彁 作:藤の花
目が覚めると、暗闇の中に閉じ込められていた。
自分の体以外のすべてが光を吸収する黒一色の世界。
そんな中に、俺は一人佇む。奇妙な、夢のような世界。
おまけに音がならない。喋ることすらできないから、完全な無音だ。
「あ、起きた。」
その静寂を破ってやってきたのは、白いワンピースを着た綺麗な銀の髪を持つ少女だった。
「ま、精々頑張ってね。」
意味がわからない。この少女は誰で、なぜここにいるのか?
意味がわからない。………
瞼が開くことで外界の光が差し込む。
「ここは…」
俺は普段窓とカーテンを閉めて寝る。だから、光が差し込むことはありえない。
ならばここはどこだ。
「駅…?」
昨日は何をしていた?会社に行って、仕事をして、終電に乗って、家に帰って…家で寝た記憶はある。
ここで、駅の名前を確認すればわかるということに気がつく。
「駲彁駅…?」
…おかしい。読めないのに発音できた。おまけに発音したにもかかわらず読み方が分からない。
「やっほー。元気?」
声をかけられ左を振り向くと、夢で見た少女が立っていた。
もはや、これは常識や現実的な思考で対応できることではないらしい。この状況を知っているのは少女だけだと考え、疑問をぶつける。
「お前がこのへんなところへ連れてきたのか?」
「んー…ほんとは言っちゃだめなんだけど特別に教えてあげる。答えは半分正解。その理由とかは自分で見つけなよ。」
「お前は一体何者なんだ?」
「それは言えないよ。」
「ならせめて名前を教えてくれ。呼び方に困る。」
「私は…レイ。」
「そうか。よろしく、レイ。」
「ま、これが終わるまではね。ところで、お兄さんの名前は?」
「連れてきておいて把握してないのかよ…俺は… …?」
「"名前が思い出せない"。違う?」
「ああ。記憶も、昨日の記憶くらいしか残っていない。どの街に住んでいたのかも、全部な。…荷物も消えてるから身分証明書での判断もできない。」
「やっぱりね。この世界に来た人はみーんな記憶をなくしちゃうの。じゃあ、とりあえず自分で名前を決めたら?」
本当に何なんだこの世界は…。とにかく、名前…日本人であることはわかる。だが…
「そうだな…俺は……ウィステリア。記憶が戻るまではウィステリアだ。」
「変な名前。」
レイからナチュラル悪口を言われる。ちょっと凹む。
「何故かわからないけど、これがまっ先に頭に浮かんだ。」
「ふーん…とりあえず、駅の構内でも探索したら?私はここのベンチで寝てるよ。」
「ああ。おやすみ。」
寝る子は育つ。古来から言われてる。
それはそうとして、駅を見て回る。整備がされていないのか、草が生え茂り、金網に絡まって伸びている。
ホラーゲームとかで脱出のためにこのような金網をよじ登らないのは何故だろうなどとどうでもいいことを考えつつ、電車の来る気配のない線路に出て、金網を登ろうとする。
金網の網目に指をかけ、足をかけ、指の第二関節が痛くなるのを我慢しながら右に左にとかける手を変えてゆく。
仮にも成人男性だ。高さ的に一分と経たずに越えられた。
しかし、問題はそこからだった。金網のてっぺんから、下を覗くと、夢で見た真っ暗な空間が広がっていた。あそこに落ちたらどうなるかなんて考えたくもない。
あそこから戻れる手段、例えば脚立などが手に入るまでは、降りないようにしよう。
金網から手を離し、軽く後ろに飛んで着地する。
「いってぇ…」
手を見ると、赤く腫れ、血が出ているところも散見された。
次に調べたのは駅員さんが仕事をしていると思われる案内所だった。
道中、階段や誰もいなくなったコンビニなどを通ったが、有用な手がかりは見つからなさそうだから無視した。
案内所の机には資料のようなものが置いてあった。どうも年数が経っているらしく、紙の端が黄ばみ、破けているところや、しわが見られる。少しページをめくってみる。
「…このページ…すこし破れているがこの駅の路線図みたいだな。新人の人が書いたのか、駲彁駅が赤い丸で囲ってある。だが、他のどの駅も聞いたことのない駅ばかりだ。まず、この路線の電車すら聞いたことがない。そのまま脱出の手がかりにはならなそうだな…」
役に立つかもしれないと思い、近くにあったエコバッグに資料を入れ、レイのもとへ戻る。
「レイ。戻ったぞ。そう簡単には脱出させてくれないんだな。」
「ん…。おかえり。当たり前だよ。なんのために連れてきたと思ってるのさ。」
知らんがな。逆にこっちが聞きたい。
「とにかく、せめてここから進む方法を教えてくれ。」
「えー。少しは自分で考えなよ。私だって寝てるようでちゃんと仕事してるんだよ?そもそも階段から改札口通って出ようとか考えなかったの?」
…どうやら教えてくれないわけではないらしい。
「ありがとう。とりあえずお前に言われた通りに進んでみるよ。」
「えっ?あっ!…おこられる…」
「誰にだ?」
「ひみつ!!!」
レイに凄まれたから目をそらし、駅の階段の方を向く。左手を差し出す。
「ほら。レイ。行くぞ。」
「………うん。」
レイの小さな白い右手が俺の手を握る。…すぐに離したが。
階段の入り口は、まるでゲームに出てくる入り口のように、漆黒で覆われていた。
「…流石に怖えな…」
「何いってんのさ。早く進んでよ。私が教えてあげたんだから。」
深呼吸をし、覚悟を決める。
一歩。
視界が白に覆われた。