もう一人のカプ厨   作:立冬

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カプ厨達は尾行する 「俺達は同志なんだよ」

 〈こちら無事に合流。案の定大惨事だったんでフィッティングルームに叩き込んだ。そちらの様子は〉

 〈現状に変化なし。伊理戸姉も来てない。だが時間は潤沢じゃないからな。ヘアスタイルにこだわり過ぎるなよ〉

 〈承知した〉

 

 液晶から目を離し、視線を十数メートル先の女子に戻す。

 帽子に伊達眼鏡で人相を隠し、英字入りのオーバーサイズシャツとなんとも言えないオーラを身に纏った小学生か中学生位の女。

 計画決行当日、京都駅構内の時の灯の広場で伊理戸姉弟を待ち構える南暁月の姿である。

 

 川波の予想通り、伊理戸弟はせっかくのデートに適当な私服を着てきたらしい。事前に近くのラウンジに呼び出してきちんとした服を用意しておいた川波の慧眼が光る。そして弟を着飾る間、私が単身南の監視を務める事と相成った。

 

 しかし伊理戸弟の奴め。デートに行くというのになんて服を着てきたのやら。

 私も私服には頓着しない主義だが、今日は人のデートだというのにお洒落をしてきている。

 

 目にかかる前髪をワックスでオールバックに固めた上にキャップで抑え付け、なぜか家にあった髑髏柄のTシャツに同じくなぜか家にあったダメージジーンズを併せ、いつの間にか親が買ってきた小洒落たスニーカーを履き、仕上げにサングラスとやはりなぜか家にあった謎のメタリックなネックレスを付ければ、いつもの陰キャぶりはどこへやら。クラブでDJでもやってそうな男のできあがりだ。

 ついでにピアスでも付けてこようかとも思ったが、さすがにそんなものは家になかったし、正しく穴を空けられる自信が皆無だったのでやめておいた。

 

 お洒落というか変装ではあるが、そのおかげもあってか南はこちらに気が付く様子は全くない。

 

 しばらく眺めていると、視線の先の南が見るからに落ち着きをなくし始めた。どうやら伊理戸姉が着いたらしい。

 

 改札の方から現れたのは暖色パステルのブラウスにフリフリっとしたスカートといった出で立ちの伊理戸結女。頭にはベレー帽までのっけてる。

 

 うーんお清楚。ああいう類いの格好は二次元の女にしか似合わないと思っていたが、そうでもないらしい。

 ロングヘアを下ろせば三次元でもいけそうだ。だいたいみんなボブくらいの長さにするか、長くても後ろでまとめるからうまく合わないだけで。

 

 少しソワソワした様子で広場の方まで来るとスマホを取り出しインカメを手鏡に前髪をいじりだした。

 

 なんというか見ているだけで甘酸っぱくなってくる光景だ。南の挙動が伊理戸姉への愛おしさと伊理戸弟への嫉妬でどんどんおかしくなっていく。

 

 そしてそんな伊理戸姉に声をかけた男の姿を見て、私は吹き出すかと思った。

 

 〈おい〉

 〈川波〉

 〈さすがに狙いすぎだろ〉

 

 清涼感重視のシャツとジーンズ、これはまだいい。問題はそこにベストをあわせた事だ。

 

 〈水族館デートだろ? 〉

 〈フレンチ食いに行くんじゃねーんだぞ? 〉

 少しフォーマルすぎやしないだろうか。

 

 〈まあまあよく見てみろ、面白いもんが見れるぞ〉

 とりあえず一度川波を信じて伊理戸弟の方に目をやる。

 

 確かにそもそもの顔がいいので、正直絵にはなっているがやはり水族館では浮くのではないかという思いが否めない。

 

 しかしその時、口元を抑えて小刻みに痙攣する伊理戸姉が目に入った。

 なんだあれは。嫁入り前の娘があんな恍惚とした目つきをするもんじゃありませんよ! 

 

 そしてなんとか平静を取り戻した彼女が、弟に手を取られて歩き出した途端またときめき始めたのを見て、私はスマホにこう打ち込んだ。

 

 〈君、スタイリストの才能があるんじゃないか? 〉

 クリティカルヒットとはまさにあれの事だった。

 

 

 伊理戸姉弟を一番先に行かせ、それを少し後ろから川波と南がつけ、そして更にその後ろから私が追う。

 尾行に最低限必要なのは人員七名と車三台とどこぞの考古学者の漫画で見たが、素人相手にやるなら素人が二人でつけても問題はないらしい。

 しかし川波の奴、一旦私に伊理戸姉弟を任せて南と接触しに行ったと思ったらデートを始めやがった。

 まあ確かに遠目に見ても妙な雰囲気を纏っている南をすぐ隣に置いておきたいのはわかるんだが。

 

 そんな事がありつつも、ダブルデートプラスαはつつがなく進行していた。

 

 歩幅をあわせる、車道側を歩く、人とすれ違う時にはさっと肩を抱き寄せる。

 なんのかんの伊理戸弟はスペックは高いので、川波と私(主に川波)が事前に仕込んでおいたデートのお作法をしっかり守れている。お相手もご満悦らしい。

 

 

 向かった先は水族館。川波と私が協議した結果、混雑しすぎず、誰が行ってもそれなりに楽しめるし、照明が暗めな場所が多くてムードが出るということで決まったのだ。

 映画は趣味の違いが出る、遊園地は待ち時間を持たせられるかが未知数、史跡の類いも一瞬あがったが休日の京都の文化施設なんてまともな人間の行く所じゃないという事で即刻ボツになった。

 

 我々の見込んだとおり、水族館は適度な人入りで、しかも照明効果により伊理戸のフォーマルな服装もかなり違和感がなくなっている。やはり川波にはスタイリストの才能があるらしい。

 

 そしてその成果はきっちりと出ていた。

 伊理戸姉は事あるごとに弟を見上げて、人前でお見せできないような顔をしそうになっているのを必死で堪えていた。

 そのせいでかえって表情がキツくなっているので肝心の伊理戸はかなり気まずそうだが、端から見てる分には面白い事この上ない。

 

 〈悪い高梨、そろそろ南を抑えられん。合流してくれ〉

 しかし同行者の一人はそうは思っていなかったらしい。最初は並んで歩いているだけだった筈が、いつの間にやら手首をガッチリ掴まれている。

 〈わかった。変装を解くからあともう少しだけ頼む〉

 

 同志からの救援要請を受けて、最寄りのトイレに駆け込み、洗面台で帽子を脱いでワックスを洗い流してサングラスを外し、個室でシャツをチェックのYシャツに替え、ズボンを無地のカーゴパンツに履き替える。

 念の為に普段着をリュックに詰めてきて助かった。

 

 隠密行動が必要な事態が今回きりとは限らない可能性もあるので、手の内は明かせない。

 

 

「よう川波、待たせたな」

「おう高梨、イルカショーはどうだった」

 某蛇を意識して声をかけると、頭が生乾きの私を見た川波はそう返した。

 

「イルカならここにだってキーキーうるさいのがいるじゃねえか。イルカの方が知恵がありそうだが」

「はっ、違いねえ」

 

 結局あの後川波は伊理戸姉弟を追うのを諦め、猛る南を引っ張ってきた休憩スペースで私と合流した。

 

「え? もしかして高梨君もグルだったの……」

「そういうこった。友人の頼みを無下にするのは私の趣味じゃなくてね。おかげでいいものも見られたし」

「だろ? 俺達は同志なんだよ。そういうわけで高梨、ちょっとトイレ行ってくるからそいつを頼んだ」

「へいへい」

 

 朝から伊理戸を待ち構えて、南をとっ捕まえて張り付いてとなかなかにシビアなスケジュールで動いていた川波。トイレ休憩も取れていなかっただろう。

 

 

「ねえ高梨君、私が逃げようとしたらどうする?」

 そして川波が見えなくなるや南が揺さぶりをかけてくる

 

「実力行使で止める」

「じゃあ私がその時に悲鳴を上げたら?」

「通行人に取り押さえられる前にお前の脚を折る」

「わー怖ーい」

 いつも通りのふざけたノリだが、苛立ちが隠しきれていない。

 

「なあ南、私は今朝体重を量ってきたんだ。72キロだった。私の身長は鯖を読んで165なのに」

「えーでも太ってるようには見えないよ」

「つまり私とお前の身長は20センチも差がないのに、体重には少なく見積もっても30キロ、下手すれば40キロ近い差がある事になる。肉弾戦においてこの質量差は覆せない差になる。お前に武道の心得があれば話は別だが、そうでない場合今度はお前が病院のお世話になる。川波が見舞いに来てくれるといいな」

 

 南の表情が崩れた。アドリブでよくやったぞ私。

 

「そう言えばお前ちゃんと川波のお見舞いには行ったのか? 私が川波なら来ても門前払いにするところだがそこんところどうだったんだ? 後学の為に聞かせてくれ」

「アイツ……喋ったの?」

「断片的にな。しかしこれであの可哀想な彼氏くんの正体が川波小暮ということが確定した。いやー納得納得」

「……アンタに私たちの何がわかるの?」

「すまんな、外野からあれこれ言って。彼氏の心中を知らずに病院送りにした人が言うと説得力が違う」

「……」

 黙り込んでこちらを睨みつける南。いつもの頭ゆるふわぶりはどこへやら。

 面白いしもうひと押ししてみよう。

 

「そう怒るなよ。川波に寛容さを分けて貰わなかったのか?」

「寛容?」

「ああ。今回の件をアイツから相談された時私はこう進言したぜ、不法侵入で警察に届け出ろってな。だが川波をそれを退けてこんなに回りくどい手を使った。アイツは未だにお前の良心を信じているらしい」

「アイツ……」

 ハッと表情を曇らせる。浮かんだのは困惑か後悔か。

 ビンゴ。南も南でまだ川波に未練があるし、後悔もしているらしい。

 反省したとの川波の言の通りだ。

 

「ただ、私に言わせれば川波のあれは優しさと言うより甘さだ。女々しいとでも言うべきか。寛容さは美点ではあるがあそこまで行くとな、やれやれ、困った奴だ」

「……」

 そうだ南。私がしたり顔で川波の理解者面をしようとお前には口を差し挟む余地も権利もありはしないんだ。

 お前はもう川波の恋人でもなんでもないし、幼馴染と名乗る事すらできない。

 

「あ……南、どうしたそんな顔して!」

 それなのになぜ。

 

「落ち着け、一旦落ち着けって、な?」

 なぜ君はこの女をいの一番に心配する? 

 

「高梨、コイツに何したんだ」

「何をしたって……口論?」

 なぜこの女の為に怒る? 

 

「悪い、先帰っててくれないか? コイツは俺が見てるから」

「ああ、頼む。それじゃまた明日」

 

 南暁月、なぜお前はそこに居続ける。

 

 いやわかってる。

 幼馴染だから。家族のようなものだから。

 たとえ関係が拗れようとも、今更離れられない。いなくなるなんて考えられない。

 

 わかってる、理解してる。でも納得はできそうにない。

 

 

 

 

「ごめんね高梨君。昨日はついカッとなっちゃって」

 ダブルデート+αの翌日の学校、いつも通りに人を憎んだ事なんてありませんとでも言いたげな面をした南が謝罪にくる。

 心にもないという訳ではなさそうだが、許した訳でもないのは見て取れる。川波の顔を立てただけだ。

 

「気にするな。こっちこそ大人げなかった。すまなかった」

 だからこちらも川波の顔を立てて謝罪を返す。

 正直私にも反省するところがないではない。だが喉元には鬱屈とした感情がつっかえている。

 

 南はそれだけ聞くと、あらかじめ図書室に行かせておいた伊理戸弟と話をつけに行った。

 

「なあメンヘラホイホイ、これで一件落着と思っていいのか?」

「アイツひとりでホイホイ扱いかよ。昨日のがだいぶこたえたらしくてな、しばらくはちょっかいかけようなんて思わんだろうさ。保証する」

 川波から返ってきたのは頼もしい答え。

 

「しかしお前よお、いったいアイツに何言ったんだ。目の前で伊理戸と伊理戸さんのデート見せつけられて情緒不安定だったとは言え、アイツが外であんなに怒るのなんて見た事ねえぞ」

「南が脅しをかけてきたもんでやり返したらそのまま売り言葉に買い言葉でな。まあなんというか、大人げなかったな、互いに」

「仲良くやれとは言わないがあんまりいじめすぎないでくれよ」

「わかってる」

 

 かくしていちゃラブデート作戦は伊理戸弟の勝利、そして私の敗北に終わった。

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