ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし   作:しゃくなげ

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城塞高地と夕焼け

 城塞高地。かつては都市であった、今となっては無人の地。

 

 時の流れに取り残された残骸たちが、今もなお静かに眠る、どこか墓所めいた空気を感じる土地だ。強い力を持つ生物が縄張り争いを繰り広げ、古龍さえもが根城とする、危険極まりない場所でもある。

 

 エルガドの港からは、船に揺られて二日ほど。乗客の数が五人にならないよう、少女は他のハンターたちとは別便で運ばれる。

 

 生命を賭して戦いに出る者たちが験を担ぐのは、どこの国であっても変わらないらしい。超人的な存在だと思っていたハンターたちの意外な一面を知れて、少女の口元がゆるんだのはここだけの話だ。

 

 地図を片手に、方位を測る。東部には、都市の名残である廃墟地帯。鐘楼だったものだろうか、巨大な建造物の残骸が船着場からも見えている。

 

 南部には、起伏の激しい山岳めいた森林地帯。そこから西に向かうと低地へと変わり、樹液の沼があるようだ。船着場から視認はできないが、足場の悪い土地は注意しなくてはいけない。

 

「遭遇しないのが肝心だけど、逃げることも考えないとな……。樹液だまりが沼になってるとか、こんなの私なんかじゃ転んで起き上がれないだろ……」

 

 城塞高地の特性は、エルガドの受付嬢であるめがねのギルドガールが説明してくれた。年若いのに博識で、資格を取るために猛勉強したのだという。

 

 ハンターたちに囲まれていたギルドガールを思い出し、感心なことだと少女がため息をもらす。かの受付嬢が王国の第一王女であることなど、無論、少女は知らないままである。

 

「北部の雪山地帯は、今の装備だと苦しいかも……」

 

「ニャ……ヒエヒエで、ブルブル?」

 

 残る北部の様相を地図上で確かめて、ため息がまたひとつ。防寒対策が完璧でない以上、現時点での探索には大きな不安が残る。

 

 雪山と聞いて、寒さに弱いアイルーが困ったように問いかける。こっくりとうなずきながら、少女は相棒の頭を指の先でかいてやった。

 

「そう、防寒用の装備とか……絶対、高いよなあ」

 

 つけねに触れるとくすぐったいのか、アイルーの耳がぷるんと跳ねる。

 

 エルガドの加工屋は、ハンターのための店だ。素材を入手する手段も資格もない少女には、無縁のものでしかない。ついでにいうのであれば予算だって余裕はないのだから、利用するには敷居が高い。

 

「最悪、ホットドリンクでごまかしながら、かな……時間を決めて、少しずつとか。まあ、雪山の調査は最後に残すけど……こういうのって、たいてい、最後に残したところで見つかるんだよね」

 

 少女の言葉は、今までの経験則ではなく作劇的な話だ。船旅の途中で読んだ本も、やはり最後に残された場所で重要な手がかりが見つかった。

 

 山場というものはあとに残すからこそ、なのだろう。そうならないように、現実と物語は異なれ別ものであれと祈るしかない。

 

「ま、なににしても、さ。動かなきゃ始まらないのは、本も現実も同じなんだよね」

 

「ニャ?」

 

 ふしぎそうな顔をするアイルーに視線を向けたまま、少女はぱんぱんと手のひらで自分の足を叩いてみせる。足で探して、走り回るしかないのだと、少女の目は物語っていた。

 

「結局、これですわ」

 

「ニャ!」

 

 それに応えるようにして、元気なアイルーの鳴き声が、静かな船着場に響くのだ。

 

 

 

 探索を始めて、どれほど時間が経過しただろう。くだんの土地は、少女の想像よりもずっと広大なものであった。

 

 一見すると開けた場でも、茂った草むらが視界をさえぎり、見たことのない獣が草を食んで行く手を阻む。

 

 管理された狩猟場へ立ち入るための申請内容は物品の回収であるから、当然ながら少女には彼らを害する権利はない。殺害することも、傷つけることも許されないのだ。

 

「ばくちく、ぱーんは?」

 

「おどろいて転んだら、怪我するかもしれないからね」

 

「ニャ、ふべんふべんニャ」

 

 仕方ないよと笑って、少女は迂回の道を選ぶ。獣たちが警戒しない距離を測りながら、大回りして周囲に手がかりがないかを探して回る。いつだって、地道な作業のくり返しだ。

 

 かつての都市の名残であろう石畳で舗装された道は、さすがに歩きやすい。東部の探索は順調に進められそうだと湧き上がった気持ちに、少女は頭を振って意識を切り替える。

 

 油断をすれば、失敗につながるのは、とっくに経験済みだ。張り詰め過ぎてもいけないが、ゆるみ過ぎてもいけない。バランスというか配分というか、そこの感覚がまだうまくつかめていないと、少女は自らを省みて小さくうなった。

 

(気持ちの張りを保つのって、難しいな……おっ、なんだあれ)

 

 ふと、かつては水路であったらしい窪地の底に、少女の瞳が光るものを捉える。見下ろせば、高さはそれなり、苔に覆われた岩肌があちこちに露出している。ハンターならいざ知らず、少女が飛び降りたら怪我をすることは間違いない。

 

 だからこそ、今がそのときだ。誰に見せるわけでもないが、少女はひとり、不敵な笑みを浮かべる。

 

 腰に提げた虫かごから、少女が取り出したのは翔蟲だ。

 

「こういうときこそ……おまえの実力、見せてもらうぜ……!」

 

「ニャ、かけりむし!」

 

 アイルーが、少女の背中にぴょんと飛びつく。相棒がしっかりとつかまっていることを確認して、少女の足が地面を蹴った。

 

 空に放った翔蟲が、一条の銀糸を引く。自由落下、重力というものに逆らって宙に浮くのは、何度経験しても不思議な心地だった。

 

(お、おお……! やっぱりすごいぞ、こいつ!)

 

 そのままゆっくりと、翔蟲が下降を始める。ほどなくして少女の靴底は岩肌をつかみ、地面と再会する。見上げれば、岸壁がずっと上の方まで続いているようだ。

 

「この高さをすぐに降りられるの、便利だな……」

 

「ニャ、べんり!」

 

 今までなら、どうにか降りられそうな傾斜を探すだけでも、相応の時間を要していた。ハンター用の翔蟲よりもマイルドな調整らしいが、少女の身体能力にはちょうどいい具合だ。

 

 アイルーはとてとてと駆け出して、周囲の探索に向かう。虫かごに翔蟲を戻してやりながら、少女もそのあとを追いかけていった。

 

「ご主人、ご主人、キラキラピカピカ!」

 

「ぐっ、これは……!」

 

 探していた遺品ではないが、これもまた遺品だ。頑丈そうな箱に収められた、古い調度品。年代物だろう陶磁器なんか、相当の金額で売れそうなほど。

 

 心を落ち着けて、深呼吸をくり返す。さっき見えたのは、これだったらしい。うしろ髪を引かれる思いを断ち切って、手すさびのように少女は頭上の髪球を整える。

 

「……狩りなんて、できないけど。薬草とったりこういうの集める専門家になるなら、ハンター業も悪くない、のか……?」

 

「ご主人、それは、はめつのみちニャ」

 

「だよね、あぶねえ……大金で、目がくらむところだった」

 

 手が届くところに無造作に置かれるのは、心臓に悪い。せっかく志を持って立ち上がったのだから、今は仕事に集中したいのだ。

 

(ひとの心とは、かくも揺らぎやすいものなのだ……)

 

 なにとはなしに手を合わせて、お宝に別れを告げる。見れば、水路の跡地はアリの巣のように枝分かれして、地中に張り巡らされている。以前は、街中を流れていた痕跡だろう。

 

「……やっぱり、現地で見ないとわからないことが多いね。こういうところの探索となると、明かりは当然だけど、もっと長いロープが欲しいな……」

 

 新規で認識した情報は、逐一、手帳に記していく。ふしぎそうに見上げてくるアイルーの視線に、ふふと小さな笑いがもれた。

 

「おまえと違って、私は夜目が効かないのだ。真っ暗だと、動けなくなっちゃうからね」

 

 ハンターたちは、訓練された灯蟲を連れていると聞く。こちらはそんな便利なものがないから、古びたランタンがせいぜいだ。アイルーを行かせるのも手では、あるが。

 

「……でも、うん、ここはあとだ。ここに来るようなハンターが、こんなところで転んで死ぬとは思えない」

 

 回収屋としての直感が、ここではないと告げている。

 

 そう、ハンターが生命を落とすのは、いつだって狩猟の最中だ。エルガドに派遣されるような腕利きともなれば、少女にはそれ以外の死因が考えられなかった。

 

 事実、少女の勘は冴えている。嗅覚と呼ぶべきか、探すべき場所を判断する感覚が研ぎ澄まされている。今はまだ無意識のうちだが、少しずつでも、目に見えなくても、進歩をしているのだ。

 

「こういう、私たちが探しやすいところでは、ハンターは戦わない。竜が入り込むには、狭いからだ。さっきの、開けたところも違うと思う。ハンターが、戦いやすいから」

 

 自分が探しやすい場所でも、ハンターが活躍するような場所でもない。その逆、ハンターにとって不利な局面を、生命を落とすような場面を考える。

 

(考えながら仕事をするって、こういう感じ、なのかな……)

 

 今までの、漫然とした探索を思い返して、ふと考える。祖父から教わった生還のための手順は、きちんと考えてこなしてきた。ただ、そこから先は、どうだったろう。

 

「……よし、行くか。ちょっと危険だけど、奥の方まで行くんだ。翔蟲があれば、よほどのヘマでもしない限り、逃げられる……と、思う」

 

「ニャ、しっかりけーかいするニャ!」

 

 相棒の言葉にうなずきを返して、少女は再び翔蟲を手に取った。日は高く、夜はまだ遠い。目星をつけるためにも、今のうちに地形を把握しておきたい。

 

「危険なやつを見つけたら、気づかれないように撤退。私も頑張るから、君も頑張って警解してね」

 

「ニャ!」

 

 銀の糸が、空を駆ける。少女の小柄な身体を、力強く引き上げる。

 

 どこか遠くで、なにかの咆哮が轟く。ハンターたちは、きっと、今も戦っているのだろう。それこそ彼らは言葉の通り、生命を賭して真剣に。

 

 私も、負けてはいられない。前へ進もうと必死にあがく少女が思うのは、きっと、とても自然なことだった。

 

 

 

 城塞高地、南部。

 

 森と呼ぶほどには多くないが、多数の樹木が生えて視界がぐっと悪くなる。濃くなる緑の匂いは、木々に限らず、岩や土を覆う苔からも立ち上る香りだろう。

 

 そこかしこに見つけられる琥珀の塊はひと抱えもありそうな大きさで、貧乏性の少女は見ているだけで頭がくらくらするほどだ。

 

(虫入りのやつは、価値が高いんだよな……)

 

 少し見るだけでも、そうした虫入りの琥珀はすぐに見つかる。入っているのが不死虫だからなのか、いまだに中で動いていた。

 

(見方によっちゃ、ちょっと不気味だ……)

 

 そう思うのは、少女が虫を苦手とするから、なのだろう。最近になってようやく慣れた気がする翔蟲も、不意打ちで裏側を見ると、やっぱり心にくるものがある。

 

 そうこうしているうちに翔蟲の糸をたぐり終え、少女は小山ほどもありそうな大岩に登頂する。なにかの骨塚や草むらの茂み、のそのそと動く大きなガスガエル。よくよく見れば、ハンターたちの足跡がその合間を通り抜けている。

 

「ニャ、ご主人、ご主人、むし!」

 

「だーめ、戻しておいで。持ち帰ったら、怒られるよ」

 

 両手いっぱいの大きさがあるアメフリツブリを抱えて、アイルーが胸を張る。多脚の生物ではないから、自慢するように見せられても心は楽だ。

 

 地面に置かれたアメフリツブリは、貝殻から顔を出すとゆったりとした動きで逃げていく。本当は触るのもダメなんだよと相棒に言い聞かせ、少女はそのままわしわしと頭を撫でてやった。

 

「こっちの建物は、見張り塔くらいしかないのかな」

 

 探索を始めてからそれなりの時間が経過しているものの、少女が見つけた人工物といえば、土台が倒壊して倒れかけたままのそれだけだ。探索が甘いのかもしれないが、建物の廃墟が多く見られたあちらとは、まるで別世界にすら思える。

 

 東部とはまた違う、湿っぽいような山中のにおいが周囲に漂っている。ひとの手が入っている部分もあるにはあるが、自然の雰囲気がずっと色濃く感じられた。

 

 少し前に聞こえた咆哮は、今も時おり轟いてくる。次第に大きくなる破壊音は、ハンターの戦いが終わっていないことを、そして少女が戦場へと近づいていることを示している。

 

 ハンターにとって、自分は足手まといにしかならない。少女はその事実を弁えているから、聞こえてくる音を頼りに、踏み入ってはならない境界線を見極め続ける。

 

 彼と我は違うから、あちらとこちらは交わらない。幼いころ、ハンターの戦いを見に行きたいとねだった少女に祖父が教えた言葉だ。

 

 思えば、祖父の教えはいつだって、ハンターの立場を最優先したものだった。幼心には納得できないこともあったが、彼らは生命を賭して戦っているのだ。

 

(今なら、理解できる……ま、当然だよな。私みたいな弱っちいのが、狩猟の邪魔なんてしたらダメですわ)

 

 大人になればわかるさと、祖父は言っていた気がする。その通りの結果になったものだから、少女としては感心するしかない。

 

 ふと、服のすそをぐいと引かれた。自然を向けると、アイルーが大きな瞳で少女を見上げている。どうやら、呼ばれていたらしい。

 

「ん、ごめんごめん。ちょっと考えごとしてた」

 

 どうしたのと言いかけて、少女の表情が硬くなる。平和ボケしているぞと、少女は内心でまた自身を戒める。

 

「ご主人、なにか、きてるニャ。ひげがビリビリするニャ」

 

 アイルーに任せている最大の役割は、周囲の警戒だ。その相棒が自分を呼ぶ理由なんて、考えるまでもないことだった。

 

 今回の探索で集めた情報を、地図に手早く書き込んでおく。

 

 もう少し、あと少し、などと考えなくもないが、仕事の鉄則は生還だ。ましてや今回の狩猟場は未知の土地なのだから、必要以上に警戒しても過ぎることはない。

 

「大きな道を避けて、戻るよ。狭いからって油断しないように。このあたり、ガブラスだけじゃなくてオルギィって肉食の鳥竜種がいるみたい」

 

「ニャ!」

 

 ハンターであれば取るに足らない相手であっても、少女には違う。たとえ翔蟲があったとしても、彼らのようには翔べそうにない。だが、大切なのはそこから先だ。

 

 海竜が空を飛べないのと同じこと、飛竜が海を泳げないのと同じこと。少女はハンターのようにはなれない、事実は事実として受け止める。

 

 背負ったかばんにアイルーが飛び乗るのを確認してから、翔蟲を放つ。銀の糸は力強く、小柄な少女の身体を矢のように空へと打ち出した。

 

「ここで、一度、止めて、っと!」

 

 ぐらんと、視界が揺れる。翔蟲を楔の代わりに、中空へと固定する。振り子のように揺れる身体は、見上げるほどの木々を見下ろす位置にあった。

 

 少女を支える翔蟲は、ハンターの扱うものよりもやや小ぶりで狩猟に使えるものではないらしい。

 

 その代わりなのか、それとも支える対象が軽いからなのか。翔蟲は少女を吊るしたまま、多少の距離を移動したり、ゆっくりと下降することができる。

 

「これはこれで、すごく便利だ。おまえもさ、ハンターの翔蟲にはなれないけれど、別の場所で活躍できるんだ」

 

 言葉を持たない翔蟲は、語りかけたところでなにを答えることもない。ただ、どことなく自分と似ていると、少女はふしぎな親近感を覚えていた。

 

「ご主人、ご主人!」

 

 アイルーが少女を呼ぶ。おびえた声色ではなく、どこか興奮したように。

 

 相棒の指差した先では、かたむき始めた太陽が、空を少しずつ染めている。あざやかな夕暮れが訪れて、やがてすぐに夜が来る。そんな、茜に染まり始めた大空の中央に、それはいた。

 

 炎のように赤い甲殻、力強く羽ばたく翼。上空から獲物を狙い、火球を吐いて地を焦がすもの。毒の蹴爪で肉を裂き、つがいの元へ持ち帰るもの。

 

「おお、リオレウスが飛んでる……あれは、鉄蟲糸?」

 

 飛竜の代表格たる雄火竜の身体には、銀の糸が絡み付いているように見えた。それらの出どころを探してみれば、竜の背に乗る影ひとつ。まるで、いつかどこかで見た、人形を操る傀儡師のよう。

 

 大きく一度羽ばたいて、竜の身体がぐんと沈む。地表に獲物を見つけたように、滑空する巨体が速度を増していく。

 

 あの人影が、竜を操っているのだと理解するのが先だったのか。それとも、夕焼けに溶け込む外套を認識するのが先だったのか。

 

「あ、……!」

 

 呼びかけるには、あまりに遠い。

 

 顔も見えないほどの距離、竜の息吹もあるのなら、声が届くはずもない。だから、少女は諦めるほかにない。

 

「ご主人、ご主人!」

 

「ああ、うん、そうだ。きっと、そうだ」

 

 翔蟲に引かれるままに、少女の身体はゆるやかに、地表を目指して降りていく。振り返って駆け出したなら、今なら間に合うのだろうか。そんなことを思ってしまうほど、容易く靴底は地面に触れる。

 

 けれど、それだけだ。それだけで、まったく、構わない。彼と我は違うから、あちらとこちらは交わらない。少女は、祖父の教えをきちんと守り、決して覆さなかった。

 

「生きてる、今も。なら、きっと今じゃない」

 

 言い聞かせるような独白に、アイルーはまたたきをくり返しながら少女を見上げている。やがて言葉の意味を理解したのか、鼻を鳴らして周囲のにおいを確かめ始める。

 

「ご主人、ご主人、ニャにもいニャいニャ!」

 

 いつかのそれと、同じせりふ。けれど、弾む声色は楽しげで、相棒の興奮が伝わってくる。

 

「うん、行こう。船着場まで戻って、一度、エルガドに戻るんだ。私たちは、ハンターの邪魔になってはいけないから、ね」

 

 戒めて、言い聞かせて、少しだけ気持ちを落ち着ける。やるべきこと、やりたいこと、やってはいけないこと。順序をつけて、それを入れ替えないように、決して間違えないようにする。

 

 染まり始めた夕焼けの下を、少女は船着場まで駆けていく。高鳴る鼓動に応えるように、逸りそうになる気持ちに応えるように。

 

「今日じゃない、今じゃない。けれど、今度会えたときには、言うよ。ちゃんと、あのときはありがとうって」

 

「ニャ!」

 

 息を切らせながら、少女は駆ける。かたわらの相棒も、嬉しそうにのどを鳴らした。

 

 いつかの、ささやかな出会いの記憶。少女があの日の礼を伝えられたかどうかは、また別の、おはなし──

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