生徒会の犬となりまして   作:秋月月日

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Process of Betrayal②

 一般生徒の目に触れないように気を付けながら屋上へと全力疾走した俺は、先ほど無理矢理気絶させた少女を床にポーンと投げ捨てた。気絶した人間というものは重くて投げにくい事この上ねえが、少女の体重が軽いという事もあって投げ捨てるのは容易だった。

 少女は綺麗な放物線を描き――

 

「ぐぎゅっ!?」

 

 ―――ぐしゃぁっ! と顔面から床にダイブした。うえぇ、痛そうだなオイ……。

 スカートが捲れてパンツ丸出し&顔面強打というダブルパンチをくらった少女は気絶状態から一瞬にして復帰し、二重の意味で顔を真っ赤にしながら勢い良く俺の襟首を掴み上げてきた。

 

「ぐえぇ」

 

「胸を揉みしだいた次は人間投げ!? 貴方に常識ってものはないの!?」

 

「く、くるし……」

 

「ええそうでしょうね! さっきまでのあたしも同じぐらい苦しくて痛かったわよ! だから貴方もあたしと同じ苦しみを味わいなさいッッ!」

 

「お、オーケーオーケー! 俺が悪かった、流石にやりすぎた! だからこの手を離せ! このままじゃマジでヤベ――ぎゅっ!?」

 

 青褪めた顔で叫びを上げる俺だったが、襟首を掴む力が増したことにより強制的に言葉を遮られてしまう。こ、これは冗談抜きで意識飛ぶぞ……ッ!?

 心の底からキレているらしい少女は俺を掴み上げて睨みつけ、業火の如く喚き散らす。

 

「あの子たちが死んで苦しくて苦しくて仕方のなかった人生を送っていた矢先に死んじゃって、目を覚ましたら意味の分からない学校の中で貴方に襲われて! 混乱している間に気絶させられたと思ったら次は乱暴に扱われて! 何なのよ、あたしが何をしたって言うのよぉっ!」

 

 ぽろぽろと、少女の目から零れ落ちる涙。

 それは荒んでいた俺の心にかなりの罪悪感を与えた。報われない人生のせいで歪んで荒んで壊れていた俺の心に、彼女の言葉は鋭いナイフとなって突き刺さった。

 コイツも、俺と同じなのだ。

 報われない人生に心を壊され、訳の分からないままにこの世界に放り出された哀れな被害者。何も悪い事をしていないのに運命に振り回されるがままに不幸にされ、気づいた時には若いまま人生が終了。そりゃあ、誰だって心が壊れるに決まってる。

 そんな彼女を、俺と同類であるという貴重な奴を、俺は自分勝手な行動に巻き込んじまった。相手の気持ちも考えず、ただ思うがままに接してしまった。

 バカだな、と思った。

 同時に、最低だな、とも思った。

 俺の襟首を掴んだまま肩を震わせ、大粒の涙を流して嗚咽を零す少女―――彼女を今の状態にしてしまった自分に、どうしようもなく腹が立った。腸が煮えくり返るような気分だった。

 贖罪をしなければならない。

 死ねないこの世界だからこそ可能で、尚且つこれ以上ないぐらいの贖罪を、彼女に与えなければならない。

 

「……ごめん」

 

 そんな短い言葉を、俺は彼女の耳元で呟く。

 

「え?」

 

 そんな短い反応を、彼女は俺に見せつける。

 呆然と唖然と。それ以外にはどう言い表したらいいのかよく分からない表情で俺を見上げる少女の手を振り解き、俺は勢いよく後ろに向かって走り出す。―――学校の屋上の端に向かって、走り出す。

 「ちょっ、なにしてるの!?」俺がやろうとしている事を悟ったのか、少女が切羽詰まった声を上げる。まぁ流石に、こんな所でいきなり走り出したら結果がどうなるかなんて分かるよなぁ。別にやりたくてやってる訳じゃねえんだが……ここは我慢して成し遂げなくちゃだろうしなぁ。

 身体の奥から沸き立つ恐怖心を気合で抑えこみ、俺は屋上の柵を飛び越え―――

 

「う、いぃっ!?」

 

 ―――がくんっ、と身体が何かに縫い止められた。

 身体のほとんどが宙に放り出された状況で、右腕だけが柵の向こう側に取り残されていた。前方への力に反して後方へと力を働かせた右腕がミシミシと悲鳴を上げ、俺の身体に激しい痛みが電撃となって走り回る。

 俺の飛び降りが遮られたのは、先ほどの少女が原因だった。

 もっと詳しく言うならば、彼女が俺の右腕を両手で掴んでいた。

 

「う、ぎぃ……重いぃ……っ!」

 

 苦悶な表情で脂汗を流す少女に、俺は相変わらずの軽い口調を自覚しながら言葉を放つ。

 

「なに、やってんだ? 俺なんかを助けようとするなんて、無駄な行為にも程があんぜ?」

 

「あ、あたしだって、こんなことしたくない……わよ!」

 

「じゃあ何で俺を助けてんだよ。ツンデレか?」

 

「ふざけないで!」

 

 それはこっちの台詞なんだがな。

 「う、うぅ……」と苦しそうに呻く少女は目尻に涙を浮かべながらも、俺の瞳を真っ直ぐと見つめる。

 

「誰かが、見ず知らずの人だとかそういうのは関係なく、誰かが目の前で死んじゃうのは、もう真っ平御免なのよ……っ! 人の命は軽くない。それを誰よりも分かってるあたしは、もう誰かが死んじゃうのを見たくないのよ!」

 

「……あ、はは」

 

 ぽろぽろと泣きながら言いたいことを俺にぶつけた少女に、俺は思わず笑いを零す。

 やっぱりというかなんつーか、コイツは俺と全く同じ人間であるらしい。自分よりも他人の心配をしてしまう、愚かなぐらいのお人好し。過去に大切な人を失っちまった故にお人好しにならざるを得なかった、哀れで愚かな偽善者。―――それが、俺とこの少女なのだろう。

 初めて会った。

 俺の気持ちを理解してくれるであろう存在に、生まれて初めて―――死んで初めて会う事が出来た。

 嬉しかった。

 出会い方が最悪だとか本気でキレられたばっかだとか、そんな事はもはやどうでも良くなっていた。

 ただ純粋に、嬉しかった。

 俺と同類に会えた事が、純粋に単純に嬉しくて仕方がなかった。

 

 

 だから俺は、彼女を思い切り抱き寄せてしまった。

 

 

 この嬉しさをぶつけたくて、この気持ちを共感して欲しくて、俺は彼女を屋上から引きずり出してしまった。勿論、結末としては俺と彼女が地面に激突して死亡する。

 しかし、不思議と恐怖心はなかった。

 代わりに、投身自殺にいきなり巻き込まれた少女の金切り声が俺の鼓膜を貫いた。

 

「ちょっとぉおおおおおおおおっ!? なにいきなりトチ狂ってんのよあんたはぁあああああああああああーっ!?」

 

「あははははははっ! 大丈夫、死にゃあしねえよ!」

 

「いやいやいや、この高さから落ちたら絶対に死んじゃいますから! どんなに体が頑丈な人でも絶対に死んじゃいますからぁっ!」

 

「大丈夫だって! 俺を信じろ!」

 

「あたしに危害しか加えてない変態の事なんて信じられる訳ないでしょう!? うああっ、本当に死ぬ、死んじゃうぅぅぅ!」

 

 ぎゃぁあああーっ! と先ほどまでとは違う意味で涙を流して喚く少女。

 そんな彼女を抱き寄せたまま、俺は久しぶりに満面の笑顔を浮かべる。

 

「俺は暖人、春野暖人! お前と同じ人間で、お前と似たようなクソッタレな人生を経験させられた可哀想な人間だ!」

 

「この状況で自己紹介!? や、やっぱり貴方、狂ってるわ!」

 

「あははははっ! 狂人上等! こんな世界に長いこと居りゃ、そりゃ狂っちまうのもしょうがねえってもんだ!」

 

「ぎゃぁあああああああーっ! 怖い、この人怖いぃぃぃーっ!」

 

「そう言いながらも地面が迫ってきてるけどな」

 

「――――――ッ!」

 

 人は本当の恐怖を目の前にすると言葉を失うというのは本当らしい。

 顔面蒼白で「嫌々」と子供のように首を振る少女の身体を包み込むように俺は抱きしめ、

 

「大丈夫。この世界じゃあ死ぬことはねえよ―――ただ、死ぬほど痛い目を見るだけだ」

 

「十分に問題じゃボケェェェェェッ!」

 

 そんな少女の叫びを最後に、俺達二人は石畳に直撃して死亡した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「死っっっねぇぇぇぇぇっ!」

 

「死んだ直後に死ねとかお前最低だな!」

 

「あたしを巻き込んで自殺しやがったアンタ程じゃないわよ!」

 

 所変わって保健室。

 少女よりも先に復活した俺は石畳の上で死体と化していた彼女を担ぎ、保健室のベッドへと寝かせた――のが今から三十分ほど前の出来事で、今はベッドの上で目覚めた少女にとても乱暴な言葉をぶつけられている。

 ギンッ! と獰猛な睨みを利かせる少女に俺はわざとらしく溜め息を吐く。

 

「ったく……ちゃんと死ぬ前に『死ぬことはねえから安心しろ』って言ってやったのにその態度は何なんだ? お前は我儘なクソガキか!」

 

「地面に直撃する前に言うところに悪意が感じられるのよ! 言うならせめてもっと前に言いなさいよ! 何でよりにもよって死ぬ直前にそんな大事な事を暴露する訳!?」

 

「え? 面白いから」

 

「やっぱお前最低だな!」

 

 うがー! と咆える彼女はどうやら態度が柔らかくなってきているらしい。俺の呼び方もさっきから『貴方』と『アンタ』と『お前』の三つだし、女言葉から乱暴な口調へとシフトしちまってる。これは少しだけだが距離が縮まったと見てもいいかもしれんね。

 ぐるるるる……! と犬のように俺を威嚇する少女に俺はあえての蛇足を言い放つ。

 

「俺は暖人、春野暖人。これからよろしくな!」

 

「それはさっきも聞いたわよ! そして別に聞きたくもないナンバーワン情報でもあるし! 何なの、貴方本当に何なのよ!」

 

「だからさっきから何度も言ってんだろ? 俺は暖人、春野暖――」

 

「そういう事を聞いてんじゃなーい!」

 

 そう叫んだ後、少女は疲れたように溜め息を吐いた。

 

「…………なんか、貴方の相手をしているとドッと疲れが込み上げてくるわ」

 

「それ、ただの老化じゃね?」

 

「ぶっ飛ばすわよ!?」

 

 冗談冗談。でも、顔面は殴られました。酷いなぁ。

 赤く腫れた顔を擦る俺に少女は頬を引き攣らせ、

 

「アンタといたら、こんな世界でも退屈せずに済みそうな気がしてきたわ」

 

「そりゃあ過大評価ってやつだな。俺は至って普通で平凡なただの高校生だよ」

 

「寝てる女子を襲ったり飛び降り自殺に巻き込んだりするような人が普通の高校生……?」

 

「ンだよ。何か問題でもあんのか?」

 

「問題ありまくりよ! ……でもまぁ、そういうところが面白い特徴のようだし、今回ばかりは見逃してあげる」

 

 そう言って。

 少女は俺の前に右手を差し出し――青筋が浮かんだ怒りのアルカイックスマイルを浮かべる。

 

「あたしはゆり、仲村ゆり。今までに受けた恥辱と屈辱を超倍にして返してあげるから、覚悟しておきなさい?」

 

「ンな覚悟できるわけねえだろ、アホか!」

 

 そう言いながらも彼女の手を握る俺は、やっぱり素直じゃないようで。

 こんなぐだぐだでギスギスした結託こそが、俺とゆりが紡ぐ敵対の物語の序章であるとは、この時の俺たちは知る由もなかった。

 

 




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 次回もお楽しみに!
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