それは、まだ私が独りきりだった頃の話。
「可哀想に、いっしょに死んじゃえばよかったのにねぇ……」
「ずっとあの調子なんでしょう? どうにかならないものかしら……」
「あの子にも、仲良くしてくれる子がいればいいんだが……」
また、部屋の外で大人たちが小言を騒いでいる。
独りきりの部屋。電気も点けていない薄暗い部屋で、私は膝を抱えてうずくまっていた。
床には写真が転がっている。父と母が並んで写っている写真。知らない大人の写真。
私の父親は私が産まれてすぐに蒸発した。母親も早くに亡くなった。
窓の外を覗く。眼下に広がる中庭では、私の同年代の子どもたちがサッカーボールで遊んでいた。
動体視力と反射神経、脚の発達に効果的だと家の大人はサッカーを推していた。
窓をそっと閉じ、ベッドの上でまたうずくまる。
大人の言うことは嫌いだ。自分を置いていった大人なんて、自分を憐れむだけの大人なんて、大嫌いだ。
2週間掃除していない部屋は流石に埃っぽくて、少しだけ扉を開けた。
悔し涙が溢れてきた。ベッドに戻り頬の裏を噛んでわなわなと震えた。
ギギギと、扉が軋む音が聞こえた。
光が眩しい、空いた扉の方を見る。
そこに彼女がいた。生涯忘れることはない、三日月模様のウマ娘。
「君、ずっとここにいるのかい?」
三日月の彼女がこちらに近づく、私は壁に退いて赤紫の目を睨んだ。
初めて見た動物を触るような、好奇心と恐怖心が混じった目だった。
「……外に出るのはいやだ」
「お母さんとお父さんは?」
「……」
「明かり、つけないと暗いよ?」
「……うるさい」
そう、彼女はうるさかった。静かな声だが、自分の心の内に土足で上がり込んでくるその神経が不快で堪らなかった。
私は目を逸らして布団を耳まで被る。そろりとこちらに近づく足音は消えなかった。
「そっか、きみ寂しいんだ」
目の前の少女の指が、羽毛越しに頭に触れる。
私は白地を取っ払って、再び彼女を睨みつけた。
「寂しい?」
「一人でいるけど、ホントは誰かといっしょにいたい。でも嫌がられたり傷つけられるのが怖いんだね」
「うるさい! お前にはわかんないだろ!」
私は叫んだ。彼女は何も答えない。それが私を更に苛立たせた。
「生まれてすぐ父さんがいなくなったことあるか? 母さんが目の前で首吊ってたことあるか!? ないだろ!!」
襟元を掴み、詰め寄った。涙が止めどなく溢れてきた。
「それは……」
「もうあっちいけよ!」
埃っぽいカーペットに彼女を突き飛ばす。ドスンという確かな衝撃が耳に入った。
「……また、くるよ」
彼女は起き上がると服についた埃を払うこともなく、ただ私に悲しそうな目を向けていた。
唸る私の先で彼女が歩き出す。
扉が閉まった。うるさい声はもう聞こえなかった。
翌日、私は2週間ぶりに部屋を掃除した。床に転がっていた写真も棚に仕舞った。
カーペットは少しだけ鮮やかな赤色を取り戻した。ベッドは少しだけ柔らかくなった。
その白に飛び込んで顔をうずめていると、ギギギと軋んで扉が開く。
「……いるかい?」
「なんだよ」
右を向いた。また、彼女がいた。
「昨日はごめん。言いすぎた。ごめん」
目に入った瞬間、昨日の彼女は耳をしゅんと垂れさせて謝ってきた。
私はその申し訳なさそうな顔が少しだけ嬉しくて、ふふんと鼻を鳴らしながらベッドから起き上がる。
「今日はなんだよ」
「君、毎日ここにいるのかい? 外に出ないのかい……?」
彼女は恐る恐る私に話しかけた。私は何も言わず窓の外を指す。庭には大人たちがガーデンテーブルに座って談笑していた。
「あいつは私を化け物扱いしてる奴だ。あいつは私にいなくなってほしいと思ってる。あいつは私にいらないものを押し付ける」
彼女は身を乗り出して窓の外を眺める。誰にも気づかれていない。私の部屋が邪険にされている何よりの証拠だった。
「大人は嫌いだ。大人みたいにものを言うお前も……大っ嫌いだ」
カーテンを鷲掴み、彼女の顔を見た。今まで見たことのないほど悲しそうな顔だった。
「そう、か……」
彼女は気まずそうに私から離れた。壁掛けの本棚に逃げていく。
また、ひとりぼっちになってしまうのか。
こうして気にかけてくれた人も、信じられずに手放していくのか。
そうじんわりと後悔し始めた時だった。
「君、ピーターラビットを読むのかい?」
彼女は本棚を指さして振り向いた。微かに喜びを見つけた目だった。
「なんだそれ」
「ベアトリクス・ポターの絵本だよ。ここにあるから読むと思ったんだけど……」
「絵本なんて読まない。だいたい、ぜんぶ大人が押しつけたもんだし……」
再び訪れた会話の機会。ぶっきらぼうに返事をしていると、何を勘違いしたのか彼女が手に取った本をベッドに開いて見せてきた。
「ほら見て、うさぎたちは嬉しそうだけど、顔つきが変わってない」
開かれたページを覗き見る。直後、頭に電流が走った。
そこにいたのは鼻先から毛並みから細かく描かれた動物たち。
動きも肉付きも丁寧で、少し目を離せば絵本を飛び出して逃げていきそうで、そのどれもが、今まで私が見たことのない絵本だった。
「……ほんとだ」
感嘆のあまり、そんな声が漏れる。目の端に映る彼女の顔が、みるみる笑顔になっていった。
「そうだろうそうだろう! きっとポターは動物をよく観察してたんだ。どこに筋肉があって、どこが動くか。全て頭の中に入ってたんだよ」
彼女が目を輝かせて私を見る。その姿は妙に大人びていた昨日と違う年相応の子どもの姿で。
気づけば私の中から、彼女に対する抵抗感は消えていった。
「ねぇ、屋敷の裏に森があるんだ。たくさん動物もいる。いっしょに見に行こうよ。手をつないでさ」
彼女が手を差し伸べる。賢そうな口に合わない、日に焼けて皮の厚い手があった。
「……行く」
「ありがとう! 君の名前は?」
「シリウスシンボリ。シリウスでいい」
「そうか、私はルドルフ。シンボリルドルフだ」
「……ルナって呼んでいいか?」
少し声をくぐもらせて、私は彼女にそう訊ねた。
ルナ——月の女神。三日月のイメージ。
私の部屋からはよく月が見えた。月は私の数少ない友達だった。
月は完璧じゃない。自分一人では輝けないし、浮いていることもできない。真ん丸に満ちるときもあれば、穴が開いたように欠けたり、全く見えない時もある。
私はその人間臭さが好きだった。不完全さを愛していた。
「それは……」
彼女はバツが悪そうに三日月模様を揺らして少し考えこむ。
「……いいよ、ルナでいい」
けれど、私が不安そうに肩に手を伸ばすと、にっこり笑って受け入れてくれた。
初めて、私のわがままを聞いてくれた。
「最高の舞台へ、さぁ行こう!」
ルナが腕を突き上げ、声を張り上げる。
「なんだよ、そのダジャレ」
私は応え、手を繋いで扉を開ける。
私とルナの、忘れられない馴れ初め。
* * * * *
それは、ルナと知り合って少し経った頃の話。
その日も私はルナと遊んでいた。森を抜けて、大人たちがいる中庭にも顔を出すようになった。嫌いだったサッカーも、ルナとなら楽しめた。
「マティ! こっちだ!」
「わかった! ルドルフ!」
「させねぇからな!」
ここ数週間で私の肌はかなり焦げた。それは独り部屋に籠るより、ルナといっしょ過ごす時間の方が大切になっていた証だった。
ルナは強かった。チェスでもサッカーでもかけっこでも、勝負とつくものなら何でも一番だった。
いつだってあの獅子の眼を光らせて、表彰台の先の
周りの大人はこぞって『無敗三冠を獲るんじゃないか』なんてルナを噂にしていた。
馬鹿な野郎どもだ。ルナが三冠ごときで終わるわけがないだろ。
アイツはもっと、六冠、七冠、もしかしたら前人未到の海外G1だって獲るかもしれない。
いいや、必ずそうなる。そう思わせるほどの実力がアイツにはあった。
そう、アイツにはあった。私には、少ししか無かった。
ルナが連戦連勝していく中で、私は勝ったり負けたりだった。ルナがいない時はおおよそ勝っていたが、それでも『強い』以上の実感にはならなかった。
子どもらしいと言えばそうなのかもしれない。けれど私が求めていた自分は、『ルナの横を並んで歩く自分』だった。
きっと、強いウマ娘を育てるシンボリの中でも強いウマ娘の自分は、トレセンに行けばG1だって獲れるのだろう。
でも、G1ひとつ獲ったところで、その時ルナは私の隣にいるだろうか。
振り向いて、くれるだろうか。
遊び疲れた私は2階の自室に戻った。埃っぽかった暗い室内は、今はルナから貰った飾りやルナと見つけた宝物でいっぱいになっていた。
ベッドに寝転がり、天井を見上げる。
大人になれば、この天井にもっと近づくんだよな……
そうなる時が怖かった。また一人になってしまうのが怖かった。
ルナとはさっき階段でお別れした。今日はもう会えない。
また独りの時間が始まった。今迫ってくるのは大人じゃない。それよりもっと大きくて、暗くて、冷たいものが、心の内から私に迫っていた。
夕食までまだ時間がある。再び外に出るまで、湧き出る不安を押しとどめる手立てを探していた時、コンコンとドアがノックされた。
「シリウスちゃん、いる?」
その声は温かくて、柔らかくて、待ち望んでいた声にとてもよく似ていて
「ルナ!?」
私は歓喜して勢いよく扉を開けた。そして
「えっ……?」
廊下に立っていた人物を見て絶句した。
右肩に結ったルーズサイドテール、ルナより明るい鹿毛の髪色、左耳に十字架の耳飾りが揺れていて、瞳はルナより濃い紫。トレードマークに星空柄のエプロン。
そこにいたのは、ルナのようでルナじゃない、ルナによく似た大人のウマ娘だった。
「ルナ……じゃない?」
無意識に後ずさる。不安の雲が渦巻いていた脳内に、今は疑心暗鬼が渦巻いている。
「いいえ、私はルナよ」
私の言葉に目の前の大人は否を返した。それが更に、私の警戒心を加速させる。
「嘘だ! だってルナはもっと小さいしもっとかわいい!」
叫んで、歯を立てた。今や私の頭には黄色と黒の警戒色が幕を張っていた。
「だから、私の名前もルナなの」
「え……?」
目の前の大人の言葉に頭が真っ白になる。声も呼吸も動きも止まった私の小さな肩に、大人はしゃがみ込んで両手を当てた。
「わたしはスイートルナ。ルドルフのお母さんよ。いつもあの子と遊んでくれてありがとうね」
そう優しく言われた瞬間、理解した。何故この人がルナに似ているのか、何故私の部屋を訪ねてきたのか、何故あの時、あだ名を聞いたルナが少し考えこんだのか。
そっか、ルナのお母さんもルナだったんだ。
「……ルナ、さん?」
「ふふっ、あの子、あなたに初めて会った日の夜、わたしに言ってきたの。『母さんと同じあだ名をつけられた』って。素敵な名前をありがとうね」
まだ戸惑いが残る私の頭を、ルナさんの手が優しく撫でる。
つむじの向きに沿って、耳を避けて、まるでいつもそうしてるみたいに。
私にこんなことをしてくれる大人は初めてだった。
私を蔑むことも、憐れむこともせず、一人の人間として接してくれた。
生まれて初めて、〝母の温もり〟を知った瞬間だった。
「それでね、お礼といってはなんだけど、今夜はうちで、ルナといっしょに夕ご飯にしない? 毎日一人じゃ味気ないでしょう?」
温かい手が私の手を包む。向かい合って話す声は、お誘いなのにお願いしているようで、それがちょっと可笑しくて
「うん、行く」
私はこっくりと頷いた。引かれるまま、温かい手をそっと掴む。
繋いでいる手を見た。よく見ると少し肌が荒れていて、ところどころに擦り傷の跡がある。
働き者の手の左薬指には、少し古びた銀の指輪が光っていた。
「好きなだけ食べていっていいからね」
その日の夜。屋敷の西側に建つ離れに私はいた。
黄色のチェックのテーブルクロスが敷かれた大きなテーブルには、パンにサラダに手作りのフレンチドレッシング、ルナさんが漬けたにんじんピクルスにカブのポタージュスープに、とにかくオードブルがたくさん並んでいる。
来賓祝賀の如き扱いを受けたじろぐ私の横で、ルナはいただきますはまだかと腕を伸ばしていた。
自分の家とはいえ、外の目が無くなるとこんなにリラックスするんだな、ルナ。
「二人とも手をどけて、あつ~いお皿が通るわよ~」
ルナさんが大きく持ち上げた腕を下ろすと、テーブルの中央に華やかな彩りが鎮座する。
〝豚肉のリンゴソース〟、後に名前を知ったその料理は、1キロほどはあろう豚ロースが紐で縛られ、カリッとした焼き目にすり下ろしたリンゴのソースがかかった、とにかくド派手な見た目をしていた。
甘酸っぱい薫りが鼻をくすぐり、お腹をぐぅと響かせる。
それはルナも同じだった。ただでさえアメジストのように綺麗な瞳は、らんらんと輝いてもはや宝石そのものだ。
エプロンを解いたルナさんが向かいに座り、ミトンを外す。
「それじゃ、ルナもシリウスちゃんも手を合わせて」
「「「いただきます!」」」
目を閉じて開始の号令が鳴った瞬間、私とルナはテーブルの上の料理に飛びついた。
パンをかじった。柔らかかった。サラダにドレッシングをかけた。シャキッといい音を立ててフォークが刺さった。ピクルスをかじった。一口大の甘いにんじんに酸味が効いて美味しかった。ポタージュを飲んだ。スプーンですくった跡がしばらく残るほど、濃厚にカブの味がした。
そのどれもが、屋敷で食べてきた料理とは違う新しい体験だった。
「シリウス」
スライスしたロースを夢中でパンに乗せていると、ルナが肩を叩いた。
「なんだ?」
「楽しいだろう? みんなで食べる食事って」
向き合った先でルナがニカッと笑う。口にピクルスのかけらがついていた。
「ルドルフ、食べながら話さないの」
ルナさんがトングでサラダをよそう。私はその日常の一コマを、ポタージュの器越しに眺めていた。
牛乳とカブの優しい甘さがどろりと喉を通る。
家族って、こんなに温かいものなのか。
私に家族はいない。だから、これが普通の家族なのかはわからない。
でも、けれどもし、この日常の一部に私がなれるのなら
——私は、ここにいてもいいってことにならないだろうか。
何を目指すわけでもなく、手を伸ばした。ただ私にはない光を掴みたかった。
開いた震える掌に、何かが当たった。
「はい、口元拭く紙はこれね」
紙ナフキンを握っていた。そうするのが当然のように、ルナさんが渡してきたちり紙。
そう気づいた瞬間、何故だか、何処からか、涙が流れてきた。
「あ……あぁ……うぅ……」
貰った紙ナフキンで目元を拭きながら、それでも悲しみは止めどなく溢れてくる。
「シリウス、どうかしたかい? もしかしてリンゴ嫌いだった?」
「ちがっ……ちがう……うれしい……おいしい……」
もっと違うことを、もっと嬉しいことを伝えたいのに、うまく口が動かせない。
「……シリウスちゃん」
ルナさんの手が、背もたれの向こうから優しく肩に触れた。
視界が、どんどん滲んでいった。
「わたしっ……とうさんいなくて、かあさんしんじゃって……ずっ、ずっとひとりで……ずっとこのままだっておもってて……で、でもいまたのしくて……うれしくて……これがなくなるっておもったらこわくてっ……!」
拳が震える。歪む視界には雫の落ちるチェック柄だけが映っている。
「がえりだくないよぉ……!」
俯いていた。だから、二人がどんな顔で私の独白を聞いていたのかはわからない。
でも、二人とも手を止め静かに私の言葉を聞いてくれていた。
涙が止まり、息が落ち着いたころ、ルナさんがマグカップを持ってきた。中でハーブティーが湯気を昇らせていた。
「ねぇ、シリウスちゃん」
ルナが席を変わり、ルナさんが隣に座る。
まだ何も話せない。それでもルナさんは話を続けてくれた。
「わたしの夫、ルドルフのお父さんはね、もういないの」
「えっ……?」
驚いて顔を見る。ルナさんは頬杖をつきながら、寂しさを懐かしむような表情でマグカップの水面を見つめていた。
「うん。2年前、ルドルフが4歳の時にね」
「事故だったの……?」
「いいえ、癌だったの。道半ばだったわ」
ルナさんが写真立てを渡してきた。ガラス越しにセピア色を見る。そこには、今より若いルナさんと、アイルランド系の紳士服に身を包んだ白髪混じりの格好いい男の人がいた。
「あの人を言い表すなら、そうね……愛に生きた人だった。私のため、ルドルフのために人生を捧げていたの。でも、かわいそう人でもあった」
「かわいそうな、人?」
ルナさんは何も答えない。ただマグカップから昇る湯気に古い歌を乗せていく。
「〝……白い坂道が、空まで続いていた〟」
その詩が何を意味するか、その時の私には分からなかった。
大きく目を見開き、もう一度写真を手に取る。ルナさんの隣に並ぶ目と私の赤い目がそっくりだった。
「ねぇ、シリウスちゃん」
ルナさんの髪がもう一度、私の瞳に映る。
「血の繋がりだけが家族じゃない。ここで私やルドルフと暮らさない? あなたがいれば、ルドルフもきっと楽しいわ。もちろん、あなたも」
「えっ……」
それは、今の私にとって蜘蛛の糸にも思える言葉だった。
ずっと独りが怖かった。誰にも愛されなかった自分が、記憶からも消えてしまうのが怖かった。
でも、もうそんな夜を過ごすこともなくなる。自分を受け入れてくれた人といっしょにいられる。温かい日常の一部になれる。
掌を握る。その中にほんの少し、光を掴めた気がした。
「それじゃあ、明日も来ていい? ここにいていい?」
「もちろん! 嬉しかった時も、悲しかった時も、寂しかった時も、何となくでも、いつでもここにいていいのよ。だって、ここがあなたの帰る場所だから」
緊張の糸が、私を縛っていた鎖が弾けて切れた。
「ふふっ……はは……あははははッ!」
大声を出して笑う。今度流れているのは、嬉し涙だ。
「シリウス、笑ってないで、ご飯冷めるよ?」
トングの音が響く。ルナがロースを5・6枚掴んでいた。
「あ、それ私の分の肉だぞ! 盗んなお前野菜食え野菜!」
「自分の分食べ終わってから言ってください~!」
「テッメざけんなそれじゃポタージュ寄こせ!」
「はいはい二人とも、おかわりあるから喧嘩しないの」
食卓を囲む夜は賑やかになっていった。
大きな両開きの窓からは、パンジーの花壇と白いガーデンテーブルが並ぶ庭が見える。
私の体格なら、ジャンプすれば通り抜けられそうだ。
ひとりぼっちだった私に、帰る場所ができた。
親友で、叔母で、お姉ちゃんなルナと、優しくて頼れるルナさん。
きっと、私にとってルナさんは本当の母さんだったんだと思う。
けれど、結局ルナさんのことは最期まで「お母さん」と呼んであげられなかったな。
追記(2023/04/17)
改定に伴い後半部分を変更しました。