ハリー・ポッターのモンスターペアレントおばさん   作:しらなぎ

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 ぼうっとしていたハリーは、ハーマイオニーに強く揺すぶられてハッと意識を取り戻した。

 周囲に音が戻ってきて、足音が聞こえるのに気付いた。フィルチだ。

 

 四人は素早く静かに、しかし慌てふためいて逃げ出した。なんでフィルチがここに?考える余裕なんてない。廊下を走っているうちに、ネビルがパニックになってめちゃくちゃに走り出すと、ロンが一緒に転んでしまった。

 呪文学の教室までどうやって辿り着いたか誰も分かっていなかった。とにかく逃げることだけ考えて、あらゆるドアや廊下を走って来た。

 

 ハーマイオニーが息を喘がせながら告発するようにハリーを責める。

「マルフォイに嵌められたのよ。始めから来るつもりなんかなくて、フィルチに告げ口したのよ。だからトロフィー室に来たんだわ」

 ハリーはムッツリ黙り込んだままだった。

 

 急いでグリフィンドール寮に戻ろうとした四人だったが、そうは問屋が卸さない。あろうことか、教室からピーブズが飛び出してきた。ハリーは頭から水を被ったように全身が冷たくなる心地がした。

 

 ピーブズは新しい玩具を見つけたみたいにケタケタ笑っている。

「黙れ、ピーブズ……お願いだから……。僕たち、退学になっちゃうよ」

 震える声でロンが懇願する。「チッ、チッ、チッ──」キザに舌を鳴らし、聖人のような声で、冷たく目を光らせたピーブズが言った。

「フィルチに言おう。言わなくちゃ。君たちのためになることだものね」

「どけよ、ピーブズ!」

 とうとうロンが怒鳴って、ピーブズを振り払う仕草をした。その瞬間、廊下中に轟くような大声でピーブズが叫んだ。

 

「生徒がベッドから抜け出した!──呪文学教室の廊下にいるぞ!」

 

 四人は命からがら駆け出した。ネビルのドタドタ重そうな足音と、水っぽい呼吸音が少し遅れてついてくる。泣いているのは分かったけれど、申し訳ないと思う心の余裕が今のハリーには持てなかった。汗をかいているのにずっと寒い。

 行き当たりの廊下にぶち当たると、四人はへなへなと崩れ落ちそうになった。

 

「もうダメだ」

 ロンが呻く。ハリーもうなだれた。

 ドアは押しても引いても鍵がかかっていてどうにもならない。やっとあの家から出られたのに、こんなにすぐに逆戻りなんて──クィディッチのシーカーにもなれたのに……。

 一度は規則破りを許してくれたマクゴナガルも、今度ばかりは許さないだろう。

 

「ちょっとどいて!」ハーマイオニーが扉の前にいたロンを押しのけて、杖を構えた。

「アロホモラ!」

 カチッと鍵が開いた音がした。そして次の瞬間、耳をつんざくような「ビーッ!ビーッ!」という警告音が響き渡った。ハーマイオニーは悲鳴を上げながらドアを開けようとしたが、鍵は開いたはずなのに、扉は動かない。

 

「何!?……っきゃあ!」

 ハーマイオニーの悲鳴が聞こえ、驚く前にハリーも叫びそうになった。いきなり身体が前に倒れ、ハリーの視界が反転した。パニックになった四人はモゴモゴと芋虫のようにもがいたが、足首、膝、胴体、首……全身の関節を締めるように縄が巻きついて、まったく身体を動かせない。

 

 手から杖が落ちて、親指と中指、そして他の指がバラバラに締めあげられ、杖が握れないように縛られている。

 目の前で同じように倒れているロンが、恐怖に固まって目を開いていた。

 遠くからフィルチの走る足音が近付いてくる。もうすぐ、ハリーたちを見つけてしまう……。

 諦めてぎゅっと目をつぶった時、聞き覚えのある小さな「パシッ」という音がして、声が聞こえた。

 

「ルーモス!さぁ、捕まった愚かな不逞の輩は一体……ハリー?」

「ノースエル先生……」

「ハリー……あなた達、ここで何してるの?」

 彼女は愕然と声を震わせていたが、パッと何かに気を取られたように顔を上げた。ピーブズとフィルチの声だ。

 

「ああ、もう!」

 

 一瞬逡巡して、ノースエル先生が小さく吐き捨てると杖を振った。途端にハリーの頭に冷たいものがトロトロ流れていく感覚が走った。ネビルが「ヒッ」と喉を引き攣らせる声がして、目を上げたハリーは驚きに言葉を失った。芋虫のように倒れていたロン、ハーマイオニー、ネビルがいなくなっている。

「みんな、静かに。一言も喋らないように」

 何回か聞いた彼女の優しそう声は、今は高く尖っている。「みんな」と言ったから、たぶん魔法で見えなくなったんだろう。

 

 いよいよ近くなった足音にハリーは息を止めた。必死に自分の存在を隠そうとした。

「ノースエル、奴らを見掛けたか!?」

 息せき切ってフィルチが現れた。

「今警報が鳴っただろう!奴らはどこへ行った!?」

「すぐに来たけど、もういなかったの。きっとどこかに逃げ出したんですね。でもそう遠くないはず……」

「あのクソガキ共が!」

 

 フィルチが癇癪を起こした。「あんたは向こうを追え!わたしはこっちを──」ノースエル先生が遮る。

「わたしはここの扉をよく調べなくては。分かるでしょう?わたしの仕事は警備員ですから」

 

 フィルチが獣のような唸り声を上げ、下品なスラングを吐いた。ハリーは背中に冷や汗を流して様子を見守っていた。ミセス・ノリスがじっとハリーの目を見つめている……彼女は気付いている……。何かを訴えかけるように、ミセス・ノリスがフィルチの靴を引っかいたが、ノースエル先生が「ここの確認を終えたら捜索に参加します。こうしてる内にも、しれっと寮に戻るかもしれません。早く行かないと、さぁミセスも、ピーブズもよ」

 やっとフィルチ達が走り去った。

 ハリーは安堵で全身が溶けていくような感覚がした。

 

 ノースエル先生がまた杖を振ると、さっきとは真逆の、全身に温かいものが走る感触がして、ロンたちの姿が暗闇に現れた。

 縄がしゅるしゅると消える。

「さて……」フィルチを追い払ってくれたノースエル先生だけれど、ハリーを見下ろす顔は険しさが滲んでいた。ハリーはローブを強く握って俯いた。

 

「あなた達はこんな時間に、ここで何していたの?」

「僕たちマルフォイに騙されたんです!」

「ハリーたちの校則違反を止めようと……!」

「ここに来るつもりじゃなくて──」

「ぼ、僕合言葉を忘れて……」

 

 四人がいっせいに話し出した。「静かに!」手を鳴らす音に、四人が口を噤む。

「一人ずつ話を聞くわ。その前にここを離れましょう。そこの空き教室に入りましょうか」

 

 扉を閉めると、ノースエル先生が無言で杖を振る。促されてハリーたちは椅子に座った。使われていない教室らしく、埃っぽい匂いがする。

 ロンは顔を青くしていたし、ハーマイオニーは涙ぐんでいた。ネビルは完全にしゃくりあげている。

 厳しい顔をしていたノースエル先生が、ポロポロ涙を流すネビルを見て柳眉を困ったように下げた。

「そんなに泣かないで、ネビル……。とりあえず話を聞かせてちょうだい。そうね……じゃあポッターから」

 ネビルの背中を撫で、先生がハリーを指名する。口を開く前に「言っておくけど」と続けた。

「嘘をついたら分かるわ。嘘つきを捕まえる仕事をしていたからね」

 

 ハリーは観念して、マルフォイと決闘の約束を交わしたことを伝えた。ロンも同じことを言い、ハーマイオニーがそれを止めようとしてついてきて、戻ろうとしたらファット・レディがいなくなってしまったと言って、ハリーたちを睨んだ。ロンが不機嫌そうに鼻を鳴らした。ネビルはグズグズ鼻を鳴らしながら不明瞭にモゴモゴ言い、なんとか合言葉を忘れて何時間も廊下で寝ていたことを聞き取れた。

 

 全員の話を聞き、四人の話を時系列順にまとめて、それぞれの言い分に矛盾がないことを確かめたノースエル先生が深いため息をついた。こめかみを揉んで頭が痛そうな顔をしている。

 しばらく重たい沈黙が流れた。

 

「あの……」絞り出した声は掠れていた。「僕たち、退学になりますか?」

 内蔵に石が詰め込まれたようにズシッと重くなった気がした。

「それは大丈夫よ」

「本当!?」

 ロンが嬉しそうに顔を上げる。

 

「マクゴナガル先生には、同室のロングボトムが真夜中になっても帰ってこないことを心配して、こっそり抜け出したと伝えましょう。それを止めようとしてグレンジャーが思わず外に出てしまったけど、ファットレディがいなくなってしまった」

 

 ハリーは信じられない気持ちでノースエル先生を見つめた。ハーマイオニーは「いいんですか?でも……」と喜びたいけれど納得いかないような顔をしている。

「少なくともグレンジャーとロングボトムは巻き込まれただけのようだから。でも、校則違反に違いはないわ。二人とも、次は庇ってあげられないわよ」

「あ、ありがとう、ございます」

「もちろんです、こんなこと二度としないとお約束します。……私は」

 ネビルが顔をぐしゃぐしゃにして、ハーマイオニーがしおらしく謝ったが、最後にチラッとハリーたちを横目で見た。

 ノースエル先生もハリーを見た。

 

「ポッター、ウィーズリー。あなたたちは少なくとも、意図的に寮を抜け出したわね」

 無味乾燥な声の響きにハリーはうなだれた。

 

「気持ちは分かるわ。仲の悪い生徒の手前、引き下がれなくなる気持ちは……でも、あなた達にとって校則や寮の点数は自分のプライドより軽いものだったようね?」

「そういうつもりじゃ……」

「マルフォイが……」

「人のせいにしない!」モゴモゴ言った二人に、ノースエル先生はピシャリと叱りつけた。

「まだ分からない?あなた達は、自分のために、自分で校則違反を選んだのよ!恥ずかしいと思いなさい!」

 

 眉毛が釣り上がり、目に怒りがこもっている。ハリーは自分が恥ずかしくなって、胸が痛くなった。

「ごめんなさい、先生」

 ノースエル先生を見つめると、ハッと息を飲んで、彼女の手がうろうろと宙をさまよった。行きどころを失ったような手が自分の長い黒髪に触れて、厳しい顔が緩んだ。

「分かったならいいのよ。さぁ、もう夜遅いわ。寮まで送るから今日はお眠りなさい。先生にはお伝えしておくから……罰則はあるかもしれないけれど、退学は心配しなくて大丈夫よ」

 

 ファットレディは戻ってきていた。肖像画の裏を這い上がり、入り口で四人を見つめるノースエル先生を振り返る。

「あの、本当にごめんなさい、先生。おやすみなさい」

「おやすみなさい、ハリー。もうやんちゃしちゃだめよ。それじゃ、いい夢を」

 先生のヘーゼル・アイが微笑んでいた。怒られたばかりなのに、先生の「おやすみ」の声がとても優しくハリーを包み込んだように聞こえた。

 

*

 

 次の日、マクゴナガル先生は四人を呼び出してこってり叱ったが、ノースエル先生が上手く伝えてくれたらしく、本当に退学にはならなかった。

 一人五点ずつの減点と、罰則の書き取り二時間で済んだことがハリーは信じられなかった。

 

「今回はノースエル先生の口添えもあって大目に見ますが、次はありませんよ。もしまたロングボトムや……他の生徒が見えなくて心配な時は、自分で探しに行くのではなく、監督生に伝えるようにしなさい。分かりましたね?」

「はい、マクゴナガル先生」

 

 部屋を下がって声が届かない場所まで来ると、ロンがうきうきと口を開いた。

「おっどろきー、まさか、だよな?こんな程度で済むなんて!マクゴナガルが許してくれるなんて思わなかったよ」

「うん、僕、荷物をまとめろって言われるんじゃないかと思って昨日は全然眠れなかった」

「ノースエル先生が優しい先生で良かった。次はぜったい、合言葉を忘れないようにしなくちゃ……でも、覚えたと思ったらすぐ変わっちゃうんだもの……どうしよう」

「そしたらノースエルのところに行きゃいい。きっと庇ってくれるよ。あれだけのことも許してくれるんだから」

 

 浮かれたロンが軽口を叩くと、尖った声が割り込んできた。

「ちょっとあなた、ちっとも反省してないみたいね。先生方のご厚意で今回だけは大丈夫だったけど、ノースエル先生もマクゴナガル先生も次はないっておっしゃったじゃない!」

 ウンザリしたようにロンがうへぇという顔をした。

「分かってるよ、うるさいな。人のこと言ってる場合?僕たちと同じ立場じゃないか」

 ハーマイオニーが激しくロンを睨んだ。「あなた達のせいでしょ!いいわ、次はマクゴナガル先生のおっしゃったようにすぐパーシーに伝えるから。そうしたら、次は退学だわ」

 顎を上げて、ハーマイオニーは大股で去っていった。

「まったく、本当ウンザリするよな」

 

 

 数日後、ハリーに素晴らしい素晴らしいプレゼントが届いた。なめらかでつややかな箒だ。ニンバス2000──最新モデルらしい。

 ワーッと興奮した生徒たちに囲まれ、口々に賞賛を受ける。ハリーがシーカーに選ばれたのは口外禁止の「公然」の秘密だった。

 この前の騒ぎでもマクゴナガルの気は変わらなかったらしい。

 

「実は、マルフォイのおかげで買っていただきました」

 そう言った時の、怒りと当惑で震えるマルフォイの赤ら顔を思い出し、ハリーは存分に笑った。

 途中ハーマイオニーがチクチク責め立ててきたが、ハリーは気にならなかった。

 

 その日の夜からさっそくクィディッチの練習が始まった。ルールを詳しく教えてもらい、思いどおりになるニンバスで軽く飛んでみせると、キャプテンのウッドが踊り出しそうなほど喜んでくれたので、ハリーは嬉しくなった。

 

 今まで誰かに賞賛されたり褒められることがなかった。自信を持ったこともないのに「生き残った男の子」だと持ち上げられて、なんだか逃げ出したくなるくらいだったけど、ようやく自信を持てるものが出来た。

 

 夢中で練習しているとあっという間に時間が過ぎ去った。

 名残惜しげに競技場を振り返るハリーにウッドが「帰ろう」と肩を叩く。疲れきっていたが嬉しそうなウッドと並んで歩いていると、入り口のところに小さな人影があった。

 

「あれは……」

「お疲れ様、ウッド、ポッター。少し見学させてもらってたわ」

 ノースエル先生だった。いることにちっとも気付かなかった。ウッドは奇妙な表情をした。

「ここでずっと?」

「ええ。二人ともさすが飛ぶのが上手ね」

 彼女を見るとちょっとドキリとしたが、もうまったく怒っていないらしく、いつものように穏やかで優しい微笑みでハリーを褒めてくれる。

 

「ありがとうございます。でもなんで練習を?何か僕たちに用事があったんですか?」

「特に何も……巡回してたら飛んでいるのが見えたものだから」

 なぜかウッドの声は少し固かった。ノースエル先生も分かったらしく困惑している。

「いえ、すみません。今年こそ優勝したいので見学には気を張っていて……他寮のスパイが来るかもしれないし……。いえ、決して先生がそうだと言うわけじゃないんですが」

「スパイ!」

 驚き声を上げてノースエル先生はくすくす笑っている。スパイだと疑われても気にした様子はない。

 

「わたしがセブルスと……スネイプ先生と仲がいいから気にしてるのね?」

 セブルス?ハリーは目を見張った。

 

「安心して、わたしはグリフィンドールだったのよ。それに学生時代の友達は、クィディッチのキャプテンをしてたの。だから選手がクィディッチに掛ける情熱は理解してるつもりよ」

 ウッドは安心した表情をして謝った。ノースエル先生はまだくつくつと笑っている。グリフィンドールのクィディッチのキャプテンと聞くと、ハリーは父親のことを思い出した。

 

「あのマクゴナガル先生が規則を捻じ曲げてまで選手にしたがった期待のルーキーをちょっと見てみたかっただけなのよ。不安にさせてごめんなさいね。でもさすがだったわ、ハリー」

 ノースエル先生のまっすぐな褒め言葉にハリーは赤くなった。

「ウッドの飛び方も見事だったわ。でも見学は今日でおしまいにするわね。選手の気が散るのは本意じゃないもの」

「そんなことは……」

「いいのよ、試合を楽しみにしてるわ。二人ともわたしより飛ぶのが上手いもの、優勝間違いなしだわ。セブルスの悔しがる顔が見物ね」

 いたずらっぽくヘーゼルの目が光った。ウッドもニヤッとした。

 

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