岩沢に男がデキた。
そんなとてもじゃないが信じがたい事を言われた俺は、自分でも分かるぐらいに人を小馬鹿にするような表情を浮かべ、大きく肩を竦めて言った。
「有っっっり得ねえ。あの音楽キチの岩沢に男だぁ? はン、無理だね嘘だね有り得ないね」
「お前どんだけ岩沢に先越されたくないんだよ……」
「鈍感属性さえ治せばすぐにでもリア充になれるのにな、こいつ」
音無とひさ子が何を言っているのかは全く理解できないが、とりあえず今は岩沢についての話を進めていこう。そう、これはきっと俺の聞き間違いだ。そうじゃなけりゃひさ子の思い違いだ。
そもそも、岩沢という少女はギターと音楽以外の何物にも興味を持っていない生粋の音楽キチだ。一に音楽二に音楽、三四がギターで五も音楽――という比喩表現が何よりも適切な女。それが岩沢という少女なのだ。
なのに。
それなのに。
その岩沢に男がデキた? 友達だとか知り合いだとか、そういう領域を通り越して? ……有り得ない。そんな事があり得るはずがない。有り得るはずがないじゃないか、あっはっは!
「なぁ記憶無し男、春野がケータイのバイブみたいに振動してんだけど、あたしはどうしたらいいと思う?」
「……笑えばいいんじゃないか?」
「どこぞのパイロットみたいなこと言いますね、先輩……」
「でもそのパイロットって性格的にみゆきち似だよねっ」
「しおりん!?」
何か俺以外は変に盛り上がっていた。因みに俺は綾〇さん派です。こんな時、どんな顔をしたらいいか分からないの……。
って、そんなどうでもいい過去話は良いんだよ。今度じっくりゆっくりねっとりと話せばいいんだからさ。
今の話題は岩沢の彼氏疑惑だ。
「なぁひさ子、その岩沢の彼氏(疑惑)って、どんな奴なんだ?」
「さぁ?」
「……おい」
俺のジト目にひさ子は大きく肩を竦める。
「いや、だって、あたしも見たことはねえんだよ。この間岩沢の口から『歌の素晴らしさを知らしめてやらないといけない男がいるんだ!』って聞かされただけだしな。あいつの口ぶりから察するに音楽に全く興味がない奴っぽいんだけど……そんな奴、この学園にいると思うか?」
「まぁ、いたとしても……かなーり少数派だろうな」
この学園の生徒って基本的にミーハーだし。ガルデモのライブの度に授業をほっぽり出したり門限を破ったりするぐらいだしなぁ……少しは俺たち生徒会の気持ちも考えてほしいものだよ。
それにしても、岩沢が気に掛ける男、か……。音楽にしか興味がねえはずの岩沢が自ら絡みに行くぐれえだから、さぞ音楽に興味がない奴なんだろうなぁ。っつか、あいつがムキになるぐれえに音楽をディスったって事なんかね? 変わった怖いもの知らずがいたもんだ。
「っつー訳で、あたしは岩沢の彼氏(疑惑)についての情報は持ってないんだ。これはあたしも個人的に気になってる話題だからさ、あんたも何か最新情報を得たらあたしにでも教えてくれ」
「えー。メンドクセェ」
「ゆりの寝顔写真十枚でどうだ?」
「すぐに調査しよう」
「じゃあじゃあ、あたしはゆりっぺ先輩の下着写真十枚で!」
「男の正体まで突き止めてみせよう」
がしっ、と手を固く握り合う俺とひさ子と関根。ゆりの恥ずかしい写真という至宝によって固く結ばれた信頼関係がここに爆誕した。……音無と入江が苦笑しながらこっちを見ているが、今回はあえてスルーさせてもらおう。
――さて、今日はやる事がいっぱいだな。ゆりの秘蔵写真ゲットの為にも、今すぐにでも行動せねば!
「そんじゃな、お前ら! 岩沢の彼氏(疑惑)についての情報、楽しみに待ってろよ!」
「「いいねーっ!」」
「こ、ここは俺も乗った方が良いのか……?」
「ふ、ふぇぇ」
完全に置いてけぼりな音無と入江の言葉を最後に、俺は教室を勢いよく飛び出した。
☆☆☆
「こら、直井。あたしの話をちゃんと聞いているのかっ?」
「あぁはいはい、ちゃんと聞いてますよ。ったく……何でこの僕が音楽などという低俗なものに時間を割かなければならないんだ……」
「なーおーいー!」
「あぁもう、分かりましたよ、分かりましたから続けてください!」
…………俺は今、信じられない光景を目の当たりにしている。
ひさ子と関根と契約を結んだ後、俺は秘蔵写真の為に校舎中を駆け回った。とりあえずは岩沢さえ見つければ彼氏(疑惑)の元まで辿り付けるはずだ、という考えの下に調査を開始していた。
だが。
しかし。
校舎二階の空き教室の前まで到達したとき、俺は我が耳を疑った。――教室の中から、やけに聞き覚えのある声が二人分聞こえてきたからだ。
当然、俺はドアを少し開けて中を確認した。
偶然、そこには俺のよく知る二人の学生の姿があった。
必然、片方は岩沢だ。彼女の愛器であるギターを後生大事そうに抱えたまま、岩沢は椅子に足を組んで座っていた。そのまま演奏を開始しそうな大勢だと純粋に思った。
唖然、もう片方は俺の直属の上司――直井文人副会長だった。詰襟とスラックスと学生帽という特徴的な服装をしている中性的な同級生を俺が見間違えるはずがない。
というか、そりゃ副会長だったら音楽にゃあ興味ねえわな。あの人、神になること以外何の関心も持ってなさそうだし。
……それにしても、まさか岩沢と副会長が、ねぇ。どっちも色恋沙汰とは無縁の存在のはずなんだが……ん? だからこそ相性が良かったとか? 何だよそれ、末永く爆発しろ!
まぁとりあえず、今は監視もとい観察させていただこうじゃありませんか!
「いいか、もう一度説明するぞ? ロックは人生と同じなんだ。嬉しかったらよく弾むし、悲しかったら一気に沈む。自分の感情に大きく左右されるのがロックなんだ。お前がそんなに達観しているのは、きっとロックを聴いた事がないからに違いない。よし、分かった、とりあえずあたしが一曲歌ってやろう」
「何でそんな結論に至ってるんですか!? 新ジャンルのパワハラか何かですか? というか別に僕、ロックを聴いたからと言って性格が変わる訳じゃないと思うんですが!」
「そうだなぁ……まずは手始めに『Crow Song』からかな?」
「僕の話を聞けー!」
何か凄く怒りが込み上げてくるイチャ付きっぷりだった。もうお前ら結婚しろ。
なるほど、つまりこの二人の関係はこういう感じなのだろう。
何かしらのタイミングで副会長が岩沢に「音楽はつまらない~」とか何とか言って、それを聞いた岩沢が「いやいやそれは間違ってる~」っていう感じに反論。それに売り言葉に買い言葉で今日という日まで続き、つい先ほど「あたしの歌を聴けーっ!」っていう流れになっちまった、と……。うん、マジであれだな。お前はどこのマク〇ス7だよ! なんだ、遂にこの世界に変形ロボットでもやって来んのか!?
「あんまり五月蠅くすると天使が来るかもしれないからな。一番だけで我慢してくれ」
「一番も何もそもそも曲を聴くこと自体僕は一切了承してないですから! なんだその自分勝手な極論は!」
「そうだな。直井のキャラ的にバラードの方が好きそうだな。それじゃあ、あたしの新曲である『My Song』を聞くと良い!」
「だからなんでそんな結論に至るんですか!?」
おぉぅ、あの副会長が心の底から振り回されとる……これは貴重な映像だな、もしものためにビデオカメラで最初から録画しててよかった……後でひさ子の部屋にでも行って鑑賞会でも開こうかな。もちろん、入江と関根と音無も呼ぼう。何だかんだで気になってるだろうしな。
「これはあたしの生前の想いがぎっしり詰まったバラードでな!」
「あーもーいい加減にしてくださーい!」
日が傾き始めた死後の校舎に、神になる事を望む副会長の悲鳴が響き渡った。
☆☆☆
副会長と岩沢のラブコメに悔し涙を呑んだ後、俺は生徒会長と共に雑用作業に勤しんでいた。本当は部屋に帰って寝ようかと思ったんだが……途中で生徒会長と鉢合わせして仕事の手伝いを命じられちまったんだ。本当、上司というのは会いたくないときに限って出てくるのだから手に負えない。
生徒会長に頼まれたのは、学校中に貼られた広告の撤去だ。内容としては――今日の午後七時からガルデモのライブを行います――といったもの。そんなにライブをしたいなら俺を通してくれればいいのに、と思わない訳でもないが、今回は急なオペレーションだったんだろう。さっきからちらほらと戦線の奴らが忙しなく動いてるのが確認できるし、本当相変わらず急ピッチな連中だと思う。
壁に貼られた広告を剥ぎ、既に左手に持っていた広告に重ねる。これで十六枚目の広告だ。おそらくは陽動部隊の新入り――確か名前はユイだったか?――が張り付けたものと思われる。……やけに頑張ってんなぁ、広報活動。
「ちょっと、これぐらい見逃してよ春野くん!」
「娯楽が無い俺たちの唯一の楽しみなんだよ!」
「そんなに俺たちから楽しみを奪って楽しいのかよ!?」
ええい、うるさい奴らだな本当。
俺だってガルデモのライブを許可してえよ。アイツラのファンをどんだけ長い事やってると思ってんだ、少しは察しろよバカヤロウ。っつーか、ガルデモが結成した直後からアイツラの活動は見守ってきてんだよ。お前らなんかにゃ負けねえぐらいにはファンなんだよ!
でも、俺には立場ってモンがある。生徒会に所属する事になってから、俺は生徒会長の指示には服従するって方針で今までやってきてんだ。――それも、最愛の人を裏切る形でな。
それぐれえの覚悟を持って生徒会活動に当たってる俺に、何だよその見当違いな罵倒と文句は。舐めてんのかよチクショウ。生徒会権限使って教師共をけし掛けてやってもいいんだぞ!?
そんな怒りが胸に燻りながら、俺は淡々とビラの撤去作業を続けていく。
「そんなことをしても、俺はライブに行くぜ! 俺たちにだって自由があるって事を思い知らせてやる!」
「そうよ! あたしたちのガルデモライブをこんな形で終わらせてやるもんですか!」
「「「おーっ!」」」
…………人の気も知らねえで好き放題言いやがって……っ!
勝手に盛り上がる一般生徒達のテンションに堪忍袋を刺激され続けた俺は、破れることも構わずに力いっぱいにビラを剥がし続けた。
そう、これが俺が選んだ茨道。
一般生徒や死んだ世界戦線の奴らから恨まれ続ける事こそが、生徒会の犬としての使命なのだ。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!