生徒会の犬となりまして   作:秋月月日

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My Song:4

 熾烈を極めたガルデモのライブから一夜が明けた日の朝。

 俺は生徒会室で黙々と机上仕事に勤しんでいた。向かいには生徒会長が座っていて、その隣には中二病兼神志望の副会長が同じように書類と格闘している。他の役員たちは授業に参加しているので今この場にはいない。……何だかんだで授業サボってるよな、俺たち三人。

 テニス部の『新しいコートが欲しい!』という要望書に『却下』の印を捺し、傍に置いていた段ボール箱へと放り捨てる。一般生徒は個性が無いのが特徴だ、と誰かが過去に言っていたが、この仕事を始めて分かった。その理論はおかしい――と。

 だってこの学園の生徒って、こっちが驚くぐらいに個性豊かな奴らが多いんだもんよ。特に手芸部、テメェらはダメだ。

 

「生徒会長。野球部から『古くなったボールを新調して欲しい』という要望が来ていますが、いかがいたしますか?」

 

「そうね……とりあえず、検討しておく、と書いておいて」

 

「分かりました」

 

 生徒会長の指示を受け、副会長が表情を変えることもせずにすらすらと書類にペンを走らせていく。この人は性格こそ最悪だが、生徒会役員の中ではトップクラスに仕事ができる猛者だったりする。というか、この人がいねえと生徒会の仕事は滞りまくるんだよなぁ……すっげぇ不服な事に。

 そんないろいろとギャップ萌え要素が満載な副会長にこっそり溜め息を吐きつつ、俺は自分に与えられた仕事を淡々とこなしていく。

 ――と。

 

「なーおーいー!」

 

 バン! と開け放たれた生徒会室の扉。

 反射的に振り返った俺たち三人の視線の先にいたのは、昨日いろいろと問題を起こしたガールズバンドのメインボーカルである少女――岩沢だった。

 

「え、ちょっ……」

 

「なーおーいー!」

 

 突然のご指名に珍しく戸惑っている直井副会長だったが、彼を発見した岩沢がその肩をがっしりとホールド。基本的に非力な副会長はその拘束を振り解く事が出来ず、超至近距離に存在する岩沢の顔から必死に目を逸らしていた。――因みに、生徒会長は我関せずといった様子で机上仕事を続行している。なんてすごい集中力だろうか。

 だらだらだら、と大量の冷や汗を流す副会長と、頬をぷくーっと膨らませて彼を睨みつける岩沢。

 とりあえず面白そうなので観察する事にした俺は机の上で頬杖を突き、ニヤニヤ笑顔で二人を見守り始めた。

 

「昨日、あたしは決意した! お前のその歪み切った価値観をこのあたしの音楽で修正してやる!」

 

「どうしてそんな発想にぃーっ!? ちょ、待っ、落ち着いてください!」

 

「これが落ち着いていられるか! あたしは今すぐにでもお前の価値観を修正したいんだ!」

 

 修正してやるー! という名言持ちの某機動戦士アニメの主人公が頭をよぎった。

 

「ひ、人の価値観なんて千差万別です。それを強要するのは人として間違ってると思いますが?」

 

「そんな理屈論なんて聞きたくない! これはあたしのプライドの問題なんだ。お前が音楽を認める時まで、あたしはお前に音楽の素晴らしさを語り続けてやるって決めたんだ!」

 

「それはもはや新手の拷問ですからぁっ!」

 

 まさかの副会長からのツッコミに俺は驚きを隠せません。っつーかアンタ、そんな関西人顔負けのツッコミなんてできたんだな。そこに一番驚いてるよ。

 ……あ。生徒会長に助けを求めてる――けど、完全にシカトされて落ち込んでんな。それで次はこっちを見る、と。――でも、俺はあえて目を逸らしてみる。

 

「き、貴様ぁっ!」

 

 ハハッ、ざまあねえな! いつもの報復だと思ってくれりゃあ幸いでっす!

 

「とりあえずあたしたちの練習場まで来い! お前にロックの素晴らしさをみっちりと叩き込んでやる! 勿論、お前が考えを改めるまで今日は寝かさないからな!?」

 

「あ! ちょ! 勝手にそんな意味が分からな――」

 

 ピシャンッ! と副会長の叫びを遮るかのように扉が勢いよく閉じられた。あれが俗に言う『尻に敷かれやすい系男子』というやつなのだろう。直井副会長、マジドンマイです……くふぅっ。

 にしても、副会長のあの必死さは傑作だったな。全く話を聞いてもらえないどころか、女子に力負けして連行されちまう始末だったし。本当、あの人のプライドは今頃ズタズタのボロボロだろう。……今度追い討ちでもしてやるか。

 しかし、これは意外と困った事態になったな。俺と生徒会長よりも仕事の処理スキルが高い副会長が誘拐されてしまったため、残された俺たちの仕事量が一気に増加してしまった。いやまぁ副会長が残した仕事なんて雀の涙ほどなんだが、それでもノルマが増加してしまったのはいろいろと痛い現実だ。

 こういう時しか必要性を感じない副会長の存在に苦笑を浮かべていると、ずっと作業に没頭していた生徒会長がふと顔を上げて俺の方を見てきた。

 俺は作業の手を止め、生徒会長の目を見返す。

 

「どうしたんすか、生徒会長?」

 

「あの女子生徒、昨日のライブで成仏すると思ってたのだけど……当てが外れてしまったわ」

 

「なんか思い残すことでもあったんじゃないっすか? 副会長の考えを改めさせること、とか」

 

「……早く報われて欲しいものね」

 

「その発言、理解方向を間違えたら凄く嫌な奴になっちゃいますから!」

 

「???」

 

 くそぅ、この天然めぇっ。

 ……にしても、成仏、か。最近はあんまり消える奴がいなかったから忘れていたが、そういえばこの世界から去る方法の一つなんだよな、成仏って。

 この死後の世界は死ねない世界であるため、命を散らすことでこの世界からおさらばすることは実質的には不可能だ。死んでもすぐに生き返り、死のうとしても叶わず仕舞い。自分の命の価値がかなり軽くなってしまう世界――それがこの死後の世界だ。

 しかし、そんなふざけた世界から去る方法が一つだけある。

 それが先ほど話題に上がった『成仏』だ。

 この世界に迷い込んでくる奴らは全員例外なく――報われない人生のせいで人並みの青春を送れなかった高校生たちだ。彼らは――俺や生徒会長も含めてだが――不幸すぎた自分の人生に悲しみや憤りを覚えた状態でこの世界へとやって来る。

 そんな奴らがどうやって無念を晴らすのか、という問題についてだが、それはこの学園で普通の学生と過ごすことでそれは簡単に解決する。

 要は、送れなかった青春をこの世界で駆け抜ければいい。

 要は、人並みの学園生活をこの学園で送ればいい。

 自分が死ぬまでの間に手に入れられなかったものや成し遂げられなかったことを、この世界で手に入れたり成し遂げたりする。――そうすることで、俺たちはこの世界から成仏という形で卒業する事が出来るんだ。

 まぁ、例外もあるにはあるんだけどな。俺や生徒会長や副会長みてえに、普通に学校生活を送っていても消えないっつーイレギュラーが。俺たちは青春以外に思い残すことがあるから、こうして未だにこの世界に留まっている。他にもそういう奴らが一般生徒に紛れたりしている訳だが……どうせ全員は把握できてねえし、今は保留にしておこう。

 

「ま、俺たちもまだこの世界に残ってるわけっすし、気長に行きましょうよ、気長に」

 

「……そうね」

 

 その会話を最後とし、俺たちは机上仕事を再開した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「はぁぁ。今日も疲れたー」

 

「テレビとゲーム機借りてるわよー」

 

「………………はい?」

 

 仕事を終えて部屋に戻ると、何故か部屋着姿のゆりが俺のプライベート空間で寛いでいた。火照った体から湯気が出ているところから察するに、俺の許可なく勝手に浴室を利用したんだろう。……もう少し早く帰って来れば良かった!

 

「なにか疚しい事を考えてないかしら?」

 

「お前の成長の様子を見れなくて残念だとおっと黙りまーす」

 

 とりあえず振り被ったカッターナイフを元の位置に戻してほしい。それ、刃渡り的には大丈夫かもしれんけど、普通に人を殺せる凶器ですからね?

 

「…………あなたの相変わらずさに溜め息が出るわ」

 

「俺はお前の相変わらずさに溜め息が出るけどな」

 

 裏切り者の部屋に平気で不法侵入するところとか。

 どこから持ってきたのか不明なポテトチップスを貪りながらゲームを楽しんでいるバカに大きな溜め息を吐き、俺は彼女の傍にあったベッドに荒々しく腰を下ろした。ぼふぅっ、と勢いよく空気が外へと漏れ出て行く。

 着ていた詰襟をベッドに脱ぎ捨てカッターシャツをそれなりに着崩したところで、俺はゆりにこう言った。

 

「――で。こんな時間に何の用?」

 

「………………」

 

 ピタッ、とゆりの動きが止まった。コントローラーを握った状態で忙しなく動いていた指は、まるで彫刻かなにかのように綺麗に静止してしまっている。

 これはゆりと長い付き合いの俺だからこそ分かる事だが、彼女が俺の部屋で寛いでいるときは基本的に何か悩みを持っているときだ。その悩みのサイズは大小様々だが、その全てが一人では解決できないぐれえに面倒臭い悩みだったりする。っつーか、裏切り者であるはずの俺の部屋に来てる時点で結構追い込まれてるっぽいんだけどな。

 コトッ、と床にゆっくりとコントローラーを置き、ゆりは静かに俯いた。そんな彼女に何も言わず、俺は黙ってテレビの電源を落とした。

 約十秒後。

 こてん、とゆりは俺の右脚に頭を預け、膝を抱えた状態でこう言った。

 

「…………昨日のライブで岩沢さんが熱唱したの、憶えてる?」

 

「そりゃ、まぁ、覚えてんよ。っつか、昨日の今日で忘れる訳ねえだろ」

 

 あえての軽口。

 

「それで、ほんの一瞬なんだけどね…………岩沢さんが消えちゃうんじゃないかって思っちゃったのよ」

 

「………………」

 

 ゆりの言葉に俺は沈黙を返す。

 

「戦線結成当時の椎名さんも、消えかかるところまではいっちゃってた。それがどうしても頭から離れなくて、それが昨日ふと頭に浮かんじゃって、どうしようもないぐらいに頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃった……」

 

「………………」

 

 俺は静かにベッドから降り、彼女の横で胡坐を掻いた。

 

「あたしにとって戦線の仲間は家族も同然。いつもは乱暴に扱ったりしてるけど、その想いだけは今も昔も変わらないわ。――――だから、だからこそ、戦線のみんなが消えちゃうのは、嫌なのよ……っ!」

 

「…………はぁぁ」

 

 膝を抱えた両手の間に顔を埋めて泣き始めたゆりに溜め息を吐きつつ、俺は彼女の身体を横からしっかりと抱きしめた。もちろん、頭を不器用なりに撫でることも忘れない。

 ったく……やっぱりというかなんというか、昼間の生徒会長との話の時からこうなるんじゃないかって予想はしてたが、まさか本当に俺に弱音を吐きに来るとはな。戦線メンバーの前では立派なリーダーでいたいから、っつー理由があるのは分かってるが、悩みを吐露される度に泣かれる俺の気持ちにもなってくれ。女を慰めるのって、意外と精神的にきついんだからな?

 嗚咽を混ぜながら鼻をすするゆりに、俺は溜め息交じりに軽口を叩く。

 

「お前って本当、人の見てねえところでは泣き虫なのな」

 

「うる、っさい……裏切り者ぉ……!」

 

「その裏切り者に慰められてりゃ世話ねえな」

 

「…………っ!」

 

 ぽかっ、と俺の顔面を軽く殴る女が一人。

 死んだ世界戦線を裏切って生徒会に所属した俺だが、好きな奴から必要なときに必要とされるっつーこの現状にかなーり満足していたりする。最近はいろいろとストレスが溜まってたかんなぁ……とりあえずゆりの身体の感触でストレスは全部吹き飛びましたありがとうございます。

 ぐすっ、えうっ、とゆりは嗚咽を零しつつ、

 

「元はと言えば、あなたが戦線を抜けたのが悪いのよぉ……!」

 

「あーはいはい、ごめんなさいでしたー」

 

「あたしの気持ちも知らないで……!」

 

「そりゃ分からんわ、別の人間なんだし」

 

「そういう事を言ってるんじゃなーい!」

 

 俺の屁理屈によって一気に普段のテンションを取り戻したゆりはがばぁっと俺の襟首を掴み上げ、

 

「今日こそはあなたにあたしの偉大さを思い知らせてやるわ! さぁ、コントローラーを握りなさい! あたしのドラテクに恐怖せよ!」

 

「俺に一勝もしたことねえ癖によくそんな強気な事言えるよな、お前」

 

「う、うるさい! いいからさっさと勝負するぞこらーっ!」

 

 結局その日、太陽が完全に昇り切るまでレーシングゲームで白熱した俺とゆりは互いに体重を預けた状態で夢の世界に旅立つことになるのだが―――それはまた、別のお話。

 

 




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 次回もお楽しみに!
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