ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし   作:しゃくなげ

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渓流と三度笠

 ユクモ村の温泉といえば、かつては知る人ぞ知る秘湯の類であったとか、なんとか。

 

 東の果てとまではいかずとも、砂漠を越えた東の地は大都市からしてみれば辺境に変わりなく、おまけに山岳地帯の只中だ。交通の便が格段に良くなった今でも、移動だけで一日を要するほどである。

 

 現在においてもそんな有様なのだから、航路を切り拓く以前のユクモ温泉はおいそれと足を運べる場所ではなく、湯浴みを趣味とするひとびとの間では憧れの地であったという。

 

「……まおい、ゆら、……にゅにゅしーも、……っ、はっ!」

 

 そんな名湯にざぶざぶと呑まれ、半ば夢の世界へ旅立ちかけている少女がひとり。

 

 長い髪をまとめ上げたお団子頭が、かっくりこっくり船を漕ぐ。目の焦点はすっかりとうつろで、半開きの口の端からよだれも軽く垂れていた。

 

「あぶない、あぶない……半分、寝てた……、寝て、……うぅ、ん……」

 

 輸送船の代金などは、経費。入浴料は取られないから、逗留中、温泉は使い放題である。

 

 一日を通して狩猟場を歩き回り、くたくたになって温泉に浸かる。結果として、意識はあっという間に闇に落ちてしまうのだけれど、湯治客の気配に現世へ呼び戻されるのだ。

 

 入浴中の眠気は気絶であって、危険だということもわかっているものの、これがまた気持ちよくてやめられない。だからついつい、少女はまた船を漕ぐのだ。

 

 そんな具合で、眠りと覚醒の反復横跳びを始めてから、もうじき三十分が経過する頃合いであった。

 

 ユクモ温泉は、男女混浴である。

 

 湯浴みのための衣装を貸し出されているものの、異性との混浴だ。さすがに緊張するかと思っていた少女であるが、入浴の心地良さの前には意識も含めて全てが消し飛んだ。

 

 新しい湯治客の気配に眠たい目をこするも、すぐにまた寝落ちするだろうと踏んでいた。踏んでいたのだ、その瞬間までは。

 

(……ハンターだ)

 

 初対面の相手がハンターかそうでないかは、身体を見れば即座にわかる。まとっているのが湯浴みの一式ともなれば、明白すぎる。

 

 ただ、今回のハンターは、なにか違うと少女でさえも直感していた。鍛え込まれた肉体だとか、大小の古傷だとか、そういうものではない。

 

(……でかい。違うな、なんだ……)

 

 不作法だとわかっていながら、ハンターの姿を盗み見てしまう。

 

 大柄な身体と、ごわごわしていそうな黒い髪。太い眉と三白眼は、凶相なんて呼ばれるような顔立ちだろう。重たい狩猟道具を振り回しているからなのか、ぶあつい背面の筋肉は異形のように鍛え込まれている。

 

 身体も首もとにかく太くて、別のいきものを見ているよう。丸太のような腕は、それこそ青熊獣くらいなら殴り飛ばしてしまいそうだ。ひとか獣かで判断したなら、たぶん、後者の方が近いと勝手に思ってしまう。

 

(あ、そうか、そうだ。あれに似てるんだ、おっかねぇ……)

 

 ざぶりと温泉に身を浸すハンターの姿は気を抜いているのか隙だらけで、強者の余裕に満ち満ちていた。その姿になぜか既視感があったが、記憶の片隅に答えを見つけると、少女は納得したように水面に視線を落とす。

 

 金獅子というものを、ずっと昔、祖父と一緒に見た。野生の牙獣でありながら、腹を出していびきをかいて、油断だらけで寝こけていた。

 

 そんな金獅子を双眼鏡で見つけるなり、鳥竜種なら簡単に追い払える祖父が息を潜めて声を殺し、全ての予定を投げ捨ててまで少女の手を引いて逃げ出したのだ。

 

 今の少女には、よくわかる。

 

 ハンターから感じる隙だらけのゆるい空気は、堂々としている油断は、余裕の表れだ。不意を突かれても負けることがないという、自信のようなものなのだ。

 

 きっとあの金獅子も、自分に敵う存在がないとわかっているから、あんな風に寝ていたのだ。

 

 常在戦場という考えとは真逆だけれど、不要なときにまで張り詰めることのない余裕は、それもそれで達人めいている。

 

 研ぎ澄まされた刃のような緊張感を常に持っているべきなのか、それとも、あのハンターのように油断さえも見せるべきなのか。

 

(私には、わからないな……)

 

 少しだけ考えてみたものの、ハンターでもない一般人に答えなど出せるはずがない。

 

 そうこうしているうちに、少女の意識はまた猛烈な睡魔に襲われるのであった。

 

 

 

 ユクモ村への逗留が始まってから、三日目。

 

 少女の仕事は、当初の予定よりも難航していた。

 

 天候は良好で、竜種の活動もさほど激しくない。狩猟場の散策や調合材料の採取には、うってつけだったろう。

 

 だというのに、肝心のものが見つからない。回収すべき遺品を見つけられず、少女は渓流の地を延々と歩き回るはめになっていた。

 

 少女を訪ねた依頼者は諸経費の支払いをためらわない人間であったが、こんなことならハンターに依頼すれば良かったのではないだろうか。

 

 乱れた呼吸を整え、水筒の中身を飲み干してようやくの一服。あまりに進まない状況に、そんなことを思ってしまう。

 

「ご主人、ご主人」

 

 がさがさと、近くのやぶが枝葉のこすれる音を立てる。次いで、ひょこりと顔を出したアイルーが、小声で少女に呼びかけた。

 

 全身がやぶの向こう側にあるせいか、アイルーはじたじたともがいている。がさがさ、がさがさ。枝葉の音は、向こうの小川のせせらぎに吸い込まれていくようだ。

 

「なあに。なにか、見つかった?」

 

「ニャ」

 

 ふるふると、アイルーが首を振る。それから少し間を置いて、なーうと考え込むように独特のうなり声をあげ始めた。

 

「ほら、こっち、おいで」

 

 少女はやぶの中に手を入れて、かきわけてやる。広がった隙間からアイルーの身体を引っ張り出すと、思わず眉をしかめてしまった。

 

「なに、このにおい……」

 

「ニャ、くさくさどろどろニャ」

 

 アイルーが、つたない言葉でなにかを伝えようとしているのはわかる。ただ、その正体に少女の思考は行きつけない。

 

 ふと少女は、アイルーの小さな手に握られた、木の枝を見る。

 

 なにかを、今しがたの言葉にあったどろどろとやらをつついたのだろう。先端には、黒くてねばるどろりとしたなにかが付着していた。

 

 不快なにおいは、そこからだ。

 

 単純な腐臭とも異なる、強烈な忌避感と不快感をともなうにおい。鼻腔に残っているようで、気を抜くと呼吸をするだけでえづいてしまう。

 

「それ、捨てなよ……臭い、すごく」

 

「ニャ」

 

「ああもう、すぐそこに捨てない! もとのところ、戻しておいで」

 

 あわてて枝を拾うと、アイルーはとことことやぶの中に消えていく。小さな背中を見やりながら、少女は悪臭をやり過ごすように手のひらで顔を覆った。

 

(なんだろう、このにおい……)

 

 腐敗臭が不快なのは、細菌がどうとかこうとかで、病気になるのを防ぐためかもしれない。大便の臭いだって、そういう理由なのだろうと、昔どこかで聞いた気がする。

 

 嫌なにおいというものには、そうした、動物的な警戒心が働くものだと少女も思う。だから、あの黒いなにかにも、理由があるはずなのだ。

 

(あいつ、やっぱり、怖がってるのかな……)

 

 アイルーの口数も、いつもより少なかった。人間よりも野生に近い存在なのだから、この汚臭に対する警戒心は自分よりも高いのではないか。

 

 そう考えてしまうと、なんだか、悪いことをした気になってくる。やはり一緒に行くべきだったと、少女が思い直したのと同時であった。

 

「おい、そこのおまえ。なにしてるんだ、こんなところで」

 

 背後からかけられた男の声に、ひいと情けない声があがったのはいうまでもない。

 

「あの、私は、ギルドから、許可を得て、ですね」

 

 なにはともあれ、まずは両手を挙げて、無抵抗を示す。振り返ったその先に見えたのは、ぶあつくがっしりとした胴体と、丸太のような太腕だった。

 

 ゆっくりと、視線の向き先を上方へ。眉を寄せて腕組みのまま、少女を見下ろす三白眼と目があった。

 

 鎧の類を身につけない軽装に三度笠は、ユクモ村のハンターが愛用する旅装束だ。低さはあるものの声の感じは意外と若く、凶相めいた顔立ちも活力に満ちている。

 

「狩猟場で、行方不明のハンターの、遺品を……」

 

 とはいえ、だ。怖いものは、怖い。

 

 誰もいない山奥で男とふたり、なんて状況も怖くはある。だが、そんなことよりも、もっと恐ろしいものがある。

 

「……なるほど、回収屋ってやつか」

 

 ふんと鼻を鳴らして、三度笠のハンターは太い眉を寄せる。束ねているごわごわとした黒髪が、ハンターの動きに合わせて小さく揺れていた。

 

(こえぇ、なんだこれ、こわっ)

 

 敵対する素振りを見せるわけでも、ましてや怒鳴るわけでもない。

 

 ただそこにいるだけで、ハンターは少女の心を威圧する。いっそ、飛竜を目の当たりにした方が、ずっと心穏やかな気さえしてくる。

 

 それが、本能的な畏怖であると、少女はまだ理解できない。ただ目の前にいる存在が、圧倒的に強い生物なのだということだけを本能が察知しているのだ。

 

 少女の怯えを見透かしたように、ハンターはにかりと笑った。白い歯を見せる笑みが、なぜか、獣が牙を剥くように見えてしまう。そんな、獰猛さの色濃い笑みだ。

 

「そんな顔しなくたって取って食いやしねえよ、オレをなんだと思ってやがる。アイルーも呼び戻しな、安全なところまで連れて行ってやるぜ」

 

 

 

 ハンターが少女に語るのは、街やギルドでは聞くことのできない情報ばかりだ。

 

 渓流の地にとても凶暴な竜が出た、それを内密でしとめるのだと。今は狩猟場へと追い込んでいる最中で、もうじき、この一帯は危険地帯になるのだという。

 

 いまだに穏やかな青空を見上げながら、少女はアイルーと並んで、ハンターの背中を追いかける。こんな空気ではにわかには信じられないが、ハンターのうしろ姿には、彼の言葉が真実なのだと感じさせるだけの雰囲気があった。

 

「あの、その竜って、珍しいやつなんですか」

 

「ま、そんなところよ」

 

「すごくきけんニャ?」

 

「ああ、とんでもなくな」

 

 土を踏みつけ落ち枝を踏み降り、ハンターは最短の道筋で目的地へと向かう。周囲へ自分の存在を見せつけるかのように、息を潜めることも気配を殺すこともしない。

 

 普段であれば様子を見に来る鳥竜たちも、姿は見えない。ハンターの語る竜を恐れているのか、それともハンターそのものを恐れているのか。とにかく、道行は静かなままだ。

 

「あの、おじさんは」

 

「おじさんじゃねえ、オレはまだ二十八だ」

 

 十六の少女からして見れば、そう表現しても差し支えない年齢ではあってが、口をつぐんだ。

 

「……ハンターさんは、ひとりなんですか」

 

「まあな」

 

 それきり、会話は途絶える。

 

 竜の話には答えるものの、ハンターは自らのことを語ろうとはしなかった。それこそ、偶然にも聞き出せたものといえば、年齢だけだ。

 

(私には、わかる……このハンター、プロ中のプロだ……なんていうか、顔も怖いし……)

 

 たぶん、きっと、ただものではない。少女の直感は、そう告げている。

 

 ハンター自身の強さは、少女も本能的に感じている。その上で、自分の身分をひけらかさないハンターの振る舞いに、少女が感じるのはやはり余裕だった。

 

 自分は強いのだと、肩書きや立場で誇示する必要がないのだろう。

 

 ふと、考える。だとすると、そんなハンターが討伐のために派遣された竜というのは、どれほど恐ろしいものなのか。

 

「あの、その、凶暴な竜がいるって、最近わかったんですよね」

 

「ん、ああ、この辺りで活動していたハンターが、どうにかこうにか報告してな。……ああ、そうか、そうだったな」

 

「……、…………」

 

 なにかを察して、ハンターは足を止めた。肩越しに振り返ると、小柄な少女を真っ直ぐに見つめる。

 

「残酷なことを言うが、おまえさんの探している遺品も、恐らくは腹ン中だ。……ギルドの許可が出るようなら、確かめてやる」

 

 ハンターの話が事実ならば、合点がいく。

 

 最初から、遺品は狩猟場に残されていなかったのだ。だから、どれだけ探したとしても、見つけてやることができなかった。

 

 同時に、そういうものがこの大自然には存在するのだと知らされて、背筋が冷えた。ハンターでもなければ、きっと知らない竜なのだろう。下調べをしたのに、まるで役に立っていない。

 

(……なにやってるんだ、私)

 

 自らの無力さを、恥じる。

 

 いたずらに時間を費やして、彼と出会えなければどうなっていただろう。依頼人の顔を思い出して、ひどく、胸が締め付けられた。

 

「そう、自分を責めるな」

 

 だから、予想もしなかったハンターの言葉には、おどろいた。

 

 うつむいていた顔を上げると、彼はもう、背中を向けて歩き始めている。あわてて追いかける少女に歩調を合わせながら、ひとりごとさとつぶやいた。

 

「本当に悪いのは、弱かったやつだ。待ってるやつを考えたのか、報酬が惜しかったのか、逃げたって事実を作りたくないのか。家族でも、金でも、名誉でも、なんでもよ。守るものができちまうと、最後の最後で、判断が鈍っちまう」

 

 おまえはその尻拭いをしているだけだろうと、ハンターは続ける。

 

 冷たいようにも聞こえるが、狩りに生きるものとしての、矜持であるようにも感じられる。

 

「死んじまったやつらはよ、最初からこんな危険な仕事をしなければよかったのさ。そうすれば、たとえ貧しくても、誰かを泣かせることはねえんだ。そこを見誤ったやつが悪い、おまえさんが気に病むことじゃねえよ」

 

 そうして、ハンターは足を止めた。

 

 開けた空間には小川が流れ、ハンターたちの使うテントが設営されている。涼やかな風は、あの不快なにおいを洗い流してくれるようだ。

 

「さて、本来ならギルドからあまり良い顔はされねえんだが、緊急事態ってやつだ。おまえさん、このテントで待ってろ。あとは、オレがどうにかしてやるさ」

 

 言って、ハンターは笑った。牙を剥く獣のような、獰猛さを宿した顔で。竜の甲殻を組み込んだ巨大な得物を背負い直して、戦場に向かう英雄のように。

 

「あの」

 

「なんだ?」

 

 思わず声をかけて、少女は迷った。

 

 なにを聞こうとしたのか、自分でさえ見えていない。ただ、このハンターなら、答えてくれるような気がしていた。

 

 返事を急かすようなことはせず、ハンターはただ、無言で少女を見据えている。言葉が出るまで待ってやると、無言でそう言っているかのように。

 

「……どんなハンターは、強いんですか」

 

 記憶に、よぎる。

 

 ハンターは、腕組みをして少しだけまぶたを落とした。すぐに開いた双眸は、少女を真っ直ぐに射抜いている。

 

「例外ってのも何人かいるが、置いておいてだ。一般的には、獣のようなやつだとオレは思う。ひとりで、ずっと強さを求め続けるやつは、どんなときでも迷わねえ」

 

 それは、誰のことだったのか。

 

 少女には知る術などないが、目の前のハンターにも、なんだか当てはまっているような気がした。

 

「まあ、そういうやつはそうはいねえよ。大抵、誰かと一緒になって、守るものができちまうのさ」

 

 獣は、いつかひとになるのだと、ハンターはいう。

 

 そのいつかが永遠に訪れないのであれば、ずっと強いままなのだろう。けれど、それはそれで、少女には寂しくも思える。

 

「……ありがとう、ございます」

 

「おう、それじゃあ、そこから動かずに待ってろ」

 

 ハンターの背中が、小さくなっていく。

 

 残された言葉を噛み締めてため息をもらしながら、少女はゆっくりと、頭上の青空を仰いだ。

 

 

 

 ドンドルマの片隅にある小さな店の机の上に、その金属片は置かれていた。

 

 ゆがんで、溶けて、変形してしまったなにか。小柄な少女の手のひらにさえ収まってしまいそうな、小さなかけら。十かそこらの鈍色が、綿を敷き詰めた小箱の上に並べられている。

 

 それが、遺品であったかどうか。もはや、少女にも依頼人にも判別はできない。

 

 できる限り厳重に、ガラス細工を扱うように差し出された金属片を見下ろして、依頼人の顔は浮かないままだ。

 

「ごめんなさい……いえ、申し訳ございませんでした。詳細は報告書にまとめてありますが、恐らく、武器ごと丸呑みにされてしまっていて」

 

 少女は席を立つと、深く頭を下げる。

 

 ハンターが竜を討ち倒し、ハンターズ・ギルド立ち会いのもとで胃の内容物を検めた結果がこれだ。

 

 有機物は消化され、辛うじて、何かの金属片が見つかった。あとはそれらをかき集めて洗浄し、こうして回収するに至ったというわけだ。

 

 しばらくの、無言。依頼人はうなだれて、並べられたかけらを見つめている。

 

 以前の軽弩とは違う、もはや遺品かどうかもわからない、残骸未満の小さな金属片だ。納得できないのも、無理はないと少女も思う。

 

 無言の空気が、重たい。息苦しくて、胸のあたりが苦しくなってくる。

 

 その後も、依頼人は少女を責めるでもなく、力ない声で形だけの礼を述べた。店を去っていくうしろ姿は、見ているだけで辛くなる。

 

 あのハンターは、自分を責めるなと言っていた。

 

「でも、違うんだ。私、言ってないことがある」

 

 机に突っ伏して、少女は懺悔のようにつぶやきをもらす。

 

「私が、いちばん油断してた。あそこはよく知ってるからって、温泉に入って、ちゃんと調査してなかった」

 

 もっと早く、彼のようなハンターを呼べていたのなら。そんな思いが、少女の脳裏をよぎる。

 

 もちろん、それで結果が変わったとは言い切れない。被害者は、いったいどの段階で竜に襲われたのか。そこが見えていないのだから、もしも、の話でしかない。

 

 ただ、ハンターの扱う狩猟道具でさえも消化されるだなんて事態は、防げたのではないかと思ってしまう。もしもの話を、どうしても考えてしまう。

 

「知らなかったんだ、あんなのがいるなんて」

 

 ひとも、竜も、獣も、狩猟道具であろうとも。目につくものには喰らい付き、餓えを満たそうと貪るような存在があるだなんて、少女は知らなかった。

 

 そんな言い訳を口にしても、心は決して晴れない。

 

 歴戦のハンターであれば、少女の言い訳を肯定しただろう。そもそもが、民間人の知るようなものではないのだから、と。

 

 だが、少女は慰めが欲しいわけでも、ましてや許しが欲しいわけでもない。

 

「舐めてたんだ、仕事も、自然も。慣れてきたから、気を抜いてたんだ」

 

 感じるのは、悔しさと、情けなさ。

 

 日陰の仕事でしかないけれど、誰かの心を癒せる、大切な仕事であると祖父は言っていた。

 

 そんな祖父の思いにまで、泥を塗ってしまったのだと、依頼人の顔を思い出す。思い出すと、感情があふれ出すのを止められなかった。

 

 遺品回収を生業としてから、およそ初めて少女の迎えた、完全な失敗だ。嗚咽の声が止むまでは、まだしばらくかかるのだろう。

 

 ごめんなさいと、誰にともなく少女がもらす。店の奥で様子を見守っていたアイルーも、どんな言葉をかけたらいいのかわからない様子のまま。

 

 否。どんな言葉であっても、納得はできない。納得するには、少女が自分でこの失敗を受け入れて、立ち上がらなければならないのだ。

 

 大きな壁を乗り越えた少女が立ち上がるのは、また別の、おはなし──

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