝という単語に反応してじわりじわりとウタたちの方へ歩みを進めようとするナミは、ゾロとウソップにおいおい、と引き止められていた。
「そんな大事なモノなら何か秘密があると考えるのが自然だよなあ?
こっちは何度も酷い目に遭わされてんだ。示談金だとでも思って、なあ?」
「ヒドイってどの口が……まあ、たしかにそういうものはあるけど地図なんかじゃないよ」
「見るくらいは構わねえじゃねえかよ?」
ウタがちらりと客たちの方を見やる。どの人も青い顔をしており、震えている者もいる。このままこの海賊たちを居座らせておくのもまずいだろう。件のものさえ見せて、相手に帰ってもらうのが一番手っ取り早くて安全だ。そう考え、ため息をつきながらウタが懐から折りたたまれた紙を取り出した。
先ほどの船員の証言通りそれはかなり古いもののようで、茶色く変色した一枚の紙を、四つ折りにしているようだった。
ほら、と手渡してくるウタの手から紙を受け取ると、エボシはそっとそれを開いていく。
待望の〝宝の地図〟の御開帳を、固唾をのんで見守る船員たち。しかし――
「……? あ、ああ……⁉」
エボシの反応が思っていたものとは違ったので、船員たちがゾロゾロと彼の後ろに回り、紙に書いてある内容を確認しようとする。
ついでにいつの間にかルフィもそれに加わり、エボシの持つ紙を覗き込む。勝手に動いていた船長にウソップとナミがぎょっとした表情で戻ってこいとジェスチャーするが、ルフィはそちらを見ようともしない。
「ん? なんだこりゃ?」
ルフィが見たところ、それは楽譜のようだった。
五線譜に音符が散りばめられ、何らかのメロディをあらわしているようだ。しかしルフィに音楽に関する教養がないこともあり、どんな曲なのかは分からない。また、楽譜の外枠の部分には、骸骨や奇妙な格好をした者たちが手をつなぎ、踊っているかのような絵が描き込まれている。紙の古さも相まって、一層不気味なものに見えるものだった。
「地図じゃ……ない……」
「だから言ったでしょ、ホラ返して」
愕然とするエボシから楽譜をひったくるウタ。
がくりと肩を落とすエボシに、ルフィが慰めるように言った。
「どんまい」
「おう、すまねえな――ってなんだお前ェ⁉」
†
「チクショウが‼ てめぇの言う通りおれたちのカン違いだったってわけか‼」
「す、すびばせんエボシざん……」
殴られてボコボコの顔になった部下からの謝罪を背に顔を真っ赤にしながら叫ぶエボシ。そんな彼にウタが呆れたように呟いた。
「だから最初っから言ってたのに」
ほら用事は済んだでしょ、と彼女が促すと、それに対してエボシは興奮した様子のまま叫ぶ。
「こうなったら仕方ねえ……この酒場ン中の金になるもん、全部いただいていくぞ‼‼」
「⁉」
副船長の宣言と共に、船員たちが一斉に武器を手に酒場内の客の方へ向かっていく。無論それはルフィたちも例外ではなく、あっという間に一味全員が取り囲まれてしまった。
ゴードンや女将にも武器が向けられたのを見て、ウタがエボシに叫ぶ。
「ちょっと‼ ねらいはあたしだけだったんでしょ、用が済んだんなら何もせず今すぐ帰って‼」
「ああ、目的はお前ひとりだけだ。けどな……」
エボシがにたりと笑う。
「用が一個だけとは言ってなかったぜえ⁉」
「な……っ!」
酒場内が海賊たちの嘲笑の声に包まれる。
相手の言い分は完全に屁理屈だ。しかし、数で押されている以上向こうに正論で立ち向かっても意味はないだろう。武器を持った荒くれ者数十人を相手取って、華奢な女一人だけで勝つことなど不可能。
――なんて、こいつらは思ってるんだろうな。
と、すぐそばからウタへと声がかかる。
「おいウタ、手伝うか?」
「ああ⁉ この野郎、状況分かってんのか?」
首筋に剣を突き付けられても身じろぎ一つせず、何てことないかのような顔でルフィが呼びかけてきていた。
同席していた緑髪の剣士らしき男も、持っている刀の鯉口を切っている。長鼻の男とオレンジ髪の女性は完全に固まってしまっているけど。
バカバカしい。お前たちの手なんて借りるもんか。
だってあたしは――
「あたしは〝海賊嫌い〟のウタ。海賊に手伝ってもらう必要なんてないよ」
そう言ってウタはカウンター席のテーブルへ一息で飛び乗った。
急に動きを見せたウタへ、何丁もの銃が向けられる。撃たれればまず命は助からないだろう。
「ねえアンタたち、どうしても帰ってくれない?」
「当たり前だ。海賊が何の成果もなしに帰れるかってんだ‼」
ギラついた目で海賊の一人がそう叫んだのを聞くと、ウタはふう、と小さく息を吐いた。
「そう、なら、仕方ないね」
「‼ いかん、耳をふさげ――‼」
ウタが何をしようとしているのか察したのか、ゴードンがルフィたちへ向け叫んだ。
「ど、どうしたんだゴードンさん……??」
切羽詰まった様子の彼を見て、数名の客たちが恐る恐る耳を両手でふさぎ始める。
「何する気だ? 構わねえ、撃――」
何やら異常を感じ取ったエボシが船員たちに号令をかけようとしたその時、歌が聞こえた。
それは、歌と呼ぶには実に原始的なものだった。
意味のある詞で構成された歌とは違う、単純に〝声〟だけでつくり上げるメロディー。
伴奏も何もない、たった一人の人間の声のはずなのに、何故かそれが空間に、頭に、心に響き渡ってくる。
「⁉」
エボシが異変に気付くのにそう時間はかからなかった。
仲間が次々と倒れていくのだ。それだけではない。酒場にいた客たちも意識を失っていくのが見える。耳をふさいでいた者を除いて。
そんな光景を見ているうちに、エボシの視界がぼやけてきた。まるで眠りにつくときのように頭の回転は鈍り、甘く心地よい、とろけるような感覚が全身を包み込んでいく。
「なん…だ…これ…」
そうして、彼の意識は闇の中へと落ちていった――。
†
「………‼」
「これって一体……」
あっという間に海賊たちが無力化された光景を前に、ウソップとナミは口をあんぐりと開けている。あんなに大勢いた海賊たちだけでなく、客の一部までもがウタの歌を聞いた途端意識を失い、ある者は床に転がり、ある者はテーブルに突っ伏して眠ってしまったのだ。
「どういうことだこりゃ」
「耳ふさいでたから聞こえなかったけど……」
「姉貴が歌ったらみんな眠っちまいやがった……」
耳をふさいでいた手を下ろしながら、ゾロが知り合い二人の方を見やると、ヨサクとジョニーもまた困惑した表情で今まで自分たちが守っていたはずの女性の方を見ていた。
「ルフィ! なんなんだこれ‼ お前このこと知って……ハッ‼」
ウソップは腕を組んだまま仁王立ちするルフィの肩をつかんで話しかけるが、何かに気づいたように急に立ち止まった。
「どうした、ウソップ」
「こいつ……寝てやがる……」
「は……?」
見れば、ルフィは立ったまま大きないびきをかいて、鼻ちょうちんまで出して眠っていた。
それを見たウタは、先ほどまで固くしていた表情を驚きで崩し、やれやれといった風に苦笑しながら話し始めた。
「えっとね。あたしは〝ウタウタの実〟を食べた『歌人間』。
あたしの歌を聞いた人間は――みんな眠っちゃうの」
ウタの言葉を聞いたウソップが仰天する。
「あ、〝悪魔の実〟の能力者だったのか⁉」
〝悪魔の実〟。それは「海の悪魔の化身」とも呼ばれる果実で、それを口にしたものは実の名に応じた超常的な能力を手にすることができると言われている。
実を食べた者は海に嫌われ一生カナヅチになるという代償はあるが、それを差し引いても価値は高く、滅多にお目にかかれないため高額で取引されることもあるらしい。
麦わらの一味の船長であるルフィもまた、〝ゴムゴムの実〟を食べた「ゴム人間」。全身がゴムの性質を持つという彼の能力は、これまでの戦いでも大いに役立ってきた。
そんな、世にも珍しい〝悪魔の実〟の能力者に、この短期間で何人にも出会うとは。自分も何かに取り憑かれてるんじゃないだろうか、と話を聞いていたナミが熱でも測るように額へ手を当てているのをよそに、ウタははじめにルフィたちと接していた時と同じ調子の声で、ヨサクとジョニーに声をかけた。
「さーて、ヨサク、ジョニー。こいつら縄で縛って海に流しちゃおう。
どうせこれまで通り小舟で島まで来てるんだろうし、それに乗せればいいよね」
「わ、分かりやした……」
「あ、寝ちゃったお客さんたちも家まで送ってあげないとだよね……」
しまったという様子のウタに、辛うじて眠らなかった客の何人かが恐る恐ると言った様子で手を挙げた。
「あ、ああ。それならおれたちも手伝うよ……」
「ほんと? ありがとうっ」
まるで何事もなかったかのように村人たちににっこりと笑顔を見せるウタに困惑しながらも、各々が動き始める。
ウタもまたカウンターから降りると、他と同じく眠っていなかったキョウコに頭を下げた。
「キョウコさん、本当にごめん。あとで片付け、ちゃんと手伝うから……」
「気にしないでいいよ。驚きすぎて何が何やらだけどね」
「ありがとう……」
「キョウコさん、私が隠すように言っていたんだ。本当に申し訳なかった」
ウタが気づくと、彼女のそばにゴードンが来て一緒に頭を下げていた。
そんな二人に気にするなと笑っているキョウコの方をナミ達が眺めていると、
「じゃあ、ルフィのお友達。そいつが起きたら伝えといて」
頭を上げるも振り返ることはないまま、ウタが一味に向け静かに言い放つ。
「〝あんた達が海賊である以上、あたしは仲良くするつもりはない。仲間にもならないから、早いうちにこの島から出ていって〟、ってね」
感想書いてくださった皆様、ありがとうございます。励みになります。
余談ですが、このウタ加入エピソードの舞台になっているのは「キカン諸島」にある「マース村」です。島の名前も考えてたんですが出してなかったのでここで書いておきます。
これもまた余談ですが、お話の中で出てきた酒場の名前は「
加入エピソードを書くにあたってプロットも考えてあるのですが、肉付けしていくうちにお話の流れが変わってくる―執筆ってファンタジー、ですね。