OrverLord ─始祖の吸血鬼─ 作:ブラック×ブラック
楽しんで頂けると嬉しく思います。
翌朝目覚めると、そこは一週間前に拠点とした安宿の一室だった。
狭く、かび臭いベッド。
小さな丸テーブルには、空になった水差しとグラスが配されている。
人間が一日の疲れを癒す程度の環境ではあるが、決して快適な空間とは呼べないだろう。
大きなため息をつきながら、ベッドに横たわり天井を仰ぐ。
ひらかれた小さな手を天井にかざし、あの酒場での出来事を思い出していた。
強大な存在感に圧し潰されそうになり席についた。
そこまでは、ただ力を誇示する『暴力こそ絶対の真理』と考えている人物なのだと確信していた。
しかし、その後だ…。
食事はどうかとか?
娘自慢とか?
あの凄まじいプレッシャーの正体が何であったのか疑問は残るが、本当に気が抜けた。
あの時の確信は、一体何だったのだと…。
そこから話の流れでキーノは『蒼の薔薇』として経験してきた事を誇らしく自慢気に語った。
勿論、全ての経験談では無い。
彼女の生きてきた年月は一夜で語られる程ちっぽけでは無いのだから。
なぜ、あんなにも楽しめたのだろう?
『蒼の薔薇』の様に、気の置ける仲間達とは違う。
しかし、彼等と過ごした僅かな時間とその空間は、決して彼女にとり不快なものでは無かった。
寧ろ、心地よく充実した時を過ごせたとさえ感じている。
久しぶりに、誇れる仲間達『蒼の薔薇』の事を話せたからだろうか?
『漆黒の英雄』の勇ましさを語る事が出来たからだろうか?
それとも『あの話』なのか…。
例えるなら、誰にでもある未熟な時代。
優しく物知りな大人達と遊んでいた幼少期。
そんな昔の事等、記憶の彼方であるから正しい表現になるのかは分からないが…。
とにかく。そんな感覚を得たのだ。
彼は終始、聞き手に徹していたかのようだ。
こちらの話を上手く聞き出し、経験談を語る『キーノと仲間達の冒険譚』を真剣に、時に驚いたかの表情を見せてくれたのだ。
そんな主を見て、最初は威圧的だった美しい女も時折微笑みすっかり打ち解けていた。
そして、あの言葉だ…。
「君が『誇れる仲間達』そう語る彼女達…
…
君は、そんな存在と交わした約束を胸に生きているのだよね?
そうであるなら、『イビルアイ』の名を捨てるのは如何なものだろう?
私は、悲しく思うよ。」
彼の言う事は最もだ。
『蒼の薔薇』アダマンタイト級冒険者チームの一員。
それはキーノ本人の核として、あるのだから…。
他人に言われる迄もない事だ。
しかし今は、キーノと名乗っている…。
わかってはいた。
理解してはいるが…感情は別である。
「…それは!!
…
…ワタシは魔導国が大っ嫌いだ!
……
仲間達と過ごしたあの場所は、かけがえの無い場所だったんだ!!!
………
それを、それを!!!!
ワタシだって…ワタシだってな!!
…………
…戦わず逃げ出した…。
それだけは、変えようの無い事実だ。
…
だがっ!!!
ワタシでは…どうする事も出来ないんだ!!
…仲間達の安全を最も優先すべきだと考えた!
ワタシは、あの時の自分の判断が間違っていたとは今でも考えていないぞ!
…ワタシだってな…。
……
…『国堕とし』等と大層な二つ名で呼ばれてはいたが、実際はこんなものさ…。」
「恐れているのだね。」
泣いているかの様にしゃくり上げる声でキーノは、この100年誰にもぶつける事が出来ず、
ヘドロの様に心にへばりついた激情を…思いのたけを吐き出す様に叫んでいた。
これまでキーノの話を聞き、先程の言葉が彼女にどんな剣より鋭利なもので残酷なものなのか、
彼は理解した上で口にしたのだろう。
バルディアと名乗った男は、その激情を受け入れ短く答えたのだ。
彼は、キーノの心情に理解を示し、無神経な事を聞いていしまったと陳謝していた。
その謝罪を受け入れない程、キーノは狭量ではない。
ただ、結果的に蓄積されていた不の感情を大声で叫び誰かにぶつける事で、ほんの少し僅かではあるが心が軽くなっている様に感じていた。
((…グリモワール大迷宮かぁ…。))
そこへ行けば彼等に会えるそうだ。
「どうしても辛く耐え難い困難が君の前に立ち塞がり道を見失っているならば…。
…
そうだね…。
一度、『グリモワール大迷宮』に足を運んでみて欲しい。
歓迎するよ。
仮面の下の素顔を私が知る事は無いのかも知れない。
だが、君に笑顔で満たされる日の訪れを心から願っているよ。
大迷宮であれば『長い孤独』を恐れるような事は無いのだから。」
初めて聞く地名だ。
旧帝都付近に新しく娯楽施設(テーマパーク)でも出来たのだろうか?
それは、魔導国旧帝都自治区から随分離れた北東にあると話していた。
((そんな物あったか?))
無いなら無いで良かった。
仲間達との別れ、憧れた英雄の背中、魔導王へ挑む力も無い不甲斐なさ。
悲しい出来事が多く、耐えがたい屈辱を味わった。そんな事が続くと嫌でも下を向いて生きてしまう。
惰性で過ごしてきた長い長い孤独の日々…。
ただただ彼女の世界をモノクロへと化し、そこから得られるものは何もない。
そんな彼女の体が、心が、再び鮮やかな色彩を取り戻す事を望んでいる事に気付けたのだから。
一週間前に拠点と定めた安宿の主人に別れを告げ、外に出る。
上を向き思った事は、空はこんなにも広く青く美しいものだったのだと、当たり前すぎる事実に感動していた。
「ワタシの名は、イビルアイ!!」
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大迷宮 御屋敷
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最近では、転生前の自分よりバルディアとしての立ち振る舞いの方が馴染んできていた。
それが何によるものなのか判明していないのが、ほんの僅かな不安材料ではある。
ただ、漠然と人間では無くなった事による物では無いかと考え、結論の出ない事に時間を費やすのを止める事にしたのだった。
ロベルトが御屋敷の庭師としての全ての仕事を終えた頃、少し離れた場所でバルディアがその手際の良さに感心していた。
その姿に気付いたロベルトは、彼の恐ろしい主である始祖の吸血鬼バルディア・ブラッゼ・アンティウスの元へ歩み寄った。
「お帰りなさいませ、旦那様。」
「君もお帰り、それといつもご苦労様。
君は、本当に素晴らしい庭師だよロベルト。」
朝の何気ない風景である。
旦那様は、いつも自分の仕事を誉め労ってくれるのだ。
覚醒した頃と少し雰囲気が変わった様に感じるのだ。何より圧倒的な存在感だ。
力を抑え隠していも大迷宮内や付近にいるのであれば、旦那様の存在を感じ取る事が出来る。
旦那様が手にしたバスケットには御屋敷で調理された朝食と貯蔵されていたワイン。
そして逆側の手にはグラスを二脚手にしている。
旦那様と朝食を取り同じ時を過ごす。
自身の創造主では無い。
ただ、それだけの理由で他の二人に気を使っていたのだが、それはただの杞憂でしかなかった。
ヒルデリアもルゥ=ルウも主と過ごす時間を重要だと考えているからだ。
ロベルトは、もう一つの仕事についての報告しようとした時、バルディアはそれを遮った。
「朝食を楽しもう。」
短くそう言うと旦那様が突然この大迷宮に現地の者が加わると言うではないか。
驚きを隠せない私を見て、とても愉快そうに笑っている。
こうした飾り気のない所もまた旦那様の魅力の一つだろうな。
だた、このグリモワール大迷宮の一員として迎えると仰せだ。
それなりに有能でなくては困る。
旦那様の御力になれる存在だろうかと考えていると、難しい顔をしていると指摘されてしまった。
ただ、この地に来て初の眷属と同族が仲間に加わるだろうから、よろしく頼むとの事である。
ヒルデリア殿との戦闘訓練で死なない程度には鍛えなくては…。
ルゥ殿にもお願いしてみるか…。と考えているとまた難しい顔をしていると指摘されてしまった。
バルディア様は裏切りを許さない御方だ。
小さな裏切りは裏切りでは無い。
ただ力不足だったのだと許容して下さる御方ではある。
単に『裏切り行為』と言うものが御嫌いなだけらしい。
国家を転覆させる程の裏切り行為を行ったのは、私の調べでは二名だ。
ただ、その両者共にかの魔導国に所属しているのではないかと言う事が問題だろう。
報告すべきかどうか迷っていると旦那様は、私の肩に手をあて悩む事は何も無い。
ただありのままの事実を教えてくれれば良いと仰せになられた。
「今現在、私の調べでは、この二名と従者が一名となっております。」
「よく調べてくれたね。…ありがとう。」
((!!!!雰囲気が変わった!!!!))
先程迄、朝食をご一緒していた旦那様とは思えない。
あの優しく端正で美しい御顔が、ほんの僅か雰囲気が変わるだけで、こんなにも恐ろしく感じてしまうものなのか…。
背筋が凍る思いである。
生物としての防衛本能だ。全身の毛が逆立ち身動き取れない状態に陥る程の絶対的な恐怖。
『蛇に睨まれた蛙』そんな言葉が旦那様の元の世界にはあるそうだ。
成程、これがそれなのだろう…。
そして、本当に何も出来なく、終わるのだと実感した。
すると私の様子に御気付きになられた旦那様が、慌てて先程迄と同じ御優しい表情で怖がらせてしまった様で申し訳ないと謝罪されるので、恐れ多い事であると御伝えすると困った顔をされてしまった。
どうやら旦那様は、私と友人関係を築きたいと御考えておいでだそうだ。
身体能力や知力等の差異は関係なく、尊敬に値する人物であるかどうかが全てだと仰るのだ。
旦那様の話では、確証は無いが十日から長くても二十日以内には、両名がグリモワール大迷宮へ訪れるであろうとの事だ。
ルゥ=ルゥに連絡を入れておくようにと、何かと私をルゥ殿と関わらせようとする。
ルゥ殿は、なぜか怖いのだ。
それを知っているのだろうか…。
旦那様はルゥ殿との連絡役を私に任せる事が多い。
「頼んだよロベルト。
今夜、屋敷のテラスで一緒に飲もう。
約束したからね。」
そう仰せになると、その姿が煤に変わり飛散してゆくと御屋敷の邸宅へと消えていった。
楽しんで頂けたなら嬉しく思います。
出来るだけ早めの更新を心掛けますが、ちょっとした諸事情により多少遅れる事があるかも知れませんが、引き続きお楽しみ頂ければと思います。