ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし   作:しゃくなげ

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感謝と祈り

 エルガドに派遣されたハンターたちが古龍を討伐したという話は、少女の耳にも入るようになった。

 

 どんなハンターが、どんな方法を持ってして古龍を討ち倒したのか。爵銀龍と呼ばれた龍が如何なる力を有していたのか、いかなる姿をしていたのか。少女が知ることはついぞないままに、エルガドには浮かれた空気が漂っていた。

 

 王国の騎士たちはいまだ難しい顔をしているものの、住人たちは口々にハンターたちの活躍を褒め称えている。頭上の線路を走るトロッコの中では、うさ団子の材料を運ぶアイルーたちがはしゃいでいた。

 

「まあ、うん、危険も去ったならそうなるよな……しかし、これ、食べ終わるのか……」

 

 少女は小さくぼやきながら、一段だけでも男性の握りこぶしほどもありそうな団子をかじる。現在は二段目に取り掛かっている最中であるが、もちもちとした食感が強いせいもあって、咀嚼だけでもひと苦労だ。

 

(うん、少しだけしつこい大福の甘さを、いちごの酸味が引き立てて……混じり合うと、ほどよい具合だ……人気なのもわかる、わかるぞ……さっきの抹茶味も、良い香りだったしな……うさ団子、あなどりがたし……)

 

 三段ひと串のうさ団子は、ハンターたちにとってはほどよい間食なのだろう。狩猟場へ向かう前に、彼ら彼女らが必ず食べているのを覚えている。あちらは諸々と桁外れだから、ひと口で丸呑みするように平らげていくのだが。

 

 二段目の半ばほどまで切り崩したところで、満腹感に押しつぶされないよう、緑茶をすする。濃緑の液体を舌の上で転がすと、青嵐のような苦味によって、甘味も酸味も塗りつぶされていくようだった。

 

(これ、これですわ……おお、最初はしぶく思うのに、飲んでしまえば口の中がさわやか……団子の甘さを取り去ったら、また甘さが欲しくなる……自作自演と言われても、こいつは仕方ねえや……)

 

 まったりと、のんびりと。なんでもひと息で平らげるハンターとは打って変わって、少女の食事風景はのどかなものだ。小さな口でひとかじり、もちもちと噛みつぶして味わっては、緑茶をすするくり返し。

 

(そう、これでいいんだ。私はハンターとは違うから、無理に周りに合わせなくたって、ええんや……)

 

 とはいえ、利便性のいいカウンター席を占拠するのはさすがにはばかられる。少女が腰を落ち着けるのは、決まって海の大穴が見下ろせるような、中央広場かたすみの椅子だ。

 

(サン、だっけ……あれ、見てると吸い込まれそうになるんだよなあ)

 

 海原の只中にある大穴は、このエルガドが造られた理由なのだろうか。観測拠点は海中の滝めいた大穴の縁に築かれている、どこか幻想的な姿をしていた。少女がそれを知ったのは、この地に来てから、三日目のことであったが。

 

(なんだっけ、おとぎ話があるって言ってたなあ。おっ、これはまた、素朴な味わいの……芋練りっていうのか、甘い、この芋、甘いぞ……!)

 

 ほおづえを突きながらのうさ団子討伐は、いよいよ佳境へ差し掛かる。最後の団子も縁起物らしく、験を担ぐハンターたちにはこれまた人気の品らしい。

 

 腹にたまる重さを感じつつ、少女は手元の地図へと視線を落とす。東部と南部の書き込みはかなりの量になったが、北部はいまだ、まっさらなままだ。

 

(とは、いえ……うん、古龍も討伐されたっていうしな……)

 

 今まで、最大の懸念点はそこにあったのだ。

 

 産まれてこのかた、少女は古龍というものを見ることがなかった。天災がごとき存在が存在する土地で、行動に支障の出やすい雪山の探索は危険すぎると判断していたのだ。

 

 だが、今やその古龍も狩人に討たれたという。まぶたの裏に思うのは、赤く燃えるような竜の姿と、それを駆る夕焼けの色。

 

 確信などないが、そうであればいいのにと思う。古龍でさえも討ち倒すハンターであれば、きっと、自分の仕事とは無縁だろう。生命の恩人が斃れる姿も、打ち捨てられた遺品も見たくはない。

 

(……入れ込み過ぎ、かな)

 

 人生が交わったのは、ほんのひと時。名前を聞くどころか、顔を見ることすらもない。そんな相手の無事を案じる自分に気づいて、少女はがつがつと団子をかじり始めた。

 

 気恥ずかしさをごまかすように、ようやくといったていで少女は最後のひと口を飲み込んだ。渋くさわやかな濃緑の茶が、甘味と一緒に胸のもやもやを洗い流してくれる。

 

「ご主人、ご主人、ふねがとれたニャ!」

 

 渡し守への依頼を頼んでおいたアイルーが、両手を振りながら走ってきたのはまさにそのときであった。

 

 気持ちを切り替えると、少女の顔は仕事に打ち込む一人前のものへと変わった。ここ数日の少女の仕事は、歯車が噛み合ったように滑らかに進んでいる。成長と呼べる事実を、当人だけは頑なに認めないのだが。

 

「上手に、交渉できた?」

 

「ニャ!」

 

 アイルーの喋りは相変わらずつたないものの、少しずつ舌も回るようになっている、と少女は思う。二人三脚で成長を目指していると思うと、照れもあるが誇らしさも生まれてくる。

 

「こういうの、いいな。うん、前よりも、ちょっとずつよくなってる気がする」

 

「ニャ?」

 

 なんでもないよと、少女は笑う。頭の中身を言語化するのは、恥ずかしいし難しい。だから口にすることは避けていた。避けていた、のだが。

 

 今日もまたそうすると、なにも変わらないような気もしてくる。腕組みをして、眉根を寄せてうんうんとうなりながら、少女は雲ひとつない青空を仰いだ。

 

「……いや、ダメだな。君もがんばってるんだし、私も面倒くさがってたらダメだ。えーと、そうだね……なんだろう、この、私たち、さ」

 

 足元のアイルーを見下ろせば、相棒は興味津々といった風で、大きな目を丸くして少女を見上げている。視線が絡むと余計に照れが顔を覗かせるものの、少女はそのまま、ぐっと堪える。

 

 これから、もっと恥ずかしい目に遭うのかもしれない。今から、こんなささやかな照れから逃げてはいけないのだ。自分自身に言い聞かせ、慣れない言葉を頭の中でつなぎ合わせる。

 

「今までよりも、よくなってる。えーと、なにがって、うまく言えないけど。仕事に対して、意欲的に取り組んでるっていうか、さ。私、やっぱりこの仕事、好きだ」

 

 予想の通りというか、なんというか。口にした言葉は、順序や筋道がうまくつながっていないように思う。こういうのも、慣れていかなくてはならないのだろう。未来のことを考えると、少しだけ気が重くなる。

 

 それでも、少女は最初の一歩を踏み出した。小さくても、確かに、意識的に。

 

「やばいなあ、今から緊張する……」

 

「ニャ?」

 

「まって、むり。その説明までしたら、私がむり」

 

 胸を張る相棒の頭をわしわしと撫でてから、いつも通りの旅支度へと取りかかる。今日こそは、北部の雪山を調査するのだ。

 

 おそらくは、このエルガドにいるであろう恩人への感謝を、どんな言葉で伝えればいいのか。

 

 そこの問題は未来の自分へ託したまま、少女の一日はゆるやかに始まっていった。

 

 

 

 城塞高地へ向かう船の中で、少女が渡し守から聞いた話だ。

 

 爵銀龍メル・ゼナが討伐され、かの地はひとまずの平穏を迎えた。結果としてハンターたちの狩猟は一段落、あとは乱れた生態系が整うまでの辛抱らしい。

 

 平和になったら、エルガドの観光協会が城塞高地の案内ツアーをやるだとか、ハンターたちの数が減ると売り上げが減ってしまうだとか、内容としては他愛のない世間話ばかり。

 

 こういう話を聞くのは、いつものことだ。渡し守や御者たちは、貴重な情報源である。どんな仕事のひとだって、この地でなにが起こるのか、なにが起こったのかを知るのは重要なのだ。

 

 ふと、思う。少女にとっても重要だし、どんな仕事のひとにも重要ならば。彼ら彼女らにとっても、重要なのだろうかと。

 

 ハンターたちは、渡し守とどんな会話をするのだろう。いや、そもそも会話などしないのかもしれない。だとすれば、ハンターたちは、どんな話になら興味を持つのだろう。やはり、新種の竜がとか、そういう類の話しか興味を示さないのかもしれない。

 

 などと、頭の中で考えていても、答えはやはり得られない。結局のところ、言葉にしなければ伝わらないし、誰かに聞かせてもらうしか知る術はないのだ。

 

 言葉を探して黙り込んだ少女に、渡し守はふしぎそうな顔をする。どうしたねと問いかけられて、少女はようやく思考のうずから抜け出した。

 

「いえ、あの……私、なんていうのかな……ハンター、さんと話したこととか、ほとんどなくて。あのひとたちも、こうやって会話とかするのかなって、急に考えちゃって」

 

「ああー、ねえ、わかるわかる。気さくなひとも、なんも話さねえひとも、たくさんいるよ。前に乗せたのは、えらいべっぴんさんだったなあ。見てるだけで可愛いし、目の保養だよ、目の保養」

 

 こんなでさあと笑いつつ、渡し守は両手の軌道で大きな半円を胸元に描いてみせる。デカかったぜと囁く声は、ないしょ話をするように少しだけ品がない。

 

 白混じりの長髪をえりあしで束ね、日焼けした肌を惜しげもなく晒し、初老を迎えた頃合いだろうか。海の女という言葉が似合う、快活そうな女傑であった。

 

「アタシも昔はデカかったつもりだが、ありゃあどうしたって勝てないね。今じゃ、すっかり垂れちまった。お嬢ちゃんもさ、身体は鍛えとくんだよ」

 

 垂れるほど、ねえよ。のどまで出かかった言葉を飲み込んで、少女はどうにかこうにか愛想笑いで応える。そんな胸中など気にするそぶりもみせず、渡し守は形のいいあごを指先で撫ぜた。

 

「あとは、そうさね……ああ、おっかねえのもいたな。アタシはさ、嵐の夜だって怖かぁない。でもね、あのハンターはおっかなかった。乗り切るどころか、嵐まで狩っちまいそうだった。なーんも話さねえで、むすっと押し黙ってさあ」

 

 無愛想だのなんだのと、からから快活に渡し守が笑う。おっかないと言いながら、あのハンターは凄いやつだと太鼓判を押すのだ。少女の頭は、情報量の少ないハンターの姿を想像するだけで精一杯である。

 

「どんなハンターなんですか、そのひと。なんか、こう、すごい鎧とか?」

 

「うんにゃ、軽装だったね。この、なんていうんだっけ、頭に傘を被ってたっけね。太くてデカくて、強そうだったよぉ。髪なんかもこう、ボサボサでさあ!」

 

 少女の脳裏をよぎるのは、ひとり。

 

 理由はないし、確信もない。ただ、直感していた。きっと、ユクモで出会ったあのハンターだと。

 

(あのひと、めっちゃ強そうだったもんな……)

 

 記憶の旅にふける少女をよそに、渡し守は退屈しのぎの雑談を交えつつ、船を操り海原をゆく。かなたに陸地が見え始めると、口笛をひとつ、ご機嫌そうに吹いてみせた。

 

「連れの男もまあ、似たり寄ったりで押し黙っててさあ。やっぱりね、ハンターってのは女がいいよ。男はむさ苦しいし、無愛想だと怖いんだ、これが。……っと、もうすぐだね。お嬢ちゃん、長旅お疲れ様だよ」

 

 少女の知らないハンターの話は、どれほどあるのだろう。多少なりとも気になるが、狩猟場を前にして、気持ちはすぐに切り替わる。

 

「……ほら、起きろ。仕事だぞ、仕事」

 

 渡し守に礼を言いつつ、少女はかたわらで寝こけている相棒の腹を、指先でわしわしとかいてやった。

 

 

 

 狩猟場に船が到着したのは、夜が訪れるころだった。空には赤い満月が浮かび、星々が弱々しくきらめいている。

 

 人気のない船着場は、どこかうら寂しい。赤い月光に照らされる大地は、なぜか、禍々しく見えた。

 

 ひとの街が栄えていた過去もあるせいか、城塞高地に漂う雰囲気には、物悲しさのようななにかを感じる。

 

 多少の居心地の悪さは、えも言われぬ気味悪さは、きっと崩れた鐘楼を思い出すからだ。少女はそう、自分に言い聞かせる。

 

 この船から降りてしまえば、そこはもう狩猟場だ。余分なことを考え過ぎている、気持ちを切り替えなくてはならない。

 

「お邪魔します」

 

「おじゃましますニャ」

 

 境界線をまたぐ、最初の一歩。

 

 このとき、誰にともなく声をかけるのが、少女の中での決まりのひとつである。

 

 ハンターでないものが、ハンターの領域に入り込む。禁足地に踏み込むような行動に、自然と口にしたのが始まりだった。

 

 年代を感じさせる桟橋は靴底が擦れても揺らがずに、造りの強固さを主張する。重厚な鎧をまとうハンターが歩くことを想定しているせいもあって、少女の体重では足音も響かない。

 

 船着場は、しんと静まり返っていた。聞こえるものといえば、波の音がせいぜいだ。船上の渡し守はたばこに火をつけ、片手を振って少女を見送ってくれる。

 

 乾いた土が、さくりと音を立てた。そびえ立つ城門のような大岩は、船着場を竜種から守ってくれる最後の砦だ。

 

 穿たれた穴を潜ろうと、少女が身を屈める。向こう側の景色は相変わらずのようで、どこか、なにか、違和感があった。

 

 警戒を頼もうと、相棒を振り返る。月明かりのせい、なのか。背後にいるアイルーもまた、どこか、いつもと違って見えた。

 

「……どうしたの?」

 

 ふるふると、アイルーが力なく首を振る。言葉にしたくて、うまく伝えられない。それが見て取れるほど、相棒の様子は普段と異なっている。

 

「私が、先に行くよ。警戒していて」

 

「ニャ、ご主人、ご主人」

 

 心細そうな呼びかけに大丈夫とうなずいて、少女は大岩の穴を潜る。じめりとした空気が肌にまとわりつくような、そんな錯覚があった。

 

 明確に世界が変わってしまったようだと、少女は感じた。あちらとこちらは、交わらない。そのはずなのに、線を越えてあちら側に入り込んでしまったかのような、言葉にしがたい不安感がある。

 

 耳を澄ませても、なにも聞こえない。静かで、静まり返って、草木も眠ってしまったようだ。聞こえるものといえば、自分の足音と息遣い。そのぐらいしか、音がない。

 

 違和感がある。ただただ、不安を煽る違和感だ。

 

(なんだ、これ。おかしい、なんだ)

 

 声を出してはいけない気がして、少女は自然と息を殺した。周りを見ても、動くものは見えない。なにかに狙われているはずはない。このあたりは、まだオルギィやガブラスだっていない。

 

 いるのは、麗羊獣。メルクーと呼ばれる、おとなしい草食獣だけ。

 

「……まって、おかしい、ねえ、来て」

 

「ニャ……」

 

 おずおずと、アイルーが近づいてくる。周囲を見回し、怯えたように耳を倒して、少女の足元にしがみつくように。

 

「メルクーも、いない。ねえ、ここにいつも、泥玉コロガシがいたよね。ヒトダマドリも、いなかった?」

 

「ご主人、ご主人、いニャいニャ、ニャにも、だれも、いニャいニャ……」

 

 警笛を鳴らしている。知識や理性ではない、もっと深い場所。本能のようなものが、警笛を鳴らしている。

 

 心臓の鼓動が、早くなっていく。全身に血液を送って、すぐに逃げ出せるよう準備をしているのだと、昔、どこかで聞いた気がする。身体が自然と、逃げ出すための準備をしているのだろうか。

 

「船に戻って、伝えて。変だ、エルガドに戻るって」

 

「ご主人、ご主人は、どうするニャ」

 

 相棒の言葉に、少女は考える。

 

 この仕事は、なにより生還を優先しなくてはならない。自分が死ねば、遺品を待つ依頼人はどうなる。自分は英雄ではないのだから、そうあろうとするのは一番の悪手だ。

 

 その、一方で。時間はいつだって有限で、誰に対しても冷酷なくらいに平等だ。流れ続けるばかりで、決して待ってはくれない。

 

「私は……うん、探しに行くよ。期限まで、もうさ、時間がないんだ」

 

 英雄であろうとしてはいけない、けれど。なにも、竜と戦いに行くわけではない。

 

 仮に遺品が見つからなくても、積み残しはなかったと、探せる限りは力を尽くしたと、そう言えるようにしたかった。

 

 英雄になろうとはしていない。ていのいい言い訳だとは理解しながら、胸の中でもう一度だけくり返す。

 

「無理はしない、無茶はしない。きちんと考えてある、なにかいたら絶対に逃げる。でも、私はほら、弱いからさ。なるべく早く、迎えが欲しい……かな」

 

 にゃあと、アイルーが弱い声で鳴く。不安そうなその顔を見ながら、少女はほのかに笑ってみせた。

 

「初めてかもね、こんな風にひとりで行くのは。でも、うん、怖くはないよ。……いや、怖いか。だからさ、なるべく早く終わらせて、テントで待つよ。私のと違って、船着場のやつは、寝心地も良さそうだしね」

 

 少女は相棒に背中を向けて、歩き出す。

 

 少女を呼び止めようとしていたアイルーは、やがて船着場へ走って行った。

 

 あの渡し守は、一日半でエルガドから城塞高地へと渡ってみせた。装備や燃料次第では、もっと早いとも豪語していた。本当に緊急事態なら、さらに早く、誰かが来てくれるかもしれない。

 

 震えそうになる足を、前へ、前へ。ともに歩く相棒もなく、たったひとり、赤い月の下をゆく。

 

 少女の影はどこまでも伸びて、まるで、怪物のようだった。

 

 

 

 氷に覆われた岩山の空気は、冷たいという感覚を通り越し、肌を突き刺すように痛い。

 

 万年雪どころか、永久凍土。新雪のような柔らかさはなく、靴底の鉄爪を食い込ませなければ歩くこともままならない場所も多い。

 

 幸いであったというべきなのか、否か。生物の姿や気配はなく、耳が痛いほどの静寂はどこまでも広がっている。まるで、自分を残して時間が止まってしまったか、全ての生命が死に絶えてしまったかのように。

 

 否。事実、城塞高地の生物はすでに死に絶えているのかもしれない。寒さのせいか、それとも道中の光景を思い出したせいか、少女の背中をいやな悪寒が流れていく。

 

 雷狼竜。剛纏獣。赤甲獣。力量こそそれぞれだが、どれもこれも、ハンターに討伐依頼が出るような大型の生物だ。雷狼竜に至っては、渓流の生態系において、頂点に君臨するといっても過言ではない。

 

 そのいずれもが、竜種や牙獣種の区別なく、死んでいた。ただひとつの例外もなく、打ち捨てられたように死に絶えていた。

 

 それどころか、メルクーやケストドンといった草食の生物に至るまで、今夜の城塞高地にはおびただしいほどの死体の山が転がっているのだ。

 

 空に浮かぶ赤い月は禍々しさを増して、もはや、この地は異界のようにさえ見える。

 

 恐ろしさにすくむ足を、少女は必死に動かし続けた。立ち止まってしまったなら、そこからもう二度と動けないような気がしていた。

 

 尋常ではないことが、起こっている。ハンターたちが爵銀龍を討伐してもなお、なにか得体の知れない恐ろしいことが続いている。

 

 鉄爪を氷面に突き立てる足音だけが、がつり、がつりと冷たく響いた。生物の気配がまるでない無音の地に取り残されて、少女は自分の立てる音を聞くたびに、ひどく心細い気持ちになっていく。

 

 ふと肩越しに背後を振り返っても、誰もいない。足跡はいつだってひとりぶん、足音はいつだってひとりぶん。山岳が月明かりを遮るせいか、通ってきたはずの道には真っ暗な闇が広がっていた。

 

 慌てて向き直り、少女は前へと足を進める。ランタンの光がないままにうしろを見ては、心がすくむ。まるで、なにかがのしかかるようだ。自分の他には、なにもなくなってしまったかのようだ。

 

 恐怖を払い除ける術も恐怖と戦う術も知らないからこそ、少女は恐ろしいものから目を背ける。自分の背後を見ないように、か細い灯りだけを頼りに前を向いて歩き続ける。

 

 ときおり地図を確認し、方角を確かめて、前へ。目指す先は、北西の果てにある氷洞だ。

 

(氷狼竜のねぐら、だっけ……)

 

 ここ数日の調査とエルガドで聞いた情報を照らし合わせるに、この先に遺品が眠る可能性は高い。

 

 くだんのハンターは爵銀龍を討伐するには至らず、一方で剛纏獣のねぐらとなっている西部の広場にそれらしいものは見つけられなかった。

 

 ざくりと、氷に鉄爪を打ち込む音が一度。足を止めてランタンを掲げ、少女は目の前にぽっかりと口を開けた氷壁のうろを見る。いまだ、生命の気配はどこにも感じられない。

 

 目的地は、この中だ。主人を失ったかのように、竜のねぐらである氷洞からは物音ひとつ聞こえてこなかった。

 

 意を決して、前へ。恐怖心に抗うように、少女は歩み続ける。

 

 呼吸をすると、冷え過ぎた空気で肺が痛む。ホットドリンクを飲まないままでいたら、凍死しているだろう寒さだ。

 

 歯の根がかちかちと音を立てそうになるのを、奥歯を噛み締めて堪える。身体のふるえは寒さからなのか、それとも恐怖心からなのか、少女には判別ができなかった。

 

 地下へと降りる道のりは、ゆるやかな坂になっている。冷えた空気には竜のねぐらにありがちな特有のにおいが感じられず、主人はやはり不在のようだ。つばを呑む音が、身体の内側へとやけに大きく響く。

 

 開けた空間は、風の流れがないおかげか外よりも少し暖かく感じる。雪風から守られている上に凍ることのない水場があり、生活するのに適した場所だ。この氷洞は、北部の生態系でも頂点に立ち得るものが使える特権めいた場所なのだろう。

 

 地面には、食事の痕跡がいくつか見られる。微生物の存在がどうこうで腐敗することがないとか、竜人族の研究者が難しいことを言っていた。確かに腐臭の類は感じられないが、見ていて気分のいいものでもない。

 

(早いところ、探そう。入口は、ふたつか……)

 

 視線を走らせ、退路を確認する。生物の気配はなかったが、だからといって氷狼竜が戻ってくる可能性が消えたわけではない。万が一に備えておいて、損はない。否、備えてしかるべき状況なのだ。

 

 ランタンを掲げて目を凝らせば、床や氷壁には戦いの痕跡が残されている。斬撃、打撃、激突、刺突。熱で溶けた部分が再凍結したように、いびつにえぐれている部分も多い。

 

 少女が見た感じ、あちこちに刻まれた痕跡はどれも新しい。何年も昔のものだってあるのかもしれないが、目に入るものは真新しさが感じられた。

 

(つまり、こっちは、違う。一番新しいのは、ここ数日のやつだから……)

 

 ランタンの光を頼りに、少女は氷壁の傷と周囲の様相を確かめていく。古過ぎず、かといって新し過ぎず。手袋に包まれた指先が引っかからない、かといって目視で見落とさないような、治りつつある古傷を。

 

(このあたりは、少し、古い……)

 

 目星をつけると、鞄から取り出すのはピッケルだ。北部の氷壁は狩猟の影響で、新陳代謝のように溶けては凍ってをくり返す。空気を含んで不透明となった氷の奥へ、力いっぱいに刃を突き立てる。

 

 ざぐん、と先端が沈む手応え。手袋越しでもわかるのは、氷壁の岩のような硬さ。引き抜き、振りかぶって、打ち付ける。氷の結晶がばらばらと崩れて、床を打つような音を立てた。

 

(こういう、とき、力が、足りないって、思う、な、っ!)

 

 ひと振りごとに息が乱れ、あがり、疲労が蓄積していく。周囲の気配に意識を配りつつの採掘は、見た目以上の重労働だ。

 

 奥へ、奥へ。ピッケルの刃が小さな穴を壁に穿ち、そこからさらに押し広げる。氷壁へと突き立てること、六度目。複数の穴でもろくなった氷塊が、かさぶたを剥がすようにぼろりと崩れた。

 

「っ、とれ、たぁっ!」

 

 勢い余って尻もちをつきながら、つい、声を上げてしまう。ひと抱えほどもある氷塊が剥落する様は、こんな状況でなければ、見ているだけでも爽快だったろう。

 

(やば、ここ、竜の巣なんだから……!)

 

 少女はうかつな自分に気づくと慌てて口を手のひらで覆い、ランタンを背後に向ける。危険なものが見えないことを確かめて、手早く穿たれたばかりの大穴へと灯りを戻した。

 

 ピッケルの傷跡から走る細かな亀裂が、氷の内部に白いにごりを広げている。透明度はますます落ちたが、少女はしゃがみ込むと穴の中へと手を伸ばした。

 

 手袋越しでも感じられるような、冷気。体温を根こそぎ奪われそうな冷たさを感じながら、硬い感触を探り当てて、つかまえる。軽く引いてみるとずしりと重く、けれど握りやすい。

 

(せー、のっ!)

 

 ぐいと、引く。体重を利用して、暗い穴から引きずり出すように。

 

「う、わ、わっ」

 

 今度は小声で抑えたものの、それでも多少なりと声がもれた。二度目の尻もちは強烈な痛みを伴って、じわりと視界が涙でにじむ。

 

 その、一方で。

 

「……剣だ」

 

 少女が探り当てたものは、根本から折れ、刃身が失われた剣の柄だ。身の丈ほどの大剣よりは、片手で扱える小振りの剣だろう。

 

 護拳の色合いは、雄火竜の甲殻を思わせる赤褐色だ。依頼人から聞いていた情報とも一致している。

 

 少女は剣の銘も知らないが、名剣であろうことは察することができる。破壊されてしまった物悲しさと同時に、いまだ朽ちずにいる力強さも感じられた。

 

 見惚れそうになるところを、慌てて鞄から保護箱を引っ張り出した。手早く梱包しながら、ほかにも回収できそうなものがないか、一度だけ確かめる。

 

 なるべく多くの遺品を回収してあげたい気持ちはあるものの、欲をかいてはならない。敵味方で表現するなら、ここは敵地のど真ん中だ。長居するのは得策ではない。

 

「よし、これで、帰ろう……!」

 

 梱包、固定、作業道具を回収。しかるのちに鞄を背負い直すまで、全部で三十秒もかからない。

 

 ひと息を入れる間もなく、少女はランタンを手に立ち上がる。これで、あとは船着場へ戻るだけ。異変が起こったのは、そんな折のこと。

 

 あるいは、とうとうと表現するべきだったかもしれない。少女の耳へと、聞き慣れない物音が耳に飛び込んできたのだ。

 

 

 

 闇の向こうから聞こえてくる音は、ばたばたと慌ただしく走るような、そんな印象を受ける。

 

 ランタンを掲げたまま、少女はじりじりと後退する。物音は氷洞の中で反響して、ふたつの穴のどちらから聞こえてくるのか、その特定ができなかった。

 

 どくどくと心臓が高鳴り、口の中が乾いていく。狩猟場で竜種と遭遇したのなら、少女に生きる術はない。そもそもが、この氷洞を探索した時点で欲をかいていたというべきだったろうか。

 

 緊張と恐怖で、思考が鈍りそうになる。少女はそんな情けなさを律するように、ぱんと一度、自身のほほを打った。

 

 うなるような、苦しげなような、あいまいな声。それと、音が近づくにつれて感じ取れるようになった、羽音。

 

 幸いであったのは、ねぐらの主人が少女の側から遠い入口を使ったことだ。青い甲殻に覆われた氷狼竜の姿が、闇の中から浮かび上がる。

 

 初めて見た氷狼竜は、体表のところどころが、赤くぼやりと発光している。その光が、なにか小さないきものが竜の身体にまとわりついているのだと気づくまで、少しばかり時間を要した。

 

 うなり声をあげて、氷狼竜は侵入者を威嚇する、ように見えた。ぐらりと巨体がゆらめいて、足がもつれたように竜が転ぶ。じたばたともがくその身体に、赤い光が集っていく。

 

 ぞくりと、少女の背筋を悪寒が走る。あれは、とても、よくないものだ。

 

 竜はもがき苦しんで、赤い光を払い除けるように飛び上がった。ぶわと無数のいきものが散り、すぐにまた、竜を中心に飛び交い始める。無数のいきものに飲み込まれるのを防ごうと、竜の牙が虚空を喰らう。

 

 がちがちと、鋼鉄がぶつかり合うような咬合音。その音が、きっかけだ。まるで呪縛から解かれたように、少女の腕が翔蟲を放っていた。

 

 どこかうつろな竜の瞳が、少女を捉える。荒い呼吸を律して、四足の爪が氷面をえぐった。獲物を逃すまいとするかのように、少女との距離をつめようと。

 

(やばい、やばい! なんだ、あれ、やばい!)

 

 地面に靴底の鉄爪が触れると同時に、少女は走った。よろめきながらも竜がその背中を追いかける。

 

 常識で考えれば、少女が竜から逃げ切れるはずはない。だが、今夜、この瞬間においては常識が覆った。

 

 弱り切った竜は、ときおり、己にたかるいきものを追い払おうと足を止めて暴れ回る。少女はその間に羽を休めた翔蟲を再び放ち、できる限り、竜との距離を引き離す。

 

 地図を見る余裕はない。記憶を頼りに、ねぐらから外へと通じる坂道を駆ける。背後に迫る竜の気配に、もう走れないと身体が訴えてもなお、地面を蹴った。

 

 否。

 

 恐ろしいのは、竜だったのか。むしろ、あの光ではなかったか。

 

 竜はいきものを拒み、飲まれぬように牙を剥いた。赤い光が竜にばかり集っていたのは、きっと、簡単な理由がある。

 

 頭の中で言語化する前に、少女は三度、翔蟲を解き放つ。そこから先を考えるのが、あまりに恐ろしかったからだ。思い当たってしまった理由が、あまりにおぞましかったからだ。

 

(やばい、まずい、食われる、やばい!)

 

 走る、南東へ向かって、船着場を目指して。いつの間に北部を抜けたのか、鉄爪が岩を噛んで、赤い火花を散らした。振り返ると、氷狼竜は小さくなりながらも、少女を追いかけている。

 

 竜は足止めをされながらだが、少女もまた、環境の変化で走りづらくなっている。開いたはずの距離が狭まって、ただでさえ苦しかった呼吸が痛みを伴い始める。

 

 足を止めて休みたい、脳が酸素を必要としている。その思いから、少女が最初に視線をやったのは高台となっている岩山だ。

 

 翔蟲で一気に登頂すれば、竜をやり過ごせるかもしれない。わずかな希望は、赤い光にたかられて立ち枯れとなった花の有様に、あっという間に砕かれる。

 

 直感めいた恐怖感の正体は、食われるという、どこまでも本能的な危機感だ。

 

 最初は、竜の力かなにかだと思った。赤い光を拒もうとする竜の様子にその思いは失われ、それでも竜の全身へたかろうとする小さないきものに、捕食者を見たときの恐れを感じた。

 

 あのいきものは、今はまだ、より美味な食物である竜を食らっているだけだ。ならば、竜を食らい尽くしたそのあとは、どうなるか。周囲で立ち枯れていく草花が、すべての答えを物語っていた。

 

 思考がどうしても回らないのは、酸素が足りないせいだ。だからといって、足を止めたらそこで食われる。本能的に理解しているせいで、少女は立ち止まることすらできないままに走り続ける。

 

 周囲の景色を見る余裕は、残されていなかった。酸欠と恐怖感、生存のための集中のせいで、少女の視界はどこまでも狭まっていく。景色が白くなるだけでなく、物音すら聞き取れなくなっていく。

 

 だから、少女の瞳が見ることはなかった。だから、少女の耳が聞くことはなかった。空に架かる銀の糸も、少女を呼ぶ誰かの声も。少女はなにひとつ、認識することさえないままに。

 

 どこで、なににつまずいたのかはわからない。ただ、ぐらりと身体がかしいで、痛みが全身を襲ったのだ。

 

 思考が完全に鈍化して、自分がこれから死ぬのだという恐れもない。ただ、誰かの声を遠くに聞いたまま、少女は意識を手放していた。

 

 

 

 少女が目覚めたのは、丸一日が経過したころだ。気づけばエルガドに向かう船の中で、竜人の薬師によって介抱されていた。

 

 あれから、なにがあったのか。ひとつひとつ順を追って、薬師は少女に聞かせてくれた。おとぎ話に語られる悪魔が、まさに地の底から這い出してきたということを。

 

 まるで世界の終わりだと笑い飛ばすことは、できない。船に乗り込んでいたひとびとは、物語の登場人物のように、緊迫した空気をまとっていた。王国の騎士も、竜人の薬師も、船員たちも、誰も彼もが決戦前夜のごとき様相であった。

 

 その空気に耐えきれず、少女はひとり、甲板のかたすみで暗い海を眺めていた。最新鋭の撃龍船によって、おとぎ話の悪魔も一度は退いたという。

 

 とはいえ、これからなのだ。これからまさに、戦いが始まるのだ。ひとと龍のどちらが生きるか、どちらが滅ぶか。それを決めるための、最後の戦いが。

 

(……さすがに、世界が遠すぎるな)

 

 何度目かのため息が、もれる。

 

 少女の生業は、遺品の回収だ。竜を狩るでも、ましてや龍を討つでもない。

 

 ただ、生命を落としたハンターの遺品を、野晒しのままから救ってやりたい。そういう、ささやかな仕事なのだ。話の規模が大き過ぎて、いまだに現実として認識できていなかった。

 

(……深淵の悪魔、かあ)

 

 たいそうな名前で恐れられている、怪物。そんなものが、今も深い穴の底で生きているという。きっと、明日の夜には穴の中から這い出して、世界を滅ぼしてしまうのだろう。

 

 少し怖い気もする。ただ、ふしぎと絶望することもなく、少女はひとりで考え込むばかりだった。

 

 相棒は、ちゃんとエルガドに帰れたのだろうか。回収できた遺品は、ちゃんと依頼人に渡せるだろうか。ドンドルマには、ちゃんと帰れるのだろうか。

 

 今さら世界の滅亡について思考したところで、どうなるものでもない。自分のその考え方が、あきらめなのか、違うものなのか。それすら見えないまま、手すりに肘と体重をあずける。

 

 そんな、折だった。

 

 視界のかたすみ、ではない。すぐかたわらに、それが見えた。夕焼け色は近くで見れば、雨風にさらされ、熱気も寒気も乗り越えて、どこか褪せている。

 

 名前も知らない、男。思いもしないその姿に、ぐるぐると渦巻いていた思考が停止した。

 

 もしもこのひとであったなら、これで二度目だ。いっそのこと、存在を無意識に感じ取っていたから、こんなにも心静かだったのではとさえ思えるほど。

 

 どこか遠くを見たままで、ハンターは佇んでいる。声かけの方法をいくつも考えていた気がするのに、なにもかもが吹き飛んでいた。

 

 無言のまま、聞こえるのは波の音ばかり。のどまで出かけた言葉が、一向に出てこないのがもどかしい。

 

 やがて、ハンターを呼ぶ声が向こうから聞こえた。ぎしりと、甲板の板材がきしむ。もう行ってしまうのだと感じたときに、ようやく、少女の声はハンターの背中へと投げかけられていた。

 

「あの、ハンターさん」

 

 立ち止まり、ハンターは振り返る。無言のまま、ふしぎそうな顔のまま。

 

 それも当然だ。話しかけるのは、今が初めて。少女が一方的に知っているだけで、ハンターは少女を知りもしない。

 

 住んでいる世界が、違うのだ。あちらとこちらは、交わることなどあり得ない。

 

 だから、少女は考える。なにを伝えたらいいのか、わからないまま。それでも、ずっと伝えたかった言葉を胸の奥から見つけ出すように。

 

「あのときは、ありがとう、ございました」

 

 おどろくほどに不器用で、あまりに下手で、つたないけれど。それでも、いちばん伝えたかった言葉は言えた。ずっと抱えてきた思いを、長い時間をかけながら、やっと本人に伝えられた。

 

 また、しばらくの無言。思い出そうとしているのか、訝しんでいるのか。それすらわからない、読み取れない。それどころか、あまりの緊張で、ハンターの瞳を見ることなどできそうにない。

 

 だから、それだけだ。深々と頭を下げて、少女はきびすを返す。ハンターの元から逃げ出すように、船室へ向かう階段へ。

 

 振り返った先に、ハンターの姿はない。少女の言葉を聞き届けて、仲間であろうひとびとの元へと戻って行ったようだった。

 

 結局、言葉を交わすことなどなく。

 

 けれど、それでまったくいい。

 

 少女は遺品を回収するのが生業で、狩人ではない。狩人ではないものが、ハンターたちの邪魔をするようなことがあってはいけないのだから。

 

 決して交わることのないままに、少女はひとり、船室へ戻る。ぎしぎしときしむ板材を踏みながら、波のゆらめきを感じながら、誰にも聞こえない声でつぶやきを残して。

 

 狩人ではないものから、狩人たちへ。

 

 多くのハンターたちへ、感謝と激励を伝えるように。

 

「どうか、あなたに。私の関わることが、ありませんように」

 

 

 

 かくして、決して交わることのないままに、ひとりの少女の感謝は、ひとりのハンターへと伝えられた。

 

 ハンターがおとぎ話の悪魔を討ち、エルガドに平和が訪れるのは、もう少しだけあとのこと。決戦前夜の刹那の折に、ほんの少しだけ重なったふたりの時間は、すぐにどこかへ流れていく。

 

 このあと、少女は無事にドンドルマへと帰り着き、依頼人に遺品を手渡すことになるのだが、それはまた、別の、おはなし──

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