Another Collection -深海に捧ぐ叙情詩-   作:古原 龍也

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※艦娘の誕生に関わった人間達をテーマにした作品になります。艦娘や深海棲艦をメインとした作品をお求めの方は閲覧は控えていただく事を推奨します。


※(文才は)ないです。

※用語やキャラクターに関する解説も記載していく予定なので、詳しくはプロフィールの参照をお願い致します。


第1章「胎動」

"運命とは、最もふさわしい場所へと貴方の魂を運ぶのだ。"(ウィリアム・シェイクスピア)

 

ジョン・ミルトンの失楽園を知っているだろうか。

蛇が女を唆し禁断の果実を喰らわせ、男を道連れに神の怒りを買った挙句、楽園を追放されてしまうという話だ。

完全である楽園で穏やかに暮らす人間に対し蛇は見事に悪を完遂する事が出来た。

今この話を出したのは所謂"例え"というやつだ。

俺達が生きてる世界は御世辞にも楽園とは呼べないし不完全過ぎる代物だ。

それはどの時代も同じだろうし、旧世代と呼ばれる昭和や平成、この青宝の時代だって例外じゃない。

そんな不完全過ぎる世界の中で俺達は今、失楽園の男女のように蛇の悪意に脅かされていた。

 

日本ではその蛇を『大蛇(おろち)』と呼んでいる。

蛇と言っているが実際は生物なんて可愛らしいものではない。生体兵器だ。

大蛇という名は黒い蛇のような姿をしている事から日本軍が名付けたそうだ。

全長は現在確認されているもので最小100メートル、最大で200メートル程。

普通の蛇と異なる点と言えば、胴体部分の装甲が開き砲弾やミサイルを撃ってくる点と頭部に人間の上半身のような器官が生えている点くらいだ。

その器官が本体だと推測されている。

奴らの存在が確認されたのは14年前・・・・・・青宝26年の頃だ。

そして12年前を境に奴らの攻撃によって多くの人々の命が奪われ、海が奪われ、空の自由さえも奪われた。

奴らの目的は不明だが、漁船や軍艦、旅客機や戦闘機さえも攻撃している以上敵である事には違いない。

そんな得体の知れない敵を排除する事が俺達日本軍の仕事だ。

その敵が今――目の前にいる。

 

青宝40年8月16日 東京都青ヶ島――

雲一つない青空。

本来であれば穏やかな波音だけがその場に響き渡っていただろう。

無論、今はそんな平和な光景では決して無い。

魚雷が水中を疾走し、砲弾が宙を翔け、機銃は絶え間無く弾を放つ。

それらの兵器によって奏でられる曲に合わせるかのように所々の海面では水柱が作り上げられ、一瞬にして崩落する。

そう・・・・・・今、青ヶ島の近海は戦場と化していた。

大蛇の進行方向が青ヶ島港であると予想されたため、俺、伊弉冉(いざなみ)ウゲツ少佐率いる第一艦隊は戦艦『榛名』を戦旗に重巡洋艦『青葉』と『衣笠』と共に大蛇の航路を阻む事に成功。

更に第一艦隊の後方には同僚である素戔嗚(すさのお)イヅキ少佐率いる第二艦隊が複縦陣を組む形で合流した。

第二艦隊の編成は戦艦『伊勢』を戦旗に重巡洋艦『加古』と『古鷹』となっている。

本来は第三艦隊も合流し袋叩きにする手筈だったのだが、戦旗となる重巡洋艦『高雄』のエンジントラブルにより同時抜錨ならず出遅れている状態である。

大蛇は最低2隻の戦艦と4隻の重巡洋艦、そしてサポートとなる軽巡洋艦か駆逐艦4隻、計10隻の軍艦により初めて1体と互角の戦力になると今の軍学校では教え込まれる。

その教えから考えると、この状況は非常に宜しくない。

たった6隻の軍艦でこの場を凌ぎつつ、尚且つ大蛇の意識を惹きつけ討伐しなければならないのだ。

現在敵は首部に備わっている対艦砲4基のみしか扱えない状態の為、何とか戦況は維持できている。

背中に備わっているVLSを展開しないのは任務以外で使用しないよう命令されているからだろう。

だが、大蛇が弾幕が途切れるタイミングで体勢を変え全砲門を一斉射撃するか、俺達を無視して青ヶ島港に突進を仕掛けてしまったら・・・・・・その時点で任務は失敗だ。

もしくは現在所持している全ての弾薬を使い切ってしまったら、奴は俺達を腹の中に入れてからメインディッシュを喰らう事になるだろう。

薄々とだが、他の乗組員も弾切れに対する不安も抱えてきているように見受けられる。

そんな暗雲の空気を切り裂くかの如く響き渡る爆発音。

音の発生源は大蛇の方向からだ。

「大蛇右頭部に砲弾直撃を確認!ですが・・・・・・未だ健在です!」

オペレーターの声がブリッジ内に響く。

前面に展開されている大型モニターには9km先で停滞している大蛇が拡大表示されている。

蛇のような頭部の右側は僅かに硝煙を纏っていた。

硝煙の隙間からは微かに筋肉のような組織が見え隠れし、口元から見える鋸のような上下の歯列をガチガチと開閉させている。

笑っているのか?

「現状維持に努めてくれ。素戔嗚少佐、聞こえるか?」

『聞こえてるよ。流石にミコト無しじゃ拙い海戦も更に拙くなっちゃってるね』

大蛇が映し出されているモニターの左下に第二艦隊指揮官、素戔嗚イヅキの姿が映し出される。

茶髪のショートヘアーでありながら左右のもみあげ部分が赤色という変わった地毛とツリ目が特徴的な顔貌だ。

口調こそ平静を保っているが表情は何処か焦りを感じているように見える。

ちなみに彼女が口にした"ミコト"とは第三艦隊指揮官、奇稲田(くしなだ)ミコトの事だ。

「この場に居ない奴をアテにしても仕方が無い。それにこのままじゃジリ貧だ。そこで一つ賭けに出たい」

『弾切れでアイツに喰われるよりだったら藁に縋っておきたいかな。内容は?』

「まず第一艦隊をこのまま大蛇の左側に迂回させ、そのまま背後を取る。第二艦隊は第一艦隊を追尾し、大蛇の側面で艦隊を維持。第二艦隊と大蛇が第一艦隊は背後のランチャーに攻撃を集中させる」

『はぁ!? それじゃアタシらが囮になるって事!? ってか、アタシらが移動した途端大蛇が青ヶ島港に直進しちゃったらどうすんの!?』

「悪いが確かに囮だ。だが、上手くいけば奴は背後にも気を配らなきゃならなくなる。奴にとっての脅威は二分化されるはずだ。そして、万が一大蛇の気が港だけに向いてしまった場合、それこそ

 この策の一番の賭けになる」

『一番の賭け?』

「大蛇の背部にあるランチャーの数は80セル、今まで計測されたデータを見ても81発以上のミサイルを撃ったという例は無い。つまり、予備は砲弾しか備わっていないという事になる。恐らく奴らにとって背部のミサイルは対象を確実に消す為のツールなんだろう」

『だから、わざと港に近付かせて背中が開いた瞬間を狙うって事か。そりゃ確かに賭けだね』

やれやれ、と呆れた素振りを見せながらイヅキは答える。

「幸いまだ1隻も沈んでない。それに6隻で勝機を見出すなら多少狂った賭けでもしない限り無理というもんだ」

『確かに。皆、聞いてたね? 此処からがアタシ達の見せ場だよ!』

イヅキが伊勢艦内だけじゃなく、全艦に伝わるよう語りかける。

弾切れによる死を覚悟していた乗組員達はイヅキの活気ある声に応えるように士気を取り戻した。

榛名のブリッジに居るメンバーも気が付けば表情に明るさが戻っている。

「第二艦隊に感謝を。青葉、衣笠聞こえたな? これより我々は大蛇の背後へ移動する。途中反航戦のような形になるだろうが、それも短い間の筈だ! 我が背を活路と思い、付いて来い!」

『青葉、了解!』

『衣笠、了解!』

「榛名、三時方向へ全速前進!」

『伊勢、衣笠を追尾! 加古、古鷹は伊勢に続いて!』

『加古、了解!』

『古鷹、了解!』

伝達の確認が取れると、大蛇へ砲撃を続けながら榛名は面舵を取り始める。

その後ろを青葉、衣笠が続き第二艦隊が更に続くと陣形が2列から1列へと変わっていった。

つまり大蛇に対し単縦陣が出来上がったという事になる。

この場合、向こうは静止しているので反航戦と呼べるかは曖昧だが・・・・・・。

だが、大蛇も今まで攻撃されていた事による怒りが込み上げたのか、港への直進コースを取らず頭部をこちらに向けたまま右胴体の"鱗"を開き10基の砲身を用意しだした。

首部に備わってる4基より口径は小さい。

首部の砲口が35.6cm単装砲だとすると、胴体部は20.3cm単装砲か。

軍艦に備わってる単装砲よりは小型のように見える。

それでも喰らってしまえば致命的な事には変わりない。

10基の単装砲が各々の獲物に狙いを定めると容赦無い一斉射撃が始まる。

海さえも敵になったんじゃないかと思うほど先程よりも多くの水柱が俺達の視界を阻み船体を揺らす。

『第一艦隊は速く背後にまわって!向こうもこれだけ砲門使ってるんだから動かないはずだよ!』

「すまない!」

大蛇は胴体の片側に10基の単装砲を仕込んでいる。単装砲を4基以上稼働する場合は必ず静止した状態で攻撃が行われていた。

今のところ船体を砲弾が掠める程度の被害。他の艦もモニターで見る限りは同程度だろう。相手が静止しているなら勝機はまだある。

3基の砲口が俺達を追い続け、他は全て第二艦隊に仕向けられている。

予想通りではあるが、やはり危険な状況だ。

「素戔嗚少佐、静止しての応戦は避けろ。出来るだけ逐次回頭を駆使してくれ。大蛇の視界が届く範囲で頼む」

『なぁーッ! んな無茶な要求分かるかっての! 一先ず何とかする!』

伊勢の35.6cm連装砲3基と14cm単装砲10門が咆哮し、大蛇の体躯に砲弾が突進する。

更に追い打ちをかける様に4基のキャニスターが展開され対艦ミサイルが射出される。

加古と古鷹も20.3cm連装砲の照準を合わせ、伊勢に続くように砲撃を放つ。

そんな化物と第二艦隊の砲撃が繰り広げられている中、俺達も何とか大蛇の背後まで到達する事が出来た。

問題は此処からだ・・・・・・。

「大蛇はまだ一発もミサイルを撃ってなかったな?」

「はい。ミサイル発射の確認はどの艦も取れていません。恐らくまだ全弾残っている状態かと思われます」

淡々とした口調でオペレーターが答える。

これで当初予想していた対象を消す為のツール説の可能性は大分高くなった。

この状態で奴がミサイルを駆使すれば大半の艦は消せるだろう。

それをしないという事はミサイルは"目的"にしか使用できないように命令されてあると考えても良い。

問題はあのVLSのような"鱗"の硬度だ。

ただでさえ大蛇の装甲は硬いし生命力も尋常じゃない。

背部の鱗が側腹部より硬い箇所だとしたら、また弾切れで轟沈する未来が見えてしまう。

だが賭けに出てしまった以上、最後まで動くしかない。

「これより第一艦隊は大蛇背部への集中砲火を開始する! 内部のミサイルを爆破出来れば勝率はかなり上がるはずだ! 各艦、単装砲とミサイル射出に警戒しながら砲撃せよ!」

『『了解!』』

青葉と衣笠より同時に返事が発せられる。

返事と共に各々の重巡洋艦から主砲、高角砲、機銃による弾幕が展開される。

榛名はそれに続くように全砲門を一斉射撃させる。

時折迫り来る大蛇の砲弾は明確な照準を定める事が出来てないのか、回避行動を取る必要が無いほど的外れな位置に放たれていた。

そのおかげで集中砲火はスムーズに行われ、大蛇の背部は巨大な雨雲でも背負ってるかのように見える程の硝煙に包まれた。

「背部の拡大を頼む」

背部の被弾した箇所がモニターに大きく映し出さると、所々傷や凹みはあれど決定打と呼べるべき砲創は無い。

あのレベルの弾幕なら胴体であれば小さくても内部が見える程度の創は出来上がっている。

やはり一筋縄じゃいかないか・・・・・・。

『加古、船尾と甲板に被弾!連装砲1基使用不可能です!』

その通信に対し、榛名の中では不安と焦りが生じる。

『伊勢、胴体右側装甲の一部破壊に成功!』

 

シャアアアアアァァァァァァァッ!!!!!!

 

金属を切り裂くような音が周囲の海域を支配する。

大蛇の悲鳴だ。

大蛇の右胴体の一部は筋層と内部の機械が露わになり、体内に備えられている砲弾が誘爆したのか一部の砲から黒い煙をあげている。

傷口から流出している銀色の液体はまるで奴の血液のように見えた。

悲鳴が鳴り止むと大蛇は横転し大きな波と水飛沫を周囲に散らした。

「生命反応は?」

念の為訊いてみる。もしこれで終わりならそれに越したことは無い。

寧ろ万々歳だ。

「生命反応・・・・・・まだあります!」

「全艦、今すぐその場を離れろ!」

急いで叫び出すと、各々の艦が大蛇に船尾を向け全速力で離れ出す。

加古以外の艦は船尾に備わっている艤装を駆使し砲撃を再開させた。

何故大蛇1匹に10隻の軍艦が必要なのか。その理由は幾つかある。

通常時の大蛇に関しては艦隊を相手にする時と変わらない方法で対処出来る。

問題なのは通常じゃ無くなった時の大蛇だ。

一度体内にまで影響を与える程の傷を負った大蛇は凶暴化する。

その前兆としてよく見られるのが横転だ。

凶暴化した大蛇は自身の体がどうなろうと構わない程に暴れ出す。

こうなってしまうと艦隊運動など食ってくれと云わんばかりの動きでしかない。

その場合、各艦は逃げ回りつつ確実に奴にダメージを与えるしか対処法は無いのだ。

その為にまずは距離を取りつつ攻撃を続けるしかない。

『ミコトは一体何してんのよ。エンジントラブルってのは此処まで時間掛かるもんなの?』

イヅキが苛立ち交じりにぼやいている。

それには同意だ。エンジントラブルにしては遅すぎる。

「大蛇、動き出します」

モニターでは横転したままの大蛇が映っている。

画面を伊勢のカメラによる映像に切り替えると大蛇の口は大きく開閉を繰り返している。

大蛇は止まぬ弾幕を受け、ゆらゆらと揺れつつも体勢を戻すと、"本体"は加古を凝視し始めた。

狼が羊を見つけたかのように。

「加古、総員海に飛び込め!」

そう言い切る前に、大蛇は口を限界にまで開けつつ加古に向け前進、加速していた。

大蛇の速さに散開していた艦は照準を定められずに居る。

ようやく狙いを定められた頃には、既に加古の船尾が"抉られていた"。

船尾どころか船体すら炎上し、微かに人間のものと思われる悲鳴が聞こえる。

モニターに映っている大蛇の歯列には僅かだが赤色が見える。

その赤は逃げ遅れた者が居た事を実感させるには十分過ぎるほどの証拠だ。

加古を喰らう大蛇の口からはボロボロと鉄屑や人間の腕と思われる部位等が海へと落ちていく。

抉られた船尾を見下ろしながら、口内に含まれた馳走を咀嚼している姿はグロテスクな怪獣映画の1シーンのようだ。

「――くそっ!」

思わず声が出てしまう。

確かに犠牲者が出ても不思議じゃない状況である事は理解していた。

だからこそ、いざ目の前に現実を突きつけられると己の無力さに苛立ちを感じてしまう。

「やっぱり無理だったんだ・・・・・・」

誰かがそう呟く。

ブリッジ内の全員がその台詞に同意するかの如く静寂は更に重いものとなる。

「死にたくなければ奴を殺すしかない。此処で逃げ出しても、奴は俺達を追ってくる」

自身に言い聞かせるかのようにな台詞を、俺は船内に告げる。

だが、誰一人として返事は返してこない。

モニターでは未だに加古を喰らう大蛇が映し出されている。

金属の拉げる音を俺達に聞かせるように船を貪り、船首が辛うじて残っている程度にまで捕食が進んでいる。

次はお前の艦がこうなる。

そう言われてるような気がした。

「怖いのは分かる。だが、此処で何もしなければ生き残れる可能性も無い。それに此処で死んでは次に狙われるのは青ヶ島の住人だ」

今俺達に出来る事、それは最後まで大蛇に抗い、奴を海に沈める事くらいだ。

それに従い殉死してこそ軍人としての誉れとなる。

正直好きではないが、犬死によりはマシだ。

『ウゲツの言う通りだよ。加古の犠牲を無駄にしないで。もしかしたら脱出できた乗組員も居るかもしれないし、とっとと蛇を沈めて回収するよ! それが理解できた奴は伊勢の砲撃に続きなさい!』

「イヅキの言う通りだ。全艦、砲撃の手を緩めるな! 蛇狩りは此処で終わりにするぞ!」

『『『『『了解!』』』』』

各艦は大蛇を中心に囲み出し、再び攻撃を始める。

至福の時間である食事を邪魔された怒りか大蛇は再び吼えた。

すると今度はゆっくりと自身の身体を渦巻き状に巻き始める。

その動作を見た瞬間、背筋が凍るような感触に襲われた。

あんな動き今まで見た事が無いぞ・・・・・・。

『ちょ、ちょっと・・・・・・ウゲツ、アレ何なの・・・・・・』

流石のイヅキも敵の動きに動揺を隠せずにいるようだ。

「俺が訊きたい。だが、一つ確かな事は――」

直感が告げる。大蛇が蜷局を巻き終わる前に――。

「各艦、更に大蛇から離れろ!!」

告げるのが早かったのか、大蛇の動きが早かったのか。

気が付くと左側胴体の砲身を露わにしていた。

蜷局を巻いた事で砲撃範囲を円形に変化する事が出来たらしく、全ての艦が奴の獲物と化してしまった。

間を置かずに大蛇の全ての砲身から砲弾が放たれる。

同時に聴覚が狂わされるほどの爆発音が立て続けに響き、樹林の如く大量の水柱が海面より形成されていく。

『ほ、砲弾がこっちにき――』

悲鳴に近い裏返った声がスピーカーより響く。

外を見ると青葉のブリッジは拉げ、船体は燃えていた。

「ッ!!!!」

今度は艦内に衝撃が走り、大きく揺れた。

内臓が外に投げ出されそうな感覚に気持ち悪ささえ感じてしまう。

あまりの衝撃に身体が耐え切れなくなってしまい、床に引き寄せられてしまった。

「左舷後方、2発被弾!速力20%ダウン。ですが、航行に支障ありません!」

どうやらまだ生きる事は出来る・・・・・・か。

激しい揺れに視界が安定しないが、何とか立ち上がる事が出来た。

『第一艦隊、状況は!?』

「青葉がやられた。衣笠、状況を報告せよ」

『――ハ――ガ――』

衣笠はどうやら通信機器がやられているらしい。

凄まじいノイズの中から辛うじて人らしき声が聞こえる事からまだ生存者が居る事だけは分かる。

「衣笠の状況は?」

「モニターで見る限り、甲板に1発、船橋に1発、右舷後方に2発被弾しています。速力60%ダウン、主砲使用不可、機銃と高角砲の一部も使用不可かと」

「衣笠は可能な限り大蛇から離れてくれ」

モニターに映し出されている衣笠の被害状況と映像が痛々しさを物語っている。

航行は出来るかもしれないが戦闘は恐らく続行不可、死傷者も多いだろう。

・・・・・・本当にすまない。

「イヅキ、衣笠も戦闘継続不可能。第一艦隊は榛名しかマトモに動けない。そっちはどうだ?」

任務中は階級で呼ぶようにしているが状況が状況だけにそんな事を気にする余裕も無い。

『こっちは伊勢は無傷。古鷹は船尾に1発受けたけど問題ないみたい』

「3隻か。相手が手負いでもこの数じゃ難しいな」

『核兵器でもあれば一発逆転くらいのチャンスはあったかもね』

「命令違反を犯してでも対蛇装備を導入すべきだったな・・・・・・」

対蛇装備とは大蛇用に開発された艤装の事だ。

日本では現在2種類の対蛇装備が採用されている。

1つは日本で独自開発された対蛇徹甲弾"加久矢(かくや)"とその専用となる狙撃型砲身"波士弓(はじゆみ)"。

もう1つはアメリカで開発された対蛇ミサイル"ハニービーMk2"。日本では"蜂蜜"と呼んでいる。

ただ・・・・・・対蛇装備は製造コストと仕入れる為の費用が高額過ぎた。

その為どの国でも主要港の防衛以外での対蛇装備の使用は禁止しており、大蛇出現前より使用されている艤装で対処している。

日本は失った艦が多過ぎた為、財政難に陥ってる状況だ。

故に対蛇装備使用の許可を中々出してくれることは無い。

『今更ミコトが来ても、これじゃ一緒に死んでくれってお願いするようなものだね』

普段は勝気なイヅキでさえ味方の屍が増え続ける中で頭を抱えてしまっていた。

恐らく加古から飛び降りる事が出来た乗組員が居たとしても、先程の大蛇の砲撃の餌食になってしまった事だろう。

緊急脱出しても死亡率は高いままの戦場。

これじゃ戦場というよりは闘技場だ。

撤退という選択肢など存在しない場所というわけか。

「前回の蛇より動きは鈍いが・・・・・・強いな」

モニターは再び大蛇の姿が映し出された画面に戻っていた。

傷を負った胴体の右側を隠すように蜷局を巻いた状態で動きが止まったままだ。

10基の砲身から出ている煙は勝利は目前である事を示す狼煙をあげているようにも見える。

大蛇の向いてる方向を基準にすると、8時の方向に青ヶ島港、1時の方向に伊勢、11時の方向に古鷹、5時の方向に榛名。

どうすれば・・・・・・どうすれば勝てる・・・・・・?

どの艦も長時間満足に戦える程の弾数は残っちゃいない。

考えろ。打開策を・・・・・・何か・・・・・・!

「大蛇、活動再開しました!」

ゆっくり蜷局から通常の体勢に戻る蛇。

胴体から突出している砲身を体内に収納すると再び青ヶ島港に向かって前進を始めた。

『第二艦隊、絶対に大蛇を止めるよ!』

それでも諦める気配の無いイヅキの声が操舵室に響く。

特殊な装備も何もない状態の艦が3隻だ。

全てを手元に残して得られる打開策などあるわけがない。

今、大蛇は蜷局を解いた。

だとすれば――。

「榛名、第二艦隊に合わせて攻撃しろ!」

弾切れの際は、この船そのものを武器とするしかない。

「全員、そのまま聞いてほしい。もし弾薬が全て無くなったら――」

「伊弉冉少佐! 10時の方向より高速で青ヶ島港近郊に接近する艦が2隻あり! この反応・・・・・・長良と五十鈴です!」

覚悟を決めて呟こうとした台詞が遮られ、歯切れの悪さを口元に感じてしまう。

オペレーターが切り替えた画面へと目を向けると、確かに長良と五十鈴の識別信号がマップに表示されていた。

長良と五十鈴、どちらも第3艦隊の船だ。

その2隻が姿を見せたと言うことは。

『い、イヅキちゃん! ウゲツ君!ごめんなさい! ほ、本当にご、ごめんなさい!』

スピーカーから気弱そうな泣き声が通信として入り、モニターの左端には涙目の女性の姿が映し出される。

通信の主は第3艦隊指揮官『奇稲田ミコト』。

艶やかな黒の長髪が特徴的なせいもあり、戦況報告のモニターと隣り合わせだと浮いて見えてしまう。

本来ならイヅキ同様任務中は階級で呼べと注意するところだが・・・・・・。

「謝罪は後回しだ。高雄の反応が無いが・・・・・・今どこにいる?」

『えっと・・・・・・青ヶ島港より西51km地点に居ます!』

『51km!? 高雄に46cm砲積めたとしても全然届かない距離じゃない! 何してんの!』

壊滅的な現状に不安と苛立ちを感じていたイヅキも流石に怒鳴ってしまった。

そんなイヅキの言葉にミコトは「ひぅっ」と怯えた声を出しつつ答えた。

『だ、大丈夫! 波士弓と加久矢・・・・・・持って来てるから!』

予想の斜め上の返答にこの海域に居る全軍人が唖然とした。

今回の出撃に対し断固使用を認められなかった高額兼最高峰兵器を積んできたと言うのだから。

『そ、それと! 長良と五十鈴には"蜂蜜"を2発ずつ持たせてるから! えっと、高い値段のミサイルだから絶対に外しちゃ駄目ですよ!』

唖然を通り越して白昼夢でも見ているのだろうかと思えるほど事態は劇的な変化を遂げようとしている。

スピーカーからミコトが深呼吸する音が聞こえた。

『青葉と加古の仇を討ちます。波士弓の照準モードを手動に。調整と射手は私がやります。乗組員は全員衝撃に備えて。長良と五十鈴は当初打ち合わせした通りの距離まで引き寄せて。他の動ける艦はすぐ大蛇に攻撃が出来る位置まで移動をお願いします』

先程と打って変わって淡々とした口調で指示を出し始めるミコト。

モニターで各艦の位置を確認する。

青ヶ島港の前には長良と五十鈴。

そこから西50km地点に高雄。

青ヶ島港から南東に伊勢と古鷹。

青ヶ島港から南西の方角に榛名。

大蛇と青ヶ島港までの距離、あと23km。

「榛名はこのまま大蛇の背後に移動。背部の"鱗"が開いた時を狙う」

『第二艦隊は"蜂蜜"着弾時を狙って集中砲火。ちゃんと射程内に捕捉できるよう距離を維持してね』

『了解!!』

榛名は大蛇の背部が射程内に入るよう航走を始め、古鷹と伊勢も大蛇を追撃する為に青ヶ島港へ移動を開始。

被弾の影響からか速度が先程よりも落ち気味だ。

射程範囲ギリギリに大蛇が入る距離といったところか・・・・・・。

『波士弓チャージ完了。仰角プラス3度修正。対蛇徹甲弾"加久矢"発射3秒前』

『長良、"蜂蜜"射出5秒前』

『五十鈴、"蜂蜜"射出5秒前』

第二艦隊も射程範囲に大蛇が入っているかどうかギリギリといったところだろう。

そんな俺達の状況を良しとするかの如く大蛇は攻撃対象となる港を目前とすると背中の"鱗"を全て解放した。

こうなったら――!

「榛名、主砲撃てーッ!」

『加久矢発射!』

『『"蜂蜜"発射!』』

『第二艦隊、全砲門撃てーッ!』

全ての声が同時に重なった。

五十鈴と長良が放つ4本のミサイルは大蛇に近付くと弾頭が分離し空中へ投げ出された。

弾頭の代わりに現れたのは赤色の可塑性爆薬。

ハニービーMk2は大蛇の装甲を剥がす目的で作られたミサイルだ。

その為粘土に近い物質を大蛇に着弾させ爆破する仕様となっている。

四本のミサイルが大蛇の左右の脇腹に"付着"すると凄まじい轟音と共に爆発し、装甲が吹き飛んだ。

更に悲鳴をあげさせる隙も与えずに大蛇の右側頭部に加久矢が命中する。

加久矢は大蛇の装甲を砕く目的で作られた徹甲弾であり、波士弓は加久矢の理想とする威力を発揮する為に作られた専用の砲身である。

その為砲弾が直撃した際に出来た傷に更なる砲撃を与えられたおかげで、微かに見えていた筋肉と機械が広く露出された。

 

ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!

 

限界にまで口を広げ苦痛の叫びをあげる蛇。

不快感しか感じないその叫び声にその場にいる全員が苦悶の表情を浮かべてしまう。

だが、その不快な叫び声を途中で遮るように榛名が放った砲弾が背部に、伊勢と古鷹の弾幕が右胴体に直撃。

背部に備わったミサイルは誘爆し次々とキャニスターを破壊していく。

その爆発だけで安心するわけもなく、第二艦隊は蜂蜜により作り上げられた胴体の創に次々と砲弾と銃弾を放ち続けた。

大量の銀色の液体が血飛沫の如く辺りに飛び散る。

やがて浮力を維持する力を失ったのか、大蛇は徐々に海へと沈んでいった。

姿が完全に見えなくなってから数十秒後、水中から巨大な水柱が現れ、崩壊すると同時に巨大な波を打つ。

大蛇の最期はいつもこの爆発だ。

手掛かりを残さぬよう、戦闘継続不可能と判断した瞬間自ら死を選ぶように作られている。

にしても――。

船の揺れが妙に気持ち悪さを引き立たせる。

だが、今はその気持ち悪ささえも生きてる実感にさえ捉えられた。

波が落ち着くと体に残存する揺れの感覚に翻弄されつつ口を開く。

「艦内・・・・・・異常は無いか・・・・・・?」

見た所様々な物が散乱しているがブリッジに異常はなさそうだ。

「船内・・・・・・異常ありません」

その答えにブリッジ及び船内全体が安堵に包まれた。

「こちら榛名。こちらは特に異常無し。他はどうだ?」

『こちら伊勢。こっちも特に異常無し』

『こちら加古。こちらも特に異常ありません』

『こちら高雄。えっと・・・・・・大丈夫です!』

『こちら五十鈴。問題ありません』

『こちら長良。異常無し』

『――ジョ――ナ――』

「了解。各艦、沈没した艦の付近の捜索を急げ。生存者の回収を最優先だ。すまないが伊勢は帰投の際に衣笠の牽引を頼む」

『うん・・・・・・了解』

 

これが俺達の日常だ。

大蛇が現れれば犠牲と死を覚悟して海へと臨む。

そして抜錨前に顔を合わせた仲間の死に様を見て、艦の沈む瞬間を見て、次は己の番だという冷たい恐怖と現実を突き付けられながら闘う。

何とか大蛇の討伐が完了し、最後まで生きていればそれ以上の幸福は無いと実感できる。

それが片腕を失っていようが片目を失っていようが、生きている事そのものが幸福なのだと思えるだろう。

だが、その幸福も一時的なものだ。

基地に帰還すると全身が重くなるんだ。

出発する時は一緒だった奴らが何人も居なくなっている。その光景が帰還した者達の重石となる。

友の死に崩れて泣く者、数時間前に見た惨劇を思い出し嘔吐してしまう者、戦場の恐怖に耐え切れず精神に異常を来たす者。

帰投した瞬間、そんな奴等が出てくるのも珍しい事じゃない。

顔から生気を失ってもしっかり歩けてる奴が十分過ぎるほど立派に見えてしまう。

初めて戦場に出た時の俺も目も当てられぬほど酷い姿をしていた。

嘔吐しては仲間の死に泣いていた。

何度もそれが繰り返されると、気が付けば悲しみはするものの涙を流す事は無くなっていた。

戦えなくなってしまった者は仕方が無い、と俺は考えている。

相手が人間だろうが化物だろうが戦争は戦争だ。本来見たくないものが見えてしまう場所だ。

余程の信念と覚悟を持っていなければ正常な思考を巡らせる事さえ難しい。

それでも俺やイヅキ、ミコトには戦う事を辞めるという考えは存在しないだろう。

俺達は孤児だった事もあり、幼い頃より軍人として育てられた人間だ。

故に此処が居場所であり、死に場所でもある。

幸か不幸か死んで二階級特進しても得する奴が居ないってのが唯一のメリットであり、悲しむ奴がそれなりに居るってのがデメリットだと思う。

作戦が終わる度にそんな死に関する思考が俺の中を延々と駆け巡っていた。

 

東京湾に佇む人工島、日本海軍総司令部。通称"要塞島"。

かつて千葉県習志野市と浦安市の中間に位置する海上に人工島型観光施設を作ろうという巨大なプロジェクトが立てられていた。

日本経済を潤滑させるはずだったそのプロジェクトは11年前に起きた大蛇による関東襲撃事件により破綻した。

東京港も襲撃の被害に遭ってしまったが、幸か不幸か建築途中の人工島が攻撃の対象とされる事は無く軍はそこに新たな海軍施設を建てる方針で買い取る事にした。

今では壊滅した横須賀基地に代わる海軍の頭脳と呼べるべき場所になっている。

その頭脳のドッグでは、先程まで惨劇に耐えていた者が1人、また1人と崩れている。

榛名から降り立つと、泣きじゃくるミコトをイヅキが宥めている姿が見えた。

恐らくミコトは自身を責めているのだろう。

エンジントラブルが無ければ犠牲者はもっと少なかったかもしれない。

せめて長良と五十鈴だけでも先行させるべきだった。

対蛇装備に換装させずに向かえば良かった。

恐らくそんな事を考えているのだろう。

だが、それもifの話だ。

今回のミコトの判断は正しい、と俺は思う。

10隻にも満たない艦隊で迎撃しなければいけない任務だった以上、神風戦法を覚悟して挑まなければいけなかった。

犠牲者は確かに出た。けれども、俺の予想よりも多くの兵が生還を果たした。

それが現状であり現実なんだ。

「君はよくやった」

二人に歩み寄ると、称賛の意を込めて軽くミコトの肩を叩く。

慰めという行為は正直苦手だ。そういったものはイヅキに全て任せればいい。

俺に出来るのはこれくらいが精一杯だ。

「う、うん・・・・・・ありがとう、ウゲツ君・・・・・・」

「アンタねぇ、もう少しマトモに声掛けてあげても良いんじゃないの?」

目を赤くしながら小さく頷くミコト。一方、イヅキが呆れながらこっちを見てくるが相手にするのも面倒なので司令部に向かう為に歩き出す。

後ろから「無視するな!」とキャンキャン喚く声が聞こえるが・・・・・・いつもの事だ。あえて気にしないようにする。

艦の収容施設から司令部までは徒歩15分ほどの距離であり、本来は車を使って移動している所なのだが流石に今は歩きたい気分だった。

疲労は溜まっているが、じっとしていたくはなかった。

後ろから付いてくるミコトとイヅキも同じ気持ちなのか、大人しく歩いていた。

車の中でじっとしていると、守れなかった命の重みに耐えきれず戦場での惨劇がフラッシュバックしそうな気がしてならなかった。

蛇は死しても、こういった形で俺達の脳内に絡み付く。

一度戦場に出てしまうと、奴らを全て消え去るまでこの恐怖が消えることは無い。

それを体が覚えてしまっているからこそ・・・・・・余計に怒りと悔しさが込み上げる。

「向け所の無い怒り感じても仕方が無いっしょ。ただでさえ疲れてんだから余計な事しないほうが良いんじゃない?」

隣まで追いついたイヅキが俺の左手を指さしながらそう告げてきた。

自分の左手を見ると無意識に拳を作り震えていた。

「あ、あぁ」

言われてみればその通りだ。

ゆっくり拳を解くと、若干掌が鬱血していた。

「う、ウゲツ君・・・・・・そ、その・・・・・・」

「どうした? ミコト」

「何度も、い、言ってる気がするけど・・・・・・どうして私達なのかな?他に艦隊の指揮を執る上官さんは居るはずなのに」

確かに任務から帰投する度にミコトはそんな疑問を俺達に投げかけていた。

イヅキもたまに独り言のように似た事をぼやいているのを見かける。

だが、誰も上官に投げかけないのは、その質問を向ける行為そのものが異議を唱える事に等しいと理解していたからだろう。

心当たりがあるとすれば・・・・・・いや、考えるのは止そう。

気が付けば三人とも俯きながら歩いていた。

そのまま暫く沈黙が続き数分後、俺達の進む方向から別の足音が聞こえてきた。

「やっぱり三人とも歩いて向かおうとしてたのね。無駄足にならなくて良かったわ」

俺達の姿を見て嬉々とした表情を向けて歩み寄ってくる女性が1人。

名前は華郷(はなさと)夏姫(なつき)。階級は中佐であり、俺達の先輩となる女性だ。

年齢も俺達と変わらない事から仕事においてもプライベートにおいても頼りになる良き姉のような女性だ。

若干着崩された軍服に、ウェーブのかかった栗毛色の髪が風に靡く姿はなんというか・・・・・・

コスプレをしたキャバ嬢みたいだな、相変わらず。

ちなみに、俺達三人の軍服は何故かデザインが異なっている。

イヅキについては、何故か左大腿部を覆うほどに上着の左側の裾だけが長いデザインとなっている。

一方ミコトの軍服は、上着が燕尾服のようなシルエットにデザインされていてイヅキ同様・・・・・・コスプレ衣装と見間違えてしまう。

俺に至ってはロングコートのようなシルエットにデザインされており・・・・・・やっぱり違和感がある。

軍服を受け取る際には「兵器開発局の試作品だからデータ収集も兼ねて着用してほしい」と告げられ、着用しても誰一人何も言ってこない所を見ると正式な軍服として配布されたらしい。

どんな効果があるのか正直分からないのだが。

「先輩!」

「夏姫ちゃん!」

華郷先輩を見つけた瞬間、イヅキとミコトは勢い良く駆け寄り抱きつくや否や声を出して泣き始めた。

その様子に対し先輩は一瞬驚くが、すぐに苦笑いを浮かべながら二人の頭を撫でていた。

「ウゲツ君も来て良いのよ?」

「遠慮しておきます」

別にそういった意味で見てたわけじゃないので、思わず溜息まじりに答えてしまった。

先輩も俺達に用があるからこそわざわざ歩いて向かってきたのだろうが、一先ず二人が泣き止むまで近場のコンテナに背中を預ける事にした。

とにかく少しでも休んでおきたかった。

「はい、二人とも。あまり泣き続けてるとウゲツ君も私も困っちゃうわ」

「うん。ありがとう、先輩」

「夏姫ちゃん、あ、ありがとね。ウゲツ君も気遣ってくれてありがとう」

数分くらい経つと、ようやく二人とも落ち着いたらしく目を赤くしながら俺と先輩に微笑んだ。

返事の代わりに軽く頷きを返し、本題に入る事にした。

「で、先輩が何故俺達の出迎えを? 簡単な結果報告なら既に上に入ってると思いますが」

「うーん、そっちとは別件があって来たって感じね。今回は伊天に頼まれちゃって」

伊天とは日本海軍大将の秘書官をしている山基(やまもと)伊天(いそら)という女性の事だ。

華郷先輩と同じく色々とサポートしてくれるもう一人の姉のような存在といったところか。

ちなみにイヅキは華郷先輩に憧れており、ミコトはその山基さんに憧れている。

理由は後々話す事になるだろうし、今は省略しておく。

「へぇー、珍しい。山基さん、今日は動けない程スケジュール詰まってるんですか?」

「今ちょっと"準備"で忙しいみたいなのよ。貴方達にも心の準備をしてほしいからって。で、その心の準備をさせる為の急ぎの伝言を私が預かってきたわけ」

先輩の返答が意味深だった為、よく分かってないイヅキは頭から?マークを浮き出していた。

だが、俺の中には1つだけ心の準備をしておくべき事というものに対し心当たりがあった。

気付け、ミコト。君が一番先に気付くべき事なんだ!

「へぇ・・・・・・そ、そうなん・・・・・・デスか?」

「い、イヅキちゃん! まだ理解しなくていい所だよ!? き、きっと今夏姫ちゃんが説明してくれるからよく聞こうよ!?」

「まさか・・・・・・対蛇装備の無断使用の件ですか?」

ミコトが気付く様子も無かった為、代わりに俺が問い掛ける。

必死にイヅキの対応に励んでいたミコトも凍ったように硬直し、表情が蒼褪め始めた。

そんな俺の問いに対し、先輩はそんな事を訊かれるとは思わなかったのかキョトンとした表情を浮かべるが、すぐにクスクスと笑い出した。

「違うわよ。寧ろ、その件についてはミコちゃんは正しい判断をしたと思ってるわよ? 軍規で見ると誤った判断かもしれないけど」

「それじゃ俺達に心の準備というのは・・・・・・」

「さっきミコちゃんが、何故私達が優先して大蛇討伐に派遣させられるのかな、って言ってたわよね?」

もう御終いだ、と言わんばかりに震えているミコトは必死に首を左右に振るっていた。

頭から?マークを出してる奴とこの世の終わりのような表情をしている奴が揃っている光景も中々シュールなものに見える。

「アハハ! 大丈夫よ、ミコちゃん。上には言わないから。装備の件は始末書書かされるかもしれないけどね? それと、大分前に伊天が比佐山大将から聞いた話によると、どうやら貴方達に対大蛇専用艦隊の指揮官を任せる為に大蛇との戦闘経験を積ませる必要があったから多く派遣させていたようなの。私が言ったってのは伊天には内緒よ?」

比佐山大将――日本海軍の頂点となる人物である。名前は比佐山(ひさやま)王座(おうざ)。海軍大将という重役を担いつつ、俺達が育った孤児院"四葉院"の院長も務めている。

云わば俺達の親代わりに当たる人でもある。

確かにそんな親にも等しい人が意味も無く自分の子のように育てた奴らを地獄の谷に突き落とす様な真似はしないだろう。

俺達を信じて幾度も大蛇討伐に派遣したという事は余程その艦隊に命運を賭けているに違いない。

「それなら今までの命令も全て納得がいく。山基さんがその準備という事は・・・・・・新たな対蛇兵器の説明でも?」

恐らく新兵器の説明を取り急ぎ行いたいから先輩を向かわせたのだろう。

「う、うーん・・・・・・兵器ねぇ。何とも言えないけど、そこは直接会って判断した方が良いんじゃないかしら?」

返答に困ったのか先輩は苦笑いを浮かべると言葉を濁すかのように意味深な事をまた言った。

そして、慌ててイヅキの方を見る。

「えっ? あぁ、はい・・・・・・要はアレですよね。お腹が減ってもC-4は噛むなって事ですよね」

「い、イヅキちゃん! 傷はそう浅くないよ! 行けば分かるよ! きっと夏姫ちゃんも説明するよりも見た方が解りやすいだろうって事を言いたかったんだよ! そ、そうだよね? 夏姫ちゃん!」

更に頭から煙をあげているイヅキを抱えながら戸惑うミコト。

これには俺も先輩も引くものがあるが・・・・・さて、華郷先輩の答えは。

「う、うん・・・・・・そうね。そう・・・・・・なのかしら?」

見事にミコトの期待を裏切る返答だった。

見事なまでに返答に困った苦笑顔だ、この先輩。

「一先ずこいつらに付き合ってるとキリが無いんで伝言の方を」

「ウゲツ君は相変わらず真面目ねぇ。では、山基秘書官からの伝言になります。伊弉冉少佐、素戔嗚少佐、奇稲田少佐、以上3名は司令部に到着次第、会議室へ集合せよとのこと。そちらで"顔合わせ"を行います。大蛇の詳報については各艦の副官にお願いしておくとの事よ。集合せよ、なんて内容だけど伊天の事だし司令部の前で待ってくれてるんじゃないかしら」

「あのぉ、先輩。今顔合わせって言いました?」

気が付けばイヅキは復活しており、手を挙げながら問い掛けていた。

先輩はその姿を見て小さく首を傾げた。

「えぇ、言ったわよ?」

「それって、今回の対蛇兵器はAIが搭載されてるから、その承認って意味合いの顔合わせですか?」

「いや、そもそも兵器って言えるのかも曖昧だしAIでも無いわ。一先ず会議室に行けば分かるわ。ただ、会議室に何が居ても大丈夫なよう覚悟だけはしておいて」

「ふぇっ!? え、ええ、えっと・・・・・・なな、何か危ない生物でも居るの!? それとも宇宙人!? ちょっとだけ楽しみな響きだね!」

渋々納得しようとするイヅキの隣でミコトが目を輝かせていた。

そういえばコイツ・・・・・・オカルトが好きだった。

「ほら、分かったら早く行きましょ。私も早く戻って仕事しなきゃいけないわ」

「「はーい」」」

イヅキとミコトの様子を見る限りだと少しは立ち直れたのか、いつもの状態に近いように思えた。

2人の少佐が先を進み出し、俺も後ろを付いていこうとした時だった。

「ねぇ、ウゲツ君」

「何でしょう、先輩」

「今回の大蛇、どんな感じだった?」

隣を歩く先輩の表情からは先程の朗らかな色は消え、冷静な顔つきへと変わっていた。

「あくまで主観的な見解になりますが・・・・・・前回の大蛇より行動力が鈍いように思えました。恐らく身体能力に個体差がある、という説は有力なものじゃないかと」

「なるほど。行動力が鈍いっていうのは具体的にどんな感じ?」

「こちらが攻撃しても反撃してこない時が幾度かあり、捕食行為の際は食らう事に執着しているように見えました」

「前回は攻撃を仕掛けた瞬間に反撃に遭ったはずよね。まぁ、今回は運良くその鈍感さに救われたようなものかもしれないけど・・・・・・」

「それと今までとは異なる攻撃を仕掛けられました」

「新たな武器でも使ってきたの?」

攻撃の話になると、微かに驚きの眼差しを先輩は俺に向けてきた。

「いえ・・・・・・今までの大蛇の砲撃パターンは軍艦が仕掛ける砲撃と変わらないものでしたが・・・・・・今回は蜷局を巻いて砲撃してきました」

「あの形状で蜷局って・・・・・・それじゃほぼ全方位に対する砲撃を可能としたって事!?」

「そうなります。あくまで主観的な見解ですが、奴は戦闘を重ねる度に成長している。そんな気がします。まぁ、俺の話は個人的な意見が多いんで解析班から情報が出るまで鵜呑みにしない方が良いかと思いますが」

「この手の話は現場に出ない裏方よりも前線に出た人から聞いた方が良い事もあるのよ? 私が戦場に出るなら現場の人間の言葉を信じるし、それが長生きの秘訣になるんじゃないかしら?」

「一応、覚えておきます」

この人のアドバイスは正しい事が多い。

戦う為に役立つ知識は殆どこの人から教わったようなものだ。

中には非道や残酷さを感じるものもあった。

一見穏やかな人に見えるが、この人は戦場で生きるという意味を深く理解している。

 

暫く四人で歩いていると漸く軍の司令部が見えてきた。

一見、一流大学の校舎か都会にありそうな市役所をデカくしたような白い外装の建物だ。

その入口の近くに、花型のヘアピンが目立つショートの黒髪と赤縁の眼鏡を掛けた軍服姿の女性が佇んでいた。

先程名前が出た山基 伊天秘書官だ。

「遅くなったわね、伊天」

申し訳無さそうに苦笑いを浮かべる華郷先輩。その様子を見て、山基さんは軽く首を横に振る。

「任務からの帰還ですし気にしてません。ありがとうございました、夏姫」

「礼には及ばないわ。それじゃ、頑張ってね三人とも」

バイバーイ、と軽く手を振りながら先輩は俺達の横を通り過ぎ司令部へと戻っていった。

頑張れ、か・・・・・・。

これ程不安を煽らせる言葉は無い。

「お疲れの所すみません、三人とも。夏姫から伝言は聞きましたか?」

「一応聞いたけど・・・・・・会議室に猛獣でも居るんですか?」

イヅキが渋々とした表情で問い掛ける。

その問い掛けに対し山基さんは苦笑いを返した。

「猛獣は居ないけど・・・・・・その様子じゃ夏姫はこれから会う方々の事に関してはハッキリ言わなかったみたいですね?」

「何が居ても大丈夫なよう覚悟してほしい、と山基さんが言っていたと先輩は言っていました」

先輩の台詞があまりに濁し過ぎていたのでどこまでが伝言なのか分からなかったが、一先ずそのように答えてみる。

「そうですね。確かにそう言いました。ちゃんと濁さずに伝えるよう念押ししたのですが・・・・・・まったく、あの子ったら」

予想通りとはいえ、と酷く肩を落とす姿に俺とイヅキは反応に困ってしまう。

だが一人だけ、現状には不似合いなほど目を輝かせてる奴が居た。

「ねぇ、山基さん! 会議室に居るのは宇宙人ですか? エリア51が支援してくれたんですか?」

ミコトは自分が好きなものや興味のある話になると人が変わってしまう。

流石に少し引いてしまうほど、ミコトのテンションはハイになっていた。

 

「残念ながら宇宙人でもありません。貴方達にはこれから強化水兵の方々に会っていただきます」

 

予想外の答えに俺達三人は一瞬自身の耳を疑った。

強化水兵。

――今、そう言ったか?

強化水兵の話は、日本軍の中じゃ有名な都市伝説だ。

大蛇1体を仕留めるには10隻の軍艦が必要だ、という話はした先程したと思う。

大蛇に艦が沈められる原因として最も多いなのは、照準を定める際に生じる隙や旋回する際に生じる隙の大きさだ。

大蛇はその隙を捕食の好機と見て空かさず襲い掛かる。

その為、一つの艦が大蛇に照準を定めている間に他の艦が大蛇を攻撃し少しでも気を逸らさせる必要がある。

数で勝負、といった戦法だが今の人類に出来る対処はこれしか無いなのだ。

戦闘機のミサイルや機銃では決定打となるダメージは与えられない。

イージス艦でも良い餌になって終わってしまう。

そこで一つの賭けに出る事にした。現代の軍艦では著しく減少してしまった攻撃方法"砲撃"に目を付けた兵器開発局は一つのプロジェクトを立ち上げる事とした。

砲撃をメインに活躍していた旧世代の軍艦のデータを元に現代の技術を組み込み復活させるというものだ。

そこから生まれた軍艦が俺達が乗っていた伊勢や榛名、高雄などの軍艦になる。

現代の兵器技術を搭載した軍艦の効力は完璧とは言えなかったが、イージス艦や戦闘機で対処するよりは効果的な結果を出してくれた。

それでも旋回する際に生じる隙などの弱点のせいもあり、沈められる艦も少なくなく生産コストもそれなりにした為、国内の経済にも大きな打撃を与える事になってしまった。

 

そして、12年前に起きた大蛇による関東襲撃事件を境に妙な噂が日本海軍内で流れ始めた。

"兵器開発局が大蛇に対抗できる人間を作り出しているらしい"と。

確かにこちらは俊敏性に劣っているからこそ劣勢を強いられている。

だが、もしも大蛇が我々人類が銃を持った状態で勝てるような相手だとすればどうだろう?

照準の際に生じてしまう隙はクリア出来る。

後は相手の俊敏性と互角になる"足"さえあればいい。

そのような人間を兵器開発局は作ろうとしている、と。

しかし噂は所詮噂でしかなく、12年の間に変わった事と言えばその人間の名前が強化水兵になったということくらいだ。

都市伝説の内容から『水兵』ではなく『海兵』が正しい呼称じゃないかと思うのだが・・・・・・水兵らしい。

俺はこの都市伝説が都市伝説のままであってくれた事に安心していた。

未来を奪われるだけに留まらず兵器にされてしまった人間など存在しなかったと思えたからだ。

確かに今の戦況を考えると道徳だの正義だの人道だのというものを捨てる事で大蛇に対抗できる武器が生み出せるならそうすべきだろう。

だが、それに対して使用される命は本当に意味があるのだろうか?

実験は失敗を繰り返してこそ成功へ変化する。

そう考えると・・・・・・失敗を前提とされた実験に対し命を捧げる奴は本当に居るのだろうか?

捧げる奴が居るとすれば名目は「未来の為」と言う事だろう。

幸せの定義は個人の価値観によって決まるものだ。そいつが不幸だと言う気はないし、言える権利も持ち合わせていない。

しかし、未来の為に命を捧げる奴は本当に幸福なのだろうか。俺にはそうは思えない。

未来とはその目で見届けてこそ初めて分かる代物だ。

未来の為に命を投げ出す奴はその義務を放棄しているとしか思えないから何とも言えない気持ちになる。

それに、もし本当にその実験が行われているのなら・・・・・・俺は関わりたくない。

甘い考えだが・・・・・・"生命"に人の手を加えた兵器は俺の目の届かない所で使ってほしい。

「山基さん、今日は何時になく面白い冗談を言うんですね。確か先輩は対蛇専用艦隊って言ってた筈です。艦隊の指揮と水兵の指揮はまた別の話では・・・・・・」

きっと戦いで疲れ切った俺達に対して気分を和ますための冗談だ。

そうなんだろう。

そうでなくては困る。

淡い希望に縋る思いで俺は恐る恐る言葉を発した。

その際に出てしまった渇いた笑いが場の虚しさを更に盛り立ててしまう。

「ウゲツ少佐、残念ながらこれは冗談ではありません。比佐山大将から貴方達3人への命令です。貴方達にはこれから強化水兵の皆さんに会っていただきます」

その言葉を聞いた瞬間、目の前が暗くなった。

大蛇に喰われる人間以上に俺はその強化水兵を見たくは無かった。

人間の都合で改造された人間。

特撮ものであればカッコイイ響きかもしれない。

だが、これは現実で、俺達に、山基秘書官が、もっと正確に言うのであれば海軍の最高責任者が命令してきたのだ。

お願いではない、命令だ。

「ちょっ! ウゲツ、どうしたの!? 顔が青くなってるし」

「き、気分悪いの? えっと、吐き気止め持ってるよ?」

心配そうな眼差しで俺の顔を覗き込んでくるミコトとイヅキ。

気が付けば俺の手は震え、額からは尋常じゃない程の汗が滲み出ていた。呼吸も震えているのが分かる。

違うんだ。今必要なのはそういう心配じゃない。

「君達は・・・・・・何とも思わないのか・・・・・・?」

「えっ? えっ?」

「いや、確かにいきなり信じろってのが無理な命令をされて気持ちの整理はついてないし混乱はしてるけど――」

イヅキとミコトの顔にも確かに不安の色が伺える。

だが、よく考えると俺の言い分も確かにどうかしている。

混乱と不安が入り混じっている状況を煽っているだけでしかない。

「いや、すまない。とりあえず命令された以上・・・・・・行くしかないな・・・・・・」

軽く深呼吸し、気分を落ち着かせる。

100%気分が良くなったとは言えないが、恐怖心剥き出しのまま会議室に行くよりは遥かにマシだ。

「ウゲツ少佐、貴方の気持ちも十分理解してるつもりです。夏姫だって同じ気持ちだったでしょうし。でも、比佐山大将も私も"兵器"とは一言も言ってない。その意味は分かってもらえますか?」

淡々とした口調ではあるが、その言葉は山基さんなりの気遣いであり優しさだった。

そして・・・・・・重い言葉だった。

歪んだ受け取り方をするのであれば、人間でも無い、という意味だ。

会って・・・・・・自分の目で強化水兵とは何なのかを判断しろ、というわけか。

山基さんの冷たい瞳が選択権の無い事実を執拗に押し付けてるように感じられた。

「時間が惜しいので会議室に行きましょう。イヅキもミコトも大丈夫だな?」

「拒否権は無いしね。早く行きましょ」

「う、うん。私も大丈夫。行こう」

「それでは案内します」

ようやく安心したのか、山基さんの顔にも微かに笑みが表れた。

俺達はというと、覚悟を決めたのは良いものを表情から曇りを消せずにいた。

きっと恨んでるんだろうな。勝手な事情で人生を狂わされた事。人間のまま生きていられる俺達の事。

そう考えた瞬間、任務から帰投した時と同じ重みを足を動かす度に感じる。

帰投した直後のように何かが足を掴んでいるような感覚を感じる。

重い。鉛の様に只々重い。

 

その不気味な感覚に抗いながら山基さんの後ろを歩くこと数分、会議室の扉が見え始めた。

扉に近付く度に、何やら中から騒ぎ声が聞こえる。

強化水兵達が何かしているのだろうか?

 

『おい摩耶! お前、オレのシュークリーム盗ったろ!』

『あぁん!? 言いがかりつけてんじゃねぇぞ!お前こそアタシの分盗ったじゃねぇかっ!』

『アレは大皿に置かれてたもんだろうが!! お前のじゃねぇだろっ!』

『あらあら天龍ちゃん、私のクッキーあげるから喧嘩は駄目よ~』

『そうそう、摩耶ちゃんも喧嘩はめっ! お姉ちゃんの御菓子分けてあげるから』

 

『えぇっ!? 大阪の人はお好み焼きが主食でご飯はおかずとして食べるって都市伝説じゃないんですかぁ!?』

『そんなん当たり前やん! 一般常識やで、キミィ。ってか、お好み焼きにご飯無しってチョコ抜きのチョコバナナみたいなもんやで!』

『それ普通のバナナだと思うんですけど・・・・・・。でも、龍驤さんって確か横須賀生ま――』

『それ以上言うたら青葉の船首と船尾がサヨナラする事になるで』

『ア・・・・・・アハハ・・・・・・龍驤さん、それ・・・・・・ちょっと笑えない冗談です』

 

『じー』

『えっと・・・・・・何?』

『見てるだけよ? いけないの?』

『い、いけなくはないけど・・・・・・』

『そっ。なら、いいでしょ?』

『え、えぇ』

『じー』

『えっと・・・・・・欲しいの?このケーキ』

『い、要らないって言うなら貰っといてあげるわ』

『(欲しいのね・・・・・・)それじゃ・・・・・・はい』

『あ、ありがと・・・・・・』

『山城、良かったら僕の分のマカロンあげるよ』

『えっ? いや、それは時雨のでしょう? 気遣いなら無用よ』

『僕は十分堪能したから。はい』

『あ、ありがとう』

 

『まったく、少しは静かにしたらどうだお前達。見苦しいぞ!』

『まぁ、良いんじゃないんでしょうか?皆さん検査や試験続きで疲れてましたし。少しは息抜きも必要ですよ』

『むっ・・・・・・だが、それでも限度というものがだな』

『なんだかんだ言って長門さんも御菓子楽しみにしてたじゃないですか。山基秘書官達が来るまでの間です。その間だけこんな時間を過ごすのも良いかと思いますよ?』

『その間だけなら・・・・・・いや、しかしだな。此処で浮かれてしまってはビッグ7としての誇りが――』

 

明らかに司令部とは思えない程場違いなトークが聞こえてくるぞ。

「ねぇ。此処、会議室だよね? もしかして事務の子達が女子会で使ってるだけじゃないの?」

「で、でも会議室に強化水兵さん達が居るんだよね?」

「山基さん、良い演技だった。俺達はそろそろ部屋に――」

「ちょっと待ってて下さい」

山基さんはそう言うと何故か眼鏡を外した。

そして、何故か会議室の中が見えないよう扉を開け中に入っていった。

 

『ほら、皆さん。今貴方達の司令官になる方々が来てますよ。って・・・・・・』

『い、いや! その・・・・・・だな、山基秘書官。私達もいつもの事だと思ってはいたんだが・・・・・・』

『私もいつもの事だとばかり思って・・・・・・気にしてなかったんですけど・・・・・・』

『不幸だわ・・・・・・。不幸としか呼べない出来事だわ・・・・・・』

『僕も止めるべきだったんだけど・・・・・・駆逐艦としての性能だと力量不足というか・・・・・・』

『私だって止めようとしたら逆に危なくなるし。妙高姉さんの時みたいに危なそうだし』

『いやぁ、青葉も止めたかったんですけど・・・・・・肉弾戦向きじゃないと言いますか』

『ウチかて絶対にアレは無理や!』

『えっとぉ・・・・・・ほ、ほら秘書官も笑って! きっとそれで全て解決するわ!龍田ちゃん、準備良い?』

『えぇ、大丈夫よ~愛宕ちゃん。秘書官もご一緒に~』

『『せーの、ぱんぱかぱーん!』』

『えぇ、皆さんに非が無いのはよく分かりました。それを承知の上でお聞きしますが、アレはどういう事ですか?』

 

『お前がアタシのシュークリーム盗ったのが始まりじゃねぇかっ!!』

『んだとぉ!てめぇが俺のマカロン盗ったのが始まりじゃねぇかっ!!』

 

中で何度も陶器の砕ける音が聞こえてきたんだが・・・・・・。

「ね、ねぇ・・・・・・ウゲツ君・・・・・・」

「なんだ? ミコト」

「この中って山基さんと強化水兵さん達しか居ないんだよね?」

「ん? あぁ、そうだな」

「き、気のせいかもしれないけど・・・・・・カヤちゃんによく似た声が聞こえた気がしたんだけど」

「あっ! アタシもそれ思った!確かにカヤの声によく似てた!」

白凪(しらなぎ)カヤ――俺達と同じ孤児院に居た女子であり、俺達によく懐いてた妹のような存在だった子だ。

扉の向こうからは確かに彼女に似た声が聞こえていた。

しかし。

「カヤは年齢から考えて四葉院を卒業してるはずだ。軍に所属したなら爺さんから何かしら連絡が来るだろう。きっと今頃どこかで働いてるはずだ」

「まぁ、それも確かにそうか」

「そ、そうだよね。カヤちゃんなわけ・・・・・・ないよね」

只でさえ人間の命が兵器に改造された存在ってのが苦手なのに、その中に身内が居たら感情を押し殺せそうにない。

ふと昔のことを思い出してしまい、俺達は「はぁ」と溜息を吐いてしまう。

 

『いい加減にしなさい貴女達!』

『いってーーーー!』

 

『ま、摩耶ちゃん・・・・・・』

『~~~~~~っ!』

『あらあら~、大丈夫? 天龍ちゃん』

『これに懲りたら早く片付けなさい! 掃除道具はそこにあります! ほら、他の子達も連帯責任です!速やかに片付けに入って下さい!』

どうやら山基さんが中で起きている争いに終止符を打ったらしい。

「これは予想なんだけど・・・・・・」

イヅキがガクガクと身を震わせながら話し出した。

「山基さん、絶対中で指突を放ったよね?」

「なん・・・・・・だと・・・・・・」

「や、山基さんの指突!?そんな・・・・・・あんまりだよ・・・・・・」

山基さんの指突。それは中指と人差し指を伸ばした状態で相手の眉間をを突くお仕置きである。

その時頭部に走る衝撃は凄まじく、眉間の痛みは丸2日間は消えることは無い。

そして何より恐ろしいのはそれだけの威力を発揮しておきながら山基さんの華奢に見える指は何ともないという事だ。

俺達も軍学校に通ってた時、指突を仕掛けられた事が多々あったのでその恐怖は知っている。

だが、相手は都市伝説として有名な強化水兵だ。攻撃が通用している様子だが山基さんの指も流石に今回は無事じゃ済まないだろう。

「お待たせしました」

扉が開かれたと同時に俺達三人は空かさず山基さんの両手の指を凝視した。

驚く事に白く長い指が傷んでいるようには見えない。

指突は無かったのか?

「どうかしましたか?3人とも」

「「「いえ何でもありません!」」」

3人揃って敬礼をしつつ、即答する。

その様子に山基さんも少し驚いたのが目を丸くするが、こほん、と咳払いをすると。

「中に入る前に一つ忠告があります。強化水兵に対しては"人間に近い存在"という認識は構いませんが"人間"という認識はやめて下さい」

「どういう事ですか?」

イヅキが首を傾げた。

「強化水兵は確かに素体は"人間"です。ですが、身体強化と脳強化の影響により"自らを人間では無い存在である"と認識しており、人であった頃の記憶も削除されています。その為、彼女達の前で人であった頃の記憶について尋ねるのは最大の禁忌とされています」

「あの・・・・・・人間では無い存在って・・・・・・」

「――そこは彼女達と話した方が理解しやすいと思います」

流石のイヅキも若干怖がっているようだった。

今の台詞を聞いて、俺も気持ちに余裕は無くなっていた。

自分が最も嫌悪する事象を目の当たりにしなければいけない事に恐怖を感じている。

勘違いしてほしくないのだが嫌悪する対象は強化水兵にではない。強化水兵を生み出さなければいけなくなった事態そのものに対してだ。

だからこそ・・・・・・どういう顔をすれば良いのか分からなくなっていた。

「ウゲツ少佐」

「・・・・・・はい」

俺の様子を察したのか、山基さんは背を向けたまま俺に呼びかけた。

「彼女達は自らの意志で強化水兵になる事を選んだらしいです。さっきの禁忌に関する話もそうですが、私も強化水兵に関する話は兵器開発部や比佐山大将から軽く聞いた程度なので、詳細は把握してません」

「自らの・・・・・・意志・・・・・・」

自身の存在を捨ててまで大蛇を殺めたい理由がある、という事なのだろうか。

それなら気持ちは分からなくもない。

共感出来ないのは、存在を保ったまま大蛇を消したいのか、存在を捨ててまで大蛇を消したいのか、その違いのせいだ。

「では、中に入りましょう」

山本さんがそう告げると、ゆっくりと会議室の扉が開かれた。

 

会議室は通常、左右12名ずつ、両端1名ずつ、計26名が座れる程の大きさの黒檀の会議テーブルが中央に設置されてある。

中に入ると、銀の食器やらティーカップなどが散乱したテーブルの前に11人の女性が横一列に立っていた。

見た所、年齢は最も幼そうな者で10代前半、年長だと思われる者でも俺達とそう大差は無い20代前半の者と言ったところだろう。

服装も皆様々で巫女装束のような服装の者も居れば、学生服と見間違うような服装の者、セーラー服の者、俺達のような軍服を着てる者など統一性が無い。

ツッコミ所が満載だ。

イヅキとミコトの方を見ると、戸惑いの色を何とか隠そうと必死に平静を装ってる素振りが見られた。

「では先に強化水兵の皆さんから自己紹介をお願いします。それじゃ、時雨さんから」

山基さんの指示に従い強化水兵と呼ばれる女性達が頷く。

どうやら俺達から見て一番右の者から紹介が始まるらしい。

「初めまして。僕は白露型駆逐艦、時雨。これからよろしくね、少佐の皆さん」

時雨と名乗るその少女は、三つ編みヘアーが特徴の少女だった。

黒いセーラー服を着てるせいか中学生のようにも見える。

物腰が穏やかそうな雰囲気があり、大人らしさを感じた。

微笑、という表情がよく似合う。

「私は陽炎型駆逐艦、初風よ。よろしく」

初風と名乗る少女は外ハネヘアーが特徴と言えるだろう。

先程の少女と年齢的には変わらないように見える。

初風は好奇心が強いのか、俺達に対し物珍しそうな眼差しを向けてきていた。

だが、なんというか・・・・・・口調のせいだろうか。生意気な印象がある。

 

にしても、自らを旧世代に存在していた軍艦の名前を名乗るのはどういうことなのか。

コードネーム、という感じでも無さそうだ。

という事は、先程言っていた"人間では無い存在"というのは恐らく自身を軍艦だと認識している事を意味していたのだろう。

脳を改造するというのは恐らくそういう意味か。

この二人の姿を見た時点で俺は心が折れそうだった。

本来であれば学校で授業を受けて友達と楽しく遊んでるような日常を送るはずだった人生を持っているはずの子達だ。

それを・・・・・・自分達が選んだ事とはいえ俺達大人が奪ってしまった事には変わりない。

大蛇にマトモに対抗できる術が無い俺達大人が・・・・・・。

「ウゲツ、今は耐えて。アンタが何考えてんのか大体想像つくけど・・・・・・ミコトが頑張ってんのよ?アンタも目を背けないで」

イヅキが小声で訴えてくる。

その表情は平静を装ったままだが、後ろに隠した両手は拳を作り震えていた。

コイツも同じ気持ちなのだ。

「あぁ、すまない」

イヅキの隣ではミコトが必死に笑顔を浮かべていた。

普通であれば泣きだしているであろうミコトが、だ。

 

「ウチは軽空母、龍驤や。御三方、宜しゅうな!」

龍驤と名乗る少女は活発的な笑顔と陰陽師を連想させる服装が特徴的だった。

年齢も先程の少女二人と変わらないよう程だろう。

だが何故だろう・・・・・・。軍学校にも関西出身の奴は居たが・・・・・・こいつからは関西らしさが感じられない。

確かに関西弁を話しているのに不思議だ。

「オレの名は天龍。天龍型1番艦だ。で、こっちが」

「初めまして、天龍型2番艦こと妹の龍田だよ。天龍ちゃん共々宜しくね~」

天龍と龍田。

姉妹艦を名乗ったということは姉妹なのだろう。

天龍は眼帯とボーイッシュな性格が特徴的であり、龍田は穏やかな口調とそれに合う独特の雰囲気が特徴的だ。

2人とも笑顔だが、何だか違った笑顔と言えば良いのだろうか。そんなものを感じる。

「さっき山基さんに怒られてた子だね?そっちの眼帯ちゃんは」

からかうような笑みを口元に浮かべながらイヅキが尋ねた。

その問いに、うっ、と言わんばかりの表情を浮かべる天龍。

「き、聞こえてたのかよ・・・・・・。で、でもな!アレは俺が悪いんじゃねぇっ!先に仕掛けてきたのは麻耶だかんなッ!」

「あぁん!?まだ言う気か、おまえ!」

天龍が龍田の隣に居る女性を指差しながら否定の意を唱えると、指差された女性が怒りを露わにしていた。

それに対抗するかのように天龍も鋭い眼光を飛ばすが、山基さんが一つ咳払いをすると二人は咄嗟に身を引いた。

「摩耶、自己紹介を」

「お、おう。アタシは高雄型重巡洋艦3番艦、麻耶ってんだ。よろしくな」

山基さんに声を掛けられビクッと震えていた女性は麻耶というらしい。

頬を指で掻きつつ、気まずそうに視線を逸らしている。

特徴と言えば、袖の無いセーラー服と天龍同様ボーイッシュな性格か。

ただ・・・・・・肌の露出が多い為、軍施設ではどうかと思うのだが・・・・・・。

「で、そんな摩耶ちゃんのお姉ちゃんやってます。高雄型の2番艦、愛宕です。少佐の皆さん、宜しくお願いしますね」

一瞬アメリカ人と見間違いそうなほどの艶やかな金髪を持つ女性は愛宕と名乗った。

その・・・・・・なんだ。

胸元の大きさが・・・どうしても目立つように見える。

朗らかな笑顔は、持つべきものを持つ者だからこそ浮かべられる表情なのだろうか。

「わぁ~・・・・・・い、イヅキちゃん。あの人大きいね」

「言わないで・・・・・・悲しくなるから」

ミコトは純粋に驚いてる様子だが、イヅキは何故か自分の胸を見ながら溜息を吐いていた。

女性同士でも色々と大変な事はあるものなんだな。

「どもっ、初めまして!青葉型1番艦、青葉です!」

青葉と名乗る女性は好奇心旺盛な雰囲気とポニーテールが特徴の女性に見える。

ビシッと敬礼を決める姿はどこか愛らしさを感じさせる印象があった。

初風同様物珍しそうに俺達を見ているが、隙あらばプライベートでもグイグイ関わってきそうな感じにさえ思える。

龍驤とこの子は良いムードメーカーになれそうな気がした。

「初めまして。扶桑型戦艦2番艦、山城です。宜しくお願いします・・・・・・」

山城と名乗る女性は、やや表情が暗めの物静かな性格に見える。

巫女装束のような服が特徴的であり、不思議と物静かな性格がその服装とマッチし魅力の一つと呼べる要素になっているようにも感じた。

「昔のミコトのような性格だな」

「わ、私あんな感じだった・・・・・・?」

「あの・・・・・・何か?」

「「何でもない(よ!)」」

訝しむような眼差しを向けられ、慌ててミコトと俺は首を横に振る。

「次は私のようだな。初めましてだ、御三方。私は長門型戦艦のネームシップ、長門だ。宜しく頼む」

長門と名乗る女性は、長身とサラサラの黒髪が特徴的でありモデルと見間違いそうになるスタイルだった。

それでいて凛々しさを感じさせる性格でもあるため、女性から頼りにされる事が多そうな者のように見受けられた。

「あとは・・・・・・榛名で最後ですね」

「はい!」

山基さんが榛名と呼んだ人物――。

俺達三人は会議室に入った瞬間、ずっとその人物の姿が気になっていた。

かつて同じ孤児院で暮らしていた者と似過ぎている声、そして似過ぎている容姿。

嫌な予感がした。

「金剛型3番艦、榛名です。宜しくお願い致します」

完全に初対面の素振りで榛名と名乗る少女は俺達にお辞儀を交わす。

山城と似た巫女装束を身に纏ったその姿のおかげで持ち前の黒髪もよく栄えて見える。

だが・・・・・・。

ミコトとイヅキも流石に平静を保つのが難しいまでに表情が崩れかけていた。

「本当はもう一人居るのですが現在調整中なので後ほど改めて紹介します。さて次は貴方達の司令官となる方々の紹介に入りましょうか。ミコト少佐からお願いします」

「は、はい!」

強化水兵達の視線が一気にミコトに集まり、ミコトはビクッと身を強張らせた。

根は臆病な性格の為、こういった場面では人一倍緊張している事だろう。

「み、皆さん初めまして! 奇稲田ミコトと申します。えと・・・・・・宜しくお願いしまひゅ!」

あわわ、と慌てた素振りを見せつつ名乗り終える前に勢い良く頭を下げた。

その際に噛んでしまったらしく、気まずさ故か中々頭を上げられずにいるみたいだ。

ドンマイだ。

「さて、それじゃ次はアタシの番だね。名前は素戔嗚イヅキ。結構大雑把な所があるかもしれないけど。まぁ、宜しくね」

アハハ、と苦笑を交えながら挨拶するイヅキ。

イヅキにしては珍しくマトモな出だしだった。

そこから自己紹介が続いていたが、耳に入る程の余裕は俺には無かった。

そう、俺はずっと考えていた。

榛名と呼ばれる人物がカヤなのか、それともよく似た他人なのかを確認する術を。

強化水兵の開発計画、その最終決定権を所持しているのは海軍大将だ。だとすれば大将がこいつらの基となった人間の素性を把握していても不思議じゃない。

確認するとすれば・・・・・・比佐山大将に直接聞くべきか。

「ウゲツ少佐?」

カヤが強化水兵。

その可能性がある以上・・・・・・俺の精神はこの場に大人しく留まれる程落ち着きを保ってはいられなかった。

不安、恐怖、怒り、憎しみ・・・・・・様々な感情が蠢き、全身を駆け巡っている。

もはや正常な思考さえ巡らせる事が不可能だった。

山基さんの呼び掛けを無視して俺は問い掛けた。

「山基さん、大将は今・・・・・・部屋に居るんだな?」

「えっ?」

「ちょっとウゲツ? アンタいきなり何を」

「どうなんだ、山基さん!」

急な問い掛けに動揺する山基さん、そして俺の行動に戸惑うイヅキ。

今はそんなのさえ気にしている余裕はない。

「恐らく・・・・・・居ると思いますが」

その返事を聞いた瞬間、俺は会議室を飛び出した。

「う、ウゲツ君!?」

「ちょっとウゲツ!」

2人の動揺も気にしてられなかった。

背後から感じるざわめきなんか知った事ではない。

そもそも全てが可笑しいんだ。

何故強化水兵が旧世代の軍艦を名乗る?

自らを人間では無い存在であると認識している――それは自身を軍艦だと認識しているという事か?

人格を持った軍艦――ただやる事は水兵のようなものだから強化水兵という名前にしているだけなのか?

一体何の為にそんな事を?

大蛇討伐が目的なら人体を強化するだけで済む話ではないのか?

人間である事さえ捨てる必要が本当にあるのか?

駄目だ。これ以上考えると余裕の無い思考がイカれた精神に変わりそうだ。

今確認すべき事は2つ。

榛名はカヤなのか。

そして、あいつらは一体何なのか。

恐らく後戻りは出来ない場所にまで俺達は深入りさせられている。

ならば、全てを知る権利がある。

比佐山の爺さんなら全て知ってる筈だ。

 

俺は比佐山大将が居るであろう執務室の扉をノックもせず抉じ開けた。

 

 

 

【第二章「艦娘」へ続く】

 

 

 

 

 

 

青宝26年(西暦2119年)       

 

未確認海洋生物が沖縄海域にて目撃される。

漁船関係者は「大きな蛇のようだった」と証言。

この事から大型深海魚の浮上であると推測された。

 

 

青宝28年

 

11月21日午前4時。

オホーツク海域にてロシア漁船3隻が沈没。

同日午後3時、太平洋沖にて日本製大型客船1隻、日本海域にて日本が所持する巡視艇2隻が沈没。

両国合わせて生存者は14名。

両船共に船体から多数の弾痕が発見された。

両国の通信記録から「大きな蛇」という言葉が共通している点から2年前に目撃された未確認海洋生物が関係していると推測。

両国の海域の安全が確認されるまでの間、一時的に日露共同防衛条約締結。

           

 

青宝29年

 

4月2日午後2時。

中国:広州港、日本:横須賀基地・館山基地・東京港の計3ヶ所、アメリカ:ホノルル港にて未確認海洋生物による襲撃事件発生。

「大きな蛇がミサイルを撃ってきた」「蛇が砲弾を撃ち込んだ」などの証言により未確認海洋生物は未確認海洋兵器と断定。

日本、この時より未確認海洋兵器を「大蛇<オロチ>」と呼称。

日本での死傷者は1200名となった。

 

 

 

 

 

【大蛇】

読:オロチ

突如出現した大型生体兵器。

全長:100m~200m

製造国、目的、正式名称等一切不明であり、大型の蛇の形を模している事から『大蛇』と呼称されている。

頭部と思わしき部分からは人型上半身を模した器官が生えており、そこが本体であると同時に視覚などの役目を果たしていると思われる。

艦砲に類似した兵器を体内に収納しており、実際の艦砲よりは小型である。

大蛇の機動力や艦砲の威力には個体差が生じているが、平均して戦艦級に匹敵すると推測されている。

また、背部にはVLSに類似したミサイルハッチの存在が確認されている。

ミサイルに関しては80発発射式だが、予備弾の存在は現在確認されておらず、砲撃をメインとして製造されていると考えられている。

4基以上の砲身を稼働させる際やミサイル発射の際は必ず静止して行う。

未だに未知な点が多い為、今日も研究が続けられている存在である。

 

 

【対蛇ミサイル】

正式名称:ハニービーMk2

弾頭に粘土状の爆弾が取り付けられた特殊ミサイル。

アメリカの航空機メーカー:ウォノミが設計・製造を担当。

弾頭は二段構造になっており、射出時に第一弾頭が分離、第二弾頭に粘土状爆薬が備えられている。

時限式で爆破する仕様。

大蛇の装甲を引き剥がす目的でアメリカで開発された兵器だが輸入が難しい点もあり、非常に高額である。

現在多くの軍艦を失っている日本の経済状況の関係もあり軍が使用を許可する事は滅多に無い。

日本では「蜂蜜」と呼ばれている。

 

 

 

【精密射撃型対蛇徹甲弾専用砲身】

通称:波士弓(ハジユミ)

狙撃銃をモデルに製造された長砲身が特徴である。

海軍第二兵器開発局が設計、日本の兵器メーカー:綾里重工が製造を担当。

戦艦用と重巡洋艦用が用意されているが、どちらも艦首を突き出る程の砲身の為、艦のバランスと機動性を著しく低下させるデメリットが生じる。

その為、狙撃手同様、戦場から可能な限り離れた所で使用するのが好ましい。

射程距離は最大90km。仰角:-10度から+20度まで調整が可能。

対水上兵器目的で作られたものであり対空での使用は不可能。

使用可能回数は2発までとなっており、それ以上の使用は砲身が崩壊する恐れがある為禁止とされている。

 

 

 

【対蛇徹甲弾】

通称:加久矢(カクヤ)

対蛇式徹甲弾は大蛇の装甲を砕く目的で作られた砲弾。

海軍第二兵器開発局が設計、日本の兵器メーカー:綾里重工が製造を担当。

装弾筒付翼安定徹甲弾をベースに改良されたものであり、発射後10秒間の遠隔操作が可能である事が特徴。

対蛇ミサイル同様高額な兵器であり、日本でも少数しか製造できない為使用許可を得るのが難しい兵器である。

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