また、原作準拠と言っても書籍版準拠なのでアニメ勢の方は知らない展開が挟まってると思います
私立洛楼高校に進学して数日がたったある日の昼休み、私の脳は唸りをあげていた。
今朝のあれはいったい……弟の方は困惑といった顔こそしていたものの振り払う素振りはなかった。ぎこちなさを感じはしたが相手をパーソナルスペースに入れることに互いに抵抗はなさそうだ。いやでも世間一般の姉弟はそんなものなのか? 年の離れた弟しかいない私にはわからん。いやでも義理だぞ義理。男避けがしたかったのは百も承知だがそれはそれとして何かありそうな気がしてならない。
「やあ高梨クン」
思索にふける私をチャラついた声が現実に引き戻す。
目の前に立っていたのは高身長で髪をうっすら染めたちょいチャラめな男子。
「どちら様でしたっけ」
クラスメイトだったとは思うが数日では名前も出て来ない。
「川波だ。覚えといてくれ」
「善処する」
正直あまり覚える気はないが、軽薄な奴の少ない学校ゆえ存外記憶に留まるかもしれない。もっとも早くもクラスの腫れ物と化しつつある私に話しかけてきた時点で相当希少な存在なのだが。
「それはそうとキミ、随分伊理戸さんにお熱じゃないか」
「なんのこったい」
「またまたぁ。さっきからずっと伊理戸さんを眺めて何やら考え込んでたじゃないか」
「ああ……」
しまったこのチャラ男なかなかに鋭い。半端なごまかしは利かなそうだしどう躱したものか
「それで質問なんだが、キミが見てたのはどっちの伊理戸だ?」
「……何が言いたい」
「俺の読みが正しければ、キミが見てたのは両方だ」
馬鹿な、コイツなぜそれを。
「というわけで、仮説があるなら実証するのみだ。俺の勇姿を見届けてくれ」
川波と名乗った男はニッと口角をあげて私の机を離れると教室の右前方へと踊るような足取りで向かっていった。
目指した先は出席番号1番、伊理戸水斗の席だ。
席の主に気さくに話しかけているが、その主の態度は見るからに素っ気ない。
不安を胸中に抱えながら、何気ない風で席を立って私もそちらへ向かった、次の瞬間だった。
「君みたいな軽薄そうな奴は、絶対に結女には近付かせない」
青天の霹靂が私のつむじから足までを貫いた。
息は止まり、毛という毛が逆立ち、筋肉が硬直した
え、何、姉は俺が守る宣言? 彼氏か? 彼氏か? 彼氏なのか?
そして私は気が付いた。彼らのすぐ隣に伊理戸結女が立っている事に。
否、ただ立っているだけではない。顔は朱に染まり、目は縦横無尽に泳いでいる。端的に言えばキョドリ散らかしている。
そして彼女はキョドリ散らかしたまま意味もなく手を動かし、幾何学的な挙動で席に着くと、無言のまますぐ前の席を何度も蹴り始めた。
名字が同じ義理の弟の席を。
なんだあれは。萌えキャラか? 萌えキャラだろ、萌えたわ。照れ隠しなのが見え見えだわ。まんざらでもなさそうじゃねえか。
川波君は手の速い男で私がフリーズしている間に伊理戸弟の手をガッチリと握りしめていた。そしてそれを明らかに拗ねた表情で後ろから見る伊理戸姉。
なんだ、その「人付き合いの悪いあんたに私以外に話せる人ができるなんて」とでも言いたげな表情は。
彼女か! めんどくさい彼女か! 彼女なんだな!
そして川波君に後ろを指さされた伊理戸弟はくるりと振り返ってこう言い放った。
「寂しかったか? ブラコン」
彼女はそれに今日一番の一撃で応えた。
図星だー! 完全無欠の図星だー! サンプルにしてー! 教科書に載せてー! 寂しかったんだー!
「いいものが見られたなぁ」
私の席に戻ってきた川波君は下卑た笑みを浮かべながらそう言った。
「いやはや見事な手際だったよ。お見それしたね」
出てきたのは率直な賞賛であった。
「俺もあそこまでいい反応が返ってくるとは思わなかった。俺の、否俺達の嗅覚は正しかったようだ。そうだろ? 高梨」
ああ認めよう。認めざるを得ない。
「ご明察の通りだ。君を友と呼んでもいいだろうか」
「もちろんさ。お前とならより深い領域に至れるだろう」
「改めて自己紹介しよう、高梨唯我だ。よろしく頼む」
「川波小暮だ。こちらこそよろしく」
こうして私達は固く握手を交わした。真なる友を手に入れた瞬間だった。
運命の出会いからしばらく、入学早々にして同志たる川波のみならず、彼にくっついていった結果伊理戸水斗ともまあ友人と言っていいくらいの関係を築けていた。
学年きってのコミュ強と才媛伊理戸結女の義弟を味方につけてなお、辛うじて存在することを許されているレベルの扱いな私は他に組む相手もおらず、体力テストにて三人で行動を共にする事になったのだが。
「始まるぜ伊理戸!」
「顎引け顎」
「せーの、いー」
「ギブアップ」
「そんなルールねーから!」
「諦めたって試合は終わらないんだぞ!」
はっきり言おう、高梨唯我は運動音痴である。やれ体育だ体力テストだなんて拷問以外の何ものでもない。
それでもできないなりに頑張ってきたつもりだ。
だが伊理戸弟のこの醜態はなんだろうか。
せめて努力をしてるフリくらいはできないのか。なぜ私と川波が周囲の視線の中でお前の腕を引っ張ったり背中を押したりせにゃならんのだ。どうせあんたにゃわからんのでしょうね。内申を一つたりとも取り落とせない人間の気持ちが。
そんなんで洛楼に入っちまうんだから世の中不公平だ。
はっ、つい生来の僻み根性が。
「あれ? 伊理戸は?」
「そう言えばいねーな」
そうして伊理戸弟を押したり引っ張ったりしながら各種目をこなしていった私達だが、その伊理戸弟がいつの間にやらいなくなっていた。
「まあアイツならほっといても平気だろ」
「あれで器用な奴だからな」
まあそんなわけでアイツを放っておいて二人で回る事にしたのだが。
「やっぱさ、イケメンの体操着は眼福だわ」
「ほんとそれな」
通りすがりのトイレから女子の話し声が聞こえてくる。
サボりか小休止かは知らないが、もう少し周囲に気を配った方がいいだろう。ドア付いてないから音量次第でガッツリ外まで聞こえるんだぞ。
「誰がよかった?」
「っぱ川波くんっしょ。ブレザー着てるとわかんないけど意外と筋肉ある~ってなったわ」
「いやいや、あれは見せかけの筋肉よ。もう少しマッチョになって貰わないと」
「ええ~、筋肉フェチなの?」
そしてなんたる不幸か、話を聞きつけたのはその話題の張本人である。迂闊なものだ。
「いやいいじゃん細マッチョ。川波も身長170とかあるからちょっとマッチョな位が良い塩梅だって。そんくらい筋肉付けてくれたらちょっと付き合いたいわ」
「筋肉フェチの上に面食いかよ~」
やっぱモテるんだなコイツ。
しかし筋肉フェチの子、なかなかに
男の理想型は細マッチョだ。多少顔が良かろうが伊理戸弟のようなヒョロガリはお話にならない。試しに着替えの時にアイツの腹に手を当てて少し押し込んでみたが、手のひらに腸の感触があった。あれではダメだ。
個人的にはFF7のセフィロス位が好みの体型だ。顔と正宗と裸コートが話題にあがりやすいセフィロスだが、注意して見てみるとかなり屈強な肉体をしている。だが2メートルを超える身長のおかげで、遠目にはむしろスリムな位だ。
細マッチョが良いというのは女子にも当てはまる。女子の痩せ信仰は男子の比にならない強さだ。これがいけない。
結果風でも吹けば飛ぶか折れるかしそうなウエストの女子ばかり。健康に支障が出そうな体型の女子をもてはやし、筋肉の付いた健康的な女子を敬遠するなど生物として間違っている。
そう言えば似たような事を言ってるエロゲの友人枠がいたな。まああいつは筋肉じゃなくて脂肪なのだが。やたらとヒロインを力士体型にしようと提言してくること以外は良い奴だ。
そんな事を考えていると、ふと隣から足音が聞こえない事に気が付く。
「川波? どうした」
「悪い、ちょっとトイレ行ってくるわ」
心なしか顔色が悪いような気がする。まさか女子が自分の噂をしているのを聞いたからか?
まさかとは思うが、だがしかし。
アイツはモテる。本人もある程度自覚があるだろう。自分なら女子相手にどこまでやっても許されるかをよくわかってる。だが私が見るに周囲の女子とはいずれも上辺だけの関係。深い仲になろうという気は窺えない。
恋愛ROM専を自称するように、自分が恋愛する気はさらさらないのだろう。できるのになぜしないのか。
「でも川波くんはいいんだけどさ、高梨とつるんでるのがねー」
「ああ……あいつ明らかにヤバいもんね」
「イッちゃってるよあれは」
「知ってるー? 高梨ってヤクザの愛人らしいよー!」
女子トイレの二人をこう叫んで黙らせ、男子トイレの方に耳を澄ませる。
水の流れる音が聞こえるが、これは便器の水洗ではない、洗面台だ。そして何かを洗っているような音もするが、擬音にするならバシャバシャとでもいうような音で、手を洗っているようには思われない。
私はふと自分が恋愛をするまいと決めた理由を思い返してみた。
もしかすれば、川波にも、私と同じような傷があるのかもしれない。
……詮索はよそう。
私は戻ってきた川波を何食わぬ顔で出迎えると、女子トイレから恐る恐る顔を覗かせたクラスメイトに微笑みと会釈を返してから、今し方あった事を忘れる事にした。