ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし   作:しゃくなげ

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雑話、砂原にて

「うーん、ありゃだめそうだねー」

 

「やっぱり、だめか……」

 

 高く晴れた青空に、雲はない。頭上をさえぎるものはなく、天はどこまでも広がっているようだった。

 

 照りつける陽射しの強さは相変わらずだが、クーラードリンクのおかげもあってか心地いいほどに感じる。薬液の効力が切れてしまえば、とたんに汗が吹き出して頭痛と吐き気を覚えるものだが、事実に向き合うばかりが大人ではないと、少女も理解している。

 

 溶岩洞や火山よりはと思いはするが、やはり砂原もまた、ひとが滞在するには課題の多い土地なのだ。

 

 ごつごつとした岩壁を登った高台からは、乾いた空気のおかげもあって遠くの大砂漠までを見渡せる。乾燥地帯にも強いのか、あちこちにソウソウ草が群生している様子が見られた。

 

 思えば、少女にとっての逃げ込み先は大抵がこうした高台だ。切り立った崖を登るのは大型の飛竜たちにも面倒らしく、足場も悪いことが相まってか危険な狩猟場の中でも息を整えやすい場所であった。

 

「いやー、なんか、巻き込んじゃってごめんね」

 

「いいよ、気にしなくて。それに、せっかく出会えた同業者なんだからさ、見捨てられないって」

 

「アハハハッ、ひとができてるー。正直さ、ちょっとやばいかなって思ってたから、めっちゃ心強いよ」

 

 少女が覗き込んだ崖下には、いまだに周囲の様子を探る巨体がひとつ。くすんだ浅紅色のうろこからなる体表と、胴を覆う豊かな黒い毛皮。太い二脚で砂原を闊歩する獣竜種は、見失った獲物を探し求めているようであった。

 

 このあたりの岩場が若き蛮顎竜のなわばりだと知ったのは、少女が遺品の回収を終えて帰路につこうかという段階での話だ。

 

 正しくは、少女たちが、であるが。

 

「いっそさ、肉でも焼いてみる? 私、肉焼きセットもってるんだよね。で、焼きあがったらあっちに投げて、そのすきに逃げるとか」

 

「おいばかやめろ、焼いてる途中で絶対こっちくるだろそれ」

 

「だよねー……あー、もー、どうするかなー。アンジャナフのなわばりとかさあ、おどろきだよね。このあたり、なにもいないって聞いてたのに」

 

「まあ、私たちみたいなのって、最新の情報とか手に入りづらいからね。ギルドもさ、討伐されたのされてないのって大変みたいだよ」

 

 得てして、ハンターというものは危険な場所で生命を落とす。そのため、遺品が見つかるのも自然と似たり寄ったりの危険な場所になっていく。

 

 こうした知識は回収屋にとっては基本中の基本であるから、少女の探索もそれなりに当たりをつけているし、過去には同業者と顔を合わせることも何度かあった。

 

 競合といえども依頼人は別口だから、衝突することはない。むしろ、危険な場所を探すことになるのだから、お互いに手助けをするような関係が築かれることの方が多いくらいだ。

 

 とはいえ、遺品の回収を生業とする人間は少ないし、それが同年代の少女となると、希少種のようなものであった。だからついつい、というのもあったろう。

 

「移動中にさあ、来たのかもね。そっちはドンドルマからだっけ、ここまで四日?」

 

「今は三日半くらいかな、ミナガルデはさ、もっと遠いの?」

 

「一週間はかかるかなー、仕方ないっちゃ仕方ないよね。ハンターだったら、逐一情報が入ったりするのかな?」

 

「なのかな、やっぱり」

 

 互いにあいさつを交わし、しばしの探索を経て遺品を回収し帰路に着こうかというところで蛮顎竜と遭遇した。

 

 少女が回収した遺品は軽量な弓の矢筒であったが、向こうのそれは、半ばまで残っている大剣だった。重心制御をするために回収箱を背負っていたとしても、重量がなくなるわけではない。逃げ出すには、分が悪いというものであった。

 

 ふたりで行動すると、一方の重量が足枷となる。単独で行動するなら、どちらかはほぼ確実に生きられただろう。相手を見捨てることができるのであれば、の話だが。

 

 結論からいえば、少女はふたりで生存するための選択をした。ほぼほぼ賭けに近いものであったが、最初の一手は成功したと言えるだろう。

 

「それにしてもさ、ほんと、助かったよ。その、かけりむし、だっけ。すごいね、人間ふたりをさ、こんな高いところまで飛ばせるんだから」

 

「無理かもって、覚悟はしたけどね。ふたり一気にとか、初めてだったし。そっちもすごかったよ、閃光玉を投げつけてさ、あれのおかげで動きやすかった」

 

 高台の周囲を嗅ぎ回り、蛮顎竜は獲物を探して歩き回っている。執念深い竜だと評される理由を思い知らされた気になって、少女はひとり、ためいきをもらす。

 

 初手の目くらましで獲物を見失い、ひとしきり暴れ回った末に視覚が戻ってきたようで、今は残されたにおいを頼りに少女たちの居場所を突き止めようとしているのだろう。

 

 救難信号は撃ち上げたから、あとは根気くらべと運試しだ。頭上に浮かぶ観測気球からの連絡が、ハンターに届くのが先か。それとも蛮顎竜が少女たちを見つけ出し、襲いかかるのが先か。

 

「ねー、これ、ちょっと気になったんだけど。ハンターを待ってる間にさー、アンジャナフがどっか行ったら、帰っていいのかな?」

 

「そっちは、帰っても平気。私は、残って報告しないとだから、ここで待つかな。いや、逃げたってわからないとは思うんだけどさ。そういうのが何度も重なったら、いやじゃない?」

 

「あー、わかるかも。せっかく助けに来たのにいなくなってたら、確かにいやだねー」

 

「そういうことが増えて、いざってときに誰も来てくれなかったら怖いなって思うし……私はせめて、お礼は言おうと思ってる」

 

 ふうんと、楽しげな声。見れば、にまにまとした笑顔がじっと見つめているものだから、少女もほほを染めてうつむいてしまう。

 

 気恥ずかしいことを言ってしまったと気づくなり、照れに押しつぶされてしまいそうになって、少女は口をつぐんでかばんの中を引っかき回す。なにかしら、作業に没頭したくなる心地であった。

 

「なんかさ、クールに見えて、そうでもないよねー。ばたばたしてたから気づかなかったけど、真面目だし、なんていうかー……わかりやすい?」

 

「いやクールとか気取ってねえし」

 

 ついつい飛び出した軽口は、少女の照れ隠しもあって乱雑な言葉づかいになっていたものの、それを見つめるにまにま笑いはくずれない。内心まで見透かされているようで、ますます少女の表情は硬くなっていく。

 

 ふと、空気が変わったのは、そのときだ。

 

「……なんか、変だ」

 

 音が聞こえるわけでもなければ、なにかが見えたわけでもない。ただ、直感のようなもので、少女は周囲を警戒し始める。

 

 その感覚の正体がなにであるのかを、少女はまだ知らない。知らないが、それは目に見えるかたちで、少女の前に確かに存在していた。

 

 蛮顎竜だ。つい先ほどまで、自分たちの生命を脅かす絶対的な強者の存在が、揺らいでいる。ただの獲物を狩るだけであった捕食者が、周囲を警戒して、あちこちへ視線を向けるように大きな頭を忙しなく振っている。

 

 そういうささやかな変化の積み重ねこそが、場の空気というものなのだろう。見えないなにかを警戒し始めた時点で、蛮顎竜という存在は、より強くより恐ろしいものの到来を感じさせる大自然の警鐘に変わっていた。

 

「ねえ、アンジャナフ、なんかにおい嗅いでるね。あれさ、私たちのじゃないよね、たぶん」

 

「……だと、思う。なんか、そわそわしてるし」

 

「まだ、待つ? もうさ、逃げ帰ってもよくない? 私たちの仕事ってさ、生きて帰るのが最優先だよね」

 

「待つよ。救難信号だってあげたし、身を隠すための道具とか、耳栓とか、用意してあるし。なにより、ここまでやって帰っちゃったら、助けに来てくれたハンターに申し訳ないじゃん」

 

 想像以上に、がんこものだ。自分自身の決断におどろきながら、少女はこくりとうなずきを返す。そんな姿を見せられて「あー、もー」とわめく声があがるのはすぐのこと。

 

「わかった、待つ、待ちます。私だってさ、助けてもらって自分だけ逃げ帰るのは嫌だし、がんばる。がんばるから、なにかこう、心得とかあったら教えて」

 

 予想外の申し出に、少女はまたたきをくり返す。

 

 にへらと締まりなく笑う同い年の存在がこぶしを握ってみせる姿に、鼻の奥につんとにじむ感覚が押しよせる。

 

 実のところ心細いのは少女も同じで、一緒にいると当然のように言ってくれたのがうれしかった。思わずこみあげてきた感情を押し殺して、かばんの中へごまかすように視線を戻す。

 

「心得なんて言っても、耳栓して、息を殺して、待つしかないんだけどさ。あとはこれ、砂原の岩場とかに似せた色してるし、土とかのにおいもつけてあるから……」

 

 少女が取り出したのは、使いこまれた年季もののフライシートだ。キャンプ用の道具はいつも携行しているが、テント外部を覆うこれだけは、迷彩効果も考えて土地にあわせたものを使用している。

 

 祖父から譲り受けたものであるが、扱い方は熟知している。岩場に刺さるようなペグとなると、それこそとっておきを使うしかない。折れてくれるなと願いながら、足場の硬さを確かめていく。

 

 手頃な石を拾うと、静かに、それでいて力をこめての一打。土砂竜の爪を加工したペグが、硬い岩肌を貫いた。一拍の間を置いて、もう一打。半ばほどまで突き刺さり、ペグは折れる様子も曲がる様子もみせなかった。

 

「よし、いける。飛ばされないようにペグだけ打つから、あとはこれをかぶって身を隠そう。難燃性だから、たぶん、少しくらいの火なら平気……だと、思う……」

 

「うわー、すごい手つき、マスターランクじゃん」

 

「おい、感心してないで手伝えよ」

 

 口ではいうものの、なにかをして欲しいわけではない。一緒に残るという言葉だけで、少女にとっては十分にすぎるのだ。

 

 姿をごまかす覆いの下、荷物を集めて身を寄せあって、地に伏せたままで救助の到着を心待ちにする。気づかれないように息を潜めて、逃げ出せるはずなのに意地を張って。

 

「ねえ、あれ!」

 

 となりから聞こえた声に、指差す先へと目をこらす。青空に羽ばたく緑色の翼は、陸の女王、雌火竜のそれだ。

 

 なるほどと、理解が半分。どうなるんだと、困惑が半分。

 

 若い蛮顎竜が砂原に立ち入るよりも、かの雌火竜はずっと前から、この一帯を根城としていた。今は特に子育ての時期ということもあって、気が立っている。

 

 そのせいで狗竜や毒妖鳥といった鳥竜種は逃げ出すものだから、今回の仕事に関しては、少女の側としても動きやすいといえば動きやすい状況だったのだ。

 

「うそだろ……行かないように、してたのに……」

 

「うわー、やばい、こっち側だって踏んでたのに、やばい」

 

 お互いの言葉が重なって、こんな状況にも関わらず、ふたりそろって吹き出してしまう。

 

 依頼人の話から、どんな狩猟の最中に生命を落としたのかを推察し、探すべき場所を絞りこむ。その結果、探索場所が雌火竜の巣とかぶらないと踏んだからこそ受けた仕事であったというのは、奇遇にも一緒だったらしい。

 

「ハンターが来るまで、気づかれませんようにって祈るしかないかな」

 

「あっ、あっ、すごい、アンジャナフの背中、ばーってなった!」

 

「そんな説明でわかるかっ」

 

 ふたりのやり取りなど、聞こえるはずもなく。蛮顎竜は背中に折りたたんでいた、翼の名残を展開する。二本の脚で駆け回るように進化して、空を飛ばなくなった獣竜種の、はるか太古の記憶の残滓だ。

 

 帆船めいた翼膜は、身体を大きく見せるための威嚇とも、体温調節のためだともいう。今のそれはきっと前者で、戦いの準備のためなのだろうと少女は思う。

 

 羽ばたきの音が聞こえるほどには、雌火竜は近づいている。ぐるぐるとのどを鳴らすような、うなりにも似た声すら聞こえるほどだ。蛮顎竜もまた、飛来する雌火竜を迎え撃たんと鼻骨を展開した。

 

 雌火竜の到来が希望にしろ絶望にしろ、蛮顎竜の意識から少女たちの存在は消えてしまった。なわばり争いが終わったとしても、思い出されることはないだろう。

 

「吼える、耳、塞いで!」

 

「んっ!」

 

 耳栓の上から両手で耳を覆って、地面に伏せているというのに、大気の震動が感じられるほどの音圧。間近で聞いたりしたら、鼓膜が破れるどころの話ではないだろう。

 

 高まっていく緊張と、跳ね上がる心拍。竜種同士のなわばり争いなど、少女も初めて見るものだ。

 

 その、十数秒後。蛮顎竜の巨体は空中からの強襲にあえなく倒され、雌火竜の強靭な両脚で掴み上げられた末に放り投げられる、つまりは無様な姿を晒すことになるわけであるが、とにかく、それはさておいて。

 

 蛮顎竜の勇ましい咆哮があっという間に覆されるのも、救難信号に応じてハンターが砂原に駆けつけるのも、新たな友人との生還劇も。

 

 なにもかも、諸々に至るまで、それはまた別の、おはなし──

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