光亡き影、皇帝と帝王   作:SLあーもんど

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これは、ボクが尊敬する人たちの話。


友達:皇帝と女帝

 ターフに一陣の風が吹いた。二つの影がコーナーを駆け抜けていく。

 先行するのはルドルフ。抜群の体幹でコーナーの内ギリギリを突いている。

 対する私は2・3バ身後方から出方を探る。お手本のような追込型だ。

 間もなくコーナーは終点。最終直線に進入したルドルフは速度を上げ半径が緩む。ラチとルドルフの間にウマ娘1人分の隙間ができた。

 いける。私は右脚に力を込めて大きく芝を蹴った。笛のような風切り音が甲高く耳元で渦巻く。

 そのまま一層速度を上げ、ルドルフの左手に迫る。その時だった。

 

「甘いッ!」

 

 ルドルフはまるでこちらを嘲笑うかのように大きく左に傾き、こちらの行く手を塞いだ。

 勇猛果敢なその走りは、日本の芝に対する5年のブランクを微塵も感じさせない。

 そのまま重い芝を踏み込んで加速し、呆気に取られる私を置き去りにする。

 そして、先にゴールラインを踏みぬいたのは——

 

「やっぱりお前は強いよ……」

「ありがとうシリウス、毎回付き合わせてしまってすまないね」

 

 はぁはぁと息を切らしてベンチに腰を下ろす。

 座面に置いてあるクーラーボックスからドリンクを取り出して差し出すと、タオルを巻いたままの腕は勢いよく水筒を奪い取り飲み干した。

 熱を帯びた胸の圧迫感が、少しの達成感を視界に昇らせる。

 夏の日差しが視界を白く染め上げ、遠景の校舎には陽炎がゆらゆらと燃えていた。

 

「そんな畏まんなよ。お前が楽しいなら別にいいって」

 

 どこか縮こまった肩をポンと叩く。口では軽く流したが、内心は少し引っ掛かりがあった。

 感動の再会から2週間、私は放課後いつもルドルフと併せていた。2週間、ほぼ毎日ずっと。

 ——私とルドルフは1歳違い、学年も1年違い。いくら幼馴染とはいえ、新入生の私が1学年先輩のトレーニングに付き合うのは非効率な気がしていた。

 私にだってそこそこ顔見知りはいる。トレセンに来て日が浅いとはいえ、ルドルフの性格なら友達の1人や2人いたっておかしくはないはずだった。

 紐付きのキャップを開けても、中身はもう入っていない。

 肺活に余裕ができた頃合い、何気ない風を装って少し探りを入れてみる。建前半分、本心半分だ。

 

「そう思うんならさ、今度はお前の友達でも連れて来いよ。1年差くらい、いいハンデだ」

 

 ちらりと右を覗く。ルドルフの顔が、確かに陰った。

 普段は聡明で自信に満ちているあの眉が、じわじわと垂れ下がっていく。

 

「それなんだが……実は……あの日以降友達がいないんだ」

 

 渋るように、ルドルフの口から悩みが洩れた。

 俯いたまま目を合わさず、膝に抱えたボトルを両手で握り締める。

 

「だったらこっちでまた作ればいいじゃねぇか。アメリカにいた頃はいたんだろ?」

 

 励ますように右肩に寄り掛かっても、ルドルフの顔は晴れない。

 気を逸らそうとベンチから体を起こすと、力の抜けた右手から空のボトルが滑り落ちて、カラカラと地面に転がった。

 慌てて屈んで取ろうとする、その腕を遮って、汗ばんだ手がボトルに伸びた。

 

「いや……実は向こうでも、友達と呼べるほど仲のいい子はいなかったんだ。勿論、ここにも」

 

 まるで自分に影を映すように、持ち上げたボトルを夕陽に当て、ルドルフはそう言った。

 かける言葉が見つからない。頭の中で共感と疑問が渦を巻いていた。

 

「……シリウス。小さい頃、よく私と森でかけっこしたの、覚えてるだろう?」

「あぁ、いっつも私が追いかけて、お前が逃げる側だった」

 

 シンボリ家にいた頃、ルドルフ……ルナの走りに合わせられたのは私だけだった。

 普段は人当たりが良く、品行方正を絵に描いたようなルナだったが、〝走る〟その一点に関しては、まるで獅子のように獰猛そのものだった。

 一度でも併せれば、その圧倒的な才能と実力差を見せつけられ、たちまち無力感と敗北感に襲われてしまう。

 同じシンボリの奴らですら、運動着を着たルナには総じて近づかなかったものだ。

 

「どうやら私は……強すぎたらしい。併走に誘っても他の子たちは皆怖がってしまってね。勝負にならないんだ」

 

 理由を察し、あぁと納得の声を漏らす。

 先ほどの併走、ルドルフは若干手加減している節があった。

 自分が勝つと確信しているような、可逆的な走り。

 相手が必死になるのを楽しんでいるような、猛獣の狩り。

 獰猛ライオンのルナちゃん。その鋭い牙は、きっとまだ血に飢えているんだろう。

 

「自分でも悪癖だとは理解している。だが、一度でも芝を蹴り上げれば、暴力の加減がまるで分からなくなるんだ。私の中の本能が「叩き潰せ」と囁いてきて……思案投首、どうすればいいものかっ!」

 

 ルドルフは汗をかいたボトルをタオルで拭きながら、履き潰した運動靴を中空に脚で飛ばす。

 私は夕陽に向かう靴底を目で追いかけながら、その影に思い出を重ねていた。

 

「……なぁルドルフ、覚えてるか? お前がアメリカに行く前の夜のこと」

「あぁ、とてもよく覚えているよ。私を追いかけて欅の下まで来てくれて……」

「それで約束しただろ?「私がお前の太陽になってやる」って」

「私が月明かりみたいになりたいって言ったからだろう? 今の私は……月の光ほど優しくはない」

「でも月は嘘つきだ。自分で光っちゃいないからな。だけど、お前は自分に嘘をつかない。そこが好きなところだ」

 

 数メートル先に着陸した靴を拾うと、中敷きは擦れて穴が開いていた。

 紛れもない、アイツの努力の証だった。

 

「このままでいいと思うか?」

「そのために私がいる。手伝ってやるよ、お前の友達作り!」

 

 率直な相談に、私はシューズタンを掴んでベンチに投げ返す。

 ルドルフは土埃を避けるように両手でキャッチすると、ボトルの隣に立てかけた。

 

「それ本当かい?」

「あぁ、要はお前と同じくらい強い奴がいればいいんだろ? ルドルフが周りに合わせることねぇって」

 

 ルドルフはジャージの上を羽織って立ち上がり、私の横を通り過ぎる。

 

「ありがとう、シリウスがついてくれるなら心強い。骨太を頼むよ」

「任せとけって! それに、お前を満足させられるのは、いつだって私だけだからなっ!」

 

 鹿毛の髪が靡き、こちらに振り向く。逆光で顔がよく見えないが、笑っているような気がした。

 履き潰した靴が夕陽に照らされる。向きは表、明日は晴れになりそうだった。

 

 

 * * * * *

 

 

「とは言ったものの、どうすりゃいいんだよ……」

 

 午前の授業終わり、私は机の引き出しに教科書を仕舞いながら頭を抱えた。

 昨日ルドルフに「友達作りを手伝ってやる」と啖呵を切ったものの、無論、入学3か月の自分に上級生のツテなどあるわけない。

 かといって今更断りを入れることもできない。私は嘘が嫌いなのだ。

 まるで自分で差し伸べた蜘蛛の糸が実は真綿製で、その真綿で首をじわじわ締められている感覚。

 とりあえず放課後、教官に相談でも吹っ掛けてみようと鞄を掴んで——その時だった。

 

「随分辛気臭い顔をしているじゃないか、シリウス」

 

 ふと上から声がした。見上げると、眼前にいたのは私のクラスメイト。

 

「あぁ、なんだエアグルーヴか」

 

 真っ直ぐな髪質のボブヘア、左耳には金の耳飾りが揺れ、右半分を覆った前髪の隙間から右目が見え隠れしている。その眼つきは鋭く冷徹で、目元には薄紅色のアイシャドウが走る。プロポーションは既に大人とも見間違うほど仕上がり、細くもしっかりと筋肉のついた脚は運動時はブルマを着用しているのも相まってよく目立つ。

 〝女帝〟私を真っ直ぐに見下ろす彼女は、端的に言えばそう形容したくなる風貌のウマ娘だった。

 

「なんだとはなんだ」

「いや、別に珍しくもないだろ。毎日会ってるし」

「〝親しき中にも礼儀あり〟と習わなかったのか。全く……」

 

 一触即発の空気を感じたのか、他の生徒は皆足早に教室出口へと去っていく。

 

「おい見ろよ、もう誰もいねぇぞこの教室」

「……また語気を強めてしまったか」

「まぁ仕方なしだろ。実家が実家だし、そりゃ怖がるって」

「それはそうだが……」

 

 実際はそんなことのない、何気なしの挨拶みたいなものなのだが。

 私とエアグルーヴは割と仲が良かった。

 お互い口に出したことは無いが、世間一般的には友達同士と言ってもいいくらいの関係だ。

 

 こうなったきっかけは、3ヶ月前の入学式の日。

 エアグルーヴは入学式で新入生代表のスピーチをしていた。

 その日の私は94年度新入生として、紅白幕に覆われた体育館の席にいた。

 まだ真新しく生地が硬い制服に一日中袖を通し、椅子に座りながら樫本理事長の有難いのか長いのかよく分からない祝辞を清聴し、普段ウイニングライブのド派手な曲を作りまくってる学校とは思えない程渋い校歌を斉唱すること数時間。

 クラスHRのため教室に集合する頃には、我が身は既に茹でホウレン草並にクタクタであった。

 教室前の廊下を進み、雁首を揃える生徒の群を足早に抜け去ろうとする。頭の中はシャワーで一杯だった。

 それでも不意に足が止まったのは、視界の端に群衆が、まるでモーゼの海割りの如く立ち退いていくのが映ったからだ。

 見ると、その中心には堂々の佇まいで道の中央を往く、シワ一つない制服に身を包んだウマ娘がいた。

 

『スピーチ、とっても素敵でした!』

『あの、自分いっしょのクラスなんで、よろしくお願いします!』

 

 観衆に耳を澄ませると、聞こえてくるのは媚びるような猫撫で声ばかりで

 

『どうした貴様、立ち止まって』

 

 きっと、進路を塞いでいたんだろう。

 いつの間にか、数時間前に遠目で見た花顔は眼前に迫っていた。

 真新しい制服から、汗とネモフィラの香水の香りが舞う。

 組んだ腕を押しのけるよう、私は鎌首をもたげて一歩前に出た。

 

『……アンタ確か、つまんねぇスピーチしてた奴だよな』

 

 どよめきも一瞬、不気味な静寂が廊下に訪れた。

 だが同い年に物怖じするほどヤワな私じゃない。

 

『ほう、会って早々私に盾突く奴は初めてだな』

『盾突くも何も、事実そうだろ。耳障りはいいが内容を分解すりゃ綺麗ごと並べただけだし、時事の引用も少し古い』

 

 周囲からは少しずつ批判や彼女を擁護する声が漏れ始める。

 しかし、言葉の棘を向けられた本人は至って冷静な様だった。

 

『まさか、こちらが修正できなかった点を全て言い当てられるとはな……』

 

 再三、どよめきが広がっては消える。

 目の前のウマ娘が自ら負けを認めたということが、凡才な取り巻きには信じられなかったようだ。

 

『貴様、中々見る目があるな。エアグルーヴだ』

 

 爪にコートの施された手がこちらに伸び、握手を求める。

 

『そりゃどうも、シリウス、シリウスシンボリだ』

 

 私はその手を腕ごと絡めとり、固く友好を交わした。

 それから3か月、同じクラスに割り当てられたこともあり、私とエアグルーヴは友達としてそこそこの関係が続いていた。

 

「そういえばシリウス、来週末は何か予定はあるか?」

「予定? ちょっと学生課行く用事ならあるけど今週までのやつだし……特にないな」

「なら丁度いい。次の土曜付き合ってくれるか?」

 

 人が去った頃を見計らってか、鞄の口を閉じた私に一枚のチラシが渡された。

 

「〈ケーキバイキング、夏休み限定3名以上の来店で500円引き〉……付き合うって、これにか?」

「あぁ、期末試験が終わったから、その慰労でもと思ってな」

「いいな、お前の奢りだろ?」

「割り勘だ。割引分はくれてやる」

「はいはい、んじゃ駅前に朝集合でいい——」

 

 軽口もほどほどに席を立とうとした時、さっき読み上げたチラシの文字に引っ掛かりを覚えた。

 

「……待てよ、3名から割引ってことは、あと一人誰か来るのか?」

「あぁ、最初はフジ先輩でも誘おうと思ったが都合がつかなくてな。どうしたものか……」

 

 予想的中、やっぱりまだ数が揃っていなかったらしい。

 誰か誘えそうな奴はいないかと、こちらでも思案を巡らせる。

 ——ラモーヌはこういうの好きじゃなさそうだし、アルダンは医者から止められるだろうし。

 ——あ、ルナさんはこういうの好きそう……いやいや、学生の集いに大人誘うのも違うだろ。

 その時、私の脳裏にあるアイデアが思い浮かんだ。

 昨日からの問題と、明日の問題を解決する一石二鳥の人選だ。

 すぐに立ち上がり、エアグルーヴにチラシを返しながら口を開く。

 

「それじゃ、こっちから一人連れていきたい奴がいるんだが……」

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