ゆるめに書き綴る遺品回収屋の日常生活短編集、ハンターではない普通の少女が主人公なので狩猟シーンは皆無のおはなし 作:しゃくなげ
多少の先行投資は、どんな仕事であっても必要だ。少女がそれを理解したのは、行商人から購入した翔蟲を使いこなしてからだった。
起伏の激しい地形であっても、難なく行動ができる。それが意味するものは、単純な探索範囲の拡大だけにとどまらず、危険地帯からの脱出も含まれる。足が速くなるというのはこれほどまでに快適なのかと、少女は感心したものだ。
結果としてこなせる仕事の量も増え、それにつれて経験も積めるようになる。城塞高地での一件も、今に思えば自分が成長する大きなきっかけとなっていたかもしれないと少女は思う。
少女に足りないものは、多い。経験や思想といった目に見えないものも、装備や道具といった目に見えるものも、足りていない。
足りないものを埋めようとするのはとても自然な話で、少女は仕事の合間にも、次の先行投資をどうするべきかに頭を悩ませていた。
いや、悩ませていたというのは語弊がある。実際のところ、少女の気持ちは半ば決まっていた。身銭を切っての投資に踏ん切りがつかない、ただそれだけのことだ。
さて、おいて。
ポッケ村は、寒冷地の小さな村だ。フラヒヤ山脈にほど近く、かの地を狩猟場とするハンターたちの足がかりとなる拠点である。交通の便が発達した現在ならいざ知らず、かつては村に専属のハンターを擁するような、辺境の地であった。
少女がこの極寒の地を訪れたのには、理由がある。ひとつはもちろん、彼女の生業がため。
息も凍るような吹雪の中をさまよい歩き、洞窟の中をランタンで照らし、ホットドリンクの効力が切れたことで冷え始めた身体を震わせながら、どうにかこうにか折れてしまった太刀を回収できた。
昨今、ホットドリンクやクーラードリンクのような狩猟に不可欠の物資に関しては、ハンターたちには出発前の準備として無償で振る舞われているそうだが、狩人としての資格を持たない少女はそうもいかない。
そして、もうひとつは。
「ホットドリンクは、二五〇ゼニー……ホットドリンクは、二五〇ゼニー……ホットドリンクは、二五〇ゼニー……五百ゼニーで買ったら、ずっと使える、使えるんや……」
ポッケ村の伝統的な民族衣装を手に入れるという、今後を見据えた少女なりの先行投資であった。
「このところ、仕事もきっちりこなしてる……金なら、あるんや……それに、ここまで来ないと売ってない……買うなら、今しかない……!」
自分自身に言い聞かせるような少女のつぶやきは、心を鼓舞する効力をしっかりと発揮したらしい。少女の報酬に換算すると、およそ三回分。安くはないが、無理をしているというほどでもない。
「マフモフ、一式でください」
「あいよ、まいどあり! いつでも来てくれよな」
たいそうな悩み方のわりに、武具屋とのやりとりはあっけないものだった。全身各所の採寸をしたのちに、少女の体型に合わせた一着があっという間に仕立てられていく。
ハンターのために販売されている装備ではあるが、マフモフはポッケ村の住人も愛用している品だ。狩猟道具とは異なって、購入の申請手続きなども不要なのがありがたかった。
ハンターの扱う武具は、当然ながら厳しい管理が要求される。有事の際には所有者を特定できるよう、諸々の手続きが必要とされているのだ。武器に至っては凶器になり得ることからも、購入や加工といった経路の区別なくハンターズ・ギルドの発行する狩猟許可証が必要不可欠である。
うわさ話でしかないが、ギルドの調査官は狩猟場に残された斬り跡ひとつ、ボウガンに至っては薬莢ひとつからですら、武器の銘までわかるという。狩猟道具を悪用した事件が起こった場合には、そうしたひとびとが対処するのだろう。
とはいえ、少女にとっては相変わらず、遠い遠い世界の話だ。ギルドカードと呼ばれる許可証は、ハンターに関わらない職種のものが見ることはない。
(おお、もう仕上げまで終わっている……!)
作業の工程は相当に簡略化されているようで、少女がふと目を離した合間に、真四角になるようたたまれた上衣がカウンターの上に置かれていた。下衣にブーツ、ミトンのような手袋に至るまで、次々と並べられていく。
ガウシカの毛皮を用いた生地は柔らかく、指先で触れるとさらりとした手触りが心地いい。内側は起毛加工が施されていて、触れるだけでも高い保温性を感じられる。
「ここで装備していくかい?」
冗談めかした口調で、武具屋の店員が少女に問いかける。言い慣れていることからもお決まりの文句のようで、ほんの少しだけ、少女はハンター気分を味わうことができた。
「お、お願い、します!」
かくして、少女の先行投資はひとまずの完了に至った。マフモフ一式を着込んだあとは、寒冷地のポッケ村がまるで別世界のようにさえ思える。
採寸にはわずかなずれもなく、小柄な少女の全身を包み込む。肌を刺すような寒気が遮断されて、春先のひなためいた暖かさを感じられた。防具としての性能はさておいて、防寒具としての性能は、期待以上のものだったといえる。
「……買っちった」
新しく手に入れた、装備。今までホットドリンクを飲んで保っていた体温を、今後はなにもせずとも下げずにいられる。練習が必要だった翔蟲とは違って、着込むだけで効果を実感できるというのは、なんだか胸が高鳴るような高揚感があった。
(こういうの、ハンターさんたちも感じるのかな……)
寒さに凍えることのない身体は、雪山を代表とした寒冷地での仕事において、一種の万能感さえ与えてくれる。
新たな装備を手にしたときには、彼ら彼女らも同じようなものを感じるのだということを、少女は当然ながら知らない。きっと、いつまで経っても、知ることはないだろう。
「これで、ホットドリンク貧乏からは卒業できるな」
ふふと、小さな笑いがもれた。ミトンに包まれた手を開閉して、その暖かさを感じてから、少女は冷たく澄みきった青空を仰ぐ。
新たな装いに身を包み、凍土を駆けて誰かの遺品を探す少女の身になにが起こるのかは、また別の、おはなし──