ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし 作:しゃくなげ
じりじりと照るように降り注ぐ陽光は、白い砂を焼くほどに熱い。波打ち際の香りは、潮と緑の混じり合った海辺に特有のものだった。
渡し船から降り立つ少女が最初に感じた空気は、街での想像とは多少なりと異なっていた。靴底が熱を帯びた砂を踏むと、さくりと乾いた音が鳴る。
狩猟場そのものは密林と呼ばれているものの、中央部でもなければむしろ浜辺といった趣きが強い。木々も密集しているほどでもなく、見通しの悪さでいえば水没林の方がひどいだろう。
到着と同時に、少女はもう一度、鞄の中を確認する。重心の配分、留め具のゆるみ、緩衝材の量。ひと通りを確かめてから、相棒のアイルーに視線を向ける。
「じゃあ、行こうか」
「ニャ!」
元気に返事をすると、アイルーは少女を先導するように砂浜を駆けていく。
目の前の断崖には登頂用と思しきはしご状のつたが生けっていたが、ハンターでもない身の上ではとても登れそうにない。安易に近道を選べば、そのまま滑落死に直行だろう。
「さすがに、無謀だな……」
腰から下げた虫かごの翔蟲を使いこなせれば、もしかするのかもしれない。だからといって、今この場で身をもって確かめるには、不確定な要素が多すぎた。
垂直の壁を駆け上がることも、奈落のような大穴に飛び込むことも、竜の巣を突っ切ることもかなわない。少女の探索は、大回りでの迂回が基本だ。
さくりさくりと、砂のこすれる音がする。吹き抜ける風はなまぬるく、潮を含んで少しべたついた。残念ながら、快適な環境とは呼べそうにない。
じわりとひたいに浮かぶ汗をぬぐい、少女がため息をもらす。仕事は始まったばかりだというのに、呼吸をするだけでも、体力はじりじりと奪われていくような錯覚があった。
水筒の中身とは別の、白みを帯びた薬液をひと口、含む。きんと頭がしびれるほどの、寒気にも似た感覚。
猛暑に対抗するためのそれは、かつてはハンターたちも愛飲していた薬だという。ただ、こんな密林ではなく、溶岩の流れる火山帯においての使用であったそうだ。
「今じゃ、こんな便利なものを使わないでいられるって、ハンターとはいったい……」
体内のすみずみまで、冷気が行き渡るよう。とてもではないが、未使用での踏破など想像すらできなかった。ましてや活火山など、考えるべくもない。やはりきっと、ハンターと少女とは身体の作りからして違うのだろう。
ふと見れば、先に走っていったはずのアイルーが、波打ち際を少女のもとへと駆けてくる。両手を広げてとてとてと、重さを感じさせない足取りで。
「ご主人、ご主人、ヤオザミがいるニャ!」
「たくさん?」
「ニャ」
問いかけに、戻ってきたアイルーはこっくりとうなずいた。少女は古びた手帳を開いて、ページをめくる。
密林の項目を探すと、詳細に記録された生物の発生時期がすぐに見つかった。そこにはもちろん、ヤオザミの名も記されている。
日付と時間帯を照らし合わせ、少女はアイルーに問う。おおよその数が、資料との相違がないことを確認していく。危険な生物がどれだけ活動的になるのか、あくまで目安にしかならないが、確認しないよりはずっといい。
少女の持てる武器は、知識と情報だ。危険との遭遇を避けるために、安全な道を探し当てて歩くのだ。
「ヤオザミが多いと、ダイミョウザザミが近くにいることがある、と……。これと、エスピナスってやつは、近づかなければ大丈夫かな……イャンクックは、今の時期はいない、と……」
万事が想定の通りに動くとは、限らなくても。先人の記録を道しるべに、少女はひそりと密林をゆく。
その、道すがら。
「……? なんだろう、これ」
「ニャ?」
視界のかたすみへと入り込んだ見慣れないなにかに、少女の足が止まる。
おそらくは、力尽きてしまっているのだろう。土の上に転がっている、手のひらほどの大きさの、それ。
「……フルフルの、子供? いや、それなら白いし……ああ、亜種の子供かな」
羽の生えたヒルを思わせる、筒状の身体。目や鼻は見当たらないが、無数の牙が生えそろった口は、どことなく不吉なものを感じさせる。
知らないものには、触れないことが原則だ。
死体であっても毒性の残る生物なら、取り返しのつかないことになる。ハンターズ・ギルドからも、狩猟場の立ち入り許可しか得ていない。遺品以外は、持ち帰ってはならないのが決まりである。
「ま、いいか。死んでるみたいだし」
「ニャ!」
よって、原則通り、少女は見知らぬものに触れないことにする。時間だって差し迫っている、観察や散策ならプライベートでするべきだ。
いつもと変わらない、仕事の流れ。いつまでも照りつける太陽は、頭上を目指してゆっくりと移動を続けていた。
少女の店は、ドンドルマのかたすみにある。
扉を開くと、まずは備え付けのドアベルが鳴り響いて来客を知らせる。ムーファの毛で編まれた厚手のラグマットは少し汚れているが、破れやほころびは見られない丈夫なものだ。
さほど広くない店内には受け付けもなく、年代物の長机が置かれた最初の部屋が応接室を兼ねていた。昼寝にも使えるソファは、祖父がていねいに手入れをしていた革張りの逸品だ。少女が寝泊まりするスペースの役割は、もっぱらこの応接室が担っている。
店の奥には、事務作業と道具置き場になっている小部屋がそれぞれ。たったそれだけの、小さな店である。
いつもの通り、今日も今日とて。呼び名はどうであれ、仕事のあとに残っているのは、事務室での書類作りであった。
依頼人に遺品を受け渡し、諸々の書類に署名してハンターズ・ギルドへ提出する。達成した依頼は少しずつ増えていくものの、こうした事務作業はいつまで経っても慣れない。
記入もれや誤記がないか、そもそも書類はそろっているか。集中しながらの作業は疲労の度合いも激しく、ひと通りを書き終えるころ、少女はしなびた菜葉のようにくたびれきっていた。
「ご主人、ご主人、おやつのじかんニャ」
「おお、ありがと……」
気を利かせてくれたのだろう、アイルーがお茶とささやかな甘味を運んでくる。高級品ではないけれど、こうして間食をできるくらいには、収支に余裕が出始めている。
「まあ、あまり良い傾向じゃないんだけど……」
「ニャ?」
「ああ、いや、ひとりごと」
薄めの茶を軽くすすって、口の中を湿らせる。緊張するせいなのか、書類仕事はなぜか、普段よりものどが乾く気がしてならない。
干菓子を口に運びつつ、記入中の帳簿に目を落とす。今のところ、月の収支は黒字になっている。要因としては、机の上の虫かごだと思いたい。
「やっぱりさ、ひとが死ぬのは、いやだから。商売繁盛してるってのは、複雑な気持ちだよ」
「ニャ!」
それよりは、翔蟲を使いこなせるようになって、いつもより仕事の能率が上がっているのだと思いたい。少女の思いは、依然として変わらないままだ。
わかっているのかいないのか、アイルーは相変わらずあいまいな返事をする。思えばこのアイルー、人間の言葉はまだつたないが、どのくらいの年齢なのだろう。
「ほんと、私はまだまだ、知らないことが多すぎるな」
不思議そうな顔をするアイルーの頭をわしわしとなで回して、少女は大きく伸びをする。ひとかけ残っていた指の間の干菓子は、口の中に放り込むとさくさくと音を立ててほどけていった。
「さあ、これで一段落。あとは、ギルドまで提出に行かないとだ」
少女のつぶやきにあわせるように、玄関扉のドアベルが鳴り響く。新たな来客を知らせる音色に、真っ先に駆け出すのはアイルーだ。
少女もあわてて、口元に干菓子のかすが残っていないか手鏡で確認する。威厳というにはほど遠いものの、店を切り盛りしているものとして最低限の身だしなみは整えてから、少女は応接室へと顔を出した。
「お待たせしました、はじめまして」
あいさつを交わして、椅子へ腰を下ろす。向かい合うようにソファに腰掛けていたのは、若い男性だった。
聞けば、彼の妻がハンターだという。そこから先は、やはり、聞くのが切なくなる話だ。
「エルガド、という街はご存じでしょうか。いえ、街というのも正しくはないのですが」
依頼人が口にしたのは、聞き覚えのない名前だった。彼が語るには、とある王国に属する拠点であるという。
「初めて聞きました、不勉強ですみません」
「いえ、こちらの方には、あまり馴染みのない話ですから」
少女の言葉に、依頼人はかぶりを振る。
頃合いを見計らってアイルーが茶を出すものの、依頼人は礼を口にするだけで手をつけることはなかった。
かの地が、どんな場所であるのか。かいつまんだ説明を受けながら、少女は必要そうな情報を手帳に記していく。
海上の港町、砦を改造、海中の大穴、城塞高地。聞き覚えのない言葉がいくつも出てきて、途中、取りこぼしてしまいそうになるほどだった。
「妻は、仲間たちとエルガドへ行き……戻りませんでした」
「……ご愁傷様です」
握り締めたこぶしに、力がこめられているのが見て取れる。小さなふるえは、まだ悲しみから立ち直っていないのだと示すようで、切ない。
依頼人はゆっくりと肺の中身を吐き出す。感情を制御しようと、時間をかけている。だから、少女からは言葉の先をうながしはしない。
聞けば、エルガドでは危険な生物の活動が激しくなっているという。竜種に限らず、古龍までもがその中には含まれているらしい。
依頼人の妻は、異常事態の調査に参加していたハンターのひとりであった。古龍を相手取れるだけの実力を持つ、一流と呼ぶに相応しい実力者だったのだろう。
「今でもエルガドでは、腕利きのハンターたちが各地から集められていると聞きます。つまり、その……危険は、去っていないのでしょう。だから、この依頼は、あなたにとっても危険なものになると思います」
どこか言い辛そうに、依頼人が言葉を紡ぐ。それも当然だ。一流のハンターですら生命を落とすような地に、ハンターでもない遺品回収屋が向かうなど、無謀と呼ぶほかにない。
危険すぎるからと断るのが道理で、請け負うべきでないことは少女も十二分に理解している。
「そう、ですね。間違いなく、私の手には余る仕事だと思います」
わかっていますと、依頼人は力なく笑う。自分の言葉を断りの文句だと受け取ったらしい彼に、少女は待って欲しいと言葉を続ける。
「……なんて言うのがいいのか、うまく、言葉にできないんですけれど。手に余って、失敗してしまうかもしれない、けれど。……私、やろうと思います。やらせて、もらえませんか」
真っ直ぐに、依頼人を見つめたまま。少女の声は控えめな、それでいて、強い意志に満ちたものだった。
あの失敗から、完全に立ち直っているわけではない。振り切れない思いがいくつもあって、それでも少女は必死に日々を生きている。
だからこそ、なのかは少女自身にもわからない。ただ、手に余るような危険な仕事であるからと、逃げ出すような真似はしたくなかった。胸に沸いた感情に、恐れを抱きながらも手を伸ばす。
依頼人の悲しみを、ほんの少しであっても癒せるのなら、手を差し伸べてみたい。祖父が抱いた気持ちが今のこれと同じであれば、とても嬉しいことだと思う。
踏み出そうとしている一歩が、正しいのかどうか。それはまだ、今の少女にはわからない。
ただ、安堵したような、泣き出しそうな依頼人の顔を見て、身が引き締まる思いになったのは確かだ。少女の決意を感じ取ったように、依頼人は静かに頭を下げた。
「……どうか、よろしくお願いします」
昔からの友人たちと久々の食事を楽しんだのは、少女がドンドルマを出立する前夜のことであった。
死にに行くつもりはない。少女の生業は遺品の回収であるのだから、必ず生還しなければならない。
ただ、それを承知の上で、今回の仕事には危険が多い。死ぬつもりは毛頭なくても、一度くらい、友人たちの顔を見ておきたかった。
いつもの食堂の、テーブル席。大柄なアイルーの料理に舌鼓を打って、飲めない酒を少しだけ飲んで。会いたかったと言ってくれる友人も、元気にしているかと問う友人も、誰も彼もが大切な存在だ。
言葉にするのは気恥ずかしかったが、皆に出会えてよかったと、少女は素直に思えた。
エルガドという街に向かうと伝えて、戻ったらまた、この店で食事をしようと。そんな約束をしていると、店主が一品、頼んでもいないのに名物料理を出してくれた。
宴と呼ぶにはささやかな、それでも素敵な夜を過ごし、そこから先は相棒とふたり。ドンドルマをあとにして、船に揺られて見知らぬ土地へ。
潮風に導かれるようにしてたどり着いたのは、少女が想像していたよりもずっと小さな、それでいて力強く生きるひとびとの街だった。
最初に降り立った地面は大地ではなく、頑強な船着場の桟橋だ。見れば床板のすきまから、波打つ海面が覗いている。荷卸しされた品々を販売している屋台は、港町の様相にふさわしいものがあった。
奥手を見れば、そびえ立つ石造りの見張り塔。ところどころが崩れていて、それでも見上げると足元がざわざわする高さだ。打ち捨てられた砦を改造したというが、このあたりが砦であった部分なのだろう。
活気にあふれた街中を、少女はおっかなびっくり歩き出す。ドンドルマの熱気とはまた違った、ぴりぴりと張り詰めた空気がある。最前線というもの、なのだろう。
加工屋の女主人と、何事かを話し込むハンター。行商人らしき竜人から、大量の消耗品を買い付けているハンター。郵便帽子をかぶったアイルーから、手紙を受け取り手渡しているハンター。
見渡せば、十人を少し超えるくらいだが、そこかしこにハンターがいる。誰もが入念に手入れをされた武具をまとっていて、駆け出しのような雰囲気は感じられない。
「ご主人、ご主人。なんか、ボクたち、ばちがいニャきがするニャ……」
「わかる……すみっこで、おとなしくしてた方がいい雰囲気まであるぜ……」
ハンターズ・ギルドの発行した証明書を首からさげていることを、改めて確認する。ここにいても問題ないのだと、このカードが言ってくれているような気がした。
「……とはいえ、それじゃ仕事にならない。よし、がんばろう。まずは、現地のひとに、話を……」
最初に目についた眼鏡の少女は、ギルドガールだろう。なにやらハンターたちと話し込んでいて、忙しそうだ。
周囲のハンターとは一風変わった装備に身を包んでいる女性は、会話の端々からするに王国騎士というものらしい。似たような格好の青年や、より重厚な甲冑に身を包んだ初老の男性も、同じ騎士なのだと察せる。
「……あのひとかな、なんか、若そうだし」
話しかけやすそうな青年のもとへ、歩み寄ろうとしたのと同時。名も知らぬ彼は別の騎士らしき女性に呼ばれ、あわてて何処かへ駆けていった。取り残された少女は歯噛みするも、気持ちを切り替える。
「あっちのひとは……あ、……」
「ニャ……」
先手を打たれた。壮年の男性もまたハンターに呼びかけられて話し込み始め、少女の目論見が崩れてしまう。
「くっ……エルガド、手強いぜ……」
芝居がかった言い回しをしてみるものの、知る顔があるでもない。誰かが話しかけてくることもなく、誰に話しかければいいかもわからない。そうなると、話せそうな相手を探してさまようことになるのだ。
ハンターたちのやり取りからするに、王国騎士の装備を身につけている誰かを見つければ、どうにかなる。
幸い、すれ違う見知らぬ顔に好奇の目を向けられることには慣れていた。少女もまた背景に溶け込むようにして、最初の足がかりを探して回る。
「ご主人、ご主人、あれはどうニャ?」
くいくいとそでを引かれて、少女はアイルーの示す先を見る。砦の内部に長机が置かれた、詰所のような一角。その中央に、軍議用の地図を鋭い目で見つめる男性がいた。
他の騎士とは多少なりとも異なっているが、王国騎士の装備に相違ない。ハンターたちとのやり取りをしていないところを見るに、休憩中なのかもしれない。
「……なんか、ちょっと悪い気もするけど」
「せにはらはかえられニャいニャ!」
「……まあ、それもそっか」
相棒の言葉に背を押され、おっかなびっくり、少女は歩む。卓上や板上には資料の類が張り出され、城塞高地でなにが起こっているのかを視覚化してある。
こうして目の当たりにすると、狩猟とは縁のない少女にも壮絶な状況だと理解できた。見たこともない生物たちの名前と、古龍の文字。
いまだ少女が出会ったことのない、龍というものの存在が、文字だけとはいえ目の前にある。ドンドルマの戦闘街に備え付けられた、巨大な防衛装置を見上げたときの記憶がよぎる。
畏怖の気持ちに負けないように、少女は前を向いた。足音を聞きつけたのだろう、壮年の騎士が振り返る。整えられた長いひげが身分の高さを感じさせて、奮い立たせたばかりの気持ちが少し萎んでしまう。
ええいままよ、と少女はさらに踏み出して、騎士の前へ。緊張のあまり、途中で転びかけたときは、さすがの騎士も多少あわてたそぶりを見せた。そのおかげもあるのだろう、彼もひとなのだと、少女の腹が逆に据わった。
「……何用、かな」
気を取り直したように、騎士が少女を見下ろして問う。あちらの背丈は高く、こちらは低い。結果として、少女が見上げないと視線が合わなかった。
「ドンドルマの、ハンターズ・ギルドから提出を命じられた証書です。私は、遺品の回収をするためにこちらへ来ました」
正式な手続きを経て、許可を得た。その証を差し出しながら、少女は名乗る。自らの生業と、渡航の目的。城塞高地における行動の内容まで、ひとつひとつ。
騎士はなにを言うでもなく、黙って少女の説明を聞いてくれていた。休憩中だったなら申し訳ないことをしたと、少女が思うほどには真剣な面持ちで。
「……おおよそ、把握した。諸手続きは、こちらで対応しよう」
「ありがとうございます、お手数をおかけします。作業中は皆さまの邪魔にならないよう、気をつけます」
ひとまずは、最初の一歩を踏み出せた。
もうすでに古龍まで出現しているのだ、ハンターたちの行動の邪魔をしてはいけない。それだけに、現地の人間に話を通せて多少は気が楽になった。
次は、情報収集だ。ドンドルマの図書館でそれなりに調べはしたものの、現地の人間に聞かねばわからないこともある。出発するまで、まだしばらくはかかるだろう。
「……念のため、聞くが」
退出前の一礼をしたところで、騎士が少女を呼ぶ。
顔を上げると、視線が絡んだ。騎士の目は、深く静かで、ただどこかに悲しげな色がある。ともすれば、何人ものひとを見送ったかのように。
「……言うまでもなく、危険だ。それは、わかっているな?」
騎士の問いに、少女は無言のままにうなずいてみせる。
そもそもの目的が、この地で生命を落としたハンターの遺品回収だ。戦う力を持たない少女が誰よりも危険なのは、間違いない。
「はい。全部理解しています、ちゃんと。……その上で、私は、やりたいんです。お金のためとかでなくて、その……誰かのために、やりたいんです」
口にすると、まだ少し照れくさかった。それでも、素直に答えられるくらいには、少女の抱いた思いは強い。
騎士は少し考えたのちに、注視しても見落としてしまいそうなほどかすかに、口元をほころばせる。堅く結んだ口元が笑みの形になると、少女もつられて微笑んだ。
「……承知した。くれぐれも、無理はしないように」
簡素な、それでいてあたたかな言葉に、少女は弾むような足取りで詰所をあとにする。
少女の心は、晴れやかであった。入れ替わりで戻ってきた先ほどの女性騎士が、かのひとを呼ばうまでは。
「フィオレーネ、ただいま戻りました。……提督、そちらの書類は?」
「……遺品回収のため、城塞高地へ立ち入りたいとの許可証だ」
「な、雑務でしたら我々が対応します! 次の軍議まで、もう一時間もないのですよ!」
「……いや、これは私が受け取った書類だ。私が最後まで、申請しておく」
きゅう、と胃のあたりが締め付けられるような、痛みにも似た感覚があった。弾んでいた足取りが、急激に重たくなっていく。
「ニャ。ご主人、ご主人、あっちにおだんごがあるニャ!」
アイルーの声も今は遠く、背中を冷たい汗が流れていく。
「ていとく、ぐんぎ、しょるい」
なんだか知らないうちに、口の中の水分が失われている。聞こえた音を復唱したつもりが、声までからからに乾いていた。
(提督なんて立場のひとが、あんな、私みたいなのでも普通に入れる場所にいるなんて、思うはずないじゃないか! いや、確かに考えてみれば着てるものとかすごい立派だったし、ひげとかすごかったけどさあ!)
どうやら、恐ろしく身分が高い立場のひとに諸手続きを依頼してしまったらしいと、少女も理解してしまう。ぐるぐるとめぐる言い訳と思考に、めまいすら覚えるほどのうろたえぶりであった。
頭を抱えてうなり声をあげそうになる少女の手を引いて、なにも知らない顔のアイルーは食堂を兼ねた団子屋に向かう。
緊張と罪悪感と、その他諸々の感情が一歩ごとにないまぜになって押し寄せてくる。今はただただ、無心で歩くほかになかった。というよりも、物事を考えるほどの余裕がなかったというべきか。
どうにかこうにか、色々な気持ちに整理をつけた少女がなにを見るのかは、また別の、おはなし──