Another Collection -深海に捧ぐ叙情詩-   作:古原 龍也

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※艦娘の誕生に関わった人間達をテーマにした作品になります。艦娘や深海棲艦をメインとした作品をお求めの方は閲覧は控えていただく事を推奨します。


※(文才は)ないです。

※用語やキャラクターに関する解説も記載していく予定なので、詳しくはプロフィールの参照をお願い致します。


投稿が予想以上に遅れてしまいましたが、こちらでシナリオを担当させていただきました。オリジナルの日本神話ものですが、興味のある方は宜しければ是非。
http://kuniyuzuri.site44.com/


第2章「艦娘」

"我々人間の特色は、神の決して犯さない過失を犯すということである。"(芥川 龍之介)

 

ウゲツが会議室を飛び出した直後、その場に居た全員が唖然としていた。

一体何が起きたのか。

それを理解するまでに要した時間は約10秒。

「あの馬鹿・・・・・・」

溜息交じりに漏れる言葉。

今は感情剥き出しにして良い所じゃないでしょうが・・・・・・。

「あ、あの・・・・・・」

恐る恐るといった感じの声が聞こえ、その主に視線を向ける。

榛名だっけ? その子が不安げな表情でアタシ達の方を見ていた。

艶のある黒髪に負けないほど綺麗な瞳は今にも泣きそうなまでに潤んでいる。

「榛名、何か失礼な事をしてしまいましたか? さっきの方・・・・・・榛名を見た後、何だか思いつめたような顔で飛び出してしまったように見えたんですが」

「いやいやいやいや、大丈夫だよ! ほら、アイツ結構忙しい奴だからさ!きっと急ぎの書類があったんじゃないのかな?ねぇ、ミコト!」

「えっ!? う、うん! そうだよ! だから気にしなくて全然大丈夫だからね? 榛名ちゃん!」

ミコトが一瞬困惑しちゃったけど意図に気付いてくれたらしく、うんうんと何度も頷きながら笑顔で口裏を合わせてくれた。

ナイスプレイ、ミコト!

思わず心の中でガッツポーズをキメちゃった。

ただ、ウゲツが正気を保ってられないのも何となくだけど・・・・・・理解できた。

榛名はあまりに似過ぎているんだよ・・・・・・あの子に。

扉越しに聞き覚えのある声が聞こえたかと思ったら、今度は見覚えのあり過ぎる顔。

アタシ達が孤児院を離れてから大分経つから、最後に見た時より若干大人っぽい顔立ちにはなってるけど・・・・・・。

強化水兵が人間をベースに作られると聞かされた以上、嫌な予感しかしないよ。

「そうですか。それなら良いのですが・・・・・・」

渋々と納得する榛名。

今の理由でスッキリ納得してくれるとは思ってないけど・・・・・・頷いてくれるだけマシか。

でも、咄嗟に浮かぶ誤魔化しってのはこれくらいしか無いんじゃないかな。

アタシもそんなに頭が良い訳じゃないけど、結構頑張った方だと思うよ。

周囲を見るとやっぱり空気が重くっていうか「なんなんだアイツは」みたいな顔を浮かべていた。

そりゃそうだよね。初対面の奴がいきなりキレた表情を浮かべて飛び出して行ったんだし。

「えぇっとね、さっき飛び出して行っちゃったのが素戔嗚 ウゲツ。アタシとミコトの同期で幼馴染みたいなものかな。ちょっと急ぎの仕事思い出したみたいだけど」

アハハー、と試しに笑ってみる。

しかし、一向にノリの良いリアクションを強化水兵さん達からは返って来ない。

薄々予想はしてたけど・・・・・・やっぱり駄目だったか。

そんな段々と重くなる空気を一蹴するように「コホン!」と山基さんが咳払いをした。

「少々トラブルはありましたが顔合わせはこれくらいにして今後の事を説明します。今後、貴方達3人には4名・・・いや、4隻? 4隻で1艦隊となるよう強化水兵の方々を担当していただきます。今後はウゲツ少佐が担当する艦隊を第一試験艦隊、イヅキ少佐が担当する艦隊を第二試験艦隊、ミコト少佐が担当する艦隊を第三試験艦隊と呼称します。編成については3人の判断にお任せするとの事です」

やれやれ、と言わんばかりの呆れ顔で、この場を打ち切ろうとする山基さん。

それに対して――。

「「ちょっと待て(よ)!!」」

即座に反論したのは麻耶と天龍だった。

なんか凄い焦燥感に満ちているというか憤怒に満ちているというか・・・・・・その中間くらいの曖昧な表情を浮かべてる。

「や、山基さんよぉ、それってアタシ達の誰かは必ずあのイケ好かねぇ奴の下で戦えって事だよな!?」

「べ、別に怖くねぇけどよ! 流石にそれはオレ達の士気に影響出まくりじゃないのか?」

あっ、やっぱ怖いんだ。

二人の口調が若干震えてるから、すぐに分かった。

確かにアイツ、よく年下の子達に怖がられるタイプだけど意外と面倒見良いし気配りは出来るから徐々に懐かれるんだよね。

でも、天龍の言う事は一理ある。

指揮官の立場になると、その下で動く人達との信頼関係は何よりも重要なものとなる。

その関係に溝が出来れば本来発揮できるはずの力も発揮されなくなってしまうだろうね。

アタシが見た感じだと、この子達は個性が強い。

軍の関係者であって軍人ではないみたいだから・・・・・・自分を押し殺すと戦力じゃ無く地雷になりそうな感じ。

個性そのものを活かしてこそ力となる――――人体兵器という言葉がしっくりくるね、そうなってしまうと。

「先程のウゲツ少佐の行動に問題があった事は確かですが、それでも貴方達の指揮官になる事に変更ありません」

それ以上の異論は認めません、と言わんばかりに山基さんはキッパリ言い放った。

流石に麻耶と天龍も唸り声をあげてはいるが、何も言えなくなったらしい。

私が逆の立場ならきっとこの二人と同様に楯突いちゃってるんだろうなぁ。

気持ちはよく分かるもん。

「山基秘書官、ちょっと良いか?」

長門が軽く手を挙げながら様子を窺っていた。

「えぇ、どうぞ」と山基さんが頷くと、そのまま長門は言葉を続けた。

「天龍の発言には私も同感だ。そして、山基秘書官にも立場があるからこそ返事を選ばねばならない事は理解しているつもりだ。それを踏まえた上で問いたいのだが・・・・・・素戔嗚少佐は私達を指揮出来るのか? 私達は目的があって存在している。指揮もマトモに出来ない指揮官の下で犬死するような戦いは願い下げなのだが・・・・・・」

御尤もです。

強化水兵の方に異論があっても指揮官に問題が無ければ、それは"わがまま"として事は終わる。

だが、もし指揮官に問題があるとしたら?

試験艦隊は大蛇討伐を専門として組織された。なら、私達は彼女達の能力と性格を理解し最善の結果を生み出せるよう導かなければならない。

そう考えると、不適合と判断された指揮官はクビにして別の者を選抜すべきっしょ。

出来ればそれは回避したい。今後の私の――――快適な勤労の為にも!

面倒事を押し付けられる相手が居なくなると、私のストレス増加且つ美容にも悪影響が出て来ちゃうし!

「フッ、長門だっけ? アイツを見縊ってもらっちゃ困るね」

「・・・・・・ほぅ。では、素戔嗚少佐は伊弉冉少佐には私達を指揮できる力がある、そう仰るのだな?」

反論を仕掛けたアタシに対し長門が怪訝そうな顔を浮かべて問い掛けてきた。

「勿論! アイツは確かに気難しいとこはあるけれど、指揮官としての能力を総合的に見ればアタシやミコトよりは上のはずだよ」

悔しいけど、これは事実だ。

ウゲツは前線、アタシは防衛、ミコトは支援が得意だけれど戦場における指揮能力や戦術ではウゲツには劣る。

体術でもアイツの方が上だし・・・・・・。

生体兵器に関する事になると、すぐ感情的になっちゃう癖が無ければ良い軍人なのだけどね。

「――――伊弉冉少佐がそう評価するのなら間違いではないのだろう。だが、流石にあの態度を見せられた後で私達に『従え』と言うのはどうかと思うのだが・・・・・・」

「うっ・・・・・・」

正論過ぎて返す言葉が見つからない。

「そ、そこは後でしっかりウゲツ君に謝らせるから! ねっ? イヅキちゃん」

ミコトが慌てて間に入ってくれた。

その言葉を聞くと長門は「この場はそれで納得しておくとしよう」と視線を微かに逸らしながら頷いた。

他の強化水兵の子達も先程よりはマシな表情を浮かべているように見える。

そりゃあんな態度見せられたら謝罪が無いとスッキリしないよね。

心を持つ者、礼儀は大切にしないと。

「話が纏まったみたいですね。では、編成の件については3日後に会議を行いますのでその際に報告をお願いします。顔合わせ終了後から明日1200時までは強化水兵は最終調整に入ります。明日1400時以降であれば面会も可能との事ですので編成の話し合いをするのも一つの手かと思います。それと、第二海軍兵器開発局局長も手が空き次第挨拶したいとの事でしたのでそちらに関しては後で連絡します。顔合わせはこれにて終了します。強化水兵の皆さんは私と一緒に開発局へ戻りましょう。イヅキ少佐とミコト少佐は大将の部屋に向かってあげると宜しいかと」

「そういえばそうだった! 今日は会えて嬉しかったよ、強化水兵の皆さん。これから宜しくね!」

「えっ・・・・・・えっと、それじゃ山基さん、強化水兵の皆さん、今日はありがとうございました! また!」

2人揃って敬礼し、急いで会議室を後にした。

 

 

「ね、ねぇ・・・・・・イヅキちゃん」

「何?」

長い通路を歩いている途中、隣を歩くミコトが不安げな表情でアタシを見ていた。

「イヅキちゃんは・・・・・・その・・・・・・怖くないの?」

「強化水兵のこと? まぁ・・・・・・最初は仮面ライダーとかサイボーグ忍者みたいなのを想像してたからちょっと怖かったけど、見た目が普通の女の子だったし拍子抜けだったかな。でも・・・・・・」

「でも?」

「・・・・・・ウゲツの気持ち、なんとなく分かるかな。多分アイツがあの場であんな態度と行動を取ってくれたからアタシはマトモで居られたと思う」

「・・・・・・そう・・・・・・だよね。幼い子とか、私達とそんなに歳が離れてない人とか・・・・・・居たしね。それに・・・・・・」

「それに?」

アタシが首を傾げると、ミコトは俯きながら暫く口籠り、そして呟きだした。

「それに・・・あの榛名って子・・・・・・あまりに・・・・・・似過ぎてたし・・・・・・龍驤ちゃんの・・・・・・・あの恰好は・・・・・・」

そう、確かに似過ぎていた。

榛名と名乗る女性が・・・・・・アタシ達と同じ孤児院で暮らしていた・・・・・・白凪カヤに・・・・・・。

そして、龍驤の格好・・・・・・。

あの服装は私達にとっては忘れ去りたい記憶を連想させる要素でしか無かった。

「榛名の事、アイツはそれを今確かめに行ったんでしょ。それに龍驤は『あの作戦』とは無関係っしょ? だから不安がる事ないの。もう終わった事なんだし」

「う、うん・・・・・・」

アハハ、と。

そんな空笑いを交えつつ、私は答える。

その言葉に、ミコトは胸元で右手を拳に変え、小さく頷いた後に前を向いた。

その目には弱いなりにもしっかり前を見据えようとする力強さが感じられる。

ねぇ、ミコト・・・・・・今言った言葉なんだけど。

本当はアタシに向けて言ったようなものなんだよ。

不安なんだ。

榛名はカヤじゃないのかって。龍驤はあの件の関係者だったんじゃないかって。

もしも・・・・・・もしも、二つの予想が的中しちゃったら・・・・・・。

アタシ達はどうなっちゃうのかな?

だから・・・・・・思っちゃうんだ。

このままウゲツの所に辿り着かなきゃ良いなって。

このまま・・・・・・事態が進まなきゃ良いなって。

 

 

「爺さん!!」

俺は比佐山大将が居るであろう執務室の扉をノックもせず抉じ開けた。

目の前には机に向かったまま驚きの表情を浮かべる老年の男性が一人。

比佐山(ひさやま) 王座(おうざ)大将だ。

「おぉ、ウゲツ。どうした、そんな険しい表情を浮かべて」

「恍けるな! アイツらは一体何だ! 若い女性どころか子供の命まで使って!」

「・・・・・・そうか。丁度顔合わせの時間だったか」

爺さんが近くの時計に視線を移しては独り言のように呟く。

そんな悠長な姿を見せられ、俺は余計に腹が立った。

「で、お前さんはその顔合わせを抜け出して私の所に来たわけか」

「あんなものを見せられて黙って居られるわけないだろうが・・・・・・!」

「お前さんの性格を考えればそうだな。あそこを抜け出したから聞いていないと思うが、後でお前さん方に会いたい者が居るそうだ」

「今はそんな話をしに――――」

「まぁ聞け。その人はな・・・・・・強化水兵の開発者だ」

その言葉に、怒り一色だった頭の中が一瞬にして真っ白になった。

今この人は何と言った?

強化水兵の開発者?

何故そんな奴が俺達に会いたがる?

驚愕したまま、気が付けば俺の中で渦巻く感情は憤怒から混乱へと切り替わっていた。

「そいつに話を聞けと? 随分と大胆な事を考えたじゃないか、爺さん。今の俺の様子を見てみろ。そんな奴と会わせたらどんな事になるか分かったもんじゃないぞ」

「確かにそうだな。だが、向こうさんは会いたがってる。それにな・・・・・・強化水兵に関しては私からは簡単な事しか話せん。開発局とはそういう約束事になってるのでな。それでも良いか?」

「――――あぁ、構わない」

「そうか。では、一先ず座れ。この手の話を聞くなら一旦気分を落ち着かせた方が良いだろう」

爺さんが机の前にある応接用のソファーを指差すと、俺は大人しくそのソファーに腰を下ろす。

確かに立ったままの時よりは若干気分が落ち着いた気がする。

「まずは強化水兵の事から教えるとしよう。私の話せる範囲でな」

「あぁ・・・・・・」

「あの子達を見た時、お前はどう思った?」

「・・・・・・人間にしか思えなかった。だが、直感的に・・・・・・分かった。俺達とは違うってな」

「そうか。それは正しい見方だ。・・・・・・あの子達は確かに人間だ。いや、"だった"と答えるのが正しい表現か」

予想通りの答えとはいえ、実際に言われると心にキツいものを感じる。

怒りのせいなのか悲しみのせいなのか、組んでいた俺の手が微かに震えていた。

「人間だった、と言うのには理由がある。あの子達が自身の名を名乗った時、お前さんも違和感感じたんじゃないか?」

「あぁ、あいつら自分を軍艦だと思い込んでいた」

「そうしなければ扱えない武器があるからだ」

自身を軍艦と認識しなければ使えない武器?

そんなものがこの世界に存在するのか?

「爺さん・・・・・・それは冗談なのか?」

「残念だが、我が子が深刻そうな顔をしてる時に悪質な冗談を言えるような性格はしてないんだがな」

困ったように首を横に振る爺さん。

答えを返してくれるとはいえ・・・・・・余計に分からなくなってきた。

イヅキならいきなり叫び出しても可笑しくないレベルだぞ、これは。

「強化水兵が人間だったってのは理解した。いや・・・・・・確認したかっただけ、か」

人間そっくりの機械人形、なんていう映画みたいなものであれば少しは救われたかもしれない。

そんな限りなく0に近い願望に俺は縋りたかっただけなんだ。

もう一つの疑問に対しても・・・・・・俺は藁にすらならないものに縋りついてるだけなのか。

「爺さん・・・・・・あの榛名って奴の事なんだが・・・・・・」

「失礼しまーす!」

「し、失礼します!」

覚悟を決めて尋ねようとした瞬間、バンッと扉が開かれイヅキとミコトが入ってきた。

調子を狂わされ、思わず額に手を添えてしまった。

「おぉ、娘達! 今回も無事に帰って来てくれて嬉しいぞ! 怪我は無いか? 体調は悪くないか?」

「心配性だね、インチョーは。帰投した直後は流石にアレだったけど・・・・・・今は大丈夫だよ」

「そ、そうだね。流石にアレだったけど・・・・・・ありがとね、御爺ちゃん」

嬉々とした表情でイヅキとミコトを爺さんが迎える。

疲労のせいもあってか何処か弱々しくも笑顔を浮かべる2人に対し、爺さんも何かを察したのか――

「そうか。目的があってとはいえ、辛い役目を担わせてしまって本当にすまん」

席を立つと、俺達に向かって頭を下げた。

その姿は立場上マズいものがあるので、俺達3人は慌てて辞めるよう呼びかけた。

爺さんが席に再び座る頃には、今まで忘れていた疲労感を一気に感じるようになってしまった。

「で、何しに来たんだ? お前達は」

嫌味に聞こえてしまうかもしれんが、そう言わずにはいられなかった。

「う、ウゲツ君・・・・・・あのね」

「はぁ!? アンタがあの場でいきなり意味不明にキレて飛び出して行ったからこうしてわざわざ来たんでしょうがっ! あの後大変だったんだからねっ! お陰で強化水兵の子達のアンタに対する第一印象は最悪中の最悪だったんだからっ!」

「・・・・・・・・・・・・あっ」

しまった!

額に手を添えたまま項垂れてしまう。

榛名を見た途端つい感情的になってしまったのが仇になってしまった・・・・・・。

血管が浮き出ても不思議じゃない程の怒りをイヅキが見せても不思議じゃない。

「あ、あのねウゲツ君。確かにイヅキちゃんの言う事も事実だけど・・・・・・皆、ウゲツ君が謝ったら許してくれるって。ウゲツ君が強化水兵の皆さんを嫌がってるように見えちゃったから皆も勘違いして怒っちゃったんだよ。だから、理由を話せば大丈夫ッ」

イヅキとは正反対に、俺に対し必死にフォローを入れようとしてくれるミコト。

その優しさに俺は先程までの怒りを忘れ、思わず口元に笑みを浮かべてしまった。

「あ、あぁ・・・・・・悪いな、ミコト・・・・・・イヅキ・・・・・・」

「まぁ、アンタのおかげでアタシ達も正常で居られたってのがあるし・・・・・・謝る時の手伝い位ならするよ。それに、あと一人強化水兵が居るらしいし、せめてその子の前ではちゃんとしてよね」

「? あぁ・・・・・・」

俺のおかげで正常?

頬を指で掻きながら気まずそうに答えるイヅキを見て、俺は心の中で首を傾げてしまう。

「そ、それで・・・・・・榛名さんの事、聞いた?」

成程、そういう事か。

不安一杯と言わんばかりに尋ねてくるミコトを見て、俺は確信した。

こいつらも結局榛名がカヤなのか、それが気になっていたのか。

強化水兵に対する複雑な感情のせいもあり精神的に不安定になりかけていた時に、俺が感情任せに飛び出した事で正常な思考を保てた・・・・・・理解した。

「いや、丁度訊こうとしてた時にお前達が来たんだ」

「そっ、なら好都合ね」

イヅキが微かに笑みを浮かべると俺の向かい側のソファーに腰を下ろす。更にミコトがその隣に座った。

全員が一旦緊張をほぐす為に深呼吸をした。

3人とも顔には会議室の前に居た時と同じ不安に満ちた表情を浮かべている。

イヅキとミコトに視線で準備が良いか問い掛ける。

2人とも小さく頷きを返し、俺は爺さんの方に顔を向けた。

「爺さん・・・・・・榛名って名乗った女の事なんだが・・・・・・アレは・・・・・・」

「あぁ・・・・・・お前達の予想している通りだ」

躊躇いも無く、オブラートにも包まれていない、ただ的確に放たれる言葉。

そう告げる爺さんの顔からは先程までの朗らかな表情は既に消えていた。

代わりにどこか悲哀を感じさせる、だが確かに大将としての威厳を感じさせる、そんな表情が刻まれていた。

身体に重い鉄板で弾かれたような衝撃が走る。

何かの間違いであってほしい。他人の空似であってほしい。

心の中では何度も何度も繰り返し・・・・・・そう願っていた。

同時にどこかで確信してしまっている自分も居た。

そんな自分を認めたくなかった。

榛名はカヤじゃないと。カヤは普通に日常を過ごしていると。

イヅキは俯き、唇を強く噛み締めていた。

ミコトも俯きながらスカートを強く握りしめている。

「か・・・・・・カヤは・・・・・・何で自分から・・・・・・そんな馬鹿な事を望んだんだ・・・・・・?」

声を発して、初めて気付く。

震えている。先程の手のように――――。

声だけじゃない、全身が戦慄いていた。

血の繋がりは無くとも俺達にとって妹のような人間が、人間では無くなってしまったのだ。

疑問――――心の中に渦巻く感情は既に憤怒でも混乱でも無く、その靄のような存在だけになっていた。

「すまんな。私にはその理由をお前さん達に教えてやる事は出来ない。それを教えてやれるとすれば・・・・・・今は棺良坂博士だけだ」

「棺良坂? 棺良坂って・・・・・・ナノマシン医学を作り上げた棺良坂マキナか?」

その名を知らない者は今の世の中には殆ど居ないだろう。

9年前、当時17歳でナノマシンを医療業界に普及させ医療技術そのものを急成長させた天才、棺良坂(かんらざか)マキナ。

軍事とは無関係な立場の人間だと思っていたが・・・・・・まさか対大蛇兵器開発プロジェクトに関わっていたのか。

「お前さんの言う通りだ、ウゲツ。棺良坂博士が強化水兵を生み出した」

静かな口調で爺さんは答え続ける。

「・・・・・・棺良坂博士は俺達の問いに答えてくれるのか?」

「博士がお前さん達を気に入れば・・・・・・或いは、な」

科学者は気紛れって事か。

爺さんの曖昧な言葉に、思わず溜息を吐く。

「山基さんは顔合わせの後の指示を何か出していたか?」

未だに俯いてる2人に問い掛ける。

落ち込んでいる時にこんな事を尋ねるのはどうかと思うが・・・・・・俺にはもう此処に居る理由は無い。

大雑把とはいえ、知りたい事は知った。

知ったからどうする、という疑問に対し何も出来ない事を知った。

どうにも出来ない事が現実だと知った。

惨い光景を見た後に酷な光景を見せられて冷たい真実をぶつけられて・・・・・・散々すぎる一日だ。

「・・・・・・・・・・・・」

イヅキは何も答えない。

まぁ、そうだろうな。家族を兵器に変えられたら普通はそうだ。

俺だって気を抜いたら発狂してしまいそうな程、今は恐怖に近い感情を抱いてしまっている。

「・・・・・・強化水兵の編成は私達で決めろって・・・・・・編成の件については3日後に会議を行うから・・・・・・そ、そこで・・・・・・報告。・・・・・・顔・・・・・・合わせ終了後から明日正午までは強化水兵は最終調整・・・・・・明日14時以降であれば面会・・・・・・出来るって・・・・・・棺良坂博士って人との・・・・・・面会は後で連絡・・・・・・」

意外にもミコトが問いに答えてくれた。

嗚咽が雑じってしまいながらも、しっかりと。

大蛇の件に続き強化水兵の件だ。

泣いてしまっても誰も責めるわけがない。

責めていい訳がない。

きっと俺達の中じゃミコトが一番心が強いんじゃないだろうか。

臆病な心の奥底には誰よりも強い何かを秘めている――――そんな気がする。

「・・・・・・ありがとう」

礼を告げると、俺はソファーから立ち上がる。

「邪魔したな、爺さん。いきなり怒鳴ってしまって悪かった」

「気にするな。私こそ辛い役目を押し付けてしまって本当にすまない」

爺さんの言葉に軽く手を振って返答すると、俺は部屋を出た。

恐らく俺は誰よりも弱い。

知りたくもないのに真実を知ろうとして、いざ知ってしまい何も出来ないと理解してしまうと心の何処かで踏ん切りをつけてしまう。

逃げてしまってる、とでもいうのだろうか。

悔しい、と言えば悔しい。

憎い、と言えば憎い。

だが・・・・・・一体誰を憎めばいい?

軍か? 爺さんか? 大蛇か? 大蛇を生んだ誰かか?

結局誰を恨んでも何も変わらない。

林檎が樹から落ち地に着いてしまうように、起きてしまった事はもう止められないのだ。

そして彼女達が強化水兵となってしまった以上、もう手遅れなのだ。

一度溶けてしまった雪が元に戻る事が無いように、彼女達はもう戻れない。

確証は無いが・・・・・・彼女達を見た瞬間、俺は何故かそう思った。

そう思った瞬間、俺は自分が人間である事にさえ絶望しそうになった。

人間を作り変えてしまう人間が人間として定義されてしまっている世界に人間として存在している。

人間とは一体何なのだろうか・・・・・・。

 

 

気を紛らす為に基地内を歩いていると、途中で山基さんに遭遇し、数分間説教を受けた後に一度帰宅を薦められた。

棺良坂博士は強化水兵の最終調整が終わるまで身動きが取れないらしく、俺達に会いに来るのはそれが終わってからになるそうだ。

この僅か数分の説教により、俺の気力ゲージは黄色から赤色に変わったと言っても良いだろう。

 

俺の家は海軍基地の敷地内にある高層住宅の一室だ。

イヅキとミコトも同じ高層住宅に住んでいる。

司令部から家までは車で10分ほどの距離といったところだろうか。

普通なら自宅から司令部までバスで通えば楽なのだが、少佐としての立場のせいか車内が無駄に重い空気になるので徒歩で通っている。

健康法としても最適だ。

帰宅前に更衣室に併設されているシャワールームで汗を流し、私服へと着替える。

流石に制服のまま自宅へ帰ると帰宅途中に目立って仕方が無い。

いつだったかミコトとイヅキが制服のまま自宅へ帰ろうとしていた事があった。

2人は自転車で通っているが、流石にママチャリにあの制服は異色過ぎる組み合わせのため通りがかる者達から凝視され恥ずかしい思いをしたらしい。

制服を着たまま通うのはせいぜい自家用車通勤者くらいだ。

更衣室の出口に向かう途中、ドアが開き、2mはあろう身長の男がこちら側に歩いてくる。

神岬(かんざき) 悠騎(ゆうき)、日本海軍大佐。

たとえ生還率数%の過酷な任務に対しても、犠牲の基に成り立つ作戦を立てる事で必ず完遂させる事から『執行人』と呼ばれている。

勿論、執行人とは尊敬の意で呼ばれているわけじゃない。

畏怖と嫌悪が込められた徒名だ。

直属の部下でも彼を尊敬している人間は5人も居ないだろう。

寧ろ、転属願を出す者が日々絶えないという噂がある程だ。

・・・・・・勿論、俺もこの人は苦手だ。

ある程度大佐との距離が縮まると一度立ち止まり敬礼。そして、空かさずすれ違う。

言葉すら交わすのも嫌だった。

雑に伸ばされた髪、前髪も長いせいで此方からは目が見えず不気味な印象を感じてしまう。

そのせいで白い軍服が死装束を連想させるようで、余計に不気味さが増して見える。

気味が悪い・・・・・・。

「・・・・・・9隻で仕留めたそうだな」

背後から低い声が聞こえてくる。神崎大佐の声だ。

今、更衣室には俺と大佐しか居ない。

それに独り言を言うような人でも無い。やはり俺に対してか。

「死人は出てしまいましたが・・・・・・。軍規違反に対する説教でしょうか?」

本来はミコトの独断で対蛇兵器を持ち出してしまったが俺やイヅキにも連帯責任はある。

頭の固い性格の奴から見れば俺やイヅキも説教の対象なのだろう。

「・・・・・任務は結果が全てだ。幾ら死人が出ようと成功したのなら文句は無い」

静かな口調でそう告げると大佐は更衣室の奥部へと行ってしまった。

死人の数よりも結果、か。

軍の視点から見れば、それは正しい事かもしれない。

だが、犠牲を前提とした戦はやはり何処か間違っている。

人あってこその軍だ。故に人の命も許される限り大事にされるべきだろう。

気分が悪い・・・・・・。

 

 

どんな気持ちを持てば良いんだろう――――。

さっきから、そればかり考えてる。

家族同然に暮らしてた子が強化水兵にされてたり、私達と年齢が変わらない子からずっと年下の子までもが強化水兵にされてたり、しかも人間である事さえ忘れさせられていて・・・・・・。

軍がやっている事に不安と恐怖を感じてた。

ウゲツ君もイヅキちゃんも同じように感じてるからこそ戸惑ってるんじゃないかな。

本来、艦体を指揮する司令官と水兵を指揮する司令官は別に存在する。

だから私達は水兵を指揮する権限は無いはず。

きっと・・・・・・彼女達は名前こそ水兵とされてるけど、軍艦として見られているから・・・・・・上層部が指揮権を私達に委ねてきたんだと思う。

でも・・・・・・。

 

――――なんで私達なんだろう。

 

事ある毎に言っている、この台詞。

 

逃げ口上だ。

 

本当は――――心当たりはある。

大蛇討伐に優先的に選抜される理由も、強化水兵さん達の指揮官に選ばれた理由も。

『あの作戦』だ。

私達が『あの作戦』に関わって・・・・・・生き延びたから。

私達があの子達に近い人間だから。

だから選ばれたんだ。

御爺ちゃんに。上層部に。

普通の艦を指揮するなら・・・・・・言葉は可笑しいけれど・・・・・・まだマシだよ。

装甲が視界の妨げになって・・・・・・ハッキリと人が死ぬ瞬間が・・・・・・見える事が・・・・・・滅多に無いから。

でも今度は違う。

あの子達が自分の身体を武器にして戦うんだ。

だから、傷付く瞬間を見る事にもなるし、私達よりもずっと危ない状況下で戦う事になってしまう。

私達の命令一つで彼女達の命の行方が決まってしまう。

やってる事は今までと変わらない。でも重さが変わってくる。

幼い子達の命まで私達の命令で左右する事になる。

そう考えると体の震えは延々に続き止まらなかった。

人間じゃない、そうは言うけれど・・・・・・どう見てもあの子達は人間だよ。

「ね・・・・・・ねぇ、イヅキちゃん」

おじいちゃん・・・・・・大将の執務室に来た山基さんから「帰宅しても良い」と指示が出たので私とイヅキちゃんは更衣室に向かう事にした。

「なに?」

隣を歩いてるイヅキちゃんはこっちを向かず、何やら考え込んでるような表情で返事を返してくれた。

でも・・・・・・流石に悪いよね。

今はきっとイヅキちゃんも色々と考えてるんだし。

私の不安を押し付けるような事を言っちゃ・・・・・・駄目だよね。

「ご、ごめんね。なんでもない」

咄嗟に空笑いを交えながら首を左右に振ってしまった。

それ以降は、お互い無言。

ふ、普段は他愛の無い話を結構してるんだよ?

でも、ちょっと気まずい。

キツい事は色々あったけれど、話題が無いのは辛い。

試しに辺りを見渡すけれども通路しかない。

会話のネタが・・・・・・無い。

そこでふと背後から足音が聞こえた。

振り向くと、曲がり角からウゲツ君がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

男子更衣室から出口に向かうには一時的に私達と同じ道を通る事になる。

にしてもシャツに七分袖のカーディガンという組み合わせ・・・・・・ウゲツ君、ファッションに興味無さそうに見えるけど結構センスには拘ってるよね。

髪を染めるのは嫌ってるから黒いままだけど、髪型には気を遣ってるみたいで、わざわざ市街の美容室に通ってるみたいだし。

襟足とか特にカットデザインに拘ってるよね、絶対。

って、今はそういう事に注目してる場合じゃないよね!

イヅキちゃんはまだウゲツ君に気付いていない。

ウゲツ君は・・・・・・っと、今こっちに気付いたみたい。

あっ、ちょっと面倒そう・・・・・・っというか嫌そうな顔をしてる。

タスケテ! キマズイ!、と目で訴えてみる。

向こうは、ガンバレ! ハヤクカエリタイ!、と片手でジェスチャーしてきた。

酷すぎるよ・・・・・・。

ソコヲナントカ!、と目で訴えてみる。

「ミコト、さっきからなに後ろ見てん・・・・・・の」

あっ、イヅキちゃんも気付いたみたい。

むっ、としたような表情になってる。

ウゲツ君の顔も更に面倒そうな表情になった。

私含めて三人とも足が止まったよね・・・・・・。

そして数秒後――――その静寂を斬り裂くかのように、イヅキちゃんはズカズカとした足取りでウゲツ君に近付いて行った。

「エーシェルバックスのクリーミーバナナフラペチーノ・・・・・・」

「・・・・・・は?」

不機嫌そうにイヅキちゃんが呟くと、ウゲツ君が怪訝そうに問い返す。

「アタシとミコトにエーシェルバックスのクリーミーバナナフラペチーノ! アンタの驕りね。あれだけ人様に迷惑かけたんだから当然でしょ?」

ビシッと指差して凄い唐突な事言っちゃったよこの人!

「えっ? えぇっ!? わ、私はいいよ! ウゲツ君、わ、私は大丈夫だから! そんな気遣い要らないから!」

「――――いや、悔しいが今回ばかりはイヅキの言い分も筋が通ってる。奢ろう」

微かに苦笑を浮かべながらウゲツ君が折れた。

でも、本当に奢ってくれなくても・・・・・・。

イヅキちゃんは「おしっ!」と拳作ってるし・・・・・・。

余程甘い物欲しいんだね・・・・・・。私も甘い物好きだけど・・・・・・。

「それじゃ、アタシ達シャワー浴びてから着替えるから40分くらいしたらホール前に集合ね」

「あぁ、分かった」

こうして私達は更衣室に向かう事になった。

あんな高校生みたいなやり取りをしてたけど私はちゃんと分かってるよ、イヅキちゃん。

3人で話したいから、わざとそんな事言ったんだって。

「イヅキちゃん」

「なに?」

「ありがとう・・・・・・」

「ん? あぁ、さっきのエーシェルの件? アレくらい要求しとかないとアタシ達損ばっかでしょ」

「もう、イヅキちゃん鈍いなぁ」

恍けてるのか本当にそう思ってたのか分からないから、思わず笑ってしまった。

でも・・・・・・少しだけ心が軽くなったように感じられた。

やっぱり2人と居ると落ち着くね、本当に。

 

 

40分後時間通りにイヅキとミコトが集合場所にやってきた。

「随分と眠そうだな、君・・・・・・」

「ふぇっ・・・・・・?」

イヅキの顔は異常な程睡眠を欲してそうだ。

「え、えっとね・・・・・・イヅキちゃん、シャワー浴びてる最中に数分くらい寝ちゃってたみたいで・・・・・・」

「・・・・・・成程な」

今日の流れを考えれば、疲れてない方が可笑しいくらいだ。

夜明けと共に出撃し、帰投直後に未知との遭遇。

心身ともにボロボロだろう。

「君、気分的にカフェイン摂取したいからエーシェルバックスの名前を出したな?」

「へ? あ・・・・・・アハハハハ~! やだなー、もう! そんなわけないじゃない!」

無理矢理平気そうな素振りを見せ付けるイヅキだが、かえって痛々しい姿にしか見えなかった。

「と、とりあえず行こう? 日が暮れちゃうよ」

「あぁ」

「はいはーい」

こうして俺達は軍の敷地内にあるカフェことエーシェルバックスに向かう事になった。

エーシェルバックスは日本全国に展開されているコーヒーチェーン店だ。

要塞島には総司令部居住区と軍事施設の境に中る場所に1店設けられている。

軍関係者はもちろん要塞島の住人にとっても憩いの場の一つとして愛されている。

隣には公園もある為、店内が混雑してる際は非常に便利だ。

だが、この公園が賑わうのは休日の昼時くらいであり、それ以外は殆ど人が居ない。

大蛇の出現により住民の殆どが気軽に外を出歩けなくなってしまったからだ。

あの兵器は命だけでなく人々の笑顔や自由さえ奪っている。俺達以外誰も居ない公園を見て、俺はそれを痛感させられた。

イヅキに2000円を渡し、俺はその哀愁漂う空間に備えられていたベンチに腰を下ろす。

茜色の空に穏やかな風、サラサラと揺れる木々の音が気持ちに穏やかさを与えてくれる。

大蛇との戦闘や強化水兵の存在、そんなものが実は無かったんじゃないかと思える程・・・・・・。

「おまたせ! アイスティーしか無かったけど良かったかな?」

「・・・・・・・・他の商品は品切れだったのか?」

「い、イヅキちゃん・・・・・・そのネタ、多分ウゲツ君は知らないと思う・・・・・・」

ネタだったのか。

俺は本気でアイスティーしか無い物だとばかり・・・・・・。

「はい、ウゲツ君。ドリップで、ミルク1個だけで良かったよね?」

「あぁ、すまない」

ミコトからカップとミルクを受け取る。

だが、この時俺は違和感を感じた。

何かを受け取り忘れている・・・・・・。忘れてはならない何かを・・・・・・。

「おい、イヅキ。君、何か俺に渡し忘れてないか?」

「エッ?」

ビクッと震え、目が泳いでる。

そして思い出したぞ、こいつが何を渡し忘れているのかを。

「イヅキ、釣銭はどうした?」

「いや、実はね・・・・・・そのぉ・・・・・・」

「ドリップ350円、君達のクリバナナ何とかは550円だったな。つまり550円は返ってくるはずだ」

「だから・・・・・・そのね・・・・・・ほら、よく言うじゃない? 金は天下の回りものって」

「いいから早く渡せ」

「ごめん! ドーナツ2個買っちゃって・・・・・・50円しか・・・・・・」

テヘペロ、と笑って誤魔化す女が1人。

恐る恐る俺の掌に差し出される50円玉が1枚。

傍らではミコトがオロオロと動揺している。

「ミコト、まさか君も共犯か?」

「違うの違うの違うの! わ、私はちゃんと止めたんだよ? で、でもイヅキちゃんが大丈夫だって言うから・・・・・・」

「あっ、ミコト! アンタ、アタシのせいにする気!?」

「いいから1人250円ずつ俺に返せば問題ないだろうが!!」

思わず怒鳴ってしまった。

だが、飲み物しか奢る気が無かったのでフード代は自費で負担するべきだ。

俺は間違ってはいないぞ。

「はい・・・・・・」

「ご、ごめんね」

2人が大人しく250円を差し出してきたので遠慮なく受け取った。

 

それから暫くの間、俺達は何一つ言葉を発さなかった。

耳に入ってくるのは風の音、そして遠くから聞こえる車のエンジン音のみ。

誰かが口を開けば、その瞬間現実と向き合う事になる。

俺達は無意識にその事を理解していた。

「ね、ねぇ・・・・・・」

沈黙を破ったのはミコトだった。

「2人は・・・・・・その・・・・・・心の整理はついた・・・・・・の?」

その問いに対し、俺はイヅキを見る。

イヅキは俯き、只々口を噤んでいた。

無論、その行為に対し俺は何かを言えた義理でもないし、俺が罵られても文句は言えない。

俺自身、ミコトの問いには答えられなかったからだ。

俺は・・・・・・彼女達とどう向き合えば良いのか分からない。

「その前に・・・・・・君達は強化水兵を見て・・・・・・どう思った?」

こいつらの話を聞けば何か見つかるかもしれない。何となくそんな気がした。

俺の言葉に、俯いてたイヅキは顔をあげたが、表情は暗いままだ。

ミコトは「うーん」と唸りながら考え込んでいる

「アタシは・・・・・・正直、あの子達が人間じゃないと云われても実感とか湧かないかな。ただ軍艦の名前を名乗ってる女の子くらいにしか見えないよ」

「わ、私も同じ・・・・・・。でも・・・・・・初風ちゃんと時雨ちゃんを見て・・・・・・何となく分かった。あんな小さい子達でも大蛇と生身で戦える力があるんだなって・・・・・・」

2人の意見はどちらも共感できるものであり、俺達が視覚で得られる情報はそれくらいしか無かったという事実を再認識させられるだけだった。

「あっ、でも」

ふと思い出したようにイヅキが俺を見た。

「アタシ、強化水兵っててっきり仮面ライダーやサイボーグ忍者みたいな姿をイメージしてたからその点ではかなりビックリしたかも」

「イヅキちゃん、またそれ言うんだね」

ミコトが苦笑いを浮かべながら反応に困っていた。

確かに『強化水兵』という言葉を聞くと異常な筋肉を持つ男性の姿か特殊な装甲を纏った兵士の姿を連想してしまう。

分からなくもない。その視点から考えると、女性のみである事には驚いた。

「強化水兵の噂についても・・・・・・内容は様々だったな」

「わ、私は、軍艦を使わずに大蛇と戦えるよう人間そのものを兵器に変える計画がある、って聞いてたかな。その噂に関しては」

「アタシのは・・・・・・確か、水上移動を可能とする強化装甲を開発し、それに見合う肉体改造を施された人間を強化水兵と呼んでる、って感じの噂だったかな」

「俺が聞いたのは2人の噂を混ぜ合わせたようなものだな。確か、人体を薬物により強化させ水上移動を可能とする義足を付けさせる事で大蛇と戦う事を可能とした兵士、だったか」

やはり都市伝説は都市伝説、と言ったところか。

共通点は人体そのものに改造が施されている、という事くらいだ。

そう考えると今日見た彼女達の姿にも納得がいく。

武装こそしていなかったが、見た目は普通の女性だ。

身体そのものに秘密があると考えて良いだろう。

「爺さんは言っていた。彼女達は自身を軍艦だと認識しなければ扱えない武器を使う、と。それに開発者はナノマシン医学に長けた人物だ。彼女達はナノマシンによって肉体改造を施されたと考えるのが妥当だろう」

「軍艦だと認識しなきゃ扱えない武器? そんなもの存在するわけないじゃない」

「俺も爺さんの冗談だと思った。けど、嘘を言っているようには見えなかった」

「で、でも・・・・・・人体そのものが改造されてるのなら・・・・・・あの子達が人間と変わらない姿にしか見えなかったのは・・・・・・納得できるかも・・・・・・」

「あぁ。アイツらが自身を軍艦だと認識している素振りを見せてきたから俺達は彼女達を人間じゃない、と認識する事が出来てしまった」

だが、自身を軍艦として認識する、というのは明らかに妙だ。

催眠術による記憶操作にしてもあそこまでは出来ないはずだし、催眠術は一定時間が経過すると効果が消えるはずだ。

だとしたら・・・・・・どうやってあそこまで徹底的に記憶を変える事が出来た?

山基さんは脳強化を施している、と言っていた。

だが脳を強化するとはどうやって?

そもそも彼女達は"どこまで軍艦として認識"しているんだ?

――――今はそこを考えても仕方が無い。

今は彼女達に向き合う覚悟を決めなければいけないんだ。

その為には・・・・・・。

その為には彼女達を"何"として見るか――――そこで全てが決まる。

「やっぱ・・・・・・あの子達の事は棺良坂って人に直接会った時に全部聞き出すしかないよね」

「でも・・・・・・その前に心構えだけは・・・・・・しておかなきゃ・・・・・・」

人間として扱ってはいけない。

彼女達は戦う為に作られた。

だが、彼女達は人間に近い存在だという自覚も持っている。

同時に軍艦である自覚もある。

そして榛名はカヤだ。

俺は・・・・・・。

俺は"もしも"の時、全員を平等に見る事が出来るのか?

カヤに・・・・・・死ね、と命令できるのか?

「ね、ねぇ・・・・・・ウゲツ君・・・・・・」

「・・・・・・なんだ?」

ミコトが心配そうな表情で俺の顔を覗き込んできた。

「ウゲツ君が・・・・・・本当に話したかった事・・・・・・別にあるんだよね?」

図星だ。

本題については・・・・・・目を背けていただけだ。

実際、強化水兵の事はそこまで重要じゃない。

俺が本当に話したかったのは・・・・・・カヤの事だ。

「君達は・・・・・・もし自分の隊にカヤが来たら・・・・・・どうする?」

その問いを投げてみるも返事が来る筈などなかった。

きっと気付いたんだろうな。俺が考えている事に。

「俺達は指揮官だ。誰か1人を特別視するなんてのは許されない」

「そんなの・・・・・・分かってるよ」

イヅキが苛立ったような声で返してきた。

「分かってるよ・・・・・・アンタが言いたい事。万が一の時、カヤに死ねって命令できるかって事でしょう!? そんなの出来るわけないじゃない! 妹なんだよ!? 妹に死ねと言える姉や兄が何処に居るっての!?」

「イヅキちゃん!」

イヅキに乱暴に胸倉を掴まれ、怒りの眼差しを向けられる。

ミコトはその光景に対し慌ててイヅキの腕を掴み止めようと試みたが――――。

「ミコト、アンタが言ってた心の整理ってのもそういう意味なんでしょ!? 全員守るとか、死ねと命令をする必要の無い指揮を取れば良いとか、そんな綺麗事は通用しないから覚悟を決めましょうって事が言いたかったんでしょ!」

「ち、違うよ・・・・・・わ、私・・・・・・そんな・・・・・・」

「ねぇ・・・・・・どうすれば良いっての・・・・・・。山基さん言ってたよね? あの子達は皆望んで強化水兵になったって・・・・・・。それじゃカヤは・・・・・・なんで・・・・・・」

次第に俺の胸座を掴んでいる手は緩み、イヅキはそのまま地へと崩れてしまった。

何故カヤがそんな地獄を選ぶような真似をしたのか。

それを棺良坂博士が知っていると爺さんは言っていた。

だが、俺達にその理由を聞いてから気持ちの整理をする、という悠長な選択肢は存在しない。

否が応でも俺達は強化水兵の指揮官になるしか道は無い。

気持ちを固めておかなければ・・・・・・また今日のような躊躇が繰り返されるだけだ。

 

ウゲツ、結果はどうあれ君の"風向き"は良好じゃないか。

 

心の中で俺が囁きかける。

確かに大蛇を破壊・・・・・・否、殺したい。

叶うなら俺の手で。

奴の心臓にナイフを何度も突き立ててやりたい。

奴の本体に拳銃を何度も発砲してやりたい。

綺麗な心を保ちたいと考えるな。お前もイヅキもミコトも・・・・・・皆、既に穢れきってる。2人を助けるなんて大義名分を掲げておきながら、俺は2人を巻き込み共犯者にしたんだ。俺が大蛇に近付きたいが為に、2人を罪人に変えてしまった。

奪われたものを思い出せ。

その為に俺は何を決めた?

 

嗚呼、そうだ。

俺は――――。

 

「・・・・・・気持ちの整理、の話だったな」

「ウゲツ君・・・・・・?」

「・・・・・・」

イヅキは崩れたまま、地に視線を落としている。

「憶測だが強化水兵達は、自分を棄ててでも大蛇を殲滅したい理由があるから地獄を選んだ。カヤだって馬鹿じゃない。その選択肢が死ぬ事よりも辛いものである事は理解していただろう」

"生命"に人の手を加えた兵器は嫌いだ。それは俺の我儘だ。

アイツらの意志を無視して俺は自分の我儘で動いていただけだ。

「俺はアイツらをどう見て良いかなんてのは分からない」

誰かがアイツらの意志を導かなければいけない。

そして、二度とアイツらのような悲しい存在を生み出す事の無い世界に変えなければいけない。

ならば俺は全部受け入れよう。

地獄の道を選び、地獄の中で煮え滾らせた感情を・・・・・・俺が全て。

その意志を兵器にしたのなら、俺はその兵器を――――

 

遠慮なく使わせてもらう。

 

「だが俺はアイツらの為に戦う。アイツらのような存在を後世に出さない為に・・・・・・」

「凄いね、ウゲツ君・・・・・・あの子達を見た時の顔とは全然違うよ」

どこか安心したような笑みを浮かべながらミコトが拍手をしてきた。

それとは逆にイヅキは納得できない様子で呟いた。

「カヤは・・・・・・どうなるの?」

「カヤが俺達の為に強化水兵になる事を選んだのなら・・・・・・俺はカヤの意志を尊重する。だからこそ特別視はしない。俺はアイツらを"兵士"として見る」

「――――アンタは!」

怒りにも悲しみにも見える、そんな今にも泣きそうな表情でイヅキは俺を見据えた。

「アンタは・・・・・・本当にそれで良いの?」

「本音を言ってしまえば嫌に決まっている。だが、アイツを特別視して他の奴を犠牲にしたら・・・・・・アイツの性格だ。アイツは俺達を怒るどころか殺意さえ向けてくるだろうな」

そう告げると、イヅキは再度考え込むように黙ってしまう。

ついさっきまでの怒りや深刻そうな表情とは違って落ち着いた表情で思考を巡らしていた。

「そっか・・・・・・確かに・・・・・・そうだね。アンタ、本当カヤの事よく見てるよね」

クスクス、と静かに笑い出しながらイヅキは呟いた。

「イヅキちゃん・・・・・・」

 

「うん! お陰でアタシも心構えが出来た! ミコト、ウゲツ、アタシはあの子達を"戦友"として見るよ!」

 

「戦友かぁ・・・・・・イヅキちゃんらしくて良いかも」

納得したようにミコトは何度も頷いてる。

つまり仲間って事か。人間じゃない、だが人間に近い存在。

そんな存在に対し溝や距離感を与えない認識の仕方としてベストなのは仲間という見方だろう。

「お前は・・・・・・出来るのか?不平等無く、的確な命令が・・・」

「アタシ達、仮にも指揮官だしね。それに・・・・・・いつ誰が死んでも可笑しくない場所だもの。こうして3人が居るってだけでも不思議なんだし。だからさ・・・・・・覚悟は出来たよ。アタシは・・・・・・そんな命令を出さない為に、あの子達を死なせない為に指揮官やらなきゃ」

「死なせない為に、か」

「死ねって命令を出してしまう指揮官は・・・・・・指揮官として終わりだしね。アタシは最期まであの子らと同じ場所に立つつもりだよ」

その言葉には確かな重さがあった。

確かに俺達は何度も大蛇と対峙し、いつ死んでも可笑しくない状況の中を生きてきた。

幾度と迫り来る戦火の中――――それでも俺達は部下に対し一度たりとも『死』を命令した事は無いが、同時に何時死んでも可笑しくない状況だった。

俺達3人がこうして揃っているだけでも奇跡に近いかもしれない。

「で、ミコトは? 心の整理は出来たの?」

「う、うん・・・・・・。決まったというか・・・・・・2人みたいに明確なものじゃなくて・・・・・・曖昧なんだけど・・・・・・」

「別にミコトがあの子達と上手くやれるってんなら別に曖昧だろうが明確だろうが関係ないと思うけど」

「考えを必ずしも言葉にしなきゃいけないって事もないわけだしな」

「えっと・・・・・・そ、その・・・・・・怒らないで聞いてほしいんだけど・・・・・・私ね・・・・・・あの子達を支えられる司令官になれたらって・・・・・・」

「成程。ミコトらしい考えだね、それ」

「カヤを特別視する事は許されない。それを理解した上で言ってるんだな?」

恐らく強化水兵も精神面で揺らぐ事がある。

俺が飛び出した時あいつらが怒っていた、とミコトが言っていた事からそう予想できる。

そうなると確かに支えとなる存在は必要だろう。

それは間違った事ではない。

戦場は非情だ。全てを守る事など不可能に近い。

そこに純度100%の優しさを持ったまま赴いてしまったとしたら・・・・・・後に待つのは惨過ぎる結末しかない。

ミコトは確かに支援砲撃や情報戦においては一流だ。防衛戦においてもイヅキの次に良い。

しかし最前線の指揮となると・・・・・・こいつの能力は上手く発揮出来なくなる。

一度攻撃をされなければ攻撃すら行えない程、こいつは死にやすい軍人だ。

支援や情報のスキルが無ければ軍を辞めさせられていたと言っても過言じゃないが・・・・・・こいつが指揮官になれた理由は"確かにある"。

「私は『あの子達』を支える、と言ったんだよ? 1を犠牲にして100を守れるのなら、私はその選択を選ぶよ」

理想を求めつつも現実を理解している、だからこそコイツは少佐になれた。

何度も言った通り、いざという時は俺達の中で一番強いかもしれない心を、こいつは持っている。

「で、でも・・・・・・誰かに死ねと命令するような状況にだけは・・・・・・」

「あぁ。誰一人失う事の無く帰投させる、それが俺達の役目だ」

「ただ、いざという時にそんな命令が出せないようじゃアタシ達は生きていけないって事。此処しかアタシ達の生きられる場所は無いわけだし」

「2人とも・・・・・・やっぱり素直じゃないよね・・・・・・」

指揮官ってのは基本憎まれ役と汚れ役両方を背負わなければいけない立場だ。

素直になってたら判断力が鈍る。

だから、ミコトは異端だった。

俺達が支えてるというのもあるが・・・・・・それでも部下から慕われて軍務もしっかり遂行できるコイツは将来大きな変化を軍に与えられるんじゃないか。

時折そんな気がした。

「な、なぁ・・・・・・用件は今終わったと見て良いな?」

流石に作戦からの帰投、その直後に心の準備も無しに強化水兵と会わされ、感情任せに爺さんの所へ押しかけ、こうして真面目な話で精神を擦り減らされて・・・・・・。

疲労感が半端無い所か限界値を上回っている感じなのだが・・・・・。

「う、うん・・・・・・私からはこれくらい、かな」

「アタシは特に無いよ。奢ってもらえたし」

「なら、流石に帰らないか? 疲れた・・・・・・」

項垂れる俺の姿を見て、2人は申し訳無さそうに苦笑した。

 

 

翌日――――。

時間は午後1時。

山基さんより第二海軍兵器開発局の応接室へ13時までに向かうように指示が入った。

なんでも棺良坂博士がその時間に会いたがっているとの事だ。

要塞島には海軍の兵器開発局が2つ存在している。

1つは従来の戦争を想定した兵器の研究と開発が行われている海軍第一兵器開発局。

もう1つは大蛇討伐に特化した兵器の研究と開発が行われている海軍第二兵器開発局。

今の御時世も影響しているのか、第二海軍兵器開発局の方が建物は綺麗だし設備も良い。

応接室もデザイン会社のような内装をしているし、備え付けのインテリアもお洒落な物が多く、ソファも無駄に座り心地が良い。

俺の執務室を此処にしてほしいくらいだ。

俺が高級ソファの座り心地を堪能している傍らで、イヅキとミコトは応接室の片隅で浮遊している虹色の球体を眺めながら騒いでいた。

「ねぇねぇミコト、これ何だろう!? 変わった色した球体だけど!」

「えっと・・・・・・それ最近発売したピーナ社のスピーカーだよ。球体に掌を添えると――――」

ミコトが球体に触れると、球体の中から複数の小さな球体が出現し部屋の隅々に移動し始めた。

「今色んな所に飛んでいった球体がスピーカーだよ。で、私が触れた球体が今はリモコンに変わったんだ。色んなボタンが表示されてるでしょ?」

「はぁ~・・・・・・時代は進歩したんだねぇ」

「ちなみに、このスピーカーは空間を把握して一番良い音響になる位置を自動計算して移動してくれるんだよ。今はスピーカー使わないから戻しちゃうね」

再度ミコトが球体に触れると、隅々を飛んでいた小さな球体が瞬時に本体となる球体の中へ戻っていった。

今のスピーカー・・・・・・実際に使用している所を見てみたい気はする。

「ところでさ、13時過ぎても現れる気配は無いよねぇ。何かあったのかな? その棺良坂博士って人」

「13時ジャストに来るとは言ってないだろう。それに、研究者ってのは時間にルーズな奴が多いと聞くしな」

「う、ウゲツ君・・・・・・それ、研究者の人達に失礼だよ。時間に厳しい人もちゃんと居るよ?」

「・・・・・・すまない」

恐る恐るとした口調とは裏腹に厳しい眼差しでミコトが注意してきた事に対し、俺は反射的に謝ってしまった。

「まぁ、謝ってくれたのなら気にしないでオクワ」

俺はふとミコトを見る。

「わ、私じゃないよ」と言わんばかりに片手を横に振って返した。

次にイヅキに視線を向ける。

イヅキも「アタシじゃない」と言わんばかりに首を横に振った。

じゃあ誰だ?

俺達は一斉に入口へと視線を向けた。

視線の先には一見10代半ば、もしくは10代後半に見えなくもない少女が立っていた。

入口は自動ドアのため、開閉音は室内が静かでなければ聞こえない程だ。

つまりどこぞの2人が騒いでいたせいでドアが開いた事にさえ気付けなかったというわけだ。

視線の先に居る少女の特徴は、身長は160にも満たない程。

ゴシック調の黒いレースジャケットシャツに黄金色のプリンセスドレス、それに合わせたかのようなデザインの白衣を着込むという明らかに軍施設には不似合いなファッション。

髪は膝裏に届くほど長い銀髪、毛先は内側でカールが掛かっており、前髪には黒のメッシュが入っている。

日本人に近いが何処か異なる印象の顔貌と、発音が不安定な日本語も使用している事から、恐らく棺良坂博士の親族の方だろう。

棺良坂博士はロシア人とのハーフらしいしな。

「え、えっと・・・・・・お嬢ちゃんは棺良坂博士の妹さんかな?」

「失礼ネ。ワタクシがその棺良坂博士と呼ばれてる人物ヨ、クシナダショウサ」

ミコトが恐る恐る歩み寄り首を傾げると、不機嫌そうな表情で少女は答えた。

「い、イヅキちゃん・・・・・・」

対応に困ったらしく、助けを乞う眼差しをイヅキに差し向けるミコト。

「お嬢ちゃん、お姉ちゃんに憧れる気持ちは凄く素敵だよ。でもね、お姉ちゃんの名前を名乗っちゃうのはお姉さんはいけないと思うかなぁ?」

「アナタは噂通りのノーキンって感じみタイネ、スサノオショウサ。これを見ナサイ。そして、恥じナサイ」

微笑を浮かべながら接するイヅキに対し、引き攣った笑顔で答える少女。

少女は懐に手を入れ、自身のIDカードを取り出すと俺達に見せ付けてきた。

IDカードには少女の顔写真が載せられており、氏名欄には確かにこう書かれていた。

 

棺良坂(かんらざか) マキナ』

 

しまった・・・・・・!

俺は慌てて立ち上がり、棺良坂博士へ敬礼する。

イヅキも俺の様子で事態を理解したらしく同様に敬礼をした。

ミコトはというと数秒ほどオロオロとした様子を見せた後、俺達を真似るように博士へ敬礼を送った。

「ワタクシは軍人じゃないし、そういった礼儀は無用ヨ。それにアナタ達と年齢も変わらないし・・・・・・普通にしてもらって良イワ」

俺達の反応を見て面倒そうに返事を返すと、博士は俺の方へと歩み寄ってきた。

ゆっくりと、モルモットを観察するような眼差しを俺に向けながら。

「アナタがイザナミショウサね? アノコ達とヒサヤマタイショウから御話は聞いテルワ」

「・・・・・・さぞかし面白い話を聞かされた事でしょう」

溜息を交えつつ、俺は苦笑を浮かべながら答えた。

「そうなるのカシラ。でも、ちょっと予想と違った反応ダワ」

「予想と違った?」

「アナタにとって、白凪カヤの人生を狂わせたワタクシは憎悪の対象ではナクテ? だから出会い頭に凄い形相を浮かべながら殴りかかってくるとばかり思ってたのダケド」

口元に微かな笑みを浮かべながら、静かに語り掛けるように話しかけてくる。

確かに強化水兵を生み出したのは目の前に居るゴシックの女性だ。

爺さんと話していた時の俺であれば、この女性を殴りはしないが突き飛ばしていたかもしれない。

「生憎ですが・・・・・・女性を殴る趣味はありませんので」

「あら、なかなか紳士ナノネ。ウチのスタッフも見習ってほしいクライ。とりあえず座ッタラ? 立ち話も面倒ダシ」

「「「失礼します!」」」

3人同時に敬礼しソファに座ると、「だからそういうの不要ヨ・・・・・・」と眉を顰めながら博士が呟いた。

「そもそもワタクシをVIPみたいな認識というのがいけナイワ。今後お互いに関わる事が多くなるわけだし、云わばパートナー。年齢も2つしか違わないのだし・・・・・・友達みたいな感じで接しなサイナ。アナタ達3人、お互いに話し掛けてるような感じで良イワ」

いきなりとんでもない無茶ぶりが来て、イヅキとミコトは引き攣った笑顔を浮かべたまま硬直していた。

まぁ、無理もない。ツッコミ所は満載だ。

「つまり博士は26さ―――」

「答えを理解した上での質問は好きじゃナイワ」

年齢を訊こうとしたのに断絶されてしまった。

「さて、お互い名前は知ってるだろうけど簡単に自己紹介でもしまショウ。ワタクシは棺良坂 マキナ。物理学の研究をしてイルワ。アナタ達には第二海軍兵器開発局局長と名乗った方が良いかもしれなイワネ」

年齢に似合わない幼い顔立ちなのに、脚を組んでいるせいもあるのか、微笑みは妙に大人びた雰囲気を醸し出していた。

「えぇっと・・・・・・アタシは素戔嗚 イヅキ。ウゲツとミコトとは同期で海軍少佐やってます。って、こんな感じで良いのかな? マキナ・・・・・・さん?」

「90点ネ。ワタクシの事は呼び捨てで構わナイワ、イヅキ」

容赦ないダメ出しにイヅキは苦笑いを浮かべながら「ご、ごめんね」と返した。

一方、棺良ざ――――マキナは柔らかな微笑みを浮かべたまま頷いていた。

イヅキをここまで翻弄させるとは・・・・・・流石大物といったところか。

「え、えっと・・・・・・奇稲田 ミコトです。そ、その・・・・・・よろしくね? マキちゃん」

「ハラショー! 95点! その怯えた様子が無ければ満点だッタワ、ミコト」

微笑みに加えて拍手までしてきたということは、ニックネームで呼ばれた事が非常に嬉しかったらしい。

その様子にミコトは困ったような笑みと言えば良いのか、苦笑いと言えば良いのか、そんな微妙な表情を浮かべている。

ミコトは俺達に対しても普段はこんな感じだ。一種の個性と言っても良いほどにな。

「伊弉冉 ウゲツだ。その・・・・・・よろしく頼む。マキナ」

「いまいち萌えないタイプネ、アナタ」

「余計なお世話だ!」

残念そうな顔つきでイヅキ同様のダメ出しを出すゴスに、俺は怒りを抑える事で一杯一杯だった。

分からない。理解出来ないぞ、この女の思考。

「さて、アナタ達に会ってみたかった理由は色々とあるけれど・・・・・・まずはアナタ達の質問に答えてあゲルワ。可能な範囲で宜しケレバ」

「それじゃ御言葉に甘えてって言いたい所だけど・・・・・・その前に一つ良いかな?」

イヅキが警戒するようにマキナを見ている。

確かにこの状況は警戒すべきだろう。

一方的に情報を与えてくれる相手など先ず居ない。人間は必ずメリットを求めて情報を提供する生物だ。

なら、先に相手の目的を探るのが得策だ。

「何カシラ?」

「その服は・・・・・・どこで売ってるの? 原宿?」

「わ、私にも教えて!」

身内を信じた俺が馬鹿だった。

がくり、と。

絶望したかのように項垂れるしかない。

「この服、それと白衣は同僚の自作ヨ。服を作るのが好きなコがいルノヨ」

私の趣味じゃないけど服には拘らナイシ、とマキナは面倒そうに告げた。

どうやらゴスロリといったものに対する趣味はそんなに無いらしい。

「へぇー! そんな人が居るんだ! アタシにも紹介してよ!」

「わ、私も会ってみたいかな!」

「まぁ、嫌でも関わらなきゃいけないポジションに居るコダシネ。安心ナサイ。その内鬱陶しくなルワヨ・・・・・・」

興味津々と目を輝かせながら詰め寄る2人にマキナは心底面倒そうな面差で呟く。

「話が盛り上がってるところ申し訳ないが・・・・・・そろそろ俺も質問良いだろうか?」

「あら、大分不機嫌そうな顔ネ。何カシラ?」

再び出会い頭に向けてきたものと同じ眼差しを向けてくる。

微かに浮かべた笑みは人を観察対象のように見て楽しんでいるようだ。

・・・・・・気分が悪い。

「君の目的は何だ? 俺達に会いたかった理由もあるようだが、まさか純粋な親切心で情報提供してくれるわけでもないだろ?」

「アナタは人間というものが分かってルワネ、ウゲツ。まぁ、あの経歴なら嫌でも人間を熟知しちゃうカシラ」

意味深な発言に対し、俺達は身を強張らせた。

経歴――――つまり、マキナは俺達の過去を見た上で俺達を選んだというのか?

俺は2人へ視線を向ける――――イヅキとミコトの表情は平静を装っている。

そうだ、それで良い。

俺達は疾しい事などしてないのだから。

「なら先に話しておきまショウ。アナタ達にお願いがアルノ」

「お願い? モルモットならお断りだが」

「人をマッドサイエンティストのように見ないでちょウダイ。やってる事は変わらないかもしれないけど、これでも人としての良心も残ってるつモリヨ? アナタ達にお願いしたいのは・・・・・・強化水兵達の事ヨ」

そう告げた瞬間、マキナの表情はどことなく困ったような笑みへと切り替わった。

「アナタ達が想像してるようなえげつないお願いでは無いと思ウワ。だから安心してちょウダイ」

「だそうだよ? ウゲツ」

「う、ウゲツ君・・・・・・?」

「ふむ・・・・・・」

先程の口ぶりから察するに、マキナも人間というものを理解している性格と見て良いだろう。

その彼女が、俺達が想像してるようなお願いでは無い、と言ってきた。

今の状況からだと疑う材料も少なく、同時に信じる材料も少ない。

相手が素直に目的がある事を白状した点を評価して此処は会話に乗じてみるか。

「それなら質問させてもらう事にしよう。但し、君は俺達に"お願い"と言ってきた。それは俺達に拒否権のある内容である、という認識で良いんだな?」

「勿論ヨ。まぁ、断っちゃうと・・・・・・困るのはアナタ達だと思ウケド」

「カヤを人質に、というわけか・・・・・・」

「いえ、単純にアナタ達の仕事に支障を来たすダケヨ。それにワタクシは敵でハナイ。警戒しなくても大丈夫ヨ。だから歪んだ思考をチラつかせるのは止めて頂戴」

冷戦じゃないんだし、とマキナは片手を左右に振りながら呆れる素振りを見せてきた。

「そうだよ、ウゲツ! こんなに可愛い女の子に失礼じゃない!」

「そ、そうだよ! ゴスロリが似合う女の子って結構貴重なんだよ! それに見た感じロシアっぽいハーフだし希少価値100倍なんだよ?」

「ワタクシ、確かに父がロシア人で母が日本人だけどアナタ達より年上だし女の子と呼ばれる年齢でもないし、アナタ達の言ってる事がよく分からナイワ・・・・・・」

頭が痛くなってきた・・・・・・。話が一向に進む気配が無い。

「マキナ、俺が最初に訊きたい事は強化水兵についてだ。軍では都市伝説として扱われている事は知ってるか?」

「あぁ、アレネ。良い情報操作ヨネ。存在を曖昧にさせておいて、実は居ました、なんて事になってもすんなり受入態勢を整えておクッテ」

成程。確かに厳重に情報を隠すとすれば噂にすらならないだろう。

そんな機密情報が噂程度にでも漏れてしまえば関係者は誰かしら消されている筈だ。

都市伝説を利用した情報操作、か。

「都市伝説じゃない強化水兵について知りたい」

「14時まで時間があルワネ。長くなる話だから可能な限り、で構わないカシラ?」

「あぁ・・・・・・」

「そっちの2人も大丈夫カシラ? メンタル弱い人には結構キツい内容になるケレド・・・・・・」

「覚悟なら出来てるよ」

「う、うん・・・・・・。私も・・・・・・大丈夫」

イヅキとミコトが頷くと、マキナは満足気な笑みを浮かべた。

「良い返事ヨ。そうねぇ・・・・・・どこから話そうカシラ」

 

 

ナノマシンの使用目的については知ってるカシラ?

重度の精神疾患を患っている患者に対し記憶そのものを入れ替える事により社会復帰させたり、生まれつき筋組織に疾患のある患者に対し筋力強化を施したり、義体に対する拒絶反応を軽減させたり・・・・・・それが主な使い道ネ。他にも使い道は色々とあるけれど、それは以下省略。

元々ナノマシンを使った記憶置換と身体能力向上の理論は大学時代に見出せていたの。

それを学会で発表する事で或る医学研究所からスカウトを得て、マウス実験からもっと良い実験が出来るようにナッタ。そこからアナタ達の知ってるナノマシン医学に発展したってワケネ。

さて、何故こんな話をしタノカ。

それはね・・・・・・アナタ達が強化水兵と呼んでるコ達はその医療に使用されているナノマシンを軍事転用して作り上げられたコ達ナノヨ。

医学研究所に勤めていたワタクシに日本軍が協力を要請してキテネ。その目的が大蛇に対抗できる俊敏性の高い兵器開発だッタノ。

ワタクシが軍に来るまで色々と大蛇に試してたみタイネ。

魚雷や戦闘機の改良、軍艦の改良。

だけど、どれも迅速に大蛇を仕留められる結果には至らなカッタ。

いや、至った物があっタワネ。精密射撃型対蛇徹甲弾専用砲身と対蛇徹甲弾、アレは日本の底力を見せられた気分だッタワ。

そんな成功例も結局は高コストの為、生産数が追い付いていないどころか生産すら満足に出来テナイ。

海路と空路が地獄の道と化してしまってルシネ。輸出も輸入も満足に出来ない状況。

で、軍がワタクシに相談してきたのは人間兵器の開発の可能性についてだッタノ。

ウゲツ、アナタが嫌いな生体兵器の話ヨ。

その話を持ち掛けられた時、ワタクシも最初は戸惑ッタワ。でも、理論上可能だッタノ。

人間の脳には制御機能が施されているのは知ってルワネ? 人間の身体能力は100%の力を出し切れてないとかっていうアレヨ。

本来は自身の生命活動が危機に陥らないように制御が掛けられているのだけど、その制御を外せば身体能力は飛躍的に上昇スル。

一流のスポーツ選手とかは制御機能を一時的に外せるっていうけど・・・・・・それでも100%は出せないでしョウネ。

なら余す事無く本来の身体能力を発揮させる為にはどうすれば良イノカ?

自身が人間であるという認識を棄てれば良い。

人間としての認識がある以上、脳の制御は中途半端にしか解除されナイワ。

 

そこでワタクシは当初、自らを人間として認識しない人間を使用した遠隔操作生体兵器の開発をしようとしたの。

それじゃ人間の代わりに自らを何と認識させようとしタノカ?

 

軍艦ヨ。

 

大蛇に対し最も決定的なダメージを与えられる兵器が軍艦ダッタ。

なら、空を移動できる人間より海を移動できる人間を作った方が良いという考えに至ったワケヨ。

でもね、未知なる存在を作り上げようとするのはスムーズにいかないもノナノ。

医療として行っている記憶置換のナノマシン治療はね・・・・・・元々あった記憶を消し新たな記憶を入れる、といったものナノヨ。

これはつまり人間に"人間の記憶"を入れるという事ナノ。だから拒絶反応が起こる可能性は低カッタ。

ナノマシン医療が発展する前に人間と動物の記憶を置換させる実験や、動物に人間の記憶を置換させるという実験も行ったけれど・・・・・・どちらも失敗に終わッタワ。

失敗のままにしておきたカッタ。実験直後の光景なんて見られたものじゃなかッタシ・・・・・・。

けれど、今回は人間を機械的なものとして動かすようにする、といった感じ・・・・・・なら、動物の記憶を入れる時よりは成功する可能性はあるんじゃないか、と思ってしまッタノ。

但し肉体強化と記憶置換、その両方を行うなんて大規模な事はした事が無かったから・・・・・・成功率は50%にも満たないと予想してたイタワ。

ナノマシンを万能の機械とか魔法のような代物だと思い込んでる人が多いけれど・・・・・・そんなのは思い違いも甚だしいってヤツネ。

結局は人体に"通常では有り得ない効果を齎す異物"なノダシ。

それなりに負荷が掛かるものを肉体と脳、両方に与えてしまったら・・・・・・大変に決まってるじャナイ。

 

最初は12名の死刑囚を被験体として実験を始メタ。

10代から60代までの年代別に男女1名ずつの死刑囚ヲネ。

今の時代、サイコパスと認定された人間でも死刑囚扱いされる御時世ダモノ。若いモルモットを調達する事には困らなかッタワ。

まずはその12名に旧世代の輸送艦の記憶を置換させる事ニシタ。

脳に予め輸送艦のデータを記憶に近い状態にしたものと言ウベキ? まぁ、それを仕込んだナノマシンを注入シタノ。

ナノマシン注入を施す際は予め全身麻酔を掛けておくのだけど、結果は麻酔が切れる前に現れ始メタワ。

廃人と化す者、発狂する者、脳死状態になる者、そういった症状が現レタ。

この時点で無事だったのは、10代から30代の女性。合計3名ネ。

成功例はこの3名、ワタクシはそう確信しそうになッタワ。

翌日、30代女性が一番最初に意識を取り戻した。

この時、ワタクシは偶然とはいえ・・・・・・計算外のものを目の当たりニシタ。

その女性にはね・・・・・・人格があっタノヨ。

その事にワタクシは恐怖を感ジタワ。

記憶置換の場合、以前に備わってた記憶は全て消去される。その上で新たな記憶が刷り込マレル。

人間の記憶に限りなく近い構造で輸送艦のデータを記憶化してみたけれど・・・・・・まさか人格が残るなんて思いもしなカッタ。

その女性は確かに輸送艦としての自覚があったし、簡単な質問に対しても的確な答えを返セタ。

実験開始前の時とは性格は全然違っていたケレド・・・・・・。

ここで問題が一つ発生という事になルワネ。

当初、遠隔操作可能な生体兵器を作る事を目的としテイタ。けれど、人格を形成してしまってる以上それは不可能となってしマッタ。

指揮官が兵士に命令する、そんな感じでないと目的を果たせないようになってしまっタノネ。

大蛇を倒せるのなら偶然起きてしまった事態については仕方が無い、という事で私達は実験を進める事にシタノ。

一先ずこのままじゃ人間が持つ身体能力を100%発揮できるとしても身体の方が傷付いてシマウ。

身体検査を行った上で、翌日に次のフェイズ――――身体強化に進められると判断し、その日私は彼女が眠る部屋を後ニシタ。

けれど・・・・・・次の日、彼女は死んデイタ。壁に何度も頭を打ち付ケテネ。

一部の壁の破損状況と、そこに染みついた血痕から・・・・・・すぐに死に方が分かッタワ。

でも原因が分からなカッタ。

意識が回復した直後に測定した脳波にも異常は無かっタシネ。

そこで藁に縋る思いで監視カメラに記録されていた映像を見る事にシタワ。

映像を見て更に原因が分からなくナッタ。

問題が起きた時間は今でもハッキリ覚えてイルワ。

午前4時19分、眠っていた彼女は突然目を覚まし何度も悲鳴をあげテイタ。所謂発狂ってヤツネ。

午前4時23分、近場の壁に頭部を幾度も強打。

午前4時30分、動作停止。

午前4時33分、私達が来た頃には既に死亡してイタワ。

記憶置換に異常があったとも思えなカッタ。

素体の問題だっタノカ。

あらゆる方向から原因を探ってみたけれど・・・・・・結局、原因不明のまま30代女性の遺体は埋葬する事にナッタ。

 

その3日後、20代と10代の女性が目覚メタ。

どちらも意識、記憶共に正常であり成功。

20代女性は「3号」、10代女性は「1号」と名乗ッタ。

3号が1号を姉と呼んでいた姿を見た時は驚イタワ。

実験前は一言も会話を交わさなかった2人が、家族のように接しテイル。

その光景は・・・・・・昔のワタクシを見ているようで少しだけ羨ましかッタワ。

話が逸れてしまッタワ。

結果的にはこの2名が身体強化ナノマシンの注入も済んで強化水兵としてのテスト段階まで踏み出セタ。

どんな実験をしたのか・・・・・・そこまでは語らないでオクワ。

想像出来るでショウ? 未知の生命体を捕獲した場合や未知の生体兵器が出来た場合、どんな事を知ろうとするかナンテ。

結局ソノコ達も3ヶ月で生命活動を停止してしまッタワ。度重なるテストの影響もあるでしょうけど・・・・・・これに関してはナノマシンと身体の適合性にも原因があッタノ。

どちらも91%。その適合率から上がる事も無ければ下がる事も無カッタ。

 

1号と3号が残してくれたデータは研究開発に大きな進歩を与えてくレタワ。

でも、当初の実験では不明な点も多カッタ。

だから、新たに10代~60代までの年代別に男女1名ずつの被験体に同様の実験をこの後2回行ッタワ。

2回ともナノマシンと適合できたのは10代~20代の女性のみだった事から、軍艦の記憶に合う素体は10代~20代の女性しか居ない、という事が判明したワケネ。

その年代の女性が持つ女性ホルモンが原因だと見ているけれど・・・・・・これも実際は確たる証拠は今のところ無いノヨネ。

その後はナノマシン自体にも幾度も改良して・・・・・・10代~20代の女性を対象にした実験の繰り返シ。

この頃から初期段階のように無残な形で人が死ぬ事も少なくなったし、惨い実験をする必要性も減ってキタワ。

だから、ワタクシのメンタルも少しは落ち着きを取り戻シテタ。研究者と言えど人の命を使う事には多少なりとも抵抗があッタシ。

 

ただ、軍艦の記憶を置換させる実験が本格的に始まった時・・・・・・・またしても問題が起キタ。

今まで輸送艦の記憶置換しか行っていなかったから適合率も安定しテイタ。

これが軍艦になるとね・・・・・・適合率が不安定になってしまっタノヨ。

駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、軍艦、主にこの4つの軍艦のデータを記憶化してたのだけど・・・・・・素体との相性に大きく差が現れテイタ。

輸送艦が比較的人体に馴染みやすいデータだって事もその時初めて知ったのだケドネ。故に甘く見てしまっテイタ。

駆逐艦は10代前半から10代半ばの女性の適合率が高く、軽巡洋艦は10代半ばから10代後半の女性の適合率が高イ。

重巡洋艦と戦艦は10代後半から20代の女性の適合率が高イ。

勿論、これはあくまで平均的な年齢を言ってるだけであって例外も存在スルワ。

此処まで理解するには多くの犠牲を出してしまッタワ。死刑囚だけじゃ足りなくなって遂には軍人や民間人にさえ頼る事になってしマッタ。

今は強化水兵を作り上げる際に『SEA(シー)』と呼ばれる大型カプセル装置を使用してイルワ。

元々は高度な健康診断に使用される医療機器を軍事用に改造したものだけど、素体となる子をこのカプセルに入れる事で自動でどの艦の記憶が最も相性が良いかを判別して、記憶置換から身体強化まで施してくれる優れモノヨ。

これはね・・・・・・軍艦の記憶を置換させる際に犠牲になったコタチの魂の結晶ナノ。

ソノコ達の症例があったからこそ・・・・・・強化水兵を完成させる事が出来たし、強化水兵をより安全に生み出す事の出来る装置を開発する事が出来タ。

初風ってコが居たでショウ? アノコが一番最初に生まれた強化水兵ナノ・・・・・・。

身体強化ナノマシンの副作用でね・・・・・・適合率を維持させる為に老化現象を生じない肉体を構成し続けテイル。

他のコタチも皆同じ。

不老の肉体を完成させた事に対しては研究者としては大変喜ばしかッタワ。されど、踏み込んではならない領域に到達してしまった事に恐怖シタ。

気が狂いそうになるほどの恐怖。

でもね・・・・・・人間って目的さえあればどんな恐怖にでも耐えられるものナノヨ。

 

えっ? 何故置換記憶の対象に旧世代の軍艦をチョイスしタノカ?

それは日本が作った精密射撃型対蛇徹甲弾専用砲身と対蛇徹甲弾に秘密がアルワ。

対蛇徹甲弾は元々装弾筒付翼安定徹甲弾と呼ばれる主に戦車で使用される徹甲弾をベースに作られたモノヨ。

アレを初めて使用した時にね、今まで使用してきた兵器とは段違いの効果を見せてくれタノヨ。

そのおかげで大蛇には砲撃が最も効率良くダメージが与えられる事が判明シタ。

戦闘機での戦術にも注目しテタワ。

でも、戦闘機の攻撃で役立つとすれば背中のハッチが開く所を狙う時くらいダッタ。

正直、お金の無駄ネ。

精密射撃型対蛇徹甲弾専用砲身も元々は本体狙撃の為に作られたものなのだけど、コストがアレでショウ?

お金の無い国って自身の国が危機に瀕した時に色々と出てくルワネ。

この国の"政治家の愛国心"がこういった所で出てくるってのは良い教訓になったんじゃないカシラ。

今後は個人の娯楽に割く経費を節約する事をオススメスルワ。この国が無事だっタラネ。

また話が逸れタワネ。

この時代では存分に砲撃が可能な軍艦って既に存在しないでショウ?

そこで旧世代の軍艦に目を付けタノヨ。

あの時代は軍艦の仕組みは今の時代から見れば非効率な面も多いけれど砲撃に関しては今の時代よりも上ダモノ。

砲撃をメインに行える人型兵器。それこそが大蛇を効率良く狩る事の出来る存在だと考エタ。

人間が操作する軍艦の場合、どうしても旋回の際に大きな隙が生じてしまウシネ。

アレ、どう考えても敵に餌を与えてる行動ヨ。

「私を食べて~!」って言ってるようナモノ。求愛行動?

失礼、アナタ達も関係者だっタワネ。

別に戦術を馬鹿にしているわけではナイノ。

寧ろアナタ達は危機的状況の中でも異常な程に蛇を狩る事に適した行動を取って今日まで生きテイル。

まぁ、そうでなくては困るのダケド。

 

「さて、都市伝説じゃない強化水兵について、はこれくらいで良いカシラ?」

長々と饒舌に話していた為か、マキナはテーブルに置いてある紅茶の入った紙コップを手にする。

話の途中で、ミコトが俺達を気遣って持って来てくれた飲み物だ。

さて、俺達が知っている都市伝説とマキナが口にした真実――――人体を改造している、という点は合致している。

実際に彼女達を見せられた挙句、散々悩まされたおかげもあってか、話の内容に関しては予想より心が苦しく感じる事は無かった。

もしこれが彼女達を見せられる前に説明されていたら俺は間違いなく目の前に居る開発者を殴っていただろう。

ミコトとイヅキも苦悶の表情を浮かべてはいるものの、公園の時ほど深刻なものではなかった。

「あぁ。だが、今の話では分からなかった事が一つある」

「何カシラ?」

「自身を軍艦だと認識しなければ使えない兵器があると聞いた。それは一体何なんだ?」

「百聞は一見にしかず、なんて便利な言葉がこの国にはあるケレド・・・・・・」

そこまで言うとマキナは席を立ち、部屋の片隅へと歩いて行く。

先程イヅキとミコトが使っていたピーナ社のスピーカーの前まで来ると俺達へと振り向いた。

「まぁ、後で実際に見てもらう事になるのだけど・・・・・・先にこのスピーカーを使って説明スルワ。このスピーカーは本体から複数の小型の球体型スピーカーが出てくる仕組みになっテイル」

マキナが虹色の球体に触れると、再度球体の中から複数の小さな球体が出現し部屋の隅々へと飛んでいく。

「さて、今飛んでいった小さな球体。これをミサイルに例えまショウ。これをリモコンを使わずに動かす場合、アナタ達ならどウスル?」

「どうするって、そんなの無理に決まってるじゃん?」

「ちゃ、ちゃんと考えようよイヅキちゃん・・・・・・。えっと、遠隔操作系の兵器、って考えてもやっぱり操作する物は必要だよね?」

「脳波操作か・・・・・・」

脳波による機械操作の実験は旧世代では何度も挑戦されていた研究だ。

しかし、脳波の研究は進んでも脳波を使うといった研究になると脳への負担等の身体機能に異常を来たす事態が多くなってしまった為、研究そのものは凍結されていた。

云わば禁忌に指定された研究の一つだ。

「御明察。アノコ達の脳波は人間とは異なっテイル。だから、アノコ達の脳波に反応して稼働させる事の出来る兵器を作り上ゲタ。『艤装』とワタクシ達は呼んでイルワ」

「つまり脳強化って、単に記憶を置換する事だけを目的にした呼称じゃ無く、脳の負担が大きいものを扱うから強化を施したって意味もあるわけ?」

「イヅキも良い見方してるジャナイ。そうよ、兵器を扱うとなると脳に掛かる負担は大キイ。だから記憶置換を完璧なものに仕上げるついでに脳神経も強化されるというご都合主義なナノマシン技術をワタクシ達は生み出しタワケ」

マキナがスピーカーを仕舞いこみながら淡々とそう答えを返す中、イヅキの肩は震えていた。

記憶や身体だけでなく、俺達の人格や感情を形成している脳そのものさえ人間とは異なる代物へと作り変えられている。

そう考えると・・・・・・此処に来るまでに幾度も感じていた感情――――恐怖が全身を駆けずり廻る。

「ま、マキちゃんは・・・・・・」

「何カシラ?」

「マキちゃんは・・・・・・何にも感じないの? 私達とあまり歳の変わらない子から子供の命まで兵器に変えて・・・・・・何にも感じないの?」

ミコトの声に怒りは感じられなかった。

悲しみだ。

それが強化水兵に対するものなのか、それともマキナに対するものなのか、そこまでは分からない。

だが、確かな程に悲しい声で問い掛けていた。

「さっきの話・・・・・・聞いてたでショウ? こんな仕事をしてるから動物の命を使う事は多いし、人間の命を使う事も少なクナイ。命を使う事の重さは理解していたツモリ。だからマトモな研究をするようになった当初は泣かない日なんて無かったクライ。でも、人間の適応能力って怖いものでね・・・・・・段々心に"慣れ"が生じ始メルノ。意識が正常で居られるヨウニ。それでも死刑囚の数が足りなくなって民間人に頼らなきゃいけなくなった時は・・・・・・一番怖かッタワ。お金で命を買う、という行為に出てしまったんダモノ。この国の現状を見れば分かるでショウ? まともに貿易も出来ない鎖国に近い状態。防衛の要となる兵器さえ満足に製造出来ない状態。そして、国民の生活も苦しくなっている状態で札束を見せればどうなると思ウ? お金と引き換えに自分の子供の命を売る親は少なクナイ。ワタクシも似たような経験があるから、そんな光景は見たくなカッタ。だから、こちらから藁にも縋る思いで提案シタノ。期限を1週間設けて協力者を募らせてほしイッテ。そうしたらワタクシ達の予想を上回る数の協力者が出てクレタ。家族の暮らしの為とか他に行き場が無いとか・・・・・・理由は様々だったケレド。故に安心シタ。自ら来てくれたコ達ならこちらも少しでも不安を軽減させた状態で研究に臨む事が出来ルカラ。一思いに人格を消去して記憶を消去して立派な兵器へと仕立て上げ、大蛇から世界を取り戻ス。それこそが命を捧げてくれた彼女達にワタクシ達が出来る唯一の償いだと、そう信ジテタ。でも、見出した答えは確かに正しい筈なのに・・・・・・まさか違うコ達が出来上がってしまうナンテ。だから、よく分からナイノ。命を兵器に変える重さに潰されないように頑張ってきタノニ・・・・・・あんな個性豊かなコ達が出て来ちゃったんダモノ。ワタクシは苦しむべきなのか喜ぶべきなのか・・・・・・分からなくなってしまッタワ」

その表情は困ったような、だが確かな微笑が浮かべられていた。

「イヅキちゃん、ウゲツ君。私、マキちゃんの事ちゃんと信用しても良いと思うよ」

珍しく自信を感じさせる口調でミコトは言った。

「まぁ、そりゃ・・・・・・そんな演技には見えない顔されちゃあねぇ・・・・・・」

「最後にもう一つだけ聞きたい」

「何カシラ?」

「この兵器開発計画に関わって君に何のメリットがある?」

「ちょっとウゲツ!」

「う、ウゲツ君! それ以上の詮索は必要ないんじゃ・・・・・・」

2人が俺を制止しようと呼びかけるが、そんなのは無視し俺はマキナを見据えた。

答えられないならそれで良い。だが、もし答えられるのであれば、俺は目の前に居るこの女を完全に信用しても良いと思う。

「やっぱりアナタは人間というものが分かってルワネ、ウゲツ・・・・・・」

「人間の本性がよく見える場所で働いてるからな」

観念したように呟くマキナ。

そうすると彼女は懐から1枚の写真を取り出し、俺達に見えるようにテーブルの上に置いた。

「メリットについては後で説明スル。だから、今はこの写真が説明代わりだと思って頂戴」

写真には10歳にも満たないマキナらしき少女と、マキナに似た銀髪の少女、そして2人の両親と思われる男女が2人の後ろに立っていた。

マキナの実家と思われる家を背景に、家族は皆幸せそうに笑っている姿がその写真には写し出されていた。

「この写真をよく見て覚エテ。そして、アノコ達と再び会う時にワタクシのメリットを話ス。それで今は納得してくれないカシラ?」

「あぁ、構わない。その返答だけでも疑う理由は無いしな」

「まったくアンタってやつは・・・・・・」

「す、少しは女の子に対して気遣った方が良いよ!」

「だからワタクシ・・・・・・貴方達より年上なのダケド・・・・・・」

長い間重い空気と緊迫した空気が入り混じってた為か、この時になってようやく互いに笑みが零れた。

「って、もう13時50分じゃん! マキナ、アタシ達にお願いしたい事って? 説明は10分くらいあれば済む内容?」

「えぇ・・・・・・内容は簡単ヨ。強化水兵については未だに不明な点が多い・・・・・・そういった問題に対処する為にアナタ達にも協力してほしイノヨ」

「せ、専門の人に分からない事が・・・・・・私達にも分かるかなぁ」

「大丈夫ヨ。アナタ達に求めるのはアノコ達とのコミュニケーション能力と軍人としての経験ヨ」

「コミュニケーション能力ねぇ・・・・・・」

「そう、コミュニケーション能力。見ず知らずの相手に対しいきなりこわ~い態度を見せない程度に大人の対応が出来ると非常に助カルワ」

「おい・・・・・・やめろ。そんな目で俺を見るな・・・・・・反省はしているんだ・・・・・・」

イヅキから軽蔑の眼差しを、マキナから含みのある視線を向けられて思わず目を背けてしまう。

会議室での一件は本当に悪かったと思ってるんだ。

「ま、まぁウゲツ君・・・・・・謝る機会ならこれからあるんだし、き、きっと大丈夫だよ!」

「あぁ。ありがとう、ミコト」

何故だろうか・・・・・・今は慰められている自分が酷く惨めに感じてしまう。

「失礼しまーす! 局長、此処に居たんですね! 青葉、一番早く起きたんで来ちゃいました! 白露ちゃん風に言うと『いっちばーん!』です!」

突如自動ドアが開き、活気溢れる声が室内に響く。

入ってきたのは先日見たポニーテールの少女――――青葉だった。

元気な声に似合うようにビシッと敬礼を俺達に向けている。

「あら青葉、おハヨウ。他の皆ハ?」

「まだ寝てますよ。あっ! 奇稲田少佐、素戔嗚少佐こんにちはー! あと・・・・・・伊弉冉少佐も」

「こんにちは、青葉ちゃん」

「やっほー、青葉」

「・・・・・・」

どうせこんな反応をされるだろうと予想はしてたが・・・・・・実際に見せられるとキツいものがある。

青葉は気まずそうに視線を背けているし、そのせいでこちらも気まずい。

「ほら、ウゲツ。挨拶くらいしなさいって」

「あ、あぁ・・・・・・。こんにちわ、青葉。昨日は・・・・・・すまなかったな」

今謝罪の言葉を言わないと余計気まずさが増してしまう。

恐る恐る青葉の表情を伺うと「おどろき!」と言わんばかりの表情を浮かべて硬直していた。

それから数秒後――――。

「伊弉冉少佐は謝罪を知ってる人だったんですねっ! 青葉、驚きです!」

「君は失礼な奴だな!!」

予想外の返事にかなりのショックを受けてしまった。

俺と青葉のやり取りが可笑しかったのか、周囲が笑いを必死に堪えているのがハッキリと分かる。

「あ、青葉ちゃん・・・・・・そ、それは流石にあんまり・・・・・・」

「今までウゲツを怖がる人は見かけたけど・・・・・・そんな事言ってくる人って・・・・・・は、初めて・・・・・・」

「あ、青葉・・・・・・今の発言は・・・・・・ちょっと面白かッタワ・・・・・・」

「もう良い・・・・・・笑いたければ笑ってくれ君達・・・・・・その方が気が楽だ」

それなりに気遣って笑いを堪えてくれてるのだろうが、あからさまに堪えている様子を見せられるといっそ笑ってくれた方が清々しい。

「でも、伊弉冉少佐。少佐の様子が昨日と全然違うように見える気がするんですが、昨日の今日なら絶対青葉に対して嫌悪感剥き出しの接し方をしてくるはずですよね?」

「いや、それは・・・・・・」

「青葉ちゃん、ウゲツ君は別に強化水兵の子達を怒ってたわけでも嫌ってたわけでもないんだよ?」

「あれ? そうなんですか?」

「そうそう。コイツは・・・・・・なんていうか・・・・・・若い子を戦場に出そうとする軍そのものに怒りを感じてたってところなの」

ミコトがフォローしつつ、イヅキが更に言葉を続けてくれた。

イヅキの発言に一瞬間があったのは恐らく人間の命を改造したという発言が禁忌になると考え、代用となる言葉を考えていたからだろう。

「なるほど! 伊弉冉少佐は初対面にも拘らず青葉達の事を心配してくれていたなんて・・・・・・青葉、感動しました!」

「あ・・・・・・あぁ・・・・・・とりあえず許してもらえたみたいで良かった」

「えぇ、青葉達はとんでもない誤解をしてました。きっとあの伊弉冉って少佐は青葉達を鉄屑同然のように扱い、人の身体を持った事に目を付けあんな情やこんな情を余す事無くぶつけてくるに違いないという話をしてましたが・・・・・・ここまで綺麗な心の持ち主だったなんて・・・・・・」

「ウゲツ、アンタって・・・・・・」

「わ、私もそういうのは流石にどうかなって・・・・・・」

「まぁ、強化水兵も身体構造は人間と同じだし産まれてくる子供がどうなるのかは興味があルワネ」

「とりあえず君達との今後の関係性については考え直させてもらう必要性がある事だけは理解した」

冗談なのか本気なのか曖昧な目線が3人から向けられてくる。

青葉は青葉で「あれ? 青葉、何かしました?」と言いそうなキョトンとした表情で俺達を見ていた。

 

「さて、時間が少し過ぎてしまっタワネ。後は歩きながらでも話していきまショウ」

そう告げるとマキナはゆっくり席を立つ。

それに続くように俺達3人もソファーから腰を上げた。

「奇稲田少佐、素戔嗚少佐! 良ければ研究室までの間、色々と御話聞かせてくださいっ」

「アタシ達? 構わないけど・・・・・・何を話せば良いのやら」

「えっと・・・・・・そ、それじゃ青葉ちゃんが私達に訊きたい事とかある? そこから話を盛り上げてみようか?」

青葉がイヅキとマキナの手を取るとそのまま引っ張り出すように応接室から出て行った。

昨日とは違って3人とも楽しそうな笑顔を浮かべているせいか、こちらも心が落ち着く。

「さて、ワタクシ達も行きましョウカ」

「あぁ」

マキナの後ろを付いて行く形で俺も応接室を後にする。

応接室から出るとすぐに左に曲がる。

白一色の長い通路が目に入り、途中何度かカードキー式のゲートを潜る事になったり右折左折を繰り返したりした。

そのせいで第二兵器開発局が迷宮のように感じてしまい、帰りは無事に外に出られるのかさえ怪しく思えてしまう。

「そういえば訊き忘れた事があった」

「何カシラ?」

「彼女達の記憶は書き換えられてるとして、軍艦の記憶をどこまで頭の中に入れられてるんだ?」

「どこまで、といウノハ?」

「旧世代の軍艦の記憶を入れるとしても、既にどの艦も沈没もしくは解体されている。人の記憶でいうなら既に死んでいる者の記憶を置換している事になるはずだ」

「あぁ、ソレネ。"全テ"ヨ」

「ん?」

「だから、生まれてから死ぬまでの記憶が全て置換されてイルワ。人体に適合する記憶データにする場合、流石に途中までデータ化させるなんて器用な事出来なイシネ。人間の記憶くらいしか途中までってのは今のところ出来なイノヨ。人間である発言を禁忌としてるのに、更に自身が既に死んでいる事も禁忌にしたら接する方も余計神経遣うしたまったもんじゃナイワ」

隣を歩むマキナはそう言うと、視線を目の前で談笑している3人の背中に向けた。

あそこまで楽しげに話していると、2人の姉と妹、のようにも見えるか。

見ているこっちまで微笑んでしまいそうな程和む光景だ。

「だからアノコ達は人間に近い存在に生まれ変わった、と信じ込んデイル。故に人間だった、なんて事を言われて置換した記憶に障害が現れたら困ルノヨ」

「成程・・・・・・」

つまり今イヅキやミコトと話している少女は本物の重巡洋艦、青葉という事になるのか。

「12名の強化水兵だが、戦艦や駆逐艦といった能力というべきか? そういうのは意図的に生み出したものなのか?」

「そんな事が出来たらもっとバランスを考えて開発してるし数も増やしテルワ」

「つまり偶然というわけか」

「ソウネ。だから戦艦と空母が現れてくれただけでも幸運だッタワ」

安心したような微笑を口元に浮かべながらマキナが答えた。

一歩間違えば駆逐艦のみで大蛇討伐をしなければいけなかったのかもしれないのだ。

時雨や初風のような幼い子が12名で大蛇に立ち向かう、その光景は想像しただけでも心臓に悪い。

そう考えると偶然に感謝したくなる気持ちも理解できる。

 

『あっ、それ青葉も思ってました! 折角女の子だけしか居ないんだから華やかなイメージとカッコイイイメージの両方兼ね揃えた名前の方が良いなぁって!』

『でしょう? 軍のお偉いさんとかってネーミングセンスないし頭の古い人が多いしさ。強化水兵ってアメリカンヒーローみたいなイメージが強いし。ミコトもそう思うでしょ?』

『うーん・・・・・・確かに強化水兵って名前よりは良い・・・・・・かな?』

『それじゃ青葉、早速局長にお願いしてきますっ!』

ビシッとイヅキとミコトに敬礼の仕草を見せると青葉は勢い良くこちらへ駆け寄ってきた。

「局長局長! 青葉達の強化水兵って名前ですけど、変えてもらう事って出来ますか?」

「ン? まぁ、アナタ達の総称は計画上必要だから一番しっくり来そうな名前を付けただけだし、何か他に良い名前があれば軍にはワタクシから掛け合ってみルケド?」

「本当ですかぁ! 素戔嗚少佐と奇稲田少佐がすっごく良い名前を考えてくれまして・・・・・・絶対他の子達も気に入ると思うんですよ! 織娥博士も気に入りそうな名前なんです!」

「レイが気に入りそうな名前って・・・・・・嫌な予感しかしなイワネ。一応聞いてアゲル」

「ありがとうございます! えっとですね・・・・・・名前は――――」

嬉々とした表情で語る青葉に対し、マキナは苦笑いで答える。

青葉の口から出た聞き覚えの無い名前は、恐らくこの研究所で働いてる人の名前だろう。

青葉とマキナの反応から察するに彼女達にとって近しい人物なのかもしれない。

 

「軍艦の女の子という意味を込めて、『艦娘』って名前に変えて欲しいんです!」

 

これが彼女達を『艦娘』と呼ぶ事になる瞬間だった。

この時の事は今でもハッキリと覚えてる。

愛着の持てる総称を付けられて喜んでいる青葉。

親しみを込めやすい呼称が出来て喜んでいるイヅキとミコト。

そんな3人を見て自然と笑顔になった俺とマキナ。

楽しかった記憶の一つ。

そして、切り離したかった記憶の一つ。

そう感じる事になるのは、もう少し先の話――――。

 

【第3章「艤装」へ続く】

 

 

 

青宝30年 棺良坂博士、日本海軍の要請により「対大蛇兵器開発プロジェクト」に参加。

 

 

青宝33年 強化水兵<第一号型輸送艦>第1号開発に成功。

      強化水兵<第一号型輸送艦>第3号開発に成功。

      

      日本海軍基地5割消失。

 

 

青宝35年 伊弉冉少尉、海軍第一兵器開発局へ「小動物視覚共有システム論」を提唱。しかし、使用価値が無いと判断し棄却とする。

      しかし海軍第二開発局が第一開発局により棄却された「小動物視覚共有システム論」の開発に着手。

      棺良坂博士・織娥博士・有宮博士の3名により視覚共有システム開発に成功。以後、強化水兵の装備開発へと転用させる。

      

      強化水兵<陽炎型7番艦駆逐艦>初風開発に成功。

      強化水兵<扶桑型2番艦戦艦>山城開発に成功。

 

 

 

 

 

【強化水兵計画】

大蛇討伐を目的とした兵器開発計画。

後に艦娘開発計画へ改称。

 

強化水兵の製造過程としては、

1:記憶置換ナノマシンを脳へ注入させる事により軍艦としての人格を形成し、身体強化ナノマシンの適合率を上昇させる。

2:身体強化ナノマシンを身体へ注入させる事により艤装の使用が可能となる肉体を形成させる。

以上のようになる。

 

しかし、人間の身体である以上、身体能力の強化は日常生活へ支障を来たす事にも繋がると考えた棺良坂マキナは初風開発以降『安全装置』プログラムを組み込む事にした。

この『安全装置』とは、強化水兵が艤装を装着しない限り通常の人間と何ら変わらないレベルにまで身体機能が制御されるというものである。

本来は暴走した際の対処の一つとして設けた機能であるが、実際はコミュニケーション能力の円滑にも繋がっており、両者にとって有益なものとなっている。

 

当初の強化水兵計画は、身体装着型強化装甲兵器という形で開発を進めていたが大蛇に対抗できる威力には至らず断念した。

 

また、強化水兵開発に関する禁則事項の中に「記憶置換を施さずに身体強化ナノマシンを使用する事を固く禁ずる」というものがある。

これはかつて10代~30代の年代別に用意した3名の男性死刑囚と3名の女性死刑囚に対し棺良坂マキナが行った人体実験が原因となっている。

身体強化ナノマシンのみ投与した計6名の被験体は全員拒絶反応を示した。

拒絶反応の症例としては、肉体崩壊、精神崩壊、廃人、身体変異などである。

 

 

【SEA】

素体に対し、どの軍艦の記憶(意識)が最も適合率が高いかを選別・判定する為のカプセル型装置。

身体強化用ナノマシンと記憶置換用ナノマシン製造や注入処置なども担っている。

体重、身長、血液、心拍数、平均体温、筋組織、骨格等の人体組織をスキャンする事で判別を行っている。

元々は高度な健康診断に使用される医療機材を有宮・織娥・棺良坂の三名で改造したものである。

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