ブラック・ブレット-蘇りしリべリオン部隊-   作:影鴉

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亀更新とタグで書いていますがまさか約6年経つとはこのリハクの目を以ってしても…(クッソ節穴作者)

正直待っていた方がいるんですかね…?(感想コメをくれた読者達を裏切った屑)

新たなオリキャラ登場且つ原作キャラとの絡み有りな回です、どうぞ良しなに…


とある神父の優雅な日々

『外周区居住区域(通称・楽園(エデン))』

 葛城 蓮が建設した外周区に存在する居住区域であり、他の区域で隠れながら細々と暮らしていた『呪われた子供達』が多く暮らす小さな町となっている。住民の殆どが呪われた子供達であり、彼女達の面倒や教育の為のボランティアや呪われた子供達を良しとしない『奪われた世代』やガストレアの襲撃に備えた警備員、プロモーター達が住み込みで暮らしている。また、ガストレア大戦によって孤児となった普通の子供達も多く暮らしており、此処では呪われた子供達と普通の子供という境界が無い、正に今迄虐げられてきた呪われた子供達にとっての楽園(エデン)となっている。

 

 

 

 

「お早うございます、皆さん」

《お早うございます、神父様!!》

 

 

 呪われた子供達や孤児達を預かっている教会『天香(かみよし)教会』の神父であるニコライ・ゾーリンは子供達に朝の挨拶をし、子供達も元気良く返事する。

 2メートル近い身長に広い肩幅を持ち、薄色の金髪を後ろに束ねた彼の顔には幾つもの斬り傷があったが、子供達は臆する様子無くゾーリンに笑顔を向けていた。

 

 

「皆さん、今日は聖天子様が視察に来られます。埃一つ無い綺麗な教会を見せて聖天子様を驚かせましょう」

《はーい、神父様!!》

 

 

 ゾーリンが言った様に楽園(エデン)には定期的に聖天子が視察にやって来る。『呪われた子供達』と『奪われた世代』の共生を模索している彼女にとって、呪われた子供達が迫害される事無く普通の人々と共に暮らしている楽園(エデン)は自身が望んでいる世界の姿であり、今後の政策の参考にすべくと訪れている(と云うのは建前で、政策の参考というのは理由の一つであるが実際は孤児達と触れ合ったり、遊んだりするのが本来の目的だたりする)。

 

 

「さぁ、今日も1日頑張りましょう!」

《は~い!!》

 

 

 ゾーリンの号令と共に子供達は清掃作業に取り掛かる。教会内の床を掃き、窓や机などを雑巾で拭く。清掃作業は教会の外にも及び、楽園(エデン)で暮らす他の人々に朝の挨拶を元気良くしながら、草むしりやゴミ拾いを行う。

 彼と共にテキパキと清掃作業を熟して終わらせると、シスターや住み込みのボランティア達が作った朝食を共に囲んで食べるのだ。

 

 

「おかわりだぞー!」

「私もー」

「わーんっ! ボクのベーコンを食べたー!」

「こらっ、御代わりは有るんだから他の子から取るんじゃありません!」

「マリア~、其処のジャムを取って~」

「これですので?」

「それはマーマレードよぉ~?」

 

 

 100人近い子供達が揃って食事をするとなると、もう大騒動である。おかずの取り合いをしてシスターに怒られたりする様を眺めながら、ゾーリンはニコニコと笑う。この場に呪われた子供達と普通の子供達の確執は全く無い。そんな状況がどんなに素晴らしく、そして実現が難しい事であるか彼は知っていた。

 

 

朝食後

 

 

 朝食を終え、片付けを済ませると子供達は黒と白の神父、シスター衣装に着替える。

 

 

「皆さん、準備は整いましたか?」

《はーい!!》

 

 

 ゾーリンの問いに元気良く答える子供達の手には、焼き菓子が入った籠が。先日、子供達自らが作ったお菓子達だ。

 

 

「それでは出掛けますよ。逸れない様に気を付けてくださいね?」

 

 

 ゾーリンとシスター達に連れられ、子供達は楽園(エデン)から外へ出て行く。外壁に覆われた楽園(エデン)の外は花壇に囲まれており、咲き誇る季節の花をボランティア達が手入れしていた。

 

 

「神父様、お出かけですか?」

「はい。今日は都心までお菓子配りに行ってきます」

「都心は楽園(エデン)を快く思っていない者も多いですからお気を付けて」

「大丈夫ですよ、いざという時は私が守りますから」

「ふふっ、神父様がそう言うなら問題無いですね。それではいってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

 

 

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第3区域 ショッピングモール

 

 

 東京エリア都心部である第3区域には、ショッピングモールと言った商業施設が多く集まっている。

 そんなショッピングモール中で、子供達の綺麗な歌声が流れていた。

 

 

嗚呼、神よ私は歌います

 

毎日が幸せである様に

 

嗚呼、神よどうか見守り下さい

 

全てのヒトに安寧が有らんことを

 

 

 ショッピングモールの途中にある大広間にて聖歌を歌う楽園(エデン)の子供達に、道行く人々は足を止めて聞き入る。

 

 

何時、如何なる時も私は微笑みましょう

 

苦楽を共にするヒトを笑顔にする為に

 

何時、如何なる時も私は歌いましょう

 

共に生き行くヒトの心が晴れる様に

 

 

 子供達が歌っているこの歌は聖歌と呼ばれてはいるが、宗教絡みで作られたモノでは無い。あらゆる人が平等に暮らして往ける事を願い、楽園(エデン)で作られた歌である。

 

 

 子供達が歌い終えると、聞き入っていた人々は盛大な拍手を贈った。

 歌い終えた子供達は小さな箱とバスケットを抱え、拍手を贈る人々の前に駆け寄って行く。

 

 

「外周区復興の為の募金をお願いしまーす!」

「家族を亡くした子供達を支える為の資金集めに協力お願いします!」

 

 

 楽園(エデン)の活動の一つとして、子供達はこうして都心部で聖歌を歌った後、活動資金を稼ぐ為に募金活動を行っている。蓮の下、造られた楽園(エデン)ではあるが、葛城グループだけに頼る訳にはいかないと云う理念の元、募金活動を行っているのだ。

 未だ奪われた世代等の呪われた子供達に良い感情を持たない者達は多いが、子供達を前にして呪われた子供達なのか普通の子供達か区別を付ける事は出来無い。精々、超人染みた力や因子となった生物の外見的特徴、朱い眼位が判断材料だが、どの子供も普通にしか見えないので、募金箱を持つ子供達に小銭を渡していく。

 

 

「私も宜しいですか?」

「は~い、有難う御座います……って聖天子様!?」

「聖天子様?」

「聖天子様だぁ!!」

 

 

 子供達が聖天子へ駆け寄り集まる。

 

 

「こんにちわ、皆さん。元気にしていますか?」

《はーい!!》

「元気で何よりです」

 

 

 子供達の元気な返事に聖天子は笑顔で返す。

 

 

「これはこれは、聖天子様。わざわざ来て下さったのですか?」

「はい。子供達の歌声が聞きたくて」

「聞きたいのでしたら楽園(エデン)で何時でもお聴かせ致しますのに」

「待ち切れませんでした♪」

 

 

 そう言って悪戯っ子っぽく微笑む聖天子にゾーリンは苦笑する。

 

 

「何はともあれ、午前の活動はこれで終わりなので、後は楽園(エデン)に帰って昼食のち勉強会です。宜しかったら聖天子様も昼食をご一緒に如何ですか?」

「はい、子供達と一緒に戴きます♪」

 

 

 ゾーリンの提案に笑顔で答える聖天子。一旦、此処で別れてゾーリンと子供達は電車で、聖天子は専用車で楽園(エデン)へ移動する。

 

 

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 楽園(エデン)へ続く門へ抜けた先で聖天子を待っていたのは子供達や職員達の熱烈な歓迎だった。

 

 

「いらっしゃい、聖天子様!」

「遊びに来てくれたの~?」

「もう直ぐお昼だから一緒に食べよ?」

 

 

 子供達がわらわらと現れて聖天子の周りを囲んでいく。

 彼女を守る立場である聖室護衛隊の面々は如何したものか戸惑う中、聖室護衛隊長である保脇 卓人(やすわき たくと)楽園(エデン)の子供達を忌々しげに睨み付けていた。

 この男、防衛大学校を首席で卒業後は聖室護衛隊に入隊し、短期間で護衛隊長に任命されたり菊之丞の信頼を得るなど実力は確かなのだが、上昇志向が激しい事に加えて差別意識が強い傾向があった。この為、『呪われた子供達』は勿論の事、一般市民どころか部下までも内心では見下しており、その性格故に、一部の護衛からはあまり快く思われておらず、聖天子自身にも苦手意識を持たれていた。

 

 

(ちっ、忌々しい餓鬼共だ…)

 

 

 聖天子を笑顔で囲む子供達に対し、卓人は内心で悪態を突く。

 

 

(聖天子様も聖天子様だ、こんな薄汚い餓鬼共を相手にするなんて)

 

 

 聖天子は優しい笑みを浮かべながら子供達一人一人の頭を撫でている。

 そんな光景が卓人には気に入らない。

 

 

(何時か俺が聖天子様と婚約を結び次第、呪われた餓鬼共と楽園(エデン)など灰燼に変えて…「いやぁ、邪念がダダ漏れですねぇ?」…!!?)

 

 

 邪な妄想をしている所でゾーリンの声が遮る。

 

 

「聖室護衛隊長という立場なら少しはポーカーフェイスを学んだら如何ですか?」

「き、貴様…」

「貴方の痛い痛~い妄想を周りに知られたくないでしょう? 特に……聖天子様には…ね?」

「!!?」

 

 

 卓人が驚愕の表情になり、忽ち青くなっていく。

 

 

「口は災いの元と言いますが、表情もその為人(ひととなり)を簡単に表します。くれぐれも、粗相を見せない様に」

「……………」

 

 

 他の者には聞こえない様に、されど卓人には刻み付ける様にゾーリンは言い聞かせると、卓人は黙り込んでそれ以上口を開くことは無かった。

 

 

「さぁ皆さん、聖天子様はお客様ですよ? 教会にお連れしましょう!!」

《は~い!!》

 

 

 子供達は元気良く返事をすると、聖天子の手を取って教会へと案内する。

 その後、子供達の笑顔に囲まれながら聖天子は昼食をとり、勉強を見てあげたり、一緒に遊んだり歌ったりしていたが、そこへ新たな客が現れた。

 

 

「皆、元気にしとるか~?」

「あっ、しゃちょう!!」

「しゃちょうが来たぁ~!!」

 

 

 葛城グループ社長、そして葛城家当主である葛城 蓮の姿を見た子供達が駆け寄って来る。彼の後ろには桔梗と牡丹がおり、2人の手には蓮お手製御萩が入った大きな包み袋が。

 蓮は楽園(エデン)の視察に来る際、御萩を差し入れする為に教会に必ず訪れており、子供達もそれが大の楽しみであった。その為、子供達から蓮は『しゃちょう』と呼ばれ親しまれている。そして、聖天子にとっても彼が来る事は何よりの楽しみであり、笑顔だった表情を更に咲き誇らせながら彼に駆け寄ったのだった。

 

 

「蓮さん、会いたかったです…」

「おう…聖ちゃん、3日前に会ったばかりやで?」

「会食の場では落ち着いてお話出来ませんからカウントしません。それに、もう3日も会えなかったのですよ?」

 

 

 上目遣いで不満の声を上げる聖天子。しかし、彼女の表情は嬉しそうであり、頬を赤く染めたその様子は恋する乙女であった。

 事実、聖天子は蓮に惚れており、内密で婚約関係を結んでいたりする。

 

 

「堪忍して欲しいな、聖ちゃん。後で埋め合わせはしゃんとするさかい…な?」

「うふふっ♪ 約束ですよ?」

 

 

 そんな彼女と蓮との馴れ初めに付いてはまた後に語るとしよう。

 

 

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数日後

 

楽園(エデン)正門前

 

 

「此処が楽園(エデン)…」

 

 

 快晴とは言えないまでも青空が見渡せる空の下、楽園(エデン)正門前に二つの影が立っていた。

 バーザー付の帽子を被った青年と、魔女が被っている様な三角帽子を深く被った少女。

 

 

「済みませんが、楽園(エデン)に御用ですか?」

 

 

 正門前に立っていた警備兵が1人近寄り、声を掛けて来た。最近は殆ど現れなくなったが、呪われた子供達を快く思わない失われた世代の過激派達が襲撃する事件が過去に多く起こったので、不審者が見付かれば直ぐに事情聴取を立つ事になっている。現に正門前に残っている警備兵達は青年に武器は向けないまでも何時でも取り押さえられる様、武器に手を当てており、正門の上にある見張り台からは狙撃兵が目を光らせていた。

 

 

「ああ、此処に住み込み申請をしていた者なのだけど…」

「入居希望者ですか、お名前と入居後希望職をお願いします」

薙沢 翔麿(なぎさわ しょうま)、元民警所属で希望職は警備課。この娘はパートナー兼イニシエーターの布施 翠(ふせ みどり)だ」

 

 

 青年、翔麿は自身と少女、翠の名前と目的を警備員に述べる。翠は引っ込み思案な為に翔麿の傍で縋り付いていた。

 

 

「薙沢 翔麿と布施 翠……確認取れました。ゲートを超えた先に案内表示があるので、管理事務所の住民登録課で登録をお願いします」

「解かりました。行こうか、翠?」

「はい」

 

 

 確認が終わるや否や警戒が解かれ、ゲートが開かれる。ゲートを通ると警備員の言葉通り、案内表示があったので管理事務所の場所を確認し、向かった。

 

 

「ったく、なんで俺がこんなボランティアみたいな真似をしないといけねぇんだ…」

「良いじゃないですか。お給料が貰えて食事付、必要ならば葛城グループ印の道具まで無償で渡してくれるんですよ?」

「そりゃ働き手にとっちゃ良物件だけどよ、なんで民警の俺がガキ共の面倒まで見ないといけねぇんだ…」

「仕事内容の一つですから仕方ないかと。それとも子供達の相手は私が全て引き受けましょうか? 報酬を別で頂きますけど?」

「夏世、言う様になったじゃねぇか…」

「レオナさんのご指導を受けた賜物です。松崎さん、この荷物は何処に運べば良いですか?」

「職員食堂に運ぶんだ。いま持っている荷物で全部だから運び終えたら休憩にしよう」

「分かりました。将監さん、行きましょう」

「夏世が将来姐さんみたいな性格になるとか…身が持たねぇ…と言うか、死ぬ…」

 

 

 管理事務所へ向かう途中、プロモーターとイニシエーターが職員と思われる初老の男性と荷物運びをする中交わされていた会話を聞きながら、翔麿達は目的地に着いた。

 

 

「今日から警備課で勤める事になります、薙沢 翔麿と布施 翠です」

「連絡は来ております。ようこそ楽園(エデン)へ、此方の登録書に情報をお書きください」

 

 

 住民登録課の受付を尋ねると住民登録の書類の記入及びパス発行の為の写真撮影をし、楽園(エデン)の住民としての登録が行われた。

 

 

「住民データの登録が完了しました。パス発行まで時間がありますのでこの楽園(エデン)におけるルールを説明したいと思います…

 

楽園(エデン)にて住民登録された方は、楽園(エデン)の住民として登録を消去される時まで職員寮の一室が与えられ、滞在・生活する事が可能となります。

楽園(エデン)の住民は楽園(エデン)内の施設利用においてサービス特典が付きます。

薙沢 翔麿様の楽園(エデン)内における職は警備課となりますが、前職である民警と同じ感覚で勤めて構いません。必要な装備及び物資は用意しますが、装備課にて前もって申請する必要がありますのでご注意ください。仕事に関しては配布する携帯端末にて任務の連絡が入りますが、それ以外の任務を請け負いたい場合はガストレア対策課及び警備課にて任務発注を行っておりますのでそこで受注してください。

尚、布施 翠様は元イニシエーターとの事なので任務遂行時に彼女を同行させるかは自由となります。但し、義務教育を完了されていませんので教会にて授業を受けて戴く事になります。任務同行で休んだ時は補講を設ける事が可能ですが、その際は教育課にて申請をお願い致します。教材等は翔麿様方の自室へ本日の夕方あたりに送付されますので用意する必要は御座いません。

 

…以上で説明を終わらせて頂きます。此方がパスとなります、楽園(エデン)における身分証明となりますので無くすことの無いようにご注意ください」

 

 

 楽園(エデン)でのルールを説明し終えた事務員からパス及び仕事用の携帯端末、職員寮の鍵を受け取り、翔麿達は管理事務所を出た。

 

 

「さて…登録を終えたのは良いけど、荷物が届くまでは時間が有るな。教会にでも行ってみるかい?」

「教会ですか?」

「ああ、これから翠の学び舎になる場所なんだ。これから友達になる子達がいるのだし、挨拶も兼ねて行こう」

「……友達、出来るでしょうか?」

「それは翠次第だけど、此処は楽園(エデン)なんだ。皆、仲良くしてくれるさ」

 

 

 次の目的地を教会に決めた翔麿だったが、翠は被っている帽子を更に深く被りながら不安の声を上げる。

 翠はある事が理由で他者にとある場所を見れられる事を恐れている。それは相手が自身と同じ呪われた子供であってもであり、翠は安心して通う事が出来る学校に行ける事を嬉しく思う反面、不安を抱いていた。

 

 

「大丈夫、翠のソレ(・ ・)も受け入れてくれるさ」

「……はい」

 

 

 翔麿の言葉に翠は納得し、2人は教会へと向かった。

 

 

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「あら、始めて見る人ですね。教会に御用ですか?」

 

 

 教会に着いた翔麿達。教会前の庭にある花壇を手入れしていた少女が彼等に気付き、用件を尋ねてきた。

 

 

「今日からお世話になる者なんだけど、この娘が此処に通う事になるから見学に来たんだ」

「そうなんですか、ようこそ楽園(エデン)の天香教会へ。歓迎しますよ♪」

「うん、僕は薙沢 翔麿。これから宜しく頼むよ」

「は、初めまして。布施 翠です」

「翔麿さんと翠ちゃんですね? 私は琥珀と言います」

 

 

 翔麿と翠に微笑む少女、琥珀。そんな彼女の瞳から機械音が聞こえる事に翔麿は気付く。

 

 

「っ!? もしかして君の眼は…」

「判りますか? 両目とも義眼なんです。生みの親が私の眼を見た際に溶かした鉛で塞いでしまったので…」

「ガストレアショックか…」

 

 

『ガストレアショック』とは、

ガストレア大戦を経験した奪われた世代が、ガストレアに脅かされた経験からガストレア特有の赤く光る眼に対し、過剰な恐怖を抱く心的外傷後ストレス症候群(PTSD)の症状である。呪われた子供達の眼が赤く光るのを見ても発症する為に大戦中は呪われた子供になってしまった嬰児の殺害や遺棄が相次いだ。

 

 

「御免、嫌な記憶を思い出させてしまったね」

「構いません。今は教会の人々が家族ですし、見えなかった目も今では楽園(エデン)の御蔭でこうして見える様になりました」

「お姉ちゃん!」

 

 

 微笑む琥珀に彼女より小さい少女が駆け寄って来た。琥珀に抱き着いてきた少女を彼女は優しく撫でる。その容姿は琥珀を小さくした感じであった。

 

 

「お客さん?」

「今日から此処に住む事になる翔麿さんと翠ちゃんよ」

「初めまして! 琥珀お姉ちゃんの妹の翡翠ですっ!!」

 

 

 翡翠と名乗った少女は翔麿と翠に元気良く挨拶をする。そこへ更に子供達が集まってきた。

 

 

「あらぁ~? 新しい娘かしらぁ?」

「何々、新しい Friend デスカー?」

「新顔ですので?」

「おぉー! 格好いいお兄さんだな!」

 

 

 集まってきた子供達は翔麿と翠を囲む。興味津々で2人を見る子供達であったが、恥ずかしがり屋な翠は顔を赤くしながらモジモジしていた。

 

 

「やぁ、皆。僕の名前は薙沢 翔麿。今日から此処、楽園(エデン)で翠と2人お世話になる。宜しく頼むよ?」

「布施 翠です。よ、宜しくお願いしますっ」

『宜しく翔麿さん! 翠ちゃん!』

 

 

 翔麿と翠が自己紹介すると子供達は元気良く返事を返してくれた。

 

 

「ところでぇ~、この娘は魔女っ娘なのかしら~?」

「不思議な帽子なので気になるですので」

「何でこんなに大きな帽子を被っているんだ?」

「あ、あの……その…」

 

 

 教会の子供達の数人は翠の被っている大きな帽子に興味を持ち、彼女に注目する。

 翔麿は如何したものかと思案する。呪われた子供達が安心して暮らしていける楽園(エデン)であっても不安に御思っている、彼女のコンプレックスの原因が帽子の中にあるのだ。

 

 

「ゴルァーッ! 帽子ゲットォォォー!!」

「ひゃうぅっ!?」

 

 

 翠の周りを囲んでいた子供達だったが、その中にいたガキ大将染みた少年が翠の帽子を素早く取ってしまった。帽子が無くなって露わになった頭部には、髪の毛の間から猫耳が生えていた。

 

 

「うぉっ!? ネコミミ!!」

「ニャンニャンの耳だぁー!」

「翠ちゃんってモデルキャットなんだ~」

「はぅうう~…」

 

 

 ピコピコと動く猫耳に注目され、隠そうとする翠。この耳こそ彼女にとってのコンプレックスであった。

 モデルキャットなら鋭い爪が伸び、モデルスパイダーならば糸を放出する事が出来るといったモデル毎の特徴は有るとはいえ、呪われた子供達は基本的にその因子となるモデルの外見的特徴は現れない。しかし、翠はその頭部にモデルキャットの猫耳が露わになっており、この為に奪われた世代にはその見た目から、呪われた子供達からは外見で直ぐに呪われた子供であると判別されるからと迫害の対象になっていたのだ。

 気付かれてしまった、何時もの様に嫌われるのであろう…そう思い、涙が出そうになった翠だったが…

 

 

「猫かぁ、普通だな!」

「……え?」

「そうだね~。耳出しは珍しいけど、もっと凄い娘はいっぱいいるもんね~」

 

 

 呪われた子供では無い筈の男の子ですらも恐れる様子無く、反応が薄い。これまで体験した事の無い反応に戸惑う翠に対し、彼女の正面に立っていた琥珀は額に掛かっていた前髪を掻き分けると…

 

 

「はい♪」

「わぁっ!?」

「それは…角かい?」

「はい。私のモデルはイッカククジラなんです」

 

 

 何と、琥珀の額から一本の角が生えてきたのだ。ユニコーンの様な一本の角は彼女が言った通り、ユニコーンのモデルとなったイッカククジラの角である。

 

 

「琥珀ちゃんが見せたならお姉さんも見せようかしらぁ~?」

「へ? ひゃうぅっ!!?」

 

 

 翠の後ろにいた大人びた少女が彼女の頬を舐めてきた。

 驚く翠だったが、嘗められた右頬の方を見るとチロチロと動く細長い物体が。その物体は舐めてきた少女の口へと延びており、更に彼女の瞳は蛇の目の様に縦長に鋭くなっていた。

 

 

「へ、蛇の舌……?」

「驚いたかしらぁ~? 私のモデルはハブ。因みに名前は真奈よぉ~」

 

 

 真奈と名乗った少女は舌を引っ込めながら妖艶に微笑む。それと同時に、彼女の瞳は蛇の目からヒトのモノに変わっていた。

 

 

「耳位で心配しなくても良いわ~? そっちの瑠璃は尻尾、翡翠は触角が出せるのよぉ?」

「おりゃ!」

「じゃーん♪」

 

 

 瑠璃と呼ばれた少女のスカート下からサソリの尻尾が生え、翡翠は額から虫の触覚らしく物を伸ばす。その様子に翔麿は何より驚いた。

 

 

「まさか、自由に出し入れ出来るのかい!?」

「そうよぉ~? ちゃあんと自身の能力をコントロール出来れば自由自在なの。翠ちゃんもぉ、楽園(エデン)で訓練すれば帽子で隠さずに済む様になるわぁ」

「ほ、本当ですか?」

「Yes! だからもう怯える必要は Nothing ネー」

 

 

 訓練すれば頭の猫耳を隠す事が出来る様になる。その事を聞いて目を輝かせる翠に金髪でカウガールルックの少女が元気良く頷いた。

 

 

「私はカレンデース。御近付きの印に、私の特技を見せちゃいマース!」

 

 

 カレンと名乗った少女は腰のホルスターに吊るしてあるペットボトルの水を飲み干すと、空になったペットボトルを空高く投げ、ペットボトルに向けて右手を中の型にして狙った。

 

 

「Bang!!」

 

 

 カレンの声と同時に指先からナニカが飛び出し、宙のペットボトルを撃ち抜いた。落ちてきたペットボトルの真中には穴が空いていた。

 

 

「おぉ~っ!!」

「…ふむ、飲んだ水を射出したんだね?」

「That's right!! 私のモデルはテッポウウオネー♪」

 

 

 感嘆の声と共に拍手する翠とカレンの技の正体を推理する翔麿。そんな2人に対し、カレンは笑顔で自身のモデルを明かした。

 

 

此処(楽園)は呪われた子供も普通の子供も No relationship(関係無い)、皆が互いを認めて暮らしています。だから Don't worry(心配しないで)?」

「まだ外の人達が私達を受け入れるのは難しいです。でも…」

楽園(エデン)はちゃあんと受け入れるわぁ」

「カレンさん、琥珀ちゃん、真奈さん…」

 

 

 カレン達の言葉に頷く子供達、そこには普通の子供と呪われた子供の差異が無かった。

 皆の優しさに触れた翠が返事を返そうとした時、翔麿の携帯端末に任務の連絡が入った。

 

 

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外周区郊外 廃ビル街上空 ヘリ内

 

 

 翔麿達に下された任務は楽園(エデン)近郊にある廃ビル街に出現したガストレアの集団の討伐だった。大型の輸送ヘリには翔麿と翠の他、翔麿と同じく楽園(エデン)登録しているプロモーターとイニシエーター、重武装した職員、そして教会に居た子供達が乗っている。

 

 

「まさか君達も来るとは…」

「これでもイニシエーターとして登録しているんですよ?」

「Yes! こう見えても Very Very Strong ネー!!」

「翡翠も皆の役に立ちたいから、頑張ってるの!」

 

 

 ヘリに同行したのは琥珀、翡翠、カレンの3人。そしてその横にはカソック姿の大男、ゾーリンが座っていた。

 

 

「おやおや、皆さんはもう仲良くなった様ですね?」

「はい、神父様。こちらは翔麿さんと翠ちゃん、新しく楽園(エデン)に来た人達です」

「私達の New friend デース♪」

「翠ちゃんは勉強をしに教会に通うんだって!」

「成程、転居者ですか」

 

 

 ゾーリンは立ち上がり、翔麿と翠へと挨拶をした。

 

 

「初めまして、楽園(エデン)の天香教会の神父をしております。ニコライ・ゾーリンです」

「今日から世話になります、警備課所属になる薙沢 翔麿です」

「布施 翠です。これから教会に通います、宜しくです」

「はい。これから宜しくお願いしますね?」

 

 

 ゾーリンは笑顔で翔麿達に挨拶しながら握手を交わす。

 すると、丁度パイロットが声を掛けてきた。

 

 

「ゾーリン神父、目的ポイントへ到着しました!」

「分かりました。それでは私が先行しますのでプロモーターとイニシエーター、武装職員の順で降下し、即席陣を作ります。良いですね?」

『了解!!』

 

 

 確認を取るや否や、ゾーリンは地上に降ろされたワイヤーを掴んで降下していき、翔麿達もそれに続いた。

 

 

「急いで即席陣の作成を、プロモーター、イニシエーターは周囲を警戒してください」

 

 

 降下した場所は元々はマンション団地の中にある公園だった場所。今では荒れ放題で雑草が伸び放題であり、周囲を見渡すとマンションも多くが崩落していた。

 ゾーリンの指示の下、武装職員がコンテナバッグから何やらスピーカーらしき機械を取り出して周囲に設置していく。

 

 

「これは…?」

「!? 何かキーンってします」

 

 

 見慣れぬ装置に翔麿と翠は怪訝な表情になり、翠は装置からナニカの音が発せられている事に気付き顔を顰めた。

 

 

「これは言わばガストレア避けの音響装置です」

「音響装置?」

「ガストレアも生物ですからね、一定の周波数を持つ音波を極端に嫌うらしく。この装置から発する事で我々の陣までの侵攻を防ぎます」

「それは、凄いですね…」

「但し、レベルⅢ以上の個体になると効果は薄くなりますがね」

「ゾーリン神父、前方より接近中の生物反応! 数は40!!」

「来ましたか…プロモーター、イニシエーターの皆さんは迎撃を開始します。武装職員の皆さんは陣地内から遠距離支援を。但し、周囲の警戒は怠らない様に」

 

 

 ゾーリンからの指示の下、プロモーター達は前に出ると、瓦礫の上からガストレアの集団が飛び出して来た。モデル・チンパンジーのレベルⅠが35体、モデル・ゴリラのレベルⅡが5体だ。

 武装職員達が対ガストレアライフルで狙撃を開始する中、プロモーターとイニシエーター達が武器を構えて駆けだして迎撃を始めた。

 

 

「せあぁっ!!」

 

 

 狙撃によって体を弾かれて大きく隙を見せたレベルⅠのガストレアへ翔麿は素早く掌底を打ち込む。胸部に掌底を打ち込まれたレベルⅠは体内に衝撃が駆け巡り、背中から弾け飛んだ。突如弾け飛んだ仲間の姿に狼狽えた他個体へ、翔磨は拳銃『SIG SAUER P226』を抜いて頭部を撃ち抜いていく。

 

 

「ゴアァアアアアアッ!! ガァッ!?」

「翔磨さんには触れさせませんっ!!」

 

 

 翔磨の横から殴り付け様としたレベルⅡだったが、殴ろうと振り上げていた腕に翠が右手を振り下ろすと、腕はポロリと墜ちる。彼女が振り下ろした右手の指からはレベルⅡの血で塗れた鋭い爪が伸びていた。

 突然の出来事に戸惑うレベルⅡだったが、翔磨がその胴体へ拳を打ち込むと、先程爆散したレベルⅠと同じ末路を辿った。

 

 

(あれが天童式戦闘術ですが、中々興味深いですね…)

 

 

 戦う翔磨の姿を眺めながらゾーリンは彼の戦闘スタイルを思考する。

 

 

(確か、「己を磨き、弱き者を守る」を教えとした『天童助喜与』を開祖とした武術でしたね。翔磨さんの格闘術だけで無く、刀剣や槍を使った流派もあると聞いていますが中々にお強い…)

 

 

 悠長に考えているゾーリンだが、彼が腕や脚を振るう度に飛び掛かって来るガストレア達は鈍器で叩き潰された様に潰されていく。

 戦況は好調。音響装置に怯むガストレア達は武装職員達の狙撃やプロモーター、イニシエーター達の攻撃で仕留められてゆき、40あった数が一桁まで減らしていく。

 

その時…

 

 

「キョアアァァァァァアアッ!!!」

 

 

 思わず顔を顰めてしまう程の嬌声が響き渡る。すると生き残りのガストレア達は一目散に声の方へと撤退していく。ガストレア達の撤退先には廃墟となったマンション群があり、その屋上に大型のガストレアが佇んでいた。

 

 

「あれは…」

 

 

 縦長寸胴な胴体に長い腕、そして他の先には鋭く長い爪を生やしていた。

 

 

「モデルナマケモノの様ですが、しかし大きさからしてレベルⅣですね。本来は愛らしい顔つきの筈ですが…ガストレアにそれを求めてもいけませんか」

 

 

 レベルⅣの配下であるレベルⅠ、レベルⅡ達が完全に撤退したのを確認すると、レベルⅣはゾーリン達を睨みつけながら自身も廃屋の向こうへと消えた。

 

 

「ふむ…平地での戦闘は不利と悟り、兵を下げた訳ですね。中々賢い」

「追撃しますか?」

「この先は廃墟群、自分達が有利な土地に我々を誘き寄せてからの包囲殲滅を狙ってるのでしょう」

「つまり…罠を仕掛けていると?」

「瓦礫の物陰からの奇襲で我々を確実に仕留めていくつもりでしょうね」

「爆撃要請をしますか?」

「いえ、この娘達がいれば問題ありません」

 

 

 そう言ってゾーリンは琥珀と翡翠の頭を撫でる。

 

 

「プロモーターの方々を数名残して追撃戦に入ります。決して離れないようにして下さい」

 

 

:::::

 

 

 嘗て並び立っていたマンション群は殆どがガストレア侵攻によって瓦礫の山の廃墟と化していたが、その瓦礫が積み重なっており、複雑な迷宮と化していた。

 

 

「ふぅむ…正にゲリラ戦を仕掛ける場所としては申し分ないですね」

「やっぱりガストレアにも知能があるんですね…」

「侮っていた訳ではありませんが、厄介な相手ですね…」

 

 

 ゾーリンと同行したのは翔麿と翠、そして琥珀の3人。

 入り組んだ瓦礫を避けながら周囲を警戒ながら進んでいが、周囲は静まり返っており何処にガストレアが潜んでいるか判らない。

 

 

「琥珀、そろそろ出番です」

「分かりました」

 

 

 ゾーリンの合図と共に琥珀は己に宿るガストレア因子の力を解放する。

 額の中央の皮膚が膨れ上がり、やがて鋭い角が生えた。

 

 

「皆さん、ちょっと静かにしていてくださいね?」

 

 

 周りのメンバーにそう言うと、琥珀は生やした角に神経を集中する。

 琥珀のモデルはイッカククジラ。その能力は生やした(前歯)で気流や気温を感知し、周囲の様子を探る事。周辺の瓦礫の隙間から流れる気流の乱れと気温の変化で潜むガストレアの位置を導くのだ。

 

 

「っ! 神父様、右手45°コンクリートブロックの隙間です!!」

「分かりました」

 

 

 潜むガストレアを探知した琥珀は直ぐにゾーリンへと指示を送る。指示された場所へと彼の拳が振り下ろされ、隠れていたレベルⅠは何をされたかも解らないまま厚い瓦礫と共に打ち砕かれた。

 

 

「翔麿さん、後方左手30°から2体接近して来ますっ!!」

「分かった、翠!」

「はいっ!! 任せてくださいっ」

 

 

 2人がすぐさま迎撃態勢を取ると同時にレベルⅠ 2体がダクトらしき筒から飛び出してくる。レベルⅠ が振り下ろす鋭い爪を避け、翔磨の掌底、翠の爪による斬撃で倒された。

 

 

「潜んでいたのは是だけのようです」

「分かりました、それでは先に進みましょう」

 

 

 その後も、待ち伏せしていたガストレア達は琥珀によって潜んでいた場所を暴かれ、ゾーリン達に打倒されていく内に彼らは広い空間へと辿り着いた。

 

 

「比較的広い所に出ましたね…」

「しかし…此処は?」

 

 

 迷路の様だった廃墟から一転、空き地の様ではあるが、巨大な鋼材や鉄柱、金属製パイプが所々の地面に突き刺さり、入り組んでおり。まるで鉄の林の様になっていた。

 鉄の森に入っていくゾーリン達、しかし数歩進んだところで異変が起きた。

 

 

「っ!? 皆さん、上です!!」

 

 

 琥珀の声と共に上を見るメンバー達。真上にはレベルⅣがおり、その腕に抱えている鉄柱や鉄パイプを今にも投げ付け様としていた。

 

 

「全員、走れっ!!」

 

 

 ゾーリンの声と共に立っていた場所から駆けだして離れるメンバー達。そのメンバー達が立っていた場所にはレベルⅣが投げた鉄柱が深々と突き刺さる。

 

 

「入口を閉ざしたのか!?」

「翔麿さんっ!?」

 

 

 驚く間も無く、真上に居たレベルⅣが奇襲の形で突如翔麿へと飛び掛かった。

 入口を塞いだ鉄柱に気を取られた事とその巨体にあるまじき素早い動きから繰り出される奇襲に翔磨は反応が若干遅れてしまう。彼に振り下ろされる鋭い爪、彼の名前を叫ぶ翠が駆け寄ろうとするがとても間に合わない。

 しかし、レベルⅣの爪が翔磨を切り裂く事は無かった。爪が振り下ろされる瞬間、彼の身体を突き飛ばすモノがあり、爪はソレへと振り下ろされた。

 

 

「っな!?」

 

 

 爪が振り下ろされると共に切り裂かれたモノが宙へと舞う。

 黒色の袖に包まれた逞しい男性の腕。

 ゾーリン神父の左腕であった。

 

 

「神父様っ!!?」

「っく……やはり慣れませんね、痛みには…」

 

 

 左腕を押えながらゾーリンは顔を顰める。

 

 

「早く、止血しないと!!?」

「有難う御座います翠さん。、でも心配無用です」

「な、何を言って…?」

 

 

 ゾーリンは懐から注射器の様なモノを取り出すと自身の首に突き刺した。

 

 

「後は私が始末しましょう、皆さんは後ろに」

「な、何を………!?」

 

 

 ゾーリンの言葉に疑問の言葉を声を漏らすが、彼の姿の変化に息を吞む。

 まるで映画の変身シーンの様にゾーリンの姿が変化していく。肌は人間のモノから白く、硬質なモノに代わり、右手は見る見る内に肥大化し甲殻に包まれたハサミの様な形状になる。

 

 

「蟹の…鋏?」

「御名答、そして…」

 

 

 驚きながら言葉を零す翔磨に対してゾーリンが答えるや否や、無くなった筈の左腕が生えてきたのだ。斬り飛ばされた腕は離れた所に落ちている。余りの異常な事態に翔磨と翠は驚愕する顔を隠せない。

 

 

「ふむ…やはり細いですね。鍛え直しですか」

「それは一体…?」

「説明は後です、先ずは…」

 

 

 左腕を擦りながらゾーリンはレベルⅣに向かい合う。

 

 

レベルⅣ(コレ)を片付けてからですねっ!!」

「っ!!?」

 

 

 一瞬にしてゾーリンはレベルⅣに接近し、体を捻ると同時に振り被った右腕を裏拳を打ち込む形でその胴体に叩きつけた。

 

 

ゴシャリ…

 

 

 トラックが突っ込んだかの様な音を立て、長身とはいえその体から繰り出されたには有り得ない衝撃がレベルⅣを襲う。

 レベルⅣは血混じりの吐瀉物を吐き散らしながら吹き飛ばされ、背後に突き刺さっていた鉄骨や金属パイプを撒き散らし、鉄筋コンクリートの瓦礫に叩きつけられて漸く停止した。

 その隙を逃さず、更に追撃を仕掛けようと駆け出すゾーリンに対し、突然の一撃と痛みに混乱しながらもレベルⅣは爪を振り下ろすが、彼は難なく鋏で受け止め…

 

 

「!!?」

「戴きますよ?」

 

 

 そのまま受け止めた方の腕を捻ると爪はアッサリとへし折れた。

 

 

「ギイィイイ―――ッ!?」

「おっと…」

 

 

 鋼鉄以上の硬さになっている己の爪が折られた事に驚愕するレベルⅣだったが、それでも爪が残った腕を振り下ろす。しかしゾーリンが空いた腕を振るうと振り下ろされた爪は砕け、腕の先端ごと吹き飛んだ。

 

 

「これで終わりませんよ?」

 

 

 両手の武器を失ったレベルⅣに対し、ゾーリンは腕を振り上げる形でその胴体へと打ち込み巨体を浮き上がらせる。

 

 

Шторм стали(鋼の吹雪)!! ハァアアアッ!!!」

 

 

 掛け声と共に鋏となった両手と脚部で嵐の様な連撃を打ち込んでいくゾーリン。一撃一撃が鋼鉄のハンマーを打ち込むかの如く重く、そして多い。骨は砕け、腕は在らぬ方向へとへし曲がり、レベルⅣの体は見る見るうちに打ち潰されていく。

 

 

「終わりです!!」

 

 

 全身を再生不可能レベルで叩き潰されたレベルⅣは止めに振り被った鋏で両断されると共に吹き飛ばされ、粉々になった。

 

 

「…ふう」

 

 

 完全に沈黙した事を確認したゾーリンは構えを解き、息を吐く。

 そんな彼の姿に翔磨と翠は呆気に取られるのだった。

 

 

::::::::

:::::

::

 

 

後日

 

 

「行ってきます、翔磨さん」

「ああ、楽しく勉強してくるんだよ?」

「はい!」

 

 

 職員寮、翔磨達に与えられた部屋を出た翠がランドセルを背負い、笑顔で挨拶をして駆けていく。

 翔磨は微笑みながらそれを見送った。

 

 

:::::

 

 

 

「リベリオン計画?」

 

 

 帰りのヘリ内にてゾーリンは向かいの席に座る翔磨達へと説明を始めた。

 

 

「簡単に言うなら“毒を以て毒を制す”計画です」

「この場合毒と云うのはガストレア……と言う事は貴方の体内には…」

「はい。ガストレア因子が埋め込まれています」

「人工のイニシエーターと云う事ですか?」

「そうですね。因みに先程見せたのはタスマニアキングクラブですよ」

 

 

 笑みを浮かべながら答えるゾーリンに翔磨と翠は驚愕の表情を浮かべる。男性のイニシエーターと云う前代未聞な存在である上に普通の人間がガストレア因子を埋め込まれて平然でいられる事がそもそも驚くべき事であるのだから…

 

 

「浸食の問題は無いのですか?」

「手術の際に半永久的に効果が持続するワクチンも投与されます。…まぁ、それでも適合率の低さもあって成功したのは十数名程度ですが」

「他の方は何処に?」

「撤退戦の後は各々が望む道へと分かれました。私の場合はこの地の呪われた子供達を見捨てられなかったから残りました…祖国にも同じような子供達がいるでしょうがね…」

 

 

 自嘲気味に笑みを浮かべるゾーリン。

 彼は選んだのだ、目の前の子供達を救うか、故郷の子供達を救うかで…

 選んだのは目の前で苦しむ子供達。しかし、それを責めれようか? 目の前にいたのは今にも命の灯が消えそうな存在だった、一秒でも惜しい状況で彼が選んだであろう選択を翔磨は責めよう等と微塵も浮かばなかった。

 

 

「…貴方の選択は間違っていませんよ、神父」

「有難う、そう言って貰えるだけで私は救われます」

 

 

 翔磨の言葉にゾーリンは改めて嬉しそうな笑顔を浮かべるのだった。

 

 

:::::

 

 

「お、お早う御座いますっ!!」

「お早う翠ちゃん!」

「あらぁ~、早い到着ね? 関心だわぁ~?」

「初登校になるんだからな! 翠もウキウキしていたんだな?」

「お早う、翠ちゃん。今日から一緒に勉強するんだね? これから宜しく!」

 

 

 教会に着いた翠に教会で暮らしている子供達が挨拶を元気に返していく。皆が好意で返してくれる返事に翠は胸が一杯になる。嗚呼、自分が此処に来て間違いでは無かったと…

 

 

「今日から宜しくな翠!」

「沢山、お話しよう?」

「待てよ! 先ずは教会の案内だろぉ?」

「でも案内する時間無いよぉ~?」

「取り敢えずは教室の席を案内するべきと思うので?」

 

 

 沢山の子供達に囲まれながら翠は教室へ向かっていく。

 胸一杯に幸せを感じ、溢れさせながら…

 普通の子供が感じているであろう幸せを呪われた子供(自分)が感じている。

 なんて素晴らしい事だろう…

 

 

「大丈夫ですよ?」

「琥珀さん…?」

 

 

 嬉しさを噛み締めている翠に琥珀が声を掛ける。

 

 

「貴女の幸せは皆が感じれる幸せなんです。特別な事じゃなくて当然なんだから…」

「そうデースッ! 此処(エデン)では皆、平等デース!」

「生まれとかそんな難しい事なんて関係無ぇ! 俺達は皆幸せになれるんだ!!」

 

 

 琥珀とカレン、そして翠の帽子を取ったガキ大将な少年が笑顔で答える。

 

 

「…はい、はいっ!!」

 

 

 彼女達の歓迎の言葉に翠は嬉しさで涙を零しながらも一緒に教室へ駆けて行く。

 

 翔磨と、翠の幸せは始まったばかりだ…




オリキャラ3人目ニコライ・ゾーリン神父です(ロシア出身)。
ぶっちゃけ、彼が東京エリアの呪われた子供達の多くを救っている立場です。(分かる人なら教会の子供達の中に原作の子供が入っている事が分かる筈…)
因みに今回が翔磨&翠救済フラグですわ。

しかし、本作じゃあ大分先になるだろうけど…ブラックブレッドって新刊出るの?

次回から本編突入になる予定ですが、投稿予定は全くの未定!(書き手の屑)
書きたいけど、仕事が忙しいんじゃあ!!(切実)

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