「キサマ、どうして闇の世界を否定するっ! 一度は心を闇に閉ざした男がっ!」
「素敵な出会いがあったから、オレは変われた。……これでおしまいだ」
目の前の敵、魔王を葬るべく、全力の剣を振り下ろした。
それは見事に命中する。
断末魔の声をあげながら、光となって消えていく魔王。そしてその光が天へと昇っていく。
魔王の脅威から、この国は救われた。これで、オレの使命も終わりだな。……これからは、自分の進みたい道に進んで行ける。
きらめく仲間たちと共に、人生を精一杯堪能出来る道。そう、それは……
「待ってろぉ、キャンパスライフゥ!」
興奮しながらスキップして、叫びながら魔王城から出て行く。静かな城に、オレの声が響き渡る。
オレの名前は早川学人。なんてことない高校2年生の男子だったのだが、ある日突然異世界に召喚されてしまい、勇者として戦う事になったのだ。だが、それももう終わった事。これからは自分の好きなように生きられる。
魔王を倒す冒険の中で見つけたオレのやりたい事、それはこの世界でキャンパスライフを楽しむこと。難関校である『ジュケナディア学園大学』 に入学して、青春を謳歌したい!
『ジュケナディア学園大学(通称学大)』は、この世界『スタデリィ』における主要国『ジュケナディア』の王都にある名門校。『スタデリィ』内でもトップレベルの教育を受けることが出来る場所であり、そこに入学できれば将来の成功は約束されたようなもの。
でも、オレにとって重要なのは学園生活である。この国で将来を約束されることより、魅力的な学園での学生生活を満喫することの方がずっと重要。
以前学大を見学した時、心に強い衝撃を受けた。何しろ、そこには生き生きとした子達がたくさんいたんだ。 しかも、話してみると性格のいい子達ばかり。授業には好奇心を刺激されたし、校内は広くて美しかった。まさに理想郷だ。
そんな楽園のような場所に行けば、とても楽しいこと間違いなしだろう。……まあ、その為には入学試験を突破しないといけないんだけどね……。
入学できれば天国な学大だが、入学するのは難しい。だって、超難関校だから。倍率は20倍を超えるほどだし、過去問を見たら試験問題もちんぷんかんぷん。……正直言って、困難。でも、諦めるつもりはない。合格したいんだ。
歩きながら考えていると、街外れの森が見えてきた。森の奥深くには隠れ家があって、オレはそこに向かっている。……森の中に入ると、大きな木がある開けた空間に出た。木が切り抜かれていて中が家になっている。やっぱり静かで落ち着く場所だな。早速中に入ろう。
「ただいまー」
「……おかえりなさい」
中から出迎えてくれたのは、大好きな師匠。見た目は少し小さいけれど、本人いわくオレと同い年くらいらしい。つまり、前世で言うところの高校生に近い感じ。長い茶髪の可愛らしい女性なのだが、なぜかいつも地味なローブ姿。理由を聞いてみた所、『落ち着くから』らしい。人とあまり関わろうとしない彼女だけど、オレの事はしっかりと見守ってくれる特別な存在なんだ。
「師匠、魔王を倒してきましたよ!」
「……よくやったわね。これで、あなたの師匠は終わりかしら。これからは『リリア』と呼んでもいいですよ」
「いつまでも師匠は師匠です!」
「……そう」
彼女は『リリア・ファクト』という名前で、オレの大切な師匠。時には優しく、時には厳しく冒険を導いてくれた。異世界で一人きりだったオレにとって、かけがえのない家族みたいな存在。
「そんなことより! これでオレの義務魔王討伐が終わりました。つまり、受験ですよ受験」
「……早速受験の話ですか。とても、魔王を倒した後だとは思えないわね」
「ずっと学大に行きたいと思っていましたから!」
そう、旅をする中で見つけた『ジュケナディア学園大学』でキャンパスライフを送るという目標。それを実現する為には、テストに合格する必要がある。受かる為には勉強をしなくちゃいけないけど、正直言うと自信がない。でも、合格したいから頑張る。
「早速過去問を購入してきます!」
「……その前に、『受験者登録』をするのを忘れないようにね」
「受験者登録?」
師匠が気になる事を言ったので、詳しく聞いてみる事にした。
「受験するためには受験者登録が必要なの。春の終わりまでに必要な書類を大学に届ければいいわ」
「必要な書類?」
「顔写真のついた身分証明書とお金を封筒に入れて提出するの」
師匠はそう言いながら、鞄の中から紙を取り出した。そして、それをオレに手渡してくる。
「……はい、これ。私が用意したこの身分証明書を使うことも出来るわ。お金に関しても、勇者だったあなたなら大丈夫よね」
……師匠はオレのために、色々と準備してくれていたみたいだ。本当に感謝しかない。
「ありがとうございます! 早速手続きをしてきます!」
「……待って。重要な話があるの」
嬉しくてすぐに出発しようとすると、引き止められてしまった。……なんだろう?
「……あなたがいくら勉強して賢くなったところで、このままでは合格できないわ。『あること』に気づかないといけないの」
厳しい表情で、こちらを見つめてくる師匠。このままでは合格できないって、どういう事?
「このままでは、合格できない? どういうことですか、教えてください!」
「……教えない。それは、あなたが自分自身で気づくべき事。これから大人になろうとしているあなたには、自分で考える力が必要」
「でも……」
「でもじゃない。これは私からの課題。ちゃんと考えて答えを出しなさい。大学の評判に耳を傾けていれば、おのずと答えは見えてくるわ」
……確かに、師匠の言う通りだ。大学の情報を集める必要があるかもしれない。
「分かりました。必ず、答えを見つけ出します!!」
オレは元気よく答える。…………とはいったものの、師匠の言う『答え』の見当がつかない。なので、師匠にヒントを聞いてみた。
「……ヒント? まあいいわ」
「まず一つ。嫌なことから目をそむけない事。嫌なことを受け入れなければいけない時もあるわ」
「そして二つ目。使える物は何でも使う事。自分の能力、所有物、交友関係。使える物はすべて使って上を目指していくことを考えなさい。使える物を使わずに生きていけるほどこの世界は甘くないの」
2つのヒントを教えてくれる師匠。……なるほど、そういうことか。それじゃ、行ってこよう。
弟子が部屋を飛び出したのを見て、リリア・ファクトはため息をつく。
「……はぁ。ちょっと甘すぎたかしらね」
私は、弱気な性格。だから、つい甘やかしてしまうのだ。大きすぎるヒントを、彼に与えてしまった。
「でも、あれくらい言わないと分からないかもしれないし……」
独り言を言いながら、椅子に座って机の上を何となく眺める。
「でもまぁ、これで気づいたでしょう。…………私が渡した『身分証明書』が罠だということに」
実際のところ、規定的にはあの『身分証明書』でも問題はない。『ジュケナディア学園大学』は、金と知識があればだれでも入学できることを主張している大学である。……しかし、あくまでも主張しているだけだ。
「魔王を倒した功績で、王族に身分証明書を作ってもらう。そうして手に入れた身分証明書を『ジュケナディア学園大学』に提出する。それが、合格までの唯一の道。……おそらく、彼もそのことに気づき始めたころでしょうね」
……というわけで、ゲットしてきました。ジュケナディア学園大学の裏情報。勇者の力の一部である隠密スキルが役に立ったぜ。
大学にこっそり忍び込み、過去の受験者情報などを入手。師匠の言っていた『使える物は何でも使う』と『嫌なことを受け入れなければいけない』は大学に侵入して情報を集めてこいという意味に違いない、はず。……よく考えてみると、なんか違う気もする。
でも、まあいいか。手に入れた情報に答えがあるかもしれないし。
家の前の草むらに座り込みながら、ゆっくりと情報を整理していく。………………これは。
去年の受験者情報を確認したら、面白いことが判明した。同じ合計点の受験者であっても、合格する人もいれば不合格になる人もいるという不思議な現象。さらに、合格者より高い点数を取っているのにもかかわらず不合格になっている者もいた。
これはつまり、他の要素も考慮されているということ……かな? 成績や知識だけじゃない何かが、合否を分けているかもしれない。
さらなる調査の結果、合格させてもらいやすい人の特徴が分かった。それは『家柄がいい人』や『親が権力者と親しい人』であること。もちろん、家柄が良くても落ちる人はいるけど、それでも普通の人に比べれば格段に受かりやすい。また、親が権力者と知り合いだと、そのコネで点数を少しおまけしてもらえるようだ。
残念なことに、オレは転移者であるためこの世界に親はいない。その為、親の力に頼ることはできない。……でも、それならそれでやりようはある。
受験者情報を詳しく見てみると、家関係なく贔屓されている人も中にはいたのだ。いわゆる美少女である。男性が多めの受験者に対して、合格者は男女半々。そのため、男女バランスを保つために容姿の良い女性が優遇されている傾向がある。
ただ、ちょっと不可解に感じるところがある。確かに容姿は重視されているけれど、明らかな美少女が優遇されてないパターンも多くあったのだ。
その謎は、学大の合否担当者を調べることで明らかになった。ジュケナディア学園大学合否担当者アルマード・ディベラー。彼はジュケナディア学園大学の学長でもあり、国の重役でもある。この国にとって非常に重要人物だ。
彼は人気アイドル『ホロプリズム』の大ファンとして知られている。『ホロプリズム』はとあるプロデューサーが『あなたの身近な女の子』をコンセプトにして生み出したアイドルだ。名前からしてグループのアイドルに思えるが、まだメンバは一人しかいない。そのうち増えるのだろうか?
そのプロデューサーの手腕は凄まじく、あっという間にホロプリズムはトップアイドルになった。唯一のメンバーであるカグヤちゃんの人気は爆発的だった。
美しすぎず、けれど朗らかで愛らしいカグヤちゃん。雲の上の存在より身近にいる存在の方が応援しやすく感じる人の心を見事に掴んだ結果と言えるだろう。
カグヤちゃんの存在は、合否担当者アルマード・ディベラーの人生にも強い影響を及ぼしているようで、彼が昔に比べて笑顔になったのは彼女の影響が大きいのではと噂されていた。
……とにかく、そういった事情からか朗らかで愛らしい女の子が受験で優遇される傾向にある事が分かったのだ。
『使える物は何でも使う』『嫌なことを受け入れなければいけない』という二つの言葉。……師匠、分かりました。
学大は偉大なる先輩達が残した叡智。知識に恵まれた天才たちですら、散って行ったであろう場所。突破するためには何かを犠牲とする必要がある事は言うまでもない。何も捧げずに偉大なる先人たちと同じ道を進むことは不可能なのだ。
だから、オレはこの身を捧げる覚悟を決めた。受験のスタートラインに立つことと引き換えに、今の姿を失う事を受け入れる。
「……よし、やるか」
バッグから、とある毛皮を取り出す。温厚な性格で、愛くるしい顔をしていることで有名な魔物『リトルウルフ』の毛皮だ。これは、これから行う変身魔法に必要な物。大学から帰宅するついでに購入しておいた。
この毛皮を媒体にして、魔法を発動する。すると、体が見る見るうちに変化していく……うう、ちょっと怖い。でも、目標のためには受け入れなければいけない。魔法で目の前に鏡を出し、変身した自分の姿を見る準備をしておく。
「……よし!」
変化を終えた自分の体を見て、一安心する。……きちんと可愛い、 狼少女の完成。 鏡の前でクルリと一回転。ふわっとした毛が揺れて、スカートが翻る。
髪の毛は長くなり、毛皮と同じきれいな灰色に変わっていた。頭には狼の耳が、お尻には狼の尻尾がそれぞれ生えている。それらが動くたびに、モフッとした感触が伝わってきて気持ち良い。姿が変わって不安なはずなのに思わず笑顔になってしまう。狼になった影響で好奇心が強くなってしまったようだ。
フカフカのしっぽがくすぐったく、つい何度も振ってしまう。……このままでは心が狼に染まってしまう。なので、とりあえず深呼吸。とにかく、この姿ならアルマードさんもきっと気に入ってくれるはず。受験で不利になるような事はないだろう。
師匠。貴方が言っていた答えとはこのことだったんですね……使える変身魔法を惜しまずに使い、怖い体の変化を受け入れる。そうして合否担当者にとって魅力的な姿になり好感度を上げる。……それが、合格までの唯一の道。
目の前に広がる草原に向かって、大きく手を広げる。空に浮かぶ太陽がまぶしくて、目を細めた。
「……あの子は、とうとう魔王を倒したのよね」
弟子が部屋を飛び出してからしばらくして、リリア・ファクトはぽつりとつぶやく。その表情はどこか嬉しそうだ。
「出会った頃は、あんなに頼りなかったのに。……あの時の彼は亡霊みたいだったわね」
懐かしむように彼女は笑う。……出会ったばかりのころの弟子は、どこか危なげだった。言い知れぬ無念さや深い悲しみを匂わせつつ、感情を押し殺している。そんな印象を受ける少年だった。
「私と一緒に過ごしていくうちに、少しずつ笑顔を見せるようになってくれた」
彼女にとってのかけがえのない時間。その記憶を思い返すだけで、幸せな気分になれる。
「大学に行って、多くの人たちと打ち解けてほしい。そして素敵な仲間を見つけて欲しい。……私はずっと願っているのよ」
リリア・ファクトは微笑みながら、作戦が上手くいくことを願う。……大切な弟子が大学生活を送るためには、『スタデリィ』内唯一の大学である学大に合格しなければならない。その為にも、きちんと王族から身分証明書を貰う必要があるのだ。
……そんなことを考えていた時、突然大きな音と共に家のドアが開かれた。その勢いはすさまじく、ドアが壁にぶつかって跳ね返り、反動で元の位置に戻るほどだ。
「失敗しちゃった」
爆音により小さな呟きはかき消され、ドアを開けた主の言葉はリリアの耳には届かない。しかし、誰が来たのかは容易に想像できる。
「……全く、ドアくらい普通に開けなさいよ」
呆れた様子でドアの向こうにいるであろう弟子にため息をつくリリア。本来なら師匠として厳しく叱るべき場面だが、彼女の顔には笑みが広がっていた。ついこの前まで感情を押し殺していたような子が、今ではこんなにも元気になってくれている。……それは、とても喜ばしいこと。
この様子だと、作戦は上手くいった。彼の事をよく知っているリリアはそのように考える。嬉しい時には元気な様子を見せ、悲しい時はしょんぼりする。そういった彼の最近の癖を知っているからこそ、今の彼がどんな気持ちなのか分かるのだ。
おそらく、彼はこれから満面の笑みで『ただいま、師匠!』と、愛らしい声を出しながらただいまの挨拶をしてくるのだろう。もちろん、王族からもらった身分証明書を両手で見せびらかしながら。
「ただいま、ししょー!」
リリアの予想通り、ただいまの挨拶をしながら部屋に入ってくる弟子。しかし、彼の声に彼女は疑問を抱いた。……愛らしすぎないか、声?
まあ、上手くいった喜びで声が裏返ってしまったのだろう。リリアはそう考えるようにした。きっと、今すぐにでも王族からもらった身分証明書を自慢したいに違いない。……そう思っていたのだが。
「これで、第一関門は突破ですね!」
笑顔でサムズアップをする弟子。彼の手には身分証明書が握られていない。……と言うか、彼ですらなくなってしまっていた。
長い髪に、愛くるしい顔。そして、きれいな灰色の耳としっぽ。……その姿はまるで、狼少女。つぶらな瞳はキラキラと輝いており、口元は緩んでいる。しっぽは左右にブンブンと振られており、狼の少女は全身で喜びを表していた。
そんな彼女を見て、リリアはようやく気づく。先ほどの違和感の正体を。……弟子の声があまりにも可愛すぎたことを。
「…………」
言葉を失うリリア・ファクト。目の前の光景が信じられず、思わず何度も瞬きを繰り返す。そして、再び狼少女を見る。すると、狼少女も彼女を見つめてきた。しばらくの間見つめ合いになり、やがてリリアが口を開く。
「……身分が行方不明よっ!」
リリア・ファクトは大きな声で叫ぶ。狼少女に変身してしまった弟子に対して。