ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし 作:しゃくなげ
ゆるやかにめぐる季節の輪が、ちょうどぐるりと廻るとき。月日がひと息をつくそれを、年の暮れと呼んだのは誰なのか。
明けも暮れも関係なしに働くものも当然いるが、少女はそういう性質ではない。暮れを明後日に控えた仕事納めの一日は、つつがなく何事もなく、頭上の太陽のようにゆるやかに終わっていった。
遺品回収の依頼というのは、年の暮れだからと突発的に入るものでもない。仕事を始めて三年目になるが、この日はいつだって、店の大掃除で終わるのが常であった。
この年もまた、変わりはない。埃を払い水拭き乾拭きまで終えた閉店の看板をかけて、受付は朝のうちに終了した。そこから先は、要らないものをまとめてみたり、大小さまざまな道具を磨いたり、床を掃いたり拭いたりと、これはこれで大忙しだ。
掃除の一段落、空が茜に染まるころには、寒冷期にも関わらず少女の身体はすっかりと汗だくになっていた。買うだけ買ったのに使わなかった道具たちは、涙を堪えて今日でお別れだ。
「……こうしてみると、無駄づかい、してるなあ」
「ニャ、かけりむしすごい」
「そうなんだよな、パイルロープも折りたたみはしごも、翔蟲でどうにかなるし」
「ニャ、ご主人、これは?」
アイルーがとことこと、少女のもとへやってくる。頭の上に掲げているのは、使いこんで穴の空いた長靴だ。水生獣の皮で補強された、防水性の高さが好みだった品では、あるが。
「あー、懐かしいなこれ。そっか、このところ使ってないもんね」
手に取ると、靴底はすり減って履き口の縫製もほつれているのがすぐにわかる。粗悪ではないが、粗製だ。安さに惹かれて買ったものは、耐久度の面でいうとあまり長持ちしてくれない。
「今度は、少し高いのを買って大事に使ってみようかな。高級品でなくてもさ、マフモフくらいしっかりしてるのがいいよな」
「ニャ、かけだしからちゅうけん?」
「……まだまだだとは、思うけどね。よし、覚悟を決めてこいつには別れを告げよう」
「ぽいニャ!」
そうやって、ときどき思い出に浸ってしまうから、掃除の終盤は遅々としている。つけ加えるなら、思い出を見返す瞬間が少しだけ楽しいのも、また事実ではあった。
思い出は胸に残して、役目を終えた道具を捨てていく。すると事務所に残るものは、たいていが祖父の買った道具たちばかりだ。
店内の家具や調度品はもとより、狩猟場に持ちこむ回収箱や道具箱にも落ち着いた雰囲気と高級感がある。仕事を受け継ぎ経験を積んだことで、少女にも祖父の趣味がわかったような気がした。
「おじいちゃんって、なんかこう、静かなひとって感じだったけどさ……やっぱりあの落ち着いた感じは、高級感だったのかな……」
厚手の鋳鉄鍋を手に取ると、ずしりと重たい。キャンプの最中に料理をするときに便利だが、油を塗ったり錆止めの手入れをしたりと、面倒を見てやる必要があった。
にも関わらず、少女が始めて使ったときも、使いこんであるにも関わらず錆ひとつない状態であったことを覚えている。今もなお黒光りする鋳鉄は、祖父が手入れを欠かさず、大切に使ってきたからこその輝きだ。
「……うん、間違いねえ、高級品を手入れしながら使ってるからの高級感だな、あれは」
手間暇と金をかけて、購入した品物を愛用する。長年の実績だとか信頼だとか、そういったものを有する祖父だからこその生き方だと少女は思った。同時に、駆け出しに毛が生えたていどの自分では、まだまだ祖父のまねなどできそうにないとも。
「ニャ、ご主人、むずかしいかおしてるニャ」
「あー、うん、私もおじいちゃんみたいにさ、なれるかなって。いや、ならなきゃな、かな。うん、なってやるんだ、いつかね」
「ニャ、ご主人、えらい!」
ほめられたのが照れくさくて、少女はわしわしと相棒の頭をなでまわす。思い出の中にある祖父のうしろ姿は、いつだって大きく感じる。そして、現実で残された道具たちを見ていると、思い出は決して美化ではなかったとわかる。
純粋に、少女はその事実を誇らしいと思える。自分が神格化しているわけではなく、祖父はちゃんと、一流の遺品回収人だったのだ。いつか追いつき追い越すのだと、少女が思えるようなひとであったのだ。
「お父さんも、お母さんも、最初はちょっと心配してたんだよね。まあ、頼りないってのはわかるよ、経験だってなかったし」
三年前の初仕事は、まるでうまくいかなかった記憶がある。立てた目標は自分の実力よりもはるかに高く、下方修正が何度も必要だった。
それから一年間は、見習いだ。なにもできない役立たずでも、祖父の背中に必死についていって、小石を退けたり草を刈ったり、雑用ばかりしていた。
実際のところ、狩猟場から先導者の祖父がいなくなり、少女がひとりで仕事をこなせるようになるまでは一年以上もかかったように思う。今になっても少しだけ恥ずかしい、それでも、忘れられない日々だ。
「ニャ、ご主人、ひとりだちしてる、えらい!」
「ふふ、ありがと。でも、そうだね、やっとひとりで歩けるようになった感じだよ。本当ならもっとさ、おじいちゃんに仕事のこととか、教わりたかったなあ」
換気のために窓を開けると、吹き抜けていく寒冷期の風は身を切るように冷たい。汗で湿った肌が急冷されて、思わず両腕で身体を抱くほどだった。
「うわ、寒っ」
「ニャ、しめて、しめて」
「これはもうだめですわ、マフモフ装備で帰りますわ」
最後の編み縄をごみ置き場に預けて大掃除が終了するころには、すっかりとあたりも暗くなり始めていた。このところ夜の冷えこみは一段と強く、雪山でもないのにポッケ村の民族衣装が手放せない。
手早く着替えると、ひとつひとつ、確認しながら窓や戸口を施錠する。年が明けて、およそ三日。周囲にあわせて休みをとって、そこから仕事の再開までは、ひさしぶりに両親の元へと帰るのが少女の年越しであった。
休み中に補修をするために、いつもの回収箱を背負う。遺品もなにも入っていない空箱は、いつもと違って重さが感じられなかった。
「さて……それじゃ、あとはポポ車でゆっくりかな。混んでないといいけど」
石畳の冷たい硬さを靴底の向こうに感じながら、一歩を踏み出した、まさにそのとき。不意に背後から呼びかけられて、少女の足が止まる。
低く渋い声に、確かに名を呼ばれた。思わず振り返る少女の元へ最初に駆け寄るのは、相棒よりもずっと大きな影だった。
「うわ、わっ!」
低く太い鳴き声は、胸だか胴だか、そうでなければ肺かなにかの大きさが原因だと呼んだ記憶がある。少女がそんなことを悠長に思い出すくらいには、鳴き声に害意や敵意というものはなかった。
とがった鼻先と、凛々しい目元。大きな口は人間が笑うように横に開いて、赤い舌が垂れていた。「へっへっ」と浅い呼吸には、独特の獣臭がある。筋肉質な大柄の体躯は、アイルーよりもずっと力強い印象があった。体高もあってか、冷たく濡れた鼻は少女の口元に軽々と触れる。
とはいえ、目の前の獣より、もっと気になるものがある。獣にまたがっている、見覚えのある人影だ。
「元気そうだ」
「おっ、おっ、おじいちゃん! なにこれ、なに!」
「ガルクだ、カムラの里で訓練されている」
「それは知ってるってば! ああもう、舐めるな、舐めるなー!」
祖父であった。
少女に仕事を任せたあとは、自由気ままな旅人となった祖父が、一年ぶりにそこにいた。それも、いつの間にやらガルクを飼って乗りこなしているその顔は、どこか自慢げですらある。
おどろきのあまりに固まっていると、祖父がまたがっているガルクがまず少女へと歩みより、それとは別にいたらしいもう一匹も少女のもとへとやってきた。どちらも長い耳がぴんと立った精悍そうな顔つきだったが、においを嗅いだり顔を舐めたりと、好奇心旺盛な様子だ。
少女は少女で、顔を舐められあわあわとしていたものの、不快そうな様子はない。むしろ二匹のガルクになつかれて、どこか幸せそうに、にへらと口元がゆるむほどだった。
「あははうふふ、やめろやめろ、なんだよやめろよこいつうあ痛っ!」
「ニャ!」
だから、というのもなんだが。少女がでれでれとガルクたちをなでまわしていると、不意打ちのようなするどいネコの爪に、思わず悲鳴があがるのだ。
足元には、むすくれた顔のアイルー。マフモフ装備の隙間を狙って、ふとももには爪の先がちくり。興奮しているのかネコの鳴き声で文句を告げる相棒を抱き上げて謝るまで、ガルクは不思議そうな顔で少女を見上げていた。
ふと、祖父が少女の名を呼ぶ。アイルーをどうにかあやしつつ、改めて少女は祖父と向かいあった。整えられた口ひげの下で、口角がゆるやかに持ちあがる。少女にとってはなじみ深い、優しげな笑みの形だ。
「立派にやっているようだ、安心したよ」
ほめる言葉には、弱かった。相手がアイルーであっても祖父であっても、友人でも変わらない。自分の不足を知っている少女には、そういう言葉がどうにもむずがゆく感じてしまう。
「まだまだ、だよ」
祖父は、そうかと笑うだけだ。それきり、なにを言うでもない。またがっていたガルクから降りると、青い毛並みを手のひらでなでまわしていた。
「家には、帰る?」
「ああ。こいつの乗り心地も試そうと思ってな、まだ誰にも言ってない」
「ええ……お母さん、怒るよ」
尻尾の根本を手のひらで叩かれると、ガルクは心地よさそうに目を細める。祖父に身をすりよせる様子を見ていると、大柄な見た目とは裏腹に、なつこい甘えんぼうに感じられた。
「ああ、そうだな。だから」
そこでまた名を呼ばれ、少女はまたたきをくり返す。祖父の声が合図であったかのように、連れ立ったガルクの片割れが、少女のもとへと身をよせた。
「今日は、一緒に帰ろう。行きながら、乗り方を教える」
「えっ」
見れば、ガルクは尻尾をぶんぶんと振っている。抱かれていたアイルーも多少なりと興味を示したのか、ガルクのにおいを嗅ぐように鼻を鳴らしていた。
「いや、いやいやいや、高いでしょこの子」
「なに、そうでもない。皆には黙っていたが、最近ちょっとした資格を取ってね、今は火山なんかで鉱石を採掘している。本当なら化石を掘り当てたいんだが、まあ、お金には困っていないさ」
「おじいちゃん、めちゃくちゃ成功者じゃん……」
ガルクの背中には、少女の体型にあわせたであろう新品の鞍が取りつけられている。新しい革のにおいは、ガルクの体臭と混じりあってどこかなつかしい感じがした。
「そろそろ仕事にも慣れたころだろう、ここらでひとつ、自分以外を食べさせる経験をするといい。ガルクは、アイルーと違って言葉が通じない。おまえがきちんと体調管理をしなくてはいけない」
ああと、祖父の言葉が少女の腑に落ちる。きっと、見ていなくても祖父はわかっているのだろうとも。
「そっか、そうだね。同じことだけやってても、上達しないか。いろいろなことを、試していかないと」
単なる祖父からのプレゼントとは、違う。むしろこれは、同業者、それも偉大な先輩からの試験のようなものだ。少女はそう考えて、ガルクの毛並みをゆっくりとなでてやる。
「難しいと感じたら、そのときは言いなさい」
「わかった」
まずは、名前をつけてやろう。そんなことを考えながら、少女はそっとあぶみにつま先を通す。そこから祖父の教えに従って、正しくまたがるまで少しの時間を要した。
アイルーもまた、ガルクのたてがみにしがみつくようにして首のつけ根にまたがる。ひとより小さな身体には重みを感じることもないのか、ガルクは嫌がるそぶりを見せたりはしない。
「うまいじゃないか」
「おじいちゃんの教え方だよ」
歩き始める祖父のガルクを追いかけて、少女のガルクも軽快に石畳を蹴る。振動も揺れもないなめらかな乗り心地に、愛好家が多いと聞く理由もわかる気がした。
「まずは、街を少し回ろう。整備された道で慣れたら、家に向かうぞ」
「えっ、この子、そんなに遠くまで走れるの」
「乗ってる我々の方が疲れるかもしれないがね」
最後の言葉が冗談かどうか、それを判断する材料はない。確かめるよりも先に、祖父の、次いで少女のガルクが人通りの少ない道を風のように駆け始めた。
街並み、視界がまたたく間に後方へ飛んでいく。風を切って走る感覚は、非日常のようで新鮮なものだ。
年の暮れが、年の明けを背負いながらやってくる。まるで、今のガルクと少女のように。
祖父から贈られた二匹目の相棒が、これからまた、少女の仕事の幅を大きく広げることになるのだが、それはまた次の年のできごとだ。
今はただ、祖父とふたり。少女は両親の待つ家へと向かう。道すがら、仕事の話も、友人の話も、数えきれないほど話したいことがある。ガルクに乗っていることも相まって、今年の帰省は、胸が弾んだ。
道中でのやり取りも、実家でのひと時も、来年のできごとも。それこそ、少女が次に出会うハンターのことすらも、それはまた別の、おはなし──