日向を照らす彼岸花   作:シャングリラ

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羨望トロピカル②

部屋を模したような電子世界でのチャットルーム。

そこには二人の人物が向かい合っていた。いや、電子世界内なので厳密には向かい合ってはいない。

あくまで二人のハッカーが通信をしているというだけだ。

 

片方はリスを模したアバターを。もう片方はイラストでよく見るような典型的なロボットのアバターを使ってい……

二人の間にある画面には、白い背景にフクロウをモチーフとしたデザインが表示されていた。このデザインが示すところこそ、今回二人が話題にしているものである。

 

『アラン機関とはぁ! 世界的に展開する謎の支援機関だ。実際、個人か組織かもよくわからんなぁ! 貧困や障害などを抱える天才を探しだし、無償の支援を施している。スポーツ、文学、芸能や科学など幅広い』

『そんな子供でも知ってるようなことを聞きに来たわけじゃない』

 

テンションが高いロボットのアバターに対し、人型のリスのアバターから出る音声はあくまで平坦なもの。

 

『つまり、殺しをやるような連中ではないってことだよ』

『奴が僕を消そうとしたことは確実だ。問題は、なぜ僕のアジトを特定できたかだ』

『ヘヘッ……』

 

意味深な笑い声と共に、アラン機関について表示されていた画面が切り替わる。

切り替わった画面はとある情景を撮影したビデオ映像だった。リスのアバター……ウォールナットはその映像に当然覚えがある。

 

『ドッカーーーン!!』

『よく撮れているなー』

 

どこかのビルが突然爆発した映像が、4分割、16分割の画面に変わりながら繰り返し再生される。

この爆破映像は、つい最近ウォールナットのアジトが爆破された時の映像だ。DAのAI、ラジアータをハッキングするという依頼についての報告の後、依頼人と撮影された映像についての会話をしていた時に突如爆破されたのだ。

 

ウォールナット自身、依頼人……アラン機関の人間との会話の中で相手の動向を探るような質問もしたため、踏み込みすぎたかと思う部分はある。

 

『そうだろう? このためにドローンを新調したからな』

 

ロボットのアバターの目が怪しく光る。声に込められた感情も当初より笑いをこらえきれなくなっているような、喜色が混じった声になってきている。ウォールナットに対し自分が優位に立っているような、そんな驕りが見える声だ。

実際、彼はウォールナットへ笑いながら問いかけた。

 

『今いる場所はダミーじゃないんだろう? ウォールナット』

『……やはりお前か』

 

自分の予想が当たっていたことに対し、ウォールナットはどこか落胆したような、それでいて自分の感情は見せない淡々とした声で

 

『お前が、奴に僕を売ったのか』

 

それなりに付き合いのあったハッカーとの、決別を口にした。

 

 

 

 

 

「ひゃーっはぁ!」

 

某所にて。

自分が使っているアバター同様、ブリキのロボットのような顔の被り物を付けた男は椅子に座ったまま勢いで後ろに倒れこんだ。

しかしそれで痛がる様子は見せず。被り物の下で喜色満面になりながらバタバタと床の上で手を振り回す。彼がそれだけ喜びを隠しきれないのは、念願だったからだ。

 

「特定した! この国のトップハッカーが入れ替わる時がついに来た! 老人よさらばだぁっ! ハーッハァ!!」

 

彼の使うハンドルネームはロボ太。

ロボ太は自分のハッキング技術に相当な自信を持っており、それ故に自分以上にハッカーとして名声も評価も持っているウォールナットが気に食わなかった。

だから、今回”とある話”を受けた時に、これはチャンスだと思わずにはいられなかった。目障りだったウォールナットを排除し、自分がハッカーとしての頂点に立つのだと。

 

『最後に聞きたい』

「あ?」

 

だがそんなロボ太に、ウォールナットからの声がまだ聞こえてきた。

自分の喜びに水を差されたような気持ちになりロボ太は不機嫌そうな声で返事をするが、ウォールナットがそれを気にした様子はない。

ただ、ウォールナット自身が気になったことを聞くだけだ。

 

『さっきの映像の爆破の後、僕に対してハッキングを仕掛けたのは誰だ?』

「……え? 何それ」

 

ウォールナットからの質問は、ロボ太にとって寝耳に水だ。

 

現在自分に依頼を出している者が何者かは知らないが、その依頼人によって目障りだった相手を引きずり落とす算段がついた。それはもちろん歓迎すべきことなのだが……。

 

自分の知らないハッカーが動いていた? それは知らない。しかもウォールナットが気にするほどの?

 

自分以外にも依頼人がハッカーを準備していた、というのはない話ではない。しかしウォールナットを追い詰めるという大一番において自分ではなくそのハッカーが使われていた、というのは面白くない。

ウォールナットに代わり、

 

()()()知らないか。まぁいい。じゃあな』

「あ、ちょっと待」

 

ブツリと音をたてて接続解除され、あとは砂嵐のような画面が移るのみ。

依然としてロボ太は背中を床につけたままで、しばらくそのままの態勢でポカーンとしていた。だが状況を頭が整理するとウォールナットへの怒りが再燃し、再び腕をばたつかせ始める。

 

「な、な、何なんだよぉぉぉぉぉ!!」

 

ひとしきり騒いだ後、ロボ太はゆっくり立ち上がると椅子を戻し、そこに座るとキーボードを勢いよく叩き始める。

彼のハッキング技術で標的の位置を再度特定しなおしながら、追い詰めるための人員も確保していく。

全ては、自分が頂点に立つために。

 

ウォールナットを、殺すために。

 

 

 

 

 

ロボ太との通信を終えた直後。

彼が腕をばたつかせて騒いでいる間に某所ではウォールナットが動き始めていた。

 

「やはりロボ太じゃないか……まぁわかっていたけどな。ハッキングのクセも違うけど何より技術が違う」

 

ラジアータへのハッキングを依頼してきた人物……アラン機関の人間と話しているときも警戒は怠らなかった。しかし、爆発するまで全然気づくことができなかった。

それだけではない。その爆発の後にハッキングを仕掛けられ、自分のところからも情報を吸い出されそうになった。幸い、意地で致命的な情報を奪われることは阻止してみせたが、全てを守り切ることはできず奪われた情報もある。事実、ウォールナットのセーフハウスの一部が潰されていた。

 

(まるで熟練のハッカー……いや、違うな。能力と才能はあるが経験の浅いハッカー、そんな印象だった)

 

できそうだからやってみて、実際にできた。そのようなちぐはぐさが感じられたのはウォールナットがインターネット黎明期から活動している経験の長さゆえだろう。

 

才能、と考えるとやはりアラン機関の手の者に思える。

この自分が一部とはいえ情報を守り切ることができなかった? このウォールナットが?

そう考えると並のハッカーとはとても思えない。間違ってもロボ太ではない。経験が浅いような雰囲気があったならなおさらだ。一方でただ技術があるだけのハッカーに押し切られかけたとは考えたくもない。

 

「全く、僕としたことが情けない。このウォールナットが才能程度に負ける? そんなことあってたまるか。だがまずは逃げることを考えないと」

 

そして、金髪の()()は大急ぎで愛用のノートパソコンなどを手早くスーツケースの裏ポケットに詰めていく。

もう一つ用意するのは……視線の先にあったのは、リスの着ぐるみだった。

 

 

 

 

 

「最近多いですね」

「ん? 何がだい?」

 

夜、とある車の中。吉松の秘書のような存在である姫蒲が運転する車の中では吉松と日向が会話をしていた。

つい先ほど日向は吉松へと報告を終え、そのまま車で移動している最中だった。向かっている先が喫茶リコリコだと気づいた日向は最近吉松がリコリコへ通っていることを姫蒲から聞いていたことを思い出していた。

 

「リコリコへ向かうのがですよ。千束に会いに行くんですか?」

「もちろんそれもあるがね。ミカという旧知の間柄もいる。私があそこに行くことが何かおかしいかね?」

 

リコリコの店長であるミカは吉松の旧友である。それこそ、千束をアラン機関として支援する前からの付き合いだ。

だが一方で、アラン機関には「所属員は支援対象者に接触してはならない」という規則がある。

()()()()()、日向は吉松に言われてリコリコに通い始めたのだから。

日向は厳密にいえばアラン機関の完全な所属員とはいいがたい。そのため、アラン機関が支援した千束以外の人物の活躍についても調査を任されたりしているのが現状だ。

 

「君が考えている通り、アラン機関として千束に会いに行くことが好ましくないということは理解している。現に彼女が以前のことをはっきり覚えていないようだからこそ、私はこうして顔を見せることができている側面はある」

 

かつて、千束が幼い頃に吉松と千束は顔を合わせたことがある。その時は吉松も名乗ってはおらず千束に対し「君の救世主だ」とごまかしたが、もし千束が覚えていたらすぐにその時のことを口にしたはずだ。ミカからも千束が「救世主さん」を探していることは聞いていた。

 

「だが一方で、アラン機関として私が確かめなければいけないこともある。君に任せてもいいとは思うが、やはり支援した人物としては、その才能が社会に送り出されているかしっかり確認しておきたいんだよ」

 

吉松の顔は真剣だ。本気で、才能というものを神聖視している。

それが日向から見ればかつての自分にそっくりで、しかしながら自分とは全く逆の方向を見ているようだった。

 

そうこうしているうちに車はいつもの駐車場に止まり、そこから吉松は歩いてリコリコへと向かうのがいつもの流れ。日向と姫蒲は車で待機だ。

車から降りた吉松は、視線を日向へと向ける。

 

「社会に才能を送り届けることこそ、我らアラン機関としての使命なのだ。そしてそれは……君に対しても、例外ではないよ。日向創くん」

 

吉松の視線が日向に向けられると、日向はそうですか、と肩をすくめた。

 

 

 

 

 

「おぉ、いらっしゃい」

 

リコリコに入った吉松はミカの声に出迎えられる。夜だからか店内にはミカと何やらパソコンを見ているらしいミズキの姿しか見えず、その代わりに店のバックヤードの方から千束らしき女の子の声が聞こえていた。きっと新しく入ったという店員とじゃれているのだろうと吉松は思った。

 

「賑やかだね」

「最近よく来てくれるね」

「君のおはぎはうまいからね。前はコーヒーもまともに淹れられなかったのに」

「10年もたてばな。忙しいんじゃないのかい」

 

10年。その期間が何を意味するかは吉松も理解している。

アラン機関が支援したことによって猶予を得た千束は、ミカと共にDAからリコリコへと移った。それからもう10年にもなるのだ。

 

ミカの労いの言葉に対し、吉松はやれやれと肩の荷が下りたような声で答えた。

 

「ようやく仕事が一段落したところさ。掃除に手間取ってね。()()()()()()すばしこい奴だったよ、ハハハ」

 

まさかこの店の裏にそのリスが潜んでいるとは、吉松は想像もしていなかった。

 

一通りミカと話をすると吉松は奥の千束へと声をかける。しかし千束にしては珍しく、今忙しいからまた後でね! とすぐ裏に引っ込んでしまったので思いがけないような表情になる。

ならば、と笑みを浮かべながら吉松はミカへと問いかけた。

 

「ミカ」

「うん?」

「千束とここで……どんな仕事をしているんだい?」

 

今回の本題でもある、確認を。

 

 

 

 

 

その頃。

車の中に残った姫蒲は、後部座席で外を眺めていた日向に声をかけていた。

 

「お伺いしたいのですが」

「は、はい」

「あなたの才能というのはハッカーとしての才能なのですか? 先日ウォールナットに対しハッキングを車の中からしていたようですが」

 

まさか姫蒲からこのような質問が来るとは思っていなかった日向は、目を丸くした。

 

「吉松さんから聞いていないんですか?」

「詳細については、何も。正直意外だったんですよ、あなたがあの時ハッキングを始めたのは。私はてっきり、別方向の才能だと思っていました」

 

姫蒲は初めて日向と会った時のことを思い出す。

ハッキングを始めたときと同じ真っ赤な目をした彼に、()()()()()()()()()を見せつけられ、追い詰められた時のことを。

 

それを口にすると、日向は驚いたような、そして困ったような悲しいような顔をして答えた。

 

「悪いけど、そのことは覚えてないんです」

「え?」

「俺には……才能を使っているときの記憶がないんですよ」

 

だから、日向創は羨ましい。

今もなお、自分にも才能があると自覚できない彼は……才能を持つ人間が、自分には才能があると自覚できる人間が。

羨ましくて仕方がないのだ。




今の日向には、自分の意識下において自由に才能を使うことはできません。
詳細については、話が進むにつれ少しずつ出していきます。

今回千束やたきなが少なかったですが、次話からはしっかり出します……!
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