生徒会の犬となりまして   作:秋月月日

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Enemy to each other

 ――それは、いつの事だったろうか。

 

「あなた、この世界について何か知ってるの?」

 

 理不尽な人生の末にこの世界に迷い込んでしまった、一人の少女。勝気な瞳とカチューシャが特徴的だったその少女は疲れ切った顔をしながらも、確かな意志を持って俺にそう聞いてきた。

 凄い精神力だな、尊敬するよ。この世界に来たばかりの俺はもっと動揺してたからなぁ。――そんなことを思いながら、俺は彼女にこう言った。

 

「詳しくはねえが無知って訳でもねえな。しいて言うならココは死後の世界。お前は死人で、俺も死人だ。どんな傷も一日寝れば治る素晴らしい世界で――逆に、死にたくても死ねない最悪な世界でもある。ここまでで何か質問は?」

 

「……あなたはどれくらいこの世界にいるの?」

 

「二年経ったところで数えるのをやめた……かな。言うまでもねえが、俺はこの世界のベテランだ。一応は俺よりも先輩が一人だけいるにはいるが……ま、アイツはちょっと俺とは違うからな。今は考えないようにしておこう」

 

「???」

 

「あーいや、こっちの話だ」

 

 そう言う俺に少女は同情の視線を送ってきた。その同情にはどれほどの意味が含まれているのか、鈍感な俺には分からない。――というか、分かろうと努力することもしていなかった。

 そして、俺は少女にこう言ったんだ。

 理不尽な人生の末に理不尽な世界へと放り込まれた哀れな少女に向けて、既に狂っているのかもしれない俺は無責任にもこう言ったんだ。

 

「それで、お前はこれからどうする? この世界には法律なんてねえから、好きな事だけをやって暮らしていけるぜ? 人を殺しても捕まらねえし、授業をサボっても咎められねえ。まぁ、教師に見つかったら生徒指導室行きだけど……そこはまぁ、お前の力量次第だな」

 

「あなたはどうするの?」

 

「今は俺のことは関係ねえだろ。俺はお前の今後について聞いてんだからな。なんだ、お前は俺が死ねと言ったら死ぬ女なのか? いやまぁ、この世界じゃ死ねねえけどさ」

 

 この世界において最も大事なのは、自分を支配する精神力と責任だ。誤った選択は全てを破滅に導いてしまう。それで完全に狂う事が出来ればまだ良いのだろうが、この世界はその狂うというバグをも許さない。全てを感知させる素晴らしい世界では、辛い現実から逃げることなど許されない。

 故に、俺は彼女に問う。

 これがこの世界を変えるきっかけの言葉になる事なんてこの時はまだ知る由もなかった俺は、新入りの少女にこう問いかける。

 

「お前はこの世界で何をしたい?」

 

「…………それはどんなことでも大丈夫なの?」

 

「さぁ、な。それはお前の選択と努力次第だ。そして、俺は出来る限りの協力はしよう。せっかく見つけた人間だからな、こんな所で見捨てはしねえさ」

 

「……そう。うん、うん、決めた、決めたわ。あたしがこの世界でやりたい事、やっと決まった気がするわ」

 

 そう言う少女の瞳には、少しばかりの希望の光が灯っていた。やはり精神力はそこそこ強いらしい。既にいろんなことを諦めた俺とは天と地ほどの差があるな。ある意味では才能だし、ある意味では欠点とも言える。

 そして、少女は俺の目を見てこう言った。

 後に死後の世界史上最悪の不良集団を創り出すことになる少女は俺の目を真っ直ぐと見ながら――こう言った。

 

「あたしにあんな人生を与えた神に復讐する。そのためなら、あたしはどんなことでもやってやるわ!」

 

 その時の少女の顔を、俺は一生忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 懐かしい夢を見た、と思う。

 アレは一体何年前の出来事だったか。そろそろこの世界ともおさらばかな、と全てを諦めかけていた俺に新たな希望を与えてくれた出来事だった、と記憶している。あの時はどうかと思ったが……まぁ今ではいい思い出だ。

 ふかふかのベッドから体を起こし、俺が学校側から与えられている寮室をぐるりと見回す。机とベッドとテレビとゲーム機、それ以外には何もないあまりにも殺風景すぎる俺の部屋。この寮では珍しい一人部屋なため、部屋の中にはベッドは一つしか置かれていない。……まぁ、二人部屋だったとしても気まずくなるだけだっただろうし、これはこれでよかったと言えるだろう。寂しくないと言えば嘘になるが、別に耐えられない訳じゃあない。

 ちら、と壁にかかった時計を見る。――七時五分を示していた。これは二度寝をすると授業に間に合わないパターンだな。

 ベッドから飛び降り、皺だらけになっていた寝間着をキャストオフ。寝ぼけ眼を擦りながらも学校指定の制服に着替え、洗面所で寝癖頭を殲滅。元の無造作黒髪ヘアーを取り戻したところで鏡を見、俺は思わずため息を吐いた。

 目と耳にかかるほどの長さの黒髪に、疲れたような二重の黒目。顔立ちは平凡そのものだが、あえて言うなら男顔という感じだ。百六十五の身長は相変わらず伸びる気配すら見せていない。……これはもう諦めなけりゃいかんやろうね。

 と、こんな所で時間を食ってる場合じゃねえな。

 本日の授業で使う教材が入った学生鞄を拾い上げ、トタタッと小走り気味に扉へと向かう。途中で空のペットボトルを蹴り飛ばしてしまった。うーむ、今日は授業後に部屋の片づけをせねば……。

 扉を潜り、朝の男子寮の廊下へと出る。授業開始の一時間ほど前とあってか、廊下には生徒達の姿がちらほらと確認できる。……アイツラ(・・・・)の姿も同様だ。

 出来るだけ会いたくはない知り合い共に見つからないルートで廊下を進み、階段を下り、学園唯一の食堂へと移動。学校から支給されている学費を使って朝食セットの食券を購入し、一般生徒達の列に律儀に並ぶ。

 ――と、その時。

 

「こんな清々しい朝から会いたくもない奴に会っちゃったわ」

 

 ……まさか、この時間帯にコイツと鉢合わせしちまうとはな。今日こそは大丈夫と思ったんだが……本当、偶然ってやつは悪戯好きだな。

 先ほどの失礼な発言をした少女は俺の真後ろで食券を握っている。顔を見てみると露骨に嫌そうな表情が確認できた。いくら俺が嫌いと言っても流石に朝からこの態度はないんじゃなかろうか……せめてこう、愛想笑いぐらいは向けてほしいものである。

 

「無理難題ね、屏風の虎を捉えるレベルの」

 

「あーはいはい、俺を嫌ってるのは十分すぎるぐれえに分かったからちょっと黙っててくんね? っつーか、俺が嫌いならわざわざ話しかけなけりゃイイじゃんか。何なのツンデレなの? 別にアンタの為じゃないんだからねっ、的なキャラクターなの?」

 

「誰がツンデレよ誰が! あ、あたしは別に、あんたなんか好きでも何でもないの。しいて言うなら嫌いなのよ、大っ嫌いなの!」

 

「何でそんなに嫌われてんのかね」

 

「過去のあなたの所業のせいなんじゃないかしら!?」

 

 おぉう、凄い形相だ。この話題についてふざける態度を見せるのは避けた方が良いかもしれん。……流石にデリカシーが無い態度ではあるようだしな。

 と、そうこうしている内に受付まで到達していた。

 俺は食券を食堂のおばちゃんに渡し、予め作られていたのであろう朝食セットとトレード。かちゃかちゃと食器を鳴らしながらもお盆を運び、空いている椅子へと腰を下ろした。

 ――下ろしたのだが、

 

「……もう一度言うけど、お前本当に俺のことが嫌いな訳?」

 

「空いてる席があなたの隣しかなかったのよ! なに、何か悪い!?」

 

「逆ギレすんなよみっともねえ。そんなんじゃリーダーとしての威厳がどっかに放り投げられちまうぜ?」

 

「あなただけにはリーダーだなんて呼ばれたくない!」

 

「じゃあ『ゆりっぺ』とでも呼んでやろうか? それが嫌なら『ゆりりん』でもいいけど」

 

「どれも一緒だバカ! 死ね!」

 

「それはこの世界特有のジョークとして受け取っておくよ」

 

 本当、コイツは俺のことが心の底から嫌いらしい。

 

「あ、ゆり、そこの醤油取ってくれ」

 

「仕方ないわ――ってなにやらせんのよこの裏切り者!」

 

「ここからじゃ位置的に手が届かねえんだからしょうがねえだろ……ほら、ていくいっとていくいっと」

 

「チッ!」

 

 吐き捨てるように舌を打ったツンデレ少女――仲村ゆりは不機嫌そうに醤油の瓶を掴み、

 

「あっ、手が滑ったー!」

 

 俺の豆腐が漆黒の海に沈んだ。

 

「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

「あははっ、あーっはっはっは! 滑稽ね、滑稽すぎるわ暖人(はると)! このあたしが全力で笑ってあげる、あーっはっはっはってね!」

 

「テメェふざけんなよ!? お前の悪魔の所業のせいで純白のボディを誇ってた豆腐様が身も心も中から外まで漆黒に染まっちまったじゃねえかどうしてくれんだ!」

 

「醤油ごと飲めばいいんじゃない? そーれ、いっき! いっき!」

 

「冗談じゃなく死ぬわこのバカ!」

 

「死後の世界なんだから死ぬわけないじゃない。そんなことも忘れちゃったのかしらこの脳内小春日和は」

 

「女子同士で百合の世界にでも行ってろバーカ」

 

「「…………ッ!」」

 

 朝っぱらからメンチを切り合う俺とゆり。気のせいか、周りから人の気配が無くなって行っている気がする。……俺が他人の立場だったら迷わず距離を置くだろうがな。

 「「ふん!」」と五秒ほどで視線を外し、俺とゆりはそれぞれの朝食へと向かい合う。今の口喧嘩で大分時間をロスしてしまった。ゆりはどうせ授業をサボるだろうから良いとしても、真面目な優等生である俺は良くはない。ここは早めに朝食を食べ終え、満腹な腹を抱えて教室へと急行するのがベストだろう。

 何故ベストを尽くさないのか! ここで諦めたら試合終了です!

 そんな名言を頭の中で反芻させ、俺は五分ほどで朝食を完食した。……うっぷ、ちょっと気持ち悪い。

 

「…………そのままメタボればいいのに」

 

「オイコラ聞こえてんぞ一か月で体重五キロ増加女」

 

「ッッッッ!?!?!? な、なんでその事をあなたが知っているのかしら!?」

 

「はン! 健康診断の結果を盗み見るぐれえ、生徒会なら余裕のよっちゃんなんだよバーロー!」

 

「この生徒会の犬がぁ……っ!」

 

 プライバシーとデリカシーに押し潰されて死ね! と叫ぶゆり。なんて口の悪い奴だろうか。少しは日向の有能さを見習ってほしいもんだ。

 っとと、こんなことをしてる場合じゃないんだった。

 早く授業に行かないと俺のイメージに関わるからな。ゆりをいじめるのはここで一区切りにするとして、俺はさっさと先を急ごう。

 

「んじゃ、俺は授業に行かせてもらいますよ。サボリ魔な不良女のお前と違ってな」

 

「神のシステムに従うつもりはさらさらないわ」

 

「あっそ、それは結構」

 

 無愛想な顔でそう言って。

 不機嫌そうな顔のゆりをテーブルに残し、俺は食堂を後にした。

 しかし、俺は最後に聞いた。

 かつては俺の相棒だった女の、悲しみに染まったか細い呟きを。

 

「…………どうしてあなたはそんなに変わっちゃったのよ、暖人」

 

 神に反逆する組織のリーダーと、それと戦う生徒会の一人。

 かつては互いに協力し信頼し合っていた二人の少年少女が、いがみ合ったり戦ったりして敵対する。

 これは、そんないつの間にか始まっていた物語――。

 

 




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