ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし   作:しゃくなげ

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雑話、試作品

 寒冷期、某日。

 

 寒さは以前よりも厳しさを増して、地域によっては豪雪になりつつある時期だ。ドンドルマにも雪は降るのだが、それにはまだ、少しだけ早い。

 

 ちょうど、風の冷たさが耳の先に痛みを感じさせるようになったころ。街をゆくひとびとの衣装が、厚手のものに切り替わったころだ。少女は、古くからの友人とふとしたきっかけで再会した。

 

 少し前に知り合った同業者とはまた違う、元気が服を着て歩いているような、ころころと笑う子という印象は昔のままだ。

 

 友人は、いくつになっても元気そうなままであった。この日はなんでも、仕事の都合でドンドルマに用事があったという。もののついでというのもなんだが、せっかくだからと食事に誘ったのは少女の側であった。

 

 いきつけの食堂で、いつものように店主のおすすめを頼む。うす暗い店内は使いこまれた木椅子の香りも相まって落ち着いたいい雰囲気なのだが、このところハンターたちが出入りするようになったこともあって、デートスポットとして活用されている気配はない。

 

 どちらであっても、数人のハンターさえ定着してしまえば経営難になることはないそうで、店主としては困ることもないという。そのくらい、ハンターたちはよく食べ、よく飲み、よく払う。飲食業からしてみれば、ハンター様々なのだ。

 

 そうした前提を、置いた上で。少女の友人は、満面の笑みを浮かべて運ばれる料理を口に運び、目を細めて咀嚼して、実にうまそうに平らげていく。主食も主菜も小鉢の類も、およそ、好き嫌いとは無縁の様相。実に、見ていて気持ちのいい食べっぷりである。

 

(……相変わらず、腹に猛獣を飼ってやがる)

 

 入店してから、三十分ほど。すでに四皿目に取りかかっている友人の健啖ぶりに見入るあまり、食事の手はすっかりと止まってしまっていた。

 

 尾の先まで二度揚げされた女王エビは、真紅に染まった甲殻さえもあまさず食べられる。店主のていねいな下処理のおかげで殻つきのままに背腸も抜かれ、臭みはまるで感じられなかった。

 

 ばりしゃくばりしゃくと歯応えを楽しむように噛み砕き、あふれる旨味を存分に味わい尽くした上で、ぷは、と勢いよく息を吐く。そんな友人が昔の姿と寸分違わず重なって見えて、ついつい、少女の口元がほころんだ。

 

「んぅー、おいしいね、このエビ!」

 

「おいしいのは認めるけど、ほんと、うまそうに食べるよな」

 

「えへへー、やっぱりそうなのかな。なんか、よく言われるんだよねー」

 

「だと思った。ほら、まだ足りないでしょ、なにか追加する?」

 

「うんうん、するするー! じゃあねぇ、えっとねぇ……そろそろ、甘いのも食べたいから……」

 

 メニューを差し出すと、友人はそわそわしながら次の料理を選び始める。尻尾があったなら、きっと、ちぎれんばかりに振っていたに違いない。

 

 こいつなら、あれもうまそうに食べるだろうな、などと。少女が想像のネタにするほどに、まずい食料がこの世には存在する。ハンターズ・ギルドの支給品のひとつが、それだ。

 

 思い立って名を呼べば、友人は丸い目をまたたかせ、不思議そうな声をあげる。

 

「あのさ、携帯食料、あるじゃん」

 

「あー……」

 

 とたんに曇った表情から、即座に少女も察する。いかに健啖家の友人であろうと、まずいものは、まずいのだと。

 

「だよな……」

 

「あれはちょっとねー……食感はぼそぼそしてるし、味気ないし、あとはほら、においもねー……」

 

 少女にとっては、かねがね、同意できる感想である。それと同時に、自分と似た味覚の持ち主だと改めて知ることができて、ほんの少しだけ安心もしていた。

 

「あ、そっか。長時間とかになるかもだし、お弁当を持ってくのって大変だもんね」

 

「そうそう、だから便利は便利なんだけどさあ。こう、出発前においしいもの食べていくと、落差がひどくてよけいにさ……」

 

「うーん、それは困るよね……持ち運びしやすくて、おいしいもの、おいしいもの……」

 

 別段、なんらかの解決策を見出せるとまでは思っていなかった。知恵遊びのようで楽しかったこともあり、少女が友人と頭を悩ませていると、

 

「おう、お待ちどお」

 

 と、店主が皿を運びながら現れる。客はふたりきり、配膳係のアイルーが休憩中ということもあって、今はひとりで十分に回せているようだ。

 

 皿の上には、黄金色をした楕円状の揚げ菓子が五つばかり乗せられている。手のひらに収まりそうな小ぶりのそれは、ひと口で食べるのにちょうどいい大きさに見える。

 

「おおー、こんがりしてておいしそうっ。揚げもの尽くし、たまらないよねえ……いただきますっ!」

 

 友人がひとつをつまむと、菓子は思った通りあっという間に口の中へと隠れてしまう。どれ私もと少女が手を伸ばすと、向かい側から感嘆めいたうめき声が聞こえた。

 

「カムラの里から、ちょいと豆を仕入れてな。団子の粉がねえから、うさ団子ってわけにゃいかないがね」

 

「んんー、あんこだー! ひさしぶりに食べたなぁ、いいなー、これ、ずっしり甘くておいしい!」

 

「おう、今日はよ、そいつを皮で包んで揚げてみた」

 

「うんうん、この皮も表面がさくさくしてて中はしっとりで、ちょっと塩気があるから甘いだけにならなくておいしい……あとを引く味っていうんですか、いくつでも食べられちゃう!」

 

 店主と盛り上がる友人をながめていると、料理好きは相変わらずかと感じられて、思わず笑いがこぼれる。食べものへの感情を声に出して喜ぶ友人の姿は、はたから見ていても気持ちのいい食べっぷりと相まって幸せそうなこと、この上ない。

 

(うん、確かに歯応えがあって、さくさく楽しい……あんこの甘さと塩気が、お互いを引き立てあう、なるほど……調和だな、これこそ、調和の味……)

 

 出遅れながら、少女も真似するようにひと口で食べてみる。皮とあんこが口の中で混じりあうと、塩気と甘味が交互に押し寄せて、思わずため息がもれそうになった。

 

(……うさ団子のときも、そうだったけど。あんこって、結構、おなかにたまるんだよな。私だったら、ふたつも食べたらおなかいっぱいになりそう……あ、……)

 

 なにか、とてもいい妙案を閃いた気がして、少女の動きが止まる。どうやら友人もなにかを思いついたようで、ほんの少しの間を置いてから、互いに名前を呼びあうことになった。

 

「いける、よな?」

 

「うん、たぶんいけるよ。あの、ちょっと相談があるんですけど、いいですか?」

 

 そんなやり取りをながめていた店主は、不意に向けられた真剣な面持ちに猫目をぱちぱちとまたたかせる。

 

「おう、なんだ?」

 

「このあんこを、ええと、こう、固めたいんです。うちの方だと、ようかんって言って、寒天とか使うんですけれど……日持ちして、甘いのになるから、保存食によくって。それなら、携帯食料、もっとおいしくなると思うんです!」

 

「ああ、ユクモのあれか、ようかんか。そいつを、携帯食料に……へえ、面白そうじゃねえか。そうだな、確か、寒天ならどこかに……」

 

 店主はのそのそと、調理場へと戻っていく。うしろ姿を見送りながら、ぐっとこぶしを握る友人の顔は、得意げだ。

 

「お姉ちゃんが、言ってたんだよね。ようかんって、すごい優秀な携帯食料なんだって」

 

「それな。ドンドルマだとようかんなんてまず見ないし、家でもあまり食べなかったから思いつかなかったぜ……」

 

「店長さんのおかげだよー。さっきのやつ、すっごくなつかしい味だったから、色々思い出しちゃった」

 

 えへへと、照れ笑いのようにしながら友人は最後のひとつを口の中へ収める。言われてみればそのとおりで、あんこの味わいもあってか、店主の揚げ菓子はユクモの揚げまんじゅうとよく似ていた。

 

(って、あれ、私、まだ一個だけ……?)

 

 皿の上には、もう、なにもない。

 

 目の前には、幸せそうに口を動かしている友人の姿。思い返してみれば、そうだった。友人の腹の中にいる猛獣は、今日も今日とて、元気なようだ。

 

「すみません、いいですか」

 

「おう、なんだ」

 

「さっきのこれ、もうひとつ……」

 

 言いつつ、少女はちらりと友人を見やる。照れ笑いのままで、自分も食べるとばかり、友人は二本指を立てている。

 

「……いや、もう三皿ぶん、お願いします」

 

 あいよと、調理場からは短い返事。はしゃぐ友人の顔は、いつにも増して楽しそうなものであった。

 

 

 

 それから、何日かのあと。

 

 仕事に一段落がついたころ、少女は背負った保護箱を地面にあずけて手近な岩へと腰を下ろす。

 

 狩猟場の寒さは街中のそれに輪をかけて厳しく、相棒のアイルーはすっかりとマフモフ装備から出てこなくなっている。少女もまだ同様で、寒さを防いでくれる防寒具から出ている顔が、とにかく寒くて、それから痛い。

 

 雪山や寒冷群島といった極限地帯でもないというのに、この時期の冷気は骨身にしみるものがある。だからこそ、試作品を確かめるのにうってつけでもあるのだが。

 

「ふ、ふふふ……」

 

「ご主人、ご主人、わらいかたがこわいニャ」

 

 アイルーの忠告を聞きながら、かばんの中をごそごそと探る。翔蟲を使って飛んだり跳ねたりするせいか、こうして中身がめちゃくちゃになりがちなのは困ったものでもある。

 

「このあたり、対策しないとだな……」

 

 いつかに向けた少女の決意は、さて置いて。

 

 ようやく見つけた目当ての品を、少女は誰に見せるでもないというのに高々と掲げる。この手のひとり遊びが好きだということを知っているのは、きっと、アイルーくらいのものだろう。

 

 手のひらに収まるていどの、店主お手製の携帯食料。手袋越しの指でも食べやすいように、草色の包み紙はざらりとしていて剥がすのが容易だ。包の中から現れる黒くつやつやとしたそれは、いつだったか、故郷で食べたようかんと実に似ている。

 

 足元では、アイルーがぴょんぴょんと飛び跳ねて、少女の手の中を見たがるように両手を振り回している。その姿が愛らしくて、つい、なにを持っているか見せないように意地悪をしてしまう。

 

「ニャ! ご主人、きにニャる、それ、それ!」

 

「まあ待て待て、まずは発案者の私から、いただきます」

 

 白い息をもらしつつ、少女はひとつ丸ごと、携帯食料を口の中へと放る。粘度が高くねっちりとしていて、歯触りは記憶の中のようかんよりもやや硬め。この大きさでも食べ応えがあって、満足感につながっている。

 

(おお、おお……! やっぱり、甘いのって、いい……! そうだよ、これだよ、仕事の合間の息抜きってやつはよう……手軽に食べられる、おやつ……なんて、すばらしいものなんだ……)

 

「ニャ、ご主人、ご主人、ぼくにも、ぼくにも!」

 

 くいくいと袖を引かれつつ、少女は口内の甘さをじっくりと堪能して、水筒の中身をすする。渋めの茶が残る甘さを洗い流すようで、寒空の下であってもおだやかな心地になるほどの、えも言われぬ多幸感がそこにあった。

 

「ご主人、ご主人!」

 

「はいはい、わかってるって。まだ、三つは持ってきてるから……」

 

 そうして、少女はかばんの中を探す。探すのだが、肝心のものが見つからない。

 

「……あれ、おかしい」

 

「ニャ、ご主人、くろいのは?」

 

 確かに、四つ。店主から渡された試作品を、昨日の夜中にかばんの中へ入れてきた。現地について疲れるまで働いて、そこから食べようと思っていたから、道中で食べたはずはない。そも、食べたような記憶もない。

 

「……ん?」

 

 だが、ふと引っかかる。なにか、今、おかしいことがあったのではないか。少女の頭は、糖分を補給したこともあって、いつも以上に冴えていた。

 

 なぜ、知っているのか。見せていないはずなのに、どうして知っているのか。

 

「………………」

 

「ニャ?」

 

「なあ、黒いのって、言ったよな」

 

「……言ってニャいニャ」

 

 気まぐれの意地悪をしたせいで、アイルーはまだ、包み紙の中がどんな色をしているのかは知らないはず。だというのに、確かにさっき、言っていた。

 

 少女がじっと見つめると、アイルーの猫目が、わかりやすいほどに泳ぐ。限りなく灰色に近い黒だと、そう自供しているかのようなうろたえぶりだった。

 

「言ったよな」

 

「言ってニャい」

 

 しばしの、沈黙。消えた携帯食料、包み紙の中身を知っているアイルー、甘いおやつ。導き出される答えなんて、ひとつしか、ないのだ。

 

「おっ、おっ、おまえー! おまえおまえおまえー!」

 

「ニャー!」

 

 わめきながら追いかけて、騒ぎながら逃げていく。おやつの争奪戦は、どうやら、アイルーの勝利に終わりそうである。

 

 作り手である店主の食堂はこの試作型の携帯食料がハンターたちの評判となって、もう少しだけ今より栄えることになるのだが、それはまた別の、おはなし──

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