サリオスは不滅おじさん「サリオスはみんなの心の中で走り続けるからサリオスは不滅。それはそれとして一週間寝込む」
「エリザベス女王杯制覇おめでとうございます、ダイワスカーレットさん。これでまた連勝記録が伸びましたね!」
「ありがとうございます。これもひとえに応援してくださるファンの皆さんのおかげです」
幾つものカメラとマイクに囲まれ、フラッシュの音と光がスカーレットに集中する。俺の隣に立ちインタビューを受けるスカーレットは、レースが終わった直後だというのにもう呼吸が落ち着いている。
「初のシニア混合のレースでしたがそれを感じさせない圧巻の走りだったと思います。自分のレースプラン通り走れたのでしょうか?」
「そうですね、普段通りの感じで走れたと思います。シニア戦というのはあまり気にせずにやれましたし、京都も慣れている方だったので。それにウオッカがいませんでしたから、余計負けたくなくて」
「ウオッカとの対決を期待していたファンは多いと思いますが──」
スカーレットが言ったように今回京都レース場で行われた【エリザベス女王杯】にはウオッカは参戦していない。今朝になって右足を軽く怪我した事が発表され回避したからだ。
レースに勝ったというのにスカーレットの気分がいつもより上がっていないのはそのためで、ウオッカが控室を訪ねて来た時はプンスカ怒っていたな。
俺としてもウオッカと競えなかったのは消化不良だ。秋華賞でコテンパンに負かしたんだ、次は死に物狂いで挑んでくると思っていたからかなり残念。
今のスカーレットに喰らいつけるのはウオッカぐらいなもんで、現に今日のレースも余裕があるぐらいの勝利だったし。過ぎた事を悔いても仕方がないが。
にしてもスカーレットの奴本当に外面いいよな。今もめっちゃ丁寧に受け答えしてるし。インタビュアーさん達もなんか尊敬の眼差しを向けちまってる。優等生ってよりヒーローとかそんな感じの扱いだな。
「──ありがとうございます。では次に大神さん、今後の展望についてお話しいただければ」
ひとしきりスカーレットへの質問が終わったのか今度は俺の方にマイクが向く。展望と言われればやはり──
「そうですね……。スカーレットの状態によりますが、やっぱり【有馬記念】ですかねー。ファンも有馬の舞台でスカーレットを見たいだろなって勝手に思ってるんで。それに──」
言いながらスカーレットを見る。見られてるのに気づいたのか、首を傾げながらきょとんとするスカーレットの頭を乱雑に撫でながら、俺は最高の笑顔を作り宣言する。
「うちのスカーレットが最強だって事を証明しないといけないんでね! 世代だけじゃなく現役最強の座も貰いにいかないと気が済まないんで、スカーレットが」
おおーと俺の強気な発言に沸く記者達とは対照的に、険しい顔になるスカーレット。明らかに機嫌が悪くなったな。
「ちょっとトレーナーさん? あまり勝手な事を言わないでくれますか?アタシはそんな事思ってないですから。そんな大口を叩いている暇があるなら公の場でのマナーをもっと学んでください」
鬱陶しそうに俺の手を払い、怒気を孕んだ声で言い放つスカーレット。さっきまでの愛想笑いは何処へやら、俺への対応が氷点下以下になる。
こんな態度ではスカーレットのイメージが崩れるのでは?と思うかもしれないが、デビュー初期からこんなやりとりなので案外受け入れられている。この場の記者達も「いつものか」と慣れっこな感じで、逆にみんなほのぼのし始めているし、ファンの間でも『この関係が尊い!』との事らしく評判はいいみたいだ。スカーレット本人は納得いかないみたいだが。
「まあ、いいじゃねえか。別に言うだけタダなんだしよ。勝てばカッコいいし、負ければダサい、そんだけだ。ま、一人ぐらいビックマウスなヤツがいた方が盛り上がるからな。それによ?」
「?」
払われた手をまたスカーレットの頭に持っていき、クシャクシャと撫で回しながら彼女の目を見て優しく告げる。
「俺は信じてる。お前が誰にも負けない、1番のウマ娘だって。俺と一緒に強くなったダイワスカーレットは、過去を全部置き去りにするぐらいすげぇウマ娘なんだってな!」
俺の本音の言葉を聞いて目を見開いて驚いた後、手を後ろで組み伏し目がちで体をゆっくりと揺らすスカーレット。そのまま極力感情を乗せぬよう努めてぼそっと口を開いた。
「…………あっそ。アンタがそう思ってるなら別にいいけど。でも自分の言葉なんだから責任持ちなさいよね、まったく…………」
(デレたな)(デレた!)(デレましたね)(デレきた)(ご馳走様です)
なんか記者達の心の声が一致した気がするが、気のせいだろう。
スカーレットへの対応は今ので正解だったらしい。尻尾は元気に振ってるし耳もふにゃっとしてる。心なしか頬も赤くなってる気がする。照れているのか、チョロ可愛いったらありゃしない。
こいつがもう3つぐらい年が上だったら本気で口説いていたかもってぐらい俺に刺さりまくりだからな、スカーレットの言動。ガキで良かったと思う反面、残念な気持ちも拭えないというのは我ながら情けない話ですけども。
一先ず馬鹿な考えは振り払って、インタビューを締めにかかる。
「てなわけで、次俺達が目指すのは有馬記念! ここの勝利も掻っ攫っていく予定なんで皆さん応援よろしく!」
「──とは言ったもののなあ……」
エリザベス女王杯からほぼ一月、早くも12月になり有馬記念まで3週間となったある日。俺はトレーナールームのデスクに突っ伏しながら1人ため息を吐いていた。
この間の威勢は何処へやら、俺がここまで憂鬱になっているのは何故かというと。
「有馬記念芝2500m中山レース場……外回りからスタートして内回りコースへ、初っ端からコーナーがあって全部で6回もコーナーを回る事になる……。しかもスタンド前の坂を2回も登んなきゃならんとか……」
「結構なクソコースじゃないすかね、これぇ〜〜〜……」
流石に1年を締めくくる大舞台なだけある。単純な地力だけではなくテクニックも要求されるレースであり、観てる分には面白いが、走る分にはこれほどキツいモノも中々ないだろう。
コーナーが多い分上手く走ればマイラーでもワンチャン好走できるみたいな話もあるが、裏返せば適正がなければまともに走り切るのも難しいという事。
最後の直線が短い事もありウオッカのような末脚が自慢のウマ娘にとってはだいぶ厳しいんじゃねえかな。それに比べればスカーレットは問題ないとは思う。あいつの安定感は抜群だし現役の中でもステータスは群を抜いて高い。
「だとしてもローテを詰めすぎたな……。有馬も出るとなると秋4戦、正直心配だぞ……。ここはやっぱ休んだ方が──」
「──出るわよ、アタシは」
「ぶえっ!? スカーレットいたのかっ!?」
一人悩んでいるといつの間にか部屋に入っていたスカーレットが俺の独り言に割り込んできた。慌てて机から体を起こすとスカーレットは腕を組みジト目でこっちを見下ろている。
「あれだけ大見得を切った挙句、今更怯えてんじゃないわよ。アタシ言ったわよね? 自分の言葉に責任持てって、アタシのトレーナーならカッコ悪いことしないでよね。そ・れ・に!」
親に怒られた子供みたいに小さくなっている俺に、スカーレットはずいっと顔を近づけて右手の人差し指を立てながら力強く言い放つ。
「アンタがアタシをその気にさせたんだから嫌でも付いてきてもらうわ!だからいつも通り馬鹿みたいに笑ってなさい。心配しなくてもアタシは勝つわ、絶対。アンタが信じてくれれば必ずね……!」
「スカーレット……。そうだな、今までもなんとかなったんだ! 次もなんとかするために頑張るだけよな! 有馬記念もチョチョイのちょいでやっちゃいますかぁ!」
「ふふっ。ほんっと、調子いいんだから」
スカーレットの並々ならぬ想いに触れ、弱気な自分を吹き飛ばし普段の楽観的思考に戻って気合いを入れ直す。そんな俺を見て小さく笑うスカーレット。
こいつの笑顔を笑顔を見ると自然と力が湧いて何でも出来そうになるのは何故なのだろう。それだけスカーレットが俺の中で大きな存在になってしまったという事なのか。なら尚更頑張らねーとな!
今日はミィーティングの日なので、気を取り直して真面目モードで話を始める。スカーレットをソファの方へ促し、俺が持っている資料と同じ物を彼女にも渡す。ついでに俺も隣に腰を下ろす。
「隣座っていいかー?」
「聞く前に座ってるじゃない。ま、いいけど」
間を開けて座りソファのふかふかを楽しんでいると、スカーレットがその距離をわざわざ詰めてきた。電車で席が空いてんのに何故か人の隣に来るやつみたいに。
「何故近づいてくるのじゃ、お主は」
「こっちの方が情報共有しやすいでしょ。アンタがどこ話してるかすぐ分かるし、いいことづくめじゃない」
そうかな、そうかも。スカーレットが言うならそうなんだろ。
とりあえず資料に目を通し情報を整理していく。
「まずは出走条件だ。有馬記念はファン投票で10位以内に優先出走権が貰えるが、スカーレットは人気も実績も十分だからここは大丈夫だな」
「ウオッカに負けてるのが納得いかないわ。なんでアイツが1位なわけ?アタシの方が勝ってるじゃない」
「まああっちはダービー勝ってるし、勝ち方も派手だったからな。それに普段の言動と走ってる時のギャップがバチクソ女性受け良かったのがデカい。ただ前突っ走って蹂躙してくスカーレットのつまんねえ勝ち方じゃ、ウオッカに人気で負けるのも、さもありなんと言ったとこだ」
「少しはフォローしなさいよ。ぶった斬るわよ」
手元に剣を顕現させるスカーレットに冷や汗をかきながらも、紙をめくって次の話題に無理矢理繋げる。
一応剣は閉まってくれたが、スカーレットを怒らせないように言葉を選びつつ煽る時は煽らないとな。
「で、メンバーだな。天皇賞春・秋連覇のメイショウサムソンや、お前の姉ちゃんでG15勝のダイワメジャー。人気どころで出走表明してんのはここら辺か。ウオッカも出るっぽいな、だいぶ相性悪そうなのに」
「なんか、走ってみるまで分かんねぇしファンの期待を裏切れねーって逆に意気込んでたわ。アイツらしいけど今回ばかりは分が悪いわね」
警戒しないというわけでもないが、今回に限ってウオッカは脅威になり得ないだろう。そこはトレーナーである霧島和也も分かっているはずだしメイチで仕上げてくる事はない気がする。
(あと気になるのはマツリダゴッホというウマ娘……。実力的には一見、スカーレットに劣っているようにしか見えないが……)
マツリダゴッホ。未だG1勝利はないが、こと中山に限っては圧倒的な勝率を誇っている先輩ウマ娘。中山を走るために生まれたような戦績をしていて、かなり不気味な存在だ。
力関係ではスカーレットが遥かに上にいるとは思うが、有馬記念は「なんやお前ぇ!?」みたいな大番狂わせが少なくない。足元を掬われる可能性はあり得るが、今のスカーレットはやる気に満ち溢れているし余計に不安を煽る必要はない。指摘しない方がいいかもしれん。
結局この事について言及はせず、時々俺がスカーレットを茶化しながら話し合いは順調に進んでいった。
「うっし。こんなとこか、今日のミィーティングは。あとは本番に向けて調整していくだけだな」
「了解。まだ時間あるし軽く体動かした──ん? 誰かここに走ってきてるわね」
一段落ついてソファから動きだそうとした時、スカーレットが誰かの気配を感じ取った。ウマ娘の優れた聴覚で走ってくる誰かの音を聞き分けたのだろうか。
俺もちょっと意識して気を探ってみると確かにこの部屋にやってくるウマ娘が、かなりの速度で廊下を駆けているのが分かった。しかし一体誰なのか、俺の知ってる奴じゃねえぞ。
2人して扉を見つめ誰が姿を現すのか待っていると、遂にその人物が勢いよくドアを開いてトレーナールームに入室した。
「スカーレット! お姉ちゃんだよっ! 元気してた!?」
「メジャー姉さんっ!?」
現れたのは透き通った紅緋の髪をショートボブに切り揃え、スカーレットによく似てはいるが何処か柔らかい印象を受ける顔立ちのウマ娘だった。彼女は部屋に入るなりスカーレットに一目散に抱きついて頬を擦り寄せ始めた。
彼女達の言葉と距離感、それにさっきまで読んでいた資料や映像で見た情報から照らし合わせるとこのウマ娘の正体は──
「ダイワメジャー……、お前さんがスカーレットの姉ちゃんか!?」
「はいっ! 私がダイワメジャー、この子のお姉ちゃんです! 貴方がスカーレットのトレーナーさんですよね? 妹がお世話になってます!」
「あ、ああ、こちらこそスカーレットには世話になってるというか……」
ダイワメジャーはスカーレットから一度離れると元気よく自己紹介をしてくれた。急に部屋に飛び込んできた突拍子の無さとは裏腹に、思いの外丁寧に挨拶をした彼女に若干たじろいでしまう。
「姉さん、急にどうしたの? ていうか帰ってきてたんだ」
「そうなの〜。やっと体調が良くなってね、今日帰ってきたんだ〜。それでスカーレットが有馬記念に出るって聞いたから私、もう居ても立っても居られなくなっちゃって!」
「分かったから姉さん、一回抱き締めるのやめて。そろそろ苦しいわ。あとアタシのトレーナーが珍しく、姉さんの勢いについていけてないから落ち着いてくれると助かるわ」
話している間に感情が抑えきれなくなったのか、一層強くハグをするダイワメジャーと慣れた手つきで引き剥がすスカーレット。溌剌な姉とそれを宥める妹。傍から見ればどちらが姉か勘違いしてしまうが、そんなダイワメジャーのお陰でスカーレットが今の少し大人びた性格になったのだろう。
仲睦まじい姉妹のじゃれあいが続く事数分、ダイワメジャーが唐突にとんでもない事を口走った。
「あ、そうそう。次の有馬記念が私とスカーレットの姉妹対決最初で最後のチャンスだから、ぜぇぇぇぇぇぇったい! 出走してね! お姉ちゃんの力、その身を持って味わうがいいっ! なんてね♪」
「…………えっ? 姉さんそれって…………?」
姉の言葉を理解したのか、スカーレットの目が驚きと困惑に揺れる。まるで信じられないモノを見たかのように。というか俺もそんな感じだ。最初で最後のチャンス、その言葉の意味するところは──
「──引退するってこと?」
「うん、次のレースがラストラン! えへへ〜、びっくりしたでしょ? まだ誰にも言ってないからね、トップシークレットってヤツだよ!」
ピースをしながらにっこりと無邪気に笑うダイワメジャー。トップシークレットのくせにめっちゃ軽く言っちゃってますけど。
だが実際、どこのメディアにも彼女が引退するなんて話は上がっていない。これが本当ならとんでもないニュースなのだが、如何せん冗談の線が拭いきれない。
「残念だけど事実だと思うわ。姉さんは見ての通りかなりぶっ飛んでるけど、嘘を付いた事がないの。その姉さんが言うなら間違いないわ、悲しいことに」
スカーレットが俺の思考を先読みして知りたかった答えを口にした。妹が言うのだから引退は冗談ではないのだろう。しかしそうなると何が理由で引退という道を辿る事になったのか、地味に気になってしまう。どうせだし、聞いてみるか。
「なあ、引退の理由はなんなんだ? やっぱ体に限界がきたのか?」
ダイワメジャーは生まれつき体が弱く、一度体調を崩すと何週間も療養してしまう事が少なくないらしい。そのため学園にいる時間は少なく、遠征先でバタンキューなんてこともざらだとか。
クラシック期には
その彼女も流石にこれ以上の無理は出来ないと判断したんじゃないか、と俺は思っていた。
するとダイワメジャーが何故か恥ずかしそうにモジモジと人差し指で頬を掻きながら、俺の質問に答えた。
「それもあるんですけど……。実は私、結婚することになりまして……でへへ〜」
「「──なんて?」」
血痕。血の跡。聞き間違いかな、ダイワメジャーが急に意味のわからない事を言い出した……わけないよね、うん。だって彼女、めちゃくちゃ笑顔だもん。これ以上ないってぐらい幸せな顔してるもん。
結婚だよ、結婚。愛し合う男女が夫婦関係になる方の結婚。中々にはちゃめちゃな奴だと思っていたがこれ程とは、開いた口が塞がりませーん。
つーかスカーレットが妙に大人しいな。真っ先に叫んで問い詰めそうなもんなのに。
「姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが──」
あ、駄目だこりゃ。あまりの出来事に脳がバグって思考する事を放棄してやがる。数分はこのまま立ち直れないだろう。とりあえずスカーレットは放置して、未だに照れ照れしているダイワメジャーにもう一つだけ質問をする。
「ちなみにお相手は誰なん?」
「私のトレーナーさんです。本当はこんなに早く結婚する予定じゃなかったんですけど、私がもう我慢出来なくなっちゃって。あの人には無理言ってこの運びになったんですよ〜!」
「そ、そうか……。よかったな……!」
まさかのトレーナーとですか。いやそういう事例は珍しくも何ともないらしいが、実際にそれを目にすると吃驚仰天する他ない。
その後、復活した妹に絞られるまで問い詰められたダイワメジャーは少しげっそりした顔で帰っていき、スカーレットも「今日はもう無理」だそうで寮にトボトボ戻っていった。
(なんだか知らんが次のレース、思いもよらねぇことが起きそうだな……)
嵐のような姉に心を掻き回された俺は、何か一抹の不安を抱えながら有馬記念までの3週間を過ごすのだった。
そして──
『ダイワスカーレットは届かない! なんと経済コースをスルスルと!』
──その不安は的中する事になる。