俺の自己紹介を受けてドン引きした新入り君は「え、えーっと」と言葉に詰まりながらも、返すように自身の自己紹介を開始した。
「お、俺は……おと……な――し? えっと、音無、なのか……?」
「あン? もしかして記憶喪失ってヤツか?」
「……多分、そうなんじゃないかと、思う」
そう言って、新入り君――音無は自信なさ気に俯いた。いやまぁ、別に気にするようなことではないんだがな、記憶喪失って。この世界に来る際に頭を強く打ったか何かで記憶喪失になる奴は少なからずいるし、そういう奴らは例外なく生活の中で記憶を取り戻している。
つまり、別に心配する必要は何処にもない。
その事を音無に伝えると、彼は安心したような表情で、
「そうか……でも、自分の事が何も分からないと、色々と不安なんだよなぁ」
「それなら今から生徒会室にでも来るか? あそこには全生徒の学籍が載った書類があるから、お前のフルネームぐらいは分かるかもしんねえぜ?」
「本当か!?」
うえっぷ。そ、そんなに勢いよく顔を近づけるなよ……俺に男色の気はないんだからなっ。
名前が分かるという餌に食いついた音無の顔を右手で遠ざけ、空いた方の手で頬を掻く。
「んじゃとりあえず、今すぐにでも向かおうか。いつまでもこんな所で時間を食ってたらゆりたちに邪魔されちまうかもしれんしな」
「??? ゆり?」
「あーいや、こっちの話だ気にすんな」
アイツの事はまだ紹介しない方が良いだろう。これは俺の勘だが、どうせ向こう側から音無に接触してくるだろうからな。俺がわざわざ親切心を出す必要はないだろう。
っつーわけで、音無がベッドから降りようとしているのを横目で確認しつつ、俺は扉に手を掛けながらこう言った。
「ようこそ、死後の世界へ」
☆☆☆
暖人が新人君とコンタクトを取った。
そんな事実をあたしが知る事が出来ているのは、彼ら二人を少し離れた位置から尾行しているからだ。因みに、あたしの隣にはオペレーターの遊佐さんが相変わらずの無表情で佇んでいる。他の奴らがみんなバカだから、気配を消せて頭もイイ遊佐さんを選出したんだ。
曲がり角から顔を出し、保健室から出て行く暖人たちを覗き見る。
「くそっ、一足遅かったか……っ!」
「ゆりっぺさんらしく正面から堂々と襲撃するというのはどうですか?」
「それはあたしが正面突撃しかできないバカだと言いたいのかしら?」
あ、目ぇ逸らしやがったわね。
「それはともかく、春野さんたちは先に行っているみたいですよ?」
「言われなくても分かってるわよ!」
本当もう、遊佐さんと居るとペースが崩されるわ!
暖人たち二人が階段を上っていくのを確認し、なるたけ足音を立てないように一回の廊下を突き進む。道中で頭から血を流して倒れている野田くんを見つけたけど、避けることもせず背中を思いっきり踏みつけてやった。この役立たず、せめて一矢報いなさいよ。
一時間目の授業が始まっているために生徒の姿が無い階段を上っていく。おそらく、暖人は生徒会室を目指している。どういう経緯があってそこに向かう事になったのかは分からないけど、新人君を生徒会にスカウトしようとしている可能性が捨てきれない。そんなこと、誰が許すもんですか!
「絶対に新人君は渡さないわ!」
「本当は春野さんが欲しいくせに素直じゃないですね、ゆりっぺさん」
「あぁん!? 何か言ったかしら遊佐さぁん!?」
あ、また目を逸らしやがった。
「だ、大体、どうしてあたしが暖人を欲しがらなくちゃならないのかしら? あたしと暖人は敵同士なのよ? あたしには戦線のみんなを守る義務があるの。そんなあたしが敵側の暖人を欲しがるだなんて……有り得ない、有り得ないわ!」
「動揺が顔に出てますが?」
「うるっさい!」
あーもう、何で暖人の話題になるとあたしはいつもこうなのよーっ!
「春野さんの事が好きだからでは?」
「よーっし分かった! ちょっとあたしとお話ししましょう遊佐さん!」
あたしは尾行を放棄し、遊佐さんを本部まで引き摺って行った。
☆☆☆
「うぃーっす、ただいまーっす」
「貴様、こんな時間に何をしている? 今は授業中だぞ?」
「それはこっちのセリフだよ副会長」
音無を引き連れて開け放った扉の先には、湯呑でお茶を飲んでいる中二病もとい生徒会副会長の姿があった。この人は本当、生徒会長と一般生徒以外の前では不真面目なんだから……。
副会長を軽くいなし、音無を生徒会室へと入らせる。音無はおっかなびっくりといった様子だったが、俺は構う事無く書類棚へと移動した。えーっと、学生名簿は何処だったっけ……?
「何を捜しているんだ?」
「学生名簿。そこの新入りくんが記憶喪失みてえでね。せめてフルネームだけでも思い出させてやろうかなーっていう俺の親切心だよ」
「ふん。所詮は偽善だな」
「悪になるよりはかなーりマシとは思うがね」
まぁ、副会長は考えが歪んでいるから無視しておくか。
っとと、あったあった。いやー、最近はあんまり新入りが増えなかったから使用頻度が少なかったんだよなー。ちょっと埃被っちゃってるし、今度生徒会室を大掃除でもするかな。……もちろん、生徒会長と副会長も巻き込んで。
「貴様、何か面倒臭い事を考えているな?」
「別に考えてねえからそんなに睨むな怖い怖い」
どんだけ短気なんだよ副会長!
「よーっし、音無。この中から自分の名前を捜してみな。お前の背格好から予想するに、おそらく三年生のエリアに名前があると思うぜ?」
「貴様はその背格好で三年だがな」
「テメェも同じような体格だろうがぶっ殺すぞ!」
「ふん。短気は損気だぞ、春野書記」
コイツぶん殴りてぇ……っ!
俺が副会長への怒りに震えていると、隣の音無が「あ……」と声を零した。おそらく自分の名前を発見したのだろう。音無って結構珍しい苗字だから、他人と間違う事はなさそうだし。
思わず名簿に見入っている音無の隣から覗き込み、彼の名前を確認する。
………………どこのラノベの主人公?
なんつーか、とっても痛々しい名前だった。音が無い弦を結ぶ、と書いて音無結弦。なんだその名前、お前の名前はアニメオタクか何かだったのか? ……いや、人の名前をとやかく言うのは失礼に値するな。っつか、俺の名前も結構痛々しい名前ではあるしな。春野暖人とか、なんだよそれ。どんだけ春に執着してんだよ俺の名前。
音無の名前のせいで自分の名前をディスる羽目になってしまったが、とりあえずは落ち着こう。びーくーる。ここで動揺しても始まらない。
頬を伝う汗を拭い、音無の肩を軽く叩く。
「ま、とりあえずは良かったな。これでお前のフルネームは明かされたって訳だ」
「貴様のフルネームも大々的に明かした方が良いんじゃないか? ……くふふ」
「テメェ黙れよ笑うなよそろそろマジでぶん殴るぞ!?」
しかも我慢しきれず噴き出すって失礼すぎるだろ! 耐えろ! そこは耐えろよ副会長!
俺が副会長といがみ合う様子に苦笑をしつつも、音無は俺に小さく頭を下げた。
「ありがとう、春野。まだあんまり記憶は思い出せないが、お前のおかげで自分の名前を知る事が出来た。この恩はいつか何らかの形で返させてもらうよ」
「あー……別に恩とかそういうのは、いいよ。面倒くさいし。俺としちゃ、困っている新入りくんを見逃せなかっただけだしな。――だから、あんまり気にしねえでくれ」
「……お前がそう言うなら、そうしておこう」
それじゃあ、また今度。
そう言い残し、音無は生徒会室を後にした。なんか結構変わった奴だったとは思うが、人にお礼を言える辺りかなーり人格者なのではなかろうか? ……目の前の人格破綻者にも少しは見習わせたいところだ。
「貴様、なにか失礼な事を考えているな?」
「アンタ本当何者なんだよ! 何でそんなに逐一心が読める訳!?」
「ふっ、愚問だな。それは僕がこの世界の神だからだ」
「はいはい、中二病乙」
「ちゅにっ!? き、貴様……神を愚弄してただで済むと思っているのか!?」
「神様だってんなら矮小な人間の言う事にいちいち腹を立てるなよ。うわー、神様って意外と短気なんだねー」
ブチィッ! という音が副会長から鳴り響いた。
「……いいだろう。貴様のその減らず口、この僕が全力でへし折ってやろうではないか!」
「別に構わねえけどその言い方って死亡フラグなんじゃあ……」
「ええい、うるさい! いいから僕と勝負しろ!」
「えー」
結局その日、終業のチャイムが鳴るまで、俺と副会長はチェスやら将棋やらでのバトルを飽きることなく繰り広げることになる訳だが、それについてはあえて記述するまでもないだろう。
☆☆☆
その日の夜、俺はまた懐かしい夢を見た。
『暖人! ねぇ、暖人ってば!』
『あン? なんだよ騒がしい……』
学校指定の制服を着ている俺と――何故か学校指定の制服を着ているゆりの姿。今更だが、彼女は戦線を作る前は一般生徒に紛れて暮らしていた。それは俺も同じな訳だが、それについてはまたの機会に。
屋上でうとうとと舟を漕いでいた俺の肩を掴み、ゆりは満面の笑みを俺に向ける。
『あたし、ついに仲間を見つけたの! 一般生徒なんかじゃない、あたしたちと同じ人間の仲間を!』
『本当か? いやー、そりゃめでたいな。これでお前の目標がまた一つ達成された訳か。おめでとー』
『他人事みたいに言うなぁあああーっ!』
ぱこーん! と頭を叩かれる俺。
『今までに見つけた仲間が二人――日向くんと大山くんって言うんだけどね、その人たちと一緒にちょっと荒事を片付けようと思ってるわ』
『荒事?』
『拳銃を持っている男子生徒を倒すのよ』
『いろんな意味でバイオレンス! おい、待て、それって流石にやべえんじゃねえか!?』
『大丈夫よ! 日向くんは頼りになるし大山くんは……うん、何かと使い勝手がよさそうだし』
『お前酷いな、本当に酷いな』
『う、うるさいわね! 自覚はあるから黙ってて!』
だったら治せ、早急にだ。
『っつーか、そうだとしても、拳銃を持ってる奴を相手取るなんて危なすぎんだろ。せめてこう、こっちも武器を用意するとか何とかしねえとさ』
『もちろん、武器は用意できるだけ用意するわ。……でもまぁ、あたしは大丈夫だと思ってる』
『そりゃまた何で?』
『ふふん、そんなの決まってるじゃない!』
そう言って、ゆりは俺に笑いかける。
『あたしとあなたが一緒なら、どんな困難もちょちょいのちょいよ!!』
『はぁぁ……それ、あんまり理由になってねえと思うんだけど? そもそも俺、戦闘力とか皆無だし。あえて言うなら頭脳系だしな。バトルなんて死んでも御免だ』
『そんなの端から期待なんてしてないわ。あたしがあなたに期待してるのは、奇を衒った作戦と窮地に立たされた時の機転だけ。その期待に応えられるように頑張りなさい?』
『お前最低だな!』
だが、コイツに言われると全く悪い気はしない。
俺は大きく伸びをし、立ち上がろうと体を動かす。――ゆりが得意気に手を差し伸べてきた。この野郎、何だよその勝ち誇った態度は。後で泣かしてやるから覚悟しとけってんだ。
ゆりの手を取り、俺はゆっくりと立ち上がる。
『んじゃま、その仲間たちとやらの所に連れてってくれよ、リーダーさん?』
『忘れないでほしいから言っておくけど、あなたも一応は仲間なんだからね?』
『分かってるよ、一応は。……お前との約束もあるしな』
『…………ふん』
トン、とゆりは俺の胸板を軽く叩く。
くしゃっ、と俺はゆりの髪を優しく撫でる。
皆まで言う必要はない。多くを語る必要はない。目を見つめ、心を通わせるだけでいい。――俺とゆりには、たったそれだけの事しか必要じゃない。
そして、俺とゆりは目を交わす。
そして、俺とゆりは乾いた音を鳴らしながらハイタッチをする。
『背中は任せたし頼りにさせてもらうわよ?』
『ご期待に応えられるようにせいぜい頑張るさ』
それは、俺とゆりが敵対する前の、過去の記憶。
どうしてここから今のような敵対関係になってしまったのかは――次に夢見る時という事で。
目を覚ました時にはすべてを忘れているだろうが、今だけはこの雰囲気に浸らせてもらおう。
ゆりが純粋に愚直に俺に背中を任せていた――あのころの雰囲気に。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!