ダイワスカーレットと異世界勇者トレーナー   作:グリングリン

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初のまともなバトル回です。よろしくお願いします!






異世界勇者とダイワスカーレット

 一切の光が差し込まない、どこまでも暗く黒い空間。常人がいたら、すぐにでも気が狂いそうになる漆黒に1人の男が佇んでいた。

 

 その男は、人の姿をしているが人ならざる者。背中からは真紅の翼が生え、頭には鋭利な角が2本付いており、手足には頑強な鱗がある。

 

 ──魔族だ。

 

 魔族の男が手を前にかざすと、何も無かった空間に男の全身が映るほど大きな鏡が現れた。

 

 男が鏡に魔力を注ぎ込むと、波打つように鏡面が揺れ、ある人物が映し出される。

 

「ようやく……!ようやく見つけたぞ……!!勇者()()()()……!!!」

 

 映ったのは楽しそうに談笑している、()()()()とダイワスカーレットだった。男は力強く鏡をガシッと掴むと恍惚の笑みを浮かべ、大神を舐めるように眺める。

 

「今すぐに殺してやるぞ……、勇者!待っていろ、必ず、必ずッ!!魔王様の仇を……!魔界の意志を……!ハハッ……!ハッーハッハッー!!」

 

 果てしなく続く闇の世界に、一際通る笑い声。その声は男が満足するまで鳴り響いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

  ────────────────────────

 

 

「ふう、これでよし、と。後は桜花賞に勝つだけね!」

 

 アタシは、大きなビルやら建物やらが立ち並ぶ、学園からほど近い街にやって来ている。

 

 目的はママへのプレゼントを買うため。

 

 ママは世界を飛び回って仕事をしているんだけど、来週、アタシのレースを観に帰って来てくれるの。「娘の初めての大舞台なんだから、絶対この目で見なくちゃ!」って。あんなに嬉しそうなママは久しぶりだ。必ず桜花賞に勝って、もっと喜ばせてあげなきゃ。

 

(そういえば、姉さんも遠征から帰ってくるのよね?たぶん。 体調崩してなければ、だけど。姉さんにも会えてなかったから、みんなで会えればいいけど。)

 

 歩きながら家族のことを考えて、今日買った、みんなへのプレゼントが入った袋を覗く。

 

(ママには手帳、姉さんには髪飾り、どれもデザインが良くて普段使いができる物だから、きっと喜んでくれるわ!…………それと、これも)

 

 もう一つ、家族に渡すのとは別に買ったモノがある。アイツに、トレーナーに渡すモノ。中身は財布が入ってる。

 

(アイツに何かあるわけでもないけど、まあ、一応?日々の感謝を伝えるというか、アイツも頑張ってくれてるみたいだし?そう!ご褒美よ、ご褒美!それにアイツ、使ってる財布が100均のガマ口だし!アタシのトレーナーなんだから、それ相応のものを使ってもらわないと困るわ)

 

 アイツのこと、ママたちに紹介した方がいいのかしら?ブッとんではいるけど、世話にはなってるし。アタシが成長できてるのもアイツのおかげだしね。

 

 アイツは少し、いやかなり、常識外れだけどトレーナーとしての腕は確かだと思う。アイツのトレーニングはとんでもなくキツいけど、本当に無理な事はさせてこない。しかも、メニューをこなしたら馬鹿みたいに褒めてくるし。毎回飽きずに褒めてくるからちょっとウザったいけど、でもなんだかそれが、無性に、心地よくて。

 

「アイツ……最近何やってるのよ…………。アタシのトレーナーなんだから、傍に居なさいよね…………」

 

 そんなことを愚痴っていると、

 

「!!」

 

 唐突に──空が、割れた。

 

「なによ……あれ……!?」

 

 空が割れている。正確に言えば、切り裂かれてる、というのが正解なのか。まるで、漫画とかである時空の裂け目みたいな。 

 

 その裂け目に収束するように、強い風が集まっていく。立っていられないくらいつらい。周りの人たちも耐えきれなくなって、吹き飛ばされている人がいるくらい。

 

 数秒の間、吹いていた風がようやく止んだ。建物の窓ガラスや道に植えられた木などが、一様に破壊されている。ケガ人も少なくないみたいだ。

 

 どうしよう。突然の事に頭が回らない。焦りは不安になり、何をすればいいか分からず戸惑っていると──信じられないものを見た。

 

「うぅん、成功したようだな。素晴らしい……。ようやく、この世界に来ることが出来た……!」

 

 空に浮かぶ裂け目から、人が出てきた。あまりの出来事にさらに困惑してしまうアタシ。

 

(人が空を飛んでる!?よく見ると翼があるし!!それにあの穴は何なの!?怪我をしてる人もいっぱいいるし、街も壊れてる。一体どうすればいいのよ!?)

 

「さて、ここでも力を普段通り使えるのかな?…………どれ、試してみるか」

 

 浮かんでいた男が何か呟いたと思ったら、急に光を放ち、レーザー音のようなものが辺りに響く。すると──

 

「え?」

 

 辺り一面が、爆発した。

 

「なるほど、十全に力を使えるようだな。」

 

「キャーーーーー!?」

 

「うわぁああああああああ!?」

 

「逃げろぉぉおおおおおおおおお!!」

 

 ビルは崩れ、地面は抉れ、あちこちで火災が発生している。アタシの目に映る光景は、地獄のようだった。一体今ので何人死んだのだろうか、生きていることが奇跡に思えた。

 

「はあっ、はあっ、……キャ!?」

 

 立ち尽くすアタシの横で、ここから逃げようとした女の子が転んだ。さらに、不幸にも頭上から崩れたビルの瓦礫が降ってきている。このままいけばあの子は、死ぬ──

 

「いっ、イヤッーーーー!!助けてッーーーー!!」

 

「くっ、こんのぉおおおおおおおお!!」

 

 自分でも驚くくらい、体が勝手に動いた。全身に力が入り、一気に距離を縮める。なんとか間に合うと、これまた自然に拳を突き出していた。

 

「はあぁああああ!!」

 

 アタシのパンチで瓦礫は粉微塵になり、女の子の命は助かった。少し拳がジンジンするけど、手には傷ひとつ付いてない。一か八かだったけど成功してよかったわ。

 

 振り返って転んだままの彼女に手を差し伸べる。

 

「大丈夫だった?ほら、立てる?」

 

「ありがとう、ウマ娘のおねーちゃん!」

 

 アタシたちも速く逃げなくちゃ。彼女を立ち上がらせると、二人で走り出す。が──

 

「おや?そこの女、どこかで見たような……?そうだ!ウツシの鏡であの男と共にいた女だな!くっはっはっはっ!!ちょうどいい、奴を誘きよすための餌になってもらおう」

 

 あの男が完全にアタシを見てる。また何か喋っていたみたいだけど、聞き取れなかったから理由は解らない。けど、アタシを狙ってる?なら、この子だけは、この子だけは逃してあげないと!

 

「いい?ここからは一人で行きなさい。ちゃんと逃げるのよ?」

 

「でもっ!おねーちゃんは!?」

 

「アタシは大丈夫だから、ね?行って。お願い。」

 

 戸惑いながらも、うなづいて走り去っていく女の子。せっかく助けたのに死なれたらバツが悪いものね。

 

「ん?一人になったのか。なかなか殊勝な女だ。美しい顔立ちもしているし、奴を殺したら私の側にでもおいてやろうか?」

 

 なに意味わかんないこと言ってんのよ、コイツ。でも少しずつ男が近づいてくるとわかる。アタシがもう、どうしようもないことを。街をめちゃくちゃにしたコイツに、アタシは何も出来ないことを。

 

(アタシ今から死ぬのかしら。あーあ、まだやりたいこといっぱいあったんだけどな。レースでもっと勝って、ウオッカにさらに勝って、先輩たちにも勝って、勝って、勝って、1番のウマ娘になって……。あ、プレゼント渡さなかったな。せっかく選んだのに、ママ、怒るかしら。姉さんは、パパと一緒にずっと泣いちゃうかも。それに、それに………………)

 

 走馬灯って言うんだっけ。時間が止まったように一瞬の内に、アタシの頭の中をいくつもの映像が浮かび上がってる。色んな人や色んなモノが巡ってく中、最後に見えたのは──

 

(トレーナー……、アイツに会ってアタシは変わった。アイツがいたからアタシは強くなった。アイツと一緒に…………、一緒に、1番、なりたかった……! …………というか!なんでアイツこういう時に限っていないのよ!アタシが1番不安な時ぐらい隣にいなさいよ、馬鹿ッ!!)

 

「たすけなさいよ、トレーナー……!」

 

 アタシの願いが届いたのかは定かではないけど、

 

「さあ、私と共に来てもらおうか……!くはっ!くっはっはっはっはっ──ごばぁ!?」

 

「え……?」

 

 本当に来てくれた、

 

「大丈夫か、スカーレット」

 

 アタシのトレーナーが。

 

「おそいのよ……このばかぁ……!」

 

 

 

 

 

  ───────────────────────

 

 

(まさかこんなに速く、事が起きるとは……!くそったれが……!!)

 

 先日の一件について調べ回っていた大神は、強い魔力反応を感じて急いでこの場に駆けつけた。全力で飛んできて、まず最初に目に入ったのが、魔族がダイワスカーレットを襲おうとする光景だった。

 

 飛行スピードの勢いを利用して、脚を突き出してそのまま魔族を蹴り飛ばす。ギリギリ間に合ったのか、スカーレットには傷ひとつない。

 

 だが、それでも遅かった。見回せば、街は元の華やかな姿は見る影もなく、犠牲になった人も少なくないことが一目で分かる。

 

(俺がもっとはやく気づいていれば……!すまねぇ、みんな……!)

 

 大神が後悔の念に苛まれていると、先ほど蹴り飛ばした魔族が、不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと舞い戻ってくる。

 

「随分とお早い到着だなぁ、勇者ァ!おかげで探す手間が省けたよ。ありがとう」

 

「貴様……、魔族だな?一体この世界に何の用だ?」

 

「フン、それはお前自身が誰より知っているはずだろう?」

 

 大神の質問に、魔族が憎しみを隠さない声色で答える。

 

「勇者オレオスッ!お前を殺すためにはるばる、こんな世界までやって来たのだ!!魔王様の右腕である、この、ライアムが!我が手で!お前の息の根を止めるためになァ!!」

 

 魔王の右腕を名乗る魔族、ライアムの目的は勇者オレオスの抹殺。つまり、大神勇斗を殺しに異世界を転移してきたのだ。

 

「そうかよ。でも、魔王を倒した俺に勝てると思ってんのか?思い出したけどお前、俺に一撃でやられた奴だよな?さすがに無謀すぎるぜ」

 

 二人は一度面識があり、闘いもしている。しかも、大神が言ったように圧倒的な力の差で、ライアムが負けていた。

 

「……私はもう、昔の私ではないッ!魔王様は死ぬ間際、私に会いに来てくれた……!魂だけの姿になって、私に会いに来てくれたのだッ!!そして私に魔王の力を授け、言ったのだ……。魔族を、魔界を、導いてやってくれと……」

 

「……」

 

 冷静に話を聞いている大神と、大袈裟なぐらいの身振り手振りで話すライアム。徐々にボルテージが上がっていくライアムの目は、狂気に満ちていた。

 

「だからッッッ!!!魔王の力を継承した私が!貴様を殺し、魔界の権威を!力を示す!!そうして、魔族が世界を支配するのだァ……!魔王様の悲願を、この私が達成する……。ああ、魔王様……、見ていますか?もうすぐ、もうすぐで全てが手に入ります……!」

 

 この男は完全に狂っていた。魔王を盲信するあまり、魔王の言葉の真意を読み取れず、自分が思い込んだことを是とするモンスターと成り果てていた。

 

「というわけだ、勇者よ!!喜べ、今日が貴様の命日だ!派手に殺してやるッ!!」

 

 喋り終えて満足したのか、とうとうライアムが攻撃を仕掛けてくる。馬鹿正直に、正面から突っ込んでくるライアム。それでも、そのスピードは途轍もないモノで、さすがに魔王の力を取り込んだだけはある。

 

「死ねぇいっ!!」

 

「!」

 

「がッ……!?」

 

 突撃してくるライアムに対し、大神はノーモーションで脚を振り上げ蹴りを繰り出す。ライアムの攻撃より速く、大神の蹴りが顔面にヒットする。カウンターが見事に決まり、ライアムは飛んで来た道を戻るように、弾き飛ばされた。

 

「くっ……!!なにが!?」

 

「……おめぇ、本当に強くなったんか?」

 

「ッ!?」

 

 ライアムは理解が追いつかなかった。力を継承し、もはや魔王になったと言ってもいい自分が、よもや反撃をくらうなどと。

 

 それに、一撃を受けただけなのにあり得ないほどのダメージを負ったことも、ライアムの困惑に拍車をかけていた。頭は揺れて、視界が歪む。鼻の骨はギリギリ折れてはいないが、ダラダラと鼻血が溢れていた。

 

 否が応にも分かってしまう。彼我の絶対的な実力差を。覆すことのできない、世界の理を。

 

「元が大した力でもないんだ。魔王の力を手に入れても、俺を超えるには足りなすぎる。今ので分かっただろ?勝算なんて一つもないって。諦めて大人しく帰るんだな。その力があれば、魔族を統一して魔界を再興できるだろう。……魔王はお前に、そういうことを期待してたんだと思うぜ。復讐なんかじゃなくてさ」

 

「ありえん……!ありえん、こんなことがっ……!!こんなことがっ……!!」

 

 大神の諭す言葉に戦意を喪失したのか、ライアムはぶつぶつとうわごとを繰り返すばかり。

 

 これで、無駄な戦いは避けられるか。そんな大神の思いは一瞬で砕かれることになる。

 

「私は、魔王様を超えたんだぞ……!勇者如きにっ……!負けるわけがないだろぉおおおおおおおおっ!!」

 

 半ば半狂乱になりながら、ライアムは右手の人差し指を大神に向け、指先にエネルギーを集め始めた。

 

「その程度の攻撃で、俺は殺せないぞ」

 

 苦し紛れに咄嗟に出した技か。この攻撃で自分がやられることはないが、何をしてくるか分からないので一応、気を引き締める大神。

 

 パワーが溜まったのか、ライアムはニヤッと邪悪な笑みを浮かべると、指先からレーザーを放つ──

 

「しゃあっ!!」

 

 大神に向けられていた指を、下にいる、まだこの場を離れていなかったダイワスカーレットに向けてから。

 

「しまったッッッ!?」

 

「ふぇ……?」

 

 ダイワスカーレットへ一直線に突き進むレーザーに追いつくために、一気に力を爆発させて超スピードで彼女の元へ飛ぶ大神。レーザーより速くダイワスカーレットにたどり着き、彼女とレーザーの間に割って入る事に成功する。

 

 大神は右腕でガードするために、体の前に出しそのままレーザーを受ける。ギリギリ間に合った。ダイワスカーレットに当たることはなく、レーザーを受けた腕も、表面がほんの少し焦げただけでダメージはほぼゼロだ。

 

「な……、な、な……!?」

 

「どこまで、クズなんだっ……!!てめぇは!!」

 

「くっはっはっはっはっはっ!!私に敵う者などッ……!誰もいないのだよッッッ!!」

 

 驚きのあまり腰を抜かして、ぺたんと尻もちをつくダイワスカーレット。無関係な彼女を狙った卑劣な行動に、怒りを隠せない大神。一際大きな笑い声を上げながら、ゆっくりと空を登ってゆくライアム。

 

 一定の高さまで来ると動きを止め、大神を見下しながら両腕を挙げた。すると、この街を覆い尽くすほどの大きさを持った球が、作られていく。

 

「見ろ、オレオスッ!!先程言ったように、この技で貴様を殺してやるっ!!これが魔王の力……、私の力だぁっ!!おっと?別に避けてもかまわんぞ?その場合、この世界が木っ端微塵に消えるがなァッ!はっはっはっはっ!!魔王である私を馬鹿にした罪……、その身で味わえッッッ!」

 

 小さな太陽にも見える、赤く光る恐ろしいほどの質量を持ったエネルギーの塊。これが地面に衝突したら、ライアムが言うようにこの世界は無事では済まないだろう。

 

 しかし、その光景を見ても微動だにしない大神を確認したライアムは、一気に勝負を決めにかかる。

 

「どうしたァ?さすがの勇者様も、ビビって何も出来ないかァァ!?なら……!そのまま、死ねぇいッッッ!!」

 

 腕を振り下ろし太陽が落とされる。あと数秒後には、地面にぶつかり世界が消滅するだろう。だが、そうはならなかった。

 

「スカーレットだけでなく、この世界までも……!許せねぇ…………!」

 

 大神は右手に力を込める。すると、手のひらいっばいに青く光るエネルギーの球ができる。

 

「それに……、てめぇ、少し舐めすぎたぜ?……魔王の力を!」

 

 さらに光は勢いを増し、大神の体に青白いオーラが発生する。

 

「そして!魔王を倒した勇者の力を!!!」

 

ほざけぇええええええええええええッッッッッッッッッ!!!

 

死ぬのは、てめぇだ!!

 

 大神は力強く腕を突き出し、ライアムのエネルギー弾に向けて、自分の気弾を発射する。凄まじい速度で射出された気弾は、回転を生みながら突き進む。

 

「フンッ!そんなちっぽけなモノで、私の【スーパーフレア】に勝てるわけがないっ!!」

 

 ライアムの思惑通りにはならなかった。二つの力がぶつかり合い、小さな大神の気弾がライアムのスーパーフレアに飲み込まれると思いきや。

 

「へっ!?」

 

 大神の気弾はかき消されるどころか、さらに回転を強め勢いを殺すことなく進み、逆にスーパーフレアをかき消してライアムの元へ向かって行く。 

 

 避けることなど許されず。反応する間も無く、気弾が直撃する。

 

「あがっ……が……が……!こっ……のぉ……!わ……たし……がっ……!まっ……おう……さっ……ま…………!」

 

 直撃した気弾が炸裂し、ライアムの体と共に爆発する。大神が魔力を探るも、奴の気配はない。呆気なくはあるが、これで世界の脅威は去ったのだった。

 

「バカやろーが…………」

 

 やるせない表情のまま、大神はライアムがいた場所をジッと見つめていた。

 

 

 

 

 

   ───────────────────────

 

 

「ふう……。無事か?スカーレット?」

 

 戦いが終わり、俺はスカーレットの元へと戻る。大丈夫だとは思うけど、一刻も早く彼女の無事な声を聞きたかった。でも──

 

「…………」

 

「ッ!?」

 

 俺を見るスカーレットの目は恐怖にまみれ、怯え切った体はガクガクと震えていた。

 

 俺はこの目を知っている。あの世界の住人が俺に向ける、化け物を見る目と同じなんだ。

 

『いやっ!!こわいっ……、こわいよぉ……!!』

 

『この村から出て行ってくれ!この悪魔めっ!!』

 

『やめてっ!?来ないでっ!こっちを見ないでぇ!!』

 

 思い出したくない事を思い出してしまうが、しょうがないよな。あんなもんを見せられたら、怖がんない方がどうかしてる。スカーレットには悪いことをしちまったな。

 

 トレーナー業も終わりだな。さすがに俺がいたらスカーレットが安心できないだろうし。理事長とたづなさんに怒られそうだ。仕方がないけど、許してほしい。

 

「じゃあな……、スカーレット……。」

 

「えっ……?」

 

 スカーレットに背を向けて、俺はこの場を飛び去ろうとする。が──

 

「まっ、待ちなさいよっ!アンタ!!何処へ行く気!?」

 

 なんかスカーレットに呼び止められた。振り返ると、足がぶるぶる震えてへっぴり腰だし、涙目でありながらどこか怒った様子のスカーレットが、俺に捲し立てる。

 

「アタシ、本当に怖かったんだからねっ!!楽しく買い物してたら、急に変なの出てくるし!そいつが街を壊すわ、アタシを狙ってくるわでホントに怖かったんだからっ! ……アンタもアンタよっ!なんか空飛んでくるし、戦い始めちゃうし、ビームとか出してるし!もうめちゃくちゃよ!ほんっっっと、死ぬかと思ったんだから…………!」

 

「スカーレット……。」

 

「でも……」

 

 スカーレットは一度息を整えると、俺を真っ直ぐ見つめ口を開く。

 

「アンタのおかげで、アタシは助かったのよね……。アンタのおかげで、アタシは生きてる……。ありがとね、アタシを助けてくれて……!」

 

「ッ!!」

 

 スカーレットの素直な感謝の気持ちに、俺の心の陰が晴れていくのを感じる。そうだ、俺は知っていた筈なのに。口は多少キツくても、とても心優しい女の子だってことを。あの人たちとスカーレットは違うのだということを。

 

 この時のスカーレットの笑顔を、俺は一生忘れることないだろう。そう思えた。

 

「なあ、スカーレット」

 

「ん?なに?」

 

「俺はまだ……、お前のトレーナーでいて、いいのか?」

 

 柄にもないことをスカーレットに聞いてしまう。彼女がなんて答えるかなんて、分かりきったことなのに。

 

「はあっ!?当たり前でしょ!アンタ以外に、誰がアタシのトレーナーやるのよ?それに、約束したでしょ?アンタとアタシで1番になるって!アタシが1番のウマ娘に、アンタが1番のトレーナーに、それが叶うまで離したりなんてしないんだからっ!わかった!?」

 

「ああ……、そうだな……!」

 

 俺は今一度強く思う。スカーレットを1番にすることを。それまで、彼女を必ず守りきることを。神さまに、誓おう。

 

「あと、今日のことを一から十まで全部教えなさいよね!今すぐに!いい?」

 

「あー、はいはい。わーたっよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?勇者オレオスって何?あの変なヤツが、アンタに向かって何回も言ってたけど」

 

「ああ、それな。俺が転生した世界で新しくもらった名前だな。大神勇斗は元々の名前で、オレオスは勇者としての名前だな」

 

「…………ん?」

 

「いや、まずそっからだな……。スカーレットって異世界転生って知ってるか?」

 

「え、ええ。漫画とかであるやつでしょ?トラックとかに撥ねられた人が神様に力を貰って、ファンタジーな世界に飛ばされちゃう的な」

 

「そうそう、それが俺ね」

 

「ふーん…………。いやっ、えっ?」

 

「まあ、俺はトラックじゃなくて、高齢者ドライバーの暴走車だったんだけどな!なっはっはっはっ!!」

 

「いや、死因なんて聞いてないわよっ!?というか、異世界転生って本当なの!?」

 

「まあな、そんで俺は勇者オレオスとして転生して、魔王をぶっ倒してきたんだ。で、今日の敵はその残党だな。……すまなかった。俺のせいでこんなことになっちまって」

 

「それは……別に気にしてないわよ。完全にあの変なのの逆恨みっぽかったし。アンタは悪くないと思うわ。でも、アンタが勇者ねぇ……。なんか納得。」

 

「あり?もう受け入れちまうんか?こんな話お前ならもっと、ワーキャー言いそうなもんだけど」

 

「アンタ、アタシをなんだと思ってんのよ……。しょーがないでしょ!目の前であんなの見せられたら、信じないわけにはいかないわ。それに、普段のアンタの奇行を見てたら、すぐ納得いくわよ」

 

「奇行っておい……!まあ、そんなんで魔王を倒した後、このウマ娘の世界に何故か転移して、スカーレットのトレーナーになったってわけだ!」

 

「何故かって……。この世界に来た理由わかってないわけ?」

 

「うん。気づいたらここにいたんだ。まっ!別になんでもいいけどな、スカーレットに会えたんだ。それだけで、お釣りがくらぁ!」

 

「ふふっ、なに調子のいいこと言ってんのよ。はあっ……まだいろいろ聞きたいことはあるけど、今はこれぐらいにしといてあげる。後でアンタのこと、もっと話してもらうから。そのつもりでね」

 

「はいよ。じゃあそろそろ帰るか。寮まで送ってってやるよ、歩けるか?」

 

「いや、無理。まだ、体に力が入んないわ、情けないけど。……そうだ!アンタ、空飛べるのよね?それでアタシを連れて行きなさい!アタシも一度、空を飛んでみたかったのよね!」

 

「りょーかい、お姫様っと!」

 

「ちょっ!?いきなりお姫様抱っこなんて……!心の準備が──ギャアァアアアアアアアッッッ!?もっとゆっくり!飛びなさいよぉぉ!!」

 

「なっはっはっはっはっはっはっ!!」


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