ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし 作:しゃくなげ
「愚かな息子でした。こんな仕事、おまえにできるはずがないと、何度だって言っていたんですがね」
恰幅のいい中年の男性はそう言うと、ひどくゆっくりとため息をもらした。
白髪混じりの頭には、体格のわりに落ちくぼんだ目元には、ここしばらくの気苦労を感じさせる。
どこか物悲しい。そんな印象を少女も抱いたが、なにかを口にすることはなかった。はばかられた、というべきだろう。
依頼人は言葉少なく、ただ目の前に置かれた剣の柄へ、そっと指を触れさせている。元々は鋼鉄のかたまりめいた、巨大な鉄板のような大剣であったものの残骸。少女が持ち帰った、ハンターの遺品だ。
「わかってはいたんですよ、こうなることくらい。せがれは、要領がいいわけでも特別強いわけでもない。ただ、ハンターになれるってだけだった。……ああ、いや、すみませんな、こんな話。家内は、泣き通しで口も聞けなくて」
ゆっくりと息を吐いて、整えた髪をかき混ぜるように依頼人は頭をかかえる。
感情の行き場を見つけ出せずに、苦しんでいる。そんなひとにかけられる言葉を知っているほど、少女の経験値は多くはない。
ただ、放っておくのも違うと感じたのは事実であったから、少女はゆるく一度、首を振った。
「いえ、その、うまく言えないんですけれど……私でよければ、聞けると思います」
それから少しの間は、無言だ。不安そうにしたアイルーが柱の影から覗き込み、すぐに引っ込んでいく。
二年目だったかな。ぽつりとつぶやいた声は、少しかすれて聞き取りづらい。そのまま掛け声めいたひと言を添えて、依頼人が重たい鋼の柄を両手で持ち上げる。
「慣れたころが危ないのだと、いつも言っていたんですがね。やれ、まったく……こんなに軽くなってしまって……」
「ブレイズブレイド、でしたっけ」
依頼人は、少女の問いにこくりとうなずく。
「今年の頭に、強化を終えましてね。ここからもっと強くなるんだと、子供みたいにはしゃいでいましたよ。もとの剣は、私じゃとても、動かせすらしなかったんですがね。今じゃこの通り、両手で抱えられてしまう」
サビの浮いた破断面は、遺品が野ざらしにされていた時間の流れを物語っている。少女は遺品を見つけ出して回収こそできるが、きれいな状態に磨きあげる技術までは持たなかった。
朽ち始めた鋼には、もう竜の鱗を裂く力は残されていない。そんな有様が、どこかさびしく見える。
「慣れてしまうとね、自分の身の丈をうまく捉えられなくなるやつはいるんです。私のせがれは、そういう愚かな男でした。リオレウスならひとりで狩れると意気込んで、このざまだ」
依頼人は、そこで言葉を区切った。天井を仰ぐのは、涙がこぼれないようにするためだろう。
なにをするでもない、無言の時間。少女が何気なく思い返すのは、今まで出会ったハンターたちだ。名も知らない誰かから、共に狩猟場を走り抜けたひとまで。少女が知る数多くのハンターたちも、ひとつ間違えれば生命を落とすのだと思う。
彼ら彼女らの世界に、少女は口を挟まない。ただあるがままを見て、ほんの少しだけ、皆が無事であればいいと願うくらいだ。
「けれど、それでも、せがれは夢を追いかけたのでしょう。なら、仕方ない。力が足りなかったのだと気付けなかったのも、せがれの実力なのでしょう」
仕方がないことなのです。そう言って、依頼人は力なく笑った。少女の中には、そんな依頼人へと返せる言葉は見つからない。
世界のありかたそのものを変えない限り、誰かの生命がなにかを繋ぐ。ひとも、獣も、竜も、それこそ龍でさえも変わらない。
力ないものが倒れ、強いものの肉になる。いつだって、世界はそうやって回っている。そこに納得ができないひとも、当然いるだろう。ただ、納得ができなくても、そうなっているのだから割り切るしかない。
現に、今までの依頼人たちも、ともすれば言葉を交わす機会に恵まれたハンターたちも、どこか、そうやって割り切っているように思えた。悲しいことではあるけれど、仕方がないことなのだ、と。
「ああ、まったく……道半ばで倒れるなんて、ばかなせがれだ」
依頼人もまたそうして割り切っているように、少女は感じる。残された剣の柄を革張りの保存箱へと納めて、ゆっくりとふたを閉じる。留め具を押し込む音が、小さく二度、響いた。
「そんなせがれのために、ありがとう。君も、生命を落とすことがないように気をつけてくれよ。遺品の回収依頼だなんて、二度も経験はしたくないからね」
帰り支度を終えた依頼人は、玄関の扉を開ける寸前で、肩越しに振り返ると少女にそう言った。
どう返答したものか悩んだ末に、少女はうなずくことで向けられた言葉に応じる。彼の言葉はもっともで、常連客がいてほしくないとは、少女自身も素直に思う。
小さくなっていく依頼人の背中を見ながら、少女はひとり、ため息をもらす。
体温の移った吐息は、寒冷期の兆しに冷え始めた空気のせいで白くにごり、風に流されて溶けるように消えていった。
今日が終わり、明日もまた、一日が始まる。明日もまた、顔も知らない誰かの遺品を探して少女は狩猟場へと赴くのだが、それはまた別の、おはなし──
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