彼が特別な砂時計を拾う話   作:ドルデダバ

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後Ⅹ+2日(1)

 

「うわあああッ!!」

 

 飛び起きる。汗で薄い布がべっとりと身体に張り付いている。

 ここは僕の部屋だ。だがおかしい、隣にもう一つベッドがある。忘れるわけがない、これはマリのものだ。

 

「そ、そんなッ…!!」

 

 歯がガチガチ鳴っている。あれだけやっても、どれだけやっても、僕は自分の殻から一歩も外に出ることができていなかったのだろうか。

 

「う、ぐ…」

 

 また吐きそうだ。

 

「…?」

 

 吐きそう、吐きそうだ。その通り、だが今まで夢の中で吐いたことなどあっただろうか。そもそも僕の夢はいつも妄想の世界が投影されている。一度だって()()()の夢をみたことなどなかった。

 もしもここが夢の世界なら、ナイフでお腹をつけば目が醒めるはずだ。だがどうしてだろう、バカげているとわかっていても僕は、ほんの砂粒ほどの希望を持ってしまったのだ。これが現実で自分の過ちをもしかしたら正せるかもしれない、などと烏滸がましい希望を植え付けられてしまっていた。

 

「サニー、入るよ」

 

 扉をノックする音、準備をする暇もなく扉は開かれた。

 

「あ、起きてるみたいだね、気分はどう?」

 

 思わず目を背けた。まだじんわりと手の中に残っている感触、あの時の、柔らかい肌を突き飛ばした時の、温かみが抜けていく指を握っていた時の、あの、あの感触が脳の奥底から蘇ってくる。

 足音から察するにマリは段々と近づいてきているようだ。

 

「…だいじょう、ぶッ…だよ…」

 

 黙っているのも不自然だ。胃の中からこみあげてくる胃酸をなんとか堪えながら返事した。しかし彼女の足が止まる気配はない。

 

「ウソついてるでしょ」

「ウソじゃ、ない、よッ…」

 

 両頬を掌で挟まれ無理矢理顔を動かされた。眼前にマリの顔が晒される。

 上りかけていた胃酸が一気に胃の中に引き戻されていった。

 

「ちょっと寂しいけど今日の発表会は私のソロでやるね、サニーはベッドで寝てて?」

 

 優しい笑顔を浮かべていた。あの時あんなことをしなければマリはこんな表情をしていたのかな。

 

「ぁッ、はッ…!!」

 

 こんなことがあっていいはずがない。僕は自分の過ちと漸く向き合えたのに、それなのにこんな都合のいいことが起こっていいはずがないんだ。

 それでも、それでも僕の頭をふわりと撫でて部屋を出ていこうとするマリの背中を見送ることができなかった。

 

「ダメだ!!!!」

「ひぅ!?」

 

 ベッドから降りてマリの前まで走った。

 

「一緒にやろう!!二人で練習したんだから!!」

 

 マリは困惑していた。当たり前だ。自分でも、今の自分はどうかしているとわかっていた。この状況を否定しながらも拒絶できない自分の弱さに歯噛みする。

 

「う、うん、そう、だね、サニーがそういうなら…でも無理はだめだよ?」

 

 そういうとマリは最後に僕の額にキスをして部屋を出た。

 乱れた息を整えていると足先になにかがコツンと当たった。

 

「!!」

 

 そこにはあの砂時計があった。ピンクの砂がキラキラ輝いている。

 丁寧に丁寧に、傾けないようにそっと指先でそれを包み込むと、誰も触れられないようにタンスの隙間に押し込んだ。

 

「はは、ははは…はは…っ…」

 

 段々とこれを現実だと考え始めている自分がいる。いや、そう思おうとしているだけかもしれない。マリが死なず、ヒロは恋人を失わず、バジルもオーブリーもケルも悲しむ必要がない。そんな絵空事を僕はあれから何度思い浮かべただろうか。

 自分を破壊してまで固めた覚悟は呆気なく崩れてしまった。

 

「ひ、…ぐ、ッ…ぅ、ぁ…」

 

 崩れるようにして僕は扉の前で泣いた。大粒の涙が何個も何個も零れてはカーペットの染みになっていった。

 

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