ハリー・ポッターのモンスターペアレントおばさん   作:しらなぎ

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部屋編
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 青紫色の煙が湯立つ大鍋を小一時間も掻き回している黒い男を、セツナは何をするでもなく、紅茶を飲みながら眺めていた。天井にまで届く棚には本や参考書、様々な色合いの魔法薬が所狭しと並べられ、薄暗い部屋の中に僅かに彩りを与えている。照明は夜の帳のような僅かな光しか暖かみを感じられず、部屋の隅は闇が忍び寄るように光が逃げている。

 始めはあまりにも陰鬱な部屋にうんざりしたものだけれど、この一年ですっかり慣れ、居心地のよい休憩所のひとつになっていた。

 育ちすぎた蝙蝠だと揶揄される真っ黒なセブルスが、部屋の一部のように背景と馴染んでいる。

 どこもかしこも月夜のようなその空間の中で、一本の真っ白な百合だけが発光するように、目も覚めるような美しさを保っていた。

 

 セツナも百合の花を数輪部屋に飾っていた。親近感が滲み出る。初めて会った頃から変わらない彼に、尊敬と安堵と、切なさのようなものに包まれた。セツナの飾る百合と違うのは、セブルスの花は枯れないように魔法がかけられていることだ。

 本人に確かめたことはないが、たぶん、枯れていくのを見ることを忌避したのだろう。ただの百合の花でさえ、終わりを感じたくなかったに違いない。

 

 セブルス・スネイプは繊細で情深い不器用な男だった。学生時代のセツナは、たぶんリリーよりも彼のことを見つめていたから、彼のことをよく知っている。

 

「それで」鍋から目も開けずに、低くて嫌に甘ったるい声が響いた。くぐもった響きが埃っぽい部屋にぼやける。

「何の生産性もなく紅茶を啜り、何か得るものはあったかね?」

「あったわ。心穏やかな時間を過ごせる」

「私は苛立たせられて仕方ないが、君にとってはどうでも良いことだったな」

 不機嫌そうに鼻を鳴らす。セツナは小さく笑った。じっと見られて落ち着かなかったんだろう。素直じゃないのには慣れている。

 

「はいはい。何か手伝えることはある?」

 セブルスは無言で材料を指さした。ふよふよと空の大鍋が飛んできた。ハナハッカ、ヤドリギ、マンドラゴラの葉、アスフォデルの花弁などを見るに、おそらく作るのはハナハッカ・エキスだろう。

「マダム・ポンフリーから?」

「ああ」

 不機嫌そうにセブルスは頷いた。ホグワーツ生には毎日のように怪我人や病人が担ぎ込まれて、医務室はてんてこ舞いだ。セツナは学生時代そんなにお世話になることはなかったが、元気を持て余した生徒たちの尻拭いをするポンフリーは、とても一人で魔法薬を作る時間が無い。

 休みに入ってからセブルスは毎日何かしらの魔法薬を作っている。魔法薬作りは彼の趣味とは言っても──。

「扱き使われてるわねぇ」

「貴様もこれから同じ立場だ」

「最年少っていうのは難儀ね」

 しかし、セブルスの思惑とは外れ、セツナは楽しそうな声音でふんふん鼻息を歌って作業し始めたので、セブルスはうんざりした。

 

「でも今年はさらに年下が入って来るでしょ?」

「ギルデロイ・ロックハートか……」

 彼の顔に常に浮かんでいる眉間のシワがますます深くなった。彼の反応も分からなくはない。ロックハートについてはよく知らないけれど、彼の人気を鑑みると軽い騒ぎになるだろうことは決定的だし、保護者からの手紙も例年以上に増えそうだ。

 メディアで見る自信に満ちた態度からは、雑用なんか頼めるような雰囲気では無い。

「彼のこと覚えてる?」

「は?」

「在学期間被ってたんだよ。四つ下だった気がするけど、ジェ……あの四人組に負けず劣らずなかなか大きな騒ぎを起こしてたじゃない」

 ジェームズの名前を出そうとした途端、射殺すような視線に射抜かれ、苦笑しながらセツナは思い出した。細かいことは関わりがなかったので知らないが、クィディッチのピッチにデカデカとサインを打っただか掘っただかのときは、ジェームズが「僕がやりたかった!くっそー!下級生に発想力で負けるなんて!」と賞賛と悔しさの入り交じった声で地団駄を踏んでいたので、リリーと二人で呆れ返ったのをよく覚えている。

 たしか、それをやったのがロックハートだったはずだ。

 セブルスがますます忌々しそうに顔を歪めるので、とうとうセツナは声を上げて笑った。

 

*

 

*

 

 ネビルの誕生日は七月三十日だ。明後日に控えている。当日は祖母が張り切って親戚中の知り合いを集めるので、毎年ネビルは憂鬱だった。

 

「こんにちは、ミセス・ロングボトム、ネビルくん」

「こんにちは……」

「ご機嫌よう。いつも素晴らしい挨拶をしてくださって、気持ちの良いこと」

 祖母のオーガスタがそういう外行きの声を出すのがネビルはあまり好きではなかった。やけに上ずったやさしそうな言い方は、なんだか座りが悪くなって、どこかに隠れたくなる。

 

 五階の【呪文性損傷】という札の掛かった部屋の前に来ると、ネビルは食べたばかりの昼食が、お腹の中でずっしりと重みを増した気がした。そわそわと落ち着かない気分のネビルを気にせず、オーガスタはスタスタと病室に入っていった。ネビルは慌てて追いかけた。

 

 カーテンを開くと、女性がぼんやりと口を開けて緩慢に首を向けた。

 痩せこけた頬に、血の気の失せた青色、まるでハウスエルフのように飛び出た目が、ざんばらの髪の間から見える。その奥にはベッドに横たわりながら、あーだとか、うーだとか、機嫌良さそうに呻いて腕を動かしている男性が見えた。ネビルの両親だった。

 会うたびに、どこかギクリとしてしまう自分がいて、ネビルの身体の中がじくじくと痛んだ。

 

「ひさしぶり、パパ、ママ」

 恐る恐る微笑むと、アリスが腕を伸ばし宙にふらふらとさまよわせた。一歩踏み出してベッドに近付くと、アリスが力のこもらない手で、なんとかネビルは手のひらをそっと包み、笑っているのか呻いているのか分からない顔で腕を上下に動かした。

「うん、僕も会えてうれしいよ」

「ぅぁー」

「今日は調子がいいんだね。良かった……パパにも挨拶してくるよ」

 ネビルのそっと、引き抜くように手を離して、今度はフランクのベッドに行った。オーガスタが持ってきたお土産をベッドに並べている。ネビルが子供の頃遊んでいたおもちゃだ。小さい頃好きだった、触るとピカピカ光って花や動物が飛び出してくるボール型をおもちゃを、アリスはてきとうに突っついて、ベッドの横に投げた。「おやおや、アリスったら、そういう遊び方のものではありませんよ」

 杖を振ってベッドに乗せるのを背後に見ながら、ネビルはフランクが起き上がるのを、腕を引っ張って手助けした。

 もしかしたら(ほぼ)十二歳のネビルよりも細い腕は、かんたんにポッキリいってしまいそうでこわい。腕が折れたらとっても痛いから、お癒者さんがすぐに治してくれるとしても、痛い思いはパパにしてほしくなくて、ネビルはできるだけ優しく引っ張った。

「あのね、テストで僕、トロールを取らなかったんだ……もしかしたら進級できないかもって不安だったけど……。だって、パパやママと違って、僕はスクイブすれすれだし……でも、薬草学ではAも取れたんだ!あの教科、僕すきだな……」

「……」

 フランクはぼーっと、ネビルの後ろのどこかを眺めている。ネビルは冬休みのあとから今までのことを話し続けた。

 

 突然、後ろの方でドタッという音がした。振り返るとベッドからアリスが落ちかけていた。

「ママ!」

 抱え起こそうとすると、アリスはそのままズルズル落ちて、床の上でモゾモゾした。手を差し出すと、縋り付くようにして立ち上がり、ベッドに腰かけた。

「ママも話に混ざりたかったんだね。ごめんよ、でもたくさん話したいことがあるから大丈夫だよ……」

 

 しばらくボソボソと話して、グリフィンドールの寮杯がネビルの得点で確定的になったことを話した。話していると嬉しい時の気持ちを思い出して、興奮して前のめりになったが、相変わらず聞いているのか聞いていないのか分からないフランクや、「ぁー」と呻いているアリスを見て、しおしおと絞れていった。

「あの、だから、僕学校がたのしいよ。ママとパパも、少しでもたのしいといいんだけど……」

 語尾の方が掠れて小さくなった。ネビルは俯いて肩をすぼめた。

 

「こんにちは~、ロングボトムご夫妻にお見舞いの方が来られましたよ~」

 カーテンの外から声が掛けられて、ネビルは飛び上がった。

「おや、誰かえ?」

 オーガスタが嬉しそうに背筋をピンとして、鷹のような威厳でカーテンを開いた。「まぁ、セツナ!久しいですね」

 まさか、と思ってネビルはカーテンから現れた女性を凝視した。ノースエル先生だ……。先生がなぜ?

「お久しぶりです、オーガスタ」

「オーラーを辞職したのですって?なんともったいない。あなたは有能な戦士でしたのに」

 二人の会話を、ネビルのすぐそばに居たアリスが「ぉゥ゙ーッ!」と遮ったので、ネビルは急にどこかに逃げ出したくなった。

 

「ネビル、来てたのね……。二人の時間を邪魔しちゃってごめんなさいね」

「い、いえ、でも先生なんで……」

 ネビルはハッと思い出した。ノースエル先生は元オーラーで、両親も、元オーラーだった。でも両親がこんな状態になったのは、十年……十一年も前のことだから、関わりがあるだなんて知らなかった。

「調子はどう?アリス」

 ノースエル先生は椅子に座って、アリスの手を握った。そして何も言わず母をじっと見つめたまま微笑んでいた。柔らかさに満ちた優しいまなざしに、ネビルは今、声に出さないで会話しているんだと気付いた。アリスも呻くのを辞めて、手を握られたまま、ノースエル先生の目を見返していた。

「アリスは優しい子だったわ」

 一瞬自分に話しかけられていると分からなかった。

「一年生の時から同じ部屋だったの。最初引っ込み思案で馴染めなかったわたしと、いちばん仲良くしてくれたのがアリスだったのよ」

「ママと同級生だったんですか?」

 ネビルは驚いた。ノースエル先生はニッコリした。引っ込み思案で馴染めない彼女が想像できなくて、ネビルはぽかんとした。

 

「マイペースで、のんびり屋さんで、でも誰かを傷つけることは決して言わない子だった。劣等生だったわたしに色々教えてくれたのよ」

「劣等生?」

「最初英語がうまく話せなくてね。日本からイギリスに越してきたばかりだったから」

 

 ノースエル先生がアリスにハグして、フランクのこともぎゅっと抱きしめた。

「帰るんですか?」

 来たばかりなのにゆっくり出来ないのは、もしかしたらネビルたちがいるからかもしれないと、申し訳なくなってネビルは尋ねた。

「気にしないで。休暇中はけっこう会いに来てるの。また来るわ、アリス、フランク」

「ぅあ~」

 アリスが枕の下に手を突っ込んで何かを探し、カードを掴んだ腕を前に出した。「ありがとう」丸っこい声でノースエル先生が優しく言った。カエルチョコレートのカードから、マーリンが手を振っている。

「学生時代流行ってたのよ、カード集め」

 懐かしそうな横顔だった。

 アリスはネビルの手のひらにも紙を乗せた。いつもくれるドルーブル風船ガムの包み紙だ。「ありがとう、ママ」

 ノースエル先生がクッと喉を鳴らす。笑われたのかと思って顔を上げると、ノースエル先生は唇を噛んでいた。小さく息をつくと、先生の顔にはいつも通りのやさしそうな微笑が浮かんでいた。

「いつもくれるの?」

「うん」

「アリスは覚えてるのね……。赤ちゃんの頃のネビルは、このガムをずーっと食べてたのよ。味がなくなっても飽きずに何時間も噛んでてね」

「僕の赤ちゃんの頃を知ってるんですか?」

 ネビルの頬にさっと赤みが差した。「もちろん。フランクは冷静な人だったけど、ネビルが泣くといつも癒者に連れていこうって大騒ぎだったわ」ノースエル先生がくすくす笑った。ネビルはなぜが胸が苦しくなった。

 オーガスタから両親の誇り高い姿を聞かされていて、かっこよくて憧れだったけれど、ネビルの知らない昔の日常を聞くと、目の前の虚ろな両親といきいきと過ごしていた頃の姿が繋がって、きらきらしていくような気がする。

「先生、ありがとうございます」

 小さく呟くと、髪の毛にそっと触れるように、先生がネビルの頭を軽く撫でた。

 

「家族団欒を邪魔してごめんなさいね。ネビル、ホグワーツでまたね」

 言葉が出ず、ネビルはこくこく頷いた。ママから貰った包み紙をネビルは破けないように折りたたんで、ポケットの中に大切にしまいこんだ。

 

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