日向を照らす彼岸花 作:シャングリラ
あれならラストからスーパーダンガンロンパ2にって流れにつなげやすそう……!
あとお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、本作のサブタイトルはスーパーダンガンロンパ2のチャプター名をもじったものにしています。
才能があれば、胸を張れる自分になれると思っていた。
自分がどこにでもいるようなただの高校生ではなくて。
俺にはこんな立派な才能があるんだって、自分を誇ることができると思っていたんだ。
それだけじゃない。
才能があれば、意味もなく自分をよく見せようとする必要なんてなかったかもしれない。
才能があれば、手段を選ばずに夢をかなえようとして、人の憎しみを煽ることはなかったかもしれない。
才能があれば……胸を張って友達の横に並べたかもしれない。
そう。
けっきょく俺には、才能なんてなかったんだ。
スポーツも、芸術も、幸運も。何もなかった。
でも、だからこそ。空っぽの俺だからこそ、できることがあった。
だから、俺は――
「喉乾いたな……」
太陽がのぼった空の下を、一人の青年が歩いていた。
黒いスーツに黒いネクタイ、どこにでもいるような社会人の一般的な服装は彼が通り過ぎた誰もが振り向くことのない、平凡な容姿を彼に与えている。
十代の少女が制服を着ていれば社会の中で目立たないように。
彼の服装もまた、社会の中でなんら取り留めのない、目立たない服装だった。
人通りが少ない朝に歩いているのは、仕事……といえばそうなのだが、どちらかというと雑用を押し付けられたのに近い。
かといって、”異分子”である自分がこうして普通に生活ができているのも、自分に雑用を命じた人物のおかげ……。そう考えれば飲み込むしかないか、と頭を振って邪念を振り払う。
そして次の瞬間、
バリバリバリバリ!!
「うわっ!?」
突然聞こえたビルの窓ガラスが砕け散る音と、それ以外の”何か”の音。
音もひどいが何よりガラスが割れて破片が上から降り注いでいる光景が見えたものだから思わず彼は声を出してしまっていた。
幸い彼がいた場所からガラスが割れたビルは離れており、あくまで遠目で見えた程度、特に被害があるわけではない。
「何だよ、危ないな!?」
もしガラスが落ちてきた真下に自分がいたら……そう考えるとぞっとする。
ガラスが割れた時に同時に発生した音が何か、そこまでは彼にはわからなかった。注意を向けていたわけではないからわからなかったのも仕方ないかもしれないが……。
一緒に鳴った音が銃声だったと、青年……日向創にはわからなかった。
さらに言えば、その銃声の元が社会から秘匿された存在「リコリス」によるものだとは。
先日その存在を知ったばかりの日向には、知る由もなかったのである。
「リコリス?」
『そうだ。この日本において犯罪を未然に防ぐため、犯罪者を処分する非公開のエージェント。それがリコリスだ』
先日の電話において、日向はアラン機関の人間である吉松からリコリスについての説明を受けていた。
ついさっきまで喫茶リコリスで話していた錦木千束もまた、そのリコリスの一人であるのだと。
『リコリスは戸籍のない孤児の少女たちで構成されている。千束もその一人だ。彼女はリコリスの中でもトップクラスの実力と素晴らしい才能を持っている』
また、才能か。
無意識のうちに、日向の携帯を持つ手に力が入る。
あれほど憧れ、焦がれたものを持っている人間がまた自分のすぐ近くにいる。それは今になっても、彼の胸を締め付ける。
「それで、俺にどうしろと?」
『……まずは確認したいこともある。千束と顔をつないでおいてくれればそれでいい。いずれ君にお願いすることもあるかもしれない、詳細は追って伝えよう』
ピッ、と小さな音を立てて電話は切れた。
「…………」
吉松は確かに言った。
いずれ、
それが意味することはわかっている。日向はポケットに手を入れると、そこに入っている小さなものをゆっくりと握りしめた。
まるで、藁をも掴むかのように。
数日後。
喫茶リコリコに、大きな変化が訪れていた。
「本日配属になりました、井ノ上たきなです」
喫茶リコリコにやってきた一人の少女、井ノ上たきな。彼女は、DAに所属していたリコリスの一人である。
そもそもの話。喫茶リコリコもまた、DAの支部の一つだ。
たきながリコリコに来ることになったきっかけは日向が目撃したガラスが割れた時の事件。実はそこでは銃取引が行われるとの情報から武器商人とリコリスとの間で銃撃戦が行われていた。
リコリスの一人が人質に取られたうえ、そのタイミングでリコリスの司令部に対しハッキングが行われ指示機能が停止。
そんな混乱状態の中、一人のリコリス、たきながビルに持ち込まれていた機関銃を掃射し、武器商人たちを一掃。事件は解決した、かに見えた。
だが……
「あぁー……DAクビになったっていう」
「クビじゃないです」
ミズキの言葉に、即座に否定の言葉をかぶせてくるたきな。彼女は、自分が本部からリコリコへ配属となったこの人事に納得できていなかった。
もちろん、たきなにも責任の一端はある。本来武器商人は生きたまま捕らえたかったというの司令部の意向だったが司令部と連絡が取れない間に、たきなは独断で彼らを射殺してしまった。指示を待たず、またリコリコのメンバーを危険にさらしたというのは司令部にとっても同じリコリスにとっても厄介者扱いされることになったのだ。
さらに厄介さに輪をかけたのが、今回の銃取引の商品である銃1000丁がどこにもなかったということ。DAはハッキングされたという事実も含め、重大な不手際を明るみにはできない。そのため、内情を知っていたであろう武器商人を独断で殺してしまったたきなに命令違反としてすべて責任をかぶせてしまったというのが真相である。
「ここの管理者のミカだ」
「井ノ上たきなです」
喫茶リコリコの店長であり、DAではかつて教官を勤めていたミカとたきなは握手をする。
その後も彼らは会話を続けるが、やがて喫茶リコリコ最後のメンバーが買い出しから戻ってきた。
「先生、大変! 食べモグの口コミでこの店、ホールスタッフがかわいいって! これ私のことだよね!?」
「アタシのことだよ!」
「……冗談は顔だけにしろよ酔っ払い。あれ? リコリス? てかどーしたのその顔?」
見知らぬ顔にきょとんとした表情を見せる千束。一方のたきなは彼女がDAで名前を聞いていたリコリスかと表情を引き締める。いったいどれほどの人なのかと。
そんな覚悟にも近いたきなの気持ちは、ミカの言葉を聞いた千束によって一発で吹き飛ばされた。
「例のリコリスだ。今日からお互い相棒だ、仲よくしろ」
「この子が~~!? よろしく相棒! 千束でぇす!」
「井上たきな、です……」
「たきな! 初めましてよね!?」
相棒に嬉しさが爆発している千束に対し、ぐいぐい来る彼女にたきなはほとんど押されっぱなし。とまどい顔になりながらも自己紹介を続けていく。
「は、はい。去年京都から転属になったばかりで」
「転属組! 優秀なのねぇ、歳は!?」
「16です」
「私が一つお姉ちゃんか、でもさんはいらないからね、ち・さ・と、でオケー♪」
こうしてはしゃぐ千束を見て、いったい誰がこの少女のことを犯罪者を処理するエージェントだと気づくことができるだろう。
いったい誰が、この少女のことを●●の才能を期待された少女だと気づくことができるだろう。
一通り落ち着いた後、早速千束とたきなはリコリスとしての仕事を始めることになる。
しかしそれはたきなが想像していたような犯罪者たちを次々に襲撃するような血生臭いものではなく、幼稚園の手伝いや日本語教室の講師、喫茶店の配達などといったどこにでもありそうな日常。
いつもと違う仕事にたきなは驚き、これで本当にDA本部への復帰がかなうのかと疑問に思う。
だからこそ、リコリコ常連の刑事から頼まれた依頼が銃取引の事件に偶然にも関わっていると判明すると、護衛対象を囮に使うような暴挙に出てしまうのだが……。
復帰への焦り故だろうか、事件の一部始終を、見ている者がいたことに深く思考を割くことができなかった。
千束が気づき、たきなが銃で撃ち落としたドローン。そのドローンはとあるハッカーによって運用されており、彼女たちの動向をしっかりと撮影していた。
『この距離のドローンに気がつくか』
映像はドローンが撃ち落とされる前の流れを巻き戻していくが、ドローンに気づいたであろう少女の顔がアップされた時、映像を見ていた男は思わず撫でるように映像の彼女へと手を伸ばしていた。
「千束……か」
『リコリスと知り合いか?』
映像は少女の顔から無機質な画面と、その中心に表示されたリスを模した特徴的なマークへと切り替わる。
そこから流れてきた音声は加工された電子音で男へと問いかけていた。
『国家に仇なすものを消してまわる噂の処刑人が、まさかこんな少女だったとは驚きだ』
「さすがはウォールナット。博識だな」
ウォールナットを名乗るハッカーが秘匿されているはずのリコリスについて発言しても、男は全く気にした様子がない。
ウォールナットはインターネット黎明期から活動しているハッカーだ。ダークウェブ界隈ではよく知られている凄腕のハッカーであるために、秘匿情報を知っていてもおかしくはなかった。
『無知であることは嫌いなんだ。だから、もっと知りたいことがある』
「報酬だね? 依頼したDAへのハッキングには満足している。十分報いる額を用意しているよ」
まるで話題を避けるかのように、男はウォールナットの音声に発言を重ねる。
現在男は車の中におり、運転席には女性、後部座席には男。そしてもう一人車内にいたがその全員がこれから先ウォールナットが何を言おうとしているかを薄々察していた。
『そうじゃない』
「……何かな?」
少しだけ、男の声がこわばったものになる。だがそれに気づいてか気づかずか、ウォールナットはそのまま思ったままの疑問を男へとぶつけた。
『どうして銃取引なんぞに関わる。施しの女神はタブー無しなのか?』
そして、決定的な言葉をウォールナットは口にする。
『アラン機関』
それが限度だった。
男は何も言わずに手だけを動かす。男の無言のサインに従い、運転席の女性はカーステレオの部分にある画面を操作し、男の横に座っていた人物は手元のノートパソコンを操作する。
次の瞬間。
車から見える距離にあったビルから突如爆発音が響き、その4フロアほどから明かりが消えた。
正常に爆発が起こったことを確認し、女性は静かに車を発進させる。
「無知である方が、人は幸福なんだよハッカー。君もそう思わないかい?」
男……吉松シンジは、自分の横に座っている人物へと問いかけた。
問われた青年は静かにノートパソコンを閉じると、いつもの黄土色とは違って真っ赤になっている目をゆっくりと閉じる。
「…………」
次に目を開いた時には、彼の目の色は少しずつではあるが元に戻っている。それに伴い、意識が少しずつもどってきた日向創はかつての自分を思い出していた。
『才能がないから、だから何だって言うんだ! 命に違いはないだろ!』
『違いはあるんだよ、諦めろ』
『人生は才能だけじゃない……!』
『ほぉ、いいこと言うじゃねぇか。その通りだよ。無能は無能らしく、才能をうらやむ暇があったら、歯車みたいに生きていけってことだ』
『お前みたいな才能がない人間はな、何も考えずに、だらだら毎日這いつくばって生きているのが、何よりの幸せなんだよ』
クラスメートが謎の死を遂げた、あの事件。学校側は不審者によるものだとして全てをもみ消した。
本当にそうなのか、何かおかしいと食い下がったが無駄に終わる。才能のない自分には、何も知ることは許されなかった。
そしてあの事件が、自分が最後の一歩を踏み出す決断をするきっかけになった――。
「どうでしょうね」
「ん?」
吉松の言葉に、日向は静かに答えた。
「知らなければ幸せでも、それがわからないから知ろうとして、結局幸せにはなれない」
「……そうかい」
車は静かに、夜道を進んでいった。
第1話部分、詰め込んだかなー感はありますが、こうしないとテンポ悪いかなと。
特に序盤、日向はリコリスと直接的にはかかわりそうにないですからね。
リコリコのあたりは原作通りでも、アラン機関としてアニメで表に出てないところを、日向視点で書いていってみたいなと思っています。