ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし   作:しゃくなげ

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雑話、森丘の手前にて

 アルコリス地方、シルトン丘陵。

 

 森丘の名で親しまれる狩猟場の入口から徒歩で半日ほどの距離に、肉食竜も来ることのない、なだらかな平原が広がっている。

 

 常春の気候も相まって、寒冷期にも関わらず新緑が芽吹いている。川のせせらぎと草木の香りに包まれて、頭上を仰げば吸い込まれそうな青空はずっと高いところにあった。川の向こうではアプトノスの群れが水を飲み、なにかの若芽をのんびりと咀嚼しているのが見える。

 

 総じて穏やかで、のどかな空気の漂う場所だ。テントを設営してひとりの時間を楽しむのにも、向いている。少女にとっても、お気に入りの場所である。

 

 であるから、して。こんな場所で呼ばれるはずのない名を呼ばれ、読みかけの本を閉じながら、少女はのそのそと立ち上がる。

 

 視線の先には、にへらと笑う同い年。同業者から、新たな友人くらいにはランクアップした彼女へと返事をしつつ、少女はそのかたわらへと歩み寄る。

 

 草原の上で寝転びながらがちゃがちゃと音を立てて肉焼き台を組み立てている姿は、悪戦苦闘しているように見えなくも、ない。

 

「……で、どうしたの?」

 

「これさー、肉焼きセット」

 

「うん、見ればわかる」

 

「たぶんさー、肉を焼くんだよねー、これ」

 

「名前の通りじゃねーか、見なくてもわかるわ」

 

 そこまで言って、少女はなにかを感じとる。

 

 いやな予感というやつは、こういうときにこそ、よく当たるのだ。少女の直感を後押ししているのは、一時間ほど前のこと。この地に到着したばかりのできごとであった。

 

 思えば以前の砂原でも、その片鱗はあったかもしれない。ただ、確信に変わったのは、間違いなく今日である。

 

「使い方、わかる?」

 

「……肉を焼く」

 

「……あとは、まかせた」

 

「おい」

 

 ドンドルマやミナガルデからの中継地となるココット村での再会は、奇遇であった。そこから食事の最中についつい話が盛りあがり、互いに休暇ということも重なってキャンプに行くかと決まったまではよかったのだが。

 

 テントの設営から始まって、今は肉焼きセットの準備まで、少女は頼られ続けている。妹がいたらこんな感じなのだろうかと、そう思わずにはいられない甘え方であった。

 

 問題があるとすれば、にへら顔のなんともいえないゆるさと「まあいいか」と思わせる独特の空気だ。きっと、甘やかされ上手なのだろう。助けてやるかと思わずにはいられない、不思議な魅力の持ち主であった。

 

「ほら、できた。ここに串とか骨を置いて支えて、こっちのハンドルで回せばいいから」

 

「おおー、さっすがー。実はさ、うま肉、買っといたんだよねー」

 

「なんだよそのうま肉って」

 

 肉焼きセットの準備が終われば、次はなんともうまそうな霜降りの生肉が顔を出す。こういうところの用意はしっかりできているのだから、よけいに「まあいいか」となってしまうのだ。少女は諸々の労働力を、あちらは機材と食材を、そう考えれば確かに対等とも思える。

 

「それにしてもハンターってさ、すごいよねー。私さ、肉焼いてるのも食べてるのも見たけど、あんなの食べたらおなか破裂して死んじゃう」

 

「ああ、わかる。私もエルガドってところでハンターに交じってお団子食べたんだけど、みんなひと口で食べてく中で私だけ……なんだよ、その目」

 

「あー、うん、共食いだなーって」

 

「やめろや」

 

 他愛のない雑談をしつつ、串まで打たれた握りこぶしほどの生肉を手に、少女は肉焼きセットに向かう。

 

 ハンターたちはもっと巨大な塊めいた肉を猛烈な勢いで食べていくが、少女たちにはいくらなんでも難しい。このくらいでちょうどいいという認識が一緒なのは幸いだなと、少女は燃料に火をつけながらひとり思うのだ。

 

 漂い始める肉汁の焦げるにおいと、脂の焼ける音。肉を焼き始めると、となりからは鼻歌が聞こえてくる。

 

 ちらと少女が目をやれば、寝転んだままにひじをついて、両手であごを支える飢えたひな鳥の姿がそこにある。肉が焼けるのを待ちわびて、両足をぱたぱたと楽しそうに揺らしていた。

 

「うわー、めっちゃいいにおいするー」

 

「まあ、肉の焼けるにおいって、たまらないよね。しかしこれ、便利だな……直火であぶってすぐ食べられるし、よぶんな脂も落ちるし、考えられてますわ……」

 

「でしょー、自慢の商品ですわ」

 

「いや商品じゃないだろ」

 

 あざやかな赤と白の組み合わせが、やがて褐色へと移り変わっていく。表面がかすかに焦げた、絶妙な瞬間を見計らって少女は高々とハンドルを掲げる。肉を火からあげると同時に、ぱちぱちと足元から拍手が湧き起こったのはいうまでもない。

 

「おおー、上手に焼けましたー! これはもう、肉焼きマスターの称号をあげなくちゃね」

 

「まあまずは食べよう、焼きたてなんだし」

 

「いいよー、最初のひと口は焼いたひとの特権だからさ、どーぞどーぞ」

 

 この、これだ。とてもずるいと、少女はひとり笑いをこぼした。こんなだから、どれだけ甘えられてもいやな気持ちにならないのだろう。

 

「なんか悪いね、じゃあ、遠慮なく……」

 

 湯気を立てる肉に、口を寄せて歯を立てる。前歯が軽くうずまると、ぱり、と音を立ててから、焦げた脂の香りが口いっぱいに広がっていく。

 

(……肉や、こいつは、肉や……!)

 

 あふれる肉汁は熱くて、うまい。肉の臭みはなく、霜降り肉に特有のやわらかさのおかげで難なく噛み切ることができた。ハンドルを手渡しつつ、まぶたを落として少女は口中の肉に酔う。うめき声が聞こえたのは、それとほぼ同時のことであった。

 

「うまっ、これうまっ! なにこれ、焼き加減絶妙すぎ、めっちゃうまー!」

 

(わかるうまい、さくさく噛み切れるのに噛んでるとじゅわってうまみが出てきてすごい。塩と香草だけなのに臭みもなくてもたれないし、そのくせ食べごたえ半端ないからなんかもうずっと食べてられるじゃんうまい)

 

 はぐはぐと肉を噛み切るひな鳥からハンドルを手渡されて、少女もまた焼けた肉へとかじりつく。二度目の味わいも初回の衝撃に劣らず、むしろ分析が進んだせいもあってかよけいに美味に感じるほど。

 

 しばしの無言は、ふたりが肉の味わいに集中している証拠だ。やや硬めな肉質のケルビとはまた違って、高級感を味わうような至福の時間。口の中の肉片を飲み下し、水筒の中身でのどを潤して、少女は友人に視線を向ける。

 

「ねえこれどこで買えるの! これどこに売ってるの、ねえ!」

 

「おちつこ、ね、あとで教えるから」

 

 そんな、危機迫る少女の様子にたじろぐ友人の姿はさて置いて。

 

 教えるという言質がとれた少女は、手で持てるほどに冷めた串からハンドルを取り外した。意図を察したのか、にへらと笑う顔は、得意げなものだ。

 

「お、いっちゃう? あるよー、もちろん、二回戦の肉もさー」

 

「さすが、百点満点の采配ですわ」

 

 こうしたキャンプの際、干し肉などの簡素な食事しか用意してこなかった少女には、作りたてのこんがりと焼けた肉は効果が絶大であった。今日の肉焼き当番を任されても構わないと思うていどには、すっかりと魅了されている。

 

 肉の焼けるにおいと、音。いつもより豪華な食事の時間は、ふたりで食べる食事の時間は、なんだかとても楽しい。ひとり旅に慣れているから、よけいにそう感じるのだろうか。

 

 ハンドルを回す少女の胸中は、その答えも含めて、誰も知らない。となりで肉を待つひな鳥に聞いたとしても、当然、わかることなどないだろう。

 

「……ま、いいんだけど」

 

「んー、なにが?」

 

「……ううん、なんでもない」

 

「なにがだよー、気になるよー」

 

「いいからほら、焼けたよ。今度はさ、そっちが先に食べていいよ。肉の用意、してもらってるんだし」

 

「おー、やったぜー」

 

 焼きあがった肉を、差し出しながら問う。話題を変えてごまかす手口は、肉のうまみも重なってうまい具合に成功したらしかった。

 

 肉をほおばる幸せそうな顔を確かめてから、自分もまた、ひと口。先ほどのものとはまた違って、小さな軟骨めいた食感が噛み締めるたびにかりこりと奥歯で弾けていく。

 

(おお、おお……うまい、うまいぞ、それに、なんだか、楽しい……なるほど、食べて楽しいってのは、こういう食感が独特なやつの表現だったのか……)

 

 ねえと、名を呼ぶ声に思考が止まる。得意げに見上げる瞳と視線が絡んで、なにと問いかけるまでに一拍がはさまる。

 

 古い友人との温度感とはまた違う、少しゆるめの、近くも遠くもない加減。それに油断していたからか、距離をつめられると言葉がうまく出てこなかった。

 

「楽しいね、こーやって、一緒にごはん食べたりするの。あのときさ、助けてくれなかったら、こんなふうに出かけることとか、なかったんだよね。だからさ、本当に、ありがとう」

 

 まっすぐな言葉というのは、どうしたって、揺さぶられるものがある。肉の串をつかんでいるという不恰好を忘れるほどに、気恥ずかしさで耳まで熱くなっていく。

 

「いや、別に……たいしたこと、してない」

 

「してるよー、私にとっては命の恩人だし。それにさ、私の周り、こういう仕事してる女の子って全然いないからさ。同業者の友達ができたのも、嬉しいんだよねー」

 

 かりこりと奥歯で弾ける食感も、あふれる肉汁のうまみも、すっかり忘れてしまうほど。照れくさくなるほどの空気の中で、うんと応じるのが精一杯だった。

 

 一見すれば向こうに照れた様子はないが、それでいて、いつものにへらとした笑みはない。だから、きっと、真剣な言葉なのだろうと察せる。

 

「……じゃあ、また、休みがあったら、さ。友達として、キャンプとか、行ってみよっか」

 

「おー、いいねいいねー。行ってみたいところ、たくさんあるんだよねー」

 

 どうにかこうにか、とぎれとぎれに。少女が思い切って口にしたのは、胸の中、どこかにあった自分自身の願いでもあった。

 

 思いがけずに得た友人の距離感が、心地いいから。もう少しだけ、知らないひとを知りたくなった、ささやかな好奇心が確かにある。

 

 ごく少数の気の置けない友人がいれば、それでまったく構わない。ひとりの、どこか寂しくもある時間が好ましくて、本を読みふけるのが好きだった。

 

 そんなだから、少女にとってもこの申し出は予想外のものだ。新しく友人を作ろうとするなんて、仕事を始めてからは考えることすらなかった。それがまさか、こんなことになるだなんてと、少女の口角は自然とあがっていく。

 

 悪い心地は、しない。むしろ、ふしぎなくらいに、胸が弾んでいる。いっそ、自分の気持ちを受け入れたからこそ、余裕のようなものさえ生まれていた。

 

 お菓子があると言って自分のかばんをがさごそとかき回すうしろ姿は、きっと照れ隠しだ。新しい友人は、いつものにまにま笑いを浮かべることもなく、どこかあせっているようにも見えた。

 

 気恥ずかしいのが一緒なら、楽しいのも、きっと一緒だ。最初に感情を向けてくれたことへの感謝を、少女はぽつりとつぶやく。まだ照れが出て大きな声にこそならなかったものの、気持ちをそのまま、口にできた。

 

 少女の声が、はたして友人の耳に届いていたのか、いないのか。ふたりきりのささやかな食事と、他愛のないおしゃべりと。ゆるやかに流れていく時間の中で、どんなやり取りがあったのか。

 

 それはまた別の、おはなし──

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