ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし   作:しゃくなげ

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雑話、ランクアップ

「おう、お待ちどお」

 

 静かに告げる店主の声には、相変わらず低い独特の渋さがあった。見上げるほどに大柄なアイルーは、ことりと小さな音を立て、カウンターに次々と小皿を並べていく。

 

 ひと口サイズの小鉢を四点と、以前食べてからお気に入りとなった深層シメジのバターソテー。いわゆる、シェフの気まぐれ前菜コースである。

 

「ここんとこ、景気がいいじゃねえか」

 

「まあ、はい。仕事のたびの出費が減って、安定したのがあるのかな」

 

「そいつは、いいこった」

 

 口数こそ少ないが、店主の声は少女にとって、どこか優しく聞こえる。アルバイトの店員たちも長く勤めているところからして、面倒見のよさがにじみ出ているのかもしれない。

 

「いただきます」

 

 少女がぽそりとつぶやく声が一度、あとはそれきり。昼下がりの食堂は静かなもので、職人たちの一団が各々の仕事場に戻ったあとは、店内はがらんと静まり返っている。

 

 ドンドルマの食堂にはハンターが通い詰めて一日中の大賑わいだなんて思われがちだが、実のところそうでもない。この街のハンターたちは個人でアイルーを雇っていて、食事は自宅で、ということが多い。

 

 だから、こうした食堂ではタイミング次第で貸切のような静かさを料理と一緒に堪能できる。その、どこかさびしくも思える時間が、少女は好きなのだ。

 

 ぽきぽきとしたきのこの食感を少女が楽しんでいると、不意に、小皿がひとつ目の前に置かれた。器の中で湯気を立てているのは、シモフリトマトと角竜のハツを煮込んだこの店の名物料理だ。

 

「……頼んでないし、そこまで金銭的な余裕もないです」

 

「俺のおごりだ、ランクアップの記念にな」

 

 ハンターと同じじゃないが、稼げるようになったってのはそういうことだろ。店主はそう付け加えて、夜の仕込みを再開する。

 

 ほんのわずかな、無言の間。少女は言葉に詰まっていた。自分の実力が足りているとは思っていなかったから、こんな形でほめられるだなんて予想外だったのだ。

 

「あの、えっと……、ありがと、ございます」

 

「おう、いいってことよ」

 

 会話はそれきりだったが、十分だった。さまざまな職人を相手にしている店主が、ほめてくれた。照れくさいものの、少女の喜びは大きい。気を抜くと叫びたくなる衝動をこらえながら、少女は冷めないうちにと角竜のハツを口に運ぶ。

 

 濃厚でとろみがある熱々のスープは、竜の骨髄や希少な虫をじっくりと煮出していることもあって、旨味のかたまりだ。普段であればその味わいをじっくりと堪能するのだが、そんな少女も今日ばかりはそわそわと落ち着きがない。

 

(ランクアップか、へへ……そう言われると、ハンターみたいだ……)

 

 ハンターには、等級のようなものがあることは知っていた。

 

 狩人としての経験だとか、狩猟した獲物の数だとか、そういう内情を加味した上でハンターズ・ギルドによって定められている、らしい。その、ギルドが定めた等級が上昇することを、ランクアップと呼ぶのだ。

 

 少女が知っているのはそのくらいで、大抵は誰でも知っている話だろう。とにかく。ハンターというものは、そうした制度で等級が定められていて、実力によって受けられる依頼が変わる。なるほど、仕事の目標を定めるには、悪くない考えかもしれない。

 

(問題は、自分でランクアップの基準を決められないことだな……どこまでやれたら、次のランクになるか、か……しかしこれ、噛めば噛むほど肉汁が出て……)

 

 筋肉質な角竜の心臓は、時間をかけて煮込まれているものだから、とろとろに柔らかい。小さな口でも、みっしりと詰まった筋繊維をさくりと噛み切れて、奥歯ですり潰すと肉汁の混じったスープがたっぷりとあふれてくる。

 

 美味に流れてしまいそうになる中でも、少女はあれこれと思考をめぐらせる。

 

 自分で線を引くことができる段階ではなくとも、考えることは止めずにいたい。なにをどうすればランクアップに至るのか、今より上にいけるのか。そういう意識がいつの間にか芽生えていたことに、少女自身はまだ気づいてはいないのだが。

 

(やっぱり、行ける狩猟場は重要だよな……今の装備だと、火山帯とかはまだ、危ないし……おお、シモフリトマト、甘い……野菜みたいに感じるけど、果実なんだな、やっぱり……)

 

 心の張りを保つのは、どんな職種であっても難しい。だから、こうして目に見えるような目標を立てることは大切なのだ。

 

 少女も誰かに教わったわけではないが、本能的、あるいは直感的に理解している。今のランクアップで満足すると、そこから先にはいけなくなると。だから、次の目標を求めるのだ。

 

 ハンターたちも、道半ばで気概を失うものだって存在する。活計を立てるだけであれば、頂点に昇り詰める必要はないのだ。そこそこに裕福な暮らしをできるようになれば、あとはだらだらと過ごすものだって多い。

 

 少女がそれを知るのはまだ先の話だが、今も世界のどこかでは、確かに存在しているのだ。むしろ、ありふれているといっても間違いではないだろう。

 

「……あの」

 

「おう、どうした」

 

 少女は、言葉を考える。

 

 聞きたいことは感覚的なものでしかなくて、言語化するのに時間がかかる。そのわずかな間が、まだ伝えていなかった言葉を少女に思い出させる。

 

「すごく、おいしい」

 

 店主の顔は、もふりとした毛並みに覆われていて、それでもどこか得意げなものに感じられる。言葉少ない感想であっても、少女の性分を昔から知っている店主にとっては十分なものであったようだ。

 

「おう、そいつはよかった。……うちの店でいうと、そいつがG級だな」

 

「……G級?」

 

 聞き慣れない言葉に、少女は聞き返すほかにない。ただ、なんとなく。自分が聞きたかったなにかの一端だろうと感じられた。

 

「おう、ハンターの言葉だけどな。どこのギルドでもあるのさ、頂点ってやつだ。ドンドルマにだって、あるぜ」

 

 へえと、感心したような少女の声。店主は包丁を研ぎながら、静かな声で語り始める。あまりに遠くて届かないような、はるかな頂きのうわさ話を。

 

「普通のハンターと、一流のハンター。そこから上に、もっと腕の立つ連中。その、さらに上だな。ドンドルマのギルドには、五つの席があるそうだ」

 

「めずらしいね、ハンターは五人を嫌うのに」

 

「ひとつは空席だってうわさを聞いたな、ドンドルマのG級は四人らしい。なんだったかな……巨竜人の領主だとか、舌のない国王だとか、折れない不死人に……」

 

 指折り店主が挙げる名前は、おとぎ話の登場人物のような仰々しい通り名ばかりだ。最後のひとり、嵐を鎮めた男を含めて、全部で四人の頂点らしい。

 

「とにかく、そういうやつらがギルドにいるんだそうだ。誰にも、ハンターにもどうしようもない、そういうときに初めて動くんだと」

 

「なんか、昔、そういう本を読んだかも。その、四人の名前が、ちょっと違ってるけど」

 

「おう、寿命なんかで代替わりするらしいからな、そういうのもあるんだろ。まあ、G級ってのはそういう、とにかく一番上のやつってことだそうだ。昔の言葉だからよ、最近じゃ言わねえんだろうけどな」

 

 ふうんとあいまいな声を返事にしながら、少女は器の中身を改めて見つめる。今の自分がそこを目指すには、まだ少し、いやかなり遠すぎる。そう理解しながらも、ほんの少し、楽しい気持ちになっていた。

 

「私の仕事のG級って、どんなだろ」

 

「さあな、想像もつかん。ハンターのそれだって、俺にゃあ想像もできねえからな」

 

「わからんのかよう。……でも、うん、そういう目標とか、悪くないかも」

 

「おう、そうかい」

 

 遠くに、ずっとかなたにある目標だとしても。そこを目指すために、なにをすればいいのかを考えることはできる。大きな目標に向けての、小さな目標を積み重ねて考えていけるはずだ。

 

 考え方の道筋を見つけて、少女はひとり、ほほえんだ。まだ、なにができるのか、なにを考えればいいのかもわからない。言葉だけのあやふやな目標だが、それでも少しだけ、前進できた気がしている。

 

「よし、今日もがんばれそう。ごちそうさま」

 

「おう、まいどあり」

 

 ごちそうさまと、まいどあり。いつもと変わらない、少女と店主のやりとりだ。店を出ると、少し穏やかになった陽射しが心地いい。吹き抜けていく風は、以前よりも冷えている気がする。

 

 店への帰り道はひと気が少なくて、それが逆に一日の、仕事の始まりを感じさせる。今日の夜には、ポポの引く荷車に揺られて寒冷群島を目指すのだ。

 

(まずは、火山帯に行けるように装備を整えよう。それから、足りないものを買い足して……いろいろ、新調するのもいいかな……)

 

 歩きながらも、少女は思う。今回の仕事でまたきっと、自分に足りないところが見えるだろうと。足りないものを買い足して、また少しだけ、今より高いところへ昇っていこうと。

 

 このあと、少女は氷雪に埋め尽くされたかの地でとある大騒動に見舞われるわけだが、それもまた、別のおはなし──

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