この世界に来る際の前触れなんてものは存在しない。
理不尽な人生のせいで人並みの青春を送る事が出来なかった少年少女が迷い込むこの死後の世界では、新入りがやって来るのはある日突然の事である。それが朝なのか昼なのか夜なのか――タイミングは流石の俺にも分からない。
……とまぁ、何でそんな話をしたのかというと。
「ゆりの奴、また新入りをSSSに入れようとしてやがんな……」
生徒会室から双眼鏡を覗く俺の視線の先には、スナイパーライフルらしき銃器を構えた仲村ゆりの姿と、現在進行形で意識を失っている赤っぽい髪が特徴の少年の姿がある。見た感じ、身長は高い方なのだろう。百七十センチ越えの奴らは全員滅べばいい。
はぁ、と溜め息を吐き、双眼鏡を窓枠に置く。因みに、俺は窓枠に腰かける形でゆりを眺めていた。これが現実世界だったら重度のストーカーって事で警察のお世話になるのだろうが、ここはルール無用の死後の世界。現実世界の法律なんぞが当てはまるような世界ではない。っつか、それだったら俺よりも先にゆりたちの方が捕まるわ。主に銃刀法違反で。
漆黒に染まった空を見上げる。
黒い雲が月の前を通過し、運動場を一瞬だけ陰で覆った。
「あ。生徒会長、運動場にいたのか……通りでさっきから姿を見ねえと思った」
無駄に広いこの天上学園の運動場。その中央付近に、俺が生徒会長と呼ぶ少女の姿がある。
腰の辺りまで伸ばした美しい銀髪。琥珀色の瞳には感情があまり込められておらず、端正な顔立ちは無表情で固められている。体格は小柄。ゆりよりも低い……百五十中盤ぐらいなのではなかろうか。西洋人形をリアルに爆誕させたらああいう感じになるのかもしれない。
彼女の名は、
ゆりたちSSS――『死んだ世界戦線』の奴らと生徒会副会長から天使だと勘違いされている、悲しき人間の少女だ。
「生徒会長もあの変な能力さえ使わなきゃよかったんだろうけどなぁ……がーどすきる? はんどそにっく? どこのバトルものだよ……」
ほら、そう言ってる今も、ゆりたちからの銃撃を光の刃で弾いてるし。そりゃ天使だ神の使いだって疑われるわ。仕舞いにゃ天使の翼でも生やしそうで怖いです。
よっ、と窓枠から教室へと飛び降りる。え、どこに行くのかって? そりゃ決まってんだろ。部屋に行って眠るんだよ。明日も朝から授業だし、こんな所で夜更かししてる暇なんてねーの。
双眼鏡を詰襟のポケットに仕舞い込み、首をパキポキ鳴らしながら廊下に出る。……運動場から聞こえてくる銃声についてはノーコメントで。あんな戦場に足を踏み入れるほど俺は善人でもバーサーカーでもないんでね。
ここはシカトを決め込ませてもらおう。
一般生徒――日向たち的に言えばNPC、だったか。とにかく、そのNPCたちの姿すらない無人の廊下を突き進み、俺は男子寮へと足を進めた。
☆☆☆
起床して朝のあいさつ運動の為に校舎を回っていた俺は、絶対に出会いたくない奴と邂逅していた。
「き、貴様は、ゆりっぺの敵!」
「…………俺ってもしかして不幸の権化?」
跳ねた髪と獰猛な目つきが特徴――いや、いつでもどこでも常備しているハルバートが特徴の男子生徒こと野田の警戒に満ちた叫びを受け、俺は露骨に溜め息を吐いた。
あえて言うまでもないかもしれねえが、俺はこの野田という生徒が大の苦手だ。
戦闘力が無駄に高いから、という理由もあるっちゃあるが、本当の理由はこいつがゆりに心の底から心酔してるって所かな。別に人様の色恋沙汰に口を出すつもりはさらさらねえが……よりにもよって相手がゆりだもんなぁ。自分でもよく分からんが、なんかこう……イラッとするんだよ。俺以外がゆりの事を好いているって事実がな。
きっと、これは嫉妬という奴なのだろう。
野田がゆりの事を好きで、しかも毎日を彼女と過ごしている――そんな事実に、俺はきっと嫉妬しているんだ。
そりゃ、まぁ、仕方ないだろ。
誰だって――好きな奴を独り占めしたいんだからさ。
「ここで会ったが百年目っ。貴様をここで肉塊に変えてやる!」
「一応ここって学び舎なんで荒事は勘弁してくれませんかねぇ! 生徒会長召喚の呪文を唱えんぞ!」
あーぶだーくしょーん。
「春野くん。こんな所で何を騒いでいるのかしら?」
「って、本当に召喚されちゃったよこの人! え、マジ、マジでさっきのって召喚の呪文だったの!?」
「???」
こくん、と首を傾げる少女――生徒会長。どうせ彼女の事だから見回り中に偶然この場に足を踏み入れただけだとは思うが……それにしてもタイミングが神憑り的すぎる。流石は天使と言われるだけはあるなぁ。
生徒会長は相変わらずの無機質な瞳で俺を見上げ、
「こんな朝早くから元気いっぱいね、春野くん」
「い、いやー、やっぱり元気って大切だと思うんすよね。ほら、えと、なに? あいむふぁいんせんきゅーの心意気ってやつですよ!」
「ん。何が言いたいのかはよく分からないけど、元気なのは良い事だわ」
それじゃあ、私は上に行くから。お疲れ様ですー。
そんな会話を最後とし、生徒会長は俺と野田の元から去って行った。あ、相変わらず神出鬼没だな生徒会長。これは要らぬことは言わないようにした方が良いかもしれんね。
……んじゃま、気を取り直して。
「それじゃあ喧嘩の続きと行こうか、恋敵」
「望むところだ。貴様にゆりっぺは渡さん!」
☆☆☆
「あ、頭がぁぁぁ……っ!」
円周率を百ケタほど唱える事で悶え始めた
と、そこで俺は思わず立ち止まった。
正確には、寝ようとしていたベッドが既に使用されていたことについての驚愕だった。
「コイツは、昨夜の新入りか……って、うげ。椅子に血塗れの上着を置くなよ気持ち悪りぃ」
赤っぽい髪が特徴の新入りは、保健室のベッドの上ですやすやと寝息を立てている。何があったかは知らねえが、おそらくは生徒会長が切り刻んだかそんなところだろう。……って、カッターシャツの胸の辺りに刺し傷があるし。あのバーサーカー、心臓を一刺しって意外とえげつねえなぁ。
とりあえず血まみれの上着をゴミ箱に捨て、保健室にあった布で椅子を拭く。時間が経過していたおかげか血はだいぶ固まっていて、サッと拭う程度で椅子の上から水分が消失した。
椅子に腰を下ろし、小さく溜め息を吐く。
「相っ変わらずトラブルが絶えねえな、この世界は……」
俺がこの世界にやってきてから、ゆりと出会ってから、生徒会に入ってから。この世界では毎日何かしらのトラブルが起きていて、俺は生徒会役員としてそれを毎日制する生活を過ごしている。
以前は、俺がそのトラブルメーカーだったんだがな。
ゆりと一緒にバカをやって仲間を集めて――死んだ世界戦線が出来ると同時に俺は生徒会に立候補した。ゆりからは号泣されたり殴られたりしたもんだが、今ではこうして生徒会書記を立派に勤め上げている。
全てはアイツに強くなってもらう為。
いつまでも俺に依存しないで良い様に、俺はあえてアイツから距離を取ったんだ。……それが災いしてか、今ではかなーり嫌われちまってるがな。
「……本当、どうしてこうなっちまったのかね」
仲村ゆりという少女を消えるまで護ると俺は誓った。
仲村ゆりという少女が俺と一緒に居たいと願った。
それなのに――その二人は敵対した。
自分で言うのもなんなのだが、ここまで奇跡的な擦れ違いも中々珍しいと思う。向こうはどう思ってるかは知らねえが、俺は全くこの結果を望んではいなかった。
彼女の為に、俺は妥協した。
彼女の為に、俺は自分の首を自分で締めた。
あえて言うなら茨の道だ。彼女に嫌われる道をあえて選んだこの道は、とてつもない確率でしか救われないし報われない。――でも、それできっといいのだろう。
救われ方なんて十人十色、報われ方なんて千差万別だ。個人差がある以上、そこに当たり前の常識を比較するなんて間違っているだろうしな。
俺はこれでいい。
後悔はしてるし悲しくもなるが、自分で選んだ以上真正面から受け入れるしかないんだ。
例えそれが、彼女から嫌われるしかないルートだったとしても、俺は振り返らずに前へと進む。…………なんともクサイ事を言っちまった気がする。うえぇっ、恥ずかしいぃ。
僅かばかり温度が上がった顔を右手で覆い、一人で悶える俺こと春野暖人。こんな所を誰かに見られるのは凄く恥ずかしいな。いやまぁ、言い訳なんていくらでも並べられるわけだけどもさ。それとこれとは話が違うのだよワトソン君。
……とまぁ、冗談交じりな小粋なトークはここまでにして。
「眠りの王子はやーっとお目覚めって訳か。あまりにも眠りが深いからキスが必要になるかと思って焦ってたところだよ」
へらへらと笑う俺に、今まで寝ていた赤っぽい髪の新入りは上半身を起こして――言う。
「……お前は誰だ?」
「その質問は俺の名前を聞いてんのか? それとも俺の立場を聞いてんのか?」
「しいて言うならどっちもだ。だからもう一度聞く」
――お前は誰だ?
開口一番に邂逅一番になんとも失礼な奴だなぁ。せめて敬語を使うとか、申し訳なさそうにするとかできないものかね。こんな俺でさえ、生徒会長には敬語を使っているというのに。あ、副会長? あの中二病は別だよ別。僕は神だ! とかいうイタイ台詞をコソコソ隠れて言っている奴に敬語など必要はない!
って、これ以上無駄な思考に時間をかけてたら無駄に怪しまれちまうかもな。
っつーわけで、俺は新入りにこう自己紹介する事にしよう。
この時はまだ知る由もなかったが――この男子生徒が後に死んだ世界戦線の行く末を大きく左右する事になるのだ――ってな感じの新入りに、俺はこう自己紹介する事にしよう。
「俺は暖人、春野暖人。上も下も似たような発音だから注意しろ? お前が昨日出会った女に恋する純粋無垢な青春男で、この学校の生徒会書記を務めさせてもらっている少年Aだよどうぞよろしくーっ」
とりあえず、新入りが露骨にドン引きしていた――とだけ追記しておこう。
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次回もお楽しみに!