御曹司は(強制的に)TSお嬢様になって、異世界で面白おかしく過ごしたい   作:九十九一

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ギルド職員の仕事

「――というわけかな。ひとまず、基礎知識はこれくらい。何か質問はあるかな?」

「大丈夫です。しっかり、頭に入れましたから」

「メモも取ってないのに、全部覚えたの?」

「えぇまあ。昔から覚えることが得意でしたので」

 

 主に、前世で、だけどな。

 だが、こっちの世界に来てからというもの、全体的なスペックが上がっている気がする。

 特に、記憶力なんかが顕著だな。

 何か理由でもあるのかね?

 

 ……いや、理由なんてどうでもいいか。

 記憶力が良くなった、これはこの世界で生きていく上で、かなり助けになるはずだしな。

 おかげで、こういった事務仕事なんかもすぐに覚えられる。

 

 あとは、実践して立ち回りを覚えるだけだな。

 ……これが一番大変だが。

 

「それじゃあ、早速カウンター業務をしてみよっか」

「もう、ですか?」

「うん。慣れてきたら裏で鑑定業務もしてもらうけど、最初はまず、カウンターからって決まってるんだー、うちのギルドは」

「うちの、という事は、場所によってはやり方が違うのですか?」

「そうだね。グエント支部は、アットホームな職場、というのが基本的な運営方針でね」

「……そ、そうなのですね」

 

 アットホームて……。

 ネットで求人サイトとか見てるとさ、大体は『アットホームな会社です』という謳い文句の会社は大体ブラック、なんて書かれてたりするんだが。

 大丈夫、だよな?

 

「ち、ちなみに、上りは何時ごろなのでしょうか?」

「大体は夜の八時だね」

「大体?」

「うん。基本夜の八時が上がりかな。でも、ギルド自体は夜の九時まで開いてるの」

「残業という意味ですか?」

「ううん。ここで八時以降も残っている人は、報告当番なの」

「報告当番と言うのは、時間ギリギリまで依頼の報告を受ける当番のこと、ですか?」

「そうそう。最初の内はやることがないから安心して。それに、ギリギリになってくる人なんて少数だから。だから、当番の日は暇なんだよね。まあ、その分お給料も発生するから美味しい当番! って職員の間では言われてたりするけど」

「ふふっ、そうなのですね」

 

 たしかに、それは美味い仕事かもな。

 元の世界にだって、ただいるだけで時給が発生する、なんて仕事もあったみたいだし。

 

「……」

 

 ん? なんか、ぼーっとしてるな。

 

「リリナさん? 顔が赤いようですけれど、大丈夫ですか?」

「へ? あ、う、ううん! 大丈夫! ちょ、ちょっと、アリシアちゃんの笑顔が可愛くてつい……」

「そうですか? お世辞でも嬉しいです」

「お世辞じゃないんだけど……」

 

 ……うん、それはわかってる。

 だって俺の恩恵が原因だし。

 これがなければ、マシなんだろうか……。

 ……恩恵の効果を抑える道具とかないもんかねぇ。

 

「え、えーっと……そ、そうだ! あ、アリシアちゃんは、どうしてギルド職員になろうと思ったのかなっ?」

 

 おー、露骨な方向転換。

 しかし、俺としてもどうにも居心地の悪い空気だったしありがたい。

 

「そ、そうですね……もともとギルドの存在は知っていたから、というのが大きな理由ですね」

「大きな、というと他にも理由が?」

「はい。冒険者登録ができれば、私の二人の同行者と一緒に行動できたのですけれど、今は武器を持っていないのと、そもそも戦闘なんてしたことが無いので、それなら職員に、と」

「へ~、そうだったんだね。それじゃあ、飲食店とか、お店で働く、っていう方法も取れたと思うんだけど、それはどうして?」

「最初は飲食店もありだとは思ったのですよ。ですが……この容姿だと、大変なことになりそうでしたので……」

「あー、たしかに変な男に言い寄られそう。アリシアちゃん、すっごく綺麗で可愛いし」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 ……元男の俺としては、可愛い、と言われるのはどこかむずむずするものがあるし、どうにも釈然としない。

 男であれば、ばっさり否定できたんだろうなぁ……。

 おのれ、クソ女神。

 

「さて、もうすぐ依頼を終えた冒険者たちが、ぼちぼち現れる頃だから、カウンターに座ろっか」

「はい、わかりました。……あ、その前に、少し席を外しても?」

「いいけど……どこか行くの?」

「いえ、ギルド内に待たせている人がいまして、その人と少しお話を」

「了解だよー。あんまり長話しないようにね?」

「はい」

 

 さて、刃の所に行くかね。

 

 

「刃、お待たせ」

 

 刃は案外あっさりと見つかり、一階の隅の方に立っていた。

 ってか、何気にあいつ、気配を消してね?

 ギルド内にいる人たち全員、あいつの方見てないし。

 

 あれか、俺だけわかるようにした、的な?

 刃だしそれくらいできそうだな。

 

「おや、もうお話が終わったので? ……その服を見る限り、どうやら雇ってもらえたようですね、お嬢」

「えぇ。なんとかね。……それで、あなたは何をしていたのかしら?」

「ちょっとした情報収集ですよ。この中にいても暇だったので、二階の酒場で少し話を聞いてました」

 

 どうやら、酒場で情報収集をしていたらしい。

 こいつにしては気が利く。

 

「そ、何かいい情報は得られたの?」

「そうですね……私は脳筋なので、細々としたことはわかりませんでしたが」

「わかっているのなら直しなさいよ」

「それは無理です」

 

 キッパリ言い切りやがったよこいつ。

 

「ですので、僕でも覚えやすい情報を入手しました」

「どのような情報?」

「はい、魔物に関する情報です。この世界で暮らす上で、必須となる情報だと思い、二階にいるじっけんだ――こほん。冒険者の皆様に訊いてきましたよ」

「……あなた、今一瞬『実験台』って言いかけなかった?」

「滅相もない。僕はただ、お話をしただけですよ」

 

 そう言いながら、やたらと爽やかな笑みを浮かべる刃。

 その笑顔は、こいつのことを知らない女性だったら、思わずキュンとなりそうなくらいのイケメンスマイルなんだが……俺は見逃さなかった。

 刃の服に赤っぽい染みがあることに。

 

「……まさかとは思うのだけれど……あなた、上で暴れていたりしないかしら?」

「は、ははは! そのようなことがあろうはずがございま――」

『お、おい! 大丈夫か!? 誰にやられた!?』

『め、眼鏡をかけた、し、執事に……』

『なんだと!? おい! しっかりしろ! 傷は浅――くはないけど、大丈夫だ! とりあえず教会行くぞ!』

 

 バタバタ! と上からそんな騒がしいやり取りが聞こえてきた。

 ちらりと二階に目を向けると、何やら血まみれの男が別の男二人に担がれて降りていくところだった。

 

 ……。

 

「――せんよ」

 

 俺がジト目を向けたのにもかかわらず、こいつはいけしゃあしゃあと否定しきった。

 こいつ、今の騒ぎが聞こえているにもかかわらず続けるのかよ。

 

「誤魔化せてねーのよ」

「……ははっ! 殴りかかってきたから、つい」

「つい、じゃないわよ、おバカ執事!」

「す、すんません!」

「誤ればいいというものではありません! というか、一体何をしたらああなるのよ」

「い、いやー……ははは。ただ少し、魔物について教えてほしい、と言っただけです、よ?」

「なぜ疑問形なのかしら?」

「……た、ただ『お嬢が魔物についての情報を欲しがってる。さっさと話せば見逃すが、言わなきゃ喧嘩』と言っただけです」

「……とりあえず、あなたが底抜けのおバカ、ということはよくわかったわ。……とりあえず、なぜ、そのような聞き方をしたか尋ねるわ。なぜ?」

「んー、僕の直感で『あ、こいつは情報通だけど、ぜってぇ頭のおかしいやつだ! 確実にお嬢を狙ってくる! ならば、情報奪って先に張っ倒せば一石二鳥!』と思いましたので、少々、不細工な顔の整形を……」

「……バカなの?」

「脳筋バカですが何か?」

 

 うっわその返しは腹立つ!

 

 しかも、もちろん認めてますが? という、当たり前みたいな表情で返してくるのも余計に腹立つ!

 

 マジでなんなんこいつ!

 

「……まったく。とりあえず、瑠璃の『もっとやって』と言っておくから、覚悟するように」

「えぇ!? 僕、お嬢を守っただけですけど!?」

「まだ何も実害がないのよっ! そんな状態で攻撃するとか……あなたはもう少し、慎重になりなさい。この世界は、向こうとは違うんだから」

「……はい」

「ともあれ、私はこれからお仕事だから、そのまま瑠璃と合流して情報収集をするように。その際、七時に来るよう、瑠璃に伝えてもらえる?」

「わかりました。そう伝えておきます」

「よろしい。さ、行って」

「はい。では、失礼します……」

 

 やや肩を落としながら、刃が出て行った。

 

「はぁっ……先が思いやられるわ」

 

 刃の珍行動に、俺は頭を痛めた。

 

 ……まあ、あいつの直感は当たるし、ある意味先手必勝、という意味ではよかったのかもしれないけど。

 

 野生の勘なのかね?

 

 

 話を終え、早速カウンター業務に。

 

 リリナさんの言う通り、本当にぼちぼち冒険者の人たちが戻ってきた。

 ボロボロの人もいれば、あまり怪我がなく、返り血のようなものが付いている人もいる。

 

 ……うわー、リアルで血まみれの人を見るってのは……あんまり気分的に良くねぇなぁ……。

 よくもまあ、血まみれの奴を平気で見られるもんだよなぁ。

 

 俺は絶対無理だわ。

 

 普通に考えて、腕が消し飛んで破裂した水道管のように血が噴き出る光景を見て、平然としてるのはどうかと思う。

 感想を抱いても、

 

『マジか、腕が飛ばされたぞ!?』

 

 くらいの反応だし。

 

 ……瑠璃と刃はなんか大丈夫そうだが。

 

 だが……あれだな。

 前世の俺だったら、間違いなく吐きそうなものなんだが……これもあれか? クソ女神パワーでも働いてるのか?

 

《オフコース!》

 

 ……やっぱりか畜生。

 あいつ、俺の精神もいじりやがったな……?

 

《まあ、異世界に順応させるために、だねぇ。わたくし、優しい!》

 

 真に優しい神は、俺の精神を少し弄った挙句、ある種呪いのような加護を授けねぇよ。

 未だになれねぇよ、お嬢様口調。

 ……正直、これはお嬢様口調というか、ただの女子の口調だとは思うが。

 

《いいのいいの。どうせ、ラノベのお嬢様なんてこんな口調だし》

 

 いやそうだけども。

 

『あー、報告をしたいんだが……』

 

 クソ女神と話していたら、無傷だが血まみれの大剣を背負った男が報告に来た。

 仕事仕事。

 

「はい、依頼の報告ですね? どのようなご依頼の報告でしょうか?」

『ニードルウルフ討伐の報告だ』

 

 ニードルウルフ。

 グエントの街付近……というか、割とよく見かける低ランクの魔物のこと。

 ハリネズミのように全身に生えた棘が特徴の狼で、獲物や敵を見つけると、全力で突進し穴だらけにするとか。

 

 依頼達成のために必要な部位はたしか……。

 

「かしこまりました。それでは、討伐の証明品である、ニードルウルフの牙と棘のご提出をお願い致します」

『これだ』

「それでは、確認させていただきます」

 

 提出するよう伝えると、男は肩から掛けていた袋の中から、採って間もないのか血がべっとりと付着した牙五本と、これまた採って間もないのか、やたら真っ赤に染まった棘五本が提出された。

 う、うっわー……グロいなぁ……。

 

 だ、だがしかし、ここで顔に出せば、悪評が広まる可能性あり……笑顔だ、俺の表情筋ッ!

 

 俺は、カウンターの下から使い捨ての手袋とタオルを取り出し、二種類の証拠品を確認。

 もちろん、初の業務という事で、しっかり図鑑は読みながら、だがな。

 

 ……一応、頭に全部叩き込んだが、下手に上手くやりすぎると、かえって目立ちそうだからな。

 ここは、何も知らない初心者ですよー感を出さなければならん。

 

 ……よし。

 

「確認できました。ニードルウルフの牙と棘で間違いありません。これにて、依頼は達成されました。お疲れ様でした。こちらが、報酬の八千シグルです」

『あ、あぁ、ありがとう……』

 

 営業スマイルで報酬を渡すと、男はなんか顔を赤くした。

 しかも、妙にじーっと見られてる気がするんだが……。

 

『と、ところで、見かけない顔だが……』

 

 そうか、見知らぬ職員がいたらまじまじと見つめてしまうというものか。

 ならば、軽く自己紹介でもしておくか。

 

「初めまして。本日から冒険者ギルドグエント支部で職員として働くことになりました、アリシア・ローナイトと申します。三ヶ月間ではありますが、よろしくお願い致します」

『あ、あぁ、よろしく。じゃ、じゃあ、俺はこれで』

「はい、お気を付けてお帰りください」

 

 にっこりスマイルで男を見送った。

 

 ……よし、最初はこんなところだろ。

 ってか、これでも結構上々じゃね?

 

 前世での接客業が活きたな。

 あとは、クソ女神の呪いうというの加護が、噛み合ってるのかもしれん。

 複雑だが。

 

 さて、この調子でどんどん行くかね!

 

 俺は気を引き締めて、次の仕事へと目を向けた。

 

 そして……

 

 

『こ、この後一緒に食事でもどうかな!?』

『おい、抜け駆けするんじゃねえ! アリシアちゃん、俺と行かないか? 好きなところへ連れてってあげるぜ!』

『汚い男たちに任せられない! アリシアちゃん、私たちと一緒に食べに行かない?』

『わ、私も行ってみたいです!』

 

 俺は、多数の冒険者に言い寄られるという、ある種の恐怖映像に遭遇してしまった。

 え? 人に集られるくらいなら恐怖じゃないだろって?

 ははっ、それは前世での話しな。

 

 思い出してほしい。

 今俺たちがいる世界はファンタジーな異世界だ。

 そして、俺がしているのは冒険者ギルドの職員。

 

 勘のいいガキならここで気づくだろう。

 

 そして、勘が良くない人も、俺の最初の仕事相手に対するモノローグを読み返してくれ。

 それで理解できるはずだ。

 

 つまり……血みどろな男女が、俺を取り囲んでる、という状況である。

 異世界系作品を見慣れた人たちならば、

 

『血まみれの冒険者ってあんまりいなくね?』

 

 と思うかもしれない。

 だが、これは現実だ。

 実際、異世界系作品のほとんどが魔物を倒すと謎の粒子になって消えるから返り血はほとんどない、もしくは全くないかもしれない。

 

 だが、この世界ではそんなゲームみたいなことあるはずがない。

 結果として、魔物の返り血を浴びたり、解体作業をしている時に付着した血やら体液やらで汚れてるわけだ。

 

 ……はい、ここでようやく誰もがこの状況を理解できたことだろう。

 

 つまり、だ。

 

 ……全身血まみれ且つ魔物の体液まみれのかなりの数の冒険者たちに、『一緒に食事でも』と誘われて、前世平和な国で暮らしてた男子高校生が、恐怖を感じないと思いますかねぇ!?

 

 こえぇよ!

 

 ふっつうにこえぇよ!

 

 俺、てっきりちゃんと洗ってから来るのかと思ってたわ!

 

 こっわ! 異世界の冒険者たちこっわ!

 だ、だが、ここでそれを顔に出せば、悪目立ちするかもしれん……!

 というか、絶対する!

 

 命がけでやってる仕事に対して悪感情を持ってるとは思われたくねぇ!

 もちろん、尊敬はするぞ? 命賭けてんだから。

 

 だが、だがしかし!

 

 この状況で、

 

『いいですよ♪』

 

 なんて言えるわけがない。

 

 せめて、もう少し気にしてくれよ……!

 

「あ、あの――」

『てめっ、押してんじゃねーよ!』

『アァ!? テメェが押したんだろうがクソ野郎!』

『あー、やだやだ。これだから男はバカなのよ』

『んだとテメェ!』

『何? やるの? いい度胸じゃない。かかってきなさいよ。格の違いってものを見せてやるわ』

 

 ……そして、喧嘩しないでほしい。

 これはあれか、

 

『私のために争わないで!』

 

 という、ある種伝説めいたあの迷言が言えるのではなかろうか?

 まあ、口が裂けても言う気はないし、そもそも言いたくないから口にすることは多分ないとだろうが……。

 

「あ、あの、け、喧嘩はやめてほしいのですけれど」

 

 と、俺が言っても、

 

『やりやがったなこの野郎!』

『ざんねーん。私は野郎じゃないでーす』

『このアマァ……! ぜってぇ泣かす!』

 

 喧嘩で聞く耳持たない。

 

「あ、あの!」

 

 と声を上げてもダメ。

 

 ……冒険者、血の気多すぎだろ……。

 

 俺これ、どうすりゃいいわけ?

 やっぱり、聞いてくれるまで大声で言うしかない……よなぁ。

 

 他の冒険者にも迷惑が掛かってるし、何よりギルド職員も今の現状に困惑してるっぽいし……。

 ここは、火種である俺が止めるしかない、か。

 

 ……よ、よし、もう一度――!

 

「あ、あのー!」

「――お静まりなさい」

 

 俺がいざ大声で静かにさせようとした瞬間、入り口の方から凛とした声が響いてきた。

 その声は、不思議と騒がしかったギルド内すべてに響いていた。

 い、今の声は……。

 

「お嬢様が注意なさろうとしておりますのに、なぜ喧嘩をなさっているのでしょうか? 冒険者様方」

 

 こつ、こつ……と、足音を立てながら歩いてくる女性は、まさかのまさか。

 

「る、瑠璃!?」

 

 変態メイド、瑠璃だった。

 しかも、怒っているようである。

 

「はい、お嬢様。少々、お嬢様がお困りになられている気配を感じ取り、この瑠璃。急ぎ推参いたしました」

 

 俺に気付いた瑠璃は、怒りの表情を消し、凛とした表情に戻して畏まる。

 

「あ、はい」

 

 瑠璃のおかしな発言に、俺はそう返すのみだった。

 こいつ、どうなってんの……?

 

「それで……たった今、お嬢様は、喧嘩なさっていた冒険者様方を止めようと声を張り上げておいででしたが……なぜ、聞いていないのでしょうか? あなた方のその耳は飾りですか? え?」

 

 やべぇ、瑠璃がなんか怖いんだけど……。

 さっきまで喧嘩していた冒険者たちも、瑠璃から放たれる謎のプレッシャーに顔を引きつらせているようだし……これが、転生者なのか。

 俺もそうだけど。

 

「世界で最も美しく、器の大きいお嬢様が注意をしているというのに……あなた方は、マナーというものを知らないようです」

 

 瑠璃、その発言はやめて!? すんげぇ恥ずかしいから!

 

「まあ、それはいいでしょう。私もほとんど平民の出です。気持ちはわかりますので」

 

 いや、お前平民の出じゃねえだろ。

 前世の俺の実家に代々仕える従者の家系じゃん。

 しかも、実家ほどじゃないにしても、大企業に分類される会社経営してる家だったじゃん。

 知っている人からしたら嫌味じゃん、それ。

 

 と、内心ツッコミを入れたが、口には出さなかった。

 

「……とりあえず、その血まみれの姿をどうにかしてください。お嬢様はお困りでいらっしゃいます」

 

 おぉ! 瑠璃! よくぞ言った!

 そうそう、俺もそれが言いたかったんだけど、相手のことを思って言えなかったんだ!

 

 こういう時、マジで頼りにな――

 

「――ですので、その見るに堪えない汚いお姿を、お嬢様の前でしないように。人に見えませんよ?」

 

 らねぇよこのメイド!

 

 おいおいおい! 明らかに煽ってんじゃねーか!?

 やめてくれマジで! そんなことしたら、間違いなく俺、目を付けられるぞ!?

 

 そして、俺の予感は半ば的中。

 

『おうおう、メイドの嬢ちゃん。好きかって言ってくれるじゃねぇかよ、アァ?』

 

 異世界物に登場する、三下みたいな筋骨隆々の男が現れ、ボキボキと手を鳴らしながら瑠璃に近づいていく。

 

 あぁあぁ、こうなっちまったよ、畜生……。

 瑠璃、どう出るんだよ、これ。

 

「逆ギレですか? 情けないですね。事実を申し上げた程度で逆ギレとは……いえ、仕方ありません。そういう方も世の中におりますので。安心してください。仲間はたくさんいるかと」

 

 なんであいつあんなに煽るの!?

 バカなの? 死ぬの!?

 刃より厄介だよあのメイド!

 

『テメェ……俺を誰だと思ってんだ! Bランク冒険者の、ジジルス様だぞ? そういう舐めたことはな、相手を選んで言えや!』

 

 あの筋骨隆々男、Bランクなのか……。

 

 あ、ここで軽く説明だが、ギルドにはランクがあり、一番上がSで、一番下はFだ。

 このランク基準は、転生者たち命名らしい。

 ほんとに何やってんだ。

 

「はぁ……このような男が、お嬢様に言い寄っていたとは……嘆かわしい。しかし、自分の肩書をひけらかし、脅すという行為は自分と言う人間を小さく見せることになります。そして、相手が弱そうだ、という偏見で見るという事も……同じく小さく見せますね」

『テメェ……! 絶対殺す!』

 

 瑠璃の煽るような発言を受けた男は、怒りを露わにし瑠璃に殴りかかった。

 その拳はプロのボクサー以上のスピードに見え、早すぎてほとんど見えないくらいだった。

 あわや直撃! と思いきや……。

 

「逆上した状態の攻撃ほど、カウンターは入れやすいものです」

 

 いつの間にか肉薄していた瑠璃が、手刀を男の首元に突き付けていた。

 ……え、あいつ、今何したん……?

 全く見えなかったんですが。

 

『なっ、い、いつの間に……!』

「いいですか? どんなに怒っていたとしても、冷静でなければいけません。怒りに身を任せて攻撃をするというのは、三流の人がすることです。常に冷静に攻撃をしなければ、相手に当てることは不可能。そしてそれが、自分の命を脅かすことになります。今も……動けませんよね?」

『うぐっ……』

「他の皆様……というより、この方のお仲間さんでしょうか。先ほどから私に攻撃をしようとしているみたいですが……バレバレです。不意打ち狙いならば、周囲の空気とどうかしなければ意味がありません。よって、鍛えなおしを推奨いたします」

 

 う、うわー、瑠璃の奴、マジでドストレートなんだけど……。

 

「……さて、他に私に挑みたい方はいらっしゃいますか? 今なら、自分の欠点を知るチャンスですよ」

 

 何言ってるんですか瑠璃さん。

 いきなり現れて、あなたは何がしたいんですかね?

 

 瑠璃の言葉に、他の冒険者たちが反応することはなかった。

 いや、できなかった、の方が正しいかもしれない。

 

 さっきから冷や汗やばいもん、他の冒険者!

 だが、だがわかる!

 

 これは無理だわ。

 逆らったら死ねるわ。

 

 それくらい、瑠璃のプレッシャーは凄まじかった。

 

「……どうやら、いらっしゃらないようですね。では、お話を戻しまして。……いいですか? 皆様方。お嬢様が制止しようとした時は、速やかに指示に従うようにしてください。お嬢様は私と違い、とても寛大なお方です。もし、指示に従わない、という方がいるようでしたら……」

 

 ごくり、と喉を鳴らす音が響く。

 

「――私が直接、お仕置き致します☆」

 

 と、にっこりと可愛らしい笑顔と、可愛らしい声でそう言い放った。

 

『『『は、ハイッ! す、すんませんっしたぁ!』』』

 

 その迫力に、冒険者たちは膝を屈することとなった。

 ……瑠璃、怖いわ。

 

「あ、お嬢様ー! ご無事ですかー!?」

「え、えぇ、大丈夫だけれど……あなた、やりすぎ」

「えぇ!?」

「えぇ、じゃないわよ! 見なさい、冒険者のみなさまが怖がっているじゃない! 私が困っていたから助けたのはわかるけれど、いささかやりすぎだから今後はもう少し、穏便に済ませるように!」

「で、ですが……」

「ですがじゃありません! これは命令です! いい?」

「はい……」

 

 尚も言い募ろうとする瑠璃を諭す。

 さすがに今回のは少しやりすぎだよ……。

 安らぎ亭に戻ったら、説教だな、これは。

 

「冒険者のみなさま、職員のみなさま、私の同行者が大変なご迷惑をおかけいたしました。彼女の言動や行動は、私のためを思ってのこと。同行者に変わってお詫びいたしますので、どうか、お許しいただきたく思います」

 

 この事態の収拾を図るべく、俺は冒険者や職員の人たちに頭を下げた。

 さすがに、今回の件は、な。

 不可抗力とはいえ、俺に原因がないわけじゃないからな。

 

 ここは、素直に謝るべきだ。

 瑠璃に変わってな。

 

 これも、主人の務めだ。

 

 ……だが、これで俺の評価はマイナスになるかもしれ――

 

『な、なんてでかい器なんだ……!』

「……え?」

『従者の代わりに謝罪できるなんて、そうそうできることじゃねぇ! すげえぞアリシアちゃん!』

『まるで聖女のごとき優しさ……素晴らしすぎるわ、アリシアちゃん!』

「いや、あの……」

『よーし、今日から俺たちは、アリシアちゃんを応援するぞ!』

『『『おおー!』』』

「それはやめてくださいね!?」

 

 なぜだ! なぜこうなる!

 マイナス評価になるどころか、なんか知らんけどプラスになってんだけど!?

 

 おいおいおいおい! あの恩恵、自重しなさすぎだろこれ!

 あれがなかったら、絶対マイナス評価になってるって!

 やべぇよ……マジでやべえよ、【お嬢様】。

 

「はっはっは! 騒ぎを聞きつけて来てみれば、面白いことになってるな、ローナイト」

 

 と、俺の背後にセルクトさんが現れ、目の前の光景を見て笑っていた。

 

「……面白くないですよ、セルクトさん。私、これからどうすればいいのですか?」

「さぁ? とりあえず、冒険者を味方に引き込めたのはでかいんじゃね? それに、うちでは喧嘩はしょっちゅうだったんで、この結果はありがたい限りだよ」

「……私、辞めていいですか?」

「そりゃダメだな。せめて契約期間は守ってくれ。……まあ、どうしてもって言うんだったら止めないがな。まだ初日だし。どうする?」

「…………続けます」

 

 結局、辞めることを辞めた。

 

 まあ、俺に辞める、という選択肢はないからな、資金的な意味で……ははっ。

 

 ……おのれクソ女神ィッ!




 どうも、九十九一です。
 とりあえず、今回でストックが尽きました。ですので、次回からの投稿は再び不定期です。
 一応早めに、という風に考えてはいますが……あまり期待しないでくだせぇ。
 では。
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