校舎中に貼ってあった全てのビラを剥ぎ終えた時には、既に午後の六時を回っていた。結局左手だけじゃ足りず、生徒会室から買い物かごを持ってきてしまうぐらいのビラの数に辟易したのは悪い思い出だ。……後は一般生徒達からの罵倒と文句と苦情もな。
撤去したビラを焼却炉に放り込み、溜まりに溜まったストレスと共に溜め息を吐く。
「あー……やっぱり全体的に報われねえなぁ、生徒会って……」
学校の治安維持のために行動しているから仕方がないと言えば仕方がないのだが……それにしてもこの疲労感とストレスはどうにかならないだろうか。死ぬ事が出来ないこの世界において、心に燻るストレスは最悪の病魔と化すからな。死なないまま病み、病んだまま死ねない――なんつー生き地獄をリアルで経験できてしまうのがこの最悪な世界なんだ。
十分ほどが経ち、俺は焼却炉の火を消した。蓋を開けると中からもわっとした熱気が顔を襲い、俺は思わず顔を顰めた。……ビラは全部焼却処分できたなーっと。
基本的にはこの焼却炉は使用しない方向なのだが、今回はその例の如くから外れさせていただいた。っつか、流石に多すぎんだよビラがさぁ。何で百枚を超えるんだよどんだけ頑張ったんだよ陽動部隊!
ガッ! とイラついたように焼却炉を蹴り、頭を乱暴に掻きながら校舎の方へと踵を返す。
「ライブ開始まで、残り十五分か……」
十五分もあれば色々な事が出来るな。
生徒会室に戻って一休みする事、教師たちから任された仕事をこなす事、部屋に戻ってゲームをしたり寝たりすること、死んだ世界戦線の奴らに絡む事、そして――ライブを阻止する事。
個人的には三番目を選択してえが、立場上、最後の選択をするべきだとも思える訳で。放っとけばいいじゃん、って言われたらそれまでなんだが、流石に生徒会長一人に任せとくわけにはいかんしなぁ……はぁぁ、憂鬱だ。
――と。
面倒くさかったからとりあえず頭を掻いていた俺の目に、とても見覚えのある奴らの姿が映り込んできた。
「あれは……ゆりと日向? あーいや、野田と松下と音無の姿もあるな……って、あのおかっぱ眼鏡は一体誰?」
なんかやけに頭が良さそうな奴を引き連れていた。生前はパソコン関係の仕事に就いてそうな外見だなぁ、アイツ。……って、よく見たらパソコンを後生大事そうに抱えてました。
俺は焼却炉付近にいて、ゆりたち御一行は建物の陰に隠れるように校舎から出て行っている。彼女たちが向かおうとしている方向にあるのは――女子寮? 何でそんなところに雁首揃えて向かってんだ? っつか、ゆりは女子寮に住んでんだし、隠れずに行けばいいじゃねえかよ。
「…………また何か企んでやがるな?」
おそらく、あと十分ほどで始まるライブはゆりたちが行う作戦の囮か何かなのだろう。一般生徒とか教師たちの目をガルデモに引きつけさせといて、その間に女子寮で何かを調べる――って感じか? 何で女子寮なのかが全く予想できねえが、作戦の大まかな概要はそんなところで間違いはないだろう。
これでもかつてはゆりの相棒だったかんな。あいつの考えていることぐれえ御見通しなのさ。
……っとと、そんな事はどうでもいいとして、だ。
「とりあえず、不良生徒を監視するっつー生徒会業務に勤しむとでもしますかねー」
ゆりたちが物陰から飛び出した瞬間、俺は一歩を踏み出した。
☆☆☆
――少ない。
ギターを弾いて歌を歌いながら、あたしは思わずそう思った。
このライブには『NPC及び天使を惹きつける』という重要な役目が存在する。あたしはガルデモのみんなで歌が歌えればいいから作戦についての執着は少ないんだけど、それにしても今回は思ってた以上に人の集まりが悪い気がする。
ライブが始まってからおよそ二分が経過した。今あたしが歌っているのはガルデモ最初の曲である『Crow Song』だ。これはあたしがこの世界に来てまもなくの頃に作り上げた曲で、この世界での思い出がぎっしりと詰まっている曲でもある。
って、そんな昔懐かし思い出トークはどうでもいいんだ。
今大事なのは、どうやったらこの客足を増加させられるのか。その一点に過ぎない。
「――――! ――――!」
まだ一曲目だが、あたしは声を張り上げる。最初の曲だからといって手を抜くわけにはいかない。というか、音楽に手を抜くだなんてあたしの歌手としてのプライドが許さない。どんな曲にも全力投球――これがあたしのポリシーなんだ。
『Crow Song』が終わりに差し掛かり、隣のひさ子のギターの音色にも焦りが生じる。もっと多くのNPCを惹きつけなければならないから、その焦りはあたしも痛い程理解できる。
ちらっ、と関根を見る。――無理な笑顔を向けてきた。
ちらっ、と入江を見る。――不安そうな顔をしていた。
流石に、このペースはマズイ……な。いつもだったら開始五分には食堂が鮨詰め状態になるぐらいに人が集まって来るのに……今日はその半分ほどしか集まっちゃいない。
もっと来て、あたしの歌を聴きに来て……ッ!
あたしの人生の全てが詰まったこの曲たちのために、もっと集まってくれ―――っ!
「岩沢…………」
そうこうしている内に一曲目が終わり、ひさ子のそんな呟きがあたしの鼓膜を刺激した。その声には不安と困惑が込められていた。……このままじゃまずい、か。
しかし、あたしは諦めない。
人が来ないならこっちから呼び寄せればいい。きっとあたしの想いがまだ奴らに届いていないんだ。だから、もっと大きくもっと激しく歌い叫べばいいに違いない。
叫べ! 歌え! 震えろ! この理不尽な全てを吹き飛ばせ!
あたしはギターピックを掴み直し、ある一曲を弾き始めた。
――Alchemy――
この世界に来てあたしが作り上げた二つ目の曲で、今ではガルデモのメインミュージックと言われているあたしたち四人の十八番だ。――無論、この曲の時、ライブは最高潮に盛り上がる。
「(『Alckemy』!? このタイミングで!?)」
そんな言葉が聞こえてきそうなひさ子の驚き顔に、あたしは思わず苦笑した。
ひさ子の驚きも分からなくはない。あたしだって本当はもっと後にこの曲を披露するつもりだったからな。
この曲は基本、ライブの締めとして歌う事が多い。盛り上がりが最高潮まで達した時、あたしたちは全てを吹き飛ばすかのようにこの曲を奏で始めるんだ。その時の気持ち良さといったら――言葉では語り尽くせない。
だが、今の状況を打破するにはもうこの曲を披露するしかないんだ。切り札をこんな序盤で切るのは分の悪い賭けとしか思えないが、その賭けに乗らないといけないぐらいに今のあたしたちは追い込まれている。
それがどうした奇を衒え。
あたしの歌で全てを変えろ!
あたしの叫びで奴らを見返せ!
この世界を包み込み、あんな理不尽な人生をあたしたちに強いた神ってやつを震え上がらせろ!
「さぁっ、まだまだお楽しみはこれからだよ!」
あの憎たらしい副会長の心に響くぐらい、あたしの全力をぶつけてやる!
☆☆☆
ゆりたちを尾行しながら辿り付いたのは、驚く事なかれ、なんと生徒会長の寮室だった。
彼女の部屋は俺と同じく一人部屋なため実質的な広さはない。正直言って、あんな大人数が入ったら狭いことこの上ないだろう。っつか、せめてもう少し人数減らせや。
曲がり角に身を隠しつつ、ゆりたちの様子を隠れ見る。
「もうっ、早くしなさいよ!」
「今やってるから急かすんじゃねぇよ!」
ゆりの叱責に青い髪の男子生徒――日向は鍵穴をかちゃかちゃと弄りながらそう返した。いや、色々とツッコミどころが満載だとは思うんだが、とりあえずはお前、何でピッキングなんてスキルを習得してんだよ。この世界でそのスキル、まったく必要ねえからな!?
そうこうしている内にカチッと音が鳴り、ゆりたち戦線メンバーが生徒会長の部屋へと雪崩れ込んでいった。その様子はまさに加害者の家に突撃する警察官の様。違う事と言えば、彼らが不法侵入者――つまりは加害者の立場であるということぐらいか。……あ、音無が一歩遅れて部屋に入った。これでお前も共犯だぁっ!
部屋の扉が閉められ、廊下に一人取り残される俺。扉の近くで耳を澄ませば、中からバカ共の騒ぎ立てる声が聞こえてくる。せめて小声で喋る努力をしろよ、お前ら……。
まぁ、と言っても、このまま見逃す訳にはいかない。俺は一応は生徒会のメンバーなんで、不良生徒の悪行を止めなくてはならないのだ。
そんな訳で、俺はもしもの時の為にとギルドから盗んでおいた拳銃を懐から取り出して勢いよく扉を蹴破り――
「御用改めだ両手を組んでその場にしゃが――「死ねぇぇぇっ!」――ぶるあぁっ!」
ゆりの下着は黒だった、とだけ追記しておこう。
☆☆☆
教師共に取り押さえられた。
『Alchemy』を歌っている最中に乗り込んできた教師たちを最初、一般生徒が協力して押さえ込んでいた訳だが、流石に大人の腕力には勝てず、あたしたちは一人残らず拘束されてしまった。幼気な女子相手に大人げないと思ってしまう行為だったが、まぁ教師というのはそういった大人げない行為を行わなければならない立場なんだろう。別に理解したい訳じゃあないが、同情ぐらいはしておいた。
「やめて! ガルデモは私たちの全てなの!」
「俺たちのためにやってたんだよ、その人たちは悪くない!」
「うるさいっ! 今まで見逃してやっていただけありがたく思え! 二度と好き勝手やらせるものか!」
必死に教師たちからあたしたちを助けようとする一般生徒達に、体育教師が一喝する。この教師はあたしがこの世界に来た時からこういった役回りに就いている。……正直、トップランクで嫌いな先生だ。
「楽器はすべて没収するからな」
そう言って、体育教師はステージの奥へと歩き始めた。大人に腕を拘束されているあたしは、それを黙って見送るしかできない。
なんて無力なんだろう、あたしは。
こんな人間一人によって、あたしの夢が奪われてしまうなんて。
思わず涙が零れてきて、あたしはあまりの悔しさで胸が苦しくなっていた。どうせなら、あと一曲、あたしの全てが詰まったあの曲だけでも歌いたかった……っ!
――そう、思った時の事だった。
『音楽なんて低俗なものでしかないんです。そんなものに現を抜かしておく暇があるなら、勉強でもしておいた方がよっぽどマシだと僕は思いますけどね』
人の神経を逆撫でさせる、苛立たしいあの男の言葉が頭に浮かんだ。
時間の無駄だ、と音楽を侮辱し、あろうことか『ロックなんて雑音だ』と言う始末。――本当、あの男は音楽を何も分かっちゃいない。
……そうだ、音楽にはまだまだ幾千もの可能性が秘められている。それを証明しないままで終われる訳がない!
ふっ、と体に力が込み上げてきた。とても憎たらしい事ではあるが、あの副会長――いや、直井のおかげであたしにこの世界に留まるべき理由が生まれてしまっていた。
さぁ、立ち上がれ。この世の理不尽を全て吹き飛ばす為に。
とりあえず、あたしのギターを持って「これはもう捨ててもいいな?」とかふざけた事を言っているあのゴリラ教師を吹き飛ばす事から始めよう。
「それに……触るなぁああああああああああああーっ!」
あたしを拘束していた教師を振り解き、全体重をかけてゴリラ教師を弾き飛ばす。華奢なあたしの身体が悲鳴を上げたが、その程度の事で止まるような状態じゃない。
取り戻したギターを抱え、あたしはステージ奥へと後ずさる。あたしに倒された教師たちが立ち上がり、こっちに向かって詰め寄ってきているからだ。
かつてのあたしだったらここで臆していたかもしれない。今回は諦めて、楽器を取り返して次にまたトライしよう。――そんな事を考えてしまっていたかもしれない。
しかし、今のあたしは違う。神だ何だと口癖のようにほざくあの憎たらしい副会長に音楽の素晴らしさを実感させるまで、あたしは諦めるわけにはいかないんだ!
抱えていたギターを構え、指で直接弦に触れる。皮が切れるとか痛みとかなんて今はどうでもいい。
あたしの心を全て込め、この世の全てに反逆してやる!
「神は死んだ! あたしの歌を聴けぇえええええええええええええええええっ!」
その叫びを合図とし、あたしは自分の化身とも言える新曲――『My Song』を歌い始めた。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!