ONE PIECE “IF” RED 【完結】 作:巨象先輩
マース村唯一の飲食店である酒場〝
そんな酒場の女将であるキョウコは、最も店が賑わう夜の営業に向け準備を進めていた。
昨晩は海賊団の襲撃もあり店の中も少し荒れてしまったが、村人やウタの手伝いもあって今日も問題なく営業できている。
そんな酒場の入り口の扉が開く音が聞こえる。
キョウコが見やると、そこにはウタが立っていた。ステージ用のドレスではなく、普段着の上から大きめのサイズのジャンパーを羽織った姿だ。村の人間にとっては、こちらの恰好の方が見慣れているだろう。
「おや、いらっしゃい。どうしたんだい、昼時に来るなんて珍しいねえ」
「こんにちは~。なんか今日はここに来たい気分で」
昨日夜遅くまで店の片づけを手伝っていたせいか、まだ眠そうな目のウタ。
カウンター席に座った彼女に、キョウコがジュースを差し出した。
「ありがと……」
「まだ寝てても良かったんじゃないかい?」
「あはは、もうお昼だよ?」
「丘で夕方までぼんやり海を眺めてるのと、宿のベッドでグースカ眠ってるの、どっちもおんなじだと思うけどねえ」
「いやいや全然違うから~!」
軽口を叩き、笑いあってから、数秒の沈黙。
ウタが口を開いた。
「もう少ししたら、機を見てこの村から出発しようと思ってるの」
「おや、そりゃまたどうして」
分かってるくせに、とウタが笑いをこぼす。
「あの海賊たちには完全に目を付けられちゃっただろうしね。これ以上迷惑かけられないよ」
昨日の騒動で指揮を執っていたエボシという男は、副船長だと名乗っていた。
副船長なんて上役が率いていた一団を無傷で、しかも眠らせた状態で突き返してやったのだ。ことの異常さを警戒して、これ以上手を出してこなくなることを期待してしまうが、相手は海賊だ。ムキになって関係ない村人を襲うかもしれないし、〝悪魔の実〟の能力者だと判明した自分の身柄をつけ狙ってくるかもしれない。いずれにせよこの村で自分の存在は疫病神だ。早いうちに島から出た方がお互いにとっても安全だろう。
するとキョウコはふむ、と少し間を置いてからウタに聞く。
「その言い方だと、これからずっとアイツらに追いかけられるのが前提のようにも聞こえるねぇ」
「追いかけてくるならその時はその時だよ。あたしの歌で追い返してやるの」
「ゴードンはどうするんだい」
「………」
ゴードンともここで別れるつもりだったのか、とキョウコはウタの沈黙から察する。
「あいつが許すとは思えないけどねえ」
「でしょ~?
だから、次に商船が来た時にでもこっそり相乗りさせてもらっていこうと思ってて」
「……悲しむよ。あいつも……みんなも」
キョウコの言葉に、無理やり明るく振舞っていたのだろうウタの表情がすぐに曇る。
「だって、しょうがないじゃん。色々周りにバレちゃったし。
ゴードンにばっかり無理させちゃうもん」
「それもそうだろうけどね」
「?」
拭き終わった皿を棚に戻して、キョウコがウタの方へ振り返り言う。
「あの麦わらの子のこともあるんだろう?」
「!」
ウタがぎょっとした表情を見せると、苦笑いしながらキョウコは言った。
「あのね。たったひと月、されどひと月だ。あたしゃアンタのことをずっと見てたんだよ?
麦わらの子と会った時のアンタの顔、今まで見た中で一番楽しそうで、嬉しそうだったからね」
「…………」
俯き、押し黙るウタにキョウコが続ける。
「一度別れたやつと再会できることなんて、人生の中じゃなかなかないもんだ。
海賊だって言ってたけど、あの子たちはアンタの思ってるそこらのゴロツキ共とは違うと思うよ?」
「……やめてよ、キョウコさん」
「せっかく再会できたってのに勿体ないんじゃないかと――」
「やめて‼‼」
立ち上がった勢いで、椅子が音を立てて倒れる。
キョウコを見据えるウタの顔は、苦痛に歪んでいた。
「キョウコさんは分かってないよ。海賊がどんなにひどいやつらなのか。
あいつらに苦しめられてる人たちが世界にどれだけいるのか‼」
「……」
「キョウコさんは悪いやつじゃないって言うけど、ルフィだってきっとそうなるよ。
海賊になるやつなんて皆おんなじ! 奪って、殺して、悲しみだけを置いていく‼」
「………」
ウタの叫びを、キョウコは黙って正面からじっと聞く。
ああ、きっとこれまでの旅でこの子はいろんなものを見てきたのだろう。
〝東の海〟は四つに区分された海の中でも最弱と呼ばれる場所。だからといって、海賊による被害がゼロだなんてことはない。政府にとっての脅威度が低かろうが、市民にとって海賊が脅威であることには変わらない。人が死に、町が滅ぶ。どの海でも海賊という存在がもたらすのは良くないことばかりなのは否定できない。
けれどこの子の、ウタの中にある海賊への憎しみは、きっと旅の中で見てきたものだけで生まれたものではないのだろう。なにか……なにかこの子の中の根底の部分で、海賊を憎むようになった原因があるようにみえる。でなければ、ここまで自分事のように海賊に怒りを向けられるとは思えない。
しかし、いまの彼女の表情はそんな憎しみと、それと相反する別の感情で葛藤しているかのようだった。
「だからあたしは決めたの。海賊を名乗るやつらなんて信じない。
例えそれが、友達だったやつでも――」
「ウタ」
「‼‼」
ウタを呼んだのは、キョウコの声ではなかった。ビタリと動きを止めたウタが、声のした背後へと振り向く。
「ルフィ……」
酒場の入口に立っていたのは、かつての友だった。
†
時は少し遡り、ゴーイング・メリー号へと場面は移る。
酒場での騒動を経て船まで戻ってきた一味は、そのまま船内で眠りについた。島の港からは外れた場所に停泊させていたおかげか、〝クラゲ海賊団〟の連中に荒らされた形跡もないのが幸いであった。
そして翌日、まだ日の低いうちから買い出しに出かけていたゾロとナミが、メリー号へと戻ってきた。ナミの分の荷物も一緒に抱えたゾロが、甲板へそれらを下ろして大きく息を吐く。
「しかし結局、コックの情報は得られずじまいだったな」
「残念だけど、次の島に期待だなあ」
広げた風呂敷の上に座り込み、パチンコで撃ち出す弾を仕込んでいるウソップのそばでナミが海図を広げ、この辺りで次の目的地になりそうな島があるかを確認する。
「もともと長居するつもりもなかったしね。それに……」
昨夜、酒場で見たウタの表情が、言葉がナミの頭をよぎる。
〝海賊〟という言葉に彼女が示していたのは、間違いなく敵意だった。
その感情にはナミも共感できる部分がある。彼女にとっても、海賊は憎くて仕方ないものだ。しかし、自分の目的のためならそんな海賊であろうと利用し尽くしてやるというスタンスで行動しているナミとは違い、ウタからは強い拒絶を感じた。だがただの拒絶とは違う。
あまりに冷たい拒絶。〝所詮お前らなんてそんなもの。理解し合えるはずもない〟といった類の、諦観にも似たもの。今日にも別れることになるのだから気にしなくてもいいはずなのだが。ルフィと楽しげに話していたときからのウタの豹変に、ナミはどこか違和感を拭い切れずにいた。
「なあルフィ、ほんとにいいのか? 仲間云々はともかく、幼馴染とこんな別れ方するなんてよお」
「………」
ウソップからの呼びかけに、メリー号の船首から逆さにぶら下がったルフィは沈黙で返す。
表情こそ普段通りだが、明らかにルフィも納得しきれていない。一味全員がそう確信する。
だが今のままではどうしようもないのは事実だ。
懸賞金もかけられていない、まだまだヒヨッコの一味だが自分たちが海賊であることに違いはない。ルフィだってそこを否定できるはずがないし、する印象が仲間たちにはない。
だから、極論を言えばこれでおしまいなのだ。
自分たちは海賊で、ウタは海賊が嫌い。ただ話をしたところで、互いに自分の信念を歪めない限り埋まるはずのない溝。だからルフィもそこからウタのことに踏み込もうとしない、というかできないのだろう。
とはいえウタの言ったことに怒る様子もない控えめなルフィの姿を見るのは一味の全員が初めてだったため、船の中の雰囲気はいやに緊張してしまっているのだった。
「そもそも、ルフィはともかくおれたちはウタのことを全然知らねえんだ。
あいつでダメならどうしようもねえだろうよ」
「あれ、そういえば、あの子〝赤髪〟の娘なのよね。なんで海賊じゃないんだろ」
「そういや、昨日はウタとルフィが勝手に盛り上がってたもんだから、根本的なこと聞けてなかったような……」
完全にあの場の雰囲気に流され切っていた自分たちに気づき、深いため息をつく三人。
幼馴染との再会を邪魔してはいけないという気持ちがあったのは違いないのだが、無意識に遠慮をしているうちに〝クラゲ海賊団〟の乱入騒ぎもあったりで話を聞く機会を失ってしまっていた。
そうは言ってもこうした状況だ。改めて三人はルフィとウタの馴れ初めが、どういった経緯で離ればなれになったのかが無性に気になっていた。
そうして意を決し、ナミが話を切り出そうとしたその時――
「おおーい兄貴たちー!」
「そこにいるんですかいー⁉」
突然、船の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「? ヨサクにジョニーじゃねえか。それにあいつは……」
身を乗り出して声のした方向を確認したゾロは昨夜も会った顔なじみ二人の後ろに、これまた昨日見たばかりで覚えのある者が来ているのを視界に捉えていた。
†
「昨日は兄貴たちにもご迷惑おかけしちまいまして……」
昨晩エボシに背中から蹴飛ばされたときに顔をどこかにぶつけていたのか、ジョニーが額に大きな絆創膏を貼った顔を申し訳なさそうに歪める。
「気にすんなって。そんなことで謝りに来たのか?」
「いえ、実はおれたち、コックの居場所について心当たりがありまして!」
「‼」
もともとこの村にはコックを求めて上陸したのだ。その目標に近づく手がかりが得られるのならこれ以上のことはない。思いがけない朗報にナミの表情が明るくなった。ヨサクがジョニーの肩を叩きながら説明を始める。
「今朝目を覚ましたコイツにイキサツを話したら、コックについて思い出したことがありやして!」
「それで早速お伝えしようとみなさんを探してたら……」
「私が、二人についていきたいと無理を言ったんだ」
ジョニーとヨサクのあとを引き継ぐように、サングラスの大男、ゴードンが口を開いた。酒場で見かけた時とは違い、今は普段着らしい着古したコートを身にまとっている。
そんな彼に、ゾロが聞く。
「あんた、ウタと一緒に旅をしていたんだったよな。おれたちにどんな用があるんだ?」
「まさに、いまゾロ君が言ったウタについて……。
まずは昨日の彼女の失礼な言動を謝りに来たんだ」
そう言って甲板の床に両手をつき、土下座の姿勢をとるゴードン。
「本当に、すまなかった……‼」
ウソップがぎょっとして彼を引き留める。
「な、ち、ちょちょちょっと待てっておっさん!
謝りにって、いきなりそんなこと言われても困るぜ!」
「そうよ。それに、あの子の言ってたこと、何も間違ってなんかないわよ⁉」
「違うんだ‼」
「!」
ナミの言葉を強く否定したゴードンの気迫に、一瞬その場が静まり返った。
かと思えば、それに気づいたゴードンがガバリと身を起こして慌てて弁明する。
「ああ、すまない、急に叫んでしまって……。
だが、本当に違うんだ。あの子の怒りは……海賊への憎しみは……」
「おっさん」
「!」
口を震わせながら言葉を紡ごうとするゴードンに、船首の方から声がかかる。
一同が見ると、羊頭の船首の上に立つルフィがいた。
「ル、ルフィ君、昨日はウタが本当に――」
ゴードンの言葉を遮って、ルフィが聞いてくる。
「おっさんが、今までずっとウタと一緒にいてくれたのか?」
「え、あ、ああ……」
唐突な問いに困惑しながらも頷くゴードンを見て、ルフィがニカッと笑顔を見せる。
「そっか! ありがとな!」
そういって船首から一気に陸へと飛び、着地する。
困惑しっぱなしの一同をよそに、ルフィがウソップへと叫ぶ。
「ウソップ! 村ってここからどっちだ?」
「へ? あ、ええっと、ここから北にまっすぐだな」
「ん? なんか聞き覚えのある道案内だな。まあいっか!」
「ちょっと⁉ どこ行くのよあんた!」
勝手に納得して走り出そうとするルフィに呼びかけるナミの声に、ルフィがメリー号からこちらを見る一同に振り返って答えた。
「ウタのところ! 話してくる‼」
土煙を上げながら走り去っていくルフィの影を見送りながら、ゾロが呟く。
「ったく、いきなりどうしたんだよ……」
「あいつの行動はたまに予測できなくなるんだよな」
「……」
呆れる一味に、口をぽかんと開けながら固まるゴードンとヨサク、ジョニーの三人。
するとナミがゴードンの肩ををポンと叩き、
「さて、肝心のルフィがいないけど、ウタについて、色々と聞かせてもらってもよろしくて?」
そう彼女が声をかけると、ゴードンは我に返った。
「ハッ! ……あ、ああ。話せることはほとんどないんだが……」
「それでも、よ」
「………」
あんな不審な態度をとられて、気にならないわけがない。ナミの態度に観念したのか、ゴードンが口を開き、語り始めた。
「……かつて〝
そして彼らが出会ったことで、エレジアは――滅びたのだ。
この小説では、エレジアは“南の海”にあると設定しています。
東の海編で“偉大なる航路”のことを描写しすぎるのもアレだし、“凪の帯”だと危なそうだし…というわけで、この設定が個人的にしっくり来たのでこうしました。
というわけで次回から過去編です。多分この小説とFilm REDの違いが一番出るんじゃないかな…多分…