ONE PIECE “IF” RED 【完結】   作:巨象先輩

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“エレジア”

 

 〝南の海〟にある島国、エレジア。

 〝音楽の都〟と呼ばれ、古代から音楽の力で栄えてきたこの国の大きな特徴といえば、国王の住まうエレジア城に併設された音楽院だろう。多くの専門家や楽器・楽譜を集め、未来の音楽家を育てるこの施設は、多くの優秀な音楽家を世に輩出してきた。

 そしてそんな国で今日もまた、いつもと変わらない一日が始まろうとしていた。 

 

    †

 

 エレジア音楽院、大ホール。

 ここは屋内ステージとしては国内で最大の広さを誇り、エレジアで開催される行事では必ずこのホールに大勢の観客を集めた演奏会が行われる。

 そして、この大ホールには、もう一つ大きな役割があった。

「みんな、おはよう!」

 ステージ上に楽器を運び込んで準備を行っている楽団のもとに真っ白な礼服を身にまとった男性が声をかけると、彼の姿を認めた楽団員たちが口々にその名を呼んだ。

「ゴードンさん! おはようございます‼」 

 男の名はゴードン。当代のエレジア国王にして、音楽院の学長。そしてここに所属するトップクラスの演奏家で構成された、エレジア交響楽団の指揮者でもある。

「さあ、今日も我々の音楽でエレジアの一日を始めよう!」

 楽団員たちが位置につくのを確認し指揮棒を掲げたゴードンの腕の動きに合わせ、演奏が始まった。

「おっ、始まったな」

「今の楽団の人たちもレベルが高いわねえ」

「王様率いる楽団が、この国の顔だからなあ」 

このエレジアでは、朝と夕方の二回、決められた時間に楽団の生演奏が国中に放送される。

 国民はその音色を聞いて朝に仕事をはじめ、そして日が沈むころに仕事を終えるのだ。 

「そういえば、今年の発表会もそろそろだったかね?」

「おお、そうだったな。音楽院の子らの一年の成果のお披露目だ。楽しみだねえ」

 

    †

 

「ぬぅぅぅぅぅ……」

 エレジア城の執務室にて、一枚の紙きれを見つめながらゴードンが唸っていた。持ってるのは「エレジア音楽院発表会 一般参加者募集中」と書かれた宣伝紙だ。

 毎年エレジアでは、音楽院で学ぶ音楽家の卵たちの一年間の鍛錬の成果として、発表会での演奏・歌唱を披露することになっている。歴史ある機関で学んでいるということもあってか、院生たちの発表のレベルは目を見張るものがあり、諸外国からも王族などの要人が参観に来るほどだ。

 だが、今年はゴードンの計らいで、院生以外にも希望する者がいれば音楽院の大ホールで自らの力を披露できる「一般発表枠」なるものが設けられた。エレジア国民はもちろん、海外からの旅行者などであっても自身の腕に覚えがあるならば広く受け入れる予定だ。

 これはゴードンの〝より高い研鑽を積むには、外界からの刺激をより多く受けるべきである〟という考えから端を発した、長いエレジアの歴史の中でも前例のない試みであった。

 〝歴史ある音楽院の品格に傷がつくのでは〟といった懸念もあったが、国王の強い説得により試験的なかたちではあったが実現した。そういったわけで、世界中に新聞配達を行っているニュース・クーの手(翼?)も借り、世界各国に宣伝紙が配られたはずなのだが――

「来ませんね、連絡」

「う~ぬぬぬぬぬ……」

 秘書からの言葉に、ゴードンの顔が更に険しくなっていく。

 宣伝紙には、エレジアへと参加の連絡ができるよう伝書のほか電伝虫をつかった連絡先も記載してあったはずなのだが、未だに一通も連絡がこない。もう発表会本番を一週間後に控えているというのに、一通もだ。

 学院教授たちの賛成を得るために時間をかけすぎて、宣伝紙を出すのがギリギリになったせいか、はたまたニュース・クーが手違いを起こして宣伝紙がきちんと配達されていないのか、それとも――

「エレジアという国の知名度が下がったせいか、ですね」

「きみは心を読んでいるのかね⁉」

 秘書パーシーの核心をついた一言に、ゴードンが驚愕の表情を示す。

 パーシーの言ったことは認めたくはないが、否定もできない。エレジアは〝世界政府〟に加盟している国の一つだが、四年に一度開かれる「世界会議(レヴェリー)」に参加する代表国には選ばれていない。世界全体の〝顔〟として台頭する国々に比べれば、いまひとつ存在感に欠けているのは事実である。

 とはいえこの国には過去に名を残した音楽家、そして今なお世界で活躍している高名な音楽家たちの多くを送り出してきた歴史がある。初めての試みとはいえ、きっと参加してくれる者がいるはずだと、そう信じていたのだが……。

「まあ、実際は宣伝をかけるのが遅かったんだと思いますよ。

国の要人ならともかく、一般市民が急に海を渡って外国へ、なんて大変ですからね」

「パーシー君……」

 パーシーからの慰めの言葉に、ゴードンがこわばっていた顔の力を緩めたのも束の間、

「それか多分このチラシに貼ってあるゴードンさんの顔が怖かったんでしょうねっ」

「…………」

 宣伝紙に印刷されたゴードンの顔写真を指差してパーシーが笑う。写真に撮られ慣れていなかったとはいえ、あまりに不気味にほほ笑むその顔を見て、本人は言い返すことができなかった。

 

    †

 

「そうか、ゴア王国も今年は不参加か……」

「はい、今年は『世界会議』がありますから……」

 ちょうど今が「世界会議」が開催される時期。例年発表会へ参観に来る国々のほとんどが代表国であり、会議の行われる場へと向かうため、エレジアには来られない旨の連絡が次々と舞い込んできていた。また代表国でない国も、近頃の海賊たちの動きに警戒を強めており、エレジアへの訪問を自粛しているということらしい。

 〝海賊王〟ゴールド・ロジャーが処刑されてから既に十数年が経過した。大海賊時代が幕を開けてからというものの、海賊たちの蛮行は留まるところを知らない。

 多くの海賊たちが〝海賊王〟の遺した宝を求め、〝偉大なる航路〟へと突入しているというが、それ以外の、東西南北に区分された四つの海も、その脅威の例外というわけではない。幸運なことにエレジアはこれまで被害を受けたことはないが、新聞を開けば、今日もどこかで村が、町が、国が襲われているのが分かる。人々の心が傷付き疲れているこの時代にこそ、なにか彼らの癒しに、救いになるものがあればと常々ゴードンは考えていたが――。

「――ということで、今年の発表会は学院と、国内の参観者のみに向けた発表会になりそうです」

 音楽院の食堂、クラスごとにテーブルについて夕食を食べている生徒たちを前に、ゴードンは連絡を行っていた。

 一年の成果をより多くの人々に披露すべく準備に勤しんできた者もいるだろう、食堂のあちこちから落胆の声が聞こえてくる。

 特に来年度で音楽院を卒業する生徒にとっては、この発表会は重要な機会でもある。諸外国の要人の目に留まれば、将来その国お付きの音楽家になれる可能性も出てくる。発表会は、参加者の将来を左右するという意味でも、大きな役割を担っているのだ。

「それでも、今年は空いた参観者用の席も使い、より多くの国民の方々が大ホールで皆さんの発表を見られるようにするつもりです。

 音楽とは、身分に関係なく人の心を動かすことができる力を持っています。是非、当日は皆さんの精一杯の音楽で、観客の皆さんの心を動かしてください」

 そう、それでも発表を聴きに来てくれる人がいることに変わりはない。状況が違うからといって、気を抜くなどということは決して許されないのだ。

 ゴードンの言葉に、ざわついていた食堂は一気に静まり返るのであった。

 とはいえ、国外からの参観者が全くないという状況には、流石のゴードンもショックを受けずにはいられなかった。

 夕食の時間も終わり、食堂から執務室へ肩を落としながら城内の廊下を歩いていた彼の後ろから、バタバタと慌ただしく走る足音が近づいてくる。

「ゴードンさん、ゴードンさん‼」 

 振りかえってみれば、足音の主はパーシーだった。

「何事かね、パーシー君」

「そ、それが……‼」

 かなりの距離を走ってきたのか、息を切らせる相手を落ち着かせるゴードンの耳に飛び込んできたのは、思いがけない報告だった。

「き、来ました……参加したいという……一般枠の方から! 連絡が‼‼」

 

    †

 

 音楽院の一階、事務室に秘書と共に飛び込んできたゴードンを見て、受付係の女性は手にしていた電伝虫の受話器に向かって話しかけた。

「ゴードンさっ……も、もしもし。学長が来ましたので代わりますね」

『ああ、頼む』

 電伝虫の口から聞こえてきたのは、落ち着いた若い男らしき声。

 受話器を一旦机に置いた受付係が、ゴードンに耳打ちをしてくる。

「あの、連絡は来たんですけど……」

「どうかしたのかね?」

「は、はい……相手はその……海賊みたいで……」

「⁉」

 思わずゴードンが振り返ると、パーシーは青い顔をしながら首を横に振る。どうやら、連絡がきたと分かった途端に事務室を飛び出してきてしまったらしい。

 まさか海賊から連絡が来るとは。しかも一般枠での参加だという。何かの罠ではないのかと、ゴードンの中で様々な感情が渦巻いたが――

「……よし、まずは話を聞いてみよう」

「⁉」

 気合を入れて宣伝をかけたのにもかかわらず成果はなし。しかも例年はあったはずの各国からの訪問もないというこの異例の状況において、この一報は希望の光になるはずだ、と。半ばヤケクソ地味た心理状態ではあったが、ゴードンは受話器を手に取って通信越しに相手へと呼びかけた。

「……お待たせした。エレジア国王のゴードンだ」

『おお、学長と聞いていたんだが、まさか国王に応対してもらえるとは』

「ああ、この国の音楽院の学長も兼任しているのでね」

 相手は、先ほどと変わらず若い男の声だ。

 通話相手がゴードンになったと分かると、男は自身の身分を明かした。

『おれは〝赤髪海賊団〟船長でシャンクスというものだ。

 一応賞金首なんで、既にそちらにもある程度情報はあるかも分からんが』

「………‼⁉」

 〝赤髪のシャンクス〟。

 知っているとも。懸賞金十億を超える大海賊。つい最近には、政府関係の船を襲撃したとかでも話題になっていたはずだ。

 極悪人の中の極悪人が連絡してきたのだと分かり、事務室内の空気が一気に冷え込んだような感覚に襲われた。一瞬気が遠くなり思わず背中から倒れ込みそうになりながらも、ゴードンは話を続ける。

「…これはこれは。泣く子も黙る〝赤髪海賊団〟がお相手だったとは。

 イタズラにしてはちょっと悪質ではないかね」

『すまない。先日手に入れたチラシに、そちらの国である発表会の一般枠のことが書いてあってな』

「……たしかに、それは我が国から発行したものだろう」

 何が目的だ、いったい何を企んでいるのだ、と。これまで海賊の脅威とは無縁だったエレジアの国王は、背中にナイフを突き付けられているような気分になりながら〝赤髪〟を名乗る男の話をじっと聞き続ける。

『実は、それを見てうちの音楽家がどうしてもそれに行きたいってんで――いでっ⁉』

『何言ってんの⁉ シャンクスたちが勝手に盛り上がっただけでしょ‼

 あたしは行きたいとはモガー!』

『ほらほら、お前はこっちに来とけっての』

「……⁉」

 突然、相手側からの通信に誰かが割り込んできた。どうやら子ども、それも女の子のようだ。

 あの大海賊の船に子どもが?

 不意の出来事にゴードン達が困惑していると、シャンクスの声が通信に戻ってきた。

『痛つつ……ああすまん!

 まあ、そんなわけでウチの音楽家がその発表会で歌を披露させてもらうことはできるか?』

「きみの船の音楽家は……こ、子どもなのか?」

『ああ、もう一人と一匹ほどいるんだがな。今はさっきのやつがうちの主任音楽家ってところだ』

「………?」

 〝一匹〟というのがよくわからなかったが、とにかく〝赤髪海賊団〟は先ほどの声の主を発表会に出したいようだ。

 彼のそばに寄ってきていたパーシーがそっと耳打ちする。

「ゴードンさん、流石に海賊を招き入れるわけには……」

「……いや」

「えっ?」

 たとえ海賊であろうとも、音楽を愛する気持ちがあるというのなら、それを拒むわけにはいかない。ここはエレジア。あらゆる音楽家の卵に門戸を開く〝音楽の都〝だ。

 〝より高い研鑽を積むには、外界からの刺激を、より広く受けるべきである〟。

 あの〝赤髪海賊団〟にも、音楽家として生きようとしている若い才能があるのだという事実に、ゴードンの胸には先ほどまでの恐怖はなく、むしろ高揚感すら覚えていた。

「承知した。きみたちの参加を受け入れよう」

「ええーっ⁉」

『ええーっ⁉』

「いや君たちもか⁉」

 事務室にいた二人の部下だけでなく、電伝虫からも複数の声が重なった驚きの反応が返ってきた。

『いや、まさか許可してもらえるとは……一応おれたち海賊だし……』

「変なところで弁えるんだな、きみら……」

 そうして咳ばらいを一つしたゴードンが続ける。

「エレジアは音楽を愛する者を拒みはしない。まあ、海賊を招き入れるのは歴史上初めてだが。

 とはいえきみたちはこの発表会で唯一の一般参加者だ! ありがとう‼」

『よしてくれ。一国の王が海賊に感謝なんてするもんじゃない』

「ああ、これは失礼。とはいえ当日が楽しみだよ。島に近づいたら一報をくれ。

 なるべく人目につかないよう音楽院に案内するよ」

『そりゃ助かる。おれたちも海賊だと悟られないよう近づくよ』

 こうして、エレジア音楽院の発表会には歴史上初の、海賊の参加が決まったのだった。

 

 

 

 





 ゴードン視点での過去編です。ここを逃すとゴードン側の話の流れを描写できる機会がもうないと思ったんです。

 「世界会議」の開催タイミングですが、本編の新世界編で開催されている描写から逆算して、ちょうど「エレジアの悲劇」が起こる12年前にも開催されてるはずだ!ということにしました。計算は合ってる…はず。

 ウタ視点はどうしたものかなあと考えたのですが、恐らくこれは来るべきタイミングで描写することになるでしょう。いつになるかは未定です。
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