ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし   作:しゃくなげ

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雑話、大社跡にて

 錆鉄のにおいは、血液のそれに似ると聞く。なんでも、人間の血液には鉄分というものがあるそうで、それは鉄と同質なのだという。

 

 昨夜の本に書いてあったことが事実かどうか、それを知る術は少女にはない。ただ、なんとなく、そんな気がすると思うくらいだ。

 

 似ているというのはあくまでひとの感性によるもので、ひとよりずっと嗅覚に優れたいきものたちは、鉄錆と血液を間違うことはない。屍肉を食らい血をすするいきものであっても、錆びた鉄に齧りつくものはまずいない。

 

 仮に飛竜の素材を用いた武具であっても、なんとかという薬品だとか薬液だとかでどうこうしているから、自然のいきものに食料だと認識されることはほとんどない。

 

 だから、というのも妙な話ではあるが、むくろを見つけることは叶わなくても装備を見つけることはそれなりに容易だ。

 

 誰も拾おうとしないからこそ、力を持たない少女の生業は成り立っている。食料にならない狩猟道具をねぐらに持ち帰るのは、せいぜい、光るものを好む野生のアイルーやメラルーくらいだろう。

 

 調査をするなら、一に現場、二にネコの巣。それなりの経験で、少女も目星のつけ方は身についてきている。

 

 ひとしきりの戦場を探り、遺品があればそれでよし。それらしい場所で肉球の足跡を見つけたならば、となる。今日の調査は後者で、つまりは、マタタビの出番であった。ハンターたちには無用の長物であっても、アイルーたちとの交渉にマタタビは不可欠なのだ。

 

 大社跡、中央。見上げるだけで首が痛くなるような山の上、つたのはしごを登った先にネコの巣がある。夕暮れに差し掛かった時刻、少しずつ夜の闇が近づいてくる残照のころあいだ。

 

 ハンターたちは、垂直にそり立つような崖を平地のように駆け上がっていく。実際、少女も何度かその光景を目の当たりにしたが、とてもまねできるような芸当ではない。

 

 はしごのようであっても、自然物であって本物のはしごではない。足の置き場を見つけるのも苦労するし、荷物を背負った身体を持ち上げるのはそれだけで消耗するのだ。

 

 翔蟲で跳び上がり、つたにしがみつくようにして呼吸を整えもう一度。そんなやり方でどうにかこうにかよじ登るのが、普通の人間でしかない少女にできるやり方であった。

 

 休み休み、時間をかけて、ゆっくりと。アイルーたちの鳴き声が聞こえ始めるころには、山の向こうに沈みかけていた太陽が、半分ほどまで姿を隠してしまっていた。

 

 ひょいと跳び上がるようにして最初に岩壁を登り終えたのは、少女の相棒である。小柄な身体は風に吹かれる羽毛のように、崖のような岩肌を軽々と登っていったのが下からよく見えた。少し遅れて、少女の上体が頂きに到達する。

 

「これ、ほんと、きっつ……」

 

 身体を地面に預け、つたの絡まりを踏みつけて、脚力を使って登りきる。野生のアイルーたちからもの珍しそうに見られながら、相棒のアイルーに腕を引かれて、ようやくの登頂であった。

 

 ぜひぜひと切れる呼吸を整えるまで、しばし。痛む肺に酸素が満ちるまで、心臓はばくばくと早鐘のように脈を刻み続けている。のどの奥から胸の半ばにかけて、じくじくとした痛みが駆け抜けていった。

 

「……ふう。よし、任せた」

 

「ニャ!」

 

 水筒の中身を飲み下すとほてった身体が冷まされるようで、少女の思考もようやく鮮明になっていく。酸欠から解放されたことも相まって、かすんでいた視界も一気に透き通るようだった。

 

 アイルー同士のやり取りは、獣人同士の言語で行われる。ゆえに少女は彼らがなにを話しているのかは理解ができない。理解はできないのだが、彼らは身振り手振りを交えて会話をするようで、なんとなくほほえましい光景に感じられた。

 

 ほどなくして、相棒は少女の元へ戻ってくる。両手を広げて二本足で歩くのは、アイルーたちのよくやる仕草だ。

 

「ご主人、ご主人、それっぽいのがあるみたいだニャ」

 

「よしきた、回収させてもらおう」

 

「ふニャ……またたび……おお、またたび……」

 

「ダメだってんだ、こいつめ」

 

 獣人族の貨幣は肉球のスタンプだが、こうした交渉ではマタタビの方が効果的だ。

 

 各地で好印象を与えておけば、彼らも気まぐれに助けてくれることを、少女は祖父から教わっている。ネコの抜け穴を教えてもらって、あわやというところでリオレイアから逃げおおせたこともあった。そういう持ちつ持たれつのため、マタタビは役に立ってくれる。

 

「あの、よかったら、これ……」

 

「ニャニャっ、マタタビじゃニャいか! おまえ、見どころあるニャ!」

 

 少女がそっと差し出したマタタビに、我も我もとアイルーメラルー問わずに群がり、ごきげんの様子で方々に散っていく。

 

 その場に座りこんでにおいを確かめるメラルーもいれば、草葉の中に飛びこんで身を隠しながら味わうアイルーもいる。ネコの巣は、今日も今日とて、平和なようだ。

 

「それじゃ、ちょっと失礼しますね」

 

 念のために声をかけてみたが、気の抜けた鳴き声が返ってくるだけだった。少女はあらためて、ネコの巣の奥へと入りこんでいく。

 

 見上げるほどの大岩に、絵の具で描かれた落書きのような模様。ネコ地蔵というらしいそれは、きっと、彼らの信仰の対象なのだろう。だからこそ、扱いは丁重に。

 

(ちょいと、探らせていただきやす……)

 

 手をあわせて拝むのは人間、それも一部の地域に特有の文化であるが、敬意を払うことに変わりはない。少女は無言でまつ毛を伏せ、一礼をしてからしゃがみこんだ。

 

「あるかなぁ……」

 

 モスジャーキー、ハチミツ、なにかの鱗。お供えものなのかわからないが、ネコ地蔵の足元にはごちゃごちゃと、雑多にものが並べられている。

 

 中にはなまものも供えられていたが、定期的に掃除されているようで腐敗臭はない。思えばネコの巣も、糞尿のにおいは感じられなかった。存外にきれい好きなのだろうかと、マタタビで酔っ払うアイルーたちを見ながら少女は思う。

 

「ご主人、ご主人」

 

「おっ、あった?」

 

 相棒に呼びかけられて、少女の思考は一度中断する。積み重ねられた甲殻や竜鱗の山をかきわけると、少女のひと抱えほどもある盾が姿を現した。

 

 厚い鋼の装甲に貼りつけられているのは、狗竜の鱗だ。あざやかな紫色から、薄紅、乳白色。三色の竜鱗は体の位置によって、動きを妨げない細かな鱗から攻撃を受け止める厚手の鱗まで、用途が異なっている。

 

 だからきっと、盾の表面を彩るこの配色も、そういう意味があるのだろう。おぼろげに考えながら、少女は重たい鋼の塊をそっと両手で持ち上げてみる。

 

 戦いの最中で、何度も攻撃を受け止めたのだろう。竜鱗にもその下の金属にも、大小さまざまな傷跡が刻まれている。端の鱗は少し焦げて、剥がれ落ちたように欠けていた。打撃に使うであろう狗竜の爪は根本から折れてしまっていて、どこか痛々しい。

 

 裏返せば、目に入るのは革の巻かれた持ち手と、いくつかの傷跡。こちらは攻撃を受け止めたものではなく、文字が彫られていたようだった。きっと、持ち主であるハンターの名前だろうと察せるものだ。

 

「そうだね、これだ、ソルジャーダガー。剣も、あるかな……」

 

 メラルーたちは、拾ってきた品物をひとまとめにしておく傾向にある。少女の推測は正しく、剣の柄はすぐに見つけられた。

 

「よい、せ、っと!」

 

 狗竜の皮で補強された刀身は無事だったが、刃の鋒は砕けてしまっている。重心がずれてしまったこともあってか、ハンターたちが片手で軽々と振るう剣は、少女の想像以上に重たく感じた。

 

 持ち上げてすぐに気づいたことだが、剣は刀身がゆがんでしまっているようで、柄の部分が少しがたつく。ハンターズ・ギルドの監察官なら、どんな扱い方をしたのかもひと目でわかるのかもしれない。

 

「こっちも、名前が彫ってある……うん、間違いなさそうだ」

 

 几帳面な性格で、持ちものには必ず自分の名前を彫っていたという依頼人の言葉を思い出す。泥や土埃を払って、自分にできる限りで清めてから回収箱へと遺品を納めた。

 

 本格的な洗浄は帰ってからになるし、専門的な修復はできない。少女の役割は、あくまで遺品を回収することだけなのだ。その、自分にできる役割の中で、やれることをやりたいというだけだ。

 

 ふたつの遺品を緩衝材に預けて、回収箱を閉じる。このところ走り回る機会が多かったせいか、箱の表面にも擦り傷や汚れが目立つようになってきた。

 

(……おまえも、歴戦の猛者、だもんなあ)

 

 もともとは祖父の持ちもので、少女が譲り受けた逸品だ。多くの遺品を回収してきた思い出の品であって、それならば今日の遺品にも、きっと持ち主や家族の思い出が宿っているのだろう。

 

 背負い紐は、祖父が使っていたころよりも、ずいぶんと短くした。背丈の小さな少女には、その方が扱いやすい。ムーファの毛皮で補強された肩当ての部分は、摩擦でくたびれ少しごわついている。

 

「ご主人、ご主人、かえる?」

 

「うん、帰ろう。夕陽ももう、沈んじゃうしね」

 

 ネコの巣に別れを告げて、翔蟲を夕焼けの空へと放つ。銀の糸に揺られながら、地表を目指してゆっくりと。

 

(これが……ハンターの生きた、思い出の重さなのかな……)

 

 背中の回収箱は、出立したころとは比べ物にならないほど、重たい。ずしりとした重量は、全身に分散するよう調整した上でも、かなりの重たさがある。

 

 新品ではなかった。打ち捨てられた剣と盾は、何年も、それこそ十年以上も使われたのかもしれない。名前のほかにも、掠れてしまったいくつかの文字が刻まれていた。持ち手に巻かれた滑り止めの革は、持ち主の工夫の表れだろうと少女にも察せる。

 

 こういう遺品を回収するときは、どこか切ない気持ちにもなった。

 

 力及ばず死ぬのは狩りに生きるものの定めなのだから、どうしようもないということはわかった上で。その上で、もしも持ち主が生きて帰ったのなら、どんなによかっただろうかと、少女は思わざるを得なかった。

 

(まあ、他人事じゃないんだけどさ)

 

 夕陽がまぶしくて、目を閉じる。まぶたの裏側で、赤い残光がもやもやと揺れていた。

 

 ハンターが帰れなかったように、少女も狩猟場で生命を落とす可能性は否めない。むしろ、戦う力がない少女の方が、道半ばで力尽きる可能性は高い。

 

 思い浮かぶものは、家族と、友人の顔だった。あまり数は多くないものの、誰もいないわけではない。靴の底が地面に触れて、一拍。わずかな間をおいて、少女は静かに目を開けた。

 

「ご主人?」

 

「ん、なんでもない。私はちゃんと帰るぞって、自分に言い聞かせてた。このあたり、ジャグラスがいるよね、確か」

 

「ニャ、けーかいする!」

 

「ん、よろしく」

 

 背負い紐を握り直して、背中の重みをもう一度確かめる。あそこの洞穴やそこの茂みに、きっともう、いきものたちが隠れているのだろう。

 

 夕陽の当たる場所を選んで、暗がりに立ち入らないように。夜のとばりから逃れるように、少女は小走りで相棒の案内についていく。戻ることのないハンターの、思い出のかけらを背に負って。

 

(きっと、難しいけれどさ。誰も泣かないですむなら、いいよな)

 

 振り返れば、赤と青が混じりあい、紫に染まる空の色。それを割って銀の糸がつと引かれ、影がひとつ、駆けていった。

 

 仇を取るのか、ただの偶然か。ひとりのハンターが生命を落とし、ひとりのハンターがまたなにかを狩りにいく。次に落ちる生命は、ハンターのものか、それとも竜か。想像をしてみたところで、少女にはわからない。

 

(ま、偶然だろうけどさ)

 

 だから、素直に背を向けた。ハンターたちの邪魔をしてはならないし、邪魔をしたいとも思わない。

 

 そもそも、ハンターによる仇討ちだなんて、それこそめったに起こらない。それよりは、全く別の依頼人から仕事を受けた、ただの同業者であることの方が多い。そういう話は、物語か、演劇か、そういう世界でのできごとなのだ。

 

「ご主人、ご主人、こっち、こっち!」

 

「はいはい、わかってる、わかってるよ。焦らなくたって、もう安全地帯みたいなものだから」

 

 そうして、少女と相棒は狩猟場をあとにする。紫の空に見上げたあの影が、物語のような仇討ちのために狩猟場へ赴いたことなど、知るよしもなく。

 

 このあと、この地でどんな激闘が繰り広げられたとしても、少女の預かり知るところではない。住む世界が違うというのは、そういうものだ。

 

 ドンドルマへと帰還して、遺品を洗浄し、磨いて、知り合いの職人に修繕を任せて。新品同様とはいかずとも、泥土にまみれた姿からは脱却した上で、依頼人へと返す。きっといつもと変わらない、平穏な日常なのだろう。

 

 少女が依頼人を慰めるのも、仇討ちの狩人と再開するのも、それはまた別の、おはなし──

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