ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし   作:しゃくなげ

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雑話、ハンターの身体

 夜が来た。目に映るなにもかもが暗闇と澄んだ空気に包まれる、静謐な夜だ。

 

 空を仰げば月は白く、星を散りばめた濃藍が地平線のかなたまで広がっている。視界を遮るものは、なにもない。自分の存在が薄れてしまうような、吸い込まれるように高い空。雲ひとつない砂原の夜は、どこか冷えた空気が漂っている。

 

 くらりとめまいがして、少女は足元を確かめるように視線を下ろした。高台の上で空を仰ぐと、ときおり、この浮遊感めいたなにかでひざが笑う。そういうときは慌てずに、自分の足元を見下ろしてやるのだ。

 

 ゆっくりと、肺の中身を絞り出すように白い息を吐き出す。砂原や砂漠は灼熱の太陽と焼けた熱砂の印象が強い一方で、夜中はことのほか、冷えるのだ。

 

 空気が乾燥しているせいで水蒸気による保温効果が得られないことが寒さの原因なのだが、少女はそれらの原理までは知らない。ただ、こうした土地の夜は冷えるという先人の知恵をもとに、万全の準備をしてきただけである。

 

「マフモフ装備、あったけー……」

 

 雪山であっても寒冷群島であっても、これを着込んでいるだけで体感温度に関してはひとつの障害もない。いかに冷えようと大地が凍りつくほどではない砂原ならば、家の中でくつろいでいるかのような暖かさを感じられた。

 

 夜間の行動に、問題はなし。背負った鞄の重さを確かめながら、冷えきった砂を踏み締めて歩く。とことこと背後をついてくるアイルーは、周囲のにおいを確かめるように鼻を鳴らしている。

 

「ニャ。ご主人、さむくニャい?」

 

「うん、平気。寒くないからって、暑すぎもしないよ。こんなに快適なら、もっと早く買っておけばよかった……」

 

 ひとりと一匹、とぼとぼ歩く影はふたつ。月の砂漠を目指すように、砂原の地を北へと向かう。足音を追いかけるようにして、じりじりとなにかの鳴き声が、暗闇の奥から聞こえてくる。

 

 ただ、怖くはなかった。なにかの声は、生物の気配だ。自然の中にあるものは、生命を感じさせてくれる。むしろ、一切合切が消え果てた、無音の夜の方がずっと恐ろしい。

 

 油断をしているつもりはない。自然の恐ろしさは、少女だってよく知っている。その上でなお、肉食の竜でさえも、過度に恐怖して怯えるようなことがなくなっただけだ。

 

 全ての生命が死に果てた、あの夜よりは怖くない。近寄りすぎなければいいだけの話で、きちんと自分の立ち位置を見極めて、音を立てずに歩くだけ。火竜のつがいの巣でさえもケルビが闊歩しているのだから、それと同じことなのだ。

 

(……まあ、危ないときは危ないんだけどさ)

 

 最後にひとつ、自らの意識が弛まぬようにくさびを打って、地図に視線を落とす。そんな少女の背中を追い越すようにして、金属鎧に身を包んだハンターがわずかな斜面を重心移動だけで巧みに滑り降りていった。

 

「それじゃ、先に見回っておくから!」

 

 かけられた若々しい声は落雷のように大きくて、静かな夜によく響く。兜の下からでもくぐもることさえなく、肺活量や声量の違いを見せつけるようだ。

 

 全身を覆う合金製の防具は、駆け出しハンターにとっては手頃な品だと聞く。小柄な少女にとっては兜ひとつ持ち上げるのも苦労しそうで、あんなものを着込んで軽快に走り回るハンターというものは、やはり別世界の住人なのだろうと思わざるを得ない光景であった。

 

「それぇい!」

 

 元気いっぱいに、楽しげに。叫び声をひとつあげると、滑走の勢いを殺さずにハンターがふわりと飛び上がる。

 

 彼はそのまま、五階建ての建物がすっぽりと収まってしまいそうな谷底へ、真っ直ぐに落ちていった。衝撃を逃したのだろう、着地と同時に地面を転がって、そのまま平然と駆けていくのがずっと下の方で見えた。

 

(……まさに、超人だ)

 

 ハンターのまねなんて、少女にできるはずもない。翔蟲を空へと投げ放ち、ぶら下がるようにして、ゆっくりと谷底へ向かうのがせいぜいだ。

 

 事前の打ち合わせ通りに、彼の進んだ道筋を少女が歩く。ただ、これほどまでに機動力の差を感じるとは思わなかったのが誤算だった。足を引っ張ってしまうようで、なんだか少し、居心地が悪い。

 

 世界を見渡せばあちこちにハンターがあふれているように見えるが、実際のところ、ハンターになれる人間は限られている。ハンターズ・ギルドが認める最初の条件が、当人の身体の頑強さにある。

 

 何度か間近で目の当たりにしたがゆえの経験則だが、少女のような一般人とハンターでは、身体の造りからして違うように感じる。一番最初に感じる差といえば、身が詰まっている、というのか。筋肉の質感が、まるで異なっている。

 

 実際に測ってみれば、ハンターは全体的に、重たいらしい。筋肉の密度だとか、骨の密度だとか、そういうものが根底から違うのだという。食堂で盛り上がっていた学者の受け売りだから、その信憑性まではわからないのが現実であるが。

 

(ああいうの見てると、本当に思えるよな……)

 

 少女はどことなく、学者たちの言葉に真実味があることを、重たい防具と狩猟道具を携えて駆け回るハンターの姿から感じ取っていた。

 

「おーい、こっちこっち!」

 

 谷底へ到着したのを見計らったように、ハンターが手を振り少女を呼び寄せる。近付いてみれば、最初に感じるのは血のにおい。彼はといえば、討伐された狗竜の群れから、慣れた手つきで皮や鱗を剥ぎ取っていた。

 

「念のため、ね。血を見るのが苦手なら、離れているといいよ」

 

「大丈夫、です。……どうも」

 

 ナイフを握るハンターの動きは、どこに刃を入れると簡単に解体できるのか熟知しているようになめらかだ。遺体を損壊することもなく、取り分は必要最低限。こうして素材を剥ぎ取る行為は、彼ら彼女らなりの、敬意と供養の意味もあると聞く。

 

 ゆえに、ハンターはしとめた獲物はひとつも余さず、平等に刃を突き立てる。もちろん、少女の雇った若きハンターも例外ではなかった。経験は浅いと聞いたが、彼の手技は熟練の職人めいた鮮やかなものであった。

 

(身体も頑丈だし、手先も器用なのか……)

 

「それじゃ、先に行くよ。君は君のペースでついてきて。俺が見えないところでなにかあったときは」

 

「閃光玉を投げる」

 

「そう!」

 

 素材を切り出したハンターは、少女にはよくわからないポーズを披露して、風のように駆けていく。がしゃがしゃと鎧の金属が擦れる音を立てながら、砂漠を目指し駆けていく。

 

(……元気だ、すげえ)

 

 疾走と戦闘、そこからの再スタートまで、ハンターはひと息も置かない。少女がいなければ、もっと早く動き出していたに違いなかった。

 

「ご主人、ご主人」

 

「ん……そうだね、行こっか」

 

 あっけに取られていた少女は、袖を引かれて我に帰る。相棒のアイルーは元来のんびりしているからか、ハンターの身体能力におどろいた様子もない。動かなくなった狗竜の死体をながめているだけだ。

 

「触っちゃダメだよ」

 

「ニャ!」

 

 元気なのは、こっちも同じか。少女のつぶやきに、アイルーはふしぎそうに小首をかしげる仕草を見せた。

 

 

 

 ハンターが土砂竜のねぐらとなっている泥沼へと向かってから、二分ほどの間を置いて。怒りというものを感じさせる力強い咆哮に、少女が思わず耳を塞いだのが、まさに今の瞬間であった。

 

 耳をつんざく、というのはこのことだろう。離れていてもとっさに耳を塞いでいたのだ、間近で聞いていたら鼓膜が破れていたと思い、少女はぞくりとした寒気に身を震わせる。

 

「声、でけー……」

 

 つぶやきをもらしたのは、耳がおかしくなっていないことを確かめるためだ。きちんといつも通りに自分の声が聞こえて、少女は胸をなでおろした。

 

 警笛のような聞き覚えのない音が、風に乗って流れてくる。向こうでは、ハンターと土砂竜が戦っているのだろう。衝撃のせいなのか、大地が小さく揺れているのを少女は靴底に感じていた。

 

「……高台、登っておこうか」

 

「ニャ!」

 

 大柄な体躯の竜種が登りにくいであろう、足場の悪そうな大岩を見上げて、少女は翔蟲を投げ放つ。濃藍の空に銀の糸が線を引いて、小さな身体を引っ張り上げた。

 

 強烈な加速感と、一瞬の浮遊感。中空の翔蟲にぶら下がりながら、足下の光景に視線を向ける。

 

「あそこだ」

 

「ニャ、たたかうはんたー!」

 

 指先ほどの小ささであっても、確かに見える。にらみあうハンターと、大地を踏み締めて威嚇する土砂竜の姿が。

 

 戦いの様子は離れていることもあって、はっきりと見えない。だからといって近くにいても、きっと、見えないだろう。

 

 少女はかつて一度だけ、ハンターの戦いを間近で見たことがある。見たことがあるといっても、その動きはあまりに速くて、なにが起こっているのかなんてまるでわかる気がしなかった。

 

 駆ける土砂竜と、立ち向かうハンター。握った剣が甲殻を裂き、ときに弾かれ、咄嗟の一撃を盾で防ぐ。そういう流れを見て取れるのは、目が慣れたからなのか、それとも離れているからなのか。

 

 なにかが起こって、左右の剣と盾がひとつのかたまりとしてつながった。ハンターの雄叫びは、風に乗って聞こえてくる。遠目に見て、少女にも初めて理解ができた。あの、あれは、大斧だろう。

 

「……すげー、がしょがしょしてる」

 

 我ながらばかみたいな感想だと、口にしていて少女も気恥ずかしくなる。とはいえそうとしか表現できないのだから、仕方がないと開き直って見つめていた。

 

 斧を担ぐハンターが渾身の一撃を放つ、少し前。先ほど聞いた、警笛のような音が土砂竜の頭から響く。ぶあつい装甲となっている頭殻を低く構えて、土砂竜はほんの一瞬、動きを止めた。

 

「あ、やばい」

 

 直感、的中。たぶんきっと、今の言葉は、あっちのハンターもつぶやいたに違いない。太い二脚が地を蹴って、巨体は弾丸のように走り出す。

 

 ハンターが振り下ろすのが先か、土砂竜がかち上げるのが先か。固唾を飲んで見守る少女の視界に、上空へと飛ばされるハンターの姿が映り込んでいた。放物線を描いて、彼の身体はそのまま、硬い岩壁に直撃する。

 

「うわ、うわ、い、行こう、助けなきゃ!」

 

「ニャ!」

 

 少女が見ていられるのは、そこまでだ。嫌な音を聞かないようにと耳を塞ぎはしたが、目を逸らすことはしなかった。きちんと見ていなければ、彼がどこにいるのかわからなくなる。

 

 ハンターを一蹴して満足したのか、幸いなことに土砂竜はどこかへ気ままに歩いていく。救助における最大の障害が、消えた。無事でいてくれと願いながら、少女は息を切らせて砂原の岩場を駆けた。

 

 けつまずいて、何度も転びそうになる。砂に足を取られて滑り、慌てて翔蟲に支えてもらう。脚を動かすたびに胸が、肺が、もう走れないと痛みを用いて訴えていた。

 

 それがなんだと、少女は走る。あのハンターは、もっと痛いのだと自分を叱責して、限界を訴える身体に鞭を打った。高台から飛び降りながら、投げ放つ翔蟲。ぶらりと一度、小柄な身体が中空で揺れる。

 

「いた、そこ、行って!」

 

「ニャ!」

 

 身軽なアイルーに先を任せて、倒れたハンターへとまっすぐに向かう。どうか無事で、生きていて。そう、強く願う少女の心の声は。

 

「いっ……てぇ!」

 

 当然のように聞き入れられたのだと、兜をさすりながら起き上がるハンターの姿が、雄弁に物語っていた。

 

「ひぃ! えっ、なんで! なんで!」

 

「うん?」

 

 片手をぶんぶんと振り回し、己を指さしては喚き散らす少女の姿を、ハンターはふしぎそうな顔で見ていた。

 

(いや、おかしいよ、おかしいって! 普通は、あんなの即死だよ!)

 

 言葉にならないが、表情や身振り手振りで、少女は必死に訴える。当のハンターには、まるで伝わっている様子はなかったが。

 

 あんなにかち上げられて、ぶち当たって。防具があるからといっても、限度というものがある。

 

 少女の頭の中で言葉がまとまり始めたところで、ハンターは携帯していた薬ビンのふたを開けた。そのまま濃緑色の薬液を、のどの奥へと流し込み始める。

 

「しくじったなー、ボルボロス、初めてでさ。かっこ悪いとこ、見せちゃったなー」

 

 ひと息とばかりに、口の端についた薬液をぬぐいながら、ハンターはこともなげに言ってのける。

 

 骨が折れているだとか、内臓にダメージがとか、そういう諸々を考えているのは少女だけであったらしい。動かなかったのも、軽く気絶していたからだと、照れ隠しのように笑いながらハンターは答えてくれた。

 

「……身体、強いん、です、ね」

 

 理解の範疇を超えてしまって、少女に残されている言葉は、そのくらいしかない。一方のハンターは、そこでようやく合点がいった様子であった。

 

「ああ、うん、そうだね。俺たちハンターはさ、なんかこう、頑丈だし傷の治りもすごく早いんだ」

 

(いや、そんな簡単な話じゃないと思う)

 

 押し黙った少女の表情に、ハンターは笑う。ビンのふたを閉める音に、そうだなあとつぶやきが重なった。

 

「身体がさ、どうにか生きようとするんだよ。だから、あのくらいなら大丈夫。ただ、なんにだって限界はあって……俺たちの場合は、なんとかって栄養がなくなると力尽きて起き上がれなくなるんだ。こいつは、その補充用ってわけ」

 

 ちゃぽりと水の音を立てて、ハンターは手の中の薬ビンを揺らす。話を聞くに、ハンターたちはそういう講習を受けている、らしい。詳しいことはわからないけれど、なんとなく、わかったことがある。

 

「ハンターって、やっぱり、すげー……」

 

「まあ、俺もそう思うよ。一流のハンターってさあ、身体の造りがもう、俺たちとは違ってるんだ」

 

(いや、あんたも違うよ、私からしたら造りが違うよ)

 

 とにも、かくにも。

 

 依頼を請け負ったハンターは、無事だった。それがわかっただけで、少女には十分に過ぎる。

 

「悪い悪い、心配させたかな。そういう話ってさ、あんまり、ハンターじゃないひととすることがなくて。みんな、知ってるものだと思ってた」

 

「いや、初めて聞きましたよ私は……」

 

 そんな軽口を叩けるくらいには、少女の胸中も落ち着いてきた。周囲には土砂竜の姿は見当たらず、このまま北上ができそうだ。

 

「よっし、ボルボロスはいなくなったし、探索を再開するか」

 

「うい」

 

 元気に走り出すハンターのうしろ姿には、先の戦いのダメージは見られない。本当に、まったく、何事もないのだろう。ひどくあいまいな声を返すしかできなかったが、彼は特に気にしたそぶりも見せず、少女の道を切り拓くために駆けていく。

 

 空を仰げば、白い月。この世はやっぱりわからないことばかりで、ときどき、感情の整理が追いつかない。

 

(けど、まあ……無事だったし、いいか……)

 

 自分を納得させるのも、生きていく上では必要なことだ。わからないことはわからないまま、納得して生きるしかないのだから。

 

 このあと、月の砂漠で遺品を見つけ、少女とアイルーは無事にドンドルマへと戻ったわけではあるが、それはまた別の、おはなし──

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