ハリー・ポッターのモンスターペアレントおばさん   作:しらなぎ

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「これ……これ、ドラゴンでしょ?本で見たことある」

「その、セツナ……」

「冗談でしょ?ハグリッド、ドラゴンは違法なんだよ!?」

 

 オドオドする彼にノースエル先生は眉を跳ね上げた。

「分かっとるが、ドラゴンを飼うのは俺の長年の夢で……。セツナも知っとるだろう?」

「だから法律を破るの?ホグワーツには小さな子供たちがたくさんいるのに。自分のために危険にさらすの?」

 

 先生は容赦なくハグリッドを追究した。静かな声で淡々と道理を諭す口調にハグリッドは縮み上がったが、だんだん怒り始めた。

「俺は魔法生物にゃお前さんより詳しい。扱い方も心得ちょるし、森の管理を任されとる」

「実力があるのは分かってるけど、ドラゴンの飼育は違法な上、M.O.M.で最高レベルのXXXXXに分類されてるのよ?ホグワーツで飼おうだなんて正気の沙汰じゃないわ!」

「俺はいつだって正気だ!」ハグリッドが鋭く怒鳴る。「事実、フラッフィーだってダンブルドアの役に立っとるだろうが?ええ?」

「ハグリッド!」

 

 悲鳴のような声を上げ、ノースエル先生がオロオロする三人をチラッと見た。自分を落ち着かせるように深呼吸をし、「分かったわ」と柔らかな声を出した。

 

「とりあえず、この件はあとで話しましょう」

「話すことはない。セツナ、今日はもう帰ってくれ」

「ねえ、ダンブルドアは知ってるの?」

「ダンブルドア先生は全てを知ってなさる」

 口をつぐみ、ノースエル先生はため息をついた。

「はぁ……。分かったわ。でも絶対他の生徒にバレないように、生徒の前に出ないようにしてちょうだい。禁じられた森にでも隠して……」

 こめかみを揉み、ハリー達になんとか淡く微笑む。

「見苦しいところを見せたわね。もうそろそろ夕食の時間よ、帰りましょう。校舎まで送るわ」

 

 ノースエル先生は校舎の前で別れる間際、倫理観と戦っているような苦渋に満ちた表情で囁いた。

「生徒にこんなことを言うのは……本当に不本意なのだけど……ハグリッドの件は……」

 ハリーは素早く引き継いだ。「もちろん誰にも言いません」ロンも頷く。「ハグリッドが逮捕されるのは嫌だもの」

「ありがとう。あの件はわたしがなんとかするから、あなた達もあまり関わらないでね」

 彼女の声は酷く疲れていた。

 

*

 

 ある朝ハグリッドに手紙を貰い、ハリー達は小屋に訪れていた。

 呼ばれたのは三人だけのようだ。

「ノースエル先生は?」

「呼んどらん。魔法省の役人は小うるさいからな……。珍しい生きもんを理由をつけては取り上げようとする」

 

 ハグリッドはぶっきらぼうに答えた。仲直りしていないみたいだ。でもドラゴンに関しては、ノースエル先生のほうが正しいとハリーは思った。

 

 卵にヒビが入ると、ハグリッドは興奮で頬を紅潮させた。ドラゴンが孵るのはもっと神秘的で感動するかと思ったが、生まれたシワクチャの生き物はぬめっていて可愛いとはとても言えなかった。

 指を噛まれながら、ハグリッドが感激に声を潤ませる。

「こりゃすごい……ちゃんとママちゃんが分かるんじゃ!」

 

「ハグリッド、このドラゴンをどうするかもう話し合ったの?」

 ハーマイオニーが尋ねた。

「ああ、ウン……。とりあえず大きくなるまでは俺ん傍で育てやるつもりだ。その後は禁じられた森に連れてってやるか、石を守る手伝いをダンブルドアに頼むか考えろってセツナには言われたが、まだ決めかねとる」

「ドラゴンが宝を守る!うわあ~、騎士物語みたい!そりゃいいよ、ハグリッド!スネイプもドラゴンがいるとは思わないだろうな」

「バカ言うな!もし本当に石を狙う悪漢が現れたら、こんなに可愛いこの子が傷ついちまうだろうが!死んじまったらどうする?」

 ドラゴンは抱え上げられた腕から激しく逃れようとした。

「ママちゃんが守ってやるからな」

 ロンは話にならない、というように目を回して見せた。

 

 すでにハグリッドはドラゴンにめろめろだった。とても手放すようには見えないが、いつまでも隠しておけはしないだろう。

 さらに悪いことに、卵が孵るところをマルフォイに見られていた。

 やっぱりあいつに立ち聞きされていたんだ……。

 金髪の小さな後ろ姿が遠目に走り去って行った。

 

*

 

「マルフォイがいつ父親に言いつけるか分からないよ。ダンブルドアだって法律違反を庇うのは大変なんじゃないかな」

 

 ハグリッドは酷く渋った。

「そ、そりゃ……俺だってダンブルドアの手を煩わせるのは望んでないが……」

「ダンブルドアはなんて言ってるの?誤魔化す方法とか考えてくれてないのかい?」

 ロンの指摘にハグリッドは言い淀んだ。きまり悪そうにモゾモゾしている。ハリーはピンと来た。

「もしかしてダンブルドアは知らないの!?」

「えっ!だってノースエルには、知ってるって言ったじゃないか!」

「ダンブルドア校長はこの城で起きてることはなんでも知ってなさるだろう……ただ……セツナとお前さんら以外に、ドラゴンの卵のことは言っとらんだけだ」

 

 ハーマイオニーが呻いた。「じゃ、まずいわよ……ダンブルドアの知らないうちに魔法省からつつかれたら……」

「そもそもさすがのダンブルドアも、ドラゴンは許してくれないかもしれないよ。普通の魔法使いなら、内緒でドラゴンを育てさせてやろうとはならないもの」

「そ、そりゃ……俺もずっと飼っておけんぐらいのことはわかっとる。だけんどほっぽり出すなんてことはできん。どうしてもできん」

 ハグリッドは唇を噛んだ。

 

 ハリーは叫んだ。「チャーリー!」

 

「君も、狂っちゃったのかい。僕はロンだよ。わかるかい?」

「違うよ――チャーリーだ、君のお兄さんのチャーリー。ルーマニアでドラゴンの研究をしている――チャーリーにノーバートを預ければいい。面倒を見て、自然に帰してくれるよ」

 

*

 

 細かい作戦を手紙でやり取りし、あとは実行するだけになった。

「ノースエルにはどうする?」

「言えるわけないわ。先生はダンブルドアが知ってると思ってるのに、本当はこっそり夜中に抜け出してドラゴンを違法輸出するなんて」

 自分で自分の言ったことに、ハーマイオニーはブルッと震えた。

 

「でもいなくなってたら変に思わないかな。なんとかするって言ってたのに。ダンブルドアにあとから聞くかも」

「ハグリッドに群れのところに返させたって言ってもらうのはどうかな。イギリスにもドラゴンは住んでるんだろ?」

「火山とか、深い谷とかにね。うーん、ハグリッドなら本当に見つけそうだ。よし、それでいこう」

 

*

 

 一夜のうちにグリフィンドールは百五十点も失ってしまった。

 ハリーは一気に全校生徒から嫌われ者になった。

 

「一体なにがあったの?」

 ノースエル先生が気遣わしげに話しかけてくれたのには、僅かに心が慰められたが、ハリーは何も言えなかった。マクゴナガル先生はハリーがドラゴンという嘘でマルフォイを釣り出し、嘲笑おうとしたと考えている様子だったが、少なくともそのことを言いふらしたりはしなかったらしい。

 惨めに会釈してハリーは早々と去った。

 

 もう余計なことには首を突っ込みたくなかったが、その決意を試される事件が起きた。クィレルがいよいよ追い詰められている。

 

 ダンブルドアに言うべきだとハーマイオニーは言い張ったが、証拠はなんにもない。ハリーには手がなかった。でも誰にも言えないし、こんな状況で信じてもらえるとは思えなかった。

 

 色々あってすっかり忘れていたが、ドラゴンの件でハリー、ハーマイオニー、ネビルには罰則が待っていた。

 夜中の十一時。

 気が重かったが、誰も文句は言わなかった。処罰を受けて当然だと思っていた。

 玄関ホールにはフィルチとマルフォイがいた。彼も受けることを忘れていた。そして何故かノースエル先生も。

 

 彼女はムッツリと黙り込んでいて、全身からピリピリした空気を発していた。──とても怒っている。ハリーは先生の顔を見れなかった。

 

 フィルチは何故か外に出た。四人は不安を顔に浮かべてついて行く。着いた場所がハグリッドの小屋で、彼の声が聞こえたのでハリーはホッとした。

 処罰は森に行くというものだった。

 マルフォイが凍りついてブツブツ言った。「森だって?そんなところに夜行けないよ……それこそいろんなのがいるんだろう……狼男だとか、そう聞いてるけど」マルフォイの声はいつもの冷静さを失っていた。

 

 ハグリッドがフィルチを追い返したが、ノースエル先生はその場に残った。先生が一緒なら、まだ安心出来る気がした。

 

「僕は森には行かない」この期に及んでマルフォイが粘る。声が恐怖でおののいていた。

「ホグワーツに残りたいなら行かねばならん」ハグリッドが厳しく言い返した。「悪いことをしたんじゃから、その償いをせにゃならん」

 

 その時、後ろでノースエル先生が鼻を小さく鳴らすのが聞こえた。「あなたがそれを言うの?」という副音声がついている気がして、この二人はまだ仲直りしていないのだとわかった。もしかしたら、ドラゴンのことを知ったのかもしれない。

 

「でも、森に行くのは召使いのすることだよ。生徒にさせることじゃない。同じ文章を何百回も書き取りするとか、そういう罰だと思っていた。もし僕がこんなことをするって父上が知ったら、きっと……」

「きっと、これがホグワーツの流儀だってそう言いきかせるだろうよ」ハグリッドが唸るように言った。

「書き取りだって?へっ!それがなんの役に立つ?役に立つことをしろ、さもなきゃ退学しろ。おまえの父さんが、おまえが追い出された方がましだって言うんなら、さっさと城に戻って荷物をまとめろ!さあ行け!」

 それでもマルフォイは動かない。

 

 ずっと黙っていたノースエル先生が口を開いた。

「森の異変はいろいろ聞いているわ。こんな時にこんな時間に禁じられた森に行かせるなんて信じられない。マルフォイの訴えは最もよ」

 ハグリッドはムッと怒りで身体をふくらませたが、先生は無視してマルフォイに優しく声をかけた。

 

「大丈夫、わたしが絶対あなた達を守るわ。わたしはオーラーだったのよ。それにこの森に狼人間はいないわ。万が一があってもわたしは狼人間には詳しいし、戦ったこともあるし、今日は満月じゃない。怖がることはないわ」

 不機嫌で怯えた態度ではあったが、ようやくマルフォイはハグリッドを睨みつけるのを辞めた。こんな奴に優しくすることなんてないのに。

 

「よーし、それじゃ、よーく聞いてくれ。なんせ、俺たちが今夜やろうとしていることは危険なんだ。みんな軽はずみなことをしちゃいかん。しばらくは俺について来てくれ」

 森の外れまで来ると、ハグリッドが立ち止まって獣道を指さした。生ぬるい不気味な風がサーッと頬を撫でていく。

 

「あそこを見ろ。地面に光った物が見えるか?銀色の物が見えるか?一角獣の血だ。何者かにひどく傷つけられたユニコーンがこの森の中にいる。今週になって二回目だ。水曜日に最初の死骸を見つけた。みんなでかわいそうなやつを見つけ出すんだ。助からないなら、苦しまないようにしてやらねばならん」

「ユニコーンを襲ったやつが先に僕たちを見つけたらどうするんだい?」

 ただでさえ青白いマルフォイの顔が、月明かりの下でさらに蒼白になっている。

 

「俺やファングと一緒におれば、この森に棲むものは誰もおまえたちを傷つけはせん。道を外れるなよ。よーし、では二組に分かれて別々の道を行こう。そこら中血だらけだ。ユニコーンは少なくとも昨日の夜からのたうち回ってるんじゃろう」

「僕はノースエルと一緒がいい。ファングもつれていく」

 ファングの長い牙を見てマルフォイが素早く言った。「よかろう。断っとくが、そいつは臆病じゃよ」その瞬間の情けないマルフォイの顔に、ハリーは一瞬ニヤッとしたくなった。

 

「ハグリッド、くれぐれも……」

「ああ。ハリーは任せろ」

 ノースエル先生とハグリッドが視線を交わした。なぜ自分の名前が出てきたのか分からなかったが、ノースエル先生が心配そうにハリーを見つめたことに気付いた。

 

*

 

 恐ろしい何かを引きずる様な音を聞き、不思議なケンタウロスたちと話した後、赤い火花が散ったことにハーマイオニーが真っ先に気付いた。

 

 ハグリッドが火花の方に向かう間、深い森の中で、木々がざわめいているのをハリーとハーマイオニーはじっと聞いていた。巻き込まれただけのネビルがもし……。じんわりとした焦燥が背中を這っている。

 

 バリバリと枝を薙ぎ倒しながらようやく戻ってきたハグリッドはカンカンだった。ネビルとファングを引き連れている。その後ろから着いてきたマルフォイはノースエル先生に怒鳴られていた。

「最初あんなに怯えてたくせに、よくもあんな悪ふざけが出来たわね!静かに、慎重に、警戒しながら進みなさいって何回も言ったでしょう!?」

「僕はちょっと軽く後ろから脅かしただけですよ。グリフィンドールのくせにあのくらいで救難信号をあげるなんて……」

「今は罰則中なのよ?それを……!次ふざけたら森において行くわ!朝まで震えていなさい!」

 

 こんなに怒っているノースエル先生は初めてだった。怒号にマルフォイどころかハリーまでビクッとしてしまった。

 

 ノースエル先生はこめかみを揉んで、泣いているネビルの背中を撫でる。一転して柔らかいころころした声だ。「ネビル、ごめんなさい、気が回らなくて……。まさかマルフォイが……こんなに繊細なのに、酷く怖い思いをさせたわね」

「先生は、わるく、ありません。ぼ、僕が怖がりだから……」

 途切れ途切れにネビルはしゃくりあげている。

 

 ペアが変わることになった。ハリーはマルフォイと組むことになった。最悪だが、マルフォイとネビルを一緒にしておくよりマシなのはハリーでも分かる。

 ノースエル先生が厳しくマルフォイを見下ろした。

「もう一度だけ言うわ。これが最後よ。わたしから離れず、静かに、慎重についてきてちょうだい。し・ず・か・に、よ。喧嘩はしない、いいわね?」

「はい、先生」

「フン」マルフォイは拗ねたように鼻を鳴らした。

 

 森の中をただ歩いた。どんどん深くなっていく。

 

 最初は黙っていたマルフォイが、何も出ないことに安心したのか、ハリーにちょっかいをかけだした。

「それにしても、さっきのロングボトムったら惨めだったねぇ。ちょっと後ろから小突いただけでもんどり打って倒れるんだから」

「黙れ、マルフォイ」

「本当にあいつはグリフィンドールなのか?なんで選ばれたんだ?悲鳴を上げて無様を晒すのが、グリフィンドールの資質なんだろうかねぇ。それならポッター、君もその資質をじゅうぶん満たしていると言えるね」

「黙れったら!来る前に一番ごねてたのは誰だ?……森になんて、ぼくいけないよう~パパ~!」

「うるさいぞ、ポッター!」

 

 マルフォイの頬に赤みが差した。睨み合う二人に冷たい一喝が落ちる。

「喧嘩しないと、歩くことも出来ない?」

「ご、ごめんなさい」

 ハリーは反射的に謝った。なんだか今日のノースエル先生はピリピリしていて、いつもよりずっと怖い。

「おしゃべりしてもいいけど、喧嘩はしないようにね」その声は柔らかかったので、ハリーはホッとした。

 

「先生って、あのノースエルですか?」

 

 マルフォイは今度は先生に絡み始めた。

「そうよ」

 

 あのノースエルとは何だろう?

 

「ふぅん。だからスネイプ先生と親しいんですね?父上はスネイプ先生と交流が深いんですが、父上とはお知り合いですか?当然父上のことはご存知だと思いますが」

「ミスター・マルフォイとは関わりがなかったわ」

「そうなんですか。父上は以前仰ってましたよ、ノースエル家は由緒正しい家柄で、正しい価値観をきちんと守っていると。例外はいたようですが、それだけで判断するのは公平じゃないって」

 

 ハリーは何のことを言っているか分からなかった。だが、マルフォイの父親が褒めるというだけで、ロクなことじゃなさそうだとは分かった。由緒正しい家柄、正しい価値観。先生はまさか、マルフォイと同じ考えなのだろうか?

 

「本家はそうだけど、あいにくとわたしは混血よ。例外の娘だから」

「は?」

 マルフォイは嫌悪感を滲ませた。「もう家を出たし、ノースエル家はあまり関係ないわ」

「じゃ、なんでスネイプ先生と仲がいいんです?」

 

「わたし達には共通の敵がいたから」

 

 彼女はさらりと言った。「同じ相手を嫌っていたわたし達は自然と親しくなった。分かるでしょ?」

 ハリーとマルフォイは同時に顔を見合せた。すぐさま顔を背ける。ノースエル先生が呆れ笑いを零した。

「合わない人がいる気持ちは分かるから、仲良くしろとは言わないわ。でも協力するフリだけでも出来るようにならないとね」

 

 先生が嫌いな人って誰だろう。それもスネイプと同じ……。ハリーははたと気付いた。学生時代からノースエル先生とスネイプは友達だったんだ。

 

*

 

 開けた平地に出た途端、ノースエル先生が固い声で鋭く囁いた。

「止まって!」

 視線の先に、純白に光り輝くものがあった。闇の中で美しく煌めいている。先生が杖を構えてゆっくりと近付き、ハリーとマルフォイも離れないようにぴったりとくっついてついて行った。

 

 それはユニコーンの死体だった。一目で死んでいることが分かった。神秘的で、胸を締め付けるほど悲しい光景だった。

 

 さっきも聞いた、何かをズルズル引き摺るような音が響き、瞬発的にノースエル先生が杖を向けた。空いている片方の手でハリー達を庇っている。ピンと空気が張り詰めて、ハリーの足が凍りついた。ノースエル先生の横顔が緊張で強ばっていて、戦闘的な雰囲気が身体中から迸っている。ハリーは先生がオーラーだということを今初めて実感している気分になった。

 

 音はゆっくりと近付き、木の影からローブの端が見え……暗がりの中から人影が現れた。フードを深く被り顔を覆い隠している。

 ハリーは背筋がゾッとした。

 影は這いつくばっていた。死体を漁る獣のようにズルズルと近付き、ユニコーンの身体から流れ落ちる銀色の液体に口をつけた。

 

「ぎゃああああああああ!」

 マルフォイが劈くような絶叫を上げて駆け出した。ファングも後に続く。

 

「マルフォイ!離れるなって言ったのに……!」

 影が顔を上げ、立ち上がった。スルスルと幽鬼のように近づいてくる……。ハリーの足は地面に根を張っていた。影はハリーの方にまっすぐ向かってきているような気がした。

 その時、いままで感じたことのないほどの激痛がハリーの頭を貫いた。額の傷痕が燃えているようだった──目が眩み、ハリーはよろよろと倒れかかった。

 

「ステューピファイ!」

 赤い閃光が走り影に突き刺さった。ハリーは呼吸を取り戻した。影は杖を構えていて、ダメージを受けた様子がない。

「ハリー!」

 杖を構え相手を睨みながら、ノースエル先生がハリーの腕を掴み起こした。

 

「大丈夫!?何か受けたの!?」彼女の声が悲鳴に聞こえた。

 

 痛みに呻きながらも、なんとか「だい、じょうぶです」と返した。

 

「よくもハリーに……!」

 バチバチ光が激しくぶつかり合ったり、火花が飛び散っている。二人共呪文を唱えずに杖を振っている。影がだんだん押され始めた。一瞬の隙をついて、縄が相手の首に巻きついた瞬間、ドンッ!とノースエル先生がハリーを強く押した。

「今のうちに逃げて、お願い!」

 よろめきながらハリーは無我夢中で走り出した。途中振り返ると、まだ光が飛び交っていた。先生を置いていって大丈夫だろうか……でも彼女はオーラーだし……でも……。足を止めそうになった時、蹄の音が聞こえてきた。

 

 明るいブロンドに、胴はプラチナブロンド、淡い金茶色のパロミノのケンタウルスがハリーに問いかけた。

「怪我はないかい?」

 

*

 

 フィレンツェは他のケンタウロスとは違い、会話が通じた。

 

「力を取り戻すために長い間待っていたのが誰か、思い浮かばないですか?命にしがみついて、チャンスをうかがってきたのは誰か?」

 

 ハリーの頭にたった一人の人間が浮かんだ……。

 

*

 

 ハグリッドがユニコーンを確かめに行ってしばらくすると、ノースエル先生と一緒に戻ってきた。ハリーは安堵のあまり崩れ落ちそうになった。全身がブルブル震えていた。

「ノースエル先生、良かっ……」

 

「ハリー!」

 

 先生が泣きそうな顔で走り寄り、ハリーを強く抱き締めた。ノースエル先生の身体は冷え切っていて、背中に回された腕が僅かに痙攣しているのを感じた。

 

「あの……ノースエル先生……?」

 固まって困惑するハリーを、先生はますます強く抱き締める。黒髪からほのかに百合の花の匂いが漂った。

「良かったハリー……無事で……あなたを守れて……」

 ハリーはノースエル先生が泣き出してしまったかと思ったが、身体を離した先生の顔はいつも通り優しい顔だった。

 

 ハリー達が校舎に送り届けられる間、すぐ後ろでハグリッドと先生がヒソヒソ話していた。やっぱりまだピリピリしている。

「取り逃がすなんて……クソ……絶対許せない……」

「顔は見たか?」

「見えなかった……でも体型的に多分男よ……あの野郎……死の呪文が使えたら……」

「滅多なことを言うもんじゃねぇ!お前さんが逮捕されることになる……」

「ダンブルドアに……」

「呪われた命を望む……」

「デスイーターが……」

「ホグワーツの警備が……」

「異変がある森に行かせるべきじゃなかったのよ!最初から!わたしは反対してたのに!」

 

 二人の声は途切れ途切れで聞き取りづらかった。途中鋭い怒鳴り声が聞こえ、慌てて声が小さくなった。ノースエル先生がめちゃくちゃに切れていることは伝わってきた。

 ハリーは抱き締められた感触を思い出していた。まるでハリーを失うことを恐れているかのように、ノースエル先生は小刻みに震え、吐息が首の後ろで震えるのを感じた。誰かに抱き締められるのは初めてだった……。

*

 

 ダンブルドアがいない!

 

 三人は心臓を撫でられているような不安と緊張の中夜を待った。マクゴナガルは「守りは磐石」だと言って話も聞いてくれない。ダンブルドアはいない。ノースエル先生なら……。そう思ったが、彼女はたぶん、本当にハリーを大事に思ってくれている。

 抱きしめられて分かった。

 「無事で良かった」と震えていた先生の様子を思い出すと、ハリーはむず痒い喜びに包まれたが、そうするとますます彼女に言おうとは思えなくなった。

 たぶん、先生はハリーを危険から遠ざけようとするだろう。

 

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