ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし   作:しゃくなげ

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雑話、金策

「腰が、いてえええええ……!」

 

 空は高く、雲ひとつなく。少女の嘆きは、吸い込まれるように消えていく。

 

 大地に目を下ろしてみれば、耕された豊かな土壌と、どこまでも続いているような緑色。とある山の中腹に拓かれた広大な農園には、静かでおだやかな時間が流れていた。

 

 少し冷たい風が運ぶのは、土のにおいに草のにおい。それから、熟した果実の甘い香り。加えて寒さのせいか虫もいないと、作業のしやすい状況ではある。

 

 さて、この状況においての作業とは、果実の収穫だ。熟したシナトマトを指示されたとおりに、はさみで切り取っていく単純な作業だ。

 

 遺品回収を生業とする少女とは、本来であれば縁のない農作業。なぜこのような状況になっているのかといえば、当然ながら理由がある。

 

「ニャ、手が止まってるニャ、休憩まであと十分も残ってるニャ!」

 

「はーい、すみません……」

 

 指導役のアイルーは、どうにもこうにも容赦がない。のんびりしている自分の相棒とはまるで異なる仕事の鬼ぶりに、少女はすっかり押され気味だった。

 

 高山地帯で生育されていたシナトマトは、寒さが増していく今の季節が食べごろだ。濃厚な甘さと高い栄養価が人気の食材は、出荷の日を目前にしてまさに収穫の繁忙期を迎えていた。

 

 目をこらせば、向こうやあちらで、少女と同様に収穫作業に従事するアイルーや人間の姿が小さく見え隠れしている。少女が見る限りでは、誰も彼も手際よく赤い果実をかごに収めている様子であった。

 

「ここ、どう見ても一番の激戦区じゃないか、店長め……」

 

 形よし、色艶よし、重さよし。手袋越しの指でも感じられる果実の質は、早朝からの作業で疲れきった身体に染み渡りそうな滋味を感じさせる。空腹感がせりあがって、おなかが大きな音を立てた。

 

「ぐっ……!」

 

 音を聞きつけたらしく、アイルーの耳がぴるぴるとゆれる。気恥ずかしさと情けなさで、耳まで熱くなっていく。

 

 だが、さて。容赦のない鬼のようであった指導役のアイルーは腹の音をとがめるでもなく、きょろきょろと周囲を見回して、少女のかたわらに近づいてきた。それから、まるでいたずらをする子どものように、ひそめた声で少女の名を呼ぶのだ。

 

「ニャ……空腹、ってやつかニャ? 仕方ニャいニャあ……」

 

 などと言いつつ、がさごそと、生けっているシナトマトに手を伸ばす。するどい爪を伸ばして、ぷつりと、あざやかな手つきで食べごろの果実をひとつ、もぎりとってみせた。

 

「……い、いいんですか、おやっさん」

 

「ニャ、腹が減ってはニャんとやら、だニャ。ボクもおニャか空いてたし、こっそりおやつにするニャ!」

 

 他人の温かさに涙が出てくる、ということはなかったものの、ありがたい申し出は事実である。ふたりは隠れて、ほんの少しの悪さを働く。歯を立てた果肉は柔らかく、口の中で溶けるようにほどけていった。

 

「それにしても、まだまだ力の抜き方にニャれてニャいニャあ、おまえ。臨時雇いのやつらって、みんニャこうだニャ」

 

「……へい、不器用なもんで」

 

 同じ釜の飯というわけではないが、ひとつの果実を分けあいながら食べると、奇妙な連帯感を覚えるものだと知った。

 

 慣れない軽口なんかを叩きつつ、指導役と少し早めの休憩を堪能し、痛む腰を労ってやる。そうしていると、普段はあまりしないような会話も、少しばかり盛り上がるのだ。

 

「それで、ニャにしてお金が必要にニャったニャ? おまえ、博打うちって顔じゃニャいニャ、そういうのめっぽう弱そうだニャ」

 

「ぐっ、意外とひとを見てやがる……まあ、はい、ちょっと色々あって……」

 

 ぽつぽつと、少女は語る。

 

 次の依頼があるというのに、農場で臨時雇いの仕事をしなければならなくなった、その理由を。

 

「ナルガクルガって、いるじゃないですか。あの、黒くて、素早い」

 

「ニャ」

 

「あれって夜行性の竜だから、夜目が利くって話で。それで、その目を使って、あの、眼球のなんとかって部分が、こう、光を集める……のかな? とにかく、そういう仕組みらしくて、少しの光でも明るく見えるようになるって」

 

 詳しいところまでは理解しきれていないものだから、少女の説明は、どこかあやふやな部分が多い。それでも指導役のアイルーは、果実をもしゃもしゃとかじりながら、とがった耳を立てたり寝かせたり、語り口調に聞き入っている。

 

「洞窟とか、暗いから灯りが必要になるし……でも、そうなるとほら、手が塞がって不便で、そこにきてこう、被るだけでいい、みたいなのがあるから……」

 

「……つまり、それって」

 

「買っちった……一割引で、九千ゼニーって言うから……」

 

 マフモフ一式の五百ゼニーで悩んでいた昔日を思い出して、胃のあたりに締めつけられるような痛みを感じ、少女の表情がどんよりと暗くなる。重たい負の空気にはさすがのアイルーも言葉に詰まっている有様だ。

 

「ハンターならそもそも目がいいし、最近だとあの灯蟲ってのがいるから、暗さとか気にならないだろうけどさあ……私は、私みたいな普通の人間は、そうでもしないとやってられないんだ……」

 

「し、将来への投資だニャ、これで暗いところとか夜の仕事とか、受けられるニャ! おまえほら、遺品回収してるって聞いてるニャ!」

 

「それがね、私、買ってから気づいたんですわ。夜間の仕事って、基本的にめちゃくちゃ危険だから受けないだけだって。暗いからじゃなかったんだよぉ……!」

 

「おお……」

 

「洞窟も暗いけどさあ、そもそもせまい洞窟の中って竜も入ってこないから、ハンターが戦う場所でもないしさあ! うう、やっちった……」

 

「ニャ、ニャあ……もうひとつ、食べるかニャ……?」

 

 めそめそとうなだれる少女の様相に、なんとか慰めようとアイルーがふたつめの果実へと手を伸ばす。

 

 つまるところ、新しい装備に手を出したはいいものの、それで客が増えるというわけではない。結果として手持ちの金が底をつき、最後の頼みの綱として知古の店主を頼った結果、この農場で働くことになったというわけである。

 

 それがもしかして無駄な買い物だったのではあるまいかと気づいてしまって、少女がそれなりの心の痛みに押しつぶされそうなのは、さておいてというわけにもいかず。差し出された果実は甘いのに、ほんのりと塩の味も感じられそうであった。

 

「しかし、おまえ、思いきったニャ。大きい買い物って、心臓ばくばくで苦手だニャ」

 

「いや私だって苦手ですよ」

 

「ちニャみに、遺品回収ってどのくらいのもうけにニャるんだニャ?」

 

「……一回あたり、このくらい」

 

 投資額と比べると、いつもの仕事の収入が圧倒的に安いのは、アイルーの反応からしてもすぐにわかる。それがまた胸の内をぐさりとえぐるので、もうやけ食いするしかなかった。

 

「使いみちもいまいちだし、値段が値段だから壊したらと思うと使うのも怖いし、失敗したと本気で思い始めてるよ……」

 

「ま、まあ、仕事の目標だと思えば、まだ捨てたもんじゃニャいニャ! 張りを保つためにも、こう、じっくり元をとってやろうって心意気が大事だと思うニャ!」

 

「うう、資金難で副業も始めることになるだなんて……夢にも思わなかったぜ……」

 

 アイルーが少女を慰めているうちに、どこか遠くから角笛の音が聞こえてくる。昼の休憩を教える音に、今さらながら我に返って、少女は手の中に残っていた果実を口の中へと押しこんだ。

 

「ニャ、お昼にするニャ。……三つくらいまでニャら、食べてもいいニャ」

 

「くっ、親方、すまねえ……盗み食いがバレたら、私も一緒に怒られるから……」

 

「まあ、ここはボクの農場だから、怒られニャいニャ。ニャんだったら、売り物にできニャいやつをわけてやるニャ!」

 

「おい突然の金持ち発言やめろ」

 

 ひとも、猫も、見かけによらないらしい。指導員だと思っていたアイルーが農場主だと知った少女の頭は、おどろきも相まって真っ白だ。

 

「とはいえ、収穫手伝いだけじゃ、ちょっと副業としては弱い気がするニャ。おまえ、ほかにも仕事の口とか、つてがあるニャ?」

 

 存外にも、農場主は少女の痛いところをついてくる。ふるふると首を振る様子を見ながら頭のうしろで手を組むと、農場主はその場に寝転がって空を仰いだ。

 

 不意にもれた猫の声は、意味をなさないもの。言葉ではない鳴き声は、考えごとをしている最中だとか、不意に呼びかけられての反応だとか、少女が見ている限りではそういうときに出るものらしい。今はちょうど、前者のようである。

 

「うちも、もう少ししたら収穫が一段落だからニャあ……ずっと雇うわけにも、いかニャいしニャあ……」

 

「……まあ、店長の皿洗いとか、そういう方面でも探してみるよ。こういうとき、加工屋の職人って強いよね。ハンターがいる限り、仕事がなくなることもないし」

 

「ま、そこはうちも似たようニャものだニャ。ギルドの食堂とか、お得意様だからニャ。だいたい、このくらいで買ってもらってるニャ」

 

「ぐっ、金持ちめ……!」

 

 くすくすと笑う農場主の顔は、いたずらっ子のようでどこか愛らしい。農場主というからにはそれなりの年齢なのだろうけれど、若いアイルーとの見分けは少女にはつきそうになかった。

 

「……そう考えると、店長のデカさって、いったい……」

 

「ニャ?」

 

「あ、いや、なんでもない……です」

 

 ふと浮かんだ疑問が、思わず口からこぼれていた。ふしぎそうに見上げる農場主に少女が答えると、あちらはあちらでなにかを思いついたらしく、こぶしを作って手のひらを打つ仕草をやってみせた。

 

「そうだニャ、思いついたニャ! 遺品回収してるニャら、狩猟場の歩き方とか、わかるニャ?」

 

「え、あ、まあ、はい、それなりには」

 

 突然のことに、少女はまだ思考が追いつかない。農場主は華麗に跳ね起きると、腕組みしたままで少女の眼前を行ったりきたりし始める。

 

「つまり、釣り場に、行けるはずニャ。地図を見れば、どのあたりかわかるはずニャ」

 

「……まあ、そのくらいなら」

 

「あとは、釣りをする許可を持っていれば……」

 

 なるほどと、少女もようやく口にする。農場主のひとりごとで、納得がいった。狩猟場において、ハンターではない案内人というものは、客の歩調にあわせるという意味でも悪くない話ではある。

 

「でも、許可が出るかな」

 

「そこはまあ、やってみニャいとわからニャいニャ。そういうのも含めて、ボクはギルドにかけあってみたいニャ。釣りたてのサカニャを食べたい気持ちは、アイルーなら止められニャいニャ!」

 

 えへんと胸を張る農場主の仕草は、そもそもの骨格が同じせいか、相棒のそれとよく似ている。既視感も相まって、少女はつい、口元をほころばせた。

 

「じゃあ、うん、わかった。もしもできそうなら、私がやるよ、釣り場への道案内。……釣りは、できないけど」

 

「ニャ、任せるニャ、そのあたりはまとめて許可を取れるように……」

 

「いや、あの、エサの虫が、むり。さわれない、ほんとだめ」

 

「ニャさけニャいやつめ、そしたらボクが釣ったのを分けてやるニャ。ちゃんとお給金も出すから、安心するニャ!」

 

「親方、すまねえ、すまねえ……」

 

 思いもよらない農場主の提案に、少女の気持ちもすっかりと上向いていた。

 

 うまくいくのかどうかは、さして問題ではない。だめだったとしても、別の仕事を探すだけだ。今はそれより、こうして会ったばかりの相手から、優しくされたことの方が嬉しいのだ。

 

「午後からはさ、泣き言とか言わないでがんばるよ。三つもごちそうになったし、うん、あんたに損はさせねえぜ……!」

 

「ニャ、がんばりすぎて腰を壊したりしニャいよう、気をつけてニャ」

 

 農場主の気づかいに、少女はおだやかな笑みをみせる。農場主もまた楽しげに笑ってから、ぴょんぴょんと飛び跳ねて踊ってみせた。

 

 もしもうまくいったなら、そういう仕事ができあがって、稼げるようになるのかもしれない。ともすれば、今の仕事よりもずっと客の数は多いだろう。農場主だって、商売人なのだ。それを見越していないはずがない。

 

 だから、もしも、そうなったなら。自分はどうするのだろうかと、少女はふと考える。今よりもずっと稼ぎが増えて、生活も楽になるのだとしたら。

 

 まだまだ絵空事でしかないささやかな思いつきだが、甘い話のようではある。ただ、心がぐらつくようなことはなく、それでまた少女は安心した。

 

「……うん、そうだね。稼げるから、やってる仕事じゃないし」

 

「ニャ?」

 

 仕事に戻る、寸前。ふしぎそうな顔の農場主に、少女はめったに見せないような、どこか得意げな笑みを向ける。

 

「あー、ううん。私は、今の仕事に、誇りを持ってやってるなって」

 

「ニャ。おまえ、そういうやつだから、信頼できる気がしてるニャ。博打に手を出して破滅とか、だめだからニャ」

 

「博打はしねーって、弱いし」

 

 それから先は、腰の痛みに耐えながら、泣き言をひとつも口にしない仕事の時間だ。疲労はたまっているものの、午前中よりも心はずっとおだやかだった。

 

 農場主の手伝いをして、多少の賃金と、傷やら色むらのあるシナトマトをどっさりと分けてもらう。いつもと違う仕事の一日だったものの、そんな中でふと、自分のことが見えた気がした。だから少女にとっては、なんてことのない、けれどかけがえのない一日だ。

 

 農場主があれやこれやとギルドに取りつけて少女が案内人の役割を果たすのも、暗所の視界を確保できるはずの装備を「壊したらもったいない」と使い渋るのも、釣りの結果に至っても。

 

 それこそ、もっと先に起こるであろう九千ゼニーの返済によるさまざまな騒動に関しても、それらはまた別の、おはなし──

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