それは、音無という新入りくんがこの世界に来てすぐのことだった。
「地下ダンジョンを攻略する?」
「ええ」
先生方に頼まれた書類運搬を行っている最中に、我らが生徒会長・立花奏がそんな事を言ってきたのだ。両手を駆使してダンボールを抱え、若干ふらつきながらも生徒会長は俺の目をやや下側から見上げてきてもいる。……生徒会長の上目遣いマジ可愛すぎる。
ずり落ちそうになっていた段ボール箱を抱え直し、俺は彼女に返答する。
「地下ダンジョンって……死んだ世界戦線が主に利用してるあの地下通路の事っすか?」
「うん。おそらくだけど、彼女たちはあそこで武器を創り出している。どれぐらいの深さがあるのかは未知数だけど、そろそろ注意しなくちゃいけないと思うのよ」
「……今日の生徒会長、やけに饒舌っすよね」
「??? そうかしら?」
こくん、と不思議そうに首をかしげる生徒会長。本当、美少女がそんな可愛らしい行動をとるのはかなーりやめてほしい訳ですよ。……主に俺の理性面関連で。
というか、思ったんだが……もしかして生徒会長、あの地下ギルドの攻略に意外とやる気十分だったりするんかな? さっきも言ったが今日はやけに饒舌だし、心成しか顔が綻んでいる気がする。
よし、ここは確認作業と行こうではないか。
「生徒会長」
「なにかしら、春野くん?」
「もしかして、地下ダンジョン攻略が楽しみだったりします?」
「………………」
『あ』の口をして凍りつく我らが生徒会長(中二病疑惑あり)。
とりあえず俺は訝しげな視線を送ってみることにしよう。天然ちゃんでもあり不思議ちゃんでもある生徒会長が一体どんな感じのリアクションを返してくるのか、それを楽しみに片手間に作業を続けることにしよう。
…………そして、やけに長かった五分が経ち、生徒会長は顔を赤くしてそっぽを向きながらか細い声でこう言った。
「………………地下ダンジョンには夢と希望が詰まってるにょよ」
「噛みましたね」
「か、噛んでない!」
何だこの可愛い生き物。
☆☆☆
死んだ世界戦線の地下ギルド攻略のための準備(主に食料調達)を終えた俺と生徒会長は、学校外れの森にあるダンジョンの入り口を通っていた。これは死んだ戦線が創設される前にチャーという男子生徒が見つけたもので、ギルドが出来る前は主にここを出入り口として使っていた。……この情報があるから裏切り者は便利だよなぁ。
あ、因みに、直井文人副会長には今日の生徒会の仕事を全て押し付けている。生徒会室を飛び出す際に「は、謀ったな!?」とか何とか言われたが、気にも留めずにここまで走り抜いて来ました。っつーか、これは生徒会長直々の指示だから致し方ないんだよ。
四つん這いに進む生徒会長のパンチラを堪能しながら先へと進む。小さな部屋へと辿り付いたが、それを無視して奥の扉を潜っていく。……懐かしい地下通路が姿を現した。
「いやー、あんまり変わってねえんだなー」
「思ってたよりも広いのね……わくわく」
「期待が溢れすぎて言葉として漏れ出てますよ生徒会長」
「何の事かしら?」
「口元緩んでるから取り繕っても無駄ですからね?」
あ、無視して先行し始めた。
それにしても、本当に前までと変わってねえな、このダンジョン。ゆりとか日向の話だと天使迎撃トラップが設置されてるらしいんだが……一目じゃよく分かんねえなぁ。一応は灯りがあるから真っ暗闇って訳じゃねえんだが、それでもやっぱり明るさは心許ねえな。
そんな感じでリュックサックから懐中電灯を取り出していると、
「……ガードスキル:ディストーション」
上から降り注ぐ銃弾の雨を生徒会長が弾き飛ばした。
チュインチュインチュイン! とやや嫌悪感を含む音と共に銃弾が四方八方へと弾かれていく。流石は生徒会長の絶対防御、凄まじい防御力だ。
…………まぁ、その弾いた銃弾をこっちに飛ばさなかったら百点満点を上げるんだが。
「危ね危ね危ね危ねぇぇえええええええーっ! 死っ、死ぬ、流石に死ぬ!」
「……新しい宴会芸?」
「命がけの回避行動の方が正しいですから!」
このパーティ、負ける気はしねえが生き残れる気もしねえ!
☆☆☆
あの後、地面が爆発するトラップだったり壁が迫りくるトラップだったりを死ぬ気で攻略した俺と生徒会長は、ついにギルド連絡通路の最下層までやってきていた。ここをクリアすれば死んだ世界戦線のギルドに到達する事が出来る。どうせゆりとかそこら辺が待ち構えてるんだろうが、生徒会長が居れば怖いものはない。……俺はまぁ、物陰にでも隠れときますよ。
護身用にと持参した金属バットを構えつつ、俺は生徒会長の一歩後ろを歩いていく。
「このフロアが最後ですよ、生徒会長」
「モンスターは何処にいるのかしら……?」
「そんな縁起悪い事言わんといてください、マジで。本当にモンスターが出てきたらどうするんすか」
「ハンドソニックで一閃」
「チートスキルがご活躍!」
まぁ確かにガードスキルがあれば怖いものはないですけどもね! それでもやっぱり良識の範囲内ってモンがあると思うんですよ! っつーかそのスキル、俺も使えるようにならねえかなぁ!
「ごめんなさい。ガードスキルは選ばれし者しか使えないの」
「どこの聖剣だどこの勇者だ! っつーかやっぱりアンタ生粋の中二病だろそうなんだろ!」
「???」
ちぃっ! 中二病って言葉が通じねえとは……っ!
「――というのは冗談で、『Angel Player』はいろいろと複雑だから、設定が難しいの」
「だから自分を強化するのが手一杯、と?」
「世界を改変する事は容易だけど……修正が難しいわね」
「ンな簡単に世界を改変とか言わないで!」
漫画のラスボスが号泣するんじゃねえか? っつーか流石に便利過ぎんだろ『Angel Player』!
そんな感じで騒がしくギルド連絡通路を進んでいく俺と生徒会長。最終フロアには爆弾ぐらいのトラップしかなく、それは例に漏れず生徒会長のガードスキルで一掃された。ギルドの奴らの努力を一瞬で灰燼にするとは……生徒会長マジ半端ねえ。
――と。
「そこまでよ!」
「……あ、ありのまま起こったことを話すぜ! 生徒会長とデートのようにギルド連絡通路を進んでいたら、床からゆりが飛び出してきた……。あ、頭がどうかなりそうだった。幻覚とか催眠術とか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
「ざ・わーるど!」
「お前ら生徒会ノリ良過ぎるだろぉぉおおおおおおおーっ!」
出ました、ゆりお得意の絶叫ツッコミ!
へーい、仲村屋ー!
「黙れ! 天使はまだ良いとしてもお前は黙れ!」
「どんだけ俺嫌われてんだよ! あんなに一緒だったのに!」
「ご、誤解を招くような事を言わないで! あたしとあなたは別に、その……な、なんでもなかったの!」
「一緒のベッドで寝た過去を忘れちまったのか?」
「やっぱりここで殺してやろうかしらぁ!?」
ゆりの照れ顔、ぷらいすれす。
銃を構えてギャースカ騒ぐゆりと、バットを構えてのらりくらりと罵倒を躱す俺。こういうところがゆりから嫌われる大きな理由だと自覚はしているんだが、それでもやっぱりこのやり取りは止められない。
と、そんなやり取りの真っ最中に、先ほどゆりが出てきた扉からやけに見覚えのある男子生徒が出現した。
「あ、音無じゃん。やっぱり死んだ世界戦線に入ったんだな」
「春野か……この間の件はサンキューな。あれからまだ記憶は全然取り戻してないけど、まぁ楽しくやってるよ」
「戦線メンバーはどうだ? キャラが濃すぎて辟易するだろ?」
「…………そうだな。時々そっちが羨ましくなるよ」
そう言って肩を竦める音無に、俺はとりあえず苦笑を返した。うーむ、やっぱり音無は常識人過ぎて良識人過ぎるなぁ。生粋の悪人であるゆりに素直に従うような奴でもねえだろうし……これは勧誘を本格的にするべきか?
ちらっ、と生徒会長を見る。相変わらずのぼーっとした目で音無を見ていた。さっきから小さな声で「…………やっぱりあの人が、私の……?」とかなんとか言っているが、もしかして音無の知り合いか何かなのだろうか? ……いや、それは流石にねえか。知り合いだったらあんな出会い頭に心臓を一突きにはしねえだろうしな。うん、きっと気のせいだ。
そんな訳で、そろそろこの漫才タイムを終わらせますかねー。
「生徒会長。とりあえずあそこの極悪人に反省文を書かせてやりましょう、一万枚ぐらい」
「お前は鬼か! そんなに書き続けられる訳ないでしょ!?」
「大丈夫だよ。お前が書き終わるまで俺がずーっと見張っとくから」
「あ、それならいいかm――ってちっがーう! それじゃあ結局あたしが反省文を書かされることには変わりない!」
「ちぃっ! バカの癖に察しは良い奴!」
「よーっし、今から射撃練習するからそこを動くなよ!?」
ゆりの目がマジなのはきっと気のせいだ。……気のせい、だよなぁ?
ゆりは人を弄る事には長けているが、自分を弄られることには全く耐性が無いからなぁ。すぐにハイテンションになってツッコミを入れてくるし、暴力を伴うし、酷い時には殺害までしてくる始末だ。一時期話題となった《ツンデレ》を酷くしたら今のゆりのようになるんじゃなかろうか?
――と、そんな無駄な思考に没頭していると。
「ゆりっぺ! そろそろ爆発させるぞ!」
なんだと!? 爆発!? どういうこと!?
焦った俺が声が聞こえてきた方を振り向くと、陰の方でギルドのメンバーたちがダイナマイトのスイッチを押そうと構えていた。――これはかなりやばい状況なのではないだろうか!
俺が驚愕すると同時に音無が焦ったように陰の方へと走り出す。
「うおぉっ!? 春野とゆりの意味不明なやり取りのせいで忘れてた!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ音無く――って、何あたしの腕掴んでるのよ暖人!」
「げへ、げへへ。もうこの手は離さねえぜゆりぃぃぃぃ」
「ひぃぃぃぃっ! なんか気持ち悪いストーカーみたいになってるぅぅ!?」
爆発から逃れようと必死に暴れるゆりだが、流石に俺の拘束を振り解くには至っていない。まぁ、いくらゆりが女以上の怪力を持っているとしても、男相手じゃ流石になぁ。死の恐怖とかいろんなものが込められた俺の怪力を、篤と味わうが良い!
「……とりあえず、あそこに攻め入ればいいのかしら?」
状況が読めずにきょとんとしていた生徒会長は元々の自分の役目を思い出し、音無たちが隠れている洞窟の陰へと足を進め始めた。
直後、パニック状態になる戦線メンバー。
「きっ、キタァアアアアアアアア! パターン青、天使です!」
「お、おい、どうするんだよチャー! このままじゃ天使に殺されちまうぞ!?」
「分かってるから黙ってろ新入り! 今作戦を考えている!」
「終わりだ、終わりだー! 俺たちはここで終わっちまうんだー!」
「反省文一万枚とか消えちまうに決まってる!」
「うぎゃぁああああああああああああああああああああああああっ!」
…………何だあの地獄絵図。汗まみれな男共の祭典じゃねえかよ、気持ち悪い。ただでさえ男子校のラグビー部な空気を身に纏ってるっつーのに……とりあえずテンション下げろ、暑苦しいわ!
一歩ずつゆっくりと近づいてくる天使に遂に覚悟を決めたのか、ギルドのメンバーの一人がダイナマイトのスイッチを強く握り締めながらこう言ってきた。
「ゆりっぺに――敬礼!」
軍隊顔負けの精度で敬礼するギルドメンバー(+音無)。
「オイ待てやコラァアアアアアアアアアアアアアアアーッ! あたしは戦線のリーダーなのよ!? 部下がリーダーを見捨てて良い訳あるかぁああああああーっ!」
「えぇい、構うな! さっさと爆発させろ!」
「ちょっとあなたは黙ってな――「敵から許可が出たぞ! やれーっ!」――いやいや何で暖人の指示に従ってるの!? 意味分かんない、意味が分からないわ! あたしがまだ逃げてないんだけど!?」
「はっはっはー! 俺と生徒会長だけを火の海に叩き落とそうたってそうは問屋が卸さねえぜ!」
とりあえずアイコンタクトで生徒会長に脱出を図らせて――って、既にあの人の背中が遠くなっている!?
『さようなら春野くん、健闘を祈ってるわ』
「そんな遠くから親指立てられても不快感しか湧きませんからぁあああああああーっ! ちょっ、マジで置いてっちゃうの!? せめて部下なんだから俺だけでも助けてくれればいいのにって凄い速度で背中が遠くなっていく!?」
「はっはっはー! 部下があたしを裏切ったのと大して差はないじゃない! ばーかばーか!」
「……それ、自分で言ってて悲しくなんない?」
「うるっさい!」
というか、こんな所で夫婦漫才を繰り広げている場合じゃあないんだよな!
暴れるゆりを地面に押し付け、俺はギルドのメンバーに必死な形相で叫び散らす。
「ゆりを犠牲にするから俺だけでも助けてくれ!」
『それ何の解決にもなってねえだろ!』
バカな、最高の譲歩じゃねえか!
「……あなた、あたしの仲間にその願いが受け入れられると本気で思っていたの?」
「…………ったりめえよ!」
「死ね! 惨たらしく死ね!」
コイツは何をそんなに怒っているんだろうか? あはは、こんなの軽い小粋なジョークじゃねえか。おおう、そしてジョニーは言ったのさ。
暴れるゆりを取り押さえながらふざけていたせいでついにタイムオーバーとなったのか、ギルドメンバーがいる陰の方からスイッチを強く押し込む音が聞こえてきた。
――直後。
地面の下――おそらくは巨大な空間がある下層から、連続的な爆発音が鳴り響き始めた。気のせいか、爆発が徐々にこっちに近づいてきている。
「い!?」とゆりの抵抗が激しくなった。
「あのバカ共、本当に爆発させやがったわね!?」
「みたいだなー。あーあ、これは流石に熱いし痛いし死にそうになるだろうなー」
「何でそんなに軽い調子なのよ! ええい、あたしを放せぇえええええーっ!」
「俺を一人で死なせるわけねえだろ、バカじゃねえの?」
「なんて自分勝手な名言なのかしら!」
そうこうしている内に俺とゆりがいる地盤が崩壊してしまった。ダイナマイトによる爆発で左腕が消し飛んだが、まぁ痛みには慣れているので叫び声は割愛させていただこう。……本当、変なところで狂ってきてるなぁ。
地盤が完全に崩壊し、俺たち二人は重力に従う形で落下していく。
俺は残った右手でゆりを抱き寄せ、彼女を庇うように体を丸める。
「あーくそ、絶対に痛ぇだろうなぁ……はぁぁ」
「あなたがもっと早くあたしを解放してれば逃げ切れたはずなんですけどねぇ……っ!」
「ま、過ぎた話をしてもしょうがねえだろ。とりあえずは護ってやっから、脱出ぐれえは手伝ってくれよ?」
「誰のせいだ誰の!」
そう言いながらも俺の身体を強く抱きしめてくるゆりに俺は心の底から大満足な訳で。
凄い勢いで迫ってくる地面に恐怖しつつも、俺は笑顔を浮かべてゆりにこう言った。
「絶対に守ってやるからな、敵の親玉さんっ」
「あたしが居ないと何もできないくせによく言うわね、裏切り者!」
直後。
俺は頭から地面に直撃し、一瞬で意識を刈り取られた。
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次回もお楽しみに!