席替えを通告された日の昼休みの教室、普段よりも心なしか高揚した雰囲気の中で、中々に珍しい現象が起きていた。
「よう友よ。相変わらず人を待とうとしねー奴だな」
「よしてやれ川波。我々陰キャには友人と一緒にランチをする習慣がないんだ」
川波は菓子パンとリプトンを、私は水筒と弁当ジャーをそれぞれ携えて向かったのは伊理戸弟の席、そして彼の背後には伊理戸姉。
そう、伊理戸姉弟が揃って教室で昼食をとっているのである。同じ場所で同じ中身の弁当を食べている事に気恥ずかしさがあるのか、普段は場所を別れるのが常なのだが。
「今日も豪勢なこった。これが伊理戸さんの弁当か……」
「やめろ、その興味の示し方」
「んじゃ、今日もご相伴にあずからせてもらうとするぜ」
「ああ。いつも僕のだけボリュームが1.5倍くらいなんだよな……」
「男子高校生は全員大喰らいだと思ってんだろ。たとえあんたみたいなひょろひょろの文学少年でも」
「まあ確かに実際に一から育ててみないと分量はわからんかもな」
「かと言って残すのもな」
「まあ気を遣うわな。オレは母親が増えたことはねーからわからんけど」
「一応は家族なんだからお互い気を遣いすぎるのもと思わんでもないがやっぱり難しいわな」
十中八九もとからデキてた子供達と違い、親子間はうまくいってないとは言わずとも気を遣う間柄らしい。
そんな訳で胃袋に余裕がある川波が一部分けて貰っているわけなのだが。
「綺麗に空になった弁当箱を見て、きっと伊理戸さんも見直すだろうぜ。『ああ見えてやっぱり男の子なのね』ってな。その助けになるんなら、一合だろうが二合だろうが喜んで食い尽くしてやるぜ」
「それはどうもありがとう。本人が真後ろにいる状況でさえなかったらもっとありがたかったな」
「それに川波よ。最近は大食い属性は女の子につくものなんだぜ」
背後から伊理戸姉が弟の首筋を睨みつける。
川波のジョークをいなしただけでしょうが、勘弁してあげなさい。
「ゆーめちゃんっ! お昼たーべよっ」
うわ出た。
伊理戸姉ガチ恋勢なのに伊理戸姉弟のいちゃラブデートをキメた結果脳が破壊された南暁月だが、なおも伊理戸姉にひっついている。
「ええ。……他のみんなは?」
「なんかね、部活の用事があるんだってさ。やー、ヤバいよねー。まだ部活決めてないよ、あたし。結女ちゃんは?」
「私も……入るかどうかすら、まだ」
「二人でいろいろ見学行ったでしょ? でもいまいちピンと来なくてさー。ゴールデンウィーク跨いだら入りにくくなっちゃうよね。どうしよっかなぁ」
いつの間に二人でそんな事を。本当に反省してるのかアイツ。
「よお、義理の弟。顔つきがちょっと怖いぜ」
「兄だ」
「顔つきについては否定しないのな」
お兄ちゃんもやはり内心穏やかではないらしい。
「とにかく、今日のお昼は二人きりだねっ、結女ちゃん! どうするー? ひと気のないとこ行っちゃう?」
うわマウント取りにきやがったあの女。やっぱり反省してねーんじゃねーの。
だがそれを捨て置く我々ではない。
川波がさっと視線を寄越したので小さく首肯して返す
「なんだ南、今日は二人だけかよ」
よしまずは機先を制した。
「だったらオレたちと一緒に喰おうぜ? この席配置も今日で終わりなんだしよ、たまには合コンと洒落込むのもいいじゃねーか」
さすが陽キャ。ナンパ紛いの真似はお手のものだ。
「……ええ~? 川波、この機会に結女ちゃんにお近づきになろうとか思ってない? キモいんですけど~」
「いやいや、そこんとこは安心してくれていいって。オレ、恋愛はROM専だから」
陰キャ男子には切り札となるキモいんですけども当然のように躱す。
「ろむせん? なにそれ?」
「リードオンリーメンバー。見てるだけってこと。結局それが一番楽しいわけよ」
「……ふう~ん? 要するにデバガメだ」
「カプ厨とも言うな」
「カプ厨言うな」
私も流れに乗っかるが南はこちらに目線すら寄越さない。完全にないものと扱っている。
「信用できないなあ~。だって川波だし」
「川波くん、何か前科でもあるの?」
「聞いてよ結女ちゃんっ! こいつさあ、中学のときに──」
「待った待った待った! オレの話はいいって!」
「黙っててほしければ軽々しく乙女の花園に入ってこようとしないことだねっ!」
ここで南が切り札を切った。
途端に苦い顔をする川波。抵抗する術があるとすれば切り札を切り返すこと。
いや、ダメだ。私と伊理戸は既に南の過去について聞いているのを奴は知ってる。
さあどうする川波。私を完全に無視してきている以上この場を打開できるのはお前だけだ。
「……わかった。この機会に親睦を深めようぜ。弁当を食いながらお互いの中学時代の話でもしようじゃねーか」
「「「「…………!?」」」」
や、やりやがった。特大の爆弾を放り込みやがった。
「え、ええ~……? 中学時代の話? ……あたしはいいけど、結女ちゃんが……」
「い、いえ、私も別に構わないけれど、そこの弟が……」
「いや、別に、僕も……面白いことは何もないけど……」
爆弾発言に渋い顔をし始める三人。しかし誰も自分から断ろうとはしない。
川波の思惑通り、場の話題は「一緒に昼食をとるか」ではなく「その際に何の話をするか」にすり替わった。
「そうか! だったら中学時代の話はしなくていいから、普通にメシ食おうぜ!」
ここで川波が仕上げの一言
「まあ、それなら……」
「よし、決まりな!」
伊理戸弟と南は気づいたような素振りを見せたが、謀略慣れしていないのか伊理戸姉がついそう呟いてしまった。
そして言質を取った川波は慣れた手つきで近場の席をくっつけ始める。
そして私がいの一番にお誕生日席を抑えた為、残る四人は伊理戸姉と川波、南と伊理戸弟という組み合わせでそれぞれ向かい合う事となった。
「なんだか不思議だねっ。伊理戸くんと向かい合ってお昼食べるなんてさっ」
「ああ……まあ……」
一時は求婚云々などという事になっていた二人だが、全力で何もなかったふりをしている。
だが、その結果伊理戸弟が陰キャ丸出しの応答をしたのが気に障ったのか、伊理戸姉が不機嫌そうな顔でスマホをいじり始めた。
そしてすぐに伊理戸弟も手元に目を落とす。目の前の相手とメッセでやり取りするとは、これが現代っ子か。あ、これは弟がやり返したな。
「オレらと伊理戸さんはあんま絡んだことなかったっけ?」
反論をしたそうな伊理戸姉だが、川波の質問に遮られる。
「えっ? あ、ああ……そうね……言われてみれば、そうかしら」
「結女ちゃんにこんなケーハク男近付かせるかってのっ! 今日は特別だからね川波っ!」
「へいへい。おこぼれにあずからせていただきやす」
「ご相伴にあずからせていただきます」
やはり南はさも当然のように私をハブっている。
「そういや前から聞いてみたかったんだけどさ、伊理戸さんって家でどう過ごしてんの?」
「あ」
伊理戸姉が再びスマホに目を落とそうとしたタイミングですかさず川波が援護射撃。
「……あー、えっと。家でどう過ごしてるか? って?」
「いや、休みの日とかさ……」
「うーわ、最悪だよコイツ~っ! 普通、大して仲良くもない女の子にそんなこといきなり聞くぅ?」
「川波が気になってるのは伊理戸さんだけじゃなくて弟、水斗も含めての事じゃねえの」
「そうそれ、やらしい意味はねえっつの。ほら、この超草食系とはいえ、男と一つ屋根の下なわけだろ? 気になるじゃねーの。普段どうやって過ごしてるか」
「まあねー。あたしも前に伊理戸くんに聞いたし」
「オレらも男視点の話は聞いたことあんだけど、女視点のほうがさあ。気を付けることもそっちのほうが多そうじゃん?」
「それは、まあ、そうね……。特にこの男──彼は、休みの日もほとんど外に出ないし」
「ろくにリラックスもできないんじゃねーの?」
「自分の部屋以外では、できるだけ気を抜かないようにしてるわね。それで案外、平和にやっていけるものよ」
「へぇ~ 実際はそんなもんなのか。漫画だとすぐ風呂場で鉢合わせたりすんだけどな」
「ラブコメの読み過ぎだろ」
「漫画と現実を一緒にすんなバーカっ!」
南さん同じようなツッコミを今しがた私がしたんですが……
「誰がバカだうるせーバカ。……よお、伊理戸。こいつはこんなこと言ってっけど、漫画的イベントに遭遇したこと、マジでねーわけ?」
「ないな。風呂場だのトイレだのは一番初めに取り決めを徹底した」
まあそうだろうな。その手の漫画的イベントは大抵ノックを怠った結果発生するものだ。
二人ともそのあたりに気を配れるので、実際中々そういう事態は発生しないだろう。
「──―あっ!!」
突然伊理戸弟が大声をあげる。
「なんだ? どうした?」
「珍しいなそんな大声出して」
「午後の授業の教科書忘れちゃった?」
「い、いや……ごめん。なんでもない。勘違いみたいだ」
なんでもないわけはなかろう。伊理戸姉の方を一瞬窺ったしそっち絡みだろうか。
「そういや伊理戸家以外は兄弟とかっているのか? うちは弟が一人いるが」
「へー。俺は一人っ子だが、高梨が兄貴ってのはなんか意外だな」
「兄弟ってより一人っ子が二人いる感じとはよく言われる。南は?」
「うちも一人っ子」
流石に名指しで話しかけられてシカトを貫くのは伊理戸姉あたりの心象に差し障ると判断したのか最低限の答えを返してきた。
「弟ねぇ……やっぱり喧嘩とかってしたりするの? 男の子同士だし」
やはりつい最近弟ができた人は気になるものらしい。明らかにデキてるだろお前らって距離感ではあるが、新たな環境での距離感を掴みかねている節もある
「喧嘩か、正直ない。いや昔揉めることはあったんだが喧嘩と言うか私が適当に弟をあしらってる感じだったから……」
「そういうものなの?」
「うちは五歳差あるからな。小さい頃の五歳は絶対的な差なんだよ。取っ組み合っても全く相手にならない、本気になると洒落にならない事になりかねなかったんだよ。今となっちゃあいつに身長を抜かれたりしてるが、その頃にはもう喧嘩なんてしなくなった」
「テレビを奪い合ったりゲームを奪い合ったりしないのか?」
「テレビはもうテレビで見る事はないし、ゲームも私はもっぱらPCでやってるからテレビを奪い合う事はない。互いに干渉しないんでそもそもそんなに接点がない」
我が家の兄弟事情を聞いた一人っ子達が目を丸くする。
「まあうちはだいぶ特殊な方だと思うけどな。でも兄弟は兄弟としてやってくしかないから、時間をかければうまいところに落ち着くと思うぜ。二人とも大人な性格なんだし。参考になったか?」
「ええ、ありがとう」
さて一方でその伊理戸弟はどこかうわの空だ。いつもの調子ならなにか皮肉の一つでも言ってそうなものなのだが。
やはり何か気にかかっているのか。
しかし結局察しがつかないまま、当たり障りのない会話を続けて、昼食会は幕とあいなった。
そして午後の授業をやり過ごしHRでの席替え。
いやはや、偶然だか必然だかはわからないが世の中不思議なもので。
新たに隣席となった女子に儀礼的に私と隣り合ったお悔やみを申し上げ、右斜め後ろへ向かう。
「おいおい伊理戸きょうだい、また前後かよ! 奇跡か!」
「うっひゃあ……起こるんだね、こういうこと」
「誰か乱数調整でもしたのか? それともお祈りが通じたのか?」
伊理戸姉弟は位置が入れ替わる形でまた前後の席となっていた。カプ厨としてはこの上ない美味しい展開だ。
運命とはげに恐ろしきかな。