ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし 作:しゃくなげ
依頼人に遺品を手渡し、何事もなく仕事を終わらせた少女は、その日、とあるひとつの決心をした。
太陽はまだ空高く、夕暮れには遠い。寒空ではあったものの、やわらかな陽射しがあるおかげか、いつもよりも暖かく感じる。そんな、変哲のない一日のことである。
ひとしきりの受け渡しを終えて、アイルーと少女のふたりきりになった店内。応接用の机に上体を預けてくってりと脱力をする、だらけた数十秒を堪能した上で、少女は立ち上がるのだ。
「よし、さすがに、やる」
「ニャ……ご主人、まるかじり、やめる?」
「やめる、さすがにもうやめる。私はやるぜ、やってやるぜ」
「ニャ!」
もとはといえば、少女の買い物が原因であった。
とある装備を勢いに任せて購入した結果、久方ぶりの極貧生活とあいなったのだ。どうにか糊口をしのごうと、とある農場で日雇い労働に従事した結果、少女は農場主から気に入られ売り物にならない野菜をたっぷりとわけてもらえた。
そこまでは、よかった。
売り物にならない野菜といっても、小さな傷があったり色むらがあったりと、味や品質に問題はない。しばらくの間、食うにも困るという展開は避けられた。
実際、依頼もいくつか入ったおかげで、経済状況は火の車には違いないものの、絶望的というほどではない。もうしばらくすれば、生活面での困窮からはひとまず立ち直り始めるだろう。
残されている問題は、差し迫ったものではない。だが、少女とアイルーにとっては、切実な問題であった。
「今日は、料理を、するんや……!」
「ニャ!」
実の、ところ。少女は勤勉なようでいて、ものぐさであった。料理をするのは思い立ってもめんどうで、片づけるのもまたしかり。結果として、農場主からもらった野菜は、水洗いして丸かじりの毎日である。
そうなると、やってくるのは飽きだ。いかにうまい野菜であっても、毎日毎日、工夫もせず同じように丸かじりでは飽きがくる。今までは忙しさを理由にごまかしていたものの、今日で抱えていた仕事も一段落とあって、目を背けるわけにはいかなくなったのだ。
「シナトマトと、ベルナスは、ある。店長から、特産キノコもちょっとだけもらった」
「……やさいばかりニャ」
「まあ、私もそこはわかってる。だから、肉の調達をしよう」
「ニャ!」
このところ、肉食をできずにしょんぼりしていたアイルーも、少女の言葉には飛び跳ねんばかりに喜んでいる。それから少しの間を置いて、恐る恐るといったていで問いかけるのだ。
「……ところで、ご主人、りょうり、できるニャ?」
「……材料切って鍋にぶちこんで、煮るだけでいいってやつだから」
予想のとおりの不安な返答に、アイルーの肩はがっくりと落とされた。ぐぬ、と悔しげな顔をするものの、少女の余裕はまだ崩れない。
「まあ、今回のは大丈夫、自信あるから。ちゃんとレシピもある料理だし」
感謝すべきは、にこやかな笑顔で教えてくれた友人である。さすがにその名前を聞けば、アイルーの期待も回復したようで、小躍りする始末であった。
「ってことで、買い物、行ってくるね」
「ニャ、キッチン、じゅんびしておくニャ!」
「ということで、準備した食材がこちらです」
元々あったのは、シナトマト、ベルナス、特産キノコの三点だ。追加購入したガーグァのもも肉とレアガーリック、香草類を数点ほどに調味料があとに続く。
並べられた食材を前に、やってやりましたよと言わんばかりの少女の顔は、満足げである。たいてい、こうして買い物に行って満足してしまうのが常であったが、今日はそうもいかないのだ。
「えー、と……シナトマトは、細かく切って……いや、最後につぶすし適当でもいいか……で、鍋にぶちこんで、調味料も入れて……あ、肉と野菜、切っておいてくれる?」
「ニャ……おにく、まるかじり……」
「しねーよ、せっかく料理してるのにだめだろそれやったら」
残念そうにしながらも、アイルーはもも肉をひと口大の大きさに切り分け、余分な脂肪を刃先で取り抜き始める。そのかたわらで、少女は火にかけた鍋の中でトマトに火を通していく。
「で、えーと、肉は塩コショウで下味をつける。皮がパリパリなのが好みなら、フライパンで焼けってさ」
「ニャ、かりかり、すき!」
「おい待て、今気づいたけど肉より先に野菜から切れよ、まな板二回洗わないといけなくなるだろ」
まったくもうなどと少女は偉ぶっているが、アイルーに的確な指示を出せるほどの調理技術はもちろんない。注釈の助言を読み飛ばしてわかりやすいところから始めてしまうからこうなるのだが、アイルーにとっても、それは言わぬが花であった。
けんかをするより、小さな失敗をしつつもふたりで楽しくやれればいい。効率的とは、きっとほど遠い。けれど、不慣れであっても充実した時間なのだから、それでまったくいいのだ。
「ご主人、ご主人、やさいもきれたニャ!」
「よし、そしたら肉を炒めて。おおー、すごいなこれ、どろどろでもうソースみたい。で、ここに、野菜も入れて……おー、いいにおいしてきた……」
「ニャ、おにくのにおい、すき!」
「なんでこうさ、ガーグァの肉って焼くとたまらんにおいになるんだろうな……もうなんか腹、減ってきちまったぜ……ここまでがんばったし、もう食べてもいいかな……」
「だめニャ、せっかくいっしょにやってるニャ、さいごまでつくるニャ!」
「くっ、仕方ねえ……空腹に耐えるぜ、私はよう……」
あまり使われることのないキッチンは、ひさしぶりの料理の香りと、それから和気あいあいとした空気で満ちている。
ガーグァの脂がじわじわとこげ始めるにおいが、否応なしに食欲をそそる。つまみ食いをアイルーからたしなめられて、肉も野菜もぶちこんだ、ごった煮めいた鍋の中を覗きこむ。
「……これ、結構いい感じじゃない?」
「ニャ、おいしそう」
少女もアイルーも、予想以上のできばえに、いつもより得意げだ。せまいキッチンということも忘れて、ハイタッチをするくらいには、ごきげんであった。
「へへ、やってやりましたぜ、親方……あんたの野菜、無駄にはしねえからよ……」
「だれニャそれ」
「まあ、話せば長くなるから先にごはんにしよう。店長の知り合いの農場主でさ、野菜とかくれたの」
「ご主人、ご主人、ぜんぜんニャがくニャいニャ、おさらをだすまえにおわったニャ」
「うるせーしらねー、ほらほらごはんだ」
「ニャ!」
「そして食べ終わったお皿がこちらです」
「ニャ、おいしかった!」
「いやうまかった、我ながらめっちゃうまかった。これさ、今日はパンで食べたけど、パスタもぶちこんだらトマトソースになるじゃん。あとチーズ入れるのもうまそう」
「ニャ、かのうせいはむげんだいニャ!」
毎日となれば、そうもいかないのだが。たまの料理というものは、始めてしまえばここまでは、この段階までは楽しい気分である。
慣れないながらに食材を切り、味付けをして、火を通し、あれやこれやと盛りつける。普段料理をしない少女にとってそれらの作業は非日常であって、多少の失敗も楽しめるのだ。
そう、ここまでは。
ちらとテーブルの上を見れば、トマト煮込みのよごれが目立つ皿、ふたりぶん。おかわりをしたせいで、キッチンには同様の汚れが目立つ鍋やら、もも肉を炒めたフライパンやら、まな板やら包丁やら。
仕事を終えたあと、大小さまざまな道具たちは、汚れを洗浄して動作不良がないか確認し、手入れをした上で次の仕事まで休ませる。少女にとって、メンテナンスは日常なのだ。
「……料理をしない理由ってさあ、やっぱ、これだよな」
そう、つまり。
少女にとっての非日常は、調理の工程と、自分の手で作り出した料理を食べるまで、だ。作業に使用した道具の洗浄やら手入れやら、そうしたもろもろはどうしたって仕事と似ている。どうしたって、似てしまう。
必然、非日常から日常へと戻されてしまう。戻されてしまうと、次に出てくる感情はひとつきりだ。
「片づけって、やっぱめんどくさい……」
「ニャ、ご主人、やるニャらやらねば」
「わかってるけどよう……」
突き詰めると、料理の工程でも一番の辛さはこの片づけにあると少女は思う。調理はまだ、これから先に食べるという楽しみがある。片づけは逆に、なにの楽しみも残されていないから辛いのだ。
「こうやってさあ、片づけの段階になると思うんだよね。もう、二度と料理なんてしねーって」
「ご主人、ご主人、だめニャかんがえ!」
「わかってるよ……次はもっとこう、片づけも楽にしないとな」
「ニャ……つくりニャがら、あらうしかニャいニャ……」
「その手があったかー……」
一品だけの食卓ですらこれなのだから、本気であれこれ作ることがあったなら、きっと自分は汚れた皿を溜めこむことになるだろう。ぼんやりと思う少女をよそに、アイルーはてきぱきと、食べかすやら野菜くずやら、生ごみの類をかき集めていた。
働きもののうしろ頭を見下ろして、ほんの少しの間を置いてから。おもむろに手を乗せて、わしわしとかき混ぜてやる。突然のことにびっくりしたのか、尻尾の毛並みがぼわりとふくらんだ。
「ご主人、びっくり!」
「ごめんごめん、なんか、つい。そうだな、私も片づけしなきゃだ」
こういうときは、どちらかが動き始めると、残ったひとりもやる気になれるものだと知っている。進んでその役割を果たしてくれた相棒に、感謝の目を向けて少女は笑う。
相棒もまた得意げになって胸を張り、テーブルの上の汚れた皿を持ち上げてみせた。ほほえましい姿に少女が和んだのは、ほんの、一瞬のこと。
擬音で表現するのなら、きっと「つるり」だろうと少女は思った。毛並みの乱れがあったのかもしれないし、皿の表面に油が跳ねていたのかもしれない。もしかすると、もっともっと大きな目に見えない意思だとか、そういうものの力かもしれない。
とにかく、さておいて。支えによって持ち上げられていた皿は、支えを失うと落下する。事実はそれだけで、純粋かつ残酷だ。
「あっ」
「ニャっ!」
擬音で表現するのなら、きっと「べちゃり」だろうと少女は思った。えてして、こういうときの皿というのはなぜか汚れた面を下にして落ちていく。アイルーの頭に、ちょうど大きな帽子をかぶったようにして、皿の落下はひとまず止まった。
「……」
「……いやニャ」
ふるふると、小さく力なく、アイルーは首を振る。必死の訴えも、皿をのければ現れるトマトソースがべっとりと付着した毛並みの有様には逆らえないのだ。
「どうやってその頭で寝るんだよう、ベッドでさあ」
「……いやニャ!」
今度は、やや強い拒絶。じりじりと後退を始めるアイルーと、にじにじと距離を詰める少女。逃げるものと追うものと、わかりあえていたはずのふたりが決別に至る瞬間だ。
「来い、お風呂で洗ってやる!」
「おふろは、いやニャあ!」
どたばたと騒がしく、店内を駆け回るふたり。水が好きなアイルーもいれば、水が嫌いなアイルーもいる。少女の相棒は後者であって、入浴のたびに、この、これである。
加えていうなら、追いかけっこが始まると野生の本能とやらが触発されるのか、やたらと走り回ってしまうものだから。
「ああー! おまえ、おまえおまえおまえー!」
がしゃん、どじゃあ、ぐしゃあ、などなど騒々しい音が店内のあちこちで鳴りひびく。そこに少女の嘆きも重なるから、もはや、地獄絵図と呼ぶに相応しい様相である。
ひっくり返った皿の汚れが床を飾るラグマットにシミを作ったり、落ちたグラスがふたつに割れたり、職場での風呂騒動は決まってろくな結果にならない。ならないとわかっていても、始まってしまえば仕方がない。
大騒動の末に捕まったアイルーは毛並みをきれいに洗われ、倍増した片づけに少女とふたりで泣き言をもらすのだが、それはまた別の、おはなし──