ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし   作:しゃくなげ

14 / 21
雑話、溶岩洞にて

 赤い、目が焼けるような熱の色。洞穴を流れる溶岩は、呼吸ひとつで肺をやけどさせるような熱気を発している。ともすれば、空気の焦げる音さえ聞こえそうなほどであった。

 

 硬い岩壁によって外界から切り離された洞窟は本来であれば暗がりのはずだが、この溶岩洞に限っては、燃える溶岩の発する光で闇とは無縁の世界が広がっている。

 

 明るいが、ただそれだけ。ひとが住まうには、ひとが生きるには、あまりに過酷な土地であった。

 

 火山だとか溶岩洞だとか、灼熱に満ちた土地は大陸にいくつも存在する。常人であれば、ただそこにいるだけで生命を落としかねない、指折りの危険地帯だ。

 

 加えて、過酷な環境に適応しうる肉体を持つ生物が、竜種を筆頭にひしめいている。そういう意味でもここは、ひとが生きるには適さない土地なのだ。

 

「ご主人、ご主人」

 

 くいくいと服のすそを引いて、アイルーが空を示す。

 

 ほとばしるのは、真っ赤に燃える一条の光。岩竜の放ったものであろう熱線が、火山灰の空を染めるさまを少女は先ほどから何度か目にしていた。

 

「うわっ……バサルモス、いるのか……」

 

「あっちっち?」

 

「そんなもんじゃすまないよ、消し炭だ」

 

「ニャ……」

 

 おどかすような低い声に、アイルーはふるふると身をふるわせた。おいでと少女が呼びかけると、とてとてと背中についてくる。

 

 いつもと変わらない、少女にとっての、仕事の風景だ。ドンドルマで過ごす日常とは別物だが、灼熱の狩猟場に踏み入るのは初めてではない。

 

 むしろ、少女の仕事はこうした危険な土地で発生することが大半だ。ハンターが生命を落とすのは、危険な土地であることの方が多いのだからそれもまた、当然であった。

 

 ほほを流れ落ちる汗をぬぐい、少女はポーチの中から薬ビンを取り出す。灰色を帯びた色合いの薬液は、この地で活動するための生命線だ。

 

 熱気に焼かれてしまわぬよう、呼吸で内臓を焼かぬよう、定期的にクーラードリンクを飲み下す。ハンターとしての資格がない以上、消耗品は自腹を切って購入するしかないのだから、実のところ収支は芳しくない。

 

「だからといって、仕事を選べる立場にないのが、辛いところ、なんだよ、な、っ!」

 

 翔蟲を投げ放ち、上空へ。少女の小柄な身体は、銀糸につられて中空で揺れる。

 

 そこから、もう一度。前方に向けて、二匹目の翔蟲を投げ放っては洞窟の出口を目指す。

 

 急な勾配の坂であっても、これだけでかなりの距離を稼げる。少女が翔蟲の利便性を強く感じるようになったのは、こうした移動の折々であった。

 

「こりゃあ、もう手放せませんわ……あーでも、ガルクってのも、いいよなぁ……」

 

 ふと思い出すのは、ハンターの連れていた猟犬だ。大柄でがっしりとした骨格のガルクは、鎧を着込んだハンターを背に乗せてもなんら問題なく山野を駆けるという。

 

 カムラの里から広まったというガルクは、今ではドンドルマのハンターも連れているのをときどき見かける。最近、話題のオトモ、なのだが。

 

「ニャ!」

 

「あいたっ!」

 

 背中のアイルーが、不意打ちのように少女の肌に爪をたてた。ガルクを褒めたり興味を示すと、いつだってこれである。

 

「ご主人、かいこはゆるさニャいニャ!」

 

 ぷんすこ、なんて口で言いながら、アイルーは自身の怒りをアピールする。その様子が愛らしくて、ついついにやけてしまうのも、いつものことである。

 

「しないって、大丈夫だって。ほら、行こう。飛竜のねぐらは、この先だと思う、たぶん」

 

 地面に降り立ち、少女は坂の残りを駆け上がる。

 

 翔蟲は、体内で糸を生成するまで多少の時間を要するらしい。あまりに連続しての使用は、翔蟲の寿命まで縮めるというのだから使いどころは考える必要があるのだ。

 

「なにごとも、都合のいいことばかりじゃ、ないんだよ、なっ!」

 

 むわりと息苦しいほどの熱気は、走っても走っても消えない。前にもうしろにも真綿のような熱がみっしりと満ちているようで、密林の暑さがすずしく思えるほどだった。

 

 たん、と岩盤を踏み抜いて、少女はようやく長い坂を登り終えた。洞穴の出口にたどり着くと、外の様子をうかがうようにそっと岩壁から顔をのぞかせる。

 

「……リオレウスとか、いないね」

 

「……バサルモスも、いニャいニャ」

 

 飛竜のねぐらといっても、ほかの土地のように洞穴内ではなく、天井のない野天なのが特徴的だ。

 

 最初に目に入るのは空に向かってそびえる数本の岩柱、それから少女の右手に、溶岩の流れる岸壁。少女が登ってきた坂から続いている地面は、ゆるやかに曲線を描いている。

 

 隠れる場所がなく、敵から身を守るにはまるで適していない。ごつごつとした足場の寝心地だって、さぞかしひどいものだろう。それでも、多くの飛竜はここをねぐらにするという。

 

「さすがに、洞窟の中は寝苦しいのかな……」

 

 少女から見た対岸は切り立った断崖になっていて、落ちたら二度と登ってこられそうにない。飛竜もあそこから落ちるのかなと、そんな子どものような感想が出てくるほどには、谷底は深い。

 

「ご主人、ご主人、ガブラスがいっぱいニャ」

 

「だね……まだ、こっちには気づいてないか」

 

 アイルーが示す先には、翼蛇竜が数匹ほど集まって飛んでいる。鳥竜種と同等に小型の竜だが、毒液を吐きかけて獲物を弱らせる習性のある危険な種だ。

 

 少女はじっくりと、翼蛇竜たちを観察する。距離があるせいか、こちらに気づく様子はない。全部で、五匹。うち二匹は、地上に降り立ちなにかをむさぼっている。

 

 その光景に思い当たるものがあって、少女はため息をもらした。やがて残った三匹も、次々と地上に降りていく。

 

 翼蛇竜は、屍肉食のいきものだ。群がる先には、死体がある。だからといって、目当てのものがあるとも限らない。

 

「……日数が、合わない。ねぐらで戦ったわけじゃない、か……」

 

 屍肉食だとしても、翼蛇竜は大型の部類だ。毒液という攻撃手段もある、屍肉にありつくのは一番手に近いだろう。

 

 依頼者が少女の店を訪れるのは、そもそもハンターが消息を絶ってから何日かの間を置く。その間にも、野晒しの死体を翼蛇竜がむさぼり、大きな筋肉やら柔らかい内臓が失われるのだ。

 

 可食部の大半はこの時点で自然に還っていくが、死体はそれでも野晒しのままだ。次は、より小型の屍肉食をするいきものが、残された部位にありついて腹を満たす。

 

 だれであっても、変わらない。飢えを、渇きを満たすだけ。必要以上に食い散らかすものは、数えるほどもいないのだ。

 

 やがて小型の虫や鳥たちが、残った骨肉に群がる。そのあとには、もっと小さないきものが。そのあとには、もっともっと小さないきものが。

 

 少しずつ分解された末に、土地によっては二日もすれば、ハンターの死体は装備を残してこの世から消えてしまう。いきものたちの飢えを満たし、渇きを満たして、他者の生命をつなぎながら消えていくのだ。

 

「それにしてもさ、このあたりにはクンチュウがいなくてよかったよ。あれ、裏側がわきゃわきゃしてるから苦手なんだよな……」

 

「ニャンクックの、おやつ?」

 

「それそれ、丸くなるやつ」

 

 少女も依頼人も、この世界に生きる誰もが、その循環を理解している。

 

 自然に戦いを挑むのであれば、むくろは自然に還すが道理。持ち帰るべき遺品とは、だれも食べられないものだけである、と。

 

「よし、このまま北上しよう。確か、水脈のところにもねぐらがあるはず。あっちなら、溶岩もなくてすずしいし」

 

「ニャ!」

 

 少女の歩みは止まらない。目的のものを見つけるまで、あるいは自然に還るそのときまでは。

 

 北上すれば、すぐにまた洞窟へと逆戻り。今度は熱気のない薄闇の奥底へ、冷たい地下水に濡れた溶岩洞のもうひとつの顔へと触れる道だ。

 

 絶えず流れる地下水脈と、玉髄化したらしい巨大な竜骨に彩られた地下洞窟。迷路のように入り組んだ地中は、苔の放ったものであろう青白い光に満たされている。

 

 炎と水という相反した光景は、ほかの土地では見ることのできないふしぎな光景だ。じっとりと濡れた洞窟内の空気は、つい先ほどまで溶岩の熱気にさらされて、ほてった肌を一気に冷やしてくれる。

 

 それどころか、汗をかいて冷却していた身体をよけいに冷やされてしまったせいで、歯の根があわずにがちがち音を立てるほど。つまりは、溶岩洞での経験をさほど積んでいない少女にとっては、過酷な状況であるといえた。

 

(ちょ、超さみぃー!)

 

 さけびたい気持ちをぐっとこらえて、少女はふるえる身体を抱きしめながらソウソウ草の中に身を隠す。花粉をまとったヒトダマ鳥が、めいわくそうに羽ばたいていった。

 

 多重構造の洞窟内は起伏が激しく、小山めいた岩の頂上は身を隠すのにうってつけだ。草葉を揺らさないように気をつけながら、少女はひょこりと下方を覗き込む。五匹ほどからなる毒狗竜の群れが、のしのしと我がもの顔で地下水路を練り歩いていた。

 

(毛も剃った、草のにおいの練り香水もつけた、入浴は石けん使わないでお湯だけ……気づくなよ、気づくなよ……)

 

 いつぞや教わった、ハンターたちの知識を活かして少女は身を隠す。汗のにおいが気になったものの、距離が遠いこともあって、毒狗竜たちは少女の隠れている頭上に意識を向けることすらないままだった。

 

 群れをやりすごして、一秒、二秒。それから一分ばかりじっくりと待機して、少女は草むらからのそのそと這い出していく。結局、追われることも、気づかれることもないままだった。

 

「す、すげぇぜ、ハンターの知識……!」

 

「ご主人、ご主人、すごいっていうか、はニャれすぎてるニャ」

 

 ひょこりと草むらから顔を出したアイルーが冷静に指摘するものの、聞き流す。最初から間近で身を隠すような実験をするほど、向こう見ずな性分ではないのだと自分に言い聞かせながら。

 

「いやいや、こういうのは積み重ねが大事なんだよ。いきなり目の前で隠れるとか、危なすぎるっての」

 

「ニャ、びびり?」

 

「誰がだっ」

 

 びしと、アイルーのひたいを指で弾く。非力な少女の一撃は痛みもなにもないようで、アイルーはとがった耳をぷるりと跳ねさせるだけだった。

 

「びびりなくらいが、一番いいんだよ。ハンターじゃないんだからさ、戦ったりなんてむりむり」

 

 翔蟲の糸を放って、水の流れに逆らうように。毒狗竜を追いかけて、少女の身体が宙を舞う。つかず離れず、肉食性の竜たちがどこで食事にありつくのかを見定める。

 

 ハンターよりも、間合いは常に二歩ばかり外。気づかれないよう引いたところに立ちながら逃げ出さない、昼夜の間にある夕暮れのような立ち位置が、少女の生きる場所なのだ。

 

 竜が肉をむさぼる場所には、むくろがいつも転がっている。

 

 ひとが生命を落とした末も、身体はたいてい、そういう場所に持ち帰られる。遺品が見つかりやすい場所も、当然そこになっていく。

 

 だから、というのも妙な話ではあるが、少女は慣れない土地での仕事の折には必ず竜の餌場を探す。危険な場所の把握と、当たりをつけるという二重の意味を持つ行為だ。

 

 運良く遺品を発見できて周りになにもいないのであれば、あとは回収すればいい。回収が困難な様子であれば、そのときはそのときで、ハンターを雇うだけのことだ。

 

「おっ、なんだあいつら、地面をほじってるぞ」

 

「ニャ、ちいさいの、まわりをきょろきょろしてるニャ! ご主人、ご主人、あれはみはりにちがいニャいニャ!」

 

 身を隠す場所を探しながら、水脈の音にまぎれるように息を潜めて群れの方へと近づいていく。ひざまで覆うブーツのおかげで、痺れるような冷たさに肌がさらされることもないのは幸いな話だ。

 

「ニャ、ご主人、ご主人、あいつら、たべてるニャ!」

 

「おお、やっぱり。ええと、地図でいうと……このあたり、十一ページか」

 

 地図の余白に書き込みながら、少女はひとりまたたきをくり返す。せすじがぞわりと粟立つような、悪寒にも似たなにか。

 

 いやな予感、あるいは虫の知らせというものか。よくないものが近づいていると、第六感のようなものが告げている。慌てて手帳をかばんの中に押し込むと、アイルーの手をぐいと引いた。

 

「ニャ?」

 

「私たちは、私たち。ハンターじゃないんだから、やばい予感がしたときは」

 

「すぐにげる!」

 

 言うなり、ひとりと一匹は今しがた来たばかりの道を引き返す。ばしゃばしゃと水音を立てながら、焦りに任せて、前へ前へ。

 

 ようやくたどりついた洞窟の深部にて、少女はこれまた厄介なできごとに遭遇するわけで、あるが。

 

 それはまた別の、おはなし──

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。