光亡き影、皇帝と帝王   作:SLあーもんど

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これは、ボクが知らない家族の話。


再会:三日月の幼馴染

 それは、まだ子供だった時の記憶。

 午後3時、お天道様が傾きはじめる学校終わり。

 

「ルナ! 待てよ! 待てったら!」

 

 通りから門をくぐってすぐ、少しだけ草の剝げた看板脇が目印。

 初夏の風がくすぐったい。置き勉してきて中身の軽いランドセルを脇にキュッと締めて、私はちょっとした雑木林を抜けていく。

 

「負けた方はおやつ抜きだぞ! シリウス!」

 

 そこは二人だけの秘密の帰り道。ふたつの鹿毛がその木陰の中を駆けていた。

 いくつか根っこを飛び越えて用水路を渡ると、獣道は開けた屋敷の畑にぶち当たる。

 少し湿気た木柵に脚をかけて乗り越えると、納屋の脇に積まれた赤色が見えた。

 

「「く~ださ~いな!」」

 

 虹を描くシャワーホースの軌道を避けながら、畑主さんに並んで詰め寄る。

 両手を開いて差し出すと、畑主さんは仕方ないなといった風にウマ耳を動かして

 

「間引きしたやつが何本かあるので、取っていっていいですよ」

 

 と、お目当ての若にんじんの山を指した。

 

「やった!」

 

 私とルナはブルーシートの上にしゃがんで、なるべき大きくて真っ直ぐなものを選んでいく。

 脇に抱えたらルナとお揃いの制服に土がつくから、小さな両手になるべく多く。少し指が痛いけど、5本掴めた。

 

「それじゃ、行こうか」

 

 ルナの声に引かれるままに畑を後にする。ルナの手を覗くと、しっかりと6本握られていた。

 1本負けた。と思いつつ、アイツも案外欲張りな面が知れたので良しとする。

 畑を抜けてレンガの小道を進むと、白いパラソルのガーデンテーブルにパンジーの花壇が並ぶ庭にたどり着く。

 そこはシンボリ家の屋敷の一角。私とルナが暮らす離れだ。

 

「ルドルフ、シリウス、おかえりなさい」

 

 ザクザクと足音を立ててテラスまで背伸びすると、階段を降りてくる影ひとつ。

 右肩に結ったルーズサイドテール、ルナとよく似た黒と焦げ茶の髪色、ルナより小さい前髪の流星。左耳に十字架の耳飾りが揺れて、瞳はルナより濃い紫。トレードマークは星空柄のエプロン。

 スイートルナさん。ルナの母親で、私の育ての親でもある物静かなウマ娘だ。

 

「二人とも、両手にこんなにたくさん。今日はどこに寄り道してきたの?」

「畑でグルーンさんに貰ったんだ。間引いたものだから小さいけど」

「でも途中でこわ~いマグレガーさんが追いかけてきて大変だったな」

「誰がマグレガーさんだって? 追いかけてきたのはシリウスの方じゃないか」

 

 ルナさんは膝に手を当てて屈みながら、私たちのじゃれ合いをニコニコと眺めている。

 きっと、私たちが本当の姉妹のように仲がいいのが嬉しいんだろう。

 

「さ、ピーターラビットごっこはおしまい。にんじんを置いたら手を洗っておいで、おやつにしましょう」

 ルナさんが手を叩く。私とルナは目配せを交わして、デッキを駆けあがっていった。

 

 

 * * * * *

 

 

「うわ……混んでんな……」

 

 昼休憩、それは学生の身分に許された貴重な自由時間である。

 スポーツ専門校であるトレセンのカリキュラムは、午前が座学、午後がトレーニング。

 つまり私たちは昼休憩のわずか1時間半の間に、疲労の溜まった脳に新鮮なブドウ糖を送り込み、これから酷使する全身の筋肉にカロリーとビタミンを補給しなければならない。

 当然、敷地内唯一の学食は混雑を極め、カウンターから入口に至るまで長蛇の列を連ねていた。

 

「定食、残りひとつでーす!」

 

 若いスタッフのハツラツとした声が飛ぶ。朝方ならよく通る高い声だが、生憎この騒々しさの中では2メートル向こうに届くかも怪しい。

 牛歩の歩みの列の合間から注文レーンの上を見た。梁に掛けられた黒板には、割と勢いのある字で献立が書かれている。

 

 〈〝今日の定食:五穀米 鶏むねと野菜のオーブン焼き トマトスープ サラダ〟〉

 

 オーブン焼き……昼食に特にこだわりは無かったが、少しだけ惹かれた。ルナさんの料理を思い出したからだ。

 ルナさんは料理が好きだった。また、なかなかの腕の持ち主でもあった。

 我が家にはオーブンがあった。我が家といっても一般家屋ではなく大屋敷の一角だが、その西陽が綺麗なキッチンに、ビルトインで備えつけられたドイツ製の古い電気オーブンがあった。

 元々は戦後間もない頃、千葉の大地主だったシンボリ家が屋敷を建てる際にオーダーメイドで造られた代物らしい。電子レンジなんて便利なものがまだこの世に無い時代、電気式オーブンは裕福と最新技術の結晶だった。

 そのオーブンを使って、ルナさんはパンを焼き、ケーキを焼き、様々な料理を仕上げた。

 特に美味だったのは、6歳の誕生日に作ってもらった〝うさぎのミートパイ〟。

 その頃の私はベアトリクス・ポターのピーターラビットに夢中で、表情のない、しかしとても生き生きとしたリアルタッチの動物たちに心を躍らせていた。

 ふくろうのブラウンじいさまを探して林で迷子になった。催眠術を信じてルナに腹を下すまでレタスを食わせたりした。私は湖水地方の小動物になりたかった。

 だから幼い私は、バースデーディナーにマグレガーさんのパイを所望したのだ。子供ながらになんと残酷なことだろう。その材料は我らがピーターの親父様だというのに。

 さて、このミートパイ。ねだるのは簡単だが作るには結構な手間がかかる。

 まず一羽分のうさぎ肉から骨を全て取り除き、ベーコンを脂身と赤身に切り分ける。そうしたらフライパンにベーコンの脂身を溶かし、物理的に骨抜きにされたうさぎ肉を一羽丸々焼くのだ。焼き目が付いたら圧力鍋に移し替え、にんじん、玉ねぎ、セロリ、ローレルを加えて辛口のシードルで一時間ほど酒蒸しにする。その間にも空いたフライパンでは赤身のベーコンとマッシュルームを炒め、片手鍋では弱火で溶かしたバターに小麦粉を加えてホワイトソースを作っていく。素晴らしきマルチタスクだ。酒蒸しが終わったら後は粗熱を取った全てをパイ皿に盛り、パイ生地で蓋をして竹串で空気穴をあけるとようやくオーブンの出番。190℃に予熱した炉の中で、30分じっくりと黄金色の屋根と憧れへの期待を膨らませるのだ。

 そうして出来上がったミートパイは(ルナさん自身の料理の腕もあるのだろうが)手間がかかった分絶品で、サクサクと歯の内で音を立てるパイ生地とほろほろと口の中で解けるうさぎ肉が薫り高い湯気を昇らせ、マナーも忘れて頬張ったものだ。……まぁ、絵本の中のミートパイの真実を知ってからは食べることもねだることも無くなったのだが、もしも最後の晩餐というものがあるのなら、その時はもう一度だけ頬張りたい。それくらい忘れられない味だ。

 

 ——悪い、話が大きく脱線した。

 つまり、オーブン料理は私にとって〝おふくろの味〟とも呼べる存在なのだ。

 

「定食ひとつ」

「はいよっ! 定食ひとつ入るよ~!」

 

 20年は勤続してそうな風格のあるおばちゃんに黒板を指して注文すると、システマティックに整えられた奥の厨房では流れ作業で料理が仕上げられていく。

 

「はい、お待ちどうさま!」

 

 30秒もかからず、手元のカウンターに4品が配膳されたトレーが届いた。

 私はそれを両手で受け取ると、箸と紙ナフキンを取りに別のカウンターまで持っていく。

 

「あぁすみません、今日の定食って」

「ごめんねお嬢ちゃん、定食もう売り切れ」

「そう、ですか……」

 

 箸と紙ナフキンをトレーに並べてコップに冷水を注いでいると、さっきのカウンターから残念そうな声が聞こえた。

 ——やっぱり、この混雑じゃさっきの声は聞こえなかったか。

 

「それじゃあ、天ぷらそばで……」

 

 って、何故そこまで落ち込む。おい、箸と紙ナフキン忘れてるぞ。コップは空のままでいいのか。

 

「おい、アンタ」

 

 居ても経ってもいられず、近くの席に座った栗毛寄りの鹿毛の肩を叩く。

 

「はい?」

「ほらこれ、交換してやるからめそめそすん──」

 

 彼女が振り返った瞬間、驚愕した。息が止まり、眼球から身体を貫くように電撃が走った。

 黒っぽい前髪からはみ出る白く大きく目立つ流星。ゆるく内にカールした鹿毛のロングヘア。長毛のウマ耳に五角形に輝く翡翠の耳飾り。眉の輪郭は飛び上がっても凛々しく、丸くした目も目元と瞳のアメジストが変わらない。

 忘れるはずがない。ずっと探していた影。

 あぁ、やっぱりお前は——

 

「……ルナ!」

 

 肩がびくりと震え、一瞬のうちに彼女の時間が止まった。

 耳がピンと立ち、見開かれたアメジストの瞳が私に向かって固まる。

 

「……久しぶりだな、その名前で呼ばれるのは」

 

 向き合った凛々しい顔立ちは、恥ずかしそうに耳の裏を搔いた。

 

「……やっぱり! 2か月も探したんだぞ! なぁ私だよ覚えてるかシリウスだ! わかるだろ?」

 

 喜びが、思い出が、伝えたいことが爆発した。

 色鮮やかな爆炎が視界を彩り、バクバクと心臓を高鳴らせる。

 

「あぁ、君は昔から外跳ねの後ろ髪が変わらないね」

 

 その一言が、私の感情を更に高揚させた。

 ルナが去ったあの日から、私は一度も後ろ髪を切っていなかった。

 切ってしまえばきっと、私が私だと気づいてもらえないような気がしたから。

 

「ルナもその流星変わってねぇよ!」

 

 だから私が私だとわかってもらえたことが嬉しくて、ルナの膝に飛び込む。

 

「ルナはよしてくれシリウス。昔から外じゃ『ルドルフ』呼びだろう?」

「あぁそうだったなルドルフごめんごめん」

 

 言葉は嫌がりつつも声は明るく、膝は柔らかく私を迎える。

 ルナの顔を見上げた。あの頃と同じ、私の1つ上の幼馴染が変わらずそこにいた。

 

 

 

「いやぁ懐かしいね君が水道管を壊して自分の靴ひもで直した話!」

「その話はやめろよせっかく忘れてたんだぞ!」

 

 十数分後、ルナ改めルドルフと向かいに座った私は募り募った思い出話に花を咲かせていた。

 

「あの時の母さんは怖かった怖かった」

「当事者の前で言うな!」

 

 いや咲きすぎて若干日照権を侵害気味な気がするが、なにせお互い5年ぶり、こういうくだらない話ができるのが嬉しくて堪らないんだろう。もちろん私も。

 

「そういえば、母さんは元気にしてるかい?」

「あぁ元気だよ。最近猫を飼い始めた。最近は庭に住み着いた野良猫の世話が日課だ」

「そうか、よかった。手紙は送っていたが、なにせ母さんは寂しがり屋だからな」

 

 この5年間、私がルドルフの近況を知らなかったように、ルドルフも私たちの近況を知らなかったらしい。

 なんとなく、浦島太郎みたいだなと憐れんでしまった。

 

「そういえば、お前が走ってるって話は聞かなかったが」

 

 いくら家が情報を検閲しているとはいえ、一般報道までは遮断しきれない。にもかかわらず、私が1年先輩のルドルフを知らないというのは奇妙な話だった、

 

「あぁ、デビューは7月なんだ。去年は準備期間に充てた。最近はそうしてるウマ娘が多くてね」

 

 なるほど、道理で入学するまで何も手掛かりが無かったわけだ。

 そう納得しながら私は箸を動かす。しかし、向かいの箸は止まっているようだった。

 

「食わないのか? 冷めるぞ」

「……あぁそうだな、いただきます」

 

 指摘されて初めて気がついたのか、ルドルフは慌ててアルミ箔の中身を口に運ぶ。

 なんというか、その手つきは少しおぼつかない。

 

「どうかしたのか?」

「あぁいや、少し母さんの手料理を思い出してしまって……そうしたら何というか、食べるのが勿体ないな……って」

 

 そうか、どれだけ大人びて見えても、私もルナもまだ中学生なんだ。5年も会えなきゃ、寂しがることもあるだろう。

 

「それじゃ、今度帰ったらどうだ? デビュー戦はどうせお前が勝つだろ」

 食べ終わった食器を置いて、ルドルフに提案する。予想外のことを言われた当事者は目を点滅させていた。

「えっ、いいのかな」

「お前がそうしたいって言うなら誰も文句は言わねぇと思うぞ」

 

 紙ナフキンで口元を拭くと、少し滑りが悪くてムッとした。

 開いてみると、湿った紙は薄紅色に染まっていない。

 あぁそっか、家じゃないから化粧してないんだった。ルナといるからつい令嬢仕草になってしまった。苦手なのに。

 そう憂いていた瞬間、突然ルドルフが私の手を取った。口元を覆っていた右手だった。

 細い指先が私の指先を包み込む。温かく、柔らかく、肌と肌がそっと触れ合う。

 

「君の手、大きくなっていたんだな」

 

 しみじみと話す様子は唐突で年不相応で、なんだか可笑しい。

 それでも私は重ねられた掌を、確かめるように握り返した。

 

「あぁ、大きくなった……昔よりずっと。成長してたんだな、私たち…………」

 

 伸びた爪、太くなった関節、厚くなった手の甲、その一つ一つを指でなぞって、数年の時を再び流れていく。

 私が赤らめた膨らみをなぞるように指を動かすと、ルドルフは啄むように指を結う。

 互いの掌が、繋がりの象徴が絡み合った。熱と熱が混じり合って、しっとりとした肌の感触が二人の境を溶かしていく。

 そして、最後に伝わったのはお互いの温もり、二人が今確かにここで生きている証だった。

 でも、名が変わっても大きく変わらないその姿が私は嬉しくて。

 幼馴染同士、数年ぶりに通じ合えた気がした。

 

「私たち、姉妹みたいだな」

 

 ルナがクスリと笑う。

 

「よせよ」

 

 私も思わず笑みをこぼす。

 そうして私たち二人は、数年ぶりの再会を嚙み締めた。

 もう一度ルドルフの顔を見る。く滲んだ目元に雫を貯めていた。

 酷い顔だなと眺めていると、景色が段々歪んできた。

 目頭が熱い、私も同じように嬉し涙を浮かべていた。

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